灼熱の砂塵と言う四魔境の一つがある場所の手前。それでも、場自体の影響を受け既にここまで砂漠が侵蝕していると述べてもいい場所。
太陽がまだ空にあるのならばさぞ、目の前に広がる光景はどす黒い赤で染め上げられて居たのだろうが、既に時間は夜をとうの昔に過ぎている。
街に入れば星明かりなど気にならない程の歓楽街もあるが、今、自分が見ているのは砂漠に広がった海の様な黒い闇だ。
手こずり、自分も無傷ではなかったがそれでも倒せたのは相手がこの地に慣れていない様な動きをしていたから。
例え夕刻の砂漠であろうと、足にまとわりつく様にして動きを遮る砂はそれだけで強敵となる。まして、そこで走る技術を得ようと思うのなら固い大地の上を歩いている感覚を全て無くすべきだろう。そうしなければ、固い大地のそこに居るよりも早く動く事など不可能。結果、体力が削られ、自ら死地に赴いているのと何ら変わりはない。
だから、勝てた。
キズは肋が折れ、肺に刺さり中はさぞ血溜まりなのだろう。まるで溺れる様な感覚はいつまで経っても慣れぬ苦痛だ。ただ、片方が残っているのなら身体の全てを支配下に置き、穴の開いた肺で呼吸しなければ街までは持つ。他の足の裂傷や肉の削げた腕の事など、徐々に薄れつつある意識に比べればなんの事はない。
ただ問題と言えば、灼熱の砂塵、とまで言われるだけあって夕刻であろうと干からびる様な熱波を放っていたそこも、その周辺にあるただの砂漠や荒野も。
夜になった途端、まるで更に牙を剥く様に生きるモノ全てに襲いかかる。
あまり知られていない事であり、わざわざ四魔境の一つを夜に訪れるモノも居ないから伝わらないらしい。
もしくは、昼間ならばまだ、帰る事が出来るからかもしれない。途轍もない熱さを誇り、永遠と続く砂丘と地平線の彼方まで見える蜃気楼があったとしても、それを乗り切るだけの体力があるならば問題はない。
自分もその一人だから分かるのだが、夜だけは事情が違う。
まるで、北の大地だと、熱さに火照った身体には凍える程の冷たさはそれ以上なのかもしれない。
夜のその時間だけ、灼熱の砂塵は極寒の海と何ら変わらない場所へと変貌を遂げるのだ。
昼間は歩きにくかった大地が冷え水滴を纏い、まるで沼の様に底が無い場所とある場所がまちまちになる。
何より、平らな大地が無いそこでは、坂の上を転げ落ちでもすれば砂にまみれ窒息ししてしまうだろう。ただでさえ、肺が片方使えない状況だと言うのに。
「また、どやされるか」
笑いながらも歩き出し、手に持った相手の生首が恨めしく思える。
顔が分からない様に切り刻むなり潰すなりした途端、それは賞金首からただの肉塊に変わるのだ。
一千万の大台の相手にしては自棄に弱く感じたのは地形が此方の有利に傾いたから。呪詛を吐くようにして死んだ首だけになった男も、さぞ自分の弱さに愛想が尽きた様、最後は殺せとまで言い放った。
最も、それを潔しとは思わない。
死んで何になるのか。生きてさえ居れば「死を願う事も出来る」のだ。
と、本来ならば言ったのだろうが、今はそんな気分で潔いと思わないのではない。
正直、人の首は荷物にしかならないのだ。呼吸が半分しか使えないのと、足にまとわりつき常に神経をすり減らしていないと死ぬかも知れない、その上、体力はどんどん無くなり意識が途切れてしまうのも時間の問題なこの状況で、これが一千万の重みとは思えなかった。重すぎるのならば、もっと額を跳ね上げてくれても良いとさえ、身勝手と分かっていながら思ってしまうのだ。
「死に際に思う事がこれか・・・いや、縁起でも無いな」
街にさえ着けば、クレアの元にさえ戻れば重傷であろうと「この程度の怪我」になる理由がある。
魔境を作れる程の膨大なエネルギーからたった個人のキズを治すだけのそれを流し変換してやれば良いのだ。瀕死の重傷であれ、例え不治の病魔であれ、軽傷や単なる風邪にさえ出来る。
だから、今はただ、闇の降りきった砂の海を歩くだけ。
それだけが命を繋ぎ止める、最後の望みだから。
「と、言っても・・・助かれば助かったで他を望むのだから、面白いな・・・」
屁理屈を言う元気があるなら大丈夫と、クレアに言われそうだったが、街が見え、門の前まで来た時、彼の意識は薄れ途切れるだけ。
後は、見つけて貰えれば治療も、そして助かりもし、そうでなければただ、死ぬだけだ。
苦しみは無い。
それだけが、どちらに転ぼうと救いなのかも知れない。
これも、忘れられる瞬間だと言う言葉を胸に抱きながら。

アナザー・ナイン・ファンタジー■ACT:BLUE COMPENSATION