街に入る前にやる事と言えば、殴られた後を隠すワケではないのだが、顔に包帯を巻く事。

 もう、八年も続けている事だから慣れはしたが、この南方地方でそれは自殺行為なのかもしれない。

 最も、顔が売れている、と言うよりも、オッドアイ。色違いの目は確かに人の気を引くのだろう。自分の記憶の手掛かりであるこの左の金色の眼と、右浄眼の青い宝玉の様なそれは、自分の記憶が途切れた時から誇りから、罪の証に変わったのだ。

 そしてこの南方地方で、自分の二つ名は発祥してもいる。

 それ故に、

「全く、行きも還りもアンタ面倒だ」

「すまんな不器用で。面倒をかける」

「そう想うんだったら少しは器用になれば? 全く、八年も巻き続けてる割に成長しないんだからさ」

 やれやれと言う口調であっても、少女がそれをしてくれるのだ。

 自分とは違い、言うだけあって器用極まりないその手つきはあっと言う間に自分を「対魔(ツヴァイ・ファルベ)」から病人へと変貌させる。

 流石に顔全部を包帯でぐるぐる巻きにしてある様なモノに対しては、誰もが一度は見るモノの、直ぐに目を背けるのだ。確かに店などには入りにくく、西方などでは居るだけで暗に出ていけ等と陰口を叩かれたり、難癖付けられて絡まれたりはするが、自分の二つ名を言って襲って来る事はまず無い。

 お尋ね者の賞金首、とまで行かぬモノの、一応ハンターギルドから仮申請されたブラックリストに載る犯罪者ではあるのだ。

 それ故に、この格好。

「ホント、中身は結構良い男なのに台無しだよ」

 本気とも冗談とも取れない様な表情で言うモノだから、笑うしか反応出来ないがそれで十分。

 彼女には自分の事を好きに言う権利があるのだ。

 街に入った所で、自分は素顔を晒していれば犯罪者と言う追われる立場であり、顔を隠していれば忌み嫌われる病人に過ぎない。自ずと、彼女が食料や武器の調達までしてくれるのだからそれくらいは何でもない事なのだ。

 最も、彼女は何処かそれが満足出来ない様な口振りではあったモノの、十代前半くらいの歳からずっとこの生活を続けている自分に取ってはそれが精一杯の出来る事。

「じゃ、行くからちゃんとそこで待っててよね」

 街の入り口で自分は止まり、クレアは何度も何度も自分の姿を確認しながら店へと行く。

 そう言う部分は、姿通りなのだなと何度も想ったが、彼女とて姿が変わらないと言う、半ば呪いの様なモノのためにキズを持っているのかもしれない。

 だから、彼女の姿が街角に消えるまで、それを見やる事は止めない。

 言葉で解決できるモノなら十年も共に旅をしてきたのだ。とっくの昔に解決出来ている。

「本当に、無力だな俺は」

 喉の奥で笑う癖も、彼女が居る時には出来ない。

 顰めっ面になる位ならば気にする事も無いのだが、彼女自身気付かなかった筈だ。

 自分がそんな微笑とも嘲笑とも分からぬ笑みを浮かべた時、瞳の奥に哀しみと凄まじい憎悪を抱き、無理矢理かき消した事など。

 そして街の門から少し離れた場所に腰掛け、後は彼女の帰りを待つだけだ。

 相変わらず、南方の空は嫌と言う程晴れ渡り滝のような汗が止まりそうにも無かった。






































アナザー・ナイン・ファンタジー■ACT:BLUE COMPENSATION





































 空を見あげながら考える事はろくでもない事ばかり。

 かと言って、地平の果てまで続く暑苦しく陽炎が立ち上っている荒野を見るのももはや飽きた。

 この南方は、大陸中で一番虚しい場所だとは誰であろうと想う事だろう。

 何故、このような場所に住もうと想ったのか。

 祖先に移住民を持つ彼らに問うた事は無いが、その本当の理由など殆どのモノは知らないだろう。

 そして自分もその一人。

 まだ、気候の、こことは正反対の北にある国々の方が納得が出来る理由はある。

 昔からアルフェイザを初めとする北の国々は荒くれ共の巣窟だったと聞く。それこそ、皇都が出来る前から。飽きもせずに戦争を繰り返し、一体何億人と言う数が命を落としたのだろうか。途方もない時間の中で失われた命と引き替えに、彼ら彼女らは他の地域では見られない程の強靱な体躯を会得している。

 それ故に、賭け試合が行われる大小様々な闘技場では傭兵達が日々の糧を稼ぎ、熟練ハンター達はアルフェイザから西に向かった所にある漆黒の山脈でその腕を鍛えるのだと言う。

 イメージ的には、と言うより殺人が罪に問われる事がおかしい、等と言う国しかない場所ではある。無論、それに対し嫌悪感を露わにするモノも多数居るであろう。

 だが現実にその場所に行き、酒場にでも入れば分かる筈だ。

 あれが彼らの文化なのだと。

 無論、悪人も居るが、その殆どは小悪党に分類される雑魚ばかり。女、子供であろうと北の国々、または大地で生活しようと言う覚悟ははなから出来ているのだ。今まで出逢った傭兵の中で一番若かったのはまだ十にも満たない情報屋。その日暮らすにも事欠く稼ぎしか無いのだろうが、それでも笑って居られる精神はどの国よりも強靱だと言える。

 皆が皆、極寒に近い気候があるとしても心の炎でそれを跳ね返し生きて居るのだ。

 西の国の戦争孤児も、南方のあぶれ出てくる子供達も、そのどちらもが殆ど笑顔を見せない者達ばかり。

 命を懸けて、一日を生きている北の子供にあるモノがこの国には無い。

 そこまで考えた所で、これでは元の木阿弥だと溜息を吐いた。

 何せ、滝のような汗を止める方法は影にでも入れば良いのだが、それ以上の方法となると金がかかる。

 北の寒空でも思い浮かべて居なければ正直やって居られない。

 発汗作用を調節する事も出来るのだが、下手に汗を止めて身体が熱を持ったままになれば倒れるだけで馬鹿になるだけ。最悪、それだけで死に至る事もこの地では珍しくは無いだろう。

 門に出入りする商人達や、時々見え隠れする小間使いの少年少女達。

 後は色彩だけは煌びやかな南方特有のタペストリーが家の外にありそれを眺める位しかやる事は無い。

 やはりこの国の気候だけは好きになれないと、また溜息を吐く。

 時間を潰すにもこの場所を動く訳にも行かず、かと言って動けば熱くなる一方の身体は鬱陶しくて適わない。

 包帯など外してしまえば良い、と昔クレアが言った事があったが、ローブも纏わずこの熱い空の下に何時間も居るのであればそれは脱水症状になりたいだけの阿呆としか言えない。包帯がそれの代わりをしているのだから、それだけではなく自分の顔も隠してくれているのだから外す訳にも行かない。

 だんだんと思考を纏めるのも面倒であり、意識だけを閉じて暫く寝ようと想った時、耳に飛び込んできたのは誰かの怒号だった。

「なんだ・・・?」

 先ほどまで気付かなかったが、空き家の壁だと想っていたその中に人が居たらしい。

 一般的な家族であれば、母親が子供を叱りとばして居るのだろうとも想うが、生活の匂いがそこに無い事など十二分に承知した上でここに腰掛けたのだ。そうでなければ住人に迷惑が掛かるのも分かっての事。

 ともすれば、小声で最初は話していたのであろう、数人の男達の素性はあまり真っ当とは言えない。

 人気のないそれこそ片田舎、そんな場所でオトナがする会話と言えば、浮気の現場か犯罪の相談と相場が決まっている。ご多分漏れず、この連中もそれに当てはまる様だった。

 だが、かといって関わり合いになる気などさらさらなく、このまま気配を殺したまま居れば別段問題も無く時は過ぎるだろう。眠りたいんだ、早くしてくれ等と頭の中で呟きながらも、声は嫌でも耳に入って来る。

 だがそうも言って居られない単語が飛び出し、彼は微睡みかけた意識を覚醒させた。

「じゃあ誰を使うと言うのだ貴様は」

「簡単だ。この土地で一番名の知れた悪人を使えば良い。それこそ、ジャックナイフか対魔のどちらかをな」

「冗談じゃない! ジャックナイフならいざ知らず、ツヴァイ・ファルベにまで協力を仰ぐ気か!? とても正気の沙汰とは思え・・・」

「あまり大きな声で叫ぶな鬱陶しい。貴様が一番この話を聞かれて困る立場ではないのか?」

「全く、だから商人は胡散臭せぇって言ったんだ俺は。腰抜けが多くちゃ話が面倒になりやがる」

 こんな所で自分の名前が出てくるとは想わなかったが、次々にまるで討論になる様に喋る男達は明らかに良からぬ事を考えていると、そこいらの子供でも分かるだろう。

 自分の二つ名もさる事ながら、ジャックナイフと言う二つ名は南方最強の暗殺者なのだ。誰を殺すにしろ、そんな輩に何か頼み事をすると言う時点でこの連中も悪人と決めつけて良いだろう。

 話の口振りから聞いて居れば、頼む事が出来る男も何人か居るらしく、それも南方人としては奇異だと言えた。

 口振りだけではなく、発音から考えても南方出身者じゃないのが何人か居るのは確かな事。

 そんな連中が集まって何を企んでいるか分からないが、と、そこまで考えた所で止める。

 自分が口出ししてこの連中をどうにかしようと、得など何処にもない。

 正直、こういう連中に関わればそれだけ嫌なモノを見る回数も増えるのだ。そしてそれを確証付ける様に、中の男の一人は言った。

「そのていたらくで貴様は皇都に戦争を仕掛けるつもりがあるのか?」

 正直、そんな連中の話を偶然聞く事になった自分の境遇を呪いたくもなるが、幸い、窓がある壁ではなく、背にしているのは全て壁だ。

 気配を殺し、音をも殺し動ける自分はこれ以上ここに居るべきではないと判断して逃げられる事も幸いなのだが、動こうとした身体が立ち止まったのには理由がある。

 誰かが、部屋の中に入った途端、空気が変貌したらしい。

「・・・・、・・・。・・・・・」

 そして途端、声が聞こえなくなったのはその人物が中心となっている首謀者であると言う証。

 その上、滅多にお目にかかれない程の実力を持っているらしい。

『賞金額は・・・20万って所か』

 ハンターギルドがどういう基準で賞金を決めているのかは知らないが、それでも気配と実力を見極めて大体の検討は付けられる。

 何せ、自分が金を稼ぐ方法はこれしかないのだ。

 ブラックリストの犯罪者が賞金首を狙う等、これ以上ない皮肉であろうが、その内自分も間違いなく賞金首になる事も分かっている。

 それまでに、稼げるだけ稼いで置かなければ好きでもない暗殺者や、それこそこんな悪巧みをしている連中の手先となって動かなきゃならなくなるのは正直、勘弁して貰いたいだけだ。

「・・・・・」

 そしてハッキリと聞こえなかったが、どうやらこれで相談は終わりらしく、気配がちりぢりになって行くのが手に取る様に分かる。

 無論、自分の狙おうと想っている人物の気配は逃がすつもりはなく、街の外に出たとしても見失う心配など無い。

 腹の足しにする為、獣を幾十里と離れた場所から小石一つで仕留める様な芸当が無ければ、四魔境を何度も行き来は出来ないのだ。

「迅徹ー?」

 丁度良いタイミングだ、と頭の中でつぶやき、視線だけで彼女にそこを動くなと告げる。

 半ば、仕事の合図となったそれは長いこと続けている故にできる事。

 気配を消したまま近づいてくる少女には未だに慣れぬ物の、それだけでまだ自分は少女に遠く及ばない事も認識させられる。

 何せ今まで戦い、殺し合い、辛うじて生き残ることが出来た、と言う相手であれ彼女と比べればこそ、善戦できたと言う物。殴りつけるような、いや、殴られる方が遙かにマシと思える殺気でさえ、いったい何を食べればそんな事が出来るのか分かった物ではない。

「・・・なんかよからぬ事、考えてんでしょ」

「気のせいだ」

 冷や汗を掻いたところで、汗まみれの今の状態ではそれが何の汗かは判別しきれない。しきれる訳がない。正直、口や思考、表情で物語らなくとも目がそれを云っているのではないかと肝を冷やしたが、彼女の一言で現実に引き戻された。

「で、どれやんの」

「ああ・・・ああ?」

 だがまた、実力の違いと言う奴を見せつけられなければならないらしい。

「ああ? じゃないよ全く。さっき買い物行った時に五、六人だけど賞金首見かけたよ?」

「高値の奴の首が一番良いんだが」

「一千万が一人居たけど、それやんの?」

「・・・・」

 馬鹿にした嘲笑を向けられるも、致し方のない事だ。正直、そんな化け物とやり合って生き残る確証など何処にもない。

 ハンターギルドに賞金首として自分がその名を連ねたならば、その賞金額は精々700万と言った所だろう。それでも中堅には位置するのだが、誇りにもならない事をわざわざ公言する気にもならず、南方でしか対魔の名が知られていない故に、中央にあるギルド本部が正式な賞金首にしないだけだ。言い換えればそれが実力の現れと言っても良い。

「600万台の奴が居れば、それが一番都合が良いんだがな」

 それ故、20万の小物などは捨て、当面の生活費に困らないだけの余裕を持って置きたい、と言う金額を提示したのだが、自分の姑息な手段など見抜かれていたらしい。

「居ても知らない。私は一千万と五万ぽっちのちんけなのしか『知らない』からね」

 もし彼女に賞金がかかったならば一体いかほどになるのか、と考えるが、考えるまでもないだろう。

 ブラックリストに名を轟かせた賞金首一位の「死神のジェイル」でさえ越えてしまうのだ、彼女ならば。

 そう言う相棒がして心底安心すると感じた事はないがどうせなら、ムサイ相棒を選ぶよりかはこんな女の子を仮にも守っていると見られるだけ、マシと言うモノである。

 性格が如何に凶悪であろうと、どんな非常な面を見せたとしても、彼女がどれだけの歳を取っていたとしても。少女である形の旅先でその街や村、集落などの子供達といつの間にか笑って遊んでいる彼女がそこに居るのだ。

「・・・またミョーな事考えてんでしょ」

「そうでもないと想うんだがな。分かった、その一千万の首を頂こう」

「そうこなくっちゃ男の子っ」

 弱いままでは役立たずのまま。それならば鍛えてしまおうと言う方針で彼女は自分にそんな事をさせるのだろうが。

 嬉しく思った事はない一方、やはり感情をあらわにして否定するほどの事でもないと思うのが現状だ。死ぬわけでもあるまいし、と言う訳でもないのだがそれこそ、幾度と無く死にかかった事はあるが故。彼女の手加減の無さは自分が一番知っているつもりだ。

「じゃ、どーする?」

 そして、彼女のこのセリフ。

 幾度聞いても飽きないのは、自分が彼女を欲していると素直に頷いても良いだろう。無論、性的欲求だの何だのと言ったモノではない。

 戦いに出る前の洗礼の様なそれは自分に取って戦い方を選べる時間なのだ。

 何より、自分に取ってではなく彼女に取っても同じ様な意味合いを持ち、履き違えた瞬間、

「今日は、これで行くさ」

「おいさ。」

 どうなるのかはまだ試した事は無いので分からないのだが。

 多分、としか言いようがないのだが、彼女自身を扱う事になると言う事は、周り全てを見なくなってしまう、即ち、心を閉じるのと何ら変わらないのだ。

 それこそ、自分と途方もなく実力のかけ離れた相手でなければ彼女自身を、ラグナロクを扱う等、取るに足らないと言う事。

 いや、違う。

 彼女に扱われる媒体として、自分の身体事提供するに値しない、と言うべきか。

 今まで、たった数回だ。十もない回数しか彼女とまさに文字通り「共に」戦った事は無いが、分相応の力ではないと言うのが自分の意見なのだ。それは後十年経とうが、百年生きようが変わらない自分の強固な意志。

 威力がありすぎる、と言うのも理由の一つには違いないが、彼女を扱い、自らを操られていると言っても過言ではないその時、自分は何処にも居ない。何故そんな弱い自分を、と、問うた事はない。

 聞くだけ野暮と言うモノだから。そしてその程度の言葉しか出てこない自分であるからこそ、

「相変わらずさぁ、趣味悪いよねソレ」

「ま、そう言うな。コレが一番、な」

 彼女に渡し、鍛え直したてのそれに手をやり装着する。

 それは自分の腕ほどの長さの細身の剣、と言っても良いかもしれない。レイピアよりも太いが、長剣よりも細い。

 そうでなくてはならない理由は、その片刃の剣が五本もあるから。

 グローブの外側、指の付け根から生える様にして伸びるそれは自分に取って一番扱いやすい武器。

 趣味が悪い。確かにそうだろう。まるで獣の爪の様なそれは人を殺す為と云うより、苦しめる為、と言った方が使用途に広がりがある。

 どうしてそんなモノを扱うのか。それこそ、ナックルガードやいっそのこと剣、刀、長剣、等に持ち替えても良いのに。それはクレアに何度と無く言われ、相手の顔が恐怖に染まり全てが終わった後。自分が生きていた時に投げかけられた言葉。迫害される象徴をわざわざ作らなくとも良いじゃないか、と、それは至極当たり前の事を彼女は言っているのだ。

 だがこれで戦っている時だけは、相手の視線から自分の瞳が消える。視線を合わせなくて済むのであれば、自分の中に渦巻く何かが出てくる心配も無く、戦い、そして殺せるから。

 もし賞金首を殺して首だけ持って来ると言う条件じゃダメと言うのならば、自分はとうの昔に死んでいたのかもしれない。首を、まるで紙を切る様にして引き裂ける腕を持っているから。

 剣では、刀では、長剣では。それが斧であろうと、槍であろうと、弓や最近ちらほらと見かけるようになった銃であろうと。一撃で葬り去れる技術はどうしても身につけられない。それらが全て逃げる口実だったとしても、だ。

 自分にこれ以外の「凶器」があるとは思いたくないのだ。

「ホント、変な所で頑固だねアンタも」

「立派な、と言えないが食い扶持には変わりない。無駄手間を省いているだけと言って欲しいな」

「ま、好きにすりゃ良いよ。私は食べさせて貰ってる身ですからね」

 そしてクレアは笑い、まるでこれから何処か遊びに行くと言う顔をする。

 誰かの首を持ち帰ると言う事は、即ち殺すと言う事だ。

 命の遣り取りにそんな顔は似合わないと言った事がある。

 そして彼女の答えを聞いたからこそ、かもしれない。

『せめて笑ってなきゃ。あんた殺伐とし過ぎだもんよ』

 守られていると、自分の力が足りないと、何より、咎を背負いすぎたこの身に余る光栄だと。

 そう思えるから、自らも望んで彼女の隣りに居る。

「別に食べなくとも良いんじゃなかったっけか?」

「それは言わない約束でしょ。食べるってーのもなかなか乙なのよ、あの辛口の酒なんてきゅーっっとやるのがもうサイコー」

「・・・まぁ、俺より年上なんだ。そんな身なりで飲むなとは言わないが」

「レディーに向かってそう言うのはないんじゃない?」

「分かった。人生経験豊富なお姉様の言う事は全て正しいです」

「よろしい」

 そして彼女も、そうだと思っている。

 自分の中にある思いだけで片付けて良いモノではないと分かっているのだが。

 どちらともなく、その事だけは。何故、共に居るのかと言う事だけは問うた事は無い。

 だからその程度の、関係なのかもしれない。

 年甲斐もなく、いや、もしかしたら幾つになっても、その不安だけは拭いきれないのかもしれない。

 そして決まって、戦う前にそれを思い出し、かき消す。

 だから自分は弱い。

「さーて、じゃ、行って来いっ! ここで待ってるからさ」

「ああ」

 ただ殺す事しか出来ない自分だから。

 他者の命を奪い罪を重ね、それで経て行く人生だから。

 いや、人である筈のない自分は、ただ、生きて居るだけの人形なのかもしれない。

 気配を消し、光の下でさえその身を風と共に歩ませ消して行く。

 その中で一人、ふと思うのは、自分の記憶が始まったあの瞬間の事。

『どうして、殺したっ!!』

 頭痛がする程だった、最初のその場面を、何度も思い出す度に頭の痛みも、記憶の歪みも、そして、心の苦しみも。

 全てを忘れ、それだけは何の障害もなく思い出せる様になっている。

 自分よりも年上の、いや、初老の域に入った男を抱きかかえている、実の娘なのかもしれない。

 憎悪を纏った瞳はまるで自分を焼き尽くす為の炎を宿した様に輝き、あの姿見でよくもそこまでの殺気を放てたのだと思う。

 そして僅かな後からしか、記憶は始まっていない。

 意識が飛んだ、と言う事だろう。空白のある過去よりも、その瞬間に何が起こったのかと言う方が気になりはする。

 最も、探さなければ求めても意味のないそれはいつも有耶無耶になり終わるだけの無駄な思考なのだ。

 クレアと共に生き、その中で得た知識は本によるモノもある。その中の物語にあった一文。

『苛まれていた方が、楽な事もある。それは、それ以上の苦しみを見なくとも済むからだ』

 くだらないと、吐き捨てた訳ではない。

 そうなのか、と、頷いた訳でもない。

 自分の中に生まれたその文章の答えは、単なる肯定でありそれ以上でもそれ以下でもない。

 他に考える必要が無くなるのではなく、その苛まれている間、考えられなくなるから。

「いつまで、逃げ延びる事が出来るのやら」

 ふと笑い、今から殺しに行く相手に手向けた言葉なのか、それとも自分自身に言い放ったのかも分からない。

 ただそれを荒野と砂漠の砂塵がかき消してくれたと見るべきではなく、世界が自分の存在を認めようとしていない気がするのは彼の気の所為。

 太陽は何処までも熱く、何もかもを焦がすように輝いていた。

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