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懸垂線 (Catenary) について

ロープを両端で固定して吊るした時たるんだ形になりますが、この曲線を懸垂線と言い、英語ではCatenaryと言います。"Catenary"という言葉は1691年にホイヘンス(Huygens)によって作られたそうですが、その語源はラテン語のチェーンを意味する"catena"です。

吊り橋に張られたロープを見ればわかるとおり懸垂線は非常に美しい曲線で、これを上下ひっくり返した曲線が建築にも使われています。もっとも有名なものはガウディーのサグラダファミリアです。

帆船では多数のロープが張られていますが、それらはすべてこの曲線を描いています。また、帆も風をはらんでピンと張っている状態ではこれに近い形になっていると考えられます。ですから、帆船は非常に美しい曲線の集合体とも言えるわけです。

ところが、いざ、これを模型で実現しようとすると一筋縄ではいきません。ほんのちょっとしたロープの長さの調整で形がずいぶん変わってしまいます。これが何故なのか直感的には、分かるような気もするのですが、定量的な話になるとすっきりしません。そこで、自分の技術力の不足を棚に上げて、懸垂線のコントロールが如何に難しいか証明するために、懸垂線なるものを基礎から調べてみることにしました。

以下に、その結果を紹介します。


方程式とその物理的根拠
懸垂線の方程式は非常に単純で、(1)式に示す双曲線関数で表されます。
y=a cosh(x/a)=a (ex/a+e-x/a)/2 --------- (1)

(1)式は一般的な数学の教科書に載っている非常にポピュラーな式ですが、なぜこんな簡単な式になるのかは、普通の教科書にはかかれていません。そこで、その導出方法を以下に説明します。
なお、この導出方法は Samir Boulos:"The Catenary"に基づいていますが、ここでは、さらに詳しく説明します。

青い線で描いたロープは両端PとQで固定され自分自身の重さによって垂れ下がっています。ここで、一番下に下がっているB点の座標を(0,0)とすると、ロープの自重のうち右側の領域(x>=0)にあるものはすべて支持点Pで、左側の重量はすべて支持点Qで支えられているわけですから、片側だけを考えればよいということになります。したがって、ここでは赤い線(A-B)で描いた部分で考えます。、赤い線の長さをLとします。単位長さ当たりの質量をw、重力加速度をgとすると赤い線の部分の重さはwgLとなります。 また、A点での張力をT、この張力が水平となす角度をθとし、B点での逆方向の張力をHとすると
ロープの重さはTsinθとつりあいますから
Tsinθ=wgL --------- (2)

A点とB点の水平方向の張力もお互いにつりあいますから
Tcosθ=H --------- (3)

となります。
この二つの式からT を消去すると

tanθ=wgL/H
--------- (4)

という関係式が得られます。
ここで、tanθ=dy/dxa=H/wg (このaをカテナリー数という)と書き直すと
dy/dx=L/a --------- (5)

という関係が得られます。
これを微分すると
d2y/dx2=(1/a)(dL/dx) --------- (6)

となります。
一方、曲線の長さに関して、(7)式の公式が数学の教科書に書いてあります。
dL/dx=(1+(dy/dx)2)1/2 --------- (7)

この(7)式を(6)式に代入しますと
d2y/dx2=(1/a)(1+(dy/dx)2)1/2 --------- (8)

となります。
ここで、p=dy/dxと書き換えると
(8)式は
dp/dx=(1/a)(1+p2)1/2 --------- (9)

となり、変数を分離して書き直すと
(1/a)dx=dp/(1+p2)1/2 --------- (10)

となります。この両辺を積分するのですが、右辺の積分が少々ややこしいので右辺だけ計算してみることにします。
1/(1+p2)1/2を積分すると、微積分の教科書によれば
log(p+(1+p2)1/2) --------- (11)

となります。
一方、双曲線関数の定義によれば
sinh(X)=(eX-e-X)/2 --------- (12)

ですから、(11)式の値をX として
X=log(p+(1+p2)1/2) --------- (13)
とし、このX を(12)式の右辺に代入して計算すると、極端に単純化されて
sinh(X)=p --------- (14)

すなわち
X=sinh-1p --------- (15)

となりますので、(10)式の両辺を積分した結果は
(x/a)+C1=sinh-1p --------- (16)

となります。 ここで、積分定数C1x=0でp=0だからC=0となります。
ですから
p=dy/dx=sinh(x/a) --------- (17)

となり、これをもう一度積分すると
y=a cosh(x/a)+C2 --------- (18)

となりますが、x=0でy=0で、cosh(0)=1ですから
y=a (cosh(x/a)-1) --------- (19)

となります。これが、すなわち懸垂線の式であります。


支持点の位置
上の議論では支持点の位置を左右対称、すなわちロープは水平に張られるとしました。でも、帆船のロープはたいてい斜めに張られています。その場合、どう考えたらよいのでしょうか?
支持点に高低差がある場合、マストの間隔Sを一定として、右側のマストをR1、R2、R3左側のマストをL1、L2、L3として図を描くとロープの張り方としては下のの三つの場合が考えられます。
最低点が一方の支持点となるR2-L2の場合と最低点が間に入るR3-L3の場合は、上の議論でそのまま考えればすみます。問題は最低点が間に入らないR1-L1の場合ですが、この場合L1点でL1とL2の間に存在するはずの仮想的なロープの質量に相当する張力がL1点に加算されると考えれば、やはり同じ考えが通用することが分かります。
ロープの長さ
では、このように弛んだときのロープの長さはどうなるのでしょうか?
これは、(7)式を積分すれば求められます。右側のマストのx座標をxr、左側のマストのx座標をxlとすると
L=a (sinh(xr/a)-sinh(xl/a)) --------- (20a)

という結果が得られます。ここで、マストの高低差を考慮するといろいろな状況について考えなくてはいけなくなりますので、簡単のためにロープは水平に張られるとしてマストの間隔をSとすると
L=2a sinh(S/2a --------- (20b)

という結果が得られます。

弛みの度合い
水平に張っているときの弛みの度合いはロープが一番沈んでいる点と固定点との高さの差dであらわすと、(19)式から
d=a(cosh(S/2a)-1) --------- (21)

となります。



帆船模型で弛みを表現する場合についての考察
ロープの張力や重さに関係するaの値を適当に変えて計算した結果が下の図です。直感的に判断しやすいように縦軸と横軸はほぼ同じ寸法にとってあります。

上の図だけからでははっきりしたことは言えませんので、ロープの長さと弛みの関係を下図に示します。

この図から、支持点間隔1mで10cmの弛み(上の図の赤線(a=1)に近く、かなり派手に弛んだ状態)をつけようとすると、ロープの長さは103cmということになります。要するにピンと張った場合に対して3cm長いロープを使えばよいことになります。 でも、普通の帆船模型では支持点間隔1mといったことは絶対にありません。大体100mmないし200mmといったところです。もしロープ両端の支持点の間隔が100mmだったとするとロープの長さは103mmとなり、ピンと張ったときとの差はわずか3mmになってしまいます。
当然ながら、弛みを少なくするとこの値は限りなくゼロに近づくことになり、技術的に非常に難しくなります。

現実的にはさらに難しい問題があります。弛みをつけることはロープにかける張力を弱くすることを意味しますが、ロープ(ロープというとカッコ良いですが、実態は"糸")自体が軽い割には柔らかくないため、糸巻きに巻かれていた時の癖を張力をかけずにとるのが難しいのです。
さらに、糸に吸湿性があるため、湿度によって伸縮するのですが、これが意外に大きく影響します。
なんせ、上の図から明らかなように、たった1%の伸縮でも弛みに大きく影響してしまうんですから・・・・・・・・。

・・・といったわけで、弛みのコントロールはとても難しいのです。今のところ、私にはちょっと手に負えません。どなたか、うまい方法をご存知の方はお教えいただけませんでしょうか・・・・。