手に入れた物品を渡した時、彼女の笑みはさらなる物にならなかった。

 ガジェットと分かれた後、冷静になる為に一人で居たらしいが、流石と言った所か。いつもの顔に戻り、ぞんざいに扱いすぎだと言いたくなる程の乱暴な扱い方だ。最も、彼女から言わせれば、そんな簡単に壊れる様な代物であれば用は無いとの事。

 道なき道を進む際、前を気がつくと歩いている事もあったが、後方を振り返ればくすんだ玉をしげしげと見詰めるのは、旅の土産でも貰った少女その物に見えるが、口を開けばそうとも言っていられない。

「何見てんのよ。前向いてないと転かすわよ」

「分かった・・・」

 殺気まで飛ばして言う様な事かとも思うが、照れているのだと分かっている様子を表す訳にもいかず、無表情のまま前に向き直り歩くだけだ。

 行き先を聞いて居なくとも、その内なにか言うのだろうと思ってただ歩くだけ。

 幾年もやって、こうやって歩くのが最後になるのかもしれないと思うと少し寂しい気もするが、彼女ならば自分の目的が卒えた後であれ、自分につき合ってくれるだろう。

 妙な所で義理堅く、けじめはキッチリしている方なのだ。

 だからこそ、自分の本音を言う訳には行かないのだろう。

 つき合ってくれなくとも良い。正直な所は居てくれた方が心強いが、自分よりも遥かに長く生きた彼女はあまりにも苦しみを受けすぎたのだ。

 また、何かが始るまでの僅かな時間であれ、安寧の日々を過ごしてくれるのが自分は望ましいと考えている。

 人間の中で暮らしたのなら迫害を受けるのかもしれない、そう言う心配をしなくてはならない程、彼女は歳を取らないが、魔族の何処かの集落に居ればそれも無いだろう。特に北東の魔族、四魔境の一つの「死の渓谷」に住む魔族であれば、そう言った心配もしなくて良いとも言える。

 自分と同じ、いや、遥かに賞金額は上なのだが。天魔剣と言う二つ名を持つシュリ・レイナードと言う人物はどの魔族でさえ知っている様な大した人物らしく、信用を置くならば彼女だと言われているのだ。妙な噂、若い男を囲うのが好きだと言うのが本当であったとしても、彼女は曲がりなりにも女なのだから心配はない。

「・・・テツ、迅徹っ!!」

「あ? ・・・すまん、聞いていなかった」

「ったく、あんた最近ボーっとし過ぎじゃないの? ただでさえ今は素顔さらしてんだからしゃきっとしなさい」

「ああ。・・・・? 素顔だとどうしてしゃきっとしなきゃならないんだ?」

「頭もいいし顔も良い、人格はちょっとダメかもしんないけど男としてイイセン行ってんだから、もったい無いじゃないの」

「・・・・」

 最も、彼女は彼女で自分の心配をしてくれている、の、だろう。どうもったいないのか。彼女の価値観に口出しする気もなく聞き流す結果になってしまうが。

 そしてこれこそが、自分に取っての日常。

 血の匂いも、人の視線も、狂気を満ち沸らせた空間も此処には存在しない。

 だからこそ惜しいと感じる。

「これの後始末が終わったらさ、どっか違う大陸にでも行ってみない?」

「ガイア大陸以外にあるのならな」

「あ、その言い方、本気にしてないなぁ?」

「どうだかな」

 決別を自分から言い出さなければならない時が近づいているからこそ。






































アナザー・ナイン・ファンタジー■ACT:BLUE COMPENSATION





































 最も、予測出来ない事と言うのは幾等でもあるらしい。目の前に広がった結果と言う光景がそれだろう。自分がやった所行の中で珍しい事と言えば、誰一人として殺していないと言う部分だけだが。その代わり。いや、毎度の事か。畏怖と憎悪の視線を集めているのは慣れた事とは言え、子供にまで恐怖の対象にされるのはいい気分ではなかった。

「ホント、別働隊って奴? やっかいだわよ」

「まさか巻き込まれたとか言う訳じゃなかろうに」

「あはは、案外そうだったりして」

 冗談でも言っていなければやっていられない。正直、自分はそんな気持ちなのだが彼女は少し違うのか。微妙に楽しんでいる節がある。

 町、と言うよりも規模で言えば村だ。入る前に気付かなかったのは自分たちの落度だとしても、自分が倒したあの操られた女の様な人形の数は尋常ではなかった。ざっと算えるだけで百人は居るだろう、女達。いや、人形達と言った方が良いのかも知れない。商品としての出来を考えるのなら、森の中で襲ってきた女の方がよほど実力はあった、つまりはそれだけ技術を無理矢理仕込まれていたと考えるべきだが、周りに倒れ気を失っている少女達は知っているだけで使いこなせて居る訳ではない。

 その辺りの事を考察すれば、実験としてこの村は狩り場にされたのだろう。結果、何が生み出されるか等は全く考えの範疇に入っていないに違いない。

 そしてもう一つ予測外だったのは、自分たちの行動である筈だ。たかが村一つに自分の様な邪魔者が居るとは思ってもみなかったのか。少女達の他には監視の目は疎か、結果を報告する伝達役すら一人も居ない始末。

「よほど、甘く見られる村らしいな」

「普通はそうでしょうが」

 クレアの意見も最もである一方、妙だと思う部分も確かにあるのだ。

 普通、南方の村では用心棒とまで行かぬ物の、それなりに腕の立つ者が一人か二人は必ず居る。それは盗賊や知能を持たない魔族から村人を守ったり、天災、此処いらではもっぱら砂塵と、ある時期にのみ発生する砂漠竜が群れを成して移動する地震、それによって引き起こされる二次災害。それらから村人を守る為に必要不可欠な存在なのだが、怯えた顔の村人達の中には男とはとても言えない、まだ十代にも満たないのではないかと言う程の少年と、それを庇う様にして震えを堪える女達が二十数人。

 狩りの時期とは少し離れる筈、他の用事があったとしても大人の男が一人も残っていない事など無い。出稼ぎに行くにしろ、老人すら居ないと言うのはどうも納得しかねる事だった。

 もっとも、それを聞こうにも自分は今、太陽の下で顔を露して居るのだ。僅かに何も知らぬ子供達の口から漏れる自分の忌み名が、拒絶されうる十分な理由だろう。大人の女達はそれを必死になって聞こえぬ様にしているらしく、自分の機嫌を損ねたくないのならば素直に質問に答えてくれるだけで良い。それが顔に出ているらしく、結局の所交渉する前に文字通り「命がけ」で自分に刃向かうだろう。だからこうして、ある程度の距離を取っている。

「でも、少しは感謝しろってーのよね〜。一人も犠牲者居なかったんだしさぁ」

「そう言うな。俺は砂漠の中じゃ極上の悪魔らしいからな」

「気取って言ってるみたいだけど目が全然、正気でないよ」

「・・・・・」

「嘘だよウっソ。そんな顔しないでさ」

 場を和まそうと、いや、自分を気遣って言っているのだろうが。その辺りの事を分かってくれとは言わないが、少しは理解をして欲しいとも思う。

 どちらにしろ、例え村人に只の一人の犠牲者も出なかったとしても、自分は新たなる脅威には違いないのだ。何せ百人も居た、彼女たちからしてみれば気の触れた女共を数分で地に伏せさせ、此方は無傷と来ている。それがどれほどの強さを意味しているのか位は素人でも十分理解は出来、それ以外はまるで理解しようとしないのが素人たる証。

「で、どーすんのさ。あの辺に何か聞いてく? 役にも立ちそうにないけど」

「そう、だな」

 平凡の中に身を置きたい。

 非日常であれ楽しければそれで良い。

 本来はまるで意見の合わない自分と彼女の仲を考えれば、自分と彼らが歩み寄るのはそう難しい事では無い様に思える。

 が、それは自分の意見であり、さしずめ自分は言葉も思いも通じぬ血も涙もない鬼。歩み寄るどころか理解して貰える事すら無いに等しい。顔が売れたと言う事でここまで苦労する羽目になるとは思わなかったが、所詮は自業自得。自分が招いた結果。例えそのときの記憶が無くとも、だ。

「止めて置くさ。それに俺が悪魔なら、この子達は助かる」

 諦めた口調とたしなめられる時はあるものの、時間と言うモノと引き替えにしてまで彼らと親睦を深め逢う気はない。そこに決して意味が無い訳でもなく、むしろ平凡は手に入れる事が出来るだろう。だが、自分の望んでいる物と違う物を手に入れる為に努力するつもりも動くつもりも無い。贅沢だと、人間種にはよく言われるが、ただひっそりと暮らして行ければそれで良いのだ。場所など人里離れていようと、構いはしないのだ。

 自分が倒した彼女たちは、少し違うのだろうが平凡な日常を望んでいたと信じていたい。だから自分が悪であるならば、彼女たちは犠牲者で居られる。

 そう言う事以外に、自分の悪名が役に立った事など無いのだから。

「お人好しもそこまで行くと馬鹿だね」

「まったく」

「・・・・ふぅ」

 ため息を吐き、仕方なさそうに笑いかけてくれるのは自分の望みを少しだけ手伝ってくれる証。

 何も事情を知らないこの村の住人達の方に向かい歩き出し、少し距離の離れた場所から言いたい事だけを言って立ち去るつもりだろう。その言葉の中に、片目を損った少女達を介抱してやって欲しいと言う内容さえあれば良いのだ。あまり優しさを含めて言ってくれる事に期待はしていないが、その辺は彼女自身とて弁えている。もっとも、犠牲者となった住人にしてみれば少女の姿をしたクレアは自分たちと同じなのか、それとも全く別物なのか判断できないらしい。

 当たり前だろう。ここで彼女は戦っても居ないが、その一方で全く動じても居ない。

「奇異なのは・・・何も俺だけじゃないか」

 自分が人の目に異質、忌むべき存在、対魔として映るのであればそれは自業自得だが、彼女がそんな目で見られる理由は何処にも無い筈だ。心配する瞳と理解を超えた存在を畏怖する目と、自分より遥かに小さい身なり故に、ただそれだけで差別的な視線を送る者達が入り交じっている。

 それが自分の所為だと分かっているからこそ、どうすれば良いのか等、直に分かってしまう。

 ただ、諦めれば彼女は自分に興味を失い自分の前から去って行くだろう。

 一点の曇りもない「嘘」を言えるかどうか。

「はぁ、やっぱ庶民様はウザイね。どーしてこう自分たちでどうにかしようとか・・・・? どったの」

「いや、何でもない」

「そーぉ? すんごい悩んでますって顔してるけど。ほら、悩み事があるなら言ってみな」

 最も、このざまでは彼女を騙すことなど出来ないだろう。だからいっその事・・・。

「・・・ちょい待ち」

「・・・・?」

「馬鹿、感じないの? どうやら真打ち登場らしいわよ」

 言ってしまいそうになった事も事実。故に、周りの気配を感じ取る事まで気が回らなかったが、今はまだ言うべきではない。

 傲慢なのかも知れない想いと、自虐的な笑みを見られぬ様に浮かべたのだが、一カ所に集まった村の住民の幾人かの表情が青ざめたのはハッキリと感じ取れた。

「討伐隊って所じゃないみたいだし、三人て所から考えてハンターね」

「ガジェット達と同じクチか」

「一概にそうと言えないけど、十中八九当たりでしょーね」

 どんな顔を。

 自分のどんな表情を想像していたのかは分からないが、それ以上の物を目に焼き付けてしまった故の恐怖。

 本能の奥底にある生存と言う感覚を掻きむしり、その場から逃げたい筈なのに身体中がまるで蛇に睨まれたカエルにしかなれないのだろう。異変に気付いた別の住人が此方を見るが、そう長く表情を変えている程馬鹿でもな。もう一つは、単にこれからやり合うにせよ、逃げるにせよ、冷静で居るに越したことはないからだ。

 単に、それだけの事。

「で、どうする。ここで誤解を解く等無理な話・・・」

「んな事は分かってるわよ。逃げても良いけど、珍しいわね」

「?」

「魔族が一人居るわ。あれは確か・・・・」

 策を練るのは彼女のやるべき事。自分が無い知恵を絞った所で足下にも及ばない。

 まるで雪山を転げ落ちる雪玉の様に自体が悪化するだけで好転する事など無い。ハッキリとそう言われてから、疑問を抱く事もなくそうして来た事だ。

 だが、怯えた表情と、涙の中に見える謂れ無い憎しみをその身一杯に浴びているからか。好戦的な感情が溢れ出て止められそうもないのもまた事実。

「・・・迅徹。あの男と女の二人相手だったら良いわよ。ちょっとあの魔族の女の子に用事が出来たから」

「すまない」

 ありがとうと言うべき所。

 違った、望まない言葉をクチから出してしまった故の、彼女の一瞬の表情のゆがみは直に消え仕方無いと言う笑みに変わる。

 自分は妙に悟らせてしまう癖まで付けてしまって放り出してしまうのか。

 いつから彼女はそんな笑みを見せる様になったのか。

 ただ、一方的になじられるだけの関係であれ、楽しければ良かった筈だ。

「これは・・・・」

 そして馬に乗り来た三人のハンター達。その中のリーダー的存在なのであろう、凍り付いた様な表情と目差を投げかける女が口を開いた瞬間、既に身体は動いていた。





 刃が届く事は無いと最初から分かっていたのは、三人の中で白一点である男の太刀筋を見た瞬間に分かった事だ。

 確か、霧斬り(ミスト・マーダー)だったろうか。鋭すぎる斬り方からそう呼ばれ、西側諸国の中の内戦で活躍した元千人長だった男だ。自分よりも格下と言えるのだろうが、自分の初撃を受けた後の表情を「楽しみたかった」と言う理由だけで加減の一撃に変えたのだ。

 思惑通り、青ざめた顔で自分の目を見ているが、流石は二つ名と、西側の内戦で鍛えられた戦士。恐怖を殺気だけでかき消し、受けた剣を払いのけようと腕に力を入れるのが分かる。

 そこまでの僅かな間で気付いた事だったが、最初に喋りかけた女の表情がまるで変わっていないのではなく、更に自分を射抜く視線が強まって居る事で彼女の正体も薄々感づく事が出来る。

 凍顔の知将(アイス・フェイス)と言う二つ名を持つ、素性不明の西側にある大国の軍師だ。ただ、いくつかの逸話があり、必要ではない情報ばかりに触れてきた所為か。真実のみを見抜くクレアが言うに、彼女自身が戦争に出たのは只の一度であると言う事。それまで居たアイス・フェイスは一体誰なのか、と疑問に思う者はごく僅かな者なのだろうが、それ以上に利用されていただけと言うのが分かっているのはそれ以上に一握りの連中だけ。

「貴様ら、この国でも攻め落としに来たか?」

 自然とこぼれ落ちる笑みと言葉が相手の心をかき乱しはする物の、流石は名の売れた二人だけあって隙を見出せる程ではなく一端距離を置く。

 無論、それだけのチャンスを見逃すミスト・マーダーではないのだろうが、自分の二つ名も伊達ではない。

「っ!?」

 後方へ飛び退く方と、前へ踏み込む方とではあまりにも部が悪い筈の自分は傷つかず、相手の腕にうっすらと傷が出来るのだ。それを理解しろと言う方が無理な話。例外があるとすれば、クレアと初めてやり合った時くらいの事。

「流石。腕の一本くらいは貰える気で居たんだが」

「ほざけ・・・。だが、俺を知っているのなら名前くらい名乗ったらどうだ」

「二つ名なら検討が着いているんじゃないのか?」

「・・・・・・」

 対魔と言うのは何も、瞳の色だけを表す物ではないのだ。例え一本の剣で相手を斬りつけたとしてもツヴァイの二つ名通り、もう一つの太刀筋を相手に向ける事が出来る。彼女が言うには真空破を出しているのだとも言っていたが、呪文も無しにそんな事が出来る訳でもなく、理由まで深く考えた事はない。なにせ必要なのは、ただ自分の能力をどう扱うかに尽きる。

 そして圧さえきれない感情を「爆発させない」為に獰猛な笑みを浮かべながら言葉を並べ立てる。

「どちらにしろ、どちらが獲物かハッキリさせようじゃないか」

「仕掛けてきたのもそっちで選択権もそっちかよ」

「不満か?」

「ああ、大いに不満だね。第一・・・」

「なら」

「?」

「実力でもぎ取ってみろよ腰抜け」

「・・・・・」

 それ以降、男は声が発せ無くなった様に気配をがらりと変え、躊躇いと言う曇りの消えた殺気をぶつけ睨め付けてくる。西側の戦士や傭兵、ハンターほど御しやすい連中も居ないだろう。何せ「腰抜け」と言う言葉に呪いでも掛かったかの如く、冷静な判断を見失い我を忘れるのだ。

 それを知るには苦労しなければならないのだと、クレアが言っていたが、クチの達者な彼女が幾度と無く笑いながら相手を怒らせていればその共通点も見えてくると言うモノ。馬鹿の一つ覚えの様にそればかり言っていた頃は他に罵倒する言葉を知らないのかと少々心配にもなったが、自分より遥かに長生きだと息巻いているのは伊達ではない。

 だから、己の中の狂気を押さえ込む何気ない思い出し笑いだったのだが、相手にそれを見抜く程の技量はない。

「ああ、やってやろうじゃねぇかよ。この賞金首がっ!!」

 故の暴走。

 周りの状況も何もかもが見えなくなり、ただ、自分だけに殺気と怒気と、圧倒的な覇気をぶつけ駆け抜ける様はまさに獣。

 彼らが、西側に住む人間種が最も認めたくない事らしいが、プライドが高く、言い換えれば「有色人種」と言って顔の色が違うだけの同じ人間すら迫害する神経は彼らにしか無いらしい。

 その上、自分はその中で最も格下に見られる彼らの中で言う亜種、忌み人、異端者。

 だがもう一つある事まで覚えれ居られる程ではなかったのは、彼の命運を左右するに十分だった。

「殺ったあぁっ!!」

 振りかぶった一撃ではなく、駆け抜けながらの斬撃を選んだのは賞めても良い。だが、所詮「霧」しか斬れない様では自分に届く筈もない。

 間合いの外に出れば避けられはするが、彼の霧斬りの二つ名通り、自分と同じ真空破の使い手だと見切った後。故に間合いの中、それも息が掛かるほど近くまで来てしまえば相手の剣を止めるのも、相手の息の根を止めるのも簡単な事。

「自分の技の特性ぐらい知って置くべきだな」

「くっ・・・かはっ!!」

 本来ならばそのまま切り捨て、次は女の方に向かうべきだったのだろう、が、今回はただ殺せば良いと言う訳ではない。

 故に自分の指は彼の喉を鷲攫みにしてから女の方に視線だけを向け、言ってやる。

「詠唱と、俺がコイツのノドを握り潰すのとどちらが早いかくらい分かるよな」

「・・・やっぱり、南方一の賞金首と言う事ね」

 二対一である事に変わりはないのだ。人質を取って有利な状況に自分を置く事は当たり前。最も、それで不利になる事もあるが、男を掴み抱えたまま女とやり合う自信はある。見たところ、魔術士か何かである事は丸腰を見れば分かる。一方で暗殺者では無いと言い切れる理由は暗器を持つ物独特の服装ではないのだ。後は間合いだが、後少しだけ近づく必要がある様子。

『距離を見誤ったのか・・・?』

 それこそ、ほんの薄皮一枚の距離ではある。が気になった所で今更妙な動きは見せられない。まがりなりにも彼女は知将と呼ばれるだけの才を持つ者であり、その部分は自分にカケラも有りはしないのだ。馬鹿と賢者の知恵比べなど、比較対照にする方が馬鹿げている。

「で、その子を解放して貰えると助かるんだけど、タダでとは行かないみたいね」

「と言われた所で、何か欲しい物がある訳じゃない」

「じゃ、人質の意味なんてあるのかしら?」

「お前の命を奪うには、これで十分だと思うんでね」

 そして男の首を握りしめる力を更に込め、うめき声を上げさせる。

 流石に有名な二つ名を持つ男だけあってまだ気絶するでもなく、この分だと窒息させるのも一苦労だろう。だから早めに彼女の手札全てを知って置く必要があるのだ。

 焦燥る必要もなく、たった薄皮一枚の距離。それ以外に問題など何処にも無い筈なのだが、相手の特性は知性に長けていると言う事。クレア風に言うならば、賢者とは詐欺師の裏返しだと言うのだ。こと戦いの場に関して彼らはあくまで交渉事で済ませようとするのは、それが彼ら彼女らの得意分野であるから。

「取敢えず上半身だけでも裸になって貰おうか」

「辱めの趣味なんてあるの?」

「どうとでも言え」

 故に、その知識の使いどころと判断力、機転の良さ等を鈍らせる必要があるのだ。

 もし相手が男であれば、こんな方法など通用しない事が分かっている故に、同姓であると言う共通点から相手の行動を予測するか、もしくは一番最初に殺して置く。が、女である以上、何を隠しているのかを見抜こうと思う方が愚かしい。

「さ、これで良いのかしら?」

 口調はそのままに胸だけを手で隠し上半身を全裸にした女は顔だけは赤らめ恥じらいを見せている。が、もう一つ同じ部分と言えば、目だ。

「次は何をすれば良いの?」

 屈託のない、負け知らずの目差なのだ。それこそ、無敗の知将である威厳は持ち合わせているだろう。何より、これでは立場が何時逆転してもおかしくなく、未だ感じる彼女の奥の手が見抜けないのは自分の実力不足だが、隠し通せる奥の深さが不気味に思えて仕方がない。

「何もしないで良い。俺が殺す」

「・・・・・」

 だから迷いを断ち切るようにして剣を彼女に向け宣言し、弓を引き絞る様にして剣を傾け構える。後はそれを突き出せば、紙一重など関係なく彼女の心臓を貫きそれで終わりだ。ただ、それだけの事だった。

 気付かなければ、それだけで自分が殺されていたのだ。

「・・・どうしたの?」

 女の焦りが見えたのは、自分の視線が注がれた先に何があるのか分かっているから。両手で胸を隠しているのだろうが肝心な、自分の正体を証明する様な物があっては奥の手も読めると言うモノ。胸の少し上に契まれた、入墨かと思った何かの紋様は見たことがあった。でなければ剣を止める理由が自分には無い。

「紋章士(クレストラー)・・・いや、次文士(ディメンジョラー)か」

「!?」

「驚く程の事じゃないだろう。ドラグーンクレストを三枚以上持っている人間など貴様以外に一人しか知らぬわ」

「・・・・・・・・」

 経験が無ければ見抜ける話ではない。修行、鍛錬と称して様々な相手に喧嘩をふっかけていた時期もあったが、クレアの言う通り本当にイイ経験であった様だ。

 紋章士として知られ有名なハンターは多々居る。血筋の中でのみ受け継がれる能力は他者では真似出来るモノではなく数としては確かに限られては居る。が、それを乗り越えた者が隠し名として授けられる称号があったのだ。一度戦い、痛み分けどころか手負いの負け犬になったのもまだ記憶に新しい。あの時はエラク若すぎる男だったが、今回目の前にした女は実力だけで言えばそれ以上と言う事になるのかもしれない。

 そして彼の名は聞くタイミングがなく知る事にならなかったが、次元文字を操る者と言う事だけは知る事が出来た。何せ、詠唱時間を無くし魔術とも魔導とも魔法とも、全ての系列から全く外れた術を使うのだ。早さの点でのみ、今は相手の首筋を斬り落とすのも容易い事だが、それで一体どんな竹箆返しがあるのか見当もつかなくなって来る。近年開発された銃と言う武器の弾丸より早いのだから。

 だが、今の状況にも関らず、同じ次文士であると言う共通点は、自分の知らぬ所で因縁を生んでいたらしい。

「どうやら・・・見くびってたのは私みたいね。もう一人の次文士とは何処で?」

「どうしてそんな事を聞く?」

「私に取って必要かもしれないからよ。仕事中にこんな事考えるなん、不謹慎だけどね」

 自嘲気味に、いや、自虐的か。その笑みに隠された感情が何であるかは慣れ親しんだ自分に取って何よりも分かる感情。そして同じ感情を抱いているからこそ、決して相容れぬ存在で居なければならないのが、復讐と言う二文字に秘められた意味なのだ。

「でも、私も贅沢よね。シグマと一緒に、情報までちょうだいなんて」

「・・・・・」

 もっとも、覚悟の決まった女ほどやりにくい相手は居ない。

 好き嫌いで全てを判断してしまう彼女らは、自分たち男では絶対得られない領域を持っているのだ。何より、自分の出した答えが例え間違っていようとも、それを捨てきらず、下手をすれば極めてしまう程の器量の良さがあるのだ。

「それに、私にはアンタを生かしてある場所に連れて行くハンターとしての義務がある。ホント、殺してもダメだなんてまいったよ」

 そして何より、迷いを断ち切った彼女たちの意思を揺らがせる事など不可能。

 例えどんな強敵が現れようともだ。恐怖をいとも簡単に克服してみせるその才能は、決して自分には得られない物なのかも知れない。

「さて、どーしたもんかね」

 完全に自分を取り戻させたのは、自分だ。

 明らかに不利だった状況を打破させてしまったのだ。自業自得も良い所だろう。

 ヘマをやった。

 まさにその一言に尽きる。

 もし隣にクレアが居たら幾等罵倒しても彼女は収まりきらないかもしれない。もしくは一笑して何処かに行ってしまうのかもしれない。相手の素性を見抜いた事で、自分が窮地に陥った事は何もこれが初めてではないのだ。そしてそんな時、自分が頭の中に浮かべる言葉が一つある。

『諦めが人を殺す? 良い言葉じゃないか・・・』

 誰かの言った格言であると言う事しか知らないその言葉は、自分に取って当たり前の事を教えてくれたのだ。

 クレアと出会う前の、自分の中に残る記憶では一瞬に過ぎないあの地獄を創り出していた自分自身の内。そこにあったのは、躊躇いでも、諦めでも、絶望でもない。

 それが慣れ親しんだ感情であったからこそ、なのだ。

 希望や、夢を見るのではなく、ただ生にしがみつこうとする見悪い獣になっていたのは。

「・・・・東だ」

「?」

「東方で、お前じゃない次文士と出会った。情報が欲しかったんだろう?」

 ならば、自分のやれる事は全てやって、負けたのなら死ねば良い。何より、彼女らが迷いとはまた別の問題を抱えている事も分かり切った事。喜びが躊躇いを生むなど、女だけだろう。男の油断とも違うそれは、決定的な敗因となるのだ。

 何より、彼女に覚悟を決めさせただけの大きな特異点であればあるだけ、その敗因である「心の隙間」は大きく広がる。

「えらくサービース良いわね貴方・・・。何を考えているの?」

「さぁな」

 分かり切った事を聞くと、まだチャンスではないと身体を緊張させたまま微動だにさせない。何を考えている等、殺すと断言した以上それ以外は無いのだ。そして感情を隠そうと彼女の二つ名である、凍顔(いてつきがお)のそれを表しているからこそ、ただの取り繕う姿は滑稽に映る。そしてなにより、だ。

 自分の殺気さえ感じ取れなくなったのでは、助かる道など彼女に見いだす事は不可能。自分が誘い込まれたと言う事実と、殺気を見落としていたと言う現実に気付いた時が、彼女の命の尽きるとき。決して外しはしない自分の剣の切っ先が、ノドを拘え切り裂く。

 後は、自分がそれを見落とさなければ良いだけだ。死が這い寄っている事すら関知できず、自分の言動を信じはしたが何を意味しているかが分からず当惑している女。手の中にある男の意識も二度と戻る事はないだろう。絶体絶命の状況を、認識出来ないのがどれほど苦痛なのか。いや、もどかしさを感じさせられる、だろうこの場合は。

 様々な想いが交差し、決して相容れぬ場所だからこそ、自分はあんな血溜まりで全てを最初からやり直していたのかもしれない。

 そして彼女が自分の置かれた状況を、自分と対峙している男の頭の中を読みとれた時、彼はただ手を前に動かし息の根を止める。

 血飛沫が舞う、等と言う表現があるが、斬る面積が大きくなければ其れ程血も流れない。

 剣をつたって滴り落ちる血を見ながら、これからどうしようかと考える自分がそこに居る。

 筈だった。

 もっとも、彼女とて自分の瞳で命が、それも自分自身の命が消える瞬間の先の光景を予測して見てしまったからだろうか。当たりに響き渡ったやたら耳障りな金属音も聞こえていない様子で、命の恩人の顔など分かっていない。厳密に言えば、後頭部しか見えていないのだから顔が分かる筈もなかったが。

 そして自分はその華奢な体躯に対して一言だけ告げる。

「良いところなんだ。止めないでくれるか?」

「そうもいかないわよ。この子らが居ないと私らが苦労しなきゃなんないんだし、戦争に関るなんてまっぴらごめんでしょう?」

「そうか。稼ぎ時だとは思うが」

「一言多い」

 ぺたんと、まるで放心状態の彼女は何が起きているのか分からないだろう。何せあそこまで自分を追い込んだ男が、いきなりたった一人の少女の命令で制止したのだ。考えつかぬ事情がある、と言う言葉以外に何か心当たりがあったなら確かに凄い事だが、彼女とてそこまでの実力者ではない。

 言い換えれば、所詮人間なのだ。何処か他者を容姿の若いか老いているかで判断する節があり、それがどれほど自分の思考を狭めているのかも分かっていない。

「後始末はしなくて良いんだな」

「ま、かく乱しながら蹴散らしてけば良いと思うけど。数が多いし今回は手伝うよ」

「何の話だ・・・・・?」

 そして自分も少なからずそれで損をしている。

 だから、分け隔て無く、とは聞こえは良いが、要するに誰に対しても我が儘であるだけだが。クレアの判断力や観察眼は恐ろしく広い。

「分かった? この子らが一応、食い止めてたから此処まで来なかったのよ。行きがけの駄賃代わりにあの辺から武器やら食料やら奪って行こっ」

 広いからこそ、地平線の果てまでも見渡せるらしいが、言葉通り、自分の視界が彼女の瞳に移り変わったのなら一体どんな世界に見えるのは少々不思議ではある。

 二人のハンターと、クレアが話し込んでいた魔族が来た方向に見える砂埃は、此処がよほど重要な村だったか、それとも実験体を全て無効化されその情報を広められる前に食い止めようとしているのか。そのどちらもが考えられる妥当な線。軍勢、とまでは行かぬ物の、一個大隊ほどの規模が此方に向かっているのだ。

「だが、な。流石にあれはキツイ」

「分かってるって。だから手伝うって言ったじゃん。あーゆー部隊なら新品の包帯くらいあるだろうし、最低限それだけは確保しなく・・・」

「ちょっと待て・・・」

「?」

「あれを・・・やるのか?」

 だから彼女の意見に一言だけ、文句を付けさせて貰いたかったのだが、それも適わぬ願いらしい。

「他にどんな方法があんのよ。まぁ、私一人なら蹴散らすくらいどーって事ないけどさぁ」

 軽々と言ってくれるが、現に出来る実力を持っているのだからぐうのねも出なくなる。それに彼女の提案した条件の中身、新品の包帯と言う奴は確かに欲しくはある。こんな熱砂の渦巻いた地など早く離れるにこしたことはないのだ。食費よりも下手をすれば高くなる包帯の代金も、馬鹿には出来ない。

「じゃ、私らは行くから。何か聞きたい事でもあったらあの魔族の女の子にでも聞いたら良いよ」

 相手が悪か善か等はこの際全く関係ない。

 ただ彼女の敵であるならば、自分の敵であるただそれだけだ。そして逆も然りだからこそ、こんな関係が成り立っている。

 疑問符を浮かべながらクレアに何かを聞こうとする、先ほどまで自分の敵だった女。

 笑っているクレアの声も、訳が分からないまま放り出される結果になるだろう女の声も今は全く聞こえない。

 そうやって、準備して居なければ頭の中を駆けめぐられる感覚と言うのはどうも、具合が悪いらしいのだ。精々、死ぬか、一ヶ月ほど動けないだけ。十二分な理由だからこそ、結果的に順応する事も早く慣れた。

 もっとも、聞いた時よりは簡単だと思ったのは、己の中の全て。記憶の中にある獣ですらない自分を解放するのは至極気分の良い事でもあり、同時に彼女がある物であると言う事を嫌と言う程実感できる時間でもあるからだ。

 だからこそ、聴覚も、嗅覚も、味覚は無論の事触覚さえも閉じた今の自分が唯一認識できる視覚で、彼女のこれから暴れるかと言う嬉しそうな顔は共感する事が出来る。

 触れられた事も、己の中にその身を溶かされ文字通りの一心同体となったとしても、その感覚を自分は感じても居ない。

 それだけが、心残りな事だが、実力の無さは今の所仕方がない事だ。

『じゃ、先に医薬品持ってる奴らから殺そうか』

 頭の中でそう断言され、一度閉じた視界を刮目いた時、全ての色は一色へと染まる。

 何もかもが、ただ青く染まったこの世界は、自分だけが見ている幻に過ぎない。

 そして瞬時にして全てを取り戻した自分が聞いた声は、側らに居た女の怯えた声。

「あ、なた・・・・何者?」

 誰がそう最初に問うたのか、忘れかけた所だったが、この瞬間だけはハッキリと思い出せる断片。

 もっとも、そのとき自分が名乗れなかったからこそ、今は名乗るのかもしれない。

「ツヴァイ・ファルベ。ハンター、貴様らがそう名付けたんだろう?」

 悲惨極まりない状況に自分があると、漸く認識したらしい女の顔は蒼白だ。

 そして翔けだした自分の脚は、熱砂を巻き上げる暇すら無い様に相手との距離を一瞬にして縮め、自分が笑っている事は、多分誰も分からない事だろう。

 唸るような、それで居て必ず恐怖を含み萎縮する、この姿になった時に目の前に居る人々。鏡で見た訳ではないが、鎧にしてはあまりにも軽々しく見え、兜と言うよりもまるで鉄仮面を付けた様な自分は場所によって様々な呼ばれ方をした。だからこそ、対魔などと言う、大業な二つ名を付けられ追われる身となったのだが、目の前に居る多分、西側の軍人達や、ハンター達はまだ分かっていないらしい。

「この姿を見たんだ。少なくとも退けば命くらい助けてやるが・・・?」

 追う立場と、追われる立場など何時でも変わってしまう物だと。

 そして、優しさを全て打ち砕き破片とし血飛沫すら青く見える視界の下の隅で、自分の頬が笑みを浮かべているのが分かった。

 この先に何があろうと、荒い呼吸をしながら揺れる視界の中で、ただ屠る為のみの自分に恐怖は無いと主張する様に。
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