「でよ、絶景なのは良いとしても、この人の数どうにかなんないか?」
「観光名所なんだから仕方ないでしょ? 目的地はここで良いんだけどね。夜中まで待たなきゃ駄目なの」
「暇つぶしにゃ丁度良いがな」
そう言い、浩志は自分の前に立ち、抱きしめているファンの心境が漸く柔らかくなった事に安心していた。
ここまで心を開いた事が無いと言う事は前々から解っていた事だが、彼女の心を感じ、自分と照らし合わせ違う物だと理解し、その上で
彼女が今まで心を本当に開いた事がないのだと悟った時、どうしても抱きしめてあげたかったのだ。
かつての自分がそうであった様に。そして彼女も漸く、心の重荷が下りたと言う事だろう。
そしてそれを受け止めてくれた彼女を自分の命を懸けてでも守ってやると言うのが今の彼の心境と言う所か。
「ずっとこうしてるの?」
しかしやはり慣れないのか。彼女は少し不満そうに言い、恥ずかしそうに頬を赤く染めていた。

FILE TYPE 2nd 006 [ 会 : 沌 ]
夕暮れの中、重なり合う幾多物男と女の影がそこにはあり、雰囲気の良いデートスポットでもある此処に居る事が少し気恥ずかしい所為か、
ファンは居心地の悪いと言う表情をしていた。何せ生まれてこの方、一人の異性とこうして居た事もなく、自分と対等の相手だと見た事が無かったのだ。
そしてこれからする事が、彼を裏切ってしまう様で怖くもあったのだろう。夕陽が落ちる寸前、彼女それを口にする。
「私は・・・」
「ん?」
「私はこれから人を殺すの・・・それでも・・・」
揺らぎ、恐怖を感じ、そしてここで終わってしまうのが何よりも辛いと言う心境。しかし、それすらも理解した上で彼は言うのだろう。
「別に復讐が悪いとは俺は思わないけどな」
「・・・・・」
言葉を返さないのはその真意を無言で尋ねる為。漸く彼との接し方が彼女は分かってきた様な気がし、それに応える様に、彼は言葉を続ける。
「殺人が悪い、なんて言うのは当たり前だけどさ、やっぱり殺したい相手が居るって言うのも事実さ。けど、だから人を殺して良い訳じゃない。
ある理由を除いてな」
「・・・・・それが」
「まぁ、仇討ちって言った方が正しいかもな。別に死んだ奴がそれを望んでるかどうか分かんないけど、そんな奴をのさばらしといてもこっちの目覚めが悪いだろ? な
ら殺せば良い。ただし」
「ただし?」
「そいつの人生を背負える覚悟があるなら、だな。人の命を奪うって言うのはそう言う事だよ」
「・・・・・」
誰にも真似できない、聞いた事もない理由を言ってのける彼。やはり何処か違い、それが大衆、一般とは明らかに異なる事はよく分かる。
だが、その反面で彼がそれを見いだした過去に興味を持つのは当然なのだろう。
「貴方は・・・それを何処で覚えたの?」
日本と言う、一部ではそうでないにしろ、ほぼ平和で殺伐としない国の上で育った彼。そう言った人物の物言いとは思えない言葉なのだ。
無論誰かに教えられただけではそれだけの言葉の重みも宿らず、それこそただの「言葉」になってしまう。
だが彼のそれは言葉と言うにはあまりにも重すぎ、そして理解するのに苦労を要する程の「言霊」等と言う代物になりかけなのだろう。
そして彼はしばらくの間、沈黙のまま彼女を抱きしめていたが、話す気になったのか。今までの人生全てを語るように言った。
「昔、俺が12歳位の時かな。ある人がギター一本で歌ってくれた曲があったんだ。んで、その歌詞が嫌味な程耳に残って、色々と考えさせてくれたんだよ。
ま、その分今の俺の歌詞のセンスにも通ずる所があるんだけどな」
「あの、一番最初に逢った時の歌もそうなの?」
「ああ・・・。言い訳かもしれんが、まだあの人のセンスが染みついて離れないんでね。自分の曲は作れても、歌詞を作れる程の腕は持ち合わしちゃ居ないからな」
皮肉って言っているだけ、と言うよりも、半ば諦めている様なその口調。だが、それが何故か可笑しくて、彼女の頬は綻んだ。
夕陽は既に大地の向こう側に消え、辺りは蒼く染まった時間へと時を動かした後。既に夜景が目の前に広がり、宝石を鏤めた様なそこは
彼女と彼を包んでくれる、人の温もりの様にも考えられる。
「そろそろ、良い?」
「ああ。んじゃ、その「ぶらっくすきる」ってのを教えて貰いましょうか」
彼女は徐々にではあったが、髪と瞳の色を灰色へと変え行き、戦いへ赴くそれと変え、彼も彼女を捕まえていた腕を放し肩を鳴らした。
だが、その刹那、その場に居る人の中で彼と彼女だけが感じ取れる気配と言うのか。あまりにも強大で、尚かつ禍々しい気配を放つ何かを街の方向に感じ
そちらを見やる。
「な・・・によ・・・あれは・・・」
それが彼女の、ファンの正直な感想なのは当たり前だろう。恐怖を感じるでのはなく、嫌いだと言った浩志でさえ本物の恐怖と言うのを感じ取った様な気がしたのだ。
「・・・・あれが昼間言ってた龍人族じゃないのか?」
「的を得てる答えをありがと」
皮肉を言った所で解決しないが、それでもその方向から発せられる気配は呑気を演じてでも居ない限り狂ってしまいそうな程強い。
だが、それを感じ取る中で、そこは流石プロと言った所か。ファンは冷徹な表情と、心に冷たき刃を宿し静かに告げた。
「これで多分・・・私たちの敵が何らかの行動を起こす筈よ。少なくとも風の民だろうとあんなに強い奴は居ないもの」
「利用させて貰えば良いんだな」
「理解が早くで助かるわ。行くわよ」
それが合図になり、彼ら二人は一陣の風と化し更に山の上へと昇って行く。
彼らが取った行動は、本来取ろうとしていたそれではなかった。だが、臨機応変に何事も進めると言うのが彼女、そして彼の思いと学んだ全てが物語る事であり、
状況に利用されるのではなく利用してしまおうと思ったのだ。彼らでさえ驚いてしまったその強大な力に自分たちの敵も驚くに違いない、そして
何らかの行動を起こせば直ぐに彼女が分かると言うのだろう。例え分からなくとも、あの血の気の多いと言うか、異形の黒い甲殻虫が
あの気配に興味も何も示さない等と言う事は有り得ないと考えたのだ。そしてこの香港と言う街で一番高い場所を選んだのだと、彼は初めて悟った。
『だけどあれは・・・何処かで・・・?』
しかし、そんな作戦を頭の隅に追いやれる程、その正体不明の気配はあまりにも強靱すぎると言っても過言ではないだろう。
ファンが行動を率先してやってくれなければ彼もそちらへと興味を向けられなかったが、何故かそれを知っている自分を妙だとも思い始めていたのだ。
「居たわよ」
そして彼女の声が聞こえた途端、彼の神経はそれへと向けられ、手の中にはまたあの槍が現れる。そして視界に入る幾つもの異形の者に向かい
更にスピードを上げた。
「退ーけ退け退けぇーっ!!」
無造作にではなく、相手の中心へと向け矛先を正確に突く様は既に素人ではなく玄人と言っても過言ではない。
そして合計20体ほど居た風の民を一瞬にして葬り去った後、彼女の方を見やり黙り込む。それは彼女自身が決着を付けなければならない事だから。
「ファン・・・貴様・・・」
暗がりで良くは見えない筈だが、彼の身体能力は常時よりも遙かに上がり、その視界は闇をうち払う程映っている。そしてその中でファンの前に佇むのは男だろうか。
そして顔の作りからして、自分と同じ日本人だと言う事に気付き、頭の奥で何かが疼いた気がした。
「私が生きていたのがそんなに残念? そりゃそうよね。何せ貴方が風の民に私たちを売ったんだもの」
対照的に冷徹な顔のままのファンだったが、やはり自嘲気味の笑みを欠かさない理由は自分の中にある感情を抑える為だろう。
もし、感情的になり飛び出してしまえば目の前に居るその人物と同じ事になってしまうのが彼女自身分かっているのだ。
そして突き放すように、言葉の刃は飛んだ。
「何故私たちを・・・龍(ろん)さんまで殺したの。貴方もあの人に拾われた口でしょ?」
「ふん・・・。あんな中国人、所詮俺の敵じゃないって事なだけだ。貴様なんぞ売女に何が分かる!!」
「分からないわね。いえ、貴方みたいな恩を仇で返すクズの心境なんて分かりたくもないわ」
「そう言う気位の高い事言うお前も嫌いだったんだよ! たかが中国人の癖しやがって、俺達日本人の奴隷じゃねぇか!! 貴様なんぞ男に貪られてよがってるだけの
人形で居れば良いのさ。昔見たいにな」
だがそう言われた途端、彼女の表情から生気は消え失せ、死相とも取れる物へと変わり一気に男との距離を詰め様と飛び出す。
しかし、それは飛び出した瞬間に彼によって遮られた。
「邪魔しないで・・・」
後ろから今現在一番信用出来る彼に羽交い締めにされていても、彼女の殺気は衰える事は無い。だから彼は諭すように耳元で囁く。
「今感情にまかせて奴を殺す事は簡単だぜ。だけど、ただ苦しめるだけじゃ勿体ないだろ?」
「でも・・・」
甘美な言葉に聞こえるそれは、まるで悪魔の囁きにさえ聞こえる。それが彼のある種才能とも呼べる力なのか。
彼女の抵抗する力は弱まって行き、完全に無力化する為に浩志は言って見せた。
「殺しを正当化する俺の論理、もう一つあるんだぜ。ま、良いから任せとけって」
「・・・・???」
相手に対する憎しみよりも、浩志の言葉の真意が知りたい、と言うのが彼女の心境なのか。完全に彼の腕の中で大人しくなったファンは
後ろへと下がり、浩志に全てを託す。
「さて、と。選手交代で悪いが、まず初めましてだな。あんたも日本人なんだろ?」
そして託された浩志は得意げになりながらそう言い、言葉が返ってくる前に次の言葉を続けた。
「一つ言って置くけど、あんた見たいなのは日本人の風上にも置けない様なクズだって事を覚えとけ。あんたら見たいなゲスが居るから
日中の関係が一向に良くならないんだよ。ま、中国側にも問題が無いとも言えないけどな」
多分、一言一言が歌の歌詞の様に、まるで力を持っているかの様に浩志自身が力を込め言葉から「言霊」へと昇華させて居るのだろう。
相手は自分が口を開き言葉を発している筈なのに、自分にさえ聞こえないと言う妙な状況がその場を支配し、浩志がそれを造り出したと言う事はまだ
気付いていない様だ。
「んで、これからあんたを消したいんだけどさ。どうやって欲しい?」
「!!!!!」
そして一瞬にして、辺りの空気をも変えてしまうその言葉は男の頭の中を駆けめぐり、身体をも萎縮させてしまう。
離れた所に居るファンでさえそれは良く分かり、逆に自分の敵になっていればどういう気分なのだろうかと言う考えさえ頭に浮かぶ。
しかし、そんな状況を楽しむ様に浩志は続けた。
「あんたも一応HUNTERなら、少しはやれるんだろ? 今からてめぇの右腕狙うから、防いで見ろよ」
そして相手の発言権を文字通り奪いながら、浩志は右手にある槍を上へと振り上げる。
どう見ても、それだけの行為にしか見えないそれだったが、男は浩志の言った通りの右腕に激痛を感じ、顔を蒼くした。
中空に舞う自分の右腕が、多分男にはスローモーションの様にでも見えたのだろう。何が起こったのか分からないまま、浩志の言葉は続く。
「なんだ。全然ダメじゃん。やっぱゲスはゲスって事か。ま、弱い雑魚だって事は分かってたがなぁ」
「!!!!!」
そしてまた、彼は腕を振り下ろすと同時に、次は男の左腕を落とす。
距離にして約20メートルほどの距離が離れているにも関わらず、彼のその行為はまるで意図も簡単にやって退けて居るだけの事にしかファンにさえ見えない。
そして男の顔が文字通り真っ青になっている所で彼は漸くこの場の雰囲気を解く。その刹那、男は哀願する様に叫んだ。
「た、助けてくれ!! 金なら好きなだけ・・・」
だが、それを浩志はキョトンとした顔と声で遮った。
「なんで? 言ったじゃん。どうやって死にたいって」
「なっ!?」
多分、男の心境はさぞかしパニックな事であろうと言う事は男の表情を見れば一目瞭然。そして浩志の言葉の真意をファンは漸く悟っていた。
要するに、仲間を裏切る様なあの男の事だ。どうやっても助かろうと言うのが心境なのだろう。だが、それが分かっていて、浩志はその希望を絶ち
死に方を選ばせてやると言ったのだ。そしてその奥に秘められた物を説明すれば、男がもし死を望んだとすれば、その死すら与えず苦しみだけを与えようと言うのが
浩志の考えなのだろう。その証拠に、男の両腕があった場所からは腕が無くなっているにも関わらず、一滴の血も流れて居なかった。
そして男も、それを言葉として頭で理解すると言うより、心の奥底にある感情その物でそれを悟ったのか。喚き散らす様に叫び声を上げる。
「と、とっておきの情報をやるから勘弁してくれ!! 頼む!!」
「だからさぁ・・・。人の話を聞こうよ。アンタもいい年こいたおっさんだろ? ガキの俺の話しも理解出来ない訳?」
そして浩志の腕がまた動き、今度は脚ではなく男の左耳が宙を舞った。が、ファンは昔仲間であったその男の言い方が嘘を言っている訳ではない事を悟り、
浩志の行動を征する様に前へ出る。
「ちょっと待って」
「? 別に良いけど」
意外と素直に浩志が下がった所を見ると、今までの言動や行為は演技なのであろう。ただし、相手に取って見ればどちらでもさして変わる事など無いが。
そして浩志の暴挙が止まった所で、何にでもすがりたい気分の、恐怖に押しつぶされる寸前の男は絞り出すよう、痛みで言葉が滲み
今度は右耳が飛ばされるのが分かっているが故に意外とハッキリとした声でそれを言った。
「は、HUNTERの本部がとうとう動き出したんだ・・・。俺は本部の指示に従ってやったに過ぎない・・・・」
「ちゃんと詳しく言って頂戴。まだ死にたくないでしょ?」
「龍人族の奴らが俺達人間を相手に戦争を仕掛けようとしてるって言う情報があるんだよ! だからお前見たいな龍人族の末裔を殺すのが俺達の目的なんだ!!」
だが、そこまで言われた所でファンの顔色さえ変わり、漸く心の中にあった一つの謎が解けたと納得出来た。
ファンはここ、香港のHUNTERの中で頂点に位置する龍(ろん)と言う男に、一度HAZARD HUNTERにならないかと誘われた事があるのだが、
あくまで自分は龍の参謀で居たいと願い出て、それを辞退した事があるのだ。初めはそれが不思議で堪らなかったが、今のそれを聞けばその理由が分かる。
自分よりも才能があるHUNTERは香港のHUNTERの中でファンだけではなく他にも多数居たのだ。実力の差を見てもそれは歴然とし、
彼女もその自分よりも強いHUNTERが次のHAZARD HUNTERになるものだとばかり思っていた。
そして龍が様々な所から何らかの形で親無しとなった孤児を引き取り、育てていたのもその所為だろう。龍人族との血の繋がりが無ければ
HAZARD HUNTERにはなれないと言う事なのだ。
数々の断片だけだった情報が頭の中を駆けめぐり、幾つもの答えを彼女が導き出した時、男は多分、言ってはならない事を口にした。
「所詮てめぇは殺される為だけに育てられた廃棄物なんだよ!!」
その刹那、彼女の中にあった感情は爆発し、男の方へと一気に殺気を込めに込めた視線を向ける。が、彼女よりも早く動いた者がその場に存在し、
その人物の表情を見て彼女の顔からは血の気が失せた。
「廃棄物? あんただろ? それは」
何も込めていない、ただの記号の様な言葉を吐く浩志を見た時、これ程までに人と言うのは冷たくなれるのかと、ファンは正直驚いても居た。
何せその視線はどれだけの死線を潜り抜けたのか分からない自分よりも更に上に位置し、その上で殺気を越えた、
もはや狂気とも呼べる者がその瞳には宿っていたのだ。そして何よりもそれは先ほど冷静に考えられた理由である、演じていると言う
雰囲気を一切纏っていない、本気の顔。
「俺さ、まだ自分の力上手く扱えないんだ」
そして彼の視線が一度、自分の槍へと向けられた途端、彼の姿はその場から掻き消え、夜の中に溶け込む声が聞こえた。
「あんた、楽に死ねんわ」
「ぎゃぁぁぁぁぁ!!!」
痛みに対し、漸く叫び声を上げられる事は幸運なのか、それとも不幸なのか。
一瞬にしてその場から移動した浩志の姿は男の横に存在し、その槍は男の肩から突き刺され尻の辺りを貫通し血を滴らせていた。
「世界の拷問なんたらって言う本知ってる?」
「ひっ・・・!!!」
そして浩志の言葉は嘘だろうと真実だろうと、間違いなく狂気を帯び、それをまともに受けて居れば死んでもおかしくない程の物。
その上、それを分かっていて浩志は再び場を形成し、相手を死ねない様にしたのだ。
言霊と言う技術を完璧に操り、相手をただひたすら痛めつける為だけにその力を解放したと言う事だろう。
「もう良い・・・止めて」
「そうか?」
そして彼女が制止した時、彼の槍は反対側の肩から山肌へと突き抜けた所であり、男の顔は狂う寸前で無理矢理引き戻されると言う、まさに地獄を
見ていたのがよく分かり、一瞬にして普通の表情へと戻った彼が彼女は怖くもあった。
だが、男の視線が恐怖だけで彩られているにも関わらず、それを上回る何かに支配された時、浩志はその場を飛び離れ身構える。
「やっと親玉登場ってか?」
男の絶叫をかき消す程の轟音が鳴り響き、男の居た場所には血溜まりと一人の黒いコートを羽織った男が代わりに立っているだけ。
そして人を象っただけのそれは人間の言葉を発した。
「まさか九龍神(クーロンシェン)が人間と混在していようとは・・・未だ信じられぬな」
だが、それは意外にも驚きを現す言葉と声質であり、恐怖を与える何かは微塵も纏っては居ない。しかし、それが一人だけでは無かった様子であり、
浩志は気付かなかったが、ファンは背中の方から迫り来る「何か」に恐怖こそ覚えなかった物の、湧き起こる感情を抑えきれない程のまさに「何か」を感じ取る。
「この私から逃げられる・・・っと、お前ら、昼間の」
その言葉と共にそれは何処か時代錯誤を感じる、ファンに取って異国の白衣を羽織った一人の女性と共に姿を現す。
だが、その気配はあまりにも巨大で恐怖を振りまくそれは先ほどから感じ取り利用した気配その物。
そして何よりも、多分浩志はこの場で一番その女性に近い雰囲気を放っている事に気付き、ファンは漸くある事に気付いた。
『禍々しいのではなく、凶その物に染まり過ぎているのね・・・』
この香港と言う街が元来「凶」その物の気配を纏っている事は彼女も悟っているのだが、初めて、そしてある特異性がある浩志は空気に当てられた、と言う
表現が適切な状態なのだ。それ故どれだけ残忍になってもそれを罪として、罪悪感も無く喜びへと変え出来るのだろう。
その上目の前の白い異国の服を着た女性はこの街に元来ある「凶」よりもたった一人だけでそれを上回る気配を放っているのだ。
言葉も吐かず、ただ戦慄いて居る状況の浩志を見ればそれは一目瞭然だった。
その中で、ファンは自分の頭の中にある知識を必死になって検索、そして閲覧し事態を解決する糸口を見つけようとしていた。
何せこの場には多分、自分を含め龍人族の末裔が二人と、龍人族の純血種が二人も居るのだ。アメリカの軍隊をたった独りで壊滅させられると言った自分の
台詞は間違いではなく、真実を帯び始めている状況でもある。それだけの気配を放つ存在が目の前に存在しているのだから。
『何か・・・・何か無いの!?』
刻々と時間は過ぎる中、彼女はたった一人でそれを探らなければならない状況を呪いたくもなるだろう。だが、ハタとそれに気付いた時、それ以外方法が無い事を
悔しくも感じていた。
『失敗すれば・・・・命なんて無いわね、多分・・・』
頭の中に思い浮かんだのは、日本の古都と呼ばれる場所にもあり、この街でも有名な四匹の獣の伝説。
その中の二匹に一度、自分と浩志を当てはめた事があったが、それだけでは何の意味も無いただの文面に過ぎない。
しかしそれを踏まえた上で、日本語と言う特殊な言語でその名前を理解すれば、糸口は見えない事も無かった。が、それは
ハッキリ言ってファンの予想にしか過ぎず、出来るかどうかも分からない博打なのだ。
『けど・・・目の前のそれはやって退けられたんなら、私も出来る筈。・・・・いえ』
そして彼女の瞳が灰色の輝きを銀色へと変えた時、辺りの空気は三度変わる。
「男だけではないのか!?」
徐々にではあったが、場の空気を塗り替える中で黒いコートを羽織った男は自分の判断を誤った事に気付き、白い異国の服を纏った女性も
嬉々とした表情を浮かべながら成り行きを見守るだけ。
そして完璧に場の空気が凶からそれへと変わった時、限界を超え尚、それを完璧に操る彼女は六枚の中空に浮かぶ透明な甲羅の盾を携えその場に立っていた。
「馬鹿・・・な・・・・。人間如きが玄武の力を操れる等、あり得ん!?」
黒いコートの言った言葉は的を得た表現だったのだろう。完璧に自分と相反する雰囲気の中に居ながら、それに支配されない唯一の女性は
にやりと笑いながら言って見せる。
「如きと言った時点で貴様は九龍神(クーロンシェン)の何も分かっちゃいないね。第一、玄武だけな訳なかろう? 対なるとは言えなかったが、
昔から共に居ただろうが。武でも凶でもなく、もう一つを携える、龍神の名を恣(ほしいまま)にした者が」
その女性の言う通り、この場にある雰囲気は凶の対極に当たる、武に支配されているのだった。それがファンのやった所業。正直キツイと言うレベルではなく、
完璧に扱っている反面、何時意識が飛んでもおかしくない様な状況だった。だが、それ以外ファンには浩志を引き戻す方法が分からなかった故に、
仕方のない事なのだろう。
そして彼は期待を裏切る事無く、いや、期待以上の成果を見せる事になる。
二つの対極的な雰囲気に当てられ、自分の色を漸く思い出したのだろう。闇その物から彼の色へと変わる様はまさに龍神と言う名に相応しいのかもしれない。
そしてこの場所に様々な水脈が張り巡らされている所為か。彼は大地の揺らぎと共に吹き出す水柱の飛沫を浴び、その姿を変えた。
「青龍・・・・貴様ら・・・!!」
蒼い衣を纏ったその姿は、朔日砂浜で変貌した時とは明らかに姿が違っていた。
だが、あの時より充実していると言うか、漲る力を扱いきれないのではなく、完璧に把握し携えているからだろう。
右手に持っていたそれは槍から一本の横笛へと代わり、その中を見据える黒いコートを羽織った男の表情には明らかに憎しみの念が宿っている。
しかしそれすらも跳ね返し更にそれを放つ彼はさも嬉しそうに言った。
「ありがとな、ファン。漸く自分色が出せたって感じだぜ」
その瞬間、黒いコートを羽織った男は我慢仕切れなくなったのか。凄まじいまでの咆哮を上げ大気を震わす。
だがその中で、限界を超えた為だろう。ファンの意識は掠れ行き、意識を失ってしまう。
ただしそんな時でさえ、浩志の「後は任せろ」と言う言葉が聞こえた事が嬉しいのか。その顔は一つの終止符を打ったと同時に、
新たな未来を得たと言う事実故に晴れやかな物だった。
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