戦いは始っていた。

 状況は、ユーリの後を追っていた男が一人現れた事で好転するかに見えたが、統率の取れすぎた連中相手ではいくら一千万単位の賞金首に匹敵するハンターとは言え、20人相手にするには条件が悪すぎたらしい。

 まず、ここが森だと言う事だ。

 地形効果に惑わされるのは一千万の実力の持ち主に共通する部分らしく、現れた男も、七色の牙の名を持つユーリも攻撃が二、三撃当たっただけで後は擦りもしない。

 それだけ、連中がこの地での戦闘に慣れていると言う事だ。自分たちの実力が、個々で適わない事を知っているからこそ、無茶な作戦も無謀な策もそこにはなく、ただ歯車で動く人形の様、そして動く早さは疾風の如く、彼ら二人を切り刻んでゆく。

 そう、彼らだけなのだ。攻撃されているのは。

 正確に言えば、自分たちを守ってくれているから、と、言っても良いだろう。その為、足手まといになっている自分たちに文句も言わず、二人は傷ついてゆくだけなのである。

 完全な持久戦になる。自分も、クレアもそれは分かっているだろう。送り届けて貰うのが一番安全かと思ったが、彼女は自分の当てが今さらながら五分五分だった事に叱咤する様子だった。

 そして、選ばなければならないのだろう。

 二人の耐久力が上回る事が、あまりにも希望的観測だった故に。

「迅徹はさぁ・・・どっちが良い?」

「どうとも言えん。例え勝ったとしても、次はその二人を相手にしなきゃならないかもしれないからな」

「きゃー! ・・・・、でも、あんた一人加勢すれば形勢逆転するわよ」

「?」

 たまに悲鳴を上げるなどしていれば、二人が怪しむことも無い、とでも考えているのだろうか。

 迅徹自身としては、会話の突飛も無い所で叫ばれるのは正直好ましくないと思えたが、彼女の言った意味が分からず沈黙を行使し、得意げになって笑う彼女は言って見せた。

「あの二人さぁ・・・やっぱハンターだよ」

「何を当たり前の事を言っている。七色の牙と・・・もう一人は魔術師だろうな。名前まで思い当たらんが・・・」

「そんなの今はどうでも良いの。ねぇ、私たちとあの二人の戦い方の違いくらい、分かるっしょ?」

「・・・・」

 こういう状況だからこそ、楽しもうとするのは彼女の悪い癖であり、同時に自分に対する教育でもあった。

 様々な状況から生還する為、そして、迅徹自身を強くする為と銘打って、たまにこういう高みの見物を決め込める時は問いかけをするのだ。

 もっとも、的を得た答えを出した事は今まで一度もない。が、今日だけは頭の回転も自分の望み通りになったらしい。

「正規の、殺しを請け負う様な輩ではない、と言う事か?」

「当たらずとも遠からず、だね。付け加えるなら?」

「一人残そうとして、変に実力が傾き掛けている。全力でやれば全員殺せない事もない」

「後は、私たちと言う守るべき対象が共に戦うべき対象になれば、だね」

「選択権が・・・・俺にあると思ったのだが」

 冗談じみて言った所で、状況が変わる訳はない。

 彼女が望むのならば、そうすれば良いだけ。

 今迄何もしなかった自分が動けば少なくとも半数以上を自分一人で殺せるだろう。後の半数だけになれば、逃げられる前にハンターの二人で似るなり焼くなり好きに出来る。

 だがやはり自分たちの状況が好転するかどうかまでは分からない。だから、だろう。

「しかし、やっても良いのか?」

「やりたいんならやっちゃって良いよ。なんか今日さ、調子でないんだ」

「そうか」

 身体の調子が完全かどうかを確かめる為、拳を握り、足で地を踏みしめ空気を身体中で感じ取る。彼女は、様々な要因があって今ひとつ物事の先を見通す、と言うたいそうなものでもないのだが。それに近い予測が確実なモノにならないらしい。

 先読みは迅徹自身にも出来るが、それは戦いの中だけの事であり、その他の事に対してはどうしても当てはめる事が出来ないのだ。彼女ならそれが出来る、が、今日はダメと言う事。それならば、なのだ。

 動いた後の事態を、自分の望む方向に変えれば良いと、考え方を切り替えただけの話。

 そちらの方が無論、頭で考え、実行する事の難度は高い筈なのだが、彼女にとってその方がやりやすい事らしい。ただし、それ故に常は使わない様にしているのだ。何がどう、卑怯なのかは分からないが、彼女自身の考えにまで口を出せる程、自分はエラクはない。

「どんな風に終わらせれば良い」

 だから、彼女の望む方向へと事態を動かす為に、自分が駒になるだけ。

「全力で潰して。多分、真打ちはまだ出てないだろうから」

「分かった」

 機械的な動きなど、自分に出来る筈もないが、全力を出すのなら出来る。

 自分より強い者と戦う経験を持ち、多対一と言う不利な状況で生き抜いてきたのだから。

 そしてオッドアイの輝きが木々の間に幻影を放った。






































アナザー・ナイン・ファンタジー■ACT:BLUE COMPENSATION





































「貴様で、最後か」

「・・・・なぜ貴様がこんな所に居るのだ」

「質問しているのはこっちだ。状況の判断くらいなら出来ると思ったが、違うのか?」

「対魔、貴様は・・・・・所詮ならず者と言う事か。裏切りは死を持って償うが良い」

「聞いているのか?」

 戦いは案外あっさりと片づいた。と、言うより、自分一人が出るだけでここまで好転するとは思えなかったのが正直な所だ。よほど油断していたらしい集団は、一分と掛からずに目の前の一人を残し死に絶え、この男も両腕を地に貼り付ける為に串刺しにしてある。

 が、殺してしまっても良いのか悪いのか判断が付きかねる状況なのだ。

 何せ、口論気味になっているクレアとユーリはのそれは、いつの間にか違う議題になってしまったらしく、

「だーかーらー、利用したのは悪かったって言ってるじゃない」

「だからじゃないよ。キミは人を騙してなんとも思わないのかい?」

「それをあんたが言う? 私たち連れて歩いて、襲ってくればそれだけ周辺に気を配らなきゃって思ってたのアンタじゃないのさ。それをダマシタとは言わないワケぇ?」

「それは、キミの勝手な思いこみだ。そんな事は思ってない」

「そうかしらね。ジンは騙されたみたいだけど、あんたウソが特技みたいだしー」

 狸と狐の化かし合いよろしく、いや、どんぐりの背比べなのかもしれない。調子が出ないクレアは頭の方の回転すらおかしくなってしまったらしく、いつもならあの程度の人間如きに如何なる事であろうと遅れはとらないのだが、姿見通りの少女となって息巻いていた。

 とっくみあいの喧嘩にはならないと思うのだが、ユーリが手を出さないと言う保証など何処にもない。だから普通なら心配になるのだろうが、彼女に手を出した瞬間、その手が肉体から切り離される光景は何度も観ているので心配は全く無い。むしろ、殺すなら殺す、話し合いを終わらせるなら終わらせるでこっちの男をどうにかして欲しいと言うのが今の状況だ。

 そして自分が動けないのは、後方にずっとある殺気とも狂気とも分からない気配。

 確かに戦い方から判断できた魔術師と言う、魔導系を操るハンターの最高峰である人物なのだろうが、こんな芸当まで出来ると言う事は暗殺士としての技能すら兼ね備えているらしい。指一つでも動かせば自分の首が飛ぶと、確信を持って言える状況なのだ。

 冷や汗でも掻く状況であることに違いはないのだがそれも見えぬ、相手も包帯のしたの表情まで読みとれる訳ではないらしく、それ故に均衡状態が出来上がってしまった訳である。

 早く口げんかなど終わらせて助けて欲しい。

 それが今の正直な気持ちなのだが、あまり手を煩わせると被害は此方にまで来るのか、と、ウンザリした気配は向こうにも伝わってしまったのか。一気に詰められる距離なのだろうが、ゆっくりと近づき、首筋辺りに息づかいすら感じられるそこで溜息を吐いて見せ、開口一番

「あんたも苦労してんだな。同情すんぜ」

 と、肩をぽんと叩かれる。

 無論、それだけで身体を動かそうものならどうなるか全く先が読めない事に変わりはなかったのだが、先ほどまで感じていた恐ろしいまでの圧迫感が無くなり、確かに敵意は無くなった。

「いい加減、動いても良いか? 疲れるんだ」

「? ああ、そんな事か。いいぜ。あんたも律儀だな顔に似合わずよ」

 よけいなお世話だと胸中で毒づき、身体の緊張をほぐす為に拳を何度か握る。

 それに敵意があった瞬間、このハンターも動くのだろうが、残念ながらそこまで命知らずではない自分を、評価してくれたのだろう。

 途端、人物が変わったかの様に、暗闇の中の雰囲気が軽くなる。

「自己紹介がまだだったな、ガジェットだ。宜しくな、ツヴァイファルベのにーさんよ」

「・・・・」

 最も、そこまで見抜かれて、自分が動けないと言う事はやはり、身体を微動だにさせなかった判断は正しかったらしい。

 何せ聞いた事のある名前、と言うより、西方に言った時に、影殺士の名で知られる最強の暗殺者と同等のアサシンだと聞いた事がある人物なのだ。何故こんな所に、と言う疑問よりも、よく自分は助かったなと言う、安堵の方が先に漏れるのは当たり前。ただ、余裕がある故に出来た疑問は、彼の声が思いの外若すぎると言うモノであろう。

 見た事がある光景。それは「嘘つき装置(フェイク・ガジェット)」等と呼ばれる彼が死刑台の上で首を落とされた光景だ。だが、二つ名に恥じぬ様、死ですら偽ったらしく、あの時見た血飛沫がどうしても幻惑だとは思えぬ程、よく出来た「嘘」だったらしい。

 その上、自分の名を、そして姿の特徴を覚えられてしまっては逃げる事はほぼ不可能。今現段階で、後ろに居る彼に勝てる可能性と言えば身勝手、とは言わない。が、口喧嘩に忙しく相手にして貰えない。

 しかし信用していない、危険視している、何より、滲み出てしまう恐怖心まで察知されたらしく、その上でわざと、目の前に廻る神経は今一分からなかった。何せ、そのまま後ろに居る方がどう考えても事は彼にとって有利に進むのだから。

 そして目の前に現れた男は、

「誰だお前は」

 やおら軽い男だったのだ。

「ひでぇ・・・そこまで言う?」

 簡単に言えば、街角で婦女子に声を掛けまくっている優男、と言った風貌か。雰囲気その物まで同じなのだから、この男は詐欺師だと言えば誰もが一度は信じるだろう。ソレくらい、信用感が薄い存在見えた。だが、確かに死刑台に乗っていた男の顔はこのまま。薄笑いにも似たそれを浮かべ、首を切り落とされても尚、同じ顔をしていたのだからよく覚えている。

 だが、そこが死刑台だったからこそ、彼を大人物に魅せたのだろう。今は至って普通の青年にしか見えず、顔が同じ別人としか思えなかった。

「そんなに違う人物に見える?」

「ああ」

「そ、即答された・・・・」

 顔が初めて落胆した様に、肩も、そして手を地について項垂れているが、その格好でさえ「似合っている」と言いたくなる程、何処か芝居じみた雰囲気がある。

 最も、凄すぎる芝居と言うのは本物と区別がつかないと言うのだから、男はそう言った類の男優に向いているのかもしれない。とてもではないが、死臭と血の匂いの漂うこの場所に全く不釣り合いな男だと言うのが第二印象。気を取り直し立ち上がりはしたモノの、やはりショックを隠しきれないらしく顔は何処か青ざめたままだったが、調子を取り戻したく思い言ったのだろう。だが

「ま、まぁ、いいさ。慣れてるしな。で、モノは相談なんだがそいつをこっちに渡してくれないか?」

「・・・・」

「どったの」

「いや、考えるだけ馬鹿馬鹿しかったな。断る」

「なぜぇ?」

「お前に負ける気がしなくなったからだ」

「・・・・・・・・・・」

 やはり、後ろに位置し、姿を見せない彼と、現れ姿を目にした後とでは印象が違いすぎるのだ。第一、ガジェットが強いと言う噂は、一流の詐欺師である、と言う事以外は一つとして聞いた事はない。

 その事から察するに、魔術師としての腕は良いモノの偏りがあるらしく、攻撃系を極めたと言うより、幻術系に長け、演技で更に惑わせる戦い方をしていたのだろう。先ほどの戦いを見ていた自分の総合的な感想で言えば、確かにこの男の、姿を見ないままの強さならばあれだけの人数を殺すのにさして手間は掛からなかったはずなのだ。なのに、一度も手を下した様子がないと言う事は、まさにペテンにかけていた「だけ」なのだ。

「・・・・ばれてる?」

「幻風師(イリュウィンス)ならともかく、貴様には負ける気はない」

「ま、そーだよなー。だから俺はガジェット止まりとか言われるし・・・・やっぱこの仕事向いてねーのかもしんねーなー・・・」

 そして、勝手に独り言を宣い、勝手にまた落ち込むだけ。

 幻風師と言うのは元々、風師(フース)と呼ばれる、ハンタースキルではない特殊な職業の事。いや、ならず者のなれの果て、と言った方が良いかもしれない。巡回牧師に破戒僧を足した様な存在で、その中で初代の「詠いし者」と呼ばれる人物と同等とまで言われる一種の吟遊詩人なのだ。

 ただ、初代とは違い、その二代目は強さのみを追求したらしく、100年ほど前までは西方で様々な国に荷担し戦争を起こしていた上に、希代の詐欺師とまで詠われた。が、その素性、性別、年齢は愚か全ての事が今となっては分からない伝説であり、実在したかどうかも妖しいところ。存在そのものに関するセカイまで騙したのではないか、と、そう言う意味で詐欺師の中では有名な風師なのだ。つまり、詐欺師(スウィンドラー)にとって幻風師の二つ名は目ざすべきものであって、彼がその中でもっとも幻風師に近い存在。

 ただし、本人も自覚しているらしく、そこまでの実力は無い。廉いのは腕のいい詐欺師の条件らしく、その辺はこの男にも当てはまる事だったが、諦めきれない所は若手である証拠らしい。

「ま、今回は諦めるわ。あの二人がどんな結論に達するかは見物だけどな」

「目が諦め切れて無いな」

「信用無いなぁ・・・・とは言えないか。やっぱ賞金首だけあるわ」

 目つきが変わり、また、戦闘態勢へと入る。自分を首を狙う理由は十分すぎる程あるが、本気がどうかを確かめるのは、こういう相手だと遣りにくい事この上ない。ただ、いくつかの気配を感じた事から、彼の行動が自分の予想と当てはまるのか、それとも欲目に眩んだかは、一種の賭けだろう。

「そんなたいそうな包帯巻かなくても、色つき眼鏡でもかけてりゃ正体も分からないのにな」

「そう言う趣味は持ち合わせていない。第一、ある場所で顔が売れすぎた」

「だろうね。あと、アンタを倒す理由が俺にはもう一つあるんだが、聞きたいか?」

 話を長引かせ、クレアの言った「真打ち」の気を引こうとする会話、だろう。目線でどちら側を担当するかを確認したがっているのが分かり、武器を手に装着しながら自分の攻め込む方向を伝えてやる。

 ただ、会話そのものにも意味があると思い始めたのは、彼の視線が敵を全く見ていないと言う事に気付いたから。

「冥土に持って行く土産なら必要ないがな。未練があるんなら聞いてやる」

「そうかい? じゃ、聞いて貰おうかな」

 気が高まる、と言う表現があるが、彼の場合はまさにそれと等しい。

 見てくれはまるで変わらなくとも、雰囲気が一気に真物へとなる様はかなり見物と言えただろう。勝てると分かっていた確信が揺らぐほど、彼は強いのだ。

 そしてその中に宿る一種類の気配が、何を露わしているか。

 問うまでもなく分かったのはそれに慣れすぎていたから。

「俺さ、あんたが滅ぼした村の生まれなんだよね」

「それは悪い事をしたな」

 こともなげに言葉を返す事にどんな印象を抱かれようと構いはしないのだが、今回だけはどちらかがまるで分からない。

 「嘘つき装置」とはよく言ったモノだと、感嘆でも漏らしたい所だがそんな暇はもう無い。

 ハッキリと、拘えた敵だと認識できる何かの気配も注意をしなければならない一方、徐々に高まるガジェットの殺気は間違いなく真物と言えるだけの雰囲気を纏ってゆく。それも、逼り来る敵などどうでも良い、自分さえ、目の前に居る「ツヴァイファルベ」さえ殺せば良い、とハッキリ分かるだけの意思があるのだ。

『作戦だと・・・思って居たがな』

 もし間に合わないのなら、少しだけ力を解放して乗り切ると言うやり方も出来たのだろうが、それはクレアが隣に居ればの話。まだ口喧嘩を続けている二人は敵の気配などまるで意に介する風もなく、それが憎たらしくも見えたが、視線と気配を摸る感覚全てを目の前の青年に集めなければならない程の殺気をたたき込まれた時、

「なぁあんた。殺したヤツの顔って、憶えてんのか?」

「残念だが死体に興味は無い」

 彼は嘘から真実へと、その身を翻し自分の喉元目がけ一撃を放って来た。

 何より、それは嫌と言う程ゆっくりとした動きに見えたのだろうが、集中しすぎた自分の感覚が見せた断片化された時の中での事。

 常にこんな視界で居られると、昔クレアが言った事があるが、長く続けていれば気が狂ってしまうと言った事も本当だと分かるのは余裕が何処にも無いからだ。何より、武器を持っていたのかと思わせるほどガジェットの動きはなめらか過ぎる。

 避けられない。

 そう悟った瞬間に視界全ての情報がまるで「嘘」になってしまった様に変わったのは自分が術中に落ちていたから。

「・・・・・・それが」

「ああ、そうさ。これが俺っちのやり方だ」

 視界全てを埋め尽くす物が嘘だと分かっていても尚、身体が反応してしまうのは気配すら真物に似せて作られているからだ。第一、何処の世界に自ら窮地へと乗り込む馬鹿が居ると言うのだろうか。それ程に、頭のネジがゆるむかぶっ飛んでいる程馬鹿馬鹿しい行動と言えるだろう。

 囲まれている事を今の今迄気付かなかったのだ。それも目と鼻の先まで敵の刃があったとしても、空気が微動だに動かぬ程の、静寂と言う幻が包み込み全てを覆い隠していた。

 それが解かれたからこそ、身体は染みついた動きを加速させ瞬時に自分の取るべき行動に移り、自体の収集を着けようとする。絶体絶命だと言われようと、それが分かって揺るがない物だとしても、この行動だけはどうしても変えられないといったい何度呟いた事か。それが分かってこんな「試練」もどきをするのは自分の事を気遣う小さな彼女だけだと思っていたのだが、それは違っていたらしい。

 目の前を星明かりすら消し去る死の刃が幾度と無く通り過ぎ、叱咤、激昂、生への渇望する声が響き渡る中で、余裕がある自分もどうかしているのだ。

 試されていると分かった故の安心か。それとも単に死への予感が鈍いだけなのか。どちらにしろ、それだけで安心してしまう自分の腕に鈍りも陰りも無く、相手の顔がみるみる青ざめてゆく光景は何度も見てきた単なる地獄だ。

「で、俺はお眼鏡に適ったのか?」

 そして、舞台を創り出すのは自分だけではなく、むしろ主人公は彼なのだろう。ゲストか、それとも脇役かも分からなかったが、噎せ返るような血の慣れた匂いのなかで自分はそう言い、彼は満足する結果が目の前にあっただけではなく、よほど自分の実力を過小評価していたらしい一言を漏らす。

「むしろ関りたくなくなったね」

「賞賛として受け取って置く」

 此方の顔を見ようとはせず、一方で舞台が佳境に入るのはこれからだと、確信めいた笑みを浮かべている彼の頭の中はどうなっているのかまるで分からない。が、多分自分も笑っているのだと、何故かそのときだけは思えた。

 それはどんな場所であれ、その笑みを絶やす事がない故に自分たちが修羅だと恐れられ、忌嫌われる存在だと言う事に誇りを持っているから。血と言う中に縛られた種族ではなく、血を越えてたどり着ける一つの場所としてそこがあるだけ。だからこそ、悪鬼羅刹と貶まれても自分の立場を変えようとはせず、罪を罪で洗い続ける事が出来る。

 そんな笑みだ。

 だから迷いもなく見据えたただ一点。森の奥深くから来る自らを襲撃者だと思いこんでいる愚か者に深い死の刃をくれてやるだけで、今日は満足出来る。

 最も、所詮は一回の惨殺者の戯言ではある。

 そしてそれを自覚しているからこそ、笑みを浮かべた自分が考えるのは、ただひたすら生きる事だけなのかもしれない。

「あんたは・・・」

「?」

「悩んでるって顔しないんだな」

「お前は悩みなど無いように見受けられるが?」

「・・・・」

 その言葉に返ってきたのは笑みのみで、後は最後の一人を消し去るまで、顔に張り付いた様な笑い顔も消えぬだろう。

 それが自分たちが貶まれる理由であり、同時に常にそうある強さでもある。

 呑気に口論を、いや、単に面子や言い負かす事への達成感なのかも知れないが。他の二人は気付いているのか居ないのか。ずっと言い争ったまま、当分それを終わらせる様な気配も無かった。







 かいま見える時の中で感じられる物は殺意だけだった。

 よほどの物を隠しているのか、それとも匿っているのかは判断しかねたが、それでも十二分に約立つ物な事は分かる。

 ただし、それは自分に取ってではなく、ユーリとガジェットに取ってであるのだろう。それを判断する材料が自分の勘と言うのだから笑い話にもならない結果になるのかもしれないが、この死地になるやもしれぬ場所で得た感想が違えた事は一度もない。

 理由は、クレアが言うには獣の勘だと言うが、茶化されケダモノの勘だとも述べられた事がある。

 窮地に立たされた時だけではなく、自らの奥底に眠る様々な感覚が自分の中の何かを呼び覚ましているのだとしたらこれ以上ハタ迷惑な話は無いとも言えるが。

 自分の中に狂気が潜んでいるのならばと、考える事は既に億劫になる程繰り返した。

 自分が今を生きているのか、たまに分からなくなるのはこんな時だけ。

 考えるのもまた、わざわざ戦場になり、血と、肉と、最後の死と言う結末がある様な場所でしかないのも業なのかもしれない。

「やっぱ、余裕綽々に見えるな」

 そんな事など知りようもないガジェットは少し緊張している様で、先ほどとは打って変わり自分を殺し切れないらしい。所詮は嘘と言う仮面を付けて戦うだけあって、元来の彼の性格はあまり戦いに向いているとは言い難い様な気もする。だからこそ、生き残る事だけに掛けてはプロ。

 それ故の、ハンターと言う職業。

「相手の素性でも知っているのなら教えてくれても良いんじゃないのか」

「・・・・・詳しくないんだがな。それにあまり言う様な事でもない」

 臆病風に吹かれても、生き残り続ける事が出来るのならば何時でも。いや、死ぬまでチャンスはある。契約者に叩かれようと、悪名が轟こうとそれだけは関係が無い。

 その点、自分は何処かタガが外れ欠けているのかもしれない。

「一応、俺もユーリも国の密命を受けて動いてるんだがな。調べて分かったのはどこぞの国が魔法生物、いや、兵器、だろうなありゃ。そんな物を作ってるって噂を見付けたんだよ」

 緊張しながらも、口調だけは元のままで気配を徐々に変えてゆく。

 二つ名通り、自らを機械の一部として扱う事で可能になる一種の狂戦士になる方法。最も、素人が考える程それは単純ではなく、玄人でさえそれが何なのか理解している輩は少ないだろう。そもそも、そんな方法など存在しないのだから。

 だがだからこそ、彼にはそれが扱えると言える。

「で、結果が今から来るバケモンだ。あんな物が量産化されて戦争にでも投入されたら泣きたくなるね」

「弱点・・・等は見込みはないと言う事か」

「あるぜ。ただな」

 そして、最後の揺らぎだ。

 彼の瞳の中に宿る狂気の裏にあったのは間違いなく憫れみ。

 それが同情であったならば自分は即座に反応し切り捨てたのかもしれないが、彼の中にあったのは自分にはどうしようもないと分かっている無力さをあえて感じている故の色あせた感情。

 そして森の中を駆け抜け、草木を踏み躙り騒がしく韻かせる足音と、まるで殺意の感じられない気配を見た時、彼の言わんとしている事を理解出来た。

「元人間、それも女の子相手となるとやりにく過ぎるんだよ」

 あったのはただ、伽藍堂の瞳の中に必死に何かを渇望している意思の破片を持った少女。

 もはや殺すしかないと言い切れる程、そして逆になんの変哲もなく見える、ただの少女だった。

「くそっ、やっぱ出来るかよっ!!」

 叫びながら初撃を避け、それでも迷いがあった故にガジェットの身体は薄く切られたらしい。

 一方、分かり切っていた自分は一切の傷を負わず、相手の隙を付き蹴りを腹に叩き込み距離を取らせる。

 姿見通り、少女の重さはそのままで宙を抵抗もなく飛び木に激突する。それだけならば無論殺す事など出来ぬと分かっているが、自分の中にあった言葉と感情はさらに冷たくなるだけ。

「やっぱ・・・あんたは罪人だな」

 彼の言葉すら、それに利用する様、徐々に思考が単純化されて行くのも分かっている。

 それでも尚、少女は立ち上がり向かい来るのも分かっているから言葉も反さずに次の行動に移り、脚でその身体を地に押さえつけた所でもう一度確認する様に少女の顔を覗き込んだ。

「・・・・」

 もっとも、言葉も反応も返ってくるとは思いもしないので自分の感想も変わりはしないが、後方に居るガジェットの殺意が自分に浴びせかけられるのも嫌と言う程分かる。

 だから、自分はそんな言葉を吐けるのかもしれない。

「殺すしかないんじゃないのか?」

「・・・・希望も無いような事を言うんじゃねぇ」

 そして返ってくる言葉は、間違いなくこれ以上動けば殺すと言う明確な意思が篭っている。

 諦めきれない故の、感情だ。

 愚かしいも、英雄的でもそのどちらでもない。

 自分が抱いたのはただ、どうこの少女を殺し、ガジェットの攻撃を避け生き残るかだけ。

 そして漸く場が動き出す沈黙が解かれた時、自分の中にある狂気は少しずず圧さえられていた。

「そう言うのはね、希望が無いとか、絶望的だとか言うのは変だと思うわよ」

「どうすれば良い」

「多分制御回路が何処かにあるから、その媒体を探して打ち砕くなり取り出すなりするしかないわよ。方法は任せるわ」

「分かった」

「お、おい!!」

 しゃべりだし、勝手に言葉を進めるのはクレア。

 多分、この少女の事も気付いていたのだろうが、久しぶりの口喧嘩が出来る自分以外の相手と楽しみたかったのだろう。もう一つ言えば、自分で少女を助けると言わなかったのは、その気が皆無だから。情報や知識はいくらでもくれる彼女も、自分が気に入らない事は何が何でもやろうとしない。それに意味があろうと無かろうと。

「助けるなら助けるで、もう少し方法は無いのかよ」

「何、もっと優しくしてやれって? はっ、冗談」

「・・・・」

「手を出さなかったのは賞めてあげるけど、男だから女だからなんて言うのはナンセンスよ」

 その口から出る言葉の矛先はユーリからガジェットへと方向を変える。多分ユーリは口論していた場所で殴り倒されたかしている筈だ。そしてだからこそ、自分は少女を助けるか否か、やるのならばその媒体とやらが何処にあるのかを調べなくてはならない。

 故に、己の中にあった狂気をもう一度呼び覚まし抵抗を僅かにし始めようとする少女をさらに踏みつけ、苦しむ感情が消えてしまった様な身体をもう一度丹念に観察し、後方の二人の声や、全ての知覚出来るモノを少女へと集め、始った口論の節々は感情だけが僅かに感じられる様になった。

「だからって、どう考えてもそいつはまだ幼すぎるじゃねぇかよ」

「だから何? こんなのは常套手段なんでしょ。助ける方法教えただけでもありがたいと思いなさいよ」

「なら俺がやる。やっぱりお前らは信用出来ない」

「それもダメね」

 何処も、それこそ、健康体だったのだろう少女の身体が時と共に、そして外界からの何らかの方法でこうなってしまった理由は見るだけでは見つかりそうもない。最も、服を脱がせて分かる様な特徴ならば既に見付ける事など容易い。そもそも魔術媒体と言う奴は目立ちすぎる故に、あまり有効とは言えないのだ。それ故に魔導生物などの類いは弱点を露しながら戦わなければならない故に、効率的に量産化するか、その弱点そのものを隠す、もしくは無くしてしまう事でしか実用性は生れない。

「そうやって・・・・命を弄んで何が楽しい」

「優越感を感じる事に決まってるじゃないの」

「はっ・・・顔に似合わず恐ろしいガキだな」

「でも言わせて貰えば、あんたら位じゃないの? ハンティングくらいやった事はあるでしょう?」

「それとこれとは話が別だ」

「だから私は人間が嫌いなのよ」

 だからこそ、魔導生物は量産化が命と言っても良い。

 そもそも、魔導学の歴史はかなり長いと言われ、その歴史の中で弱点を克服する研究はずっと続けられて来たのだ。にも関らず、その方法が見つからないとなれば、量産化以外、有効な手段は残っていない。

 彼女もその一人であるならば、これほど出来の良い、人間を媒体とした魔導生物を創り出す技術はかなり進んだとも言えるが、同時にここでこの少女の弱点を見付ければ次からは難無く救う事も、また殺す事も出来る。

「あんた達はね、自分たちが特別だと思いこみ過ぎなのよ。歴史の中でどれだけ多種族から助けられたかも知らないじゃない」

「ならお前らは何処がどう違うって言うんだ?」

「やるだけの事はするわよ。恩を売る為じゃなく、ね。魔族を残忍と罵声を浴びせかけるあんたらの気が知れないわよ」

「勝手に一纏めにするんじゃねぇ」

「じゃ、あんた「達」もそれを止めるのね。私たち、と言えるのか、私自身にその資格はないのかもしれないけど」

「・・・・何がおかしい」

「面白いわよ。生かされた劣等種族がここまでのさばるのはね」

 だから見付ける必要があるのかと問われれば、自分はどちらでもないと答えるだろう。

 所詮、この少女は不幸なだけだ。

 残酷かもしれない。此処で殺してしまうのは簡単であり、ゴミを捨てるのと同じ感覚でそれは出来るだろう。だがクレアの言った通り、そして自分もその意見に同調し、彼女と出会う以前から持っていたからこそ、出来る事は例えそれが何であろうとやるのだ。

「劣等種族だと?」

「ええ、そうよ。でなきゃあんたらは一体何? 人間様とでも言うつもり? 魔族であんたらに知識を歴した奴がどんな考えであんた達を助けたのか知ってる?」

「・・・・・」

「クレア・・・」

「何、今良い所なのよ。邪魔しないでくれる」

「見付けたから報告しただけだ」

「そう」

 聞こえては居た口論は、それ以上聞けば彼が何をしでかすか分からない。丁度、見つかったのは彼が幸運だったからだろうか、それとも自分がそうしようとしていたのか。

 どちらにしろ、少女の身体の中に埋め込まれた媒体は見付ける事が出来た。多分、これが苦肉の策だったのだろうと言う、小手先の技。最初に感じた伽藍堂の瞳その物が、魔術媒体。違和感を感じさせなかったのが自分に見付けられた落度だったのだろうが、最後の賭はそのどちらが真物の魔術媒体であるかどうか。

「で、どっちなの。さっさとやりなさいよ」

「何を話してやがる。分かる様に説明しやがれ」

「その子の両目のどちらかを潰す算段をしてるだけよ」

「・・・・・」

 最も、そのどちらかが分からないと言うのも、踏みつけ圧迫していた為か。青ざめた顔が徐々に土色になった時にハッキリと確証がもてる。

 誰であれ、この少女の処遇を決める時は殺すか、殺されるかしか考えつかないだろうと言う浅薄な考えが浮き出たのだ。苦しめ殺される事が前提でなければ、輝きを損う寸前の、命が消える瞬間の真物の瞳の輝きと、何の意思も宿さない機械と何ら変わらない作り物の目では特徴が違い過ぎるのだろう。

 確かにこんな少女が幾十、幾百と戦場に現れれば魔術媒体を見付けられず、ガジェット達の様なハンター、戦争に狩り出される兵士はもっとかもしれない。何もかもを呪って、彼女たちを死地へと送るのだろう。

 初めから殺すしかないと決めつけるからこそ、自分の知識や情報が足りない事を棚上げにする事で諦めているのだ。

 出来ないから、出来るからで決めているから、幾人も犠牲が出る。

「これ以上嬲ってどうするってんだよ!?」

「だから、何? うるさいわよ」

「ジンとか言ったな。止めろ」

 そして漸くクレアでは話にならないと判断したのか。もう一度殺意と、懇願を入り交じらせた瞳を此方に向け彼は言ったが、聞く気は全く無かった。

 時間が無い訳ではない。

 誤解されたからどうと言う訳でもない。

 その程度の事も見抜けぬ弱者に用は無いと、関心が無くなったからだ。

「止めろっ!!」

 何に対する叫びかは、今更考える気も失せる程、自分にはただ小煩い声にしか聞こえなかった。

 ゆっくりと、手で少女の瞳を模した魔導媒体をえぐり取り、案の定既にくり抜かれた後だった故に、抵抗無くそれは出てくる。

 木々の間から漏れる星の輝きにそれを照らし出してみてもそれは伽藍堂の色を変える事無く、まるで輝きもしない。もっとも、これを作った技術者は確かな腕は持っているらし事だけはハッキリ分かった。偽装工作の為に作った物ではなく、多分、武器に使うつもりの物を使い回ししたのだろう。少女の物ではない血の匂いが僅かに感じられ、それが多分、クレアが目的としている物だとも分かった。

「さ、行くわよ」

「・・・・・・おい」

 血の匂いに僅かに残っていた気配、とでも言うのだろうか。

 自分の知らない誰かが残した遺産。

 技術としてのみ存在し、追い続けているのは彼女と自分だけであろう。

 このために、彼女が探していたのだと言う事が嫌と言う程分かったのは、珍しく感情を抑えきれなくなったクレアが笑っていたのだ。それもとびきりの歓喜など、ここ数年で見た事もなく、隠そうともしないのは決して逃がさないだけの条件でも揃う物らしい。

 だが、一人取り残された様に事情も分からない彼にしてみれば、まるで出し物でも見て満足げに笑う様に見える彼女と、何事も無かった様に、多分、能面の様な作り物の顔だ。

 そんな自分を逃せる程、彼は知っている訳でも、そして強くも無い。

「このまま帰るつもりかよ」

「ジン、私は先に行くから。それ、どうとでもして置いてちょうだい」

「分かった」

「聞いてるのかよっ!!」

 怒鳴り散らした声が辺りに木魂し、木々に吸い込まれ消えて行く。

 何もかもが空回りに終わり、こう云うのを儚いと人間は表現するらしい。

 そしてまるでそこに居なかったかの如く行ってしまったクレアと、残された自分とガジェット。

 対峙し、多分、彼は本気で自分を殺そうとするだろう。

「・・・・半端物、か」

「ここまで来て冗談か?」

「俺は冗談は苦手でな」

「ああ、そうかい。そんな顔してるもんな」

 一陣の風がまるでおあつらえ向きに吹き抜け、どちらかが動くのをまるで促している様に自分の身体中を覆っている包帯をもたなびかせる。

 勝負を一瞬で決めたい所だったが、此方の条件は相手を「殺さぬ」事だ。不利な事など分かっていても、やる気が無いと言うのはどうもやりにくい。

「どうした。やる気のない顔しやがって」

 そして、嘘を得意とするから相手の真意を見抜く事も闌けているからこそ、彼には見えないのだろう。

 人間と言う種族が、理由を知りたがるのはいまいち分からないが、それが無ければ動かないと言う連中ばかりでは「ない」と、そんな言い訳すら考えたのもやはり彼らなのだ。目の前で、まるで仇を見る様な目で睨め付ける彼は違うと思っていたのだが、自分はまだまだだと思い、失笑してしまう。

「・・・・お前もかよ。」

 だから、半端物だと自分を喧ったのだと、言えば良いのだ。

 人間ならば、そう考えるのだと何度と無く知った、同時に分かっている事でもある。

 それでもやらない理由は、多分、人間には理解出来ぬ故に、彼女の言葉をあの時止めたのだ。きれい事を並べ立てた、半端物の自分が言うべき事の様な気がして。

「もう良い、殺るからよ」

 抑制の無い声と共に彼の姿は消え、それを目で拘えた瞬間増えるのはもう見切った後だ。

 どれだけ早く動こうと、此方に直接来る事と、そして何処を狙っているかが分かれば対抗策など簡単に打てる。

 それが、彼の首筋に当てられ、自分に背後を取られる事となった結果が全てを証明していた。

 勝負が一瞬だと言うのなら、判断を下すのはもっと早くなくてはならない。

 ただそれだけの事が分からないから。

「だからお前らはハンター止まりだ。それ以上にはなれない」

「・・・・・」

 罵倒する事も出来ないのは彼ののど笛が動けば、それだけで血が滲み、自分は彼の首を飛ばす事を躇わないと相手に悟らせたから。

 何を伝えようともしない瞳が睨め付ける事も出来ず、歯ぎしりの音だけが聞こえ剣を首筋から放してやる。

 そしてやはり彼も、

「殺さないのかよ」

 所詮、人間だった。

 何も言わずに立ち去ろうかとも思ったが、これ見よがしに頭の包帯を取り、投げつけ言ってやる。それだけで、彼とは二度と会う事も無い。

「助けたいのなら、常に考えろ」

「・・・・・?」

 分からないのなら、それで良い。

 考える事すら出来ぬ生者に、意味など必要は無い。

 見抜くことが出来るのなら、出来る筈なのだ。単に出来ないのはやってもいないから。

 そして口から漏れた一言は、意識したからではなく、ある時期言われ続けたから、嫌という程身に染みついた厳しさと、自分の中に僅かに残った優しさが口を割らせたのかもしれない。

「知らない事は罪ではないが、知ろうともしない事は罪、か」

 笑みもこぼれ、クレアの後を追う。

 手に握った、宝珠とは言い難いくすんだガラス玉を持ち、漸く旅が終わる時が近づいてきたのかもしれないと、僅かな不満を残して。

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