既に陽は傾き夕暮れ時。千尋のマンションが使えなくなった故に会社の医務室で落ち着く事が出来た千尋と遙だったが、遙の方は未だに何が起こったか分からないで居た。
間違いなく、半蔵は撃たれたのだ。自分とそして、千尋を守る為に。その行為は正しいと十分に思え、雅美の治療がどのような物なのか、それが自分の知っている常識が通用しない事も理解しているつもりだ。
だが、それ以上に雅美がもし来なかったらどうするつもりだったのかが理解出来なかった。
そうまでして自分たちを守る理由が何か分からなかった。
「まだ何か質問があるって顔してるわよ」
「いえ・・・」
見透かされていると言う感覚は気分の良い物ではない。それは千尋や半蔵とは違い、雅美と言う人物はそれだけ人生経験を積んでいると言う事の現れ。そしてそれが羨ましくも想い、素直に言い直す。
「いえ、もう一つ聞いて良いですか?」
「何かしら?」
「雅美さんにじゃなくて、南雲君にです」
「俺、か?」
項垂れていたのは少しでも体力を回復する為であり、顔を上げ見えるその表情はまだ疲れている様にも映る。だが、その瞳の輝きは出逢った時と全く変わらず強靱な光を放っている。そして少し気圧されながらだったが、遙は言った。
「もし、あの場所に雅美さんが来なかったら・・・・どうしたつもりなんですか」
「死ぬだけだ」
「なっ!?」
予想していなかったのは、半蔵と言う男がどんな考えをしていたか分からなかったから。そして今はそれ以上に疑問が頭に過ぎる。
「貴方は・・・死ぬのが怖く・・・ないんですか」
「お前は怖いのか?」
まるで分からないと言う風に返す半蔵が、ますます分からなくなる遙。
自分より年下と思い接したのは間違っているとは思う。そしてそれ以上に、今はそれが認められない。
まるで、死んだ家族を思わせるから。
それ故、感情を抑えきれないのだろう。
「怖いに決まってるじゃないの! 私だって死ぬのなんて怖くないって思ってたけど、けど・・・・」
思い浮かぶ情景は家族の死骸が横たわっていた時の映像。そして背筋に悪寒が走り後ろを振り返った時、何かを振り下ろそうとしている誰かが居たのだ。
その時、咄嗟に身構えら避けられたのは父親の方針で習っていた合気道のお陰だろう。そして振り下ろされた物、刀剣類の様な何かに付着していた血の滴りを見た時、頭の中の歯車がかみ合い、憎しみがこみ上げ刃向かう事が出来た。
だが、所詮素人と玄人では実力が違いすぎ、一撃を喰らわせる前に組み敷かれ掲げられた刃は鈍い光を放っていた。
その瞬間、感じた想いは、悔しさや家族を殺された哀しみよりも、死に対する恐怖だった。
その感じた感情を今でも悔しいと思う。
肉親を殺された事はどうでも良かった。だが、どうしても弟を殺された事だけは許せなかったから。
その為なら、死の恐怖など微塵も感じていない自分が居ると錯覚していたから。
そして父親に言われていた「お前が男だったら」と言う言葉が浮かび、自分が女である事にさえ憎しみを感じてしまったから。
だが、千尋に泣けば良いと言われ、心が和らいだのは自覚もし、今では出会えて良かったと思えている。生きていて良かったと思っている。
だから半蔵が「死ぬだけだ」と言った時、隣りに座る千尋や雅美の表情の変化を見逃さず、それに気付かない半蔵に怒りを覚えたのだ。
悲しんでくれる仲間が居る隣りで、平然と言ってしまう無神経さに対し。
だが、分からない物は分からないのか。やはり平然とした口調で半蔵は言った。
「俺は感情の起伏が無い様に育てられたんだ。別に不思議な事じゃない」
「そう言う事じゃない・・・・何故・・・」
自分の無力さと、やはり重ねているのかもしれないと言う事実が遙に言葉を失わせ項垂れる。そしてまた、半蔵の無神経な声が聞こえた。
「雅美、ここを頼む」
「?」
「俺よりあんたの方が適任だろ」
そして部屋を出た後、言いしれぬ感情が遙の中に巻き起こるが、それを諭す様に雅美が口を開いた。
「少しだけ、あの子の事話して良いかしら」
「何ですか」
分かってくれない相手の話などどうでも良いと思っているのだろう。口調には失念の色が浮かび、遙の表情は心底嫌と言う感情を表している。
だがそんな表情が分かっているにも関わらず、雅美は言葉を続けた。
「あの子ね、両親を目の前で殺されたのよ。その点は貴方と似ているかしらね」
「じゃあ・・・何故」
「言ってたでしょ? そう言う風に育てられたって。貴方に分かってあげられるの? 赤子の頃から、感情を全く表せない様に育てられたあの子の気持ち」
「そんな親が・・・」
「居るわよ。私の両親も似た様な物だったもの。ま、私はあの子と違って反抗して、最後には貴方と同じじゃないけど、弟も行方不明になったし」
「・・・・・」
過ごした時間の違いなのか。本当に時間だけが心の傷を癒してくれるのかどうかは分からない。だが、現時点で遙は雅美がそうやって心の傷を癒したのか、それとも傷など最初から無かったのかの区別がつかない。
そして雅美は構わず話を続けるだけ。
「だからまぁ、少しはあの子の気持ちも分かるのよ。本当は貴方が羨ましいってね」
「羨ましい・・・?」
「そうよ。貴方、私の医務室で泣いたでしょ? あの子は多分、今まで生きて、一度も泣いた事が無いんじゃないかしらね」
「そんな・・・・。それに死に対する恐怖と関係無い話しじゃ」
「関係あるわよ。あの子の場合はね」
確信があるのか。仕方なさそうに微笑む雅美の表情は、少し無理をしている様にも見えた。
「人格形成の基盤を作る、13歳まで、一切外界、とはちょっと違うのか。普通の人と会った事が無いのよ。悪意や憎しみだけに染まった人たちだけ見て育ってきたの。両親は半蔵を一流の忍びにする為に半蔵と同じ様な人だったらしいわ。そして両親と同じく、半蔵も死を恐れなくなった」
「何故ですか・・・・。誰だって死ぬのは」
「半蔵は何処かで死にたがっているのよ。受け入れるべき結果としての最終点は、誰もが死と言う終わりなのは事実だわ。半蔵の場合、それが早く来て欲しいと願っているだけ」
「だから・・・怖くないんですか?」
「ま、守る物が何もないって言うのもその理由かしらね。誰もが持ってる物を、あの子は持っていなかっただけの事よ。けど昔よりも大分マシになったのよあれで」
「・・・・」
「昔の半蔵、死にたがって居たし生きているのが嫌だった見たいだから。今は死にたがってるけど、生きても居たいって所かしら」
「そんな矛盾を抱えられる訳が・・・」
「あら? そうかしらね。んー・・・・生き物に出来なくて、人間だけ許された行為って知ってる?」
「笑う、事ですか?」
「遙ちゃん。生徒として優秀だけど、ちゃんと問題は聞かなきゃ」
「?」
「私は、出来る行為、じゃなくて「許された」って言ったのよ。もし人間だけが笑っていて良いなんて言うんなら、私たち人類って言うのはとても傲慢な生き物だわ」
「・・・・」
学校では教えてくれない事ばかりで、遙は少し面食らっていた。だが、それは隣りに居た千尋も同じだった様子で、少し驚いた顔をしている。
「千尋もそうだったの?」
「え、ええ・・・」
「ま、私も最初はそうだったからあんまり言えないんだけどねー」
仕方なさそうに笑い、雅美は頭を掻く。その胸中には昔の事が思い出されているのだろう。出逢って一日も経っていない遙よりも、その部分は千尋の方が理解は出来る。だがその雅美の表情は、何処かの誰かに何故か似ている様な気がして堪らないのだ。そしてその理由も分からぬまま、雅美は続けた。
「人間に「許された」行為は、二つの創造と想像、そして矛盾する事の三つよ。ま、「二つのソウゾウ」の場合は、音で認識して纏めて一つって見方が正しいらしいんだけどね」
「けど、それが何故人間にだけ許された行為なんです?」
「簡単よ。人類が辿ってきた道ってのは矛盾だらけじゃない? 平和を望むんなら、戦争なんか初めっからしなくても良いのに、禁じられている筈の殺し合いを合法化する様な場所さえ作っちゃったのよ? 戦争なんて銘打ってるけど、結局の所「殺し合い」か「一方的な屠殺」でしかない行為だわ。誰でも知ってるでしょ? 人殺しがやっちゃいけない事だなんてね。個人的なレベルで言えば、出来ない事でもやりたいと思うって事かしら。遙ちゃんだって家族を殺した人を殺したいと思ってたでしょ? けど、自分の何処かで相手を倒せないと分かっても、やっぱり「それでも」と言う答えにたどり着いてしまう。他の生物は出来ないと分かっている事をするなんて馬鹿げた行為は絶対にしないわ。認識していれば、の話しだけどね」
「馬鹿げた行為って・・・・人の気持ちはそんな「馬鹿げた事」じゃないと思います」
平然と言い放つ雅美の心境など、遙と千尋の二人は理解出来ないと言った風に落胆する。それは分かってくれていたと思っていたのだが、それが違っていたと言う、そして同姓だからこそ分かる気持ちもある筈なのだと言う認識を裏切られたと言う気持ちだろう。
だが、やはりそんな二人の心境の変化を見ても雅美の表情は変わらず、ある事を言い退けた。
「人の歴史って言うのはね、自然界から見れば矛盾だらけで馬鹿げた行為にしか見えないのは仕方がない事だわ。けど、どんな事に対しても諦められる反面、それでもと言う答えを出せるんなら、分かり合える道も辿れるんじゃないかしらね。それに、言ったでしょ?」
「?」
「人間だけが、笑える訳じゃないって。動物だって笑ってる時を、私たちと一緒に分かち合う事も出来るんじゃないかしら?」
しかし、その意味を理解するには、二人は若すぎたのかもしれないと、雅美はしばらくの間、居心地の悪い場所に居るのだと自覚しながら時を過ごした。

デスクに戻り、ぼんやりと目の前の資料を見つめるだけ。自分の仕事ではないのだが、相変わらず自分の机を占領しかかっているそれは、自分と大介の違いでもあると言うのが半蔵の認識だ。鬱陶しいと思った事もなく、別に殆ど使わない机なので迷惑でも無い。だが、基本的に物は整理し、出しやすく使いやすい形にしまう半蔵には、それがしっかり認識出来る物ではなく、ただの無駄にしか映らないのだろう。
気を紛らわす為にここに来たのだが、結局何処に行っても心境は変わらない事など分かっている。
気分転換などと言う行為は、本気でやらなければ出来ないと言う事を知っている故に、そんな事まで分かってしまうのだ。最も、今まで気分転換などと言う物を殆ど必要としなかった生活から見れば、珍しく、そして今の半蔵に取っては分からない行為に過ぎないのかも知れない。
正直、何もかもが変わらなくなってしまいそうなのだ。
自分の今まで過ごした人生の意味と、そして自分が求めている死と言う結末。
それを得られる場所など分かっている筈なのに、そうしないのは何故なのか。
自問自答が続き、結局それは答えの出てこない、出口のない迷路の様な物。
「どうかしてるな・・・・・」
溜息を吐き、今はこの事について考えない様にする。そうしなければ、また同じ過ちを繰り返してしまいそうなのだ。
あの時、自分が取った行動が結局同僚の家を使い物にならなくすると言う結果に繋がってしまったのだから。だから今度は、ここを守り通さなければならないのだ。
それが導き出す結果は単純な物。このビルの入り口は二つあり、表と裏の二つだけ。しかし、裏口は真悟の趣味の延長か、それとも仕事に必要な材料かは分からないが、中身の分からない段ボール箱が積み重ねられ使えなくなっている。そして入れる入り口さえ守れば、ここは守りきれるだろう。
多少の例外も確かに考えられた。ヘリで襲撃されれば、屋上から攻め込んでくるのは当たり前。武器弾薬があるなら、いきなりミサイルでもぶち込んできそうな気もする。だが、流石に平和主義者とは言え、日本でそれだけの馬鹿げた事をやる連中なら、自分の国では既に捕まっていても可笑しくないだろう。
そんな事を考えながら階段を下り、そして事情など明らかに知らない顔の大介を見た時、何となく気を張っている自分が馬鹿に見えるのは半蔵自身考えすぎだと分かっている事。だが、その手に持っている、と言うべきだろうか。抱えていると表現されるかもしれないファーストフードの大きな袋の中からは嫌になる程の焼けたジューシーな肉の匂いが漂ってきていた。
「お? 半蔵か? 少し手伝えよ、これ差し入れだとさ」
「誰から」
「そこで真悟と逢ってさ、持ってけって言われたんだよ。社長が喰う分が殆どだけど、お前も腹減ってるだろ?」
「何か聞いたか?」
「いんや。だが、状況だけ考えりゃ切羽詰まってる事位分かる、さ。で、どうでも良いが早く持ってくれよ」
「ああ・・・・」
そう言われ、どうやってバランスを取って持ってきたのか分からない紙袋を片方持ち、それをデスクまで届けた所で自分の分を取り出す。
「で、お前がここに居るって事は、なんぞあったのか?」
「千尋の家が襲撃されたんだ。俺のミスだよ」
ハンバーガーを囓りながらそう言い、それ以上何も言いたくないと無言の訴えを視線で投げかける。だが、長い付き合いの大介だから気兼ねせず、否、無神経を装い言えるのだろう。
「真悟の言う通り、俺の出番まで有りか?」
「・・・・・」
「とにかく俺の情報纏めた資料を直ぐに仕上げるから、それ喰ったら持ってけよ。後、その様子じゃ喧嘩でもしたのか?」
何を話した訳でもないのに、大介には分かるらしい。その辺は流石何人も彼女を持つ身と言った所か。そして多分、半蔵初めての誰かとの喧嘩、と言う行為でさえ見抜ける辺りは、大介でしか出来ない芸当だろう。
大介からしてみれば、単に分かり易い顔をしていただけと言う心境ではあったが。
そして暫くの間、部屋の中には沈黙が流れ行き、大介のペンを走らせる音だけが響く。街の雑踏などと言う物は遠くにしかなく、落ち着くには良い場所だろう。それ故、半蔵は何とかして自分の中にあるもやもやを取り払おうと冷静になって様々な事を考えるが、結局の所答えなど見付からず、大介の声が聞こえる。
「ほら、これと差し入れ持って行って、しっかり謝って来い」
「何を謝るんだ?」
やはり分からないと言う顔をして答えるだけの半蔵だったが、大介は溜息を一度だけ吐き、笑いながら答えてやる。
「今のお前なら俺でも倒せるぞー?」
「・・・・」
何時の間に用意していたのだろうかと思う程、大介の行動は早かった。得意武器である鋼糸は既に半蔵の首を一周し、いつでも斬り落とせる用意すら出来ている程なのだ。
「いつものお前ならこんな攻撃避けられるだろ? 次の襲撃でお前の戦力無しでやるのは俺も御免なんだよ。さっさと解決して来い」
ゆっくりと鋼糸を解きながら仕舞い、やはり溜息混じりの声を出す大介。だが、そんな物で解決するならば半蔵も既にこんな腑抜けた状況ではなかっただろう。それ故、大介にのみ、一度だけ見せた事のある表情で言う。
「俺は・・・どうすれば良いんだ?」
大介に取ってその顔は、年相応と言うよりももっと幼く見え、そして今まで一度しか見たことのない表情でもある。
一度目は初めて出逢い、半蔵の両親を殺した組織を二人で潰し、その時にどうするべきか分からなくなり聞いた時、半蔵は紛れもなく道に迷う子供の表情をしたのだ。本人の意思も関係なく、そう言った表情が出来るのは両親の育て方が良かったのか、それとも半蔵自身が勝ち取った感情なのかは分からない。だがほぼ初めて、自分と年齢が近い異性と触れあう事で半蔵も変わり始めていると言う事だろう。それが良い風に変わるか、悪い方向へ向かうかは分からないが。
それ故、大介は一度目とは違う事を言う。
「そう言う事は人に聞くもんじゃねぇよ。人の気持ちが少しでも分かるんなら、それを汲んでやれば良いだけだ、自分を曲げずにな」
現時点で、それを直ぐ見つけられる程、半蔵が成長しているとは大介も思わなかった。案の定、突き放されて辛いと感じるている半蔵は、成長したと言うよりも弱さが出てきたと言う証。だが、それを持って尚、強くなれる人物が本当の強者だと言う事を大介は知っているのだ。
だが半分以上、いや、もはや心底家族だと、血の繋がらない弟だとすら思っているからこそ、本来言わなくても良い事まで付け加えてしまうのだろう。
「相手の身になって考えるのも良いさ。だがお前にんな事分かる訳ないだろ? でも、それでも分かりたいと思うんなら知る事から始めろ。人の話し聞くのはお前の特技だろうがよ」
半蔵と丁度同年齢の友人が沢山居る大介だったが、人の話をまともに聞くと言う事の意味まで分かって居る人物は今まで出逢った中では皆無だった。喋る事だけで人を理解しようとした所で、他人の何も分からないのにそれを続ける様はばかばかしく映るのも当たり前。それが出来るのは、本当に人生経験が豊富な人物しか出来ない事であり、人の気持ちが分かって居なければ喋る事の意味など、楽しむだけでしかない行為。それがどんなに難しい事かも分からずに、知ったかぶりする年齢でもあるのだ。
その面で半蔵は喋らないと言う事しか出来ない、不器用な人物なのだろう。だがその反面で、人の話はしっかりと聞き、自分の為に役立てる事の出来る力も持っているのだ。それが例えどんな憎しみの籠もった言葉だろうと、役立てて来たのだ。そればかりの人生であり、そして此処に来てからそれが変わり初め、まだだから優しさの籠もった言葉に慣れない故に、迷っているのだ。
だから雅美はもちろんの事、大介も、多分千尋も龍哉も、そう言った半蔵を助けてあげたいとも思っているのだ。いつも冷静な判断で、キツイ言葉だがしっかりと問題点を指摘して貰っている故に。
だが、大介はそう言った自分を見るのが照れくさいのだろう。それを隠す為に怒鳴り散らす様に言う。
「ほら、さっさと行け! 仕事中にする話しじゃねぇよ。外の警備はやっとくから今度はしっかり守ってやれ。男だろ?」
「・・・・」
まだ、半蔵の表情は僅かながらでも分からない物。糸口も見付からず、大介の言葉も役には立っていない。
だが、それでこそ人間らしいと言えるのだ。
そして半蔵の出ていった後、また溜息を吐き大介は一人呟いた。
「さてと、今回は少し辛いだろうなぁ・・・」
頭の中は既に仕事用の思考回路へと移り変わり、どうすれば良いのかと言う答えを求めて奔走する。
半蔵に渡した資料にも書いたが、今回の相手は少々妙な行動を取っているのがどうしても気になるのだ。依頼者の前や他の社員の前では絶対に口に出来ないが、鬼頭忠司と言う人物を殺せば、相手方にしてみればそれで良いだけの筈なのである。だが、それでも尚、鬼頭遙に執着するだけの何かがあると言う事だろう。本人が知っているか知らないかに関わらず。
その線で、まるで雲を掴む様な情報収集だったが、二つだけ分かった事があったのだ。
その一つが遙のプログラマーとしての腕だった。
霧島学園は去年からだが、共学へと業務変更した際にコンピューター関係の学科も置いたらしく、遙はそこに所属し、そこそこの成績を収めている。しかし、そこは一般人とは違い、何かを感じ取った大介。直ぐさまインターネット関係の情報を扱う情報屋に頼み、鬼頭遙、もしくはそれに付随する情報を検索して貰った結果、大介の勘は見事に的中したのだ。
親も親なら子供も子供と言った所か。遙の父親である忠司氏が警察のかなり危ない仕事に就いている事、そしてその仕事内容が昔ながらに言う忍者などと言う、馬鹿げた事をやっている事は掴んでいた。大介はその情報を先に仕入れていたからこそ、もしかしたらと踏んだのだが、遙にも忠司氏と共通する何かがしっかりとあったのである。
それはインターネットをするならば一度は聞く名称であり、遙のご多分漏れずそれを聞き興味を持ち、その挙げ句自分もなってしまったと言う所か。ハッカーと言う行為をしていた所だけを見ればかわいげのある、少し頭の良い子供とだけしか認識出来ない。やっていたのも犯罪と言うより、ただのファイアウォールと言う、簡単に言えばインターネット場にある仮想現実空間の中で表現される壁を破る事のみを専門とするハッカーなのだ。それ故、中の情報を誰かに見せたりする訳でもなく、ただ、破る行為だけに熱中してその情報を売ったりしていなければ、何処かの掲示板にただ「ここもクリアしたよ」と言う単文だけで構成される情報を流すだけだった。
だが、最近普通のファイアウォールを破るだけでは飽き足らなくなってきたのだろう。好んで難しいとされる壁を選んではそれに挑戦し、ことごとく勝利を収めていったのだ。そしてある会社のコンピューターに到達し、今までやっていなかった過大な情報公開をしているのである。
これは情報屋の腕に感謝する事であり、遙のハッカーとしての欠点まで分かる程のプロだから分かった事。
それは遙がある会社のコンピューターに進入し、そこで見た情報が武器密輸に関する情報だったらしいのだ。そしてご丁寧に遙はその取り引きされる場所まで調べ上げ、それが国内で起こる事ではないが故に、事件の起こるアメリカのFBIに匿名のメールでその武器密輸に関する情報を全て流したのだ。そしてその片方の、武器を流す方の組織の名前が「NIGHT SHADOW」と言うのである。
だが、大介がこの情報を仕入れられた通り、やはり遙のハッカーとしての腕は大した事はないらしく、その情報はハッカーとして有名な人物には殆ど筒抜けだったのだ。そして「NIGHT SHADOW」のメンバーの誰かがそれを見て、わざわざ殺しに来たと言う事だろう。その上、鬼頭忠司氏殺害に関する事もあったのでついでに殺しに来たと言っても過言ではない。
だが、相手方の組織からしてみれば、たかがハッカー風情、それもたった一人の小娘に情報を流されたとあっては面子も丸つぶれと言った所か。二度とこういった事が起こらない様に見せしめに殺してやろうと言う考えなのだろう。その次に仕入れた情報に寄れば、一度遙のその腕を「NIGHT SHADOW」が買って仲間に引き入れようともしたらしく、遙は元来正義感でも強いのか。その返答をコンピューターウィルスを送りつけて返したのだ。この情報は面白半分に遙が至る所に流していたので分かっていた事だが、これが「NIGHT SHADOW」が遙を殺害するに至る一番の理由だろうと大介は考えている。
この事が分かった時、とんでも無い18歳の娘を依頼人にした物だと思ったが、それ以上に気になる事が大介の中には生まれていた。
それは遙のハッカーと言う行為ではなく、その公開した情報の中に幾つか登場した「MEDIATOR」と言う単語の事。日本語訳すれば、調停者と言う意味なのだが、原文そのままで公開していた情報にしては、そんな単語が出てくるのは大介にはどうしても不思議に感じられて仕方がなかったのだ。
そしてついでにその「MEDIATOR」と言う単語に関する情報を検索した所、かなり危なげな情報が見付かったのだ。
過去、一度だけ「MEDIATOR」と呼ばれた人物が居たらしく、それを大介の隣りで調べ上げた情報屋もその情報を見て驚いたのは当たり前の事。何せ第二次世界大戦終戦直後、その直ぐ次に勃発しそうだった第三次世界大戦を起こさせなかった人物と言う情報があったのだ。それ以外にも、世界中の至る所に「MEDIATOR」と言う人物は出現しているらしく、CIAやFBIと言った国家機関からテロリスト関係の情報欄にさえ、要注意危険人物として認識されているらしい。
だが無論そんな事を信じられる筈もなく、大介は無論疑って掛かった。たかが人間一人に戦争を終わらせられる程の実力等ある筈も無いのだから。
だから今も、そのことに関して眉唾物としか大介は認識していないし、信じる気も毛頭ない。だが、もし本当だった時の事を考えれば、そんな連中を相手にするのはかなり疲れる事は間違いない。
「・・・戦争終わらせた相手に勝つつもりかよ、俺」
正直な所、勝てるとは思わないのは当たり前だろう。そう言った辺りは、既に信じ始めている証拠かもしれない。何せ「NIGHT SHADOW」に関する情報によれば、組織内にも「MEDIATOR」と呼ばれる奴が居ると言う所までは掴んでいるのだから。だから本物であれ偽物であれ、注意するに越した事は無いのだ。
「さてと・・・」
自分愛用の武器である鋼糸を手元から引き出し、少し集中してからそれを振るい、勝手に大介が着けた名称だが風鳴りと言うだけあって斬る様な音が一瞬響く。そして落ちたのは殺風景な部屋の中にある、花瓶の中にあった一輪の花の花弁だけ。
「鈍ってないけど・・・こんな大道芸で勝てる相手かねぇ・・・」
頭を掻きながら、考えているのは敵がどんな輩かと言う事だけ。既に会社の周りには罠を張り巡らしてあり、だがその反面で完璧に進入される事を防ぐ事は出来ない。だが罠の意味は進入をさせない為ではなく、それを確認する為にある故、仕掛けるだけの意味はある。
だが、自分一人で防ぎきれるかどうかと問われれば、彼は正直に無理だと答えるだろう。そして助けて欲しいのが正直な所だが、半蔵は実力の半分も出せない状態であり、様子から察するに、千尋も無理だろう。雅美や真悟、龍哉に頼むと言う事も出来るのだが、雅美は半蔵、千尋、そして依頼者である遙の面倒を見なければならないし、真悟は野暮用が出来たが直ぐに帰るとは言われた物の、結局何処に行くかを聞いて居る訳ではなく、龍哉も同じ様な状態。それ故、自分しかまともに動ける者が居ないのは事実。
「はぁ・・・・ホント、誰ともタイミング合わないね、俺も」
昔はそんな事は考えもしなかった。
考えたとしても、自分は自分、他人は他人だと割り切る事も出来た。
だが、様々な人物との出会いが大介を成長させ、それ故の弱さも生み出したのだ。
その反面、強さもまた持てた事も事実であるが。
「あー・・・俺も誰かとシンクロして見たいもんだね。俺をこう、ぐっと来させる女って居ないもんかな」
苦笑しつつ、探し求めている物の答えを言った所で、まだ答えが出ない事は分かっている。
しかしそれでも尚、求めてしまうのは子供故だろう。
良い意味でも、悪い意味でも。
だから諦めた様な考えと、本当は諦めていない真逆の心とを持ちながら彼は言うのだ。
「何にせよ、今回で稼がなきゃ今月苦しいよなぁ。調子乗って車なんぞプレゼントせにゃ良かったよ」
だが、結局の結論は、そこに行き着く辺り、大介らしいと言えばらしい。
そしてそれが大介に取って、生きる意志の証と言う物でもあるのだ。
だから死地に赴く時でさえ、彼は苦笑していられるのだろう。
だが、今回、本当に死ぬかもしれない状況になろうとは、この時の大介には分かる筈もない事。
そして既に陽は落ち暗闇が支配する星空と、徐々にそれを浸食して行く暗雲だけがそれを知っていた。
その一方、既に雨が降り始めて居る市街地の寂れた場所で龍哉は真悟と落ち合う約束をし、約束の場所である暗がりのバス停で彼を待っていた。
だが、その形相はかなり危なげに感じられる物で、何処か笑っている様にも見えるその表情は、その反面で狂気をも匂わせる雰囲気がある。手に持っては居ないが、その胸に忍ばせた大型拳銃もその現れなのか。その他にも只の背広姿に見える中に様々な武器弾薬が隠してある。
その理由は、松戸一也と言う、親友から貰った六道真悟に関する情報であった。
三年越しで、よくぞそこまで調べてくれたと言える程の情報量には驚いたが、そこに書かれている物が龍哉に取って最初、真実だとどうしても信じられない事ばかりだった。
内容を要約すれば、六道真悟と言うのは偽名であると言う事、第三次世界大戦を止めた一人である事、「MEDIATOR」と言う二つ名を持っていると言う事とそして、過去に様々なテロリストや犯罪集団、挙げ句の果てに暴走しそうになった国をも壊滅させた事もあると言う事だった。しかし、そのどれもが龍哉に取って価値のある物ではなく、探し求めていたのは只の一行にあった一文のみ。そしてそれはしっかりとそこに記されていた。
それを探し、龍哉は幾多もの傷を作り、幾つもの屍を乗り越えてきた。
ただ、自分の過去を清算するために辿った道としては、もはや人の領域を越えていると言っても過言ではない。
会社で見せる、間抜けた社長と言う人物は所詮自分を押さえる為の仮の姿であり、現在そこに佇む、悪鬼羅刹の様に冷たい表情をした彼こそが本当の姿なのだ。
だが、そもそもの発端は彼の殺された妻が原因。それ故、彼にとってどんな行為であっても、答えにたどり着く為の行為は容易く感じられるのだろう。
そして死んだ妻の笑顔を思い浮かべ、それが消えた瞬間、龍哉は口を開いた。
「少し、待ったよ。真悟さん・・・・いや、不知火(しらぬい)さんと言った方が良いかな?」
「・・・・・」
姿を見なくとも、気配だけで分かるだけの鍛錬も積んである。だが、そんな鍛錬など必要としなくとも、気が付いてみれば分かった筈だった。
初めて真悟と出逢った時、雅美が隣りに居たから分からなかったのかもしれない。
だがこうして、暗闇の中に二人だけの空間であれば誰にでも分かるだろう。
そこに居るのが、人であって、人ではない存在だと。
「その名前知った上での用件とは何だ」
「相変わらず冷静な口調だけね。貴方は」
振り返りながら見る真悟の、いや、不知火と呼ばれる者の表情は暗闇と雨音に消されよく見えない。だが、その筈なのに、ハッキリと伝わってくる圧迫感と身体が感じている緊張感は消される筈もなく、龍哉に取ってはそれ故、相手の顔も表情も形も分かる。
そして決心が鈍らない内に、質問したい事を聞く。
「単刀直入に聞くけど、君が本当に不知火と名乗るMEDIATOR(調停者)なんだね」
「まぁ、な」
「じゃあ、覚えてないかもしれないけど、新谷薫(にいたにかおる)って名前に聞き覚えはあるかい?」
「・・・・ああ。あるさ」
そして沈黙している間が永遠にも似た時間に感じられ、それを終わらせる為の答えを聞いた途端、龍哉の身体は残像を残し既に動いていた。
それだけの領域を持つ事が出来る人間など、忍びとして鍛え上げられた半蔵ですら無理だろう。彼の場合足りない部分は、まだ感情に任せて得られる強さを持っていないと言った所か。そして龍哉はそれをも持ち、しっかりと体得している。
それ故の速さは気配すら残像と一緒に置いて来ると言う途轍もない物。ただし、それ故の欠点もあるのだが。
『残弾数は96発・・・』
冷静ではなく冷徹な声を頭の中に響かせながら握る銃身は固く握られ、それが龍哉自身の意志を現す様。フルオート連射ではなく、マニュアル操作にしてあるのも龍哉自身の速さが銃と言う構造上の物を越えている為。
そして雨すら止まって見えるテリトリーを得た中で、静かな戦いは幕を開けた。
[NEXT]