闇が降りきった住宅街の道路はあまりにも静かすぎ、二人の足音はかき消されず様々な場所に反響し跳ね返ってくる。
それに引き替え、二人を追っている者達の足音は皆無。あまりにも闇と同化し過ぎたそれは人ではない存在。
それ故二人が感じられるのはなま暖かい風と共に来るそれの匂いだけ。
そして胸くそ悪いと言う言葉が浩志の頭の中には見え隠れし始めていた。
「何処か人目の無い場所なんてあるかしら」
風の中から掠れ聞こえてくる声は聞き取るのがやっと。だが、それでも聞き取らなければならない故に浩志は言葉を返す。
「首都圏でんな都合の良い場所なんざある訳が!」
しかし、ぱっと頭に浮かんだそこを考えながら、浩志はにやりと笑い叫ぶようにして言った。
「あったぜ! どでかい森がな!!」

FILE TYPE 2nd 003 [ 会 : 己 ]
そこはあまりにも日本の首都圏と言う場所とはかけ離れていると思える空間だった。
木々が生い茂り、これ以上なく森の匂いがするそこには様々な動物や昆虫が眠っている場所でもあり、ある意味そこを
思い浮かべ戦場とした浩志は非国民と言える様な発想の持ち主なのかもしれない。
だが、そこに降り立った時、いや、進入した時、ファンは眉を顰めてから驚いた顔をした。
「東京にこんな場所があったなんて・・・」
「皇居ってんだよ。日本の天皇の住まいだったっけか?」
その言葉を聞き、ファンはこれ以上なく驚いた顔をするが浩志の言葉を聞く前にそれの存在が近い事を悟り、
一度だけ長く目を閉じた。
「手短に説明するわ」
「おうさ。何でも来い」
「貴方にやって貰う事は囮。この辺り四方10メートルに場を造り出すからそこに敵を誘い込んで欲しいの。それに当たって注意が一つ」
「何だ?」
そしてファンは目を閉じたまま、顰めっ面になりどう言おうかと迷った。
彼女自身、HUNTERとしての実力はこれ以上ない程あるのだが知識の面は他人に頼りすぎた為にどう説明すれば良いのか解らないのだ。
そしてそれが母国語ならば出来たのかも知れないと言う事実に、悔しみの念さえ抱く。
だがそんな表情からも読みとれるのか。浩志の表情の変化を肌だけで感じ取りながらそれを聞いた。
「槍の出し方だろ? なんとなく分かるって。心配すんな」
「そうじゃない。私の言いたい事は・・・」
「死にに行くつもりは無いぜ。誰が報酬も貰わず腹空かしたままで死ねるかよ、んじゃ、頼むぜ」
そしてそのまま辺りから完全に浩志の気配は掻き消える。
音さえも消したそれはもはや素人の出来る芸当ではなく、
そんな事実すら知らずに浩志が力を使っている事に、説明出来なかった自分の知識の無さに後悔の念さえ抱きつつある。
だが、それでもやらなければ何もならないと言う事を悟らされた相手を死なすつもりも無く、ファンはそれに集中する事にした。
その一方で既に皇居の外が見える場所へと着た浩志は意外に落ち着きを見せている自分に驚きさえ覚え、少し苦笑している所だった。
今日ファンと出逢うまで、自分の力をこれ程連続的に使った事など無かったのだ。
その上一度は自分で封じ込め、使わないと決めた事をあっさり破ったのだ。これで良かったのか等、今は分かる筈も無い。
だが、その裏で敵を気配と匂いを感じ取り、頭に浮かぶ全ての考えをうち払いまるで瞑想する様に目を閉じる。
『・・・・・』
心さえ沈黙する事の出来る今、浩志は自分に適う者などありはしないと思っても居る。
そしてその慢心とも思える言葉すら扱える気がするのだ。それ故、目を見開いた時、自然と右手に感じた重みをそのまま具現化し、
そこにはいつの間にか青い長柄の槍が握られていた。
「さて、狩りの時間だ」
そう言い、空へと舞い上がった浩志は一介のバーテンダーでも、駆け出しの売れても居ないシンガーソングライターでも
孤児院で育った気の良い兄貴でもなく、一人の狩人ですら無かった。
肌で感じる風は相手の所在を運び、その眼が捕らえるのは敵の姿ではなく気配。耳は空間にある粒子と粒子のぶつかり合う音さえ
聞こえ、その鼻には嫌な程相手の体臭が匂ってくる。
しかしそれさえ、今の浩志には身体を高ぶらせる道具でしかなく何もかもを操れる気がするのだ。そして敵の気配を下に感じた時、
彼の目つきは変わり落下するのではなく空間に何かを造り出しそれを蹴って加速しその方向へと突っ込む。
「一匹目」
バシュゥゥゥウウッ!!
その反動を利用し、上へと再び飛び上がった所で土へと還ったその塊にもう一匹の甲殻虫が突っ込み砂塵を舞わせる。
だがそこを狙って甲殻虫が攻め来るのを詠んで居た浩志はまた加速を付けそこへと飛び込み二匹目を撃破する。
「これだけじゃないよな」
そして空を見やれば次々と敵の増援が来るのが分かった。何せ先に倒した二匹とは違い、羽音を五月蠅いほどに纏った群が迫ってくるのだ。
もしこれが昼間であれば一大ニュースにでもなるやもしれない。
「見付かりゃ夜でも同じか」
苦笑しつつも、浩志の瞳に宿るのは表情とは全く違う物。例え今が昼間であったとしてもそれは変わらないのか。
加虐的でさえあるその色、そして浩志の変わりつつある気配は敵にまだ知れ渡る事は無い。
『10メートル四方に閉じこめられるのはせいぜい20匹程度だな・・・』
羽音と共に迫り来る敵を見ながら、冷静に相手の身体のサイズを測り頭の中で計算をまとめ上げる。
だが、それ以上の数が自分に迫り来るのを見て、浩志は何故か笑みが漏れ出てくるのを感じていた。
身体の中から溢れ出る力は際限なく流れ出し、それは右手に持っている槍へと流れ力へと変換して行く。
それがごく自然である様に、まるで長年使っていた武器を携えている様なその気分は高揚していると言っても過言ではない。
しかしそれは相手を殺す事が楽しいのではない。
それよりもむしろ酷いと言える、狩るのが楽しみなのだ。
「人間にさえ負ける魔物か・・・・」
静かに呟くがそれも相手の攻撃を避ける為に掻き消え敵に届く事は二度と無い。
ただ攻め来る敵の攻撃を避け、そこで槍を一振りするだけで面白い様に敵は土へと還って行くのだ。
それは今の浩志に取って子供が砂の山を踏みつぶし壊すのよりも簡単と言えるだろう。
しかしだからだろうか。何匹、何十匹と土へと変えて行くのに飽きてしまったからだろう。
浩志の胸の高鳴りは無くなり、その途端目の前に迫ってくる雑魚が鬱陶しくなって来る。
「そろそろ行くか・・・?」
頭の隅の方で僅かに残っていた作戦など、忘れていたと言っても良い心境だった。しかしそれを思い出した故に、
浩志は残った数匹を嘲笑いながら森の中を縫うように駆け抜け相手を指定の場所まで誘いやる。
「全部で何匹!?」
「10も居ないぜー」
「え・・・!?」
ファンの場所まで距離にして何メートルあっただろうか。しかし一秒も経たずしてそこまでたどり着く故にまた飽きが来たのだろう。
肩を竦めて余裕を見せてやるが、ファンは目を閉じ苦い顔をしながら言い返す。
「外で倒したの?」
「悪いかい? 流石に40ほどもこのスペースに誘い込めないだろ?」
だがその言葉に対しファンは更に苦い顔をしながら、いや、それは怯えた顔なのだろう。その表情を顔に張り付けたまま言う。
「ちゃんと説明して置くべきだったわね。その10匹ほどは相手するから最後の一匹任したわよ」
「どういう事だ?」
「奴らを殺すにも順序があるのよ。でなきゃ私だって所構わず戦ってるわよ」
声が震え、真剣にそれに怯えていると言う事は浩志にも分かった。だがその10匹程以外に敵の気配など感じられず、その怯えの原因になっている物が
全く分からないのだ。だが文句を言おうと口を開いた瞬間、辺りの空気が激変する。
「こい、つ・・・か」
空気が重くなる、と言う感覚を浩志は初めて体験し、そしてそれに恐れすら感じてしまった。
表現でそう言った言葉を使うのは聞いた事があるが、事実周辺の空気の密度が変わり、重力さえ重くなった様に感じ
その上で、現れた敵は気配を発しているだけなのだ。だがそれを感じている中で、浩志はその殺意とは別の何かを、自分の中に抱きつつあった。
敵と相まみえ戦い方を知っている今、それを使いたくて仕方がなくなるのはしょうがない事なのだろうか。
幼心に覚えているのは玩具の銃を持った時、それを使いたくて仕方がないと思った時の感覚に今のそれは酷似し、遮り邪魔になる物など何処にもないのだ。
それ故一歩前に踏み出すだけでそれを使い扱える様な気がしているのだ。
だがその反面で、それを使い後になってから悔やむ自分さえ脳裏に浮かんでしまう自分も居るのだ。
それが大人になったと言う証拠なのだろうが、今の浩志にはそれが自分自身で分かっているのか居ないのかが判断出来なくなりつつある。
そしてそれは明らかに、目の前に居るたった一匹の、異質の存在がその原因だった。
『高ぶりすぎてる、な。俺らしくもない』
何故だかは分からない。だが、確実にそれが与える影響は浩志の心を支配し、雑魚を倒している時よりもそれは強くなって来ているのだ。
そしてそれを感じ取られたからか。ファンが早口で注意する。
「奴らを倒すのは構わないけど、今度から私が張った結界の中で倒して。でないと奴らは土に還る時に仲間を呼ぶのよ。
自我なんて上等な物持ち合わせていない代わりにそう言った能力は非の打ち所が無いのよ」
「ここならそれが防げると?」
「その為に私が障壁、結界を造り出すのよ。そして私以外、際限なく襲ってくる奴らを仕留められる人なんて居やしないわ」
だが、最後の辺りは何処か悲しみさえ含んでいる口調。
それ故、それがまだ語っていないファンの素性の事を現しているのだろうと浩志は判断し、もう一度敵に視線を向ける。
じわりじわりと攻め寄ってくる様は昆虫と言う姿ながら、どちらかと言えば爬虫類の様な気がしてならない。
だがまた戻りつつあった、ある物に支配されつつあった浩志をファンは声を荒げるのではなく、殺気すら込めた言葉で引き戻す。
「貴方が使っているそれは武器じゃなく今は凶器なのよ。凶祓いである私たちはそれと同質になっちゃいけないの。
でなきゃ望まざる「それ」は幾らでも自分に不幸を呼ぶのよ」
「? そりゃどう言う・・・」
そして浩志が聞き返したのと同時に、場は動き始めファンは「自分で考えて」とだけ言って群れる敵へと走る。
「また訳の分からない事を言いやがって・・・」
取り残される形になった浩志は愚痴を漏らしながら自分の敵を見据え、そして後悔する。
一瞬の注意を払わなかった結果は直ぐに出る事になるのだ。そして横腹に走る鈍痛と共に、浩志は初めてそれを実感した。
「ちぃっ!!」
口一杯に広がる血を吐き捨てながら飛ばされる自分の体制を整え直す為に浩志は周辺に気を配る。
そして見えたのは吹っ飛ばされた自分を追い中空を駆け抜けてくる敵の姿と後ろに迫る大木。
だが後ろに注意を払ったからだろうか。大木にぶつかる瞬間それに向かい一撃を放ち衝撃を相殺し、
再び敵を捕らえようとした所で浩志は目を見開きそして唐突に、衝撃は前からではなく後ろから来た。
「ぐっ!」
今度は確実に肋の骨が折れてしまったのだろう。体験した事のない痛みが身体中を走り意識を消してしまいそうになり
次に感じたのは顔と前半身に感じる土の冷たさ。そして直ぐに槍を握っている右腕に激痛を感じた。
「!!!」
多分、折れたのだと分かったのは一秒も経たない時の中であったが、浩志はその時が永遠にも感じられていた。
そして徐々に回復してくる感覚の中で、背中に感じるそれは敵の足なのだろう。踏みつけられている状況と言うのを理解した途端、
浩志の中で何かが爆ぜた。
クオオオォォォォォ!!!!!!
だが、それが起こると同時に浩志は自我と言う物をある物一色に染め上げ五感全てを失い意識を閉ざす。
そして次の瞬間視界が明るくなったかと思えば、そこに広がる光景は浩志を驚かせる結果となる。
ガ・・・ア・・・
自分の腕が先ほどまで背中に居たはずの相手を貫き、身体中にそれの血なのだろう、青い体液を浴びているのだ。
そして絶命する瞬間なのか。それはもはや抵抗するそぶりも見せず直ぐに動かなくなる。
土へと還るそれで視界が閉ざされて居たのだが、絶命したと同時に浩志の視界は晴れ渡りそこにあったのは闇だけだ。
それは空に雲が集まり光を閉ざしているのだと分かり、そして目が暗闇に慣れてくるのと同時に辺りの光景に驚きを隠せなくなる。
そこにあったのは幾つもの折れ曲がった木々と地肌が剥き出しになった大地。そしてそこは青一色だった。
そして唖然としている浩志に声が掛かる。
「漸く戻れたのね・・・・」
「ファン・・?」
掠れ、溜息混じりのその声は明らかにファンの物だで、その姿は自分の後ろの木にもたれかかる様にして立っているだけ。
そして彼女の髪と瞳はまたあの灰色へと変わり果てている。
「大丈夫・・・な、訳ないよな」
「当たり前よ。貴方を出さない様に結界保つのがこんなに大変だと思わなかったわよ」
「・・・敵・・じゃないのか?」
駆け寄り支えながら聞く声はそれは今日聞いた中で一番弱々しかった。しかし、それでも言わなければならなかったのだろう。
「自分を知らなすぎる見たいね。私たちは・・・貴方と一緒、なん・・・て・・・最低、よ・・・・」
その声と共に、ファンはまた眠りに入る。
それを支えながら浩志は自分の事と、辺りの事を照らし合わせ考えるが全く身に覚えがない事でしかないのだ。
そこにある物を現すのならば惨劇があった場所と言っても十分に説得力があるだろう。
血飛沫が飛び散り暴れ回る何かが木々を倒しそしてそれらが地表を覆っていた草を薙ぎ払ったのだ。
しかしその場には有り得る筈の物が無く、有り得ない筈の色が染め上げた大地がある。
そしてそこに本来あるべき物は屍と言う、生命を終わらせた証。しかしこの場に唯一あるべきそれは無く、ただ星明かりの下でしばらく
浩志は考えに耽っていた。
それから30分ほど、浩志は走りに走り疲れ果てそこに鎮座していた。
何せ背中に背負ったファンは死人の様に動かなくなり、見た目よりも重く感じてしまい、
着替えやしばらく家に帰れないだろうと思った故唯一の財産であるギターと楽譜と何本かのペンを家から持ってきた。
その上落ち着ける場所などまだ世も明け切らぬ今では思いつく場所など無く、泊めてくれる知り合い等近辺には居ないのだ。
ゲノムのマスター、のレオンの家も首都圏には無く、まだ行った事も聞いた事もない故頼るに頼れない。
それ故、唯一雨露を凌げる場所がゲノムと言うバーなのだった。
「あー・・・だるい〜」
そして今、浩志は店先の回転椅子に座りながらダレている最中だった。身体からは湯気が上がり、この時ばかりは店の奥にある
シャワー付きの控え室に感謝したい位であり、血で汚れた私服はそれの為か、時間が経つに連れてボロボロになってしまった故に現在はゴミ箱の中。
今着ている服はバーテンダーの制服だ。そして背負っていたファンは上手く寝かせる場所が無い故に、バーカウンターを少し片付けその上に寝かせたのだった。
そして控え室の中にあったラジオの深夜放送を聞きながら、丁度1時間経った所でファンが目を覚ました。
「ん・・・」
「やっとお目覚めかい・・・」
「・・・・ここは?」
「俺の職場だ。朝になりゃ出て行かなきゃならんがな、それまでなら大丈夫だ」
まだ顔色も悪く、身体の調子も回復しないのだろう。見つめるたびに窶れて行く様なファンの姿は痛々しく浩志の眼に映る。
だがさして気にする風もなく立ち上がりカウンターから降りた。
「もう少し気の利いた場所に寝かしてくれない?」
「悪いな。ベッドになりそうな台がこれしか無いんだよ。奥の控え室にシャワーがあるから、使うんだったらどーぞ」
「そうさせて貰うわ・・・。一週間ぶりだもの」
そしてファンはそのまま奥へと消え、きっかり20分経った頃に戻ってきた。しかしその格好たるや、着ていたチャイナ服を手に持ち、身体には
バスタオルだけ巻いた格好なのだ。
「お前なぁ・・・羞恥心てーのが無いのか?」
それに対し文句を言うが、ファンは微笑を浮かべ言う。
「貴方なら別に構わないわ。それと、一杯くれないかしら?」
「はいはい、分かりましたよ。お姫様」
そして何を言おうと無駄だと分かり、浩志はカウンターに入りあまり強く無い酒をグラスに注ぎファンの前へと出してやる。
「ありがと」
だが、ファンはそれを受け取った物の、飲もうとはせずに手の中で回し遊ぶだけ。何か考えていると言う証拠なのだろう。
そう判断した浩志は自分から話を切りだした。
「さっき言ってたが、俺達が自分を知らなさすぎるってどういう意味だ? 過去を知らないのなら分かるが、自分の事位知ってると俺は思ってるもんでね」
「そうかしら」
だが直ぐに返答され、何を言って良いか分からなくなってしまう。だが、ファンは手の中にあった酒を少しずつ飲みながら満足げな笑みを浮かべ言う。
「自分の事を知るって言うのは、何もかもを知る事と同じ位難しい事よ。必ず認めたくない自分って言うのが居るからね」
「それなら分かってるさ。俺の認めたくない自分って言うのは残虐過ぎる所だ。こればっかりは消したくても消せないんでね。あんたなら分かるだろ」
「ええ。でも、それは貴方の知っている自分であって、知らない自分じゃないわ」
「?」
「さっき貴方がどういう力を使ってたか、そして貴方は何を使っているのか知らないでしょう?」
そう言い終え、ファンは手の中にあったグラスをカウンターに置き妖艶に微笑んだ。しかしそれは浩志に取って嘲笑にしか見えず、馬鹿にされている様にしか
思えない。それ故言い返そうとしたが、ファンの凛とした言葉がそれを遮った。
「貴方は戦いに置いて所詮素人となの。だからこのまま戦えば確実に死ぬわ」
しかし、それに対し浩志は当然の様に言ってみせる。
「だろうな」
そしてその答えすら分かっていたのか。ファンは仕方なさそうに言い返す。
「だからなのかもね。貴方の戦い方は身体に無茶が出過ぎてる」
それはファンが今日だけで浩志の行動を見、そして結論付けた事だった。
素人でも玄人でもない浩志の戦い方は、まさに中途半端と呼べる代物でしかないのだ。
それ故、ファンには浩志の身体のどの部分に負担が掛かりすぎるかも分かっている。
しかしそれがあまりにも浩志の身体に直接影響していない事から、うっすらと恐怖さえ感じるようになってきたのだ。
「貴方、今まで自分の身体に異変を感じた事って無い?」
「いんや。これと言って病気もした事ないぞ」
「でしょうね。馬鹿は風邪引かないって言うし」
「さらりと酷い事言う・・・」
そしてその恐怖は確信へと変わった。
異変が無いかと聞いたのは一度でもそれがあれば解決策が見付かると言うのでカマを掛けて見たのだ。
しかし、それが無いと言う事はこれから異変が起こると言う事。年齢を重ねるに連れ、そして力が育つに連れてその反動としての異変が凄まじい物になると言う事は
知識として知っていても、実際どんな事が起こるのかなど今のファンには分かる筈もないのだ。
その上、聞いた知識だけでも二十歳を超えればそれは死をも伴うかも知れないと言う事らしい。
「唐突だけど、貴方幾つ?」
「23だが?」
そしてファンは決意する。
「手伝って欲しいなんて言って悪いけど、やっぱり止めるわ。これ以上貴方に迷惑掛けたくないから」
そしてそれが最終的に結論付けた事、言い換えればファンなりの気遣い。
相手に気持ちが伝わらなくとも、自分自身がこれ以上浩志と関われば少なからず危険にも巻き込み、これ以上身体に負担を掛けさせれば
何時身体の中にある時限爆弾が動き出すやもしれないのだ。そして予想通り、浩志は反論する。
「冗談じゃない。言っただろうが、手伝うって。お前の悪い癖だな、全部一人で背負い込もうとする」
そして浩志の言っている事も相手に対する気遣い。正直、ファンはそれが嬉しくもあった。
独りになり、漸く仲間が大切だと分かったのも、自分に足りない部分を教えてくれたのも彼なのだ。
だがだからこそ、死なせたくないのだ。
そしてファンは控え室を開きっぱなしのまま服を着る。その間も背中に刺さる視線は痛いままで、それが辛くもあり、着終えた彼女はそのまま
浩志に近づき、冷たい眼差しをしたまま、突き放すように言う。
「ハッキリ言って素人の貴方に手を出されるのが迷惑なのよ。まだ独りで背負ってた方が楽だわ。だからこれ以上私と関わらないで」
そして何かを言い換えされる前に、そのままドアの向こう側に消える。
それが彼女に出来る、精一杯の気遣いだったから。
ドアを閉めた所で、彼女の顔つきは女の物から戦士へと変わり、怒ってカウンターでも叩いたのだろう、その音を背中に受けて歩き出す。
自分の頬を濡らす物が、何年ぶりかと思える程流れなかった涙であったとしても。
それすら構わずに。
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