「? どうしたのかしらね。千尋」

「・・・・」

 不思議そうな顔をして運転する雅美とは違い、助手席に座っている真悟は何処か落ち着きがない様に見える。だが、車内から見える外の風景も別段変わるところ無く、至って普通の街並みであるのだ。未だに雅美には理解出来ない事だったが。

「そりゃぁ、初めの運転の時粗っぽかったのは認めるけど、今日は制限速度守って安全運転してるじゃないの。何処が怖いのよ」

「お前の運転は螢(ほたる)に似すぎで怖いんだよ・・・。それに「今日は」じゃなくて「いつも」安全運転しろよ」

「螢か・・・。そう言えば結構逢ってないなぁ。じっちゃんのご飯も久々に食べたいし」

 ごまかす様に遠い目をする雅美だが、真悟もまんざらではない様子だ。

「じゃ、お前も休暇貰って逢いに行くか?」

「何? あんた休暇貰う訳?」

「ああ、この事件終わったらな。たまにゃ良いだろ、あいつらだけで仕事すんのもよ。過保護なのはいかんぜ?」

「それはハンゾーの事言ってるのかしら?」

「分かってんじゃん。可愛がりすぎると嫌われるぜー」

「そう言う事言う奴には・・・・」

 そしてにたりと横顔で笑った雅美に気付くのは、いつも後になってからの事だと真悟は後悔する。制限速度80キロの道路を、平気で130キロで走る神経が分からないと。そして雅美の高らかな笑い声と、悲痛な表情をする真悟と車のタイヤの音が重なり、二人は街を疾走して行った。

 その丁度街の反対側では、龍哉は私立霧島学園の建物から出た所だった。

 久しぶりに街に出た、と言う訳ではなく、朝方も出かけていたのだが仕事方面とは別方向なのでやはり久しぶりと言うべきか。そんなくだらない事を考えながら歩く道は、いつもと代わり映えしない物に見えるが所々変わるところに目を留めないだけで、本当は変わって行きそれが止められない物だと龍哉は知っている。だからこそ、ぼーっとしている様で見ている所はしっかり見ているのだ。

「さて、と。転入手続きも終わった事だし、次に行きますか」

 出てきた門を振り返りながら、頭を掻きながら整えた髪を崩す理由は今し方半蔵を遙と同じ学園に通わせる為、学校の学園長と会っていたが為だ。あまり慣れない事はするものではないな、と思うには思うのだが、何処か懐かしく思える所は既に三十路も超え大台に近づいているからと分かっている。だからこそ少し反発してみたくなるのも分かるのだが、そこは大人。理性が働き馬鹿な事も出来ない。

 そんな龍哉に声を掛ける友人は決まって仕方なさそうに笑うのだ。

「よっ。相変わらずしけた顔してんなぁ」

 そう言い声を掛けてきたのは龍哉の、SONIC RORAに入社した時からの友人であり、現在は警視庁の殺人課の刑事。名前は松戸一也(まつどかずや)と言う。

「そう言う松戸こそ・・・」

 そして龍哉も同じように返事をしようとしたのだが、友人の様子がいつもと違うのに気付く。

「ホントにしけた顔してるな。どうかしたのか?」

「いや、部長にどやされてなぁ。それはいつもの事だから別にどうって事無いんだが、流石に減俸だけは堪えるわ」

「ウチん所の大介じゃあるまいし、また女じゃないだろうな?」

「お? と、言う訳は大介も同じように減俸か?」

「ウチに減俸なんて無いよ。クビか破格の報酬か、そのどちらかだけ」

「はぁ〜あ。良いねそっちは。転職考えようかな、俺も」

「クビにならないだけそっちの方が良いと思うけどなぁ」

 その台詞を龍哉は何度聞いた事かと思い、苦笑してしまう。確かに一也の腕ならば十二分に龍哉の会社でもやっていけるのだが、結局の所入る気など無いのは分かり切っている事。

 ちなみに大介にSRを紹介したのが何を隠そう、この松戸なのだ。だからこそ、大介は要らぬ所まで似てしまい、ナンパが趣味になってしまったのだ。

「それで、事件に関する資料は持ってきてくれたのかい?」

「あ? ああ」

 どうせなけなしの貯金でもはたいて賭け事にでも注ぎ込んで一攫千金等と考えていたのか。例え減俸されようと生活出来ない給料の額面ではないのだが、そこは流石大介の師匠と言った所。今日は仕事着と言うのでもあってあまりブランド物には包まれていないが、普段着はホストと見間違う程決まった格好をしているのである。それ故、歳の割に流行にも詳しくファッションセンスもありモテているのは間違いではなく、それ故それだけの資金が居ると言うのは順当な所だろう。

「これが鬼頭家の殺害現場の写真と、鬼頭のおっさんが残しといてくれた潰す組織のリスト表だ」

 懐から大判の封筒を取りだし龍哉に渡す。その表情が少し曇っているのは、彼が鬼頭忠司氏と知り合いだった故なのだ。そうでなければ忠司氏が関係していた仕事の書類など何処にあるのかも分からない。だが、今日はそれだけを渡しに来た訳ではない様子。

「そいで、こっちがお前さんの所の謎の社員に関するデータが詰まったディスク。三年越しなんだからな、報酬弾んでくれよ? 社長」

「もちろん。で、正直な感想を聞かせて欲しいんだけど?」

「なんのだ?」

 ディスクを受け取る龍哉だったが、そこで明らかに表情が変わるのは龍哉の特徴。

「無論、六道真悟と言う人物についてどう思ったか、だよ」

 面白い事や本気になった時にすっと目が細くなる癖も前と同じであり、そして敵に回さなくてよかったと安堵した事が何度あるだろうか。同期で警察官になった頃はそうでもなかったのだが、ある事件を境にそう言う顔をするようになってしまったのだ。

 そしてその表情こそが、龍哉の裏の顔。

 無機質ではなく、幾らでも残忍になれるが故の表情なのだ。

「その顔・・・。よっぽど面白い人物らしいな」

「?」

「気付いてないのか? 今のお前の顔、悪党そのものだぜ」

「え? ホント?」

 言われた途端また抜けた表情になるのだが、一也はそれが面白くて、そして何故か儚くて龍哉に付き合っているのだと再確認し、背を向けながら言った。

「感想だけ言えば・・・、お前と同じで友人にはなりたいが敵にだけは絶対したくない奴、って所だよ。じゃあ、またな」

 そして手を振りながら去って行く一也は、間違いなく格好付けているのだと分かっているのだが、様になっているだけ何も言えない龍哉は次の情報収集に向かった。



















 唐突だが、半蔵は少し困っていた。

 会社を出て30分経った頃だろうか。携帯がなり出てみると相手は雅美。用件は至って簡単な物で、今回の事件の依頼者である鬼頭遙を千尋と一緒に守って欲しいとの事。それについては大介が文句を言っていた様だが、別段気にする風もなく受け入れられた。それは情報収集が主な仕事と言っても、会社内の仕事は一通りこなせる半蔵だからこそ言われる事。だから次の言葉を予想出来なかった。

『そうそう、後、多分遙ちゃんの学校にハンゾーも行って貰うからね』

 生まれてこの方、民間人と一日の半分以上を共にした事など無く、会社でも殆どの時間を情報収集に費やすか、暇を見つけては釣りに行く事しか考えて居ない生活。そんな生活ばかりで学校などに行った事など一度も無いのだ。

 そう言った生活に憧れた事はない。知識としてそう言う場所があると言うだけで、自分には無関係の場所だとばかり思っていたのだ。そんな場所に近づかない理由も、自分と同じ位の年齢をした相手と何を話せば良いのか分からないと言うのがその本質的な理由だろう。今までたった十七年の人生の中で話し相手や付き合ってきた人物は少なからず自分よりも年上相手ばかりであり、その殆どが、大介を例外とすれば十以上離れている事になる。

 だから多少安心が出来、きつい事だろうと言えるのだが、この状況下はそうでない様子。

 まず、最初に玄関で千尋が出てきた時、彼女は平静を装う様に微笑んで居たのだが、半蔵に取ってはそれが何かあった表情にしか見えない。それ故、理由を聞きたい所だったが、会社に入ってから覚えた人の気持ちを思いやると言う事を考えれば止めて置いた方が良いと判断出来る。それ故、普段通りに、半蔵も対応しただけで部屋の中に入れて貰った。

 そして半蔵が最初にする事と言えば、部屋の中の気配と姿が一致するかどうか。そう言った行動は習慣故に、例え自分の部屋でも代わりはしない。だが、ここは他人の家故にうろつく訳にもいかず、安心した事に部屋のリビングに全員揃っているのだから安心して良いだろう。

 その次にする事は千尋の辛さになった原因が何か探る事。人を思いやる気持ち、と言うのはあまり理解出来ないが、出来うる限りの事はしてやると言う事ならば理解出来るのだ。それ故、部屋の中にその原因が無い事だけは分かり、外的要因だと言う事も分かった。

 だが、だからと言って完全に安心できないのが半蔵の性格であり、それは行動にも表れているらしく、慣れている千尋はいつもの事位にしか考えて居ないが遙の方はそうでない様子。そして千尋はそれに気付ける程の余裕がなく、気付いているのは半蔵だけ。

 だからそこでどうすれば良いのかよく分からないで居る故に困っているのだった。

「南雲君はお茶だったよね。入れてくるよ」

「すまん」

 自己紹介は終わっている物の、遙が半蔵を信用出来ていないのは当人同士が一番理解しているのかもしれない。そんな所に二人にされるのは勘弁して欲しかったが、やはり無理しているのだろう。常人では気付け得ぬ立ち振る舞いや歩き方だけでそれが分かる半蔵は、仕方なさそうに溜息を吐いてから自分の話を切り出そうと思った。

 だが、やはりいざ考えて見れば何をどう言えば良いのかなど全く分からないのだ。別の事件の依頼人にも殆ど顔を合わせた事も無く、顔合わせした所で出てくる話は復讐や殺人依頼の事についてどう思っているか位の事。警察関係の仕事はまだマシだが、一般に受け取る殺人依頼などまともでないのは当たり前の事。そしてそう言った人物が何を考えているのか、それに慣れすぎている為にこういった、自分と歳の離れない女性が何を考えているのか理解できないのだ。

 来る前はてっきり復讐でも考え鬼気迫る表情でもしているのかと言うのが正直な予想だった。両親を殺されたと言うのは事実であり、覆しようのない真実。それ故それを受け入れられず、人格破綻するのは男性よりも女性が多いと言うのは半蔵の経験上でも確かな事なのだ。だからこそ、正直な所、狂った様子の方がこんな事を考えなくとも済むのであればそちらの方が良かったとも思ってしまう。

『大介の方が適任だと思うんだがな・・・』

 そして心の中でそんな事を呟き、結局喋る事は止めてしまう。

 こういった事は千尋や大介に任せればそれで良い。自分は自分の能力を最大限に活かせる場所で活かしてさえいればそれで良いのだ。

 そしてまた、どうしようかと悩みだした半蔵だったが、思わぬ所から申し出は出てくる物だった。

「南雲、さん、でしたよね」

「? ・・・・ああ」

 いきなり話しかけてきた遙も、どうしようかと迷っていたのか。少し退き気味の口調ではある。

 だが、それでも聞きたい何かがあるのか。意を決して次を言った。

「おいくつ、なんですか?」

「何故・・・そんな事を聞く?」

「いや・・・千尋さんがクン付けで呼んでいたから」

 だが、聞いた半蔵はやはり理解出来ないと言った風に簡単に返すだけ。

「17だ」

「え・・・?」

「あんたより一つ下だ」

「ゼンゼンそんな風に見えないんだけど・・・」

 歳を間違えられるのは慣れている事だが、その度にしゃべり方が変わるのは毎回の事ながら良い気分ではない。それは今回も同じ事であり、何ら他と変わる筈も無かった。

「じゃ、学校とか行ってる訳?」

「いや、行ってない。だが」

「だが?」

「あんたが学校に行くと言うのなら、仕事の間は着いて行くだけだ。編入手続きも済んだらしい」

「えー? ・・・ウチの学園、結構難関校なんだけどなぁ」

 確かに遙の言う通り、霧島学園は最難関と言う訳ではないが、それなりに良い学校ではある。そして幼稚園からエスカレーター式に進級する事も出来る分、授業料は高く半端な収入ではとても入学出来る所ではなく、通っている殆どの子供達の親は政界や官僚と言った類のエリート達なのだ。だから霧島学園の生徒の言葉には本来棘がある言い方なのかもしれないが、遙はそうでもなかったのが半蔵に取っては少し驚きではあった。

「じゃ、南雲君の両親も何処かのお偉いさん?」

「授業料くらいなら俺の財布の中だけで十二分に賄える。無ければ無いで、会社が出すさ」

「へぇー・・・。しっかり社会人してんだね」

 金銭感覚が一般人と違うのは分かっている事。だが、両親と言う言葉を聞いた時、泣き出すか取り乱すかと思ったのだがそうでなかった様子。しかしだからこそ、半蔵がそこに疑問を持ったのだ。

 てっきり少し落ち込んでいる理由は両親にあると思っていたのだ。両親が殺された現場を見たのか、それとも殺害現場を見たのか、話で聞いたのかは全く知らない事だが、そのどれかに当てはまると思っていたのである。だが、どうやらそうでない様子であり、両親と言うキーワードを口にした時よりも、今の陰りのある表情が晴れた訳でもない。

「一つ、聞いて良いか?」

「なぁに?」

 何を聞けば良いかは考えるしかない。しかしその裏で、半蔵は何故自分がそんな事を言いだしたのかを迷っていた。

 わざわざ聞かなくとも、自分の仕事は彼女を守る事だけなのだ。それ以外の仕事は千尋以外の社員がやってくれるのは間違いない。だからこそ無駄な情報を頭に入れず、守る事だけに専念するべき立場なのだ。

 そしてそれを分かっていても、コントロール出来ない自分が居るのだろうか。

 半蔵は何処かでこんな風に話した事があるような気がしていた。

 しかしそれとは別に、聞いてしまったものは仕方がない。聞く質問を見繕い、それを出すだけ。

「両親が・・・死んだ事は知っているな」

「ええ」

 驚く事無く、平然と彼女はそう言う。やはり半蔵の思った通り、そのことに付いては何も感傷には浸っていない。だから少し角度を変えて見る。

「家族の中で・・・一番誰が殺されて悲しいんだ?」

「・・・・・・」

「南雲クン・・・」

 それを帰ってきた千尋に聞かれたのはマズイ事だった。だが遙の様子は手応えがあり、黙り込み項垂れる。

 その時になって半蔵は漸く遙と喋っている時、誰と似ているかを思い出した。

 だからこそ、言う事も昔と同じで既に決まっている事。

「あんたが感傷に浸るのは構わない」

「南雲クン!!」

「千尋、黙れ」

「・・・・・」

 千尋が止めに入る事も分かっている。だからこそ殺気を籠めた言葉で制止したのだ。

 それは彼女も遙と同じ部分があるからこそ。

 それを共感する事は悪いとは半蔵も思わない。

 だが、それは当人同士での事であり、半蔵は関係ない事なのだ。

 だから半蔵は目を見て言う為に、遙の顎を持ち上げ自分の顔に向けさせてから言った。

「俺を誰かと重ねるのだけは止めろ。ハッキリ言って迷惑だ」

 それだけ言い終え、半蔵は千尋に「近辺に居るから安心しろ」とだけ耳打ちしその場を離れた。

 無論、言われた側の二人に取っては図星を突かれショックだったのだろう。半蔵の考えなど全く分からず、ただ、キツイ言い方だとしか思えないで双方とも項垂れるだけ。

 そして半蔵は外に出て、あまり頻繁には吸わない煙草を買い、紫煙を溜息と共に吐き出した。 

 たまに吸う煙草だけあって、クラっと来る刺激は一瞬気持ち悪さを感じさせるが、それを否定する事無く受け入れれば気持ちいい、酒とはまた違った酔いが回ってくる。

 煙草を吸うと言う行為があまり良い傾向ではない事は分かっている。何せ五感の殆どが鈍ってしまい、一瞬の隙が出来るのだから。その為に、今まで仕事中に吸う事など皆無であり、大介との付き合いで一ヶ月か二ヶ月に一度吹かすだけでそれ以外、今のようにむしゃくしゃするのを押さえる為に吸った事など無かった。

「・・・・・」

 一瞬過ぎる想いは、何処で道を間違えたのかと言う物。

 自分の人生に置いてこうやって一般人と接触する事など四年前までは皆無だった。それまでの13年間は夜に生きる忍びとしてただ、ひたすらに殺すだけの日々。それに全くの疑問を抱かなかっただけ、自分の両親は子育てには成功したのだと言えるだろう。無理矢理働かされていたのならばそうではなかったのだろうが、確かに自分の意志で殺しを生業としていたのは事実なのだから。

 しかし、丁度13歳の誕生日だったと記憶している日、両親は殺され、21歳の大介と出逢ったのだ。

 その時、半蔵は涙の一つも零していれば、一般の生活も出来たのだろうと、今でも思う。

 だが、自分のした事は一つ。

 利害関係が一致した大介と共に、両親を殺した組織を二人で壊滅させたのだ。

 その時、少しは怒っていたのかもしれないと言うのが組織の慣れの果てである残骸や屍を見た時思えた事。ただそれだけで、大介に誘われるまま、今に至るのだ。

「流されすぎ・・・か」

 変わっていない日常だと思っていたが、徐々に薄れてゆく感覚は感情を感じさせない為に作られた筈の心。それは生まれた時からそう育てられた故に、普通とは逆に感じるのかもしれない。

 確かに今の社長や他の同僚達にも感謝はしている。だがそれ以上に、普段感じさせない虚しさが時々頭に過ぎるのは気分が悪いのだ。

 そして今、この気分の原因を作ったのはクライアントである鬼頭遙と言う自分より一つ上の女性。

 まだあどけなさが残る生娘と言って良いほど、世間を知らないのは分かり切った事。だが、それ故の気丈さがあり、そして弱さもある。

「羨ましいのかも・・・しれんな」

 強く有り続ける事だけが許された事であり、弱くなる事など皆無の人生。それ故、それだけの強さと引き替えに自分の中にある弱さはこういった時のみ現れるモノなのだろう。

 そんな事を考え、取りあえずはあまり千尋と遙が居るマンションから離れぬ様、元来た道を戻る。だが、その時になって漸く気付いた事があった。

「・・・ちぃ!」

 一気に走り出したのは半蔵が感覚を既に戻していたから。それだけに周囲の状況は把握出来、何が起こっているのかも分かる。

『階段は・・・駄目、か』

 マンションの近くまで来てその身を止める。目に映る光景は、お世辞にも一般人とは呼べない身のこなしをした者達。肌の色から白人系だと分かり、身につけている物も、普通ならば変装なりなんなりするのだろうが軍服の様な物を来て手に持っているのは明らかに銃。それも中距離様のサブマシンガンやアサルトライフルばかり。

「・・・・・」

 相手の動きから察するに、部屋まで到達するのに掛かる時間は長くて三分。それ以上早く動き、千尋と遙に危機を伝えるにはどうするか。

『決まってるじゃないか・・・・。その為の俺だ』

 見張りを何人か残し、マンションの上へと上がってゆく敵を後目にし、半蔵はマンションの裏側に回る。そして見上げ千尋の部屋がある場所を確認し、一気に二階のベランダへと跳躍する。それを二回繰り返し、漸くたどり着いた先に居た二人はまだショックから立ち直っていないのだろう。外の様子には全く気付いていない様子。

「千尋! 敵だ!!」

 叫び声の様な声を出し、窓を破り中へと入る。そして銃声が聞こえると共に半蔵の視界は全ての物がゆっくりと映っていた。

 身体を極度の極限状態に置く行為はあまり得策ではないにしろ、今の状況下ではこの後にある副作用など構っていられない。何発か銃弾が半蔵の方にも飛び来るが、致命傷には居たらず全てかすり傷ばかり。そして手に届く千尋の腕を掴み、ベランダへと投げやった所で半蔵は迷った。

 迫り来る敵は既にドアを破り、次の瞬間投げやられたのは手榴弾が三発。身体の反動でそちらの方には飛べず、その近くに居るのは反応が遅れた遙一人と猫一匹。

 昔ならば、仕事のために他人と言う味方を犠牲にする事など厭わなかった筈。だが、無理矢理動かした脚は悲鳴を上げ軋み折れ、その代償として遙の身体を守る為に覆い被さる。その瞬間、爆音が部屋中に鳴り響き、半蔵の身体は激痛に襲われ意識が飛ぶ。

「・・・・くぅ」

 声を漏らした主は半蔵ではなく遙。だが、自分の状況を理解した途端、顔が青ざめる。

 自分をかばった為に、項垂れ自分にもたれ掛かる半蔵の背中は焼けただれ素人の目から見ても重傷なのだ。そしてその先に居た敵の姿と、部屋の中の光景は彼女の脳内にある、ある光景を思い出させる。

 それ故、身体が固まってしまい動けなかったのだろう。

 向けられる銃口の数は少ない物の、銃の種類は半蔵ばかりかその身体を貫き部屋中をバラバラにするのに十二分な代物。そしてそれが咆哮をあげる瞬間、遙は半蔵を抱き締めながら目を閉じる。

 最後に映る光景が嫌で、それに反抗しようにもあまりにも力不足の自分を悔しく想いながら。

 それだけに、銃を構えた白人達の顔は嘲笑で彩られていたのだ。

 しかし、次に聞こえたのは耳慣れた声。

「舐めた真似してくれるじゃねぇかよ」

 そして耳で聞き取れても、理解出来ない言葉の断末魔が響き渡り、遙の開けた目に映るのは、屍の上に立つ真悟の姿だった。

「大丈夫・・・じゃ、ねぇな。雅美、頼むぜ」

「千尋、ハンゾーを俯せにしてあげて」

 それに続き、直ぐさま入ってくる雅美の表情は半蔵の状況を分かって心配しているのだろう。だが、動かない遙を見、厳しい顔をしながらもう一度言う。

「遙ちゃん」

「・・・・あ」

「半蔵を俯せにして楽にしてあげて」

「は、はい」

 直ぐさま辺りに散らばったガラスやテーブルの破片を避け半蔵を寝かせるスペースを作る。そして呆然とその様子を見ている遙に、ベランダから起きてきた千尋が言う。

「大丈夫?」

 自分の顔は多分青ざめている事など分かっているが、それ以上にがたがたと震える遙よりはマシだろう。だからその震えを押さえる為に抱き締め、耳元で囁く。

「もう大丈夫だから。安心して」

「で、でも・・・・。南雲さんが・・・」

 怯える遙は、自分の身よりも半蔵が気になるのだろう。それは抱き締め返される腕がキツイほど締め付けられている千尋には良く分かる。だから千尋はもう一言付け加えるだけ。それだけ、雅美と言う、自分よりも年上の医師を信頼しているから。

「普通のお医者さんだったら無理だけど、雅美さんなら治せるのよ。だから心配しなくても良いのよ」

 昔はそれを見た時、信じられない光景だと思っていた。そして未だにそれが雅美には出来ると分かっているのだが、それでも心配してしまうのが正直な所。

 後ろでは雅美が手を半蔵の背中に翳しているだけで、他には何もしていないのは分かる。だがそれだけで、雅美には怪我を治すだけの技術ではなく能力があるのだ。

「半蔵、少しそのままで居なさい」

「すまない・・・」

 そして言葉も喋れる状態でない半蔵が目を覚ましたのに要した時間は三秒ほどだろう。だが、疲労の色が顔から抜けないのは、それだけ体力を消耗しきっていると言う事だ。そして雅美はそのまま千尋と遙の側に寄り、驚いた顔をする遙に言った。

「ヒーリングとか言って、これでも怪我をした直後ならどんな怪我でも治せるのよ。ほら、ね?」

 怪我をした事など気付いていなかったのか。雅美に手を当てられた遙の頭からは血が流れていた。そして暖かいと感じた瞬間、一瞬だけ痛みが過ぎりそれだけになる。

「さて・・・」

 そんな平然と動く雅美を確認してから、千尋は遙を離し立ち上がる。そして漸く気付いた様に言う。

「六道さんは・・・?」

「真悟なら残った雑魚を追って言ったわよ」

「でも、一人じゃ」

 そして追おうとする千尋を雅美は止め、仕方なさそうに言った。

「真悟なら一人でも心配ないわよ。彼はほら、人外だから」

「ジン・・ガイ?」

 それは耳慣れぬ言葉故に、何かは千尋には分からなかった。







 車で走り去るそれを追う気に等ならなかったが、残った雑魚だけで十分だろうと真悟は踏んでいた。だからこうして一人だけは生かして置き、その他の敵は全て排除してある。その時、頭に過ぎる考えと言えばどうやってこの両腕を折った男から情報を聞き出そうかと言う事だけ。それ故、男を連れ直ぐさま移動して居た。

「ここで良いだろ」

 公衆便所の中に入り、男を放り投げて壁に当てる。無造作にやって退けるだけの体力があり、辛うじて生きている男は既に声も出せない程なのか。その目に映る真悟の姿は間違いなく人間以外の者として映っていた。

「日本語、話せるよな」

 崩れ落ち力つきようとする男のクビを掴み、無理矢理自分の顔を向けさせる真悟。その瞳に映るモノは恐怖以外の何者でもなく、怯えきった表情はまともに物を語れる状態ではない。

 男は初め、真悟と雅美と言う男女を見た時、何かを思い出しそうだったのだがそれだけで銃を直ぐに撃っていた。一般人であろうが目撃者は全て殺すと言うのが組織のやり方であり、それに異論を唱える気など更々ない。組織に入る前は第一級殺人犯として追われる身故に、多少遊べなかったがそれでも何十人と人を殺した身だ。銃を撃ち、それが標的に当たる時には歓喜さえ覚えていた。

 だからこそ、それを避け、自分の方に一気に詰め寄り一撃を食らわされた時、何が起こったのか分からなかった。そして立ち上がり辺りを見回した時、自分の仲間は誰一人として、生きては居なかった。

 それは組織内で見た光景と酷似し、自ずと彼の正体が分かったのだ。

 それ故の恐怖。

 しかし、そんな男の事情など構う事なく真悟は勝手に話を進めるだけ。

「お前の組織は何て名前だ?」

「ナ、NIGHT SHADOW・・・・」

「どっからそんな物騒な物を仕入れたんだ?」

「知らない・・・本当に・・」

「ふぅ・・・」

 話が途切れ、一瞬の安堵感を男は覚える。だが、それに比例し、痛みが増すのは彼らが今までやってきた事と全く同じ事。

「ギィ!!」

「指の次は脚を折る。それとも目を抉る方が良いかい?」

「・・・・・親会社から、武器は卸す」

「親会社? いっちょ前に悪党が会社気取りかよ。で、それの名前は」

「ほ、本当に知らないんだ。俺達は子会社の社員であって、親会社の内容は一切知らされない仕組みなんだ」

「じゃ、何でそんなに怯える? 俺が怖いのかい?」

「・・・・あんたは、MEDIATORだ。それ位の情報は回ってくるし、知っていれば敵に等回す訳がない」

「へぇ・・・・そんな事知ってるのか。親会社か子会社の何処かに一人でも居るのか? そのMEDIATORがよ」

「NIGHT SHADOWにも一人居る・・・。他の子会社にも、多数居るんだ。だから俺達は国であろうと相手に出来る」

「はぁ・・・。で、どうするよ」

「?」

 男には真悟の言う言葉の意味が分からなかった。自分に対して、その言葉はおかしいとしか言いようがない。

 しかし、それは直ぐに答えが出る。

「偽物なら消せば良いだけだろ? 今回に限った事じゃない」

 中からではなく、外に居る誰かが答えたのだ。姿は分からないが、男性と言う事だけは声色だけで分かる。

「確かになぁ。ま、苦労を掛けるわ」

「それは洒落か?」

 男には意味など分からず、何処が洒落なのかも分からない。文化の違いか、それとも仲間内しか分からない身内ネタなのか。

 だが、自分の方に手を向ける真悟の行動だけは見て取れる。

「起きたらNIGHT SHADOWのMEDIATORに伝ろ。首洗って待ってろってな」

 そして男は頭の奥に衝撃を感じ、そのまま気絶する。

 それを確認したからか、声の主は漸く黒ずくめの姿を現し真悟に言った。

「で、俺も真悟に伝言って言うか・・・忠告だな」

「あん?」

「そろそろ帰って来ないと、こっち来るって行ってたぞ」

「・・・・・・」

 無言になり、少し冷や汗を掻いている様に見えるのは幻覚ではないだろう。

 それもその筈で、狼狽とまでは行かなくとも、焦る真悟を見る為に男はそう言ったのだ。

 そうでもしなければ、旧友の焦る顔など見れる筈も無いのだから。

「しかし、そこまで焦るか普通」

「やかましいわ・・・。近い内には帰るつもりだ。丁度良いかもしれんな・・・・あいつがこっちに来た位に行けば」

 外に出ながら話す真悟の様子は、男が出逢った最初の頃と何ら変わらないのかもしれない。そしてそう言う部分では成長しないと分かっては居るのだが、何処かむず痒く、そして楽しめる存在なのだ。

「そうまで逢いたくないか?」

「誰が小言を言われるのを好きでいられるんだ?」

「立場逆転してんなぁ。お前ら親子ってさ」

「余計なお世話だ。で、他の連中はどうしてる」

 煙草を吸う仕草も、話のごまかし方も、そしてまだ見ていないが、戦い方も昔と変わっていないのだろう。しかし、僅かに見せるその表情は、昔から一度も見たことがない物。

「素直に瑞希(みずき)は、女房はどうしてるって聞いたらどうだ?」

「・・・・・」

「お? 図星だったか?」

 深く吸い込み、紫煙を吐き出す仕草は照れて居るのだろう。顔を赤らめはしないが、三年と言う月日は、彼の過ごした永遠にも似た時の中で最も長く感じられているのかもしれない。それ故の心配。いや、配慮と言った所か。

「普段通り、至って冷静沈着に見えるがやっぱ寂しいんじゃないのか? 時々溜息吐いてんぞ」

「そうか・・・」

 しばしの沈黙。その間、その言葉に付いて考え事でもしているのか。それとも他の事を考えているのかは未だに分からない。だが、男は信用出来るからこそ、真悟と共に行く事を選びこうして隣りに居るのだ。そして分かれ道に来た時、わざわざ先に言ってやる。

「とにかく、今回の仕事は手伝ってやるよ。俺達がらみの仕事はお前の会社だけじゃ手一杯だろ? 雅美ちゃんもおっきくなったけど、流石に俺達レベルの奴を相手に出来る程じゃあない」

「そうしてくれ。後、気になる事もあるんでな。俺はしばらく姿を消すが、SRの奴らを守ってやってくれ」

「気になる事?」

「騙りをやるなりの、実力を持ってるって言うのが気になる。雅美の時と違って、何処ぞが絡んでるのは間違いない」

 確信めいた事を真悟が言う時は、今でも胸が高鳴る高揚感を感じる物だ。だから男は反抗する様に言った。

「なら、今回は俺がそっちをやるよ」

「何故だ?」

 不思議そうな顔をするのは当たり前。だが、それは鈍いとも言うのだと男は知っている。

「姿がない俺よりも真悟の方が、他の奴らも安心するだろうがよ。影に徹する事はお前よりも俺の方が得意なんだよ。それに雅美ちゃんなら分かるだろうけど、他の奴らにゃ話してないんだろ?」

「それはそうだが・・・」

「少しは他人のを見て女心って奴を勉強しとけ。次来る時は瑞希のお気に入りの酒を忘れるなよっ」

 そして男は行こうとするが、真悟に肩を掴まれ振り返る。

「なんだ?」

「お前への土産は無しだぞ」

「ちっ」

 舌打ちし、心底残念そうな顔をする。だが、それがらしいと言える真悟の言動だろうと納得し、仕方なさそうに苦笑した。

「じゃ、こっちは任せて置け」

「ああ」

 そして二人は別方向へと別れ、振り向く事無くその場を去っていった。



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