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あの日も今日の様に風が吹き荒んでいた。
だが友人兼居候である奴に言われ、久々に外に出てみればそれだ。ハッキリ言って苛つくと言うのは仕方ない事だろう。 帰ったら飯抜きと軒先にでも吊してやろうかと思ったが、大して応えそうも無いのでその考えを止める。 そして何週間ぶりかの街を闊歩していた時、愚かにも私に声を掛けてきた輩が居た。 年の頃なら20以上のが二人にそれ以下のが一人。服装と言えば最近そう言うのが流行と言う奴なのだろう。 なんと呼ぶ異国の服か知らないが、よれよれの服と言う名前だけで十二分だと頭の中で決めつける。 と、言うか、その時半ばそいつらにはあきれかえる反面、感動に似た物さえ覚えた物だ。 何せ私の格好はこの国で言う、死に装束と言う奴である。真っ白い絣など、この時代の村人は誰一人として着ない服。 わざわざ人を寄せ付けない様に好んで私は着ている上、その効果は十二分あった様で、好奇の目に晒されている事など十分分かっていた。 と、だからこそその私に声を掛けてきた輩を誉めたのだが、話して来る内容は取るに足りない物。 携帯、お茶、遊ぶ、の三つのキーワードを軸に話をしてくるのだが、私に取ってはどれも興味を惹かれない物でしかないのに、その輩は一向に気にする風も無い。 まぁ、私の美麗かつ可憐な容貌を見て欲情する理由も分からないでもないが、もう少しマシな言葉を使えない物かとあきれかえり、私は一つの提案をした。 その提案は言葉だけ聞けば相手に取って良い事なのだろう。街宿に妖艶な表情を乗せて誘ってやったのだ。案の定相手は簡単に頷き、 馬鹿丸出しの表情を浮かべていた。 だが無論、ただでヤラせてやる訳でもなく、その上相手が男ならこっちから願い下げである。世の中の一般の女は男が好きなのだろうが、 私は昔から女、それも可愛い子が好きなのだ。だから誘った理由は男共が頭の中で思い浮かべているまさに妄想とは全く別の物。 そして面倒だと良い、街の雰囲気を読みとり誰も来ない暗がりへと誘い込んだ所で、私は今度こそ溜息を吐いた。 一応は、この三人の馬鹿と出会った時に溜息を吐きたくなったのは言うまでもないが、無視する事にしたので一度目は我慢出来た。 だが、暗がりに私が連れ込まれたのだと勝手に勘違いしたお人好しが居たのだろう。道の向こう側で腰に手を当て佇む、多分少女。 年齢は12、3と言った所か。なかなか私好みの可愛い女の子であったが、髪を長くすればもっと綺麗になるのにと言う感想は拭えない。 昭和の後半だったか、前半だったかはよく覚えてないし、その辺から見かけだした物だと記憶する異国の水兵の服を着ているのだが、 妙にそれが似合っていると思うのはなかなか好ましかった。だが、開口一番の台詞はもう一度私に溜息を吐かせるに十二分の物。 確か「待ちなさい!」だの「悪い奴」だのと、少し言葉足らずなのか。とにかく妙に自己陶酔している台詞を吐きまくっていたのを覚えている。 そして私を取り囲んでいた輩達も私と同じ心境なのだろう。「はぁ?」と言う顔をしてその少女を見、その時だけは想いを共感出来たのが胸くそ悪かった。 しかし、その台詞を言い終えた後の少女の行動をどう表するかは他者と私の意見は明らかに違うだろう。 昔からの癖と言うか、どうも格闘をやっている人物の動きが手に取るように分かるのだ。 それ故、少女が男三人相手に立ち回る、まさに殺陣を居た私は感嘆を漏らさずには居られなかった。 それはどう表現すれば良いのかと迷ったが、その時頭の中に浮かんだ単語は風。 まさに風の様に動けるとでも言うのだろう。一歩一歩の踏み込みが今まで見てきたどの格闘家よりも迅く、確実かつ正確なのだ。 それは鍛練を積んでどうにかなる問題ではなく、天性のセンスでしか解決できない芸当。そしてその時、私は少女とある昔の旧友を重ねていた。 そしてものの数分も経たない内に少女は男三人を気絶させ、息も切らさずに私の手を掴んで笑って見せる。 多分頭の中は自己満足で一杯だと言う事は分かったが、これが男であれば私は迷わずにはり倒していただろう。 ハッキリ言えば、動きの第一歩はプロ顔負けであり、少女自身もそれがどれほどの事をやっているのか分からないのだろう。 それだけの力量を持ちながら殴り方や蹴り方が素人同然なのは致し方のない事。 それだけを取って評して見れば明らかに「下手くそ」だの「勿体ない」等と言ってやる所だが、何よりもその笑みが私には輝いて見えたのだ。 例え年齢は違えど、その笑みを見れば身体の奥が疼いてしまいそうなその笑みは、私に取って運命的な出会いを告げる物なのかもしれない。 そしてそれだけで、二言三言交わして少女と別れていただけなのならば、その後少女と会う事も、もしかしたら無かったのかもしれない。 元来私が凶(まが)を呼び込む体質が、その時だけは嬉しく思えた物だと三年経った今でさえそれは覚えている。 少女と手を繋げたのは一瞬だけだった。その直ぐ後に、私の相手が現れるのは直感的に悟れたが故に、少女を自分の後ろに退かせるのも忘れない。 無論少女は何が起きたのか、目を丸くするだけしかなかったのだろうが、今思えば驚かなかった事だけ見れば大した物。 何せその場に現れたモノは普通生活していれば絶対出逢わない存在。 人の怨念や死霊が集まり、半物質的に姿を現したそれは何とも形容しがたい化け物と呼ばれる姿をしていた。 少女は初め、それを見て口をぽかんと開けていた。当然であるが、それを見たのは初めて。そして始まりを告げる、少女風に言わせればゴングが鳴ったのだと言う。 私は自分の力を少しだけ解放し、目の前のそれへと殺気を籠める。 未だに少女には今一理解出来ないと言われるが、殺気を「放つ」のと「籠める」のとは大きな違いと力量が試されるのだ。 それは素人と玄人の大きな違いであり、その化け物も玄人とはまだやり合った事も無いのだろう。僅かに揺らめく身体の断片を飛び散らせ、私に恐怖を感じていた。 その後は無論、少女と同じ「一歩」を踏み込み、相手を一撃で無へと帰した訳だが、あの時の少女の、まさに子供の様な顔はあの笑顔と同じく 今でも覚えている物。何せその後の台詞は「私もやりたいっ!」と元気良く言ったのだから私以上に変わっていると言っても過言ではないだろう。 そして現在、久方ぶりに、と言っても一週間ぶりだが、自分の住む大地に帰ってきたのは嬉しい事。 商店街の福引きで少女が当てた香港旅行は思ったよりも楽しめたと言えるだろう。まぁ、多少なりと形は変わった物の、気配の全く変わらない、 いや、更に禍々しい雰囲気を放つまでになったあそこは私の生まれ育った時代と何ら変わらない訳ではないのかもしれない。 とにかく様々な土産は絣の袂に入り、じゃらじゃらと音を立て、私の頭の中では幾つかの収穫が巡っていた。 二日前になるが、夜の山の中で出逢った、旧友の気配を漂わす人間の男と女。 姿形は違えど、明らかに人間と混ざった血の中で奴ら二人は己の力を目覚めさせたのだ。女の方はこれからと言う時に眠ってしまったが、 それすらも昔と同じくと言う所が何とも面白い。男の方もまだ目覚めて三日も経っていないのだろうが、荒削りで繊細なその音色は昔のまま。 そして三つの器を、同じ様で違う「意志」持つ私はあの場に居て良かったと言うのは昔と同じ感想。 しばらく再会は望めないだろうが、近い内に必ずもう一度出会えると言うこの想いは間違いないだろう。 そんな想いを巡らせながら、私は家の門を潜る。 向こうに行っていた時、多少なりと少女の事を心配もしたが、彼女が着いていれば問題ないと思い心配は全くしていない。 まぁ、仲良くやっているのだろうとは思っていたが、玄関を潜ってきた所で現代的なTVの何とも言えない、超音波の様な不可解かつ不快な音と 共に聞こえてきた笑いを含む色々な言葉は、私が家に帰ってきたと思うに相応しい物。 そして私は足袋を脱ぎながら、戦いへと第一歩ではなく、運命を穿つ第一歩を踏み出した。 「今帰ったぞ〜」 [NEXT] |