「ただいまー・・・っと」

 わざわざ誰も居ない家なのだが、そう言ってしまうのは浩志の癖だろう。 例え灯りがついていない部屋だとしても、昔からそうやって来たのだからその癖は抜けないだろう。 だが今日は少々事情が違い、背中に大きな荷物を背負ってその上忘れてきたギターを取りにわざわざあの公園まで行った、思いっきり遠回りのご帰宅。

「しかし・・・何でこんなに重いかね」

 その上今日はこれ以上なく身体が疲れている上に、背中に居るのは大人が一人。 幾ら見た目でも体重が軽そうとは言え、重い物は重いのである。 そしてもう一度、呑気に寝息を立てている女性の背負ったまま器用に靴を脱がしながら浩志は言った。

「早く起きないと襲うぞコラ・・・」




































FILE TYPE 2nd 002 [ 会 : 過 ]



































 六畳一間で台所があるだけのそのアパートの一室には電話も無い、粗大ゴミの日に拾ってきたTVとベッド、 そして一応は必要だろうと買った冷蔵庫と炊飯器等しか無い部屋だった。 しかし、書き連ねただけの楽譜が散乱し洗濯物が干してある生活感はある部屋。 ファンをベッドへと寝かせ、しばし浩志は遅めの、いや、夜の十二時も回った所故にかなり遅めの夕食を作り始める。

「あー・・・一応二人分居るかいな・・・」

 しかし、冷蔵庫を覗き込んだ所で浩志は頭を抱え悩む。何せお世辞にも裕福な生活をしている訳ではなく、むしろ貧乏生活と言っても過言ではない程の生活基準だ。 一日食いつなぐのがやっと、と言う訳でもないが、それでも自分の生活費はかつかつ。とてもではないが他人に食事を出す余裕など無い。

「しかしなぁ・・・」

 幾ら何でも客に茶も出さず、挙げ句の果てに一週間寝ていないと言って寝ているのは女性なのだ。気遣わないと言う方が無理だろう。 流石の浩志でもやはり、一応のマナーだけはある。

「ふぅ・・・・。頼むから明日一日の飯代くらいおごってくれよぉ〜」

 そしてそんな事を言いながら浩志は料理に取りかかった。

 しかし、自分の分の料理が出来上がり、ファンの分の、鍋で暖めれば良いだけの雑炊の様な物を作り、しばしの間TVを見て過ごしていたのだが、一向に ファンは起きる気配を見せない。流石に顔色や髪の色が変わり果て肌の色は死人と言う、病院に連れて行かなければ危ないのではないのかと言う状態故に、 浩志は一応、息をしているのかだけは確かめる。だが手を口と鼻の辺りに当てそれを確認した時、浩志は顔を青ざめた。

「し、し、し、し、し!!」

 言葉が出ないのは当たり前だろう。何せファンは息をしていないのだ。そして間違いではないかと思い、もう一度だけ様子を伺う為に胸の辺りを見る。

 だがそこにあったのはあまりそう言った経験のない浩志でさえ、形が良いとも思える程の豊満な胸。ごくりと唾を飲んでから頭を振り、 呼吸しているかどうかを見る。しかし、結果など変わる筈もなく、浩志の顔は真っ青を通り越し真っ白になりさえした。

「落ち着け・・・現状を把握しなきゃ行動出来ないだろうが・・・」

 そしてそう言い、頭の中で今自分の居る状況を把握する為に考える。だが、そんな事をやった所で落ち着ける訳でもなく浩志は頭を抱え言った。

「勝手に人の家で死ぬなよなおい・・・。勘弁してくれよ・・・」

 そして礼儀として手を合わせ拝み、警察にでも取りあえず電話しようと外へと出ていこうと立ち上がった時、何かに服を掴まれ倒れそうになるのを堪えそちらの 方を見やる。するとそこには死んで居ると思っていたファンが起きあがり、迷惑そうな顔でこちらを見ていた。

「勝手に殺さないで」

「こ、呼吸止まって心音だって聞こえなかったぞ。普通死ぬと・・・」

「身体の時だけ一端止めて一気に回復させるつもりだったのよ。言わなかった私も悪いけどね・・・」

 そしてファンは、まさに艶めかしいと言う表情で髪を掻き上げ小さく溜息を吐いた。

「中途で起こして悪かったな・・・」

 多分、そう言う事なのだろうと浩志は判断し、起きてしまっては仕方がないと想いながら鍋を温め尚した。

「少し待ってろ。食えるもん暖めてるからよ」

 そして予め暖めてあった白湯をファン渡し、彼女の前へと座る。

「ありがと。で、さっきの事の説明要るかしら」

 そんな表情をしていたのだろうとは、浩志自身も分かっていた。しかし、わざわざ断るつもりもなく、聞いて置きたい事だとも思う故に頷き話を聞き入る。

「・・・どこから説明すれば良いのかしらね」

 そう言い、ファンは白湯を眠気を払う様にして一気に飲み干し、その効果は一瞬にして現れる。 死人の様な顔色は見る見る内に赤みが差し、その瞳も髪も元の黒い色へと戻って行く。そしてそれが終わりを告げた時、ファンは話し出した。

「まず、私の職業を教えるわ。完全に極秘裏に作られた秘密結社見たいなものかしらね。俗にHUNTERって呼ばれてる職種よ。 さっき戦った見たいな化け物やHAZARD HUMAN、H2って略される連中等と退治する凶祓いとでも言えば良いかしらね」

「マガバライ?」

「簡単に言えば化け物退治する職業って思って貰えば良いわ。ただし、さっき戦った甲殻虫と違って元人間、つまりはH2も退治するの」

「さっきの奴らはそのH2とは違うのか?」

「全然異なる存在よ。元とは言え人間なんかにあんなに強力な力は宿らないわ。奴らは風の民なんて呼ばれてる連中。名前の割に嫌な奴らだけどね。 そして私は香港からこっちにある奴を追って来た。そして貴方と出会ったって訳よ」

「それだけ・・・じゃ、無いんだろ?」

「ご名答」

 そこでファンは思いの外、妖艶な表情で浩志を睨め付ける。それはまるで何も言葉が無くとも命令されている様で正直浩志は気分が悪かった。 だが、そんな事すら見抜いているのかいないのか。浩志が判断仕切れないままファンは言った。

「単刀直入に言うわ。貴方に私の仕事を手伝って欲しい」

「謹んでご辞退しますー」

「・・・・・」

 だが、浩志の少し巫山戯た、思いの外早い返答に面食らってしまい、妖艶な表情は崩れ呆けた物へと変わっている。

「そ、そんな早く決めなくても良いんじゃないの?」

 珍しく、いや、多分そうであろうと、浩志が勝手に判断しているだけだったが、そうして焦っている風に見えるファンはなかなか面白い表情をしていた。 しかし本人に取って見れば問題なのだろう。それ故自分の意見をハッキリと言った。

「ただ単なる危ない橋位なら手伝っても良いぜ」

「じゃあ」

「けど、どう考えても割に合いそうに無い話しだからな。あんたにも事情がある様にこっちにもこっちの事情があるんだ」

「・・・・・」

「今の生活、貧乏でも結構気に入ってるんだよ。今日はこの部屋貸してやるから、明日になったら自分の家に帰れよ、じゃあな」

 そう言い、浩志は話を切り上げ玄関へと向かう。

 確かに浩志自身、手伝ってやりたいとは想いもした。だが、やはり今の生活と先ほどの戦いとを掛け合いに出せば今の生活の方が良いに決まっているのだ。 平和とは言えず、苦労しないで楽して生きようとは思わない。 ある種、諦めにも似た感情を抱きつつ生きているのも良いと思っているのだ。しかしそれでも今の生活の方が良いのである。 それ故浩志はそのまま外へと出ようとする。

「・・・・?」

 だが、ドアノブを握った所で周りの雰囲気ががらりと変わった事に気付き、そこで動きを止めた。

 それは先ほどの戦いの中で感じ取った殺気ではなく、もっと別の物。そしてそれは後ろ、ファンから発せられる雰囲気だった。

「まだ何・・・・」

 そしてそう言い、後ろを振り返った所で浩志はそちらを見た事を後悔した。 何せ衣服を脱ぎ捨てたファンがそこに立ち、何処か危ない笑みを浮かべながら此方に微笑みかけているのだ。 ただしそれだけなら今の状況よりはマシだっただろう。 そこに居たファンの肩から横腹に掛けてまだ癒え塞がっていない大きな傷があったのだ。

 そしてそれを撫でながらファンは言った。

「私にあげられる物はこんな物しかないわ。これでも駄目かしら?」

 何を指してそう言っているのかは検討が着かなかった。だが、どうにでもしろと、そしてそれを代償に手伝え、と言っている事位は分かった。 それ故、顰めっ面にならない様に気遣いながら、浩志はファンの肩を抱き、眼を見据えて言ってやる。

「良いか? 身体を差し出すって言うのは弄ばれるだけじゃないって事を覚えとけ。それだけの覚悟があるなら何故自分でやろうとしないんだ? あんた 程のはんたー、だっけか? それなら倒せるんじゃないのか?」

「・・・あんたに何が分かるって言うの?」

 しかし、ファンの表情はまるで張り付いた能面のように変わらず妖艶な物を存在させている。 それ故、浩志は続けられる前に捲し立てそれを遮った。

「まず、手伝って欲しいなら俺を信用しろ! 虫が良すぎるんだよ、奥の手も隠したままで条件提示するなんてな!! それにあんたから 何にも聞いてないのに分かる筈もないだろうが! 分かって欲しいんならその口でしっかり喋れ!!」

 それに驚き、いや、多少の心境の変化があったのだろう。まるでスローモーションをかけた様にファンの表情は見る見る変わって行く。 それを確認してから浩志は面倒くさがりながらもベッドから乱暴にシーツをはぎ取り、ファンの頭からそれを掛けた。

 そしてしばしの間、沈黙が流れ、浩志はイライラしながらもファンの反応を待ち、ファンはそれに応えるかの様に口を開いた。

「私にはもう帰る所なんて無いのよ」

「なんで」

「みんな殺されたわ・・・・。私の目の前で、ね」

 多分、そんな事だろうとは思っていたが、浩志は正直自棄になりそうだった。

 今日一日であった事は人生で一、二を争う程多く、そして無理難題をふっかけられている様な気がするのだ。 その上、浩志にはファンの気持ちが分かるのだ。それ故、苦い顔をするしかないのだろう。

 そしてそんな浩志の表情も見えていないファンは、そのまま話を続けた。

「本当の両親の顔なんて覚えても居ないけど、育ててくれた龍(ろん)は間違いなく私の父親だったわ・・・・。 仕事のパートナーだった人達だって居た。けど目の前で何も出来ないまま殺されて行く家族の姿を見ていた私の心境が貴方に分かる?」

「・・・・・」

「ほら、何にも言えないじゃないの・・・。結局貴方も同じね。私の大嫌いな日本人だわ・・・・」

 そして言いたい事を言い終えたのか。彼女はシーツから剥いだし自分の服を着出す。 だが、それを終えた所で浩志が口を開いた。

「俺も大嫌いな日本人ってーのは共感できるから許せるが、人の話しも最後まで聞かない奴はもっと嫌いだ」

「だから?」

 それに対し自嘲気味の笑みを返すファン。それが気にくわなかったのだろう。浩志は口調を荒げ言う。

「あんたは自分だけが犠牲者と思ってるんじゃないのか? ならちゃんちゃらおかしいね、 両親が居ない奴なんて知り合いに幾らでも居るからな。 それに言っちゃ悪いがあんたはマシな方さ。あんたの体験をもっと小さい時に経験した奴だって居るんだぞ? それがなんだ。 20も越えてうじうじ言うだけたぁご大層な人生だなおい」

「掛け合いじゃないわ! 貴方に分かるかって聞いてるのよ!!」

 それに対し、とうとう切れてしまったのだろう。ファンは殺気すら込めた顔で浩志の事を睨み付ける。

 だが、浩志はそれをやんわりと受け流してからベッドにより、その下から何かを取り出してファンに投げやる。 それを受け取った時、ファンは最初それが何か分からず、浩志が何をしようとしているのかも分からなくなってしまう。 だが、浩志はそんなファンにも構わず服を脱ぎ捨て、上半身裸になった所で自分の胸を指さした。

 その時、ファンは何も言えなくなってしまう。

「これが何か分かるか?」

 ごく自然に、平然と言う浩志の顔は今のファンに取って見たくない物だった。 そしてそれが分かっているからか。あえて浩志は話を続け為に自分の胸からファンの持っている物へと指を移す。

「その赤いボロ切れが何か分かるか?」

「分かる訳無いじゃないの・・・」

 そしてファンがそう言った時、浩志は苦い顔をしながら言ってやる。

「赤子の時な、俺は孤児院の前に捨てられてたんだよ。それも血塗れの格好でな。何故血塗れだったか分かるか?」

「・・・・・」

「昔色々と変な仕事に就いてたから調べられた事だが、その赤いボロ切れに染みこんだ血は 胸のこの疵痕が傷だった頃、流れ出た俺の血だけじゃないそうだ。 DNA鑑定で三種類の血がそこにはこびり付いていて、それも俺の両親の物だそうだよ、後の二種類はな」

「だ・・・から・・・・何、よ・・・」

 その時、ファンは何故か自分が酷く贅沢を言っている様で自己嫌悪に陥っていた。

 そう言ってしまえば簡単なのだが、目の前の相手は自分と同じ台詞を言わず自分の過去を聞き、そして己の過去を話してくれているのだ。

 そんなファンの心境を知っているのだろう。

「俺の分かってる自分の過去なんてそれだけだ。ま、孤児院での生活はお世辞にも楽じゃなかったが、それでも楽しもうとしたし、 事実楽しめた。けど、お前にはそれ以上の過去がある。知っているって事だ。仇討ちしたいならすれば良いだろ? 俺から 言わせてみればマシってもんだぜ。俺は両親が死んでいると思っているが、何故そうなったのかなんて分かりもしないんだからな」

 服を着直しながら言葉を吐く浩志の声質は何処か寂しげでもあった。そして服を着終え、ひったくる様にしてファンから 赤いボロ切れを奪い返した後、浩志はファンに問うた。

「けど、だ。だからこそ、それがどうした、なんだよ」

 その言葉を聞いた時、ファンの顔は先ほどと違う物が浮かんでいた。そしてそれを見たから、浩志は言ってやった。

「昔の事うじうじ言ったって変えられる訳じゃないんだよ。でなきゃ生きてる意味も価値もありゃしないさ。 それだけならな。だがあんたは目的があって生きてるんだろうが。なら何故捨てようとする? これ以上捨てて目的が達成できないって 分かってるのにだ。ちったぁその頭と心と魂使って考えやがれ」

 それは変わるに、いや、もしかしたら元に戻ると言うべきか。それをするに十二分の言葉だったのだろう。 しかし、それを言い表す言葉が胸一杯に広がりすぎて、何も言えない自分もそこに居た。それが解ったから、ファンは涙を流すのだろう。 それを見ながら浩志は溜息を吐き付け加える。

「泣ける元気が出たんならさっさと服着ろ。俺だって男なんだからな!」

 やはり自棄になり言ってしまった事を後悔しているのか。そして何処か笑みを含んだその顔をファンは涙で霞んだ目に焼き付けられる。 だがそうした途端に、ファンは顔色を変えいそいそと服を着始めた。その意味をはき違えた浩志はまた溜息を吐くが、様子があまりにも 一変した事を変に想いやがてそれに気付く。

「冗談じゃねぇぞおい! 民家だろうが所構わず奴らは来るのかよ!?」

「人の都合なんて関係ないのよ。むしろ私たちは檻に閉じこめられた鳥。そんなチャンス逃す訳ないじゃない」

 そう言い終えたと同時に着替えも終えたファンはいそいそと靴を履きドアを開け放った所で言ってみせる。

「いつかこの恩は返すわ。いつまでも借りたままじゃ気分悪いから」

 皮肉った言葉だったが、その顔色は悪いモノの表情は気丈な物。それが本来の顔なのだろう。 だが、後ろから押され玄関先へと出たファンは不満顔になりながら後ろを振り返り、驚いた顔をした。

「・・・・何してるの?」

 至極不思議そうに見たそこには靴を履いている浩志の姿があったが、ファンにはその意味が分からない。 しかしそんな顔をするファンを嘲笑うかの様に浩志は言って見せた。

「そんなよろよろの身体で何が出来るってんだよ。それにお前に借りを作ったままの方が面白そうでね、取りあえず明日一日の 飯代を奢って貰わなきゃのたれ死ぬのはこっちなんだよ」

 その言葉を聞き、半ば唖然としていたファンだったが、苦笑しつつアパートの廊下を駆け抜けながら浩志に聞こえない声で呟いた。

「やっぱり好きになれないわね。あーゆー人」

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