零式艦上戦闘機52型の勇姿


  日本が誇るレシプロ(ピストン運動による発動機を搭載した)戦闘機といえば、ご存知「零式艦上戦闘機」である。そのなかで最も完成形に近い機体が「52型(A6M5)」ではないだろうか。日本国内には複座の21型から62型、レプリカや残骸状態を含めても13機しか現存しておらず、その中でも一番多いのが「52型」である。今回、元ゼロ戦(3番機)パイロットの御好意により幸運にも説明を聞く事ができたので写真を含めてレポートしたい。紹介する機体は52型(A6M5)で、発動機は「栄」21型である。軍事関係が好きな人には説明するまでもないが、52型(A6M5)は6番目の計画(A6)で三菱製の5番目の機体(M5)で2番目の発動機という意味で、数字を「ご・に」と読み「ごじゅうに」とは呼ばないのはそのためである。機銃は20mmのロングバレルで、99式2号機銃が搭載されているのがわかる。下の写真を見て気が付いているだろうが、この機体は発動機を外した状態で保管してあるのはエンジンが機体や脚に負担をかけない工夫であり、靖国神社に展示してある彗星11型のように補強をしなくても済む為の配慮であろう。もちろん実戦では戦闘爆撃もこなすゼロ戦であるが見た目以上に繊細な両脚には青・黄・赤の3色のマーキングが施されており、過積載のないようチェックされる。爆撃任務を行わず帰投する場合、高度1000m以上から爆弾を投棄するのも暴発の危険回避だけでなく両脚への負担を減らす為だったのであろうが、特別攻撃部隊の場合は過積載関係無く250キロ爆弾を括り付けられたようだ。通常100m程度で離陸する機体が1000m近く離陸にかかるのでは、F6FヘルキャットやF4Uコルセアに襲われたら逃げることもできなかったであろう。タイヤに溝がないのは航空母艦の甲板へ着陸する際の摩擦力と接地圧向上の為で、理論はF1のタイヤと同じである。定速プロペラは住友製ハミルトン式で、離陸・空戦時と巡航飛行時でピッチが変化(車のギアと同じ)され、燃費の縮小と航続距離の向上に役立っている。

  ゼロ戦を動かす原動力は、御存知「栄」発動機である。「栄」は三菱が12試艦戦作成時に搭載した「瑞星」を押しのけるだけの性能を持った中嶋製発動機で、その性能は太平洋戦争当初の戦歴を見ればおわかりだろう。その後、高性能の敵機が現れると機体と発動機の改良を強いられることになり、完成したのが「栄」21型(写真)である。21型は12型に比べ馬力が190馬力(離昇)向上し、2速過給機(12型は1速のみ)の搭載により高高度での性能を改良している。また、12型では排気管が集合排気管であったのに対し21型は単排気管となっており、排気による推進力を得ることに成功している。発動機の始動には陸軍機のように始動車を使わずにバッテリー(電動慣性起動機)で行っていたが、2〜3回程度始動に失敗するとバッテリーではエンジンがかかり難くなったようだ。その場合、機体の右下よりクランク棒を差し込み2名の整備兵が人力にて回転させる。ある程度回転を続けると慣性クランクなのでクランク棒を引き抜いても回転を続ける。このままエンジンを始動させた場合、整備兵を死傷させる危険があるのでパイロットは手を振って整備兵に「前ハラエ」の合図を送り退避を促す。安全を確認したらギアをかませて始動を開始、うまくかみ合ったら両手の握りこぶしを前に出し、「コンターク」(コンタクト・繋がったの意味)の合図をする。そしてスロットルレバーを前に押して回転数をあげ、両輪に待機している整備兵に合図をおくり車止めを外し離陸を開始する。



「栄」21型発動機の接写





減速室カバーには「サカエ」の刻印が凛々しい

 



いざコクピットへ。



パイロットの視点から。98式射爆照準機の両脇に97式7.7mm機銃。計器の下に機銃機銃安全装置や酸素調節器が見える。




右舷。正面に見えるのが3式空1号無線電話機管制器で後ろがループアンテナ回転器、無線の前がカウルフラップ操作手輪。。



左舷・スロットルレバーが見えないのが残念である。赤いレバーが並んだ爆弾投下把手の横に燃料タンク切り替えコックが見える。






振動で照準点の狂いが生じやすい問題もあった98式射爆照準機。



座席の後ろはごらんの通り防弾板の欠片もない。手前に見えるのは座席灯。

  残念ながらゼロ戦以外は写真撮影の許可が下りなかった為、97式7.7mm機銃と99式2号機銃は掲載できなかったが、他の資料館は全館撮影禁止なので、それに比べれば大変有難いことである。そこで20mm機銃は鹿児島県長島に展示されている99式1号機銃(12.7mm以上は通常機関砲と呼ぶ)を掲載させて頂く。52型に搭載しているのは銃身の長い99式2号機銃で、命中率と安定性に不満の多かった1号機銃より性能は向上しているが、20mmを命中させるのは至難の技であったことに変わりはないだろう。重量の重い20mm銃弾は弧を描くように飛ぶために命中させるのは難しく、有効射程距離は300m程度であるが実際には100m程度まで接近することを推奨されていた。未だに最高傑作といわれるアメリカ軍の12.7mmブローニング機銃に比べてリーチは短く、非常に苦戦していたのは事実だが、20mmは炸薬が銃弾に内蔵されている為、命中すれば破壊力も大きかった。陸軍に比べて撃墜数が多いのは、大陸に比べて太平洋を舞台に戦った海軍のほうが会敵の機会が多かったことと供に96式艦上戦闘機以降に搭載された20mm機関銃の存在もあったのではないだろうか。装弾数は各125発、10秒程度連続掃射を行えば弾切れになってしまうので確実に当る距離まで縮めて短い間隔で射撃を行った。



一式陸攻尾部装備の99式1号機銃と思われる。そうだとすると22型乙以前か?




大和ミュージアムに展示されている99式2号機銃。

ちなみに後方に見える250kg爆弾は国内唯一の本物です。現物をぜひ見てください。




これも貴重な13ミリ機銃弾と弾倉

 この他にも「ピトー菅で計測できるのは気速で、実速を計る方法」など興味深い話もあるのだが、時間が無かった為に聞く事ができなかった。今後も時間が許す限り足を運んでみようと思う。