「ん・・・・」
「漸くお目覚めかい?」
「・・・あの後、どうなったの?」
「・・・もちっとさ。大丈夫とか聞いてくれんもんかね」
苦笑しながら自分の身体を抱き留める彼の胸の中が嬉しくて彼女は微笑んで見せるが、やはり気になる物は気になるのか。
しかしそれも辺りの静けさと何事も無かったかの様な風景に安堵感を感じずには居られないのだろう。
そしてなにより、この街を覆い尽くしている禍々しいまでの雰囲気は何時の間にか消え去って、それが戦いの終わりを告げていた。

FILE TYPE 2nd 007 [ 会 : 新 ]
激動から静寂へと変わったそこは、二人しか居ない世界。満点の星空が上にあり、大地はこれ以上ないと言う程生い茂った木々で二人を暖めてくれる。
戦いの連続だった日々を思えば、何時の夜もこんな空だった事など忘れていたと言う事だろう。
子供の頃見た星空と同じと言う訳にもいかなかった。子供の頃の良い想い出など一つも無かったが、今からならそれが作れると思える夜。
だからそれが嬉しくて、嬉しくて。
そして私は空を見上げながら呟いた。
「何もかも、終わったわ・・・。私の過去の全て、ね」
それはもう、過去は振り返らないと言う決意の現れ。見たくも、思い出したくもない過去ばかりで嫌になるのなら、自分を抱いてくれる彼を
愛している方が楽だから。
「そうか? ま、終わったと言えるが、終わりってのは新たな始まりでもあるんだぜ」
「分かってる」
忘れていた想いではなく、生きてきた中で初めて恋していると言う感情を覚えた瞬間、それは愛へと変わった。
だがそれにはあまりにも私は幼くて、どう接して良いのか分からない。
何を言って良いのかも分からない。
だから迷いながら、言葉を選びながら口を開き。
「聞いてくれる? 私の事・・・」
「何でも聞くぜ。俺で良ければ」
私は思い出したくもない過去の一端を話した。
「私・・・子供が産めない身体なのよ」
感情の籠もらないその声は、辺りに染み渡り、多分未来永劫刻まれる言葉なのだろう。
「昔ね・・・10にもならない頃だった・・・。娼館に売られて、身体をボロボロにされて、もう子供が産めないんだって・・・」
涙を流すのではなく、過去を洗い流す為の光を漏らすだけ。
だけど心が痛かった。
どう謝ったら良いのか分からなかった。
「だから、私なんて何の価値も無い女なのよ・・・。貴方より年上で、子供で、弱くて・・・・何の価値も無いただの女」
だから自分を蔑み、陥れる。
それが解決策になどならないと分かって居ても。
止め処なく流れ落ちるそれは、彼の腕に滴り、大地を濡らす雨となる。
空が満点に晴れ渡った夜であっても、そこだけは雨が降っていた。
「こんな私・・・好きじゃないよね」
例えこれで突き放されても、ここで死ねば終わりになれる。
もう、私には何も残って無いから。
でも、期待するのは悪い事なのだろうか。
頭の中にある想いは、今まで抱いた事のない、切なくて、苦しい、想い。
「でもやっぱり・・・・私が貴方が好きです・・・」
そしてその言葉だけが、私に取って、未来(このさき)を生きる唯一の免罪符。
そんな物が無いなんて分かっていても、欲しくて欲しくて仕方がない物。
そして彼だけが、その免罪符を持っている異性(ひと)。
私と違う、そして同じ人。
壊れそうな夜に、こぼれ落ちる光は心
切ない夜に、止め処なく流れるは願い
真っ青に、晴れ渡る空
真っ赤に染まる、夕闇の大地
それでも生きていたいから 既に死んでいるのかもしれないから
でも胸にある意志(こころ)と重ねた頁は消えない想い
消える事のない 過去と言う名の過ちの繰り返し
だから生きているのかもしれない
矛盾を抱き 蔑まれながらも
そしてそれが、私が一番最初に彼と出会い、聞いた曲の歌詞。
忘れる事が出来なかったのは、自分を歌っている様で嫌だったから。
認めたくない想いが、そこに晒されている見たいだったから。
だけど、それでも、メロディだけは好きだった。
私と全く別物の、持っている物を持っているから。
そして彼は漸く口を開く。
「歌ってみるかい?」
「・・・・・何、を?」
「初めて逢った時言ってたろ? 俺の歌詞は嫌いだけど、メロディは好きだって。あれ嬉しかったぜ。ま、その反面悔しくもあったがな」
苦笑い。
そんな表情も出来る彼が羨ましいのかもしれない。
そして私に歌なんて、歌える訳がない。
けどそれでも、彼は私を抱きしめながら言ってくれる。
「歌詞なんて無くて良いさ。思ったまま、歌えばそれが歌だよ」
多分、私の顔が真っ赤に染まっているのは自分でも分かった。
何故恥ずかしかったのかと思ったけど、嬉しいのだと気付いた時、また涙が溢れている事に私は気付いた。
「ん? なんかまだあるのか?」
誤解されているだけ。
でも、その優しさが嬉しくて。
「何でも無い・・・・。嬉しいだけ」
それが私の正直な想い。
初めて口にした、本音。
だから彼の腕をきつく握りしめる。
離れたくなかったから。
この夜が明ければ全てが終わってしまいそうで。
まだ答えも聞いていないから。
これで終わりになるのなら、ここで殺して欲しい程、独りは辛いから。
でも、彼は分かっているのではなく、同じ思いでもなく、解って同じ想いを持っていたんだろう。
だから私の身体をきつく、壊れそうな程痛く抱きしめ、多分恥ずかしそうに言ったのだ。
「俺も・・・だよ・・・」
風にさえ、かき消される声では私には届かない。
だから私はわざと彼の腕の中から逃れ、星を背に向け彼だけを見る。
「分かったよ」
そして彼も立ち上がり、私は彼を抱きしめる。
そして彼も私を抱きしめ、私にだけ聞こえる、強さを感じさせる声で云った。
「好きだ」
たった一言だったけど、私にはそれが何よりも嬉しかった。
それだけで幸せになれるのだから。
たった一言に、込められる筈のない、全てが、閉じこめられ、私の中で解き放たれたから。
そして漸く、愛すると云う気持ちが分かった様な気がしたから。
だから私は幾らでも強くなれるんだろうと思う。
例え、誰が敵になろうとも彼と共に在るならば。
唯一であり、対なる存在になれるから。
そしてその夜、彼と彼女は誰も居ない山の頂で曲を奏で詩を歌った。
しかし、それがやがて世界を包む優しさに変わる事など、まだ知らぬ事。
そして最後の一人の元へと、その大地と水と空に刻まれたそれは、一曲の風となって飛んで行った。