灼熱の砂塵と言う四魔境の一つがある場所の手前。それでも、場自体の影響を受け既にここまで砂漠が侵蝕していると述べてもいい場所。

 太陽がまだ空にあるのならばさぞ、目の前に広がる光景はどす黒い赤で染め上げられて居たのだろうが、既に時間は夜をとうの昔に過ぎている。

 街に入れば星明かりなど気にならない程の歓楽街もあるが、今、自分が見ているのは砂漠に広がった海の様な黒い闇だ。

 手こずり、自分も無傷ではなかったがそれでも倒せたのは相手がこの地に慣れていない様な動きをしていたから。

 例え夕刻の砂漠であろうと、足にまとわりつく様にして動きを遮る砂はそれだけで強敵となる。まして、そこで走る技術を得ようと思うのなら固い大地の上を歩いている感覚を全て無くすべきだろう。そうしなければ、固い大地のそこに居るよりも早く動く事など不可能。結果、体力が削られ、自ら死地に赴いているのと何ら変わりはない。

 だから、勝てた。

 キズは肋が折れ、肺に刺さり中はさぞ血溜まりなのだろう。まるで溺れる様な感覚はいつまで経っても慣れぬ苦痛だ。ただ、片方が残っているのなら身体の全てを支配下に置き、穴の開いた肺で呼吸しなければ街までは持つ。他の足の裂傷や肉の削げた腕の事など、徐々に薄れつつある意識に比べればなんの事はない。

 ただ問題と言えば、灼熱の砂塵、とまで言われるだけあって夕刻であろうと干からびる様な熱波を放っていたそこも、その周辺にあるただの砂漠や荒野も。

 夜になった途端、まるで更に牙を剥く様に生きるモノ全てに襲いかかる。

 あまり知られていない事であり、わざわざ四魔境の一つを夜に訪れるモノも居ないから伝わらないらしい。

 もしくは、昼間ならばまだ、帰る事が出来るからかもしれない。途轍もない熱さを誇り、永遠と続く砂丘と地平線の彼方まで見える蜃気楼があったとしても、それを乗り切るだけの体力があるならば問題はない。

 自分もその一人だから分かるのだが、夜だけは事情が違う。

 まるで、北の大地だと、熱さに火照った身体には凍える程の冷たさはそれ以上なのかもしれない。

 夜のその時間だけ、灼熱の砂塵は極寒の海と何ら変わらない場所へと変貌を遂げるのだ。

 昼間は歩きにくかった大地が冷え水滴を纏い、まるで沼の様に底が無い場所とある場所がまちまちになる。

 何より、平らな大地が無いそこでは、坂の上を転げ落ちでもすれば砂にまみれ窒息ししてしまうだろう。ただでさえ、肺が片方使えない状況だと言うのに。

「また、どやされるか」

 笑いながらも歩き出し、手に持った相手の生首が恨めしく思える。

 顔が分からない様に切り刻むなり潰すなりした途端、それは賞金首からただの肉塊に変わるのだ。

 一千万の大台の相手にしては自棄に弱く感じたのは地形が此方の有利に傾いたから。呪詛を吐くようにして死んだ首だけになった男も、さぞ自分の弱さに愛想が尽きた様、最後は殺せとまで言い放った。

 最も、それを潔しとは思わない。

 死んで何になるのか。生きてさえ居れば「死を願う事も出来る」のだ。

 と、本来ならば言ったのだろうが、今はそんな気分で潔いと思わないのではない。

 正直、人の首は荷物にしかならないのだ。呼吸が半分しか使えないのと、足にまとわりつき常に神経をすり減らしていないと死ぬかも知れない、その上、体力はどんどん無くなり意識が途切れてしまうのも時間の問題なこの状況で、これが一千万の重みとは思えなかった。重すぎるのならば、もっと額を跳ね上げてくれても良いとさえ、身勝手と分かっていながら思ってしまうのだ。

「死に際に思う事がこれか・・・いや、縁起でも無いな」

 街にさえ着けば、クレアの元にさえ戻れば重傷であろうと「この程度の怪我」になる理由がある。

 魔境を作れる程の膨大なエネルギーからたった個人のキズを治すだけのそれを流し変換してやれば良いのだ。瀕死の重傷であれ、例え不治の病魔であれ、軽傷や単なる風邪にさえ出来る。

 だから、今はただ、闇の降りきった砂の海を歩くだけ。

 それだけが命を繋ぎ止める、最後の望みだから。

「と、言っても・・・助かれば助かったで他を望むのだから、面白いな・・・」

 屁理屈を言う元気があるなら大丈夫と、クレアに言われそうだったが、街が見え、門の前まで来た時、彼の意識は薄れ途切れるだけ。

 後は、見つけて貰えれば治療も、そして助かりもし、そうでなければただ、死ぬだけだ。

 苦しみは無い。

 それだけが、どちらに転ぼうと救いなのかも知れない。

 これも、忘れられる瞬間だと言う言葉を胸に抱きながら。






































アナザー・ナイン・ファンタジー■ACT:BLUE COMPENSATION





































 暗闇の中で目が覚めるか。それとも、この感覚が二度と戻ってこないかは一種の賭だ。

 帰路が遠いほど分の悪いそれは、今回も自分の勝ちらしい。もっとも勝てたと言って命に見合うだけの何かを賭け、それが倍になったりはしないが。

「お目覚め? なんか今日はよく寝てるねあんた」

「すまんな。と・・・、これも言った気がするな」

 互いに微笑みあうなどと言う関係でないだけに、膝枕などではなく地べたに寝かされているのはいつもの事。

 ただ、だ。

 血まみれとはでは行かない物の、自分の体の埃や返り血の汚れを既に落としてくれたらしく、まして自分でやった覚えがなければそれは彼女がやってくれたと言う事だろう。むろん傷もふさがり、痛みなど一片も感じはしない。

 だが治療ならまだしも、その小さい身なりで大の男の体を洗っている光景などあまり人に見られたくはないし、希望的観測で彼女以外の誰かに自分の体を洗って貰ったと思うのは不自然と不快感しか感じられない。もっとも、洗濯物と言うより、石の様に泉にでも放り込んで引き上げただけである、と、彼女の性格から割り出した洗い方を想像すると自然に笑みがこぼれるのも確かだったが。

「でさ、ちょっといい?」

「なんだ」

 その話題について話した事もなく、彼女自身も話す気は無いのだろう。あえてふれない事にわざわざ首を突っ込むほど暇でもない。犯罪者と言う奴は、逃亡犯になった途端注意深くなる物なのだ。そして彼女の口から出た言葉は真向からその意見に対立する物。

「ちょっとさぁ、皇都に行く事になるみたいなんだけどさ」

「なぜ、だ?」

「なぜって、分かってるでしょ?」

「ギルドで・・・一千万支払われなかった、とかなのか?」

 それは、あり得ない事ではない。

 特にこんな辺境にある町に、一千万もの大金があるのなら町事態を活性化させる方に使うであろう。

 皇都の事情なのか、それとも南方国の事情なのか。そこまでは分からないものの、田舎町ではよくある事なのだ。だから、逃亡先を選択するのなら、人里離れた町か、誰もいない辺境を選ぶのである。もっとも、その中に四魔境の項目まで追加しているのは迅徹ただ一人だけであろうが。

 だが、彼女はどこかやりきれないと言うか、単に面倒なだけなのかもしれない。

「妙な噂を耳にしたのよ。この辺で、戦争が始まるかもしれないって」

「・・・戦争?」

 それは穏やかではないな、と思った物の、心当たりはむろんある。

 昼間の連中の、別グループの話を聞いたのか。それともギルドで聞いたのかは判別できないが、そのどちらかで間違いない。

 だからある意味、彼女の釈然としない顔の真意、考えて居る事も推測するのは難しくはない。

「どこぞの馬鹿がたぶらかしたんでしょーね。南方のどの国だって皇都に喧嘩売って勝てる訳ないのにさ」

「なら、なぜ皇都に趣くんだ。四魔境で暫く身を隠すのも悪くないと思うが・・・?」

「なぜって、決まってるでしょ? お金あるのに野宿続きなんてまっぴらごめんよ」

 そのコトバ通りの意味である。

 一応、ほかにも戦争に加担したくない、と言う意見もあるのだろうが、確かに言われてみればこの所、野宿続きで彼女自身が参ってしまったのだろう。体力的にではなく、精神的に。それも微かく言うなら固い地面で寝るのは飽きた、と言う所だろう。一ヶ月ほど、町の宿で暮らしていた時もそんな事を言った事がある。

 要するに贅沢と言う事だろうが、何時もの事と高をくくろうと思ったがそうもいかないらしい。

 ふと、彼女の顔に陰りが見え、思い出したくない事でもあるのか。

「でさ、もう一つ我が儘言ってイイかな」

 自覚があったのかと感嘆する様な雰囲気でもなく、ちゃかされれば彼女とて機嫌を損ねるに違いない。だが、気になる所はそんな事ではなく、彼女が自分に望みを言おうとしている事なのだ。

 年の離れた父と娘であれば、父親は喜んで望みを叶えようとするのだろうが、あいにくとそんな関係ではない事は十二分に承知している。

「ラグナロクか」

「どうも・・・きな臭いんだよね。それにアレは必ず戦争のどこかに現れてるしさ」

 その事に関してだけは、彼女は後ろめたさを感じるらしく、まるで罪を背負った、自分と同じ種類のモノの様にやりにくいと言う表情を隠せないのだ。

 いったいどんな事があって、そこまで執着するのかは分からないが、自分の失った記憶と、彼女に取っての「ラグナロク」と言う存在は似たものなのかもしれない。それならば、合点がゆく。

「それは初耳だな」

「教えてないし、あんたを戦争に巻き込む訳にはいかないのよ」

「巻き込む? 逃げれば良いだけじゃないのか?」

「? ・・・・・そ、そーだよね。うん、じゃ、ちゃっちゃと逃げちゃおう」

「?」

 だが、何時もなら彼女はラグナロクの話をする時、至って真面目になり、ちゃかすだけで拳や蹴りが飛び、障るだけで怒るのだが、今回その両方共をやったのは彼女。妙だと思わない方が無理だろう。

 無論、思い当たる節はあった。

 昼間、廃屋の中から聞こえてきた男たちの話の延長線上の話を彼女も聞いたのだろう、その中で「対魔」の二つ名も聞き、らしくなく心配しているのかもしれない。

 だがだからこそ、妙なのだ。

 普段なら吹っ掛ける、と言う訳でもないが、なるべくこちらの正体が分からないような混戦はクビを「突っ込む」のが自分たちのやり方。戦場で追い剥ぎなど、と言う輩は沢山居るだろうが、戦場はそれこそ宝の山と考えても良い。

 誰がそこで死にに行きたいと願うのだろうか。

 誰がそこにずっと居たいと願うのだろうか。

 誰であれ、あの場所に長く居続ける事の出来るモノは少ない。人を死を目の当たりにし過ぎると、自分でも精神が狂って逝く様が嫌と言う程分かるのだ。

 しかしそれを止められない場所だからこそ、お宝が眠って居るのである。

 それこそ、西方の戦線などは確かに戦いも激しく他の国よりも戦争のやり方「だけ」は突飛していると言っても良い。それだけに、ただの兵士の装備であれ、勝てる側のモノは高値で売れる物ばかりなのだ。死体からはぎ取れば汚れているのだが、生身を縛り上げて身ぐるみを剥げば新品同然。西方のもっとも有名な盗賊団など、戦場の新兵から装備を拝借してくる始末。それを理解していない国の軍事部門もどうかと思うが、自分に取ってもそう云った場所は稼ぎ時なのだ。

 何せ自分の正体がばれたからと言って、通報される訳でもなく、戦場だけはハンターギルドも介入できない場所。同時に混戦にでもなっている様な場所は追っ手を巻くのに具合がよく、西方に居る時は金が底を尽くことがないのがその証拠だ。

 そして何より、そんな事を教えたのは彼女なのだ。自分もまさかあんな簡単に稼ぐ方法があるとは思えない程で、金にさして興味もなく、何かが欲しい、と物品を願って居れば今、自分はこうして彼女の隣に居なかったと言って良いだろう。

 その彼女が、今更心配する様な事なのだろうかと、思うのだ。

 戦場の種類が違うからと言って、仕事、追い剥ぎの真似事だが、それが失敗した所で逃げるのにはもっとも良い場所。わざわざ周辺の神経をぴりぴりさせている町や村に行って無駄な疑いを掛けられるだけ損と言うモノだ。それこそ知った上でそんな事をやるのは馬鹿か死にたがりのどちらか。ちなみに自分はそのどちらでもない。

「で、どの街道を使う。途中までは選ぶもなにも一本しか無いが」

「あー、そ、そうだね。どうせならハーネル山脈の方に迂廻して行こうか」

「とんでもなく、遠回りになるが・・・。それに途中に町どころか村もあったか?」

「別に野宿くらい良いよ。ちょっと飽きたけどね。ほら、さっさと用意するっ」

 皇都の西に位置するその山脈に行くのは良いのだが九十度ほど方向が違う。もっとも、村や町に寄りたくないと言うのならそれも頷けるのだが、最近は彼女の言う通り、野宿続きで文句を言っていたのも彼女だ。事情があったとしても我が儘に言う様な少女が、その身勝手を押し殺してまで遠回りすると言う事はそれだけの理由があると言う事なのだが。

 用意と言ったところで自分の荷物は武器の特殊剣だけで、服装などは着がえれば済む。包帯も巻き直してあったのでこれと言って無い筈であり、何より、そこまでやったのが彼女なら今更言うべき事でもなかろうに。だが

『かといって、突っ込める訳でもないか』

 と、思うとおりで、ここは大人しくしていた方が身のためと言うモノ。

 十年も、共に旅をしてきたのは。今更隠し事をされたからといって怒って居ても仕方無い。それとなく道中、話して欲しいと思っていると、やんわりと言えば済む話だ。

 そして寝ていた体を起きあがらせ、身体の関節が不調でないか、動かない場所は無いかと確認しながら、硬直してしまう。

「・・・・・ドコだここは」

「今更ナニ言ってんのよ? 死体もどきのあんたを町のど真ん中に露しておける訳ないでしょーが」

「い、いや・・・それはそうだが」

 まさか荒野でも森の中でも、景色が良い悪いの問題でもなく、眼下に広がる絶壁からは止めどなく風が吹き上げてきている。海でなかったから潮の匂いがせずに場所自体が分からなかったのだろうが、理由はそれだけではない。

 鈍っていたのではなく、耳の調子がおかしかったのだろう。妙に熱くなっている頬に触り、じっとりと汗ばんでいるのかと思えばそれは血の赤。

「あーそれね。ちょっと切開するときにミスっちゃってね」

「・・・・」

「大丈夫だって。一時的に耳がある周波数の音を聞き取れなかっただけだし、もう治ってるでしょ?」

「まぁ・・・確かに」

 出会った当初はよくあった事だ。それこそ、医者でもない彼女は自分の身体を治療するのに様々な場所を弄らなければならないらしく、その度に五感のどれかを一時的に消失する様な事は確かにあった。

 が、最近は、五年ほど前からはきれいさっぱり無くなった。彼女が自分の身体の構造を頭にたたき込むのと、成長期が終わらなかった故の時間と換算しても良い。が、また自分の身体に変化が起き始めたのか、それとも彼女の手元が狂うような何かがあった、もしくは考え事をしていた等、あり得ない話である。

 それこそ、そこいらの藪医者よりも彼女は余っ程優秀と言えるだろう。技術面であれ、精神面であれ両立出来ているのだ。

 患者、と言う意識は無いらしいが、それでも助けようとしているときに別の事を考えている所など、自分と、それ以外の巻き込まれた女、子供を助ける時も真剣に取り組んでいた筈だ。

『相当・・・重傷らしいな』

 罵詈雑言を言われて傷つくような彼女ではなく、むしろ言い返して言い負かすのがクレアと言う少女だ。そんな彼女が気に掛ける事と言えば、必然的にラグナロクを想像するのだが、そこにあるのならば行かないと言う選択肢を取る事自体がおかしい。

 何にせよ、彼女がこれではあまり頼り切って行動するのを控えた方が良いだろう。四魔境に足を運ぶのなら自分の実力などたかが知れているが、それ以外なら何処であろうと問題はない。

 だが、ふと思う。

 やはり、此処は何処だと。

 記憶にある限り、南方の地でこんな絶壁がある様な谷に覚えなどないが、遙か遠くに見える景色には確かに見覚えも、そしてこの自分の立っている部分的な場所も見覚えがある。が、そのとき、この何処までも続くような谷底がある場所には大きな山肌が見えていた筈だ。

 徐々に思い出せる記憶で、地名とどの山脈かも分かったのだが、やはり変だとしか言えない。

 ハーネル山脈より南東に下がり、街道を跨いだ所にある小さな山脈。昔来た時は奇しくも今と少し違い、戦争に関っていたか、関っていなかったかだけだ。

「ほら、用意は出来たの?」

「用意もナニも・・・・いや、いいさ。」

「? 変な迅徹。じゃ、行こっか」

 渓谷沿いに北西へと進み、暫くすれば街道に出るだろうが、皇都に行くにはまだ道中にある一番危険な大河越えもあるのだ。あそこを乗り越えるには様々な手形や、下手をすれば海賊もどきの連中が襲いかかってくる事もたまにある。その確率を上げる様な道でなければ通れない自分の状況も不満の一つなのだろうが、今はそうも言っていられないだろう。

 この崖をみて、周りの風景と照らし合わして、記憶の様々な情報を総動員してできの悪い頭が出した答えは、少なくとも七年前までこんな絶壁がここには無かったと言う事だ。

 たった七年で広大な山間に崖が出来る等、聞いた事はない。

 ただ可能ではあるらしい、と、知っては居るだけだ。

 北西地方の、四魔境の一つ。漆黒の山脈には鏡の斜面と言う場所があり、あれは観た瞬間、それ以外の名前が付かなかった理由が直に分かった。

 文字通り、太陽の照り返しさえ写しだし、夜などは星が落ちた様に山肌に星がちりばめられるのだ。それも近づいたとしてもそれが変わる事はなく、もし、自然に出来たモノであるならただ驚きそれで終わるだけの事だったろう。

 たった一人の、伝説の剣士と詩われる皇都が誇る三人の内の一人が、一閃の雷光と言う二つ名を持つその人物がたった一降りで作り出したと言うのだ。

 眉唾物であろうと、少なくとも自分は思ったのだが、行き観たその場所で隣を行く少女は言ったのだ。

 伝説ではなく、ただの事実だと。

 観てきた訳ではないらしいが、未だに彼女の情報源が何処にあるのかが分からない、その上で信用できる情報以外が口から漏れた事がないと言う事は、同じだと言う事だろう。にわかに真実とは信じられなかったモノの、ラグナロクである少女が言うのだから間違いではない。

 それと、今の観てきた、木々に隠れ見えなくなってしまった光景は、形は違えど規模がそっくり。

 一人がやった、と言う訳ではないが、と考えた所で絶壁を作ったヤツが一人ならば、それを少女が知っているのなら、戦争に巻き込みたくないと言う、自分に対する思いの理由も何か糸口が見つかるのかもしれない。

 もっとも、今の自分の頭と持っている情報だけではどうにもならない事。同時に、考えている暇がなくなったらしい。

「クレア」

「・・!?」

 ナニよ、と言いたかったらしいが、それは自分の手によって障られ、いきなりの事で驚いてしまったらしい。指を思い切り嚼まれたのだが、ソレぐらいの痛みであれば感覚を遮断してしまえば何の事は無い。

「ごめん・・・痛かった?」

「いや。余裕が無いんでな、誰だこいつらは」

 そして彼女も気づいたらしく、自分の思考は完全に敵へと向かう。

 姿が無いのは山道に入るまで向こうが待っていたのか、それとも自分たちが彼らのテリトリーに進入したかのどちらか。

 追われる様な逃げ方を彼女がする筈もなく、その辺は幾等考え事をしていたとしても身体に染みついたなんたるかまで忘れるのなら自分は幾度と無く死んでいる。

 なら、必然的に自分たちが侵入者であると言う結論にたどり着くのだが、今はどうするか判断を仰ぐしかない。

 正直、勝てるではなく、生き残れるかどうかも危うい連中なのだ。自分が幾等一千万代の相手を倒せたとしてもそれは地形や、相手の精神状態がよほど悪かったと言う事実があるから。

 ここは自分のやりやすい場所ではなく、何より

「へ〜、やっぱり私以外でも知ってるのが居たんだ」

「クレア、呑気なのは良いが俺は合計三千万など相手にした事はないぞ」

「大丈夫だって。そのままにしてて。あちらさんも、私と似たような理由で此処に居たらしいし」

「?」

 そして話通り、気配が近づくにつれ、これだけの強者ならば気配を絶つ事も出来る筈なのに、逆に気配を露わして、ご丁寧に足音まで立ててやって来る始末。極めつけは

「お嬢ちゃん、こんな所に何か用事でもあるのかい?」

 声まで、それこそ、演技でここまで清涼感ある声が出せるのならばとんでもない食わせ物なのだろうが、予測と反し間違いなくこれが地だと分かる。

 強いだけで、自分たち賞金首と同じ血の匂いが全くしないのだ。

 この周辺の警備兵、にしては強すぎであり、派遣兵士か、熟練ハンターのどちらかだろう。

 そしてこちら側の反応は

「ちょっと迷っちゃったんです。お兄ちゃんの身体に効く薬草を探していたらいつの間にかこんな所に」

「そうか。それはエライな。だが、森の奥に来すぎた様だ、私が村まで送ってあげよう。この辺りは危険だからね。私はユーリと言う者だ」

「私はクレアです。お兄ちゃんは、ジンって言います。ごめんなさい、お兄ちゃん、耳も悪くて」

「ははは、確かに、耳が悪いんじゃ、睨まれても仕方無いな」

 どうやら、そう云う事らしい。

 わざわざ演技までしてこの連中に着いて行く真意は想像出来なかったが、察する一言は彼女の口が耳元に近づいた事で分かる。

「とにかく、そう言う事でしゃべらないでよ。私が上手くつじつま合わせするから」

「どうする気だ?」

「このハンターのユーリさん、ちょっと利用させて貰うだけだよ」

 それにうなずき答え、後は現れた男に頭を下げ会釈をして相手の警戒心をなるべく取り払えば良いだけだ。何せ自分の姿は包帯を体中に巻いたミイラの様なモノ。普通なら第一印象を顔に露わし顰めるのだろうが、彼は姿見で分かる西方出身者と、尚且つ戦場育ちらしい。

「じゃ、行こうか。ゆっくり着いておいで」

「はい。ほら、お兄ちゃん」

 手を取られ、彼女に会わせて歩くのはこの山道で慣れない事だが、難しい事でもない。

 その様子から察するに、彼女が信用しているユーリと言う男の事は自分も同じく信用出来ると言う事だろう。

 何せ、顔一つ顰めず、憫れむ様な瞳も見せずに、普通に接しているのだ。戦場を多く経験したモノなら見慣れたモノ、と言う事だろう。同時に彼は人が良過ぎると言って良い程のお人好しらしい。

 こういう奴こそ、戦場では早死にする、と言われて久しいが、生き残っていると言う事は何かと引き替えに強さを得たと言う事。

 今も、隠しているらしいがその身から滲み出る実力は相当のモノ。同時に、ユーリと言う名前に聞き覚えがあった。

 西方出身のハンターで、四つのハンタースキルを持った「七色の牙(なないろのきば)」と呼ばれる男が確かそんな名前だった様に記憶しているが、この男ならばと頷ける条件は揃いすぎている。何せ、星明かりさえ僅かにしか届かない森の中で先ほどまで自分が気づかなかった事がばからしくなる程の服を着ているのだ。

 背中に刺繍で描かれた西方文字は、でかでかと「ユーリ・イワノフ」と書いてある。

 何の冗談だ、とも言いたくなるのをぐっと堪え、クレアに手を引かれ後に続くだけ。

 少々、その笑える服を観ない様、隣で歩いて居たかったが。

「そう言えばユーリさんて、なないろのきばって呼ばれる人ですよね」

「おや? 知っていたのかい?」

「だって服の背中にちっちゃく刺繍してあるじゃないですか。私、これでも夜目は効く方なんですよ」

「あはは。これ、ね。ホントはこんなハデハデな服は苦手なんだけど妻に言われるとねぇ」

「何処に居ても分かる様に、ですか? 分かりますその気持ち。もう、ユーリさんて愛されてるんですねぇ、このこの〜」

「あははは。そう言うキミもお兄ちゃんは大事だろ? 年の離れた恋人みたいだよ」

「もうやだ〜」

 その上、分かっているのだろうか。

 いや、分かっていまい。彼はまだ彼女と出会って間もないのだ。癖を見抜けと言う方が無理だろう。

 彼女はウンザリするほど事があるとたまにこうして猫をかぶって行動するのだ。機嫌を損ねた後などにやられるとまるで判別が着かず、後はひたすら平謝りするしか解決法など無いに等しい。

 そして今もウンザリしているらしく、さらに自分たちの事を病気の兄と出来の良い妹に見せる為、苛つきながらもこうして気のいい少女を演じているのだ。

 彼女自身、こういう少女は嫌いだそうで。どちらかと言えば物静かな子供と本を読むような事の方が好きだそうである。理由を聞いた所、現実を知らない子供は嫌いだそうで。本を読んでいるだけの少女だろうと変わりはないのじゃないかと訪ねてみれば、反ってきたのは「馬鹿ではないから」と言う一言だけ。

「それにしても、この辺って大きな谷があったんですね。私知りませんでした」

「おや? 君らは旅行者なのかい?」

「はい、お兄ちゃんの身体に効く薬草があるって聞いた場所は、全部巡ってみるつもりですからっ」

「それでお目当ての薬草は見つかったのかい?」

「それがさっぱり。ま、いつもの事ですよ。それに、旅するのも好きですから」

「そうか、大変だね。何も出来ないけど、応援だけはさせてもらうよ」

「ありがとうございますっ」

 それなのに、よくも此処までの茶番を出来るモノだと関心すらしてしまう。が、これが女と言うモノだと、彼女はいっちょまえの顔をして言った事もある故に、そうなのだろう。上辺だけで話す事に慣れたくもないけど、と、後に続いたコトバもあったのだが。

 しかし気になる事はもう一つある。

 先ほどの気配は三つ。その内一つは目の前で、もう一つは遠ざかった。が、最後の一つがずっと後を着けているのだ。気配を消し切れていないと言うより、ユーリに分かる様、最低限の気配を露わしているらしい。それこそ、獣と区別が付かぬ程だ。最初から気配を追っていなければ、それが人の形をしている等と分からなかっただろうに。

 だがだからこそ、おかしいとも言える。一人去ったと言う事は、何かをしに行ったと観て間違いないだろう。もしくは、増援を呼びに行ったと言う事。隠れている一人は監視役で、ユーリに何かあれば加勢するつもりとみて間違いない。

 だが、そこからが問題だった。

 彼らがいったい何者か、と言う事だ。幾等ハンターであれ、こんな街道を大幅にはずれた所に仕事など無いだろうに。そして実力がありすぎると言うのも妙な話だ。

 こんな所を駆け回るよりも、この連中なら割の良い仕事を請け負う事も出来た筈だ。

 なのにこんな山くんだりまで来て、仕事の途中であったのだとしたら、わざわざ自分たちを送り届ける理由が無い。

 その一方で、クレアは信用はするらしく、演技をしていても仕草でそれだけは理解出来る。「敵ではないと言う事なのか?」と思った所で、彼女の一言を思い出した。

 彼女は、自分と似たような理由でここに彼らが居たと言ったのだ。

 推測するに、彼女の様子の変化から何かを調べ知ったのだと言う事は分かる。

 とすると、この連中も何かを調べあて、他に何は無いか情報収集をしていた所、自分たちに鉢合わせしたと言う事に、なるらしい。

「そう言えばユーリさん。人のこと言えた義理じゃないですけどこんな所で何してたんですか?」

「ちょっとお仕事でね。内容は秘密なんだ。だけど、あの崖の事をどこかで人に話して欲しいんだけど・・・いいかい?」

「そりゃいいですけど、何故かくらいは教えてくださいよ。ちょっとくらいなら良いじゃないですか」

「うーん、困ったなぁ」

 後ろ姿だけでは全然困った風には見えないのだから、顔も笑ったままで心底困っていると言う訳でもあるまいに。

 完全に油断している事を自分だけではなく、後方の監視役も気づいたらしく、ほんの少しだけ気配が大きくなり、たしなめた様だ。

 そして彼の言った、話すな、ではなく、まるで逆の広めてくれ、と言うので何となく事情が分かった。

 彼らは、あの崖の事を調べに来ていたのだ。話の筋からそれは分かり易い事なので、知りたかった事ではないが。彼女も、彼らも、あの崖を調べていたと言う事は、そして自分たちを送ろうと言い出したのは多分、このユーリなのだろう。仲間はそのため、少し予定を狂わされたに違いない。

 この辺りに敵が潜んでいるかもしれないと彼らが判断したから、こんな辺境で出会う小物に対しての人材ではなく、まるでどこかの部隊とやり合っても勝てる三人が組んでいたのだ。とすると、必然的に自分たちを送ると言う理由は敵に遭遇した時に、民間人を守る為。

『・・・それこそ、戦争の用意がこの森のどこかにあったと言う事か?』

 見当違いかもしれないが、当たらずとも遠からず、と言った所だろう。

 人を集めた様な形跡は少なくとも自分の感覚の範疇には何処にもない。のなら、武器か、大規模な兵器かのどちらか。

『・・・・実験場だった、と言うのが一番的を得た推測かもしれないな』

 とすれば、彼らの、本来ならば一人で行動する様な者達が三人居ると言う、異常な実力も頷け、何より、彼らに送ってもらえば、安全な道を通って近くの村にまで行けると言う判断なのだろう。

 改めて凄いと、彼女の事を賞めたくなったがあいにくとしゃべってはいけないと言う役なのだ。感謝を表そうにも出来そうにない。

 ただ、包帯の下でほほ笑み、彼女の手を少し強く握ってやるのが関の山と言った所だ。

 もっとも、そんな時間が長く続くとは思わなかったから、こんなにも頭が良く回ったのかもしれないが。

「どうしたの?」

 そんな自分を妙に思ったのだろう。長年一緒に居るだけあって包帯の下の表情さえ彼女にはお見通しらしい。

 だから小声で囁いてやった。

「お前は、良い相棒だ」

「いまさらっ」

 そして彼女が笑ったのがある種の合図。

「っと・・・すみませんがクレアさん、ジンさん。私からなるべく離れない様にしてくださいね」

 徐々に増えた気配の数は二十を越え、よほど知られたくないモノがこの地に眠っているらしい。

 戦いの合図が鳴るのも時間の問題だった。

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