一番最初に行ったのは病院だった。母親の亡骸を預かり、そして許してくれた院長と看護婦長、そして自分を送り届けてくれた香織に
どうしても礼を言いたかったのだ。そしてその人を癒し死を見届ける場所でもあるそこで彼女は三度頭を下げ、三度頭を上げ笑顔を見せた。
大丈夫、とも聞かれた。
何度も、聞き返された。
だけど今の彼女なら何度でも言えるのだ。
「私は大丈夫」
と。
そしてそれからの一日はとにかく忙しかったとしか言いようが無い。
母親の葬儀を出す為に、色々な所に回って頭を下げた事を覚えている。もし、独りであればそれは適わなかっただろう。
その点に置いてここまでしてくれるとは思わなかった、阿士花香織と言う姉代わりの女性には幾ら感謝しても足りない程だ。
そして楓は自分の祖父も祖母も、叔父も叔母も従兄弟も居ないまま、たった一人で母の葬儀を終える。
色々な人たちが来てくれた事を、感謝したい気持ちだった。それがたった数人であってもだ。
自分は乗り切れた物の、まだ涙を流す人達が居てくれるから、私がやらなきゃならない。だからやる。
香織に「何故?」と聞かれた時、彼女はそう応え笑って見せた。
そして知り合いだけの、楓と、その母である薫の病院関係者だけで執り行われた葬儀の中で、彼女はただの一度も泣かず、真っ直ぐに前を見て立っていた。
それがどう、他人に映ろうと構わない。
母が死んだと言う事実は変えられないのだ。それ故、いつか乗り切るしかない。
忘れたくないから。
ただの過去にしたくないから。
だから、安らかに自分の母が眠れる様、自分の父親に会いに逝ける様、誇らしげにそこに立っていたのだ。
そして葬儀が終わり、遺骨を持ち帰った彼女はそれをあの鏡台の前に置き、しばらくそこで黙り込んで鏡を覗き込んでいた。
何故、そうする気になったのかは分からない。
だが、何となく、でも無い気がするのだ。
やがて陽がまた暮れ、一日が終わりを告げる時、ドアの開く音と共に来た人物を感じ彼女は悟った。
それが風の声を聞く事なのかもしれない、と。
「お師様」
泣きそうでもなく、心がハッキリとここにあるのに無いような感じと言った所か。
正直雅は自分の名を呼ばれた時、それが誰だか分からなかったのだ。そして気付いた様に向いた、自分の唯一の弟子の顔を見下ろした所で楓は続けた。
「お母さんね・・・。やっと退院出来たよ」
「そう、か・・・」
自分の横にある、白い布に包まれた箱を撫でながら、楓は言い終え、また鏡へと顔を戻す。
悲しみも、喜びも、愛しさも、その言葉には含まれている気がした。そして涙を流していない楓を実感した時、雅は思う。
自分が思う程、この少女は弱くないのだと。
ただ、ひたすらに強くなる為だけに戦い、見失っていただけなのだと。
そして何より、彼女自身、昔がそうであったが故によく分かるのだ。
だが、その反面で悔しくもあった。
もし、自分が楓と同じ状況ならば、一人で強くなる事など出来ないと思ったから。
ただ、ゆるりと時間が流れるだけのそこ。どこからか聞こえてくる時計の音色はあまりにも機械的で、虚しさを漂わせる。
だが、その中で楓は鏡に顔を、自分の顔を映しそこだけを見据えながら言う。
「お師様」
「なんだ?」
「私は今はまだ弱いんだけど・・・でも、どうしても強くなりたいの」
「・・・・」
「だから、少し遅いけど・・・今から道場へ行って手合わせしてくれますか?」
その言葉に含まれていたのは迷いだった。
相手を見据えもせずに、言って良い物かと、少女らしい悩みと言った所だ。それは母親の礼儀正しさを常に覚えていると言う事。
それ以外には、その言葉に迷いは見えなかった。
だから少し苦笑しながら言ってしまうのだろう。
「最初・・・」
「?」
「最初出逢った時に言っただろう? いつでも良いから来いって」
そしてその後の、笑顔の為ならば雅は何でも出来ると、いや、不可能だろうと可能に変えてやると決意した。

FILE type 3rd 002 [ 始まりを告げる:HER BEAT ]
電灯も無い、ただの暗闇の中。開け放たれた全ての扉と窓の向こうから差し込む星明かりが唯一の光。
そしてそれに照らされている相手を見据えながら、楓はその場に張り付けにされた様な気分だった。
家から道場まで、一言も交わさず大河家に着き、直ぐに楓は着替える為にいつもの部屋へと行った。
着替える間、迷いは無く、いつもの勝てるかどうか分からない、と言う、少々不安じみた考えさえ浮かばなかったのが少しだけ嬉しかった。
だがそれにも増して「どうやって勝のか」と言う疑問にぶち当たるのも早く、道場に入った途端、動けなくなってしまったのだ。
道場内には既に雅が先に来ており、いつもの煙管を口に加えているだけ。やはり胴着ではなく白い絣だけで別段格好に変わった所は無い。
ただ、その表情と放たれる雰囲気は別物であり、鍛錬する時のそれでは明らかになかった。
それを例えるならば、純粋な殺気であろう。初めてそれを肌と中で感じた楓はそれに押しつぶされそうになっていたのだ。
「どうした? 来ぬのか?」
挑発する様な台詞でさえ、今まで聞いた事はない。そう言えば今まで必ず自分から攻めていた事をも忘れていたと、楓は恥じる。
一撃でさえ、三年間当たった事は無い。
二撃目に至っては三年間見た事も無い。
多分これから知る事になる、まさに領域は楓に取って未知なる存在。それ故、それが怖くなったのかもしれない。
冷たい空気、それに溶け込む様にしている自分の師。風も無く、ただ、師の吐き出す紫煙は天井へと昇り行き消えて行くだけの静けさ。
その全てだけで、存在感が圧倒的に違い、人間を相手にして「正義の味方」気取りになっていた自分を思い出させた。
今まで、勝てる相手としか戦った事が無いのかも知れない。
それを本能的に悟り、それ以外とは関わらないようにしていたのかもしれない。
そしてもし、それ以外の者を見れば、見ないように瞳を閉ざしていたのかも知れない。
雅と初めて出逢った時、まだ13と言う年齢であったとしても彼女は大人三人相手にして勝てる自信ではなく確信があった。
今までそうして来た様に、相手には自分が持っている何かが足りない事に気付いていたから。
初めて、そうした事をやったのは何時だっただろうか。
TVアニメの「装機神伝ガルブレイズ」に影響されたからだっただろうか。
『ううん・・・悔しかったから』
そして彼女は一番最初に負けた相手を思い出す。
他人が聞けば、ばかばかしいと言うに決まっている相手。
それに向かい、戦いを挑む等馬鹿げているとしか思えない行為。
だが、彼女はそれと戦いたかった。
あまりにも大きく、そして自分の父親がそこに居ると聞いたから。
『空・・・だったよね。最初に戦ったの』
誇らしさよりも気恥ずかしさの方が先に来るのは当たり前だろう。それに戦ったと言ってもただ、負けないように叫んでいただけだった。
無限に広がる、蒼く穿たれた空。
何処までも続く、赤く染まり行く夕空。
そして深く、何処までも深く何もかもを包み込み星を散りばめた夜空。
そのどれもと戦い、当たり前の事ながら負けたのだ。
ただ、その後の疲れ果てた後に倒れ、見上げる空を見た時、彼女は悟ったのかもしれない。
その時、漸く気付いたのかもしれない。
いつも、見守っていると母親に聞いていた言葉は嘘でないと。
『だから・・・』
そして何処までも強くなると決めた事を忘れていたのだろう。
妥協したのかもしれない。師と言う存在が出来た時は嬉しかったが、それ以上にそれに頼り独りである事を棄ててしまったのかもしれない。
そしてその時に、彼女の戦いは終わっていたのだ。
たった独りっきりの戦争は。
『何処までも強くなって見せる・・・・絶対に!』
そして一歩だけ前へ出た時、彼女の中に「戦い」と言う文字は無かった。
どう身体を動かすかではなく、まず気迫から負けてはダメだと思い、自分も師と同じ、いや、それとは全くの別物を纏ったのだ。
『誰にも負けない強さを得て見せる!』
もう一歩前へと足を踏み出した時、正直彼女は恐怖を感じた。これが未知なる存在だと、初めて異形の者を見た時よりも怖くなった。
何もかもを投げだし逃げ出したくもなり、そしてそれがもう済んだ事だと、終わらせた事だと気付いた時、彼女は胸中で叫んだ。
『好きな人を守り抜く力を得て見せる!!!!!』
そして楓は一気に雅との距離を詰める。だがその刹那、楓は相手の姿が掻き消えた事を気付く。
「!?」
確かに、一秒前、いや、もっと短い時間であった過去、そこに自分の師の姿はあった。だが、拳を放ちそこに撃ち込んだ瞬間、
まさに白い霞となって消え失せたのだ。そして拳には妙な感覚が残る。
『冗談でしょ!? こんな強かったなんて!!』
初めて実感する、師の強さ。それはあまりにも常識では考えられない強さ。
彼女自身、自分の脚がずば抜けて早い事は知っている上、それが普通の人では有り得ない速さなのは師から聞かされ分かっていた。
その一歩目だけは誰にも負けないモノがあると言われた時は正直嬉しさもこみ上げ、舞い上がった事も覚えている。
だが、それ故か。考えた事が無かったのだ。
何故、そんな事を師が知っているのかと。
考えてみれば、楓はそれを見抜いた人物と出会ったのは師が初めてなのだ。小さい頃から母親と居たが、母親がそう言ったたぐいを知らないと
思っている楓は気付かないのが当たり前だとも思うし、幼稚園や小学校でかけっこがいつも一番だったと言う事実なだけだ。
誰も見ようとしなかった一歩目。正確に言えば見えなかったのかもしれない。
そしてそれを見抜いた師の強さをもう一度実感できた時、彼女は本能的にその場から右へと飛ぶ。
だが反応が遅すぎた為か。楓は横腹の肌にすりむく様な痛さを感じそこを押さえる。そして前を見た時、妙な匂いがした。
見えたモノは一筋の白い線。それが何故か自分の頭へと一直線に向かって来ている上に、それが
雅の吸っている煙草の匂いだと悟った時、彼女は目を見開きもう一度左へと飛ぶ。
だが、場所が悪かったのか。飛び込んだ先は道場の隅。そして振り返ればまたあの白い線が自分に向かって伸びていた。
『・・・・』
その時、彼女は一瞬の時の中で死を恐れる事よりも何とか立ち向かう心を保とうと必死だった。
攻撃される事は分かっている。それが白い線となって現れている事など分かっているが、どうやってそれに対応するのか等分かる筈も無いのだ。
だから恐怖に押しつぶされそうになり、死に彩られそうになる。
だが、だからと言ってこの場から逃げられる訳でも無く、それは彼女自身が棄て、今一番否定したいモノ。
そしてそんな中で、彼女は何故かそれではダメだと思った。
何がどう、と言う言葉は浮かんでこないが、ダメなのだ。
そして今の自分が、あの病院の屋上で戦った時となんら変わっていない事に気付いた時、彼女は「馬鹿かもしんない」と想いながらも前へと一歩踏み出す。
拳を放ち、相手の身体へと攻撃が当たる感触も待たずに次の拳を放ち、それがまた当たる前に拳と蹴りを入り交じらせたそれを放ち続ける。
そして拳に感触が戻ってきた瞬間、彼女はもう一歩前へと踏み込み、渾身を籠めた拳を前へと突き出す。
キンッ・・・
音。
ただ、それだけの音だった。
だが、聞いた事も無いそれを彼女は放ち、そして次の瞬間、向こう側にある壁へとぶつかり派手な音と共に姿を現したのは彼女の師だった。
「え・・・・?」
何が起こったのか等、分かる筈も無い。師に教えられた、片方の拳を放つならばもう片方の拳は放った方の肩口に当てるようにしろ、と
言われた通りの型をしたまま、彼女はその場に固まっていた。
一瞬の中で視界に捉えられたモノなど何一つ無い。拳の感触さえ無く、今までの戦いとは明らかに異なるそれは彼女に取って未知を越えるモノ。
そしてぼんやりとそのまま倒れぐったりしている師を見た時、反射的に駆け出した。
「お、お師様!!」
近づき、抱え起こして見るが全く反応など無い。そして気付けば腹の辺りには赤い染みが出来、それが血の匂いがすると感じた瞬間、
彼女は困惑した。
「お師様!! お師様ぁ!!」
叫びながら雅の身体を揺すり、何とか目を覚まさせてやらなければと、助けなければと思うが何の反応も示さないそれが告げているモノを彼女は死だと思った時、
叫ぶ事も忘れ、瞳に涙が溢れるのを感じた。血が溢れ出る辺りに手を当て、そこが妙にくぼみすぎていると思い師の白い絣を脱がせそこを見て、
彼女は悟らざるを得なかった。
どうやれば、そんな傷が出来るのかも分からない。だが、血で染まるその向こう側に見えるのは背中を覆っている筈の汚れた絣の姿。
そして大穴が穿たれていたと言う事実は彼女の全てを否定してしまう。
「お師様・・・」
もう泣かないと思ったが、好きな人は守ると思った途端、それを破ってしまう自分が嫌いになりそうだった。
例えどんな事情があろうと、もっと一緒に居られると思っていた自分物を、自分の手で殺してしまったのだから。
「何で・・・何で私は!!」
そして二度目を犯してしまった彼女はそう叫び、力無く項垂れる。
だが、それを支えた手があった。
「全く・・・勝手に殺すな馬鹿弟子が」
「え?」
動くはずのない、手で頭を撫でられ、いつもより増して優しい表情で微笑んでくれる師が居た。
だから反射的に抱き締めてから気付き、慌て捲し立てたのだろう。
「は、早く病院行かなきゃ! お師様死んじゃうよ!!」
だが「お前は馬鹿か」と言う顔で雅は返す。
「普通の人間ならとっくの昔に死んでおるわ馬鹿者め」
「え・・・・?」
多分その時、楓の頭の中は真っ白になっていたのだろう。
未知の体験と言うべきなのだろうが、普通考えられない事が起きすぎて自分でも分かっている、あまり良くない頭では分からなくなってしまったのだ。
だが生きていてくれたと言う事実がそこにあるのなら、それで良いと思い、雅に抱きつき言った。
「絶対・・・絶対嫌だよ。お師様が死ぬなんて・・・」
だがその途端、耳に響く声があった。
「あー!! 雅ちゃんずるいぃ!!」
「?」
道場の丁度入り口の辺り。少し間の抜けた様な感じが受ける声の主はそこに立っていた。
姿見だけで言えば丁度の18位のショートヘアーの女性であり、未だに目立つほど凹凸の無い楓の身体に比べれば雅と同じ位出ている所は出ている身体。
だが、その服装は何ともこの場に不似合いで、どう見てもサイズが小さいセーラー服を着ていた。
そしてとててと駆け寄ってきたかと思えば雅に抱きついている楓をひっぺがしてから後ろから抱き締め、唸るようにして雅に威嚇して見せる。
「あ、あの・・・」
「それに一緒に教えるんだって言ったじゃないのぉ! 先に終わっちゃったなんてずるいよもう・・・」
「・・・・」
多分、自分に発言権は無いのだろうと本能的に悟り、なすがままになる楓。だがやはりこの状況を説明出来るだけの材料は何一つ無いと言う事は変わらなかった。
「全く・・・」
その一方、雅はやれやれと言った風に立ち上がり、首を鳴らしてから口元を拭ってから漸く言い返した。
「ルイ、せめてもう少し楽しませて貰っても良いだろう?」
「やだ・・・」
しかしきっぱりとその女性はそれを断り、少しきつめに楓を抱き締めた。
だが、漸く楓は状況を打破する情報が得られたのだが、その自分を抱き締めている女性の名前が自分の知り合いと同じ名前である事を妙に思う。
その上、何故か相手は自分を知っている様子で、師の事まで知っているのだ。楓が知る限り、雅に自分を抱き締めている様な女性の知り合いは居ないと思っている。
そしてもし、知り合いならば久々に逢った筈なのだ。何せ三年間、数える程しか、それも庭先に出ている所しか見たことが無いのだから。
「それにだ。どうせ出てくるならもう少し早くしてくれ。死なないとは言え痛いモノは痛いんだから」
「別に良いじゃない。ナマッた身体には丁度良いでしょ? 私と違ってずっとこの家でゴロゴロしてるんだから」
「そう言うお前も鈍ってるんだろうが。雑魚以外相手にしてんのなら楓に一撃貰って見ろ。すっとするぞ?」
「私は楓ちゃんとやり合う気無いもんね〜」
「それは分かるがな・・・ま、とにかくそいつを風呂に入れてやれ」
「言われなくても一緒に入るよぉ〜だ」
年齢を感じさせない言葉遣いなのだが、どことなくそう言う女性の性格を知っている様な気がする楓。
そして自分よりも頭一つ分ほど高い場所にある双眸を見た時、自然とそれは分かってしまった。
「ルイちゃん・・・?」
いつもこの家に居る時は道場に居る時以外ずっと一緒だったのだ。楓はそんな分からなかった自分が恥ずかしい程の心境である。
だが楓が知っているフェレットの格好をした友人と同じく、その女性はにひひと笑いながら言った。
「そうですっ、楓ちゃんの一番の親友のルイちゃんですっ!」
表情のあまりでない鼬だった時とは違い、その時想像していた表情と同じ顔をする彼女。そして抱き締められている腕から伝わってくるのは
親しみと優しさ。それを感じ取った時、安堵感が溢れてくる。だが、いつの間にか閉じていた視界を開ければ、雅の姿が先ほどの場所には無く、
道場を出る所。
「お師様、ドコ行くの?」
「禊ぎと着替えだ。このままでは鬱陶しくてかなわん」
「でも怪我・・・」
「心配するな。冗談でも揶揄でもなく私は死なん」
そしてそのまま出ていった雅を見ながら、やはり今一よく分からないのだろう。きょとんとした顔でそれを眺めていた。
「ミソギって・・・何?」
「水浴びの事だよ。雅ちゃん、熱いの嫌いだから」
そして風呂を終え、二人は居間へと来ていた。相変わらず電気も無い部屋だったが、月が出てきたのか。思いの外明るいそこは
しんと静まりかえっている、筈だった。
無論雅だけならばそうなのであろうが、本来明るい性格の楓とどが付く程明るいルイの事である。
話のネタが無くともTVを見れば元気も出るのだろう。わざわざ湯冷めせぬ様、ルイが後ろから抱き締めてくれるのが楓には少し気恥ずかしかった。
それは何せ今までずっと独りで頑張ろうとし、何処かで相手との距離を置いていたのだから致し方ない事なのかもしれない。
今でも自分で出来る事はしたいと思っているが、昔はそれが限度と言うモノを分からずにやっていたのだ。
一気に力が良い風に抜けたと言った所か。気楽にしていられる楓を見ているのはルイとて嬉しかった。
「それじゃ、始めるか」
そして雅は水を浴びてきたにも関わらず、服装は替わっていなかった。
いや、替わって居るのだろうが、全く同じ白い絣と言う所が雅の性格を現しているのだろう。
真逆に絶対の自信を持っているからこそ、服で着飾る事を止めているのかもしれないが。
「何を?」
「さっき言っただろうが。私は人間じゃないと。だからその辺をかいつまんでお前に説明してやると言ってるんだ」
「そうそう。今度何かと必要になるだろうし、楓ちゃんにも知って貰いたいんだ。やっぱり」
「でも、お師様とルイちゃんが人間じゃなくても、別に構わないんだけど・・・」
「そう言う問題を言ってるんじゃない。ただ、お前自身にも関わる事だから話して置くだけだ」
居間にあるテーブルを囲み話すと言うのは、あまりした事がなかったが楓に取っては楽しいモノなのだろう。
血が全く繋がらない赤の他人であったとしても、家族と言う言葉を頭に描く事が簡単に出来ると言う事はそれだけの絆があると言う事。
そして気遣ってくれるからこそ、話してくれると分かった楓はルイの膝の上から逃れ、正座する。
そして雅は話し始めた。
「まず、お前も分かっている通り、私とルイの二人は人間じゃあない。人間から呼ばれている種族名としてはDRC(ダーク)と言う名称があるが、
龍人族と言うのが本当の呼び名だ」
そう言い、絣の袂からわざわざ紙と筆を取りだし、さらさらと達筆で「龍人族」と書いて見せる。
「その中で、私とルイは少し特殊でな。九龍神(クーロンシェン)と龍人族の中では呼ばれておる。人間の、この日本と言う地にも一応ゆかりがある
んじゃが、楓は京都の四聖獣を知っておるか?」
「何それ?」
「全く最近の若いのはその辺がなっておらんな・・・」
やれやれと言った風に紙にまた「九龍神」と「四聖獣」と書き足し、雅は溜息を吐いた。だが、その辺が家に閉じこもりっきりであまり外の出ない
故の頭の固さなのだろう。ルイは苦笑しながら新しい紙と筆を雅から貰い、何故か丸字で楓にも分かり易い様に書きながら説明してやる。
「京都の四聖獣って言うのはね、四方、つまり東南西北の四方向を守る風水って言う、中国文化のおまじない見たいなモノの延長線でね。
街を創る際に、色々と幸福を呼び込む様に造られた知恵って所かな。それぞれ東は青龍、南は朱雀、西は白虎、北が玄武って言う
伝説上の聖獣を守護に置いて街を目に見えない災害や疫病から守っているのよ」
「それ、学校で習った事あるかも」
「ま、今の中学校で習う所もあれば習わない所もあるだろうけど、おまじないの一種って考えて貰えば良いの。その四聖獣はね。
そしてその四聖獣はあくまで九龍神の内の四人の事なのよ」
「じゃ、九人が本当って事なの?」
「そう。さっき言った四聖獣の中に出てきた様に、色分けされてる見たいに対極的な存在が居てね、青龍と朱雀だったら、朱と蒼じゃない? 人
間が考えた白虎と玄武が対照的な存在って言うのは、白と玄武の玄って字は玄人(くろうと)のクロを書くでしょ、でも、本当はこうなのよ」
そして朱と蒼と言う字を紙に書き、ルイは次々に他の字を付け足してゆく。
「まず、白虎の対なる存在は黒狼(こくろう)、玄武の対なる存在は玄凶(げんま)。この玄凶って言うのは雅ちゃんの事で、
色の対照的ではなくて、プロが扱う武器か凶器の違いって所かしら」
「???」
「ま、名前だけ覚えといてくれれば良いのよ。そして後の三つは魔皇(まこう)、斬羅(きめら)、神魔(しんま)と言って、
それぞれ相反する存在が無い代わりに、三人でバランスを取り合ってる訳。この中の斬羅(きめら)って言うのが私の事よ」
「キメラって、あのファンタジーとかで出てくる合成獣の事?」
「んー、まぁ、似たりよったりかな。ちょっと違うんだけどぉ・・・」
そこでルイは助けを求める様に雅を見た。だが、雅は自分のやる事を取られ機嫌を損ねたのか。別段何の反応も示さず煙管を吸い出すだけだ。
「ちょっと見ててね」
そして判断を仰げない事が分かったルイは頭をぽりぽりと掻きながら庭に出て、腰に手を当て楓の方を見据えて見せる。
だが、腰に手を当てると言っても格好を付けている訳ではない様子で、それを真横に引いたかと思えばルイの短かった筈の
髪が一瞬にして伸び、両手にはそれぞれ星に輝く朱と蒼の刀が握られていた。
「とこんな風に合成って言っても、獣同士を掛け合わせたんじゃなくて空間を断裂する事と繋げる事を二つ「持って」合成としてるの。分かる?」
だが、楓の興味はそのルイの姿見が格好良く映ったのだろう。セーラー服を着て二本の色違いの刀と瞳を持つ女性は楓の瞳にはそう写り、あまり
話の内容は理解出来て居ない様だった。
「ルイちゃん・・・それ良いなぁ・・・」
「あはは。ま、やっぱり名前だけ覚えるだけで十分だね」
力無く笑うルイは自分が説明した意味があるのかどうかは分からなかったが、取りあえず喜んでくれたのだろうから良しとしようと想い元の場所に戻る。
そして替わる様にして雅が口を開いた。
「そしてその中の一人、風と雪を象徴する白虎が、お前な訳だ」
「?」
だがいきなりそんな事を言われたからと言って実感も持てないのか。きょとんとしているだけで何を言う訳でもない。
しかし頭の中で反芻し意味を噛み砕いた所で、楓は言ってみせる。
「じゃ、私もルイちゃんみたいに二本の刀とか出せるの?」
「・・・・・」
目は輝き、顔はいかにも嬉しそうであった。頭の中では多分これから着る服でも、風と雪と言うキーワードから考えているのだろう。
受け取り側の器と言う点で、自分を超えているのかと思ったのもその時だと雅は思う。そして咳払いをしてから話を続けた。
「それで、まずお前の両親の事なんだが・・・良いか?」
「良いよ。もう大丈夫だから」
「ありがとう。で、お前の母方の方は虎族(こぞく)と言って、住んでる土地は中国やその奥地辺りに住んで居る虎の身体ではなく心を受け継ぐモノと言った
所か。そして父親は私たちと同じく龍人族なんだよ」
「ふぅん・・・で、それが?」
「反応の無い面白くない奴だなお前は。とにかく、その父親が龍人族である、と言うのが色々とまずいんだよ、これからな」
そして雅は新しい紙を取りだし、さらさらと書いて見せる。
「狩人・・・?」
「そう、狩人。龍人族を狩り出したんだよ、最近な」
「お師様が?」
「チガウ」
「あははは! 楓は英語読める?」
「ちょっとなら。苦手だけど」
「なら、こっちの方が良いね。狩人じゃ分かり難いってば」
説明役には向いていないと雅自身も漸く気付いたのか。ルイは嬉しそうにしながらまた新しい紙を受け取る。
「人間側の呼び名だけど、今は「HUNTER」って呼ばれてる連中なの。雅ちゃんと最初出逢った時、死霊を見たでしょ? ホントはあーゆーのを狩る
存在なのよ。でも、最近は何が起こったのか、少ししか知らないけども人間の「HUNTER」達が龍人族を狩り出した。それが意味するモノは分かる?」
「ゼンゼン」
「じゃ、まず龍人族の役目って言うのを教えてあげましょー」
そう言ったルイは、紙で書くのが面倒になったのか。「少し待っててね」と、語尾にハートマークを付ける様な口調で奥の部屋に消えて行く。
そして戻ってきた時、彼女の腕の中には銀色の薄い箱の様な物があった。
「それは何だ?」
「これ? ノートパソコンよ。日本語で言うと高速演算処理記録媒体かな。で、ちょっと待っててね。機動するから」
見た目は最近流行の様なデザインに、あまりそう言う関係の事は知らない楓には見えるが、それが何処かで見たことがある様な気もするのだ。
そしてそれが気のせいでないのは暗闇に照らし出された色とりどりのホログラムで証明される。
「あ! それガルブレイズのエルザが持ってるCOSMIC EYE(コズミック・アイ)!?」
「ご名答〜。大阪の日本橋とかアキバ(秋葉原)行って色々とパーツ集めてたんだけどね。色々と足りないんでこの間自分で作ってたの」
「イイな〜、私も欲しいなぁ〜」
「別に良いけど、今の所日本語表示出来るけど使う時は全部英語だよ? 読めるの?」
「うう・・・」
自分の好きなアニメの、それもデザイン的にガルブレイズと重なって気に入っているモノの一つなのだ。
アクセサリや宝石よりも楓に取っては価値ある物なのだろう。そしてそれはルイも同じなのか。楓は気付いていなかったが、
それが現代技術の全てを結集したとしても作れない産物であると言う事は作った本人と、その技術の腕を知っている雅しか居ない。
「ま、とにかくこれ見てよ」
そしてルイの流れる様なキーボード捌きにつられて暗闇に映し出されたそれはまさに立体写真と呼べる程のホログラムとして実体化し、
居る雅の若い頃の姿であろう、白い絣など着ては居ずに胴着の様な物を着ている彼女と、
それと同じく今よりも幾分か年上になったルイの姿が映し出される。
だがそれは目立っただけであり、他にも合計七人の、何処か人間離れした美しさを持つ肌色の違う者が映し出され、
ジオラマを上から見る様に小さくなったその合計九人が円を描くように配置され、その周りを囲む様々な姿をした者達が螺旋状に配置される。
そこに居た様々な種族は人型であると同時に、それぞれが全く異なる身体の特徴を持った者達だった。
人の腕と脚を持っているにも関わらず顔が獣であったり、逆に顔は人間なのであろうが身体が獣であったりと様々。
その他にも人型と呼べるのかどうか分からないが、二足歩行が出来る辛うじて人型のまさに異形の者と呼ぶに相応しい者すら見える。
そしてそれが三次元の螺旋階段の様に配置され、上と下を無理矢理繋げた様な形になったとき、その中心に一人の女性らしき影が見えた。
「まず、この周りに居る全部が龍人族なんだよ。ま、昔と違って今はこんなに多種多様じゃなくなっちゃったけどね」
そう言い、ルイがキーボードをぽんと叩けば幾つかの螺旋階段が消える。
「んで、現時点での龍人族って言うのは大体人型(ヒューマノイドタイプ)、か、蛇見たいにながーい中国風の竜と西洋風の
ゲームとかに出てくる翌竜ってのが居る訳で」
そして再びキーボードの音がなった時、その螺旋階段はほぼ消えてしまう、かなりちぐはぐな図形が出来る。
「これがちょっと前までの龍人族の構造、かな? 中心に居る人を守るために前後左右上下の六方向と、三っつの自由に動ける
左翼部隊と右翼部隊、そんでそれの中核を担う統括者が居る訳よ」
そしてカタカタと少しだけキーボードを鳴らした時、次に出てきたのはホログラムを拡大する様にして現れた一人の女性。
それが中心に位置していた女性だと言う事はなんとなく楓にも分かっていた。
「そんで、この人がその全てに置いて守られた・・・えーっと、絶対的存在だったかな? ま、簡単に言えばこの地球って呼ばれてる星の
意志って所よ。人間風に解釈すれば、九十九神って言って、長く使った者には魂だの心が宿るって言うのの原点って言えば良いのかな? そしてこの人の場合は
自然的に最初からこの星の安定の為だけに存在する、そしてその安定を破壊する者を狩る存在の統括者なの。そしてそれを守るためだけに存在するのが
龍人族であり、九龍神なのよ。ま、多少途中からおかしかったけど」
「どうおかしいの?」
「なんて言うかね・・・。その中心に居る女性(ひと)が創った訳じゃないんだけね。一番最古の龍人族の私とか雅ちゃんは違うんだけど
生まれた時からただ守るため「だけ」に存在する命が生まれちゃったんだよ。その結果、私たちはこんな風に居なくてもこの女性を守れる様になったんだけど、
最近それに綻びが出来てきた、って所かな」
そして最後にキーボードが鳴り、九龍神の九人がホログラムから消えた時、他の部分を映し出す何かが現れた。
だがそこからはルイなりの気遣いなのだろう。話の内容を聞いていない訳ではないのだが、理解しているかどうか分からない楓の為に
色分けされた表の様なホログラムが造り出される。丁度龍人族側と綻びの原因である何かを分けるようにして。
「そしてこれが一応私たちの敵である「HUNTER」の統括者、「HAG HUNTER(ヘイグハンター)」って奴ら。HAGの意味は老婆とか、鬼婆とか、
ま、古い女の人を馬鹿にする様な言葉ね。あっち側の呼び方は「HAZARD HUNTER(ハザードハンター)」らしいけど」
「オニババ? こんな綺麗な人が?」
それは楓が見た龍人族の中心に位置する女性を見た感想だった。
たかがホログラムなのだが、そこから何故か雰囲気まで読みとれ、それは雅やルイのホログラムを見た時もそうであったのだ。
雅はもっと殺伐としルイに至ってはかなり危なげな雰囲気さえ漂わせるそれだったが、それは昔がそのまま詰め込まれてあると言う事なのだろう。
そして変わっていなければ、その女性は楓が見た所「HAG」と言うのにおおよそそぐわない雰囲気の持ち主だったのだ。
「ま、今まで人間だった楓ちゃんには悪いけど、そう言う人の方が多いって事ね。どれだけ良い人が居たって所詮少数じゃ意味がないの。
中世の魔女狩りとかと一緒。いつでも力のある人はそれだけで悪くなっちゃうのよ」
そして半ば諦めているルイの口調を聞いた時、楓はダンッと卓袱台をひっくり返すようにテーブルを叩き怒鳴る。
「諦めてどうにかなる問題じゃないよ、可哀相じゃないこの人! ルイちゃんもお師様も何にもしないでそんな愚痴ばっか言ってる人だとは思わなかったよ!!!」
「まぁ待て」
「待ってる暇があったら私が動く事を選ぶの!!」
「分かったから落ち着こうよ楓ちゃん」
「私は落ち着いてる!!」
「はぁ・・・」
楓は思っていた。
いや、思ってしまったと言った方が良いだろう。
現実として苦しんでる人が居るなら、知ってしまったなら助けたいと思ったのだ。
それが何故か自分のやるべき事と通じている気がしたから。
繋がっている気がしたから。
だから立ち上がった時、既にこの場を出てその人を助けに行こうと言う想いは決まっていた。
例え何処に居るか等分かっていなくても良いのだ。
ただし、彼女に取っては。
それ故、歩き出した楓を止める為に、ルイと雅は少々荒っぽい方法を取る。
「全く・・・」
「!?」
一瞬にして硬直したのではなく、硬直させられたと言う状況が楓には驚いたらしい。身を竦めその場から飛び退き庭へと降りる。
だが、自分がそうした元凶である物がなにか分からず辺りを視界だけで見渡し探すだけ。そしてそれは分からないまま、まだ彼女の背筋には
悪寒が走り続けていた。
「一応言って置くが、人間じゃないと言っただろ? 私とルイは」
雅の声が聞こえるのだが、それ以上に集中させられる強敵が潜んでいる事は分かっている。
ルイの自作PC、と呼べる代物かどうかは置いて、ホログラムの光が佇むそこにあったのは雅のやれやれと言う姿。
そしてルイの姿がいつの間にか消えていた時、そしてそれを気付いた瞬間、首筋に這うそれに恐怖する。
「後、何にもしてない訳じゃないって。人の話は最後まで聞こうね」
「・・・・っ」
声質は先ほどより少し容貌とそぐわない幼い物になっていた。ただ、それだけ聞けば自分の後ろに居るのは幼女にも思えただろう。
だが、身体の奥からわき出る恐怖はそれをかき消し、そして後ろに居る存在がただの幼子でない事を告げているのだ。
そして今死んでいないのは、殺されなかっただけと言う事実に直面した時、後ろの声の主、ルイが何者なのか漸く分かった様な気がした。
「言い忘れてたけど、私の象徴は合成じゃなくて時間だからね。どんな早い嵐や炎でも、時間を象徴とする私には速さで勝てないよ」
嬉しそうな声。それは楓が力を抜き負けを認めたから出てきた物。もし、負けを認めていなければどうなったのかは容易に想像が付く。
「龍人族であるなら、今のお前にも倒せる。が、九龍神は別格だ。お前はまだ白虎としての力が荒削りすぎる上に未熟も良いところなんだよ。
少しは自分の実力を見極めると言う事位はやれる様になって置け」
「わ、分かった・・・」
そして今の今まで気付きもしなかった、自分の浅はかさとそして、後ろで笑っているルイと同質の気を文字通り気配すら感じさせずに籠めていた
雅もそれと同じ位に強いのだ。それが分かった時、楓は悔しいとも思ったが、まだ実感としてそれが何なのかは分からなかった。
「それで、今度は私たちが今まで何をやって来たかを説明するね」
元の位置に戻り、もう楓は最後まで聞こうと言う腹を括ったのだろう。それを見てルイも安心して笑顔のままだった。
「一応、西暦の前、ま、紀元前で言うと・・・・何年かはイイや。忘れちゃったし。とにかくずっと昔に、その守る為だけをプログラムされた
龍人族が生まれた時に、私と雅ちゃんを含む九龍神はその女性を守る事を止めたのね。それからずっと、外からだけど、この星の意志って女性を
徒為すモノを屠って来たの。あんまり役に立ってるとは思わないけどねー」
「それで最近分かった事だが、どうやら守る為だけの龍人族を創ったのが人間だと言う事が分かったんだ。
ただし、今この街や世界中にありふれてる人間じゃなく、古代人と言って、生物学的に言えば突如として現れた、人類がそれをやったんだ。
お前の頭の中に合わせると宇宙人がやって来て勝手にやったって所だ。それなら分かるだろう?」
「それで、簡単に言えばその宇宙人が楓ちゃんも知ってる悪霊とか死霊とか、他にも色んなモンスターを作っちゃって、
初めはそれを倒す為の「HUNTER」だったの。それが今この星を大量占領してる人間って事。けど、何トチ狂ったか知んないけども
その古代人の遺産を使って龍人族を滅ぼして、この星の意志である女性を殺してこの星を占領しようとしてる訳だ。
何せ今の人間、分かってるんだろうし汚い言い方かもしれないけど、この星って女性を強姦して殺して、その死体でを犯して
シマリが悪くなったからポイ捨てして、後々になって必要になったけど生き返らないし、取りあえず喰って置けと言って腐った死体も食べちゃってるのよ。
だから私達だってそんな奴ら許すつもりもないし、罪のホントの償い方も知らない奴らなら今すぐにでも殺してるよ」
「けども、だ。焦って失敗出来る事じゃない。だから詰め手と絡め手と、決め手の三つが出来るまでひたすら待ったんだ。
正直時間が余ってる程の余裕も無いが、ルイ、あれを出せ」
一気に二人に捲し立てられ、冷静なのだが言葉の内容を理解するのと内容を理解して熱くなりそうではあったが、それを何とか堪え、
ホログラムが変わって行くのをじっと見る。そして映し出されたのは幾人かの人物だった。
「・・・誰? この人達」
男性が三人と女性が三人の合計六人がそこには映し出されていただけで、楓はどの人物も知らない人物ばかりである。
だが、キーボードの音と共に表示された名前を読み上げながら表情を変えた。
「朱雀、青龍、玄武・・・黒狼、魔皇、神魔・・・って、これ全員九龍神の人達なの?」
「そうだよ。本来、私と雅ちゃんの調査力ってーのはあんましなかったんだけど、昨日コイツ完成させてからずっと頑張ってね。
世界中に張り巡らされたあらゆるネットワークに進入してこの六人を見つけだしたの。私と雅ちゃんが強いし、楓ちゃん、つまり斬羅、玄凶、白虎の三人が
居ても、三人じゃ足りないんだ。それだけ敵が強いって事じゃないんだけど、敵の作った姿無き敵って言うのがやっかいでね」
「姿無き敵?」
「そうだ。敵、つまりHAG HUNTERだけならば別段問題ではない。私一人でも十二分に殺せる。が、相手が一人じゃないから、問題なんだ」
「複数居るってだけなら・・・」
「そう、複数であるなら、姿や身体があるんなら簡単なんだ。だが、今度の相手はそれが無い。死霊や悪霊の類とてやはり攻撃出来る
何かがあるのだが、それすらも無い相手なんだ」
「どういう事?」
「やっぱ難しいよねぇ」
雅の言葉をルイはそう纏め、少し考える風に腕を組む。
彼女たちとて、それが何か分かってハッキリと言葉に出来る訳ではないのだから致し方ないだろう。
それ故ルイは言葉を選びながらゆっくりと言った。
「例えで言えば・・・神様とかって、居るよねぇ。実在するかどうかは別として」
「うん」
「けど、誰も姿を見た人なんて居ない、とされているだけで、ホントは居るのかもしれない、まさに何かなのよ」
「それと同じって事?」
「簡単に言えばそうだね。でも、その何かって言うのが分からないんじゃ解決出来ないの。少し難しくなるけども、神って存在は精神的な支え見たいな物
って考えてくれるかしら? 戦ってる時とかでも、誰かが後ろに居てくれるって思えるんなら、少しは楽になるでしょ? それと同じ事」
「なんとなく・・・分かる」
「うん。それでね、その神って言うのは、その場合支えって事だから、自分の中にあるって事でしょ? 考えとして、幻だとしても
自分の中にある事でそれが現実となってしまう、虚構の存在なんだよ。HAG HUNTERはこれを自然のルールの中に組み込んじゃったの。
つまり、現存してるシステムを勝手に造り替えたのね。操れない物を造り替えて操ろうとする、けど、操れない物を造り替える事は出来る事じゃあない。
もしそれが操れてるのなら変えちゃって良いと私は思うけど、人間にはまだそれが操れてない。何せお猿さんのベースちょこっと弄って
知識足しただけの存在だからね」
「それで・・・、九人が必要なのは何故なの?」
「九龍神の特性で、三つか六つ、もしくは九つ集まる事で相乗効果って言う、まぁ、一人よりも二人の方が強いって論理のもう少し難しい奴ね。
それが起こるのよ。もちろん起こさなきゃ起こらないけど。そしてそれでHAG HUNTERが変えたのが何か、つまり本当の敵を見つけて倒す事が出来る、
かもしれないのよ」
「確実に出来ないの?」
「確実にする事は出来るんだけど、そもそも絶対不可能な事だからね。言い換えればだからこそ絶対可能にも出来るんだけど」
「ふぅむ・・・」
分かった様な分からない様な心境。楓は自分の頭の悪さを呪いもした。
だが、やはりだからと言って諦める事などせずに、自分の理解出来る様に言葉を組み替える。
「とにかく残り六人を集めて、HAG HUNTERとそれが作った何かを破壊しちゃえば良いのね」
「要するにそーゆー事。よく出来ましたっ」
分かれば良いと言う性分なのだろう。ルイは楓の頭を撫でてPCを閉じる。
ホログラムの光の無くなったそこは再び闇が支配し、少し慣れるまで楓の視界は闇に閉ざされ、それが慣れた時を見計らったかの様に雅は言った。
「とにかく、それが目下の目的なんだ。とは言っても」
「?」
「お前も今年卒業だろうが。さっさと就職してしまえ」
「何に?」
「正義の味方がお前の第一志望なんだろうが」
「あ・・・・」
見抜かれていたとは思わなかった故に、楓は驚いた顔でぼんやりと暗闇に浮かぶ雅の顔を見ていた。だが、少し気付いた事があったのか。
えへんと咳払いをしてから言い直す。
「お師様、正義の味方じゃないよ、私の第一志望」
「なんだ? 変わったのか?」
「ううん。正義って言うのが、第一志望だよっ」
それに対しての雅とルイの反応を見た楓は、何故そんな顔をするのかが分からなかったが、また後ろから抱き締められた
ルイの胸の鼓動を身体で感じながら、自分のそれも重ねて行った。
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