「あの女、一体何学んだんだよくそったれがっ!!」

 ダンと思いっきりカウンターを叩いた所で何の解決にもならないのだが、今の浩志に取ってはそれはどうしようも無い事として片付けるしかないのかと、 何処かに当たりたい気分だったのだ。信用されたとも信頼出来るとも思っていたのだが、一瞬にしてそれが裏切られた気分になってしまてはどうにもならないのだろう。

「ちっ・・・俺だって何ら変わってねぇじゃねぇかよ」

 昔、似たような事が一度あり、嫌でもそれを思い出させるのは出ていった女性。

 そして今の浩志には、相手の心境など心遣い思いやる余裕など無かった。




































FILE TYPE 2nd 004 [ 会 : 凶 ]



































カラン、カラン

「いらっしゃ・・・、なんだ、マスターか」

「そりゃこっちの台詞だぞ? どうした、こんな早くに顔見せるなんてよ。珍しく本業はお休みかい?」

「こっちが本業ですって、何冗談言ってるんすか」

「夢諦めてないんだろ? ま、今日の顔からそれは伺えんがな」

 そう言い、マスターのレオンはにやけ顔のまま控え室へと消えていった。 しかし、図星を突かれた浩志には嫌味にしか聞こえず、眉を顰め渋顔になるしかない。 だがそれは自分が今まで出逢った中で唯一選べた、上司だと認める人だからこそなのだから認めざるを得ない。 多分、死ぬまでそれは変わらないだろうと言うのは出逢った時からの印象そのままだった。

 ファンがこの店を出ていった後、結局浩志は何処にも行かずここでずっと開店時間までを過ごしたのだ。 腹が減れば控え室にあるお菓子をつまみ、暇になればラジオを聴いていれば時間は無駄ではあるが過ぎて行く。 そしてそれがファンの事を紛らわせてくれたかどうかは未だ分からなかった。

「さて、準備は・・・整ってんな。お前何時来たんだ?」

「朝方ですよ。ちょっと込み入ってまして」

「理由は聞かねぇぜ。どうせ話す気も無いんだろう?」

「ははっ・・・適いませんよ、マスターには」

 そう言い、店のドアの看板をCLOSEからOPENへと変えてから、自分の仕事する定位置に着いた所で、見慣れない物が目に入る。

「あれ? マスター、英字新聞なんて読むんですか?」

 見慣れないのも当たり前。新聞自体、何年も見ていない訳ではない物の、当日の物は殆ど見た事も無い。 それもカウンターの上にあったのは英字新聞。それも内容は全く読めない上に、 夜の街に一筋の朱い線が奇跡を画いている写真があるだけでは何の事かさっぱりである。

「そんなたいそうなもんじゃねぇよ。ゴシップだゴシップ。なかなか面白い記事だろ?」

「あの・・・俺英語なんて全然読めないから分からないですよ」

「片言くらい読めるだろ? それは昨日のニューヨークの街の写真で、UFOにしろ何にしろ、 ハッキリ写ってる物は俺もまだ見た事なかったんでね。面白ついでと、持ってても良いかなって思って買っちまったんだよ」

「相変わらず物好きですね・・・。でもよく手に入りましたね。今日のでしょ? これ」

「時代は情報化されてんだぜ。世界中の何処でもって訳にもいかねぇが、技術大国アメリカの新聞なら知り合いにどれでも仕入れてる変わり者が居るんだよ。 今度紹介してやろうか?」

「別に良いですよ。それにゴシップ誌なら眉唾もんでしょ? 興味ないですよ、オカルトとかそーゆーのは」

「いやいや、浩志君。意外な所に真実って言うのは隠れてるもんさ」

「そんなもんですかね」

 そして苦笑しながらマスターの得意げな顔を横目に、何故かその記事から眼が離せない浩志だった。

 彼もまた、そう言った記事をタイムリーな雑誌などで見た事は今まで一度も無かったのだ。しかしその為だろうと、それを片付けようとした所で 写真の一部に写った何かに目を止める。

「?」

 それは朱い不気味な一筋の線の中に、何故か人の影が見えたからだ。そしてもう一つはその朱い線の中ではなく、暗闇に紛れて僅かに何かが写っている風にも 見えるのである。そして決定的に浩志を動かしたのは星空の中に写っていた幾つもの影。それは昨晩見た、黒い悪魔を思わせる何かに酷似していた。

『・・・あっちでも同じ様な事件があるって事かよ』

 しかし、浩志は直ぐにそれが自分と同じ、力がある能力者だと言う事を悟り、半ば自嘲気味な笑みを浮かべた。

 何せ今まで出逢わなかった世界、ただの胡散臭い記事だと思って目にも留めなかった中に、自分の体験した真実があったのだ。 それは誰にも触れず、それこそただのゴシップネタで終わる様な真実なのだろうと、何処か馬鹿らしくなったから漏れた表情。 そしてその反面で、本当に一人で行かせて良かったのかと言う後悔が過ぎる。

「ふう・・・」

 しかし、所詮過ぎてしまった時間を取り戻せる訳もなく、浩志はそれを店先の新聞置きに入れて元の位置に戻る。

カラン、カラン

「あ、いらっしゃい」

 そして今日の第一号客が入ると共に、店は賑わいを見せる時間となるに見えた。だが、入ってきたのは見たこともない、コートを羽織った黒人の客。 しかし、マスターは笑顔で、まるでいつも店に居る常連客に向ける様な表情をしていた。

「珍しいなレグナー。お前が客になるなんて」

「いや、客じゃなくて悪いがな。でもさっき言ってただろ? この記事の克明な写真が欲しいって」

「あるのか?」

「ああ、オマケ付きで持って来てやったぜ。感謝しろよ?」

「何言ってやがる。残り物じゃなく酒いつも渡してやってるだろうが」

 話からして、先ほどのゴシップ新聞の出所がその男なのだろう。子供の様に目を輝かせて喜ぶマスターは浩志に取っておかしくも見える。 そして無論男の言った言葉には少し惹かれる物もあったが、所詮済んだ事と思い、浩志はそのまま店の奥に行き邪魔しないようにと気遣う。

 しかし、声が聞こえそれを止める事になった。

「こいつはすげぇ・・・。何処で手に入れたんだ? こんな写真」

「へっへっへ。このレグナー様にかかりゃこんなもんよ。でもまさか皇居近くでこんなもんが取れるとは俺も思ってなかったけどな」

『!?』

 間違いなく、昨晩の写真だと言う事は少々鈍い浩志だとしても分かる。しかし、それだけならまだ諦めも付いただろう。

「あと、こっちのが香港の奴だ」

「こっちも凄げぇなおい。こりゃぁゴシップどころか生物学会を揺るがしても可笑しくない写真だぜ?」

「だろ? と、まぁ、言いたい所だがな。そんなもん公開しちまったら何処も彼処もパニック状態さ。知らなくて良い真実って言うのはゴシップで良いのさ」

「偉そうに言いやがって・・・・。でもこれはすげぇ。くれるのか?」

 そこで浩志は頭の中で幾つもの考えを必死になって纏めていた。

 まだ、今マスターが手にしている写真を見た訳ではない。しかし、昨日の皇居での写真を見た後でさえ凄いと言ったのだ。 どれほどの物が写っているかは分からないが、かなりの数、もしくはハッキリとあの黒い悪魔の姿が写っているのだろう。 そして思い浮かぶのはファンの顔だった。

 あの時、どういう心境であんな事を言ったのかは分からない。それは今も同じだった。 だが少しだけなら、冷静に考えられる今なら分かる気がするのだ。そして浩志は拳を握りしめながら、マスターに言った。

「レオンさん・・・・お願いがあります」

「何だ? 藪から棒に改まってよ。借金なら駄目だぜ、何せこの店は火の車だからな」

「今日限りでここ、辞めさせて頂けませんか?」

「・・・・・」

 沈黙した理由は分からなかった。

 レオンの性格上、どちらかと言えばまた「何だ藪から棒に」か「飽きたか? ここ」と言う台詞を予想していたのだ。 それ故逆にその沈黙が不気味であり、席にいつの間にか座っていたレグナーと言う黒人男も黙りこくっているのが不気味で仕方なかった。

「理由は・・・聞いても話さないわな。そう言う奴だよ、お前は」

 そして出逢った時にした、気さくな笑みを浩志に向け、レオンは溜息を吐く。無論それが承諾してくれたのだと言う意味以上に浩志は受け取れなかった。

 そして次の言葉も、いや、予想出来る筈のない言葉が次々にレオンの口から出て来た事に少し驚く。

「レグナー。店閉めとけ」

「分かってますって」

「あ・・の・・?」

「HUNTERになりに行くんだろ?」

 その時、自分がどういう顔をしたのか。浩志は全く分からなかった。だが多分、妙と言える顔をしたのだろうと言う事は分かった。

 そんな浩志の心境も分かっている反面半ば無視した形で、ドアの鍵の閉める音、そして看板がCLOSEへと変えられた音と共にレオンは話を続けた。

「まず、今から聞く事は口外無用。もし喋ったら俺とレグナーの身まで危なくなるんでな、お前であっても殺さなきゃならん。その辺を考慮してくれるとありがたい。 後、その様子からじゃ、どうも基礎知識、いや、それ以前の断片か? それしか知らない様じゃとてもじゃないが「二人」でなんてやってけねぇな。 出血大サービスだ。ちょっと待ってろ」

 そう言い、レオンは一度控え室へと消えていった。だが、まだ事情の飲み込めない浩志は不思議な顔をするしかない。 その頭の中ではさぞ必死になって現状を理解しようとしているのだろう。それを手助けするように、いや、面白がってと言うべきか。 レグナーが口を開く。

「俺とレオンも、HUNTERなんだよ。日本のな」

「まぁ、今の話からそれは分かるんですけどね・・・」

「はははっ。この街に来た時にな、一応新人のHUNTERを探してたんだよ。それで俺はお前に目を付けてた訳だが、先にレオンがお前と仲良くなってな。 あの時は驚いたぜ、レオンがお前を仲間にはしないなんて言い出すからなぁ。でもま、お前を見たらそれも分かる気がするな。 とてもじゃないがお前を一人前にする自信なんてねぇからな」

「?」

「それだけ、お前に可能性がある、いや、ありすぎるってこった。今でさえ、いや、初めてお前を見た時よりも力を感じるからな」

「どういう・・・」

「レグナー、いらん事言うんじゃねぇよ」

 何となく分かっているが、完璧に分かっていると言う訳ではない心境の浩志。しかしやはりそんな浩志の状況など関係無いのだろう。 レオンは一冊の手帳を手に戻ってくる。

「げ? それ渡しちまうのかよおい」

 だが、レグナーの言葉を探れば、その手帳が何か大事な物と言う事は分かる。そしてそれを説明するよう、真剣な眼差しでレオンは言った。

「今の俺には多くは語れない。一応そう言う理由があるんだ、すまんな。だが、自分で学ぶのを手助けするのだけはやれるんでね」

 しかしその手帳を渡した矢先に邪魔が入る等と思わなかったのだろう。携帯の着信音と共にレオンは不機嫌そうにレグナーを見るが、浩志から見ても明らかに表情を 変えたその黒人の様子は何かがあったとしか思えない。

「仕事か?」

「そうだ。詳細はしばし待てってよ。相変わらずあの電子オタク、メールで報告するって」

 そしてそう言ったかと思えばレグナーはコートの中からモバイルを取りだし、携帯をそれに繋げてメールを受信する。 ただそれだけの行為なのだろうが、とんとそう言う方面に繋がりのない浩志に取っては子供心が疼くメカチックな行為などと、他人には訳の分からない事を 考えていたが、モバイルの画面を覗き込んだ所でそれを消し去り表情を変えた。何せそこに写っていたのは間違いなくあの黒い甲殻虫だったのだから。

「風の民か。浩志、厄介なの相手にしてんな」

「まぁ・・・仕方ないでしょ。巻き込まれちゃったんですから・・・。それじゃ、俺は行きますよ。これ、ありがとう御座います」

 これ以上ここに居ても自分は邪魔になるだけ。だからこそ道を急ぎ、別れてしまった半身を取り戻すように浩志はドアノブに手を掛けた。 しかしそれも分かり、あえてレオンは苦笑しながら言うのだろう。

「浩志」

「はい?」

「これも持ってけっ」

 そう言って放り投げられたのは少し分厚めの茶封筒。多分浩志が持っている分厚い本と一緒に控え室から持ってきたのだろう。 そして中身を確認した所で浩志の目は今日一番見開かれる。

「こ、こ、こ、こ!?」

「二百万くらいで何驚いてやがる。組事務所潰して回った頃のお前なら見慣れてるだろ? 選別だ、無駄遣いすんなよ」

 それは今の浩志に取って何よりの心遣いであり、今後の活動もこの軍資金によって大分変わるだろう。 しかし、浩志の台詞はレオンの不安をかき立てる事になる。

「こ、れ・・・・で、やっぱギター買っちゃ駄目っすよねぇ」

「ド阿呆・・・」

「冗談ですよ、冗談」

 その時の浩志の顔は、多分一生忘れられない物になるだろうと、レオンは思った。何せ冷や汗を掻きながらお年玉を貰った孫の様な顔をしていたのだから。







 そして浩志は夜の路地裏を出た所で自分の無力さに項垂れていた。

 何せ朝出ていった、ただ中国系の女性と言うだけで何も知らない人物を手探り、いや、砂山の中から一欠片の砂金を見つける様な物。 例えとしてのそれには方法があるが、現状を打破する解決策が見付からないのだ。

 それ故の落胆、それ故の自棄かもしれない。

「あー! もう!! 誰かどないかしてくれっちゅうねん!!」

 思わず出てしまったのはここ数年使っていなかった故郷の言葉。関東に来てからはあまり使わなくなった、いや、故意に使おうとしなかった方言だ。 それに至っては色々と理由があるのだが、ここで語るにはあまりにも長すぎるエピソードがあり、その上語る相手も居ない浩志は そんな気などさらさら無い。複雑な表情、まさに犯罪にでも走るのではないかと思う程の表情をしながら取りあえず前へと進む。

『手探りどころか大海原で遭難した気分だなヲイ・・・』

 信号待ち、これ程普通に生活していればイライラする場所は無いと浩志は思っていたが、今、考えながら歩くと言う事をしていればそれも気にならない。

「・・・はぁ、どうすっかなぁ?」

 天を仰ぎ、泣きたい気分ではある。しかし天を仰ぐだけならただなので浩志はそれを実行するのだ。 そんな事を頭の中で考えている自分など、所詮金の亡者だと自嘲気味の笑みさえ浮かべながら。

 だが、その笑みが快心の笑みに変わるのも早かった。

『!!』

 浩志の目に、いや、感覚に微かに引っかかった空に存在するそれは間違いなく昨日戦った黒い甲殻虫の一匹。 かなり上空高くを飛んでいる上に夜の闇では普通の人間の視覚では決して捕らえられない距離と光の無い世界だったが、今の浩志ならそれが出来るのだろう。 その上、気にしていた疑問が一気に解決する糸口を見つけたのかもしれない、と言う希望が浩志の集中力を上げ、その姿をハッキリと捕らえる。

 それからの浩志の行動に対する選択は、今まで浩志が生きて来た中で一番迅速かつ確実に出来た物だと、浩志自身思った。

 信号を待っていられなくなった浩志は取りあえず視覚ではなく第六感だけで相手を捕捉し、ネオンの光の届かない、裏路地の更に奥へと駆け抜ける。 この辺りの街の路地は複雑で迷ってしまいそうな物だったが、今の彼にとって迷ってしまう事などさしたる問題ではない。 要するに身を隠せるか、誰にも見られない場所へとたどり着ければ良いのだ。

 そしてそれは感覚ギリギリ、相手が自分の捕捉出来る領域から出る前に見付かる。

 再開発地区と言う訳でもなかったが、何時になってもそこは廃ビルの姿を消す事のない場所。 無機質で汚れた金属の薄っぺらい壁を見上げ、一度だけ辺りに視線が無い事を確認してからそれを飛び越す。

『ここで逃がせばチャンスなんて無さそうだな・・・』

 心の中でそんな事を呟きながらも、彼の脚は廃ビルへと入り壊れる寸前の階段を駆け上がらせて行く。 一歩踏み込めばそれだけで壊れてしまいそうな階段だったが、今の浩志に取って、無意識に力が働いているのだろう。 それを知覚する前に彼は屋上へとたどり着いた。

「さて・・・・と。覚悟決めろよ、長瀬浩志っ!」

 相手の気配等、既に遠くに過ぎ去り彼の領域から遙か遠くへと過ぎ去ってしまった後。だが、その方向に身体を向け、彼は目を閉じる。

 どうやって追うのか等、ここに来てから考えれば良い事だと思っていた故に何も考えていないこの状況。 しかし、それを打破しなければ結局後悔してしまうのは間違いない。それは過去、何度か体験している死線と言う名の興奮剤なのだろう。 意識を閉じ、完璧に闇と同化した今の彼に感じられない物などありはしないのだから。

 そして彼が目を見開いた時、そこは既に屋上と言う地上の一端ではなく、目の前には宝石の鏤められた漆黒の闇が広がっていた。

「ひゅ〜・・・・。高いなぁヲイ・・・」

 イメージを具現化し、それを成す精神力があれば何となく出来ると言う、 かなり大雑把かつ常識破りな事であろうと出来る自信があったのだが、実際にやって見るとやはり驚くのだ。 しかしそれは眼下に広がる夜景に吸い込まれそうな魅力さえ感じた時の驚きであり、ここに来たと言う驚きとは少し違うのか。 そして様々に変わり行く彼の心と頭脳は止め処なくそれを欲しているかの如く、それも彼の感覚へと伝えてくる。

「あれ・・・か?」

 視覚に写る物は一点の曇りも無い闇だけ。聴覚と触覚が捉えるのは五月蠅いほどに鳴り響く風の声とその感触。 空の中に包まれれば少し苦い味がするのは都会の空だからだろうかと、苦笑したくなる程味覚は汚れた大気のそれを伝え、嗅覚は 犬のように、と浩志本人が認めたく無い程黒い甲殻虫の通った場所を示すように気持ち悪い気分を彼の中に生み出した。

 そんな中で、やはり頼りになるのは第六感だと、浩志は直感的に悟っていたのだろう。半ば五感を閉じると言う、常軌を逸した行動をいとも簡単にし 次に目を開いた所で風景はがらりと変わり、活動を再活動し始めた嗅覚は潮の匂いを彼に伝え、そして視覚で捉えたのは瞬き。

 夜の誰も居ない筈の砂浜の中で、 光と闇がぶつかる様にして巻き起こるそれは雷と言う名の天の鉄槌。ただ、その中心に存在する光の元凶は舞っている様にしか見えなかった。

「・・・・?」

 しかしそこから感じるそれの気配は今にも消え去りそうな物であり、二撃、三撃と闇を光へと帰す度に弱まっている様に感じられた。

 それだけではなく、それの周りに居る黒い悪魔の数から感じられる圧倒的な殺意とそれが造り出す殺戮の場をかき消す程の何かが迫っている、と 彼は心の何処かで感じていたのだ。そしてそれを捉えると同時に、彼は行動を開始する。

「ファン!!」

「!?」

 一瞬にして距離を縮める芸当を目の前にし、無論白い雷のチャイナドレスを纏ったファンは驚くが、今の浩志の取ってはその驚きさえ邪魔になるのか、 それをチャンスとばかりに襲いかかる黒い悪魔の群を一薙ぎだけで土へと帰す。

「やべぇ奴が来るぜ、壁頼むわ」

 そして浩志は右手の中に生まれた槍を握りしめ、ファンの言葉を聞く前にそれへと成る。

「なっ!?」

 それはまさに変貌と言うのに相応しい変化だったのだろう。浩志は頭の中で自分の姿を変えると言う想像をした訳ではなく、 自分の力を最大限に活かせる場をそこに造り出そうとしているのだ。

 そしてそれが場と馴染むのではなく、彼の身体を変え適応して行く姿はまさに進化。

 太古の昔、彼の遺伝子(ジーン)が刻み込んできた必要不可欠な情報だけを彼は読みとり、そして彼は時の領域をも越えた。

「・・・青龍(チンロン)」

 それ故、変貌し終えたそれの姿を見、ファンは自然とその言葉を呟く。

 人型の姿をしていたとしても、四肢があり、躯があり顔があるだけでそれ以外は何もかもが違う様にしか見えないのだ。

 漆黒の闇の中、輝きを放つ訳でもなく闇と同質のモノとなり、それを支配する存在。

 そして海が直ぐ側にある所為か。

 ファンが知っている伝承とは違うそれは水神の名をその身に宿し、いや、その伝承を甦らせ四つの力の一端を担う化け物となり迫り来る風を 屠った。

「!!」

 海水が刃となり、敵を討つ姿はまるで夢の中での出来事の様にさえ思える場所。そこでファンは本能的に障壁を張って居なければ それの犠牲になっただろう。

 砂浜は海水の刃が起こす渦で嵐となり、近辺の山はその嵐で剥き出しの大地と化す。

 障壁の中で、音すらも感じなくなった空間の中でそれを見、ファンはその力に圧倒されるだけ。

 ただその時、何故か彼女は胸の奥に感じる、鋭い冷たさを感じ取っていたが、目の前の夢のような現実を突き詰められそれを忘れてしまう。

 そして全てが終わった時、未だ砂塵の舞う中に佇むそれは青龍と言う名の化け物ではなく一人の人の姿をし、それを 確認できたや否や、浩志はその場に倒れ込み、その身体を海水と砂で彩って行く。

「全く・・・何者よ、あんた」

 恐れなど抱かなかったが、その時感じたファンの感情は何故か喜びだった。

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