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夕刻の街の中、彼はいつもの場所に座り込み、自分の唯一の宝物であるギターをかき鳴らし歌い手となる。
その殆どがそれを聞き流し去って行く人々ばかり。たまに聞き入っている人がギターケースに小銭を入れてくれ、それは彼の生活の足しになっている。 そして今日、初めて彼は質問を受ける事になった。 目の前に立ち、ずっと曲の初めから終わりまで聞いていたのは20代前半か後半か、そこ辺りの黒髪の年齢の女性。 白い、雪のような綺麗な肌にも関わらず、 身体に染みついている「何か」は彼の人生の中で一度も出逢った事のない匂いを放ち、その瞳は真っ直ぐに自分を貫き、全てを見透かされてる様で正直嫌だった。 「貴方、何故ここで歌うの?」 何処か訛りのある発音で、その女性が異国人だと言う事は分かった。顔立ちからしてアジア、それも中国か何処かの生まれなのだろう。 至極当然の様にそう聞いてくる。だから彼は答えた。 「自分の気持ちを確かめたいから、かな。それ以外にもあるけど、今はそれだけさ。気分次第で自分勝手に歌えるこの場所が好きなんだ」 そして苦笑して見せた。 だが、聞いた女性も、行き交う人々も、彼の過去は知らないだろう。それが当たり前の事であり、その当たり前が彼に取って何よりも辛い事だった。 「気分屋なのね。好きじゃないわ、そう言う人」 過去、赤子だった彼は捨てられ高熱に泣きじゃくっている所で幸運にも拾われた。それが無ければ死んでいたと、義理の母から聞かされ実感もしている。 「ハッキリ言うねぇ。けど、俺はアンタみたいにハッキリさせられる人、好きだぜ」 その後、彼は時代遅れの孤児院で育てられ、ここまで大きくなれた。今年で24歳の誕生日を迎える事になる。 その間、様々な事を経験し彼は知識と言う物が諸刃の刃である事を学んだ。 「けど、貴方の歌のメロディは好きよ」 中学を卒業したと同時に孤児院に負担を掛けない為に働きに出て、それは学んだ事。様々な職種を転々とし、漸く三ヶ月前、バーのマスターと意気投合し そこで働かせて貰える事になったのだ。一日を漸く過ごせる僅かな賃金だったが、それだけで彼には十分だった。 「へぇ。じゃ、あんたとは波長が合うのかもな」 「でも歌詞は嫌い。過去を歌ったって何も変わりはしないわ」 「けど、今の俺には未来なんて無いさ。今は、だけどな」 「・・・・・」 金に執着心など全く無いと言う変わった自分の反面に、どうしても大きな金が必要な事は分かっている。 だから非合法な事をしている組事務所を幾つか潰して回った時期もあり、そこで得たお金は孤児院に全て送った。元来喧嘩っ早い彼に取ってそれは 一番最初ではなく、働く事が、いや、上司と言う馬鹿な連中に媚びうるのが嫌で飛び出し学んだ事。 しかしそれも長くは続かず、数が10を越えた所で止めた。それはある事を覚え実感したから。 生まれながらにして不思議な力を持っている事は年を重ねるに連れ、彼は肌で実感していた。 俗に超能力などと呼ばれているそれと酷似している様で、それとは全く別物と言えるのか。 不可視の力と言う、本来有り得ないそれは彼の意識の集中する先であれば何処でも影響を及ぼす事が出来るのだ。 何度も試してみた結果、貨物列車のコンテナほどであれば潰す事も出来る。 それ以外にも物を壊すだけではなく、身体の能力を飛躍的に上げる事さえ出来るまでになっていた。 100メートルを5秒弱で走り抜ける等と言う芸当をやって退けた時は正直怖くなった程である。丁度その時が刺青をしていそうな、 現代ではそんな人物も居ないが、そう言った人物達の出入りする事務所を潰す事を止めた時だった。 今の彼では、それが何なのかは分からない。だから誰にもまだ、話したことも見せた事もなかった。 心の奥底で、何かの知識が訴えるのだ。 パズルの様に、断片的で本当は途轍もない何かを組み合わせる事の出来るそれが、自分の持っているそれは危険だと言うのだ。 それ故、ここ最近になってからそれを使った覚えは無い。それを使って金儲けする事も考えたが、ろくな事にならないとやはり、自分の知識が訴えていた。 そして何故か今も、その知識の断片、まるでもう一人の自分が囁く様なそれは目の前の女性も危険だと告げている気がした。 「じゃ、今日はお開きにするんでね。また気が向いたら来てくれよ」 本心では言っていない、上辺だけの言葉。それを吐き捨てそそくさと帰り支度をする彼。 それを見て、諦めた様な顔をしたのか。そこまでは見えなかったが彼女は振り返り、そして歩み出す。 だが、彼女は一度だけ振り返り、言った。 「気を付けてね。貴方のそれ、今は貴方の一番望まない物を呼び込むから」 しかし、街の喧噪にかき消されそうなその声は僅かに届いただけで、彼がもう一度聞こうと思った時には既に彼女の姿は見えなくなり、あるのはただ、 雑踏と呼ばれる人の群だけだった。 「望まない物、ね・・・」 聞こえていた言葉だけを反芻し、ギターケースに入っている僅かな小銭を集めポケットへと詰め込む。 そろそろ店での仕事の時間、と言う訳ではないが、あまり気分の悪いまま歌いたくはない故に帰り支度を終えた彼は立ち上がり、もう一度その方向を見た。 しかし、そこにあるのは大地にある星となるネオンの光と行き交う様々な人々だけ。それ以外、何も彼には見えない。 だがその片隅で、嫌な物を感じているのは違いなかった。 それは人間としては有り得ない力と共に手に入れた瞳の力と言うべきか。本来見えない物が見えてしまうと言う物。 街を徘徊するのは何も人だけではないのだ。 目を閉じ、心を尖らせればそれは見えてくる者達。 『魔物・・・か・・・』 それは決して異形の存在と言う訳ではない。 形も人と同じであり肌の色が違うのでもなく、瞳の色もたまに変わった色を見かけるが殆どは普通の人間と変わりはしない。 だが、一つだけ違う事は、その魔物と彼が呼んでいる存在が何かを知っていると言う事。 そして同じく、彼も彼らと同質の何かを知っていると、心の何かが告げている。 「だから知識は諸刃の刃。俺にゃ扱えんね」 自嘲気味に言ったその言葉さえ、街の雑踏へと溶け込み、ただ、誰の耳に届くわけでもなく消えて行くただの音になる。 それは彼の歌う歌と同質であるからこそ、彼は歌う事を止めようとはしないのだ。 「無念無想を貫けば、自ずと道は開けてくるって」 今までの人生で結論付けたその言葉は、彼の全てを物語るにはあまりにも足りない一言だった。 だが、現状を表すには丁度良い言葉なのかもしれない。 そして彼もまた、雑踏の一人と化し、仕事へと、いや、運命の第一歩を踏み出す。 [NEXT] |