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主砲後座量の検討
乗組員を殺さないための再検討
砲弾初速度の再検討


主砲後座量の検討

ガレー船の主砲は船首に固定されており、52-55ポンドという極めて大きな砲弾を発射する。 しかも,砲身長は4mを超えるという長さであるのに、砲手が操作するためのスペースはきわめて狭い。この砲を発射したときに砲身自体はどんな動きをするのか、安全に操作できるのかまことに疑問である。
この大砲についてわかっていることは非常に少ないが、砲身が木製の箱のような砲座の中に収められておりその砲座がスライディングベッドと呼ばれる木製の滑り台のようなものの上に載っていたこと、砲の後座を制止するための駐退策があったことなどはわかっている。 これらの事実を元に主砲の後座について検討してみることにした。

駐退索がないときの大砲の運動

砲弾の質量をm 、初速度をv0 とし、砲の質量をM 、後退初速度をV0 とすると作用反作用の法則から
equation 1

equation 2

となる。
一方、加速度a を受けて運動する物体の位置 x における速度 V(x)
equation 3

である。
摩擦を受けて減速している場合の加速度は、箱とスライディングベッドの木材同士の動摩擦係数をmyuとすると
equation 4


だから、x 点の砲の後退速度は以下のごとくなる。
equation 5

equation 6

したがって、エネルギーは以下のごとくなる。
equation 7


いま、 m =55ポンド、v0 =1200フィート/秒または1800フィート/秒 6) 、M =5,500ポンドとし、木製の砲座とスライディングベッドの動摩擦係数を0.2 1) として、大砲の後退速度とエネルギーを計算すると以下のような結果になった。
この図から、弾丸の初速度が1800フィート/秒の時は7.7m後退し、1200フィート/秒の時は3.4m後退することが分かる。
また、砲の運動エネルギーの初期値が37,500Jと17,000Jであることが分かった。
velocityenergy

英国の32ポンド砲は通常の火薬の装填量で駐退索がない場合は11フィート(3.3m)後退する2)といわれているそうだが、これと比較するとかなり長いようである。

駐退索の効果

3.4m から7.7mも後退したのでは、かなり危険である。したがって、この後退を駐退索で食い止めることになる。

F(x) が働いてロープがx 軸上で l だけ伸びたとすると、ロープに加えられたエネルギー E は以下のごとくなる。なお、このエネルギーは砲身がF(x)の力をロープに与えて距離 l だけ後座するときのエネルギーに等しい。

equation 8

だから、ロープを引張る力とロープの伸びる長さがの関係がわかれば,エネルギーは計算できる。
残念ながら当時のロープのデータはまったく見つからなかったが、下の表に示すような直径20mmのマニラロープのデータ4)があったのでそれを使うことにする。

force(kg) force(N) strech(%)
0 0 0
150 1470 5
1000 9800 15
2750 26950 break


上の表からわかるとおりロープにかかる力と伸びは正比例関係にはない。このことは数%以上の伸びを期待する場合,ロープは組成変形領域に入っており弾性体とみなせないこと、すなわちフックの法則は成り立たないことを意味している。 (ちなみに、麻ロープの弾性係数(ヤング率)は32GPa5)程度もあり,これで計算すると高々0.3%程度の伸びで破断してしまうことになる。)

組成変形領域でのエネルギー吸収を計算するために、一般的なロープの伸びに関するカーブが2次曲線に近い形をしているので、このデータを使って2次の近似式を作ることとした。その結果は以下のごとくなった。
equation 9

この近似式から破断時の伸び率を計算すると26%となる。これを加えてグラフに示す。
rope20mm

この式は直径20mmのロープに関する式なので、直径 d mmのロープの場合は、以下のごとくなる。
equation 10
この式と(8)式からエネルギーを計算すると以下の式のようになる。
equation 11



ロープ長5mでの計算結果

英国の戦列艦では、通常、駐退索用のロープの長さは砲身の長さの3倍である3)。ただし、ロープは砲身の左右にあるから片側だけを見れば1.5倍ということになる。砲身が完全に後座しているとき、砲口はポートから砲身の半分の長さだけ内側に入っていることになり、舷側の外側に身を乗り出さなくても弾込めが出来ることになる。
ガレー船の場合、砲口から砲弾をつめるとしても戦列艦のように砲身を後ろに下げなくてはいけない理由はない。そこで、砲身をがっちり固定してしまうことを前提にすることにした。
砲耳から砲尾までの距離が約2mなので、少し余裕を見てロープの長さ L を5m(片側2.5m)とし、いろいろな直径のロープについて計算した結果を下に示す。

rope_energy
この図から,当然のことながらロープの直径が太くなるほど伸び率は小さくなることがわかる。
さらに,この図から大砲の持っている初期の運動エネルギー37,000J(砲弾の初速度1,800 ft/s)と17,000J(1,200 ft/s)を吸収したときの伸び率がロープの太さによってどう変わるかを求めた結果を下に示す。
diameter

この図から、ロープの伸び率を15%(伸びる長さは75cm)とすると直径50mmから70mm(円周6インチから9インチ)のロープが必要になることがわかる。6インチはともかく9インチは異常に太いロープである。

結論

スライディングベッド上の重量5,500ポンドで55ポンドの砲弾を初速1200-1800ft/秒で発射するガレー船の主砲がどの程度後座するかを計算した結果、何も固定しなければ、3-8m移動することがわかった。この値は、英国の32ポンド砲のデータと比較するとやや長いように思われるが、この計算で使用した木材同士の動摩擦係数0.2が少し小さすぎるのかもしれない。
また、この運動を制止するためには直径50mmから70mmという非常に太いロープが必要になることもわかった。このような太いロープを使えば砲の後座量は30-40cmに抑えられる。 ただし、その場合でもロープの伸び率は15%にも達し、破断時の40%にもなる。さらに、弾性限界を超えているため、数回繰り返して発砲した時には破断する可能性が大である。
根拠となる木材同士の動摩擦係数やロープのひずみ曲線のデータが少ないため、信頼性にかける部分はあるが、以上の考察から、この大砲の取り扱いはきわめて危険なものであったと推察できる。

もっとも、英国の物理学者フック(Robert Hooke)がフックの法則を発見したのは1678年、ニュートン(Isaac Newton)がニュートン力学を完成したのは1687年だから、当然、レパントの海戦の頃にこんな計算が出来るわけがない。危険で当然なのかもしれない。

参考資料

1)Frictional Forces:http://www.physics.unc.edu/labs/content/frictionalforces.html
2)Brian Lavery:The Arming and Fitting of English Ships of War 1600-1815, p139 (2000) Conway Maritime Press
3)ibid., p141 (2000) Conway Maritime Press
4)Sailing Smacks-Rope:http://www.alberta-ck318.freeserve.co.uk/rope.htm#manila20
5)Ropes:http://www-materials.eng.cam.ac.uk/mpsite/short/OCR/ropes/default.html
6)私信:Prof. Dr. John Francis Guilmartin, Jr.

乗組員を殺さないための再検討

上の結果では、主砲の操作が極めて危険であるという結果になった。しかし、この計算ではいくつかの数値を仮定している。それぞれの根拠はそれなりにあるもののあまり確実とはいえない。そこで、仮定した数値を再検討し、安全な操作ができる条件を探ってみることにする。

砲弾の初速度

この検討では、砲弾の初速度として1,200フィート/秒から1,800フィート/秒を仮定した。
ところで、大砲が海面上の高さ h にあり、水平に速度 v0 で砲弾を発射するとすると、空気抵抗を無視すれば、その射程距離 R は以下の式で計算できる。
equation k1
大砲の高さは1.5m程度が妥当と考えられるから、その値を使って計算すると結果は下表のようになる。
velocity (ft/s) range (m)
1,800 299
1,200 199
この射程距離はそれほど異常な数値とは思えない。
余談になるが、ガレー船の最大船速は7ノット程度であり、もし200から300メートルを全速で漕いだとすると1分から1分半で到達する。したがって、砲弾の再装填が出来るような時間はない。だから、ロープが持たなくても問題ないのかもしれない。

木材同士の動摩擦係数

この計算では、木材同士の動摩擦係数を0.2とした。静摩擦係数は一般的に0.5という値が良く使われているが動摩擦係数のデータは非常に少ない。
残念ながら、比較的早い速度で動く木材同士の測定データはまったく見つからない。
そこで、動摩擦係数の値によって、停止距離がどのように変わるか計算してみた。 その結果を下図に示す。
frictional coefficient vs stopping distance

英国の32ポンド砲のデータから推察すると、後座する距離は1m程度と考えられるが、そうなるためには動摩擦係数が1,800フィート/秒の場合は1を超えてしまう。絶対に1を超えてはいけないという理由があるのかどうか分からないが、何か不自然である。一応、教科書的に動摩擦係数は静摩擦係数を超えない(アモントン・クーロンの法則)として考えると、1,200フィート/秒でもまだ大きすぎるぐらいである。
全部のつじつまを合わせるためには、初速度1,200フィート/秒、後座距離1.4m、動摩擦係数0.5とするのが一番妥当なようである。
この時の砲身の後退時のエネルギー変化は下図のようになる。
frictional coefficient 0.5frictional coefficient 0.5


駐退索による制動

最初の計算では、摩擦による制動効果はほとんどないため、駐退索だけで制動されるとして計算したが、摩擦だけで1.5mしか移動しないようになると両者の足し算でエネルギーが吸収されるとして計算する必要がある。 摩擦による制動エネルギーを Efriction 、ロープによる制動エネルギーを Erope とすると全制動エネルギー Etotal は(7)式と(11)式から次式のようになる。
equation k2

ロープの長さを今までどおり5mとした場合(Case A)と最初50cmは摩擦だけで制動しその後ロープと摩擦で制動することを想定して長さを6mとした場合(Case B)の計算結果を下に示す。
Case A Case B
Case A : rope length = 5 m Case B : rope length = 6 m
50 cm restrained only by friction and
the length over than 50 cm restrained
by the friction and rope tension.

なお、Case B の場合、Strech=0 でのエネルギーは最初の50cmスライド時の摩擦によるエネルギー(16,700-10,600=6,100J)である。
この二つのケースについてロープの直径によってロープの伸び率がどのように変わるかを整理した結果を下図に示す。

ロープの安全係数は、現代では通常、破断強度の8%(12:1)から16%(6:1)が妥当とされている4)。この値は伸び率に換算すると6.5%と9.5%となる。
最大値の16%を使うとするとCaseAでは直径80mmのロープが必要になり、CaseBでは50mmのロープが必要になることが分かる。
直径80mmのロープはあまりに太すぎるが、CaseBの場合は円周6.2インチのロープで間に合う。その時の後座量は0.5+6x0.09/2=0.77mとなる。 この条件での大砲の運動エネルギーの減衰の様子は下図のようになる。

再検討の結論

砲弾の発射速度を1200フィート/秒とし、動摩擦係数を0.5と仮定すれば、摩擦力だけでの停止距離は1.4mとなり、英国の32ポンド砲のデータと大きく矛盾しない値になる。
また、ロープの長さを6mとし、最初50cmは摩擦力のみで制動し、その後ロープの張力と摩擦力の合成で制動するとすれば円周長6.2インチのロープを安全係数6:1の条件で使用でき、後座距離77cmで停止できる。
この条件でなら、さほど危険であったとはいえない。


砲弾初速度の再検討

今までの検討結果から、妥当な砲弾の初速度は1,200ファイート/秒であることがわかった。しかし、この条件での後座量は77cmだから、砲甲板のスペースは2.8mあれば良いことになる。しかし、砲座の上にかぶっている戦闘用甲板(fighting platform)の長さが約10フィート7)であり、多分、砲甲板のスペースも同じ程度であっただろうということから考えると、これも3m程度はあったと考えてよさそうである。この場合、後座量は最大1mまで許される。
そこで、直径50mmのロープを使って、安全係数6:1の条件で、最大許される初速度はどの程度になるか計算してみた。
----と前書きをかっこよく書いてみたが、本当の理由はProf. Guilmartin から、「この条件で、最大速度は1,600フィート/秒になることに賭ける。」と言われたものだから、その検証が必要になったためである。
砲弾を1,600フィート/秒の速度で発射した時の、砲のエネルギの減衰状況を下の図に示す。

オレンジ色の曲線はロープの長さを6mとし、最初の50cmは摩擦のみで制動し、その後は摩擦とロープ張力の和で制動する場合である。この時、後座量80cmの所で安全係数6:1の条件を超えてしまう。
緑色の線はロープの長さを6.4mとし、最初の摩擦のみによる制動距離を70cmとした場合である。この条件では丁度1mの点で停止し、安全係数6:1の条件を満足する。
この結果から、確かに、彼の言うとおり砲弾の最大初速度は1,600フィート/秒と結論できる。(金を賭けなくて良かった-----)
なお、その条件での射程距離は約270mである。

参考資料

7)John Francis Guilmartin, Jr.:Gunpowder & Galleys, p223 (2003) Conway Maritime Press

謝辞

この検討に対し、オハイオ州立大学John Francis Guilmartin, Jr.博士から、ご激励とともに有益なコメントを多数いただいた。ここに深く感謝します。