闇とさえ言えぬ、多分混沌であろう物に抱かれるさなか。声など聞こえる筈も無かろう場所で、自分が聞いている声は一体誰の物なのだろうか。そう問いかけ、口元の僅かな筋肉が動いたのが分かった。

 時を移動する時と似た感覚だと、話半分に聞いていたが、なるほどと頷ける体験だ。頭の中の思考は嘘のようにハッキリしているのだが、その一方で過去に考えた事、そしてこれから思う事だろう。様々な感情が流れ込み、正直な所、まともな精神状態で居られる自分が信じられなかった。常に、自分の中の獣を解き放っている様な物だ。これではまるで時を渉るのではなく、時その物に自分の存在を根底から否定されている様な物だと、また笑えてしまう。

 聞こえてくる声は常に一定で、決して統一性があるとは思えない、まるで地獄絵図の情景が無い場合とでも言った所か。

 恨み、妬み、憎悪、怒気、狂気、そして殺意。

 誰の過去だろうか。触れる度に流れ込んでくる様々な哀しみと総称出来る感情の束は決して一つに収束する事は出来ない。多分、自分に負荷が掛かるのはそんな一つにならない場所を、世界として成立させようと、半ば身体に染みついた通常空間の癖が抗っているのだ。

 認めてしまえば。

 この世界ですらない場所を当たり前だと身も心も認めてしまえば、苦痛もなく流れに流され一体となり、自我その物にまるで意味がなくなってしまう。その結果、ここから出られはするのだろう。当初の目的とあまりに違いすぎる終幕で良ければの話だが。

 言葉すら、発する事は出来ない。もどかしさは無いが、何時の頃からか、一人になった時はまるで確認する様にして言葉に出さなければ思考が纏まらないのだ。

 不便と感じた事が無かったのは、常に隣にクレアと言う存在が居たから。

 だからと言って、解決策など今は全くと言って良いほど無い。だからこそ、こうして自分を僅かに保ちながら流れ着く先を探しているのが現状だ。

 よくも、自分を保っていられる物だと、一体何度目かも分からない問いとも自賛とも分からない言葉を胸中のみで呟き、世界に成りきれていない場所を見る。

 ある部分が風景その物が破れた様に見え、ある部分は音、だろうか。目に見えぬ筈の振動がハッキリと空間に具現化していさえ居る。

 まるで絵空事の様にその中で動く人々は様々だったが、見たこともない様な服装や、目に見える言語は当たり前で、それこそ、未来とも過去とも全く分からない闘いや、戦争を映し出している物もある。

 こんな場所だからと、暇つぶしの代わりにそれらをたぐり寄せてみようと考える自分もどうかしているが、ある場面ごとに映る「ある人物」はその自分よりも遥かにどうかしているのだろう。

 見た事は無かった。

 当たり前だ。あんな知り合いが居れば、自分は既に死んでいるか、戦う事すら止めて居たかもしれない。それほどに、まるで演劇でも見ている様な華々しさがある。

 ただ一点、血が世界を紅く染め上げる光景などと言う異常な場面を見なければ、だったが。

 黒の決断、魔族が同族殺しを認め、ある世代より上の年代の者達が例外なく死んだ事件。遥か過去の話であるのだが、目の前で起こっている事はそれ以前の事なのだろう。

 間違いなく、それが切掛けだ。

 断言できる程の狂気に満ちた世界を創り出すたった一人の子供。

 どんな方法を使ったのかが、分からなければ良かったとこれほど思った事はなかったろう。何もかもがうち崩された気分で、胸が高揚しているのが分かり戸惑いと喜びと、狂気がそれを包み込みこれほどまで満たされた気分になった事は今まで生きてきた中でなかった様に思う。

 そしてクレアに聞いた、紅の殺戮者と言う二つ名のみの存在を思い出し、確かに、この光景を知った者であればそう名付けるのだと分かってしまう。だが、この現場に居て、もし二つ名を付けて良いのならば自分はこう表現する筈だ。

 一音の悪夢(ワン・サウンド・ナイトメア)。

 強すぎる者に、大業な二つ名など必要ではない。

 それ以外に、表現方法を必要とせぬ程の強さを持った、紅と朱を瞳に宿した少年がまだ生きているのならば、一度だけでも会いたいと思う。

 それで殺されてしまう結果になろうとも。

 そこまで考えた所で、途端否定している自分と、誰かの。確かに分かる他者の感情。

 空間が映し出す流れではなく、自分と同じ立場に居る他者からの感情が同じ事を考えたからだろう。

 言うなれば、感情の交換だった。

 自分の望んだ事と、名も、姿も、意思すらも分からない他者との感情の交換。

 そして慣れているからこそ分かった、他者が女である事と、まるで一音の悪夢を渇望するただ「欲しい」と言う強い想いが自分の中の獣と呼応し、扉と呼ぶには、あまりにも凄惨な物。現世こそ地獄だ、と誰かが言った言葉を思い出すような負の感情、幾重にも張り巡らされた螺旋の輪をくぐり抜け、出られたのだと分かったのはもう少し先の事だった。




































アナザー・ナイン・ファンタジー■ACT:BLUE COMPENSATION





































「・・・・ぶ? ・・・・い」

 僅かに聞こえる声が微妙に頭に響くのは身体を打ち付けた所為だろうが、それにしても妙に息苦しいのはおかしい。そう気付いたのはつい今し方だ。

 徐々に回復する感覚の中で、自分の現状と似た様な状況が過去に無かったか記憶に照らし合わせながら考えるが、とんと浮かんでくる物ではない。何せ体験した事まで想像で語れる程、自分は想像力豊かではないのだ。

「起きた? ちゃんと目覚めて立って見せてよ? ホントに。死体になんぞになったら食べちゃうからね」

「・・・・・それは物騒だな」

 本気とも取れぬ口調だった故に身体を起こし、声を掛けたのだが、また予想出来なかった自体に自分が直面している事が漸く分かる。

「どした? 何処か痛い?」

「い、いや・・・。少々混乱しているだけだ。そんな物騒な文句を言うのは連れだとばかり思っていたからな」

 言葉を掛けたまでは良かったが、こんな言葉遣いで良かったのかと後悔してしまう。だが、案外相手は気にしていない様で、見知らぬ顔を綻ばせた。

「いいっていいって。溺れて助かったんだから記憶の混乱くらい許してあげるよ。ま、次にその連れとか言う人と間違ったら私も流石に許さないけどね」

「分かった。俺は・・・ジンと言う」

「バーネットよ。ま、よろしく」

 そして差し出してくる手をどうして良い物かと思っていた矢先に、捕まれ思い切り握られる。と、言った所で所詮女の力と言った所か。さして痛くもなかったのだが。

「つっー・・・・。あんた見かけによらず固い筋肉付いてんのね。良いからだしてるとは思ってたけど」

 彼女自身、多分、痺れる程度の力を込めたらしいのだが、やはり女と言う事だろう。あくまで、一般的な、と言う意味だったが。

 しかし、考える間もなく「溺れていた」、「助かった」、「良い身体」と言う三つの単語が結ばれ自分が包帯をしていない事に気付く。

「あ、あの汚れてたの? 捨てたわよ。ばっちいからね」

「い、いや・・・。それはそれで構わないのだが」

 正直、此処が何処かも分からないのであれば顔は隠して置いた方が良いのだが、無い物をねだった所で仕方がない。それと彼女自身が自分の事を知らないのだろう。特徴と言える物の色違いの目を見ても何の反応も示さないのであればそれに越した事は無い。だが、それが取り越し苦労に終わる事が無い辺り、クレアが特別なのではなく、ああ言う性格が若い女と言う物なのかも知れないと思ってしまう。

「でもさ、あんた何処で何やらかして来たの。傷がないってったってあんな大業に包帯なんか巻いてさ」

「そう言う訳じゃあないんだが」

「嘘ね。だって、あんた人を殺してきた目してるよ? ま、隠したいのも無理ないけどさ。もしかしてブラックリストに名前が載ってる人だったりしてね」

 そしてほほ笑む、と言うより明らかに楽しんでいる顔はクレアと間違いなく同質の物だ。どうやら、自分はこう云う女に揶揄われやすいのかとも思うが、笑って済ませられる冗談ならば良いと納得しようとした所で、決定打な言葉を貰う。

「とにかくさ、出て行くなり居着くなり好きにすりゃ良いけど、昼ご飯くらいつき合ってくれるわよね? ツヴァイ・ファルベのおにーさん」

「・・・・・・」

 本来ならば、殺意も無しに女の首を掻き切り、此処が何処であろうと生きているのであればクレアと交流する所だが、問題点が幾つか。

 今し方まで疑問にすら思わなかったのだが、彼女の服装がやけに薄着過ぎる事と、自分が着衣を一切纏っていない事。そこから察するに、自分の身体の事は濡れた服を脱がしてわざわざ自分のベットで寝かせてくれた恩と、彼女の職業が娼婦だと言う事。変な言い方だが、あまりに馴染みがある雰囲気だった為に固定観念に捕われていたのだろう。それが当たり前なのだと。

 幾等何でもクレアに夜の相手をして欲しいと思う程飢えても居ないが、男ともあれば事情もあり、クレア自身はそれを見て見ぬ振りをしてくれたのだ。考えて見れば、自分の周りの女と言えば、こう云う身体一つで商売している女か、クレアくらいのもの。後は怯え震える体を抱きしめる犠牲者くらいしか知らないのだから、よく知っている部類にそれは入らないだろう。

 もう一つの問題は、彼女も多少なりと何らかの技術を囓っていると言う事。体裁きが下手な素人の傭兵やハンターよりも上手いと言う事は、立ち回る体力が無くとも、一矢報いる事が出来ると言う事だ。流石に見ず知らずの女とは言え、命の恩人に白刃を向ける程馬鹿でもなく、彼女自身も流血沙汰を望んでいる訳ではない様子。

 そしてもう一つ。これが一番の理由なのかもしれない。

 化粧もせずに身体を売る女と言うのはこの大陸では一種族しか居ないのだ。人間では「ハダノマガリカド」とやらにぶち当たるらしいが、人間から見れば限りなく永遠に近い寿命を持ち、魔族でありながら人間をも相手にする事で有名なのは「赤魔の民」一種族だけなのだ。

「ほら、答えは。食べるの? 食べないの? それとも何? 命の恩人の誘いを断わる訳?」

「い・・・いや・・・滅相もない。馳走になる」

「よろしい。じゃ、そこで大人しく待ってなさいね」

 故郷の現状を知っているのかどうか。

 知らないのであれば、伝えた方が良いかどうか。

 何より、シュリ・レイナードの死を口にして良いかが分からないのだ。

 初めから口にしなければそれにこした事は無いのだが、赤魔の民に見破れぬ程上手い嘘の付き方があるのならば教えて欲しい程。精々自分が出来ることと言えば、その話題を精一杯逸らすことだ。もし訪ねられたりでもした時、隠す事など出来ようもない。

 鼻歌など歌いながら、食事の用意をしている気配がひしひしと伝わってくる。もしかしてわざとやっているのではなかろうかと思うほど、彼女の存在感は有りすぎる。匂いから考えて、何か肉料理でも煮込んでいる様子から察するに、仮にも客人に対する振る舞いを無碍に断わろう物なら、何処までも追いかけて来そうな気さえする。

 くだらない事を思考した揚句、勝ち目のない勝負ならば直に腹を括る癖が付いたと、馬鹿げた自分の性にため息が出てしまう。命の取り合いであればまた別の考え方も出来ようが、こればかりはどうしようもない。

 そうして多分、自分は調理中の合間に目を覚ましたのだろう。煮込み料理な割に早く出来上った物が運ばれて来るのを見ていれば、バーネットは何処か不機嫌な顔をしながら、また表情を違う物に変えた。

「そう言えば服、私が脱がしたんだよね。そりゃぼけっと座ったまんまな訳だ。ちょっと待ってな」

 言葉を聞いた時、手伝えと言う事かと、表情に出ていたらしい。直に「寝床を汚されちゃ困るのよ」と言葉が返り、投げて寄越されたのは自分の物ではなかった物の、男物。

「女物を着ろと言われたらどうしようかと思ったぞ」

「あんたなら似合いそうだけどね。ま、私と大きさが違うんじゃ伸びちまうよ」

 冗談で和まそうと思ったのだが、素で返され少々退いてしまう。無論、それは彼女なりの冗談だったのだろうと思う事にしたは良いが、バーネットはずっと此方を見たままだ。

「すまんが・・・そう見ていられると着がえられないんだが」

 女の前で服を着替えるような趣味は持ち合わせていないと、遠回しに言った事を言葉通りに受け取っては貰えなかったらしい。

「私は別に構わないわよ。もう見ちゃったんだし、それに商売柄見慣れてるからね」

「だからと言って・・・・」

「何?」

 鈍い、のではないのだろうが、わざとやっている風にも見えない。機嫌を損ねて損をしても良いのだが命の恩人にそんな事をする程、義理が無い訳でもない。仕方無くその場で全裸を露しながら着がえたが、確かに彼女は言うだけあって何も言おうとはしなかった。

 代わりかどうかは分からないが、感嘆だのため息だのは漏らしている様だったが。

「さ、食べましょうか」

 着替えの最中のことは忘れ、少し小さめの服を窮屈に想いながらも席に着く。彼女の様子を見習って、何処の風習かまでは知らないが、手を合わせてから食べるらしい動作を真似し「いただきます」と互いに言い合う。そして漸く食事が始った、と思った瞬間。いや、正確に言えば自分がその料理を口の中に入れた所でだ。まるで見計らった様に。いや、間違いなく見計らって彼女は言った。

「でさ、死の渓谷って今どうなってんの?」

「・・・・・・・っ」

 何とかはき出さずに済んだが気管に入ったらしく少々息苦しい。そして彼女も少しは悪いと思っていたのか、さっとナプキンを此方に出し、呼吸が整う間、ずっと訳を話してくれた。

「ま、あんたがさ。滝壺ん所で落ちてたのを拾ったのは何も偶然じゃないんだよ。これでも一応、赤魔の民だし、あの扉を使ったんなら数人にはそれが分かるんだ。  本来ならシュリさんしか分からない事なんだろうけど、最近どうもシュリさんが肩代わりしてた物が私らに返ってきたみたいだし。  知り合いの赤魔の民の中で私が貧乏くじ引いたって事かな。それはそれで良いんだけど、あそこは元々シュリさんの許可がなきゃ使えないんだ。  見た所、許可された時に貰う宝玉も持ってないみたいだし、挙げ句の果てにラグナロクの匂いまでする。まっとうに通ったとはどうしても思えない。  だから聞いたんだけど。どう? 喉は落ち着いた?」

「・・・・ああ」

 早口でまくし立てた訳でもないが、予め考えて置いた事なのだろう。一言一句の間に挟む呼吸の間がまるで度られていた如くきれいに収まっている。

「ならもう一度聞くけど、死の渓谷で何があったか。知ってる限りの事をぜーんぶ話してくれない?」

「・・・・・・」

 そして、まるで話に出てくる様なまっすぐな目だ。そんな目差で此方をじっと見据え離さず、人間であれば根負けする位、睨みもするのだろうが、彼女たちの場合は顔に意見がしっかり書いてある。要するに、喋らなければ実力行使、と言う訳だ。無論、戦って勝てない相手である事も、彼女自身がそれを失念している訳ではない事も承知していた。そして自分が話せない理由を少なからず勘の良い彼女であれば察している筈だが、それでも尚、他者の口から聞きたいのだろう。

 だが予想と違ったのはその後の言葉。

「あ、ちなみに喋らないなんて言ったら追い出すからね。多分知らないだろうから教えてあげるけどアンタ、今ハンター本部と何処かの暗殺部隊から追われてるのよ?」

「何だと?」

「南部の町で二百人ほどを殺害した罪と、暗殺部隊なんて物騒な所が動く理由はアンタに殺された女の子達がよほど大事な研究材料だったからでしょうね。  他にもまだ理由はあるみたいだけど」

「だから俺の二つ名を知っている理由にはならんと思うが」

「そんな色違いの目した色男、あんた位のもんでしょ? 探す方が難しいんだから。それにアンタからは魔族でも人間の匂いでも無い、多種族の匂いがするのよ。  噂でしかアンタの事は知らないけど、雑じりすぎた匂いの持ち主なんて私は初めて見たわ。  それにアンタ一人に暗殺部隊を動かす何てどうかしてると思ったけど、本人目の前にして理由が想像出来たの。何だと思う?」

 取引、と言うよりか駆け引きに近いこんな状況を楽しんでいる彼女は、自分とは違い強いと思う。置き換えれば、自分とライアの対峙していたのと立場は逆転しているが似た状況であり、違う部分は彼女はそう、死を恐れていないと言う事。自分の命を懸けてまで情報を聞き出そうとする意気は確かに凄いと思うが、一つだけ聞かなければならないだろう。

「今ここで、殺される覚悟までして聞く理由は何だ?」

「聞いてるのは私なんだけどさ・・・」

「質問されてばかりと言うのも嫌でな」

「・・・・・・」

 話の腰を折った理由はバーネットから情報の代わりに何を考えているかを聞く為だったが、多分もう一つの方は悟られても居まい。ただ、自分の正体を知るのが怖くなっただけだった。その理由など、自分の中で言葉にするのも嫌になる程の、くだらない考えかも知れないと迷いさえ浮かぶ。それをうち消すようにして言い放った彼女の言葉は、迷いも不安も恐怖も無く、ただまっすぐなだけだった。

「私みたいな死の渓谷を出た赤魔の民はね、一つの覚悟はしてあるの。あそこに居れば確かに安全だし、上等な飯が食べられなくても不満なんて無い。  けど一度出たからにはもう戻っちゃいけないのさ。誰が決めた訳でもなく、私「も」そう決めたんだ。  だからって、故郷の事が気にならないって言ったら嘘になる。  半月近く前まではたまにシュリさんと遠話術で話も出来たけど、それが音信不通になっちゃ心配になるのも当たり前よ。  死ぬのが怖い? 私もそれには同意するけど、命の使いどころも分からずに死ぬ位なら生きてる価値なんて欲しくもないわ。  だから聞く理由なんて決まってるじゃない」

 そして、答えもまっすぐだ。

 やや、我が儘とも取れる傲慢ぶりも見えるが、自分の欲求を我慢しないのは魔族の女の一番分かり易い共通点だ。そしてこれが彼女たちなりの死と向き合う姿勢なのだろう。

「ただ心配なだけよ。これで満足?」

 鼻息荒く言って胸を張る。ある種、どうしようもない馬鹿とも思えるが、自分にはこう云う馬鹿が斬れない事もまた事実。

 死んでも良いではなく、死ぬならば、だ。血を分けた兄弟でも親でもなく、ただ姉貴分、母親代わり、もしかしたら親分代わりとでも言うのかもしれない。離れていようと、掟が何であろうと自分の意見は決して曲げない。しかし親分代わりと言う言葉を思いついた所で、成る程と思う節、同時に似合いすぎている事に気付き失笑してしまう。

「こらそこ・・・。何笑ってるのよ」

「笑うなと言う方が・・・無理だと思うがな」

「私なんかおかしな事言った〜?」

「いいや、おかしくはないさ。何もな」

 今まで気付かなかった、と言うより気にもしなかった事だったが、彼女は自分よりも若いのだろう。初めは歳も近いのかと思っていたが、身体を張った商売をしているだけ世間と言う奴を裏表関係なく垣間見てきたのだ。耳年増、と言うのは妙かもしれないが、ニュアンスとしてそれに近い成長の仕方をしたのだろう。最も、実年齢に伴った精神年齢だと言い切れる様な相手でない事も確か。

「失礼と分かって聞くが、歳は幾つだ?」

「19よ。それがどーかしたのっ」

 その上、この質問に対してすんなり答えられる年齢は大体決まっているのだ。もし逸らかしでもすれば微妙な年齢だったろうが、この場合は、どちらと言うべきか。若さを売りにしているだけであれば自慢していたのだろうが、憤慨している理由は舐められていると端から思いこんでいるまさに子供の意見だろう。ここで自分の意見の分かれ目だと本来ならば判断するのだが、もう一つだけ質問があるにはあった。

「よし分かった。じゃあ、俺の知る限りを話してやるし、質問も知ってる事なら答えてやる。だが一つだけ聞かせてくれ」

「何?」

 言葉を聞き、何でも話すよと言う顔は本心だろう。あちらの条件を十分に満たしてやれば簡単に聞き出せる事ではある。

 話せない訳はもう無いのだから。彼女なら落ち込みはするが、乗り越えもすると言う確信はある。だがそうなれば自分は質問をしなくてはならない。

 何せ、こう云う場合の魔族は嫌に成る程義理堅いのだ。親分代わり、と言う所で納得出来たのは、人間で言う所の渡世人と言う奴とそっくりだから。無論、それ故に義理などどうでも良いと言う輩も居れば、彼女の様に頑にそれを守る者も居る。

 それ故に、質問を一体どれにすれば良いのかが、今の自分の悩みだった。

 例えクレアの事を聞いたとしても、居場所まで特定した所で常に分からなければ意味など無い。一度、皇都にでも出向いた方が情報の正確さも迅速さも確実と言えるだろう。あそこは犯罪者の情報は少なくとも、難民や迷子などの情報は変に目敏いのだ。一説には皇都を守る魔環師の一人が子供好きだと言う事に理由があるらしいが、ここで聞く情報としてはあまりに場違いな物。なら何になるかと言えば、自ずと自分の正体と言う話になってくるのだが。

「さっさと質問終わらせて教えてくれるんだろ? 何青っちろい顔してんだよ」

 正直な所、聞きたくないと言う想いが半分。もう半分は大方、予測が付いたと言う事だ。ライアが別れ際に言った言葉を聞いた訳でもなく、誰から教えて貰った訳でもない。ただ、そうかと気付き、否定したいと言うのが本心。だからここで確証を得て、自分の予想通りだったとき、どうするべきかがまだ決めかねている。だから、聞きたくない。

 そんな事をクレアの前で言おう物なら、安寧とした関係も崩れ去ってしまう確信があるからこそ、嘘も何喰わぬ顔で吐き捨てながら平然としていられたのだ。確証も、真実もそこにはなかったからこそ、だ。

「なぁ。嫌なら嫌でいいからさ。どっちかハッキリしてくれよ」

「そうだな」

 そして口から出た言葉は、思い出の中に残るもう一つの場面から想像した物だ。

「俺が滅ぼした村で生き残った少女が、今どうしているか知っているか?」

 ただ苦し紛れに出たそれは、自分の過去の一端をひも解くにはあまりにも下らない情報だったろう。代わりに構築される今の自分と言う存在が始った確証でもあり、悔いと、呼べるのかも分からない記憶の片隅にあるだけの場面だ。

「うーん・・・・。時間くれるんなら、調べられるんだけど。夜まで待ってくんない? そーゆーのに詳しい奴が居るからさ」

「分かった。で、俺は今話せば良いのか?」

「保留みたいな形で話聞くのは私のポリシーに反するの。喋ったらご飯もあげないからね」

「了承した」

 それこそ、どうでも良い事だった筈だ。

 少なくとも現時点で、それ以外の事は何も分からなかった。

 窓から漏れる陽射しと、不味くは無いのだろう目の前にある料理はまるで自分とは別世界の物の様に思えて仕方無かった。







 待っていろと言われたのならば、待つしかない。話したい訳ではなかったが、彼女には自分の口からでも聞く権利はある。初めから無理にでも聞かせてやれば、直にでも飛んでいったのだろうが、この町が何処か分かった以上、無駄に動く事もただ徒労に終わる事は分かっていた。それが、歓楽街レクトと言う町なのだ。

 例え時間が真夜中であろうと、生き続ける町であり、ガ・ルーン皇国唯一、そしてガイア大陸一の歓楽街。それに見合うだけの広さと人のにぎわいがあり、もう日も沈み二時間も経てば人混みは昼間が嘘のように広がりを見せ、如何しようもない程の賑わいを見せる。

 ただの娼館があれば、男が客を相手にする店もある。合法化されて居なくとも、この町で手に入れられない物は無いと言う程の売り文句が実しやかに囁かれ、窓際から下を見ただけで。別に大通りでも何でも無い道であるのだが。女が男を店へと誘う甘いささやきがうっとうしげに聞こえて来る始末だ。

 主に、そう言う事を生業とし、それだけのこの町は潤いを十分に見せている。ガ・ルーン皇国の掃き溜めとも呼ばれているのだろうが、皇国内全ての問題事が集まれば嫌でもこんな現状が出来上ってしまうのだろう。半ば見放された場所と言っても過言ではない。

 だが実は裏を返せば、皇都が人材を抜粋する場所はこの町だけと限っているのも面白い事だ。好評はされていないのは無論な事だが理由は至極当然な物。平和な町や村で育った者より、戦争や飢餓、病魔や犯罪を知っている者の方が性格に多々問題があろうと向上心と将来性はあるのだ。少々知識に乏しい事は皇都にある大学ででも学べば問題は無いと考えているのだろう。それでも、魔環師候補に使われるのはハンター達であるとなっているが、そのハンターの殆どが実はこの町出身であると言う事も、知られていない事の一つ。

 裏家業、特に情報屋などの間では情報都市レクトなどと呼ばれる、そんな町だ。

「だからと言って・・・この騒がしさは何度聞いても慣れんな」

 昼と夜が逆転している、と、簡単に言えばそんな町だ。野菜や一般的な品物の代わりに女や薬物、情報や禁制の武器などが飛び交い、ぼったくりの店なども北地に比べれば遥かに多い。北方で有名な犯罪国、傭兵王国とも名高いアルフェイザでもこんな賑わいが無いのは、単純にここが最も西側の国に面していると言う事に理由の一つはあるが、これで西側がここの町から見上げる様にしてある山に難まれ大軍勢で攻め来れないと言うのも理由の一つだろうか。

 警備など、子供でも素通りできる程に手薄で、役人に至っては真面目な性格をしている者は一人も居ない。その代わりかどうかは知らないが、皆が揃いに揃って女好きでへんくつ、一筋縄で行かない変わり者と言う共通点を持っている辺り、バランスだけは取れているだろう。適材適所という言葉があるが、ここの役人ほど自分の身分と役職、趣味を弁えている者は居ないとはクレアの言葉だ。

 ただ、関所もなく素通り出来そうな山である一方、誰かが住んでいるらしく、この街と西側の街道をまっすぐ進めばそこにあるのは人骨が死屍累々と積まれたまるで一昔前の死体置き場。魔物達に喰われたと言うのであらば納得も行く話だが、いまいち詳細が分からない所がこの辺りの不思議な所なのだ。そしてこのレクトと言う歓楽街の住人だからだろうか。

 危険な山、ではなく、人が入らなければ絶景の山などと言う感覚でまるで危険と認識していないのだ。その上、種族などまるでおかまい無しらしく、挙げ句の果てに幾人か、幾十人か。ブラックリストに名を連ねる賞金首まで潜伏していると言う。そんな事もあってか。犯罪の町と言う割に騒がしく、問題事と言っても所詮は個人間の殺し合いにしか発展しないこの町が不思議で堪らない、と言うのが自分の意見。

「に、しても三時間も一人だと・・・暇だな」

 代わり行く人の流れを窓から見る風景に飽きる事は無いのだが、何もしない時間。それこそ、怠惰に思える様な時間だからこそ、そう感じるのかもしれないが。窓辺に一人座り、とびきりの混沌めいた夜景を眺めるからそう思ってしまうのかもしれない。だから昼間のやりとりを思い出し、笑ってしまう。

 あれがもしクレアに言われたのであれば。

 自分が一体何者なのかと言う問いに対し、自ら答え、そしてそれが正しいのかどうかを聞いただろう。

 そうなる時は、間違いなく別れの時だと分かっているからこそ、出来もしない只の妄想になるのだ。

 第一、もし互いに知ってしまえば。確認し合い、あるたった一つの事実が間違う事のない真実ならばだ。

 自分は、クレアと相まみえなければならない。

 それ以外に道を選べる程強くもなく、同時に世界を知っている訳でもない。

 自分自身一人など、所詮ちっぽけな物だと気付いた時。自分の正体を述べようとはせず、只管隠し通す彼女に気付いた時、まだ自分に全てが足りないのだと分かった時だ。

 如何しようもなく、悔しかったのも事実。そして自分は事もあろうに、それを認め諦めてしまったから始末に負えないのだろう。勝てぬ戦いをしたくは無い。死ぬ事を恐れると言う心は誰にでもあるが、クレアと相まみえる理由が彼女のラグナロクと言う宿命抜きに話せないのがその理由だ。

 全ては過去に起こった事であり、たとえて言うならば魔族の黒の決意と似た様な物だろうか。

 決して変えられぬ真実だからこそ、頑に過去からの掟をひたすら守る魔族と違うのは、自分も、そしてクレアも世界に取っては敵としかならぬ存在であると言う事だ。

 互いに死ぬべき存在であり、馬鹿げた話だが生れてきてはいけなかったのだと、笑いながら言える様な立場。男と女の愛の中で生れたのではなく、ただ、欲望と混沌の渦巻く中で殺戮と死をその身に宿し、生れたのではなく製られた人形なのだ。

 そして過去に起きたただの出来事であるならばどれほど良かったのだろうかと、一度だけ涙した事がある。

 そのときから、決して自らの事も、それに関する彼女の事も口にしないと誓った。

 単に、それが言い換えれば諦めたと言うだけの話だ。

「青ざめるほど、俺はまだ怖いのだな」

 開いた拳をもう一度握りしめながら口にする言葉は感情も何も篭らないただの音でしかない。

 例えどんな相手に出会おうと、諦める事すら考えつかぬ自分が唯一、惰けた部分だ。

「酒のある場所でも聞いて置けば良かったか?」

 赤魔の民の里は今どうなっているのか。セノーヴァは多分、自分が居なくなった事と、多分戻っていないであろうもう一人の旅人の事を首を傾げながら不思議に思っているのかもしれない。あの時相まみえたライアは多分、自分の事を生きている筈のない竜帝に聞きにでも言ったのだろう。ラグナロクと言う存在は、それだけで咎と罪を背負い、同時にそれを呼び寄せる代物。彼女が一体何者であるか、正確な事は分からないが、ただ言えるであろう事は、世界が蠢きだしたと言う事だけ。

 天魔剣が死んだのも、そんな理由の切れ端であり、自分も徐々にそれに飲み込まれつつあるのかもしれない。

 ただ、不安を抱くのではなく、事実がそこにあるだけならば、受け入れれば良いだけだ。

 たった一つの例外を作れば、それも可能になってしまう。

「まるで・・・・呪いだな」

 笑う自分の顔は一体どんなだろうか。

 歓喜でも、安寧でも、狂気でも殺意でも無い。

 ただ、がらんどうの笑顔を浮かべる自分は気味の悪い存在だろう。

 一人になったからこそよく分かる今の自分はまさに抜け殻以下の存在だ。

 そして、気配を感じる事も惰っていたからだろうか。物音をした方向をゆっくりと見た時、そこに立っていたバーネットは強がっているのだろうが、瞳の中にある恐怖を隠しきれてはいなかった。

「以外と、早かったな」

「ま、まぁね。それで、情報の提供者に会っては来たんだけどさ」

 見たこともない表情なのかもしれない。彼女が自分を取り繕うのが分かり、それが酷く面白く見え、また顔が綻ぶのが分かる。そして彼女の心がかき乱されたのだと分かった瞬間、自分の中の悪意がほくそ笑んだのが確かに分かった。

「バーネット、一つ聞いて良いか?」

「な、なんだい?」

「もし、天魔剣が死んだとしているならどうする?」

「・・・・・・そりゃ、唐突な話だね」

 話の内容を冗談と受け取ったのか。自分の態度も、それと同じだと思っているのだろうか。分からぬまま、自分を納得させようとする彼女は必死なのだろう。ただ、自分自身、それを理解している訳ではなく、それは無意識に働いている思考で認識出来る訳ではない。だから声は震え、彼女自身、その理由が分からないまま困惑している。

「でも覚悟はしてるさ。ま、聞きたいのはそれだけじゃあ無いんだけどね」

「じゃあ、もう一つの情報をくれてやろう。多分、三闘士クラスでなければ知り得ない事実だ」

「?」

 そして何より、その理由を薄々感づき始めているのは彼女が、理論的な答えではないが女だからだろう。なまじ勘が鋭いだけに気付いてしまった事実を否定したいと言う気持ちが強く、結果、それが彼女の心の平穏を完璧に打ち砕くだろう。

 たった一歩踏み込むだけで、良いのだ。

 土足で踏み躙る結果になろうとも、自分の中の狂気は恐ろしいまでに考えを纏め上げ言った結果を導き出している。

 だからまるで挨拶をするような気軽さで口にしてやった。

「六帝(ジハード)全員が生きているとなったら、お前達は一体どう動くんだ?」

「・・・・・・・・」

 そして自分は彼女の、絶望した表情を見ながら笑っていた。

 なんと、甘美な表情だろうと狂った心で見据えながら。

 彼女が言葉の意味を理解し模範的、と言うのも変な話だが、彼女が生っ粋の魔族たる意思を持ち続ける一人だった事が嬉しかったのかもしれない。

 だからこそ、たった一人だ。

 知ってしまった事実をどう嚥下して良いのか判断仕切れず、酷く迷っているのだろう。

 かつて黒の決意を起こす切掛けとなった厄災の名。ジハードと言う、六人の恐怖の名をどう受け止めて良いのかが分からずに。

「何故、そんな顔をする必要がある?」

「あ、んた。意味、分かって言って・・・・?」

「ああ。これでも過去の様々な出来事を知っては居るからな。なんなら、ラグナロクと六帝の関係も教えてやろうか?」

「・・・・」

「六本、ラグナロクが存在している事は魔族なら結構知っているよな。そのことを話してはならないと言う半ば戒厳令じみたルールがある事も」

 彼女が恐怖しているのは何も、自分に対してではなく、これから起こりうるであろう出来事を想像しているからだ。

 戦争なぞ。人間の戦争など比較にならぬ程の出来事を、魔族であるなばら若い内に教えられ、彼ら彼女らはそれ故に停滞する事を望んでいるのだ。どんな結果が現れるかは、誰もが知っている事だろうに、魔族だけがその重大性を知っているのは生活の中にそれがあるから。

 わざわざ、痩せ細った大地や霧が濃く歩くのも困難な山間、天の恵みの全くない乾ききった砂の上やまるで穢れのみを混濁に飲み込んだ海の中に住むのは、過去にあった出来事を二度と繰り返さぬ為。それ故に、例え彼女が若い身空であろうと。たった19才と言う若さであろうと友人を喪う哀しみや、理不尽さ、世の中全てを呪っても足りない程の憎悪を知っているのだ。

 決して血を途絶えさせず、常に強い血のみを色濃くしてゆく為に彼らはそんな場所で生れる。だからこそ、六帝の起こした厄災の結果。この大陸で四魔境と言う結果、そしてそう呼ばれる場所に住まう魔族は決して忘れる事も、侮る事もしない。むしろ、自分が旅してきた中で見た魔族は何処かに必ず恐怖を抱いていると言っても良いだろう。人間は、単に言えばそれにうち勝ったとも、逃げたとも言える。

 そして彼女は例外ではなく、範疇の中にしか居られない魔族だ。

 嘘を言っていると疑う事もしないのは自分に嘘を吐く必要性が無いと分かっているから。人間相手であれば信じもしないだろう、そこが人間と魔族の確かな違いであり、同時に魔族と言う名の宿命なのかもしれない。

「それが・・・シュリさんの死んだ理由と関係があるって言うのかい?」

 そして、それは必死な声だった。

 擦れ消える様にして絞り出されたその声。自分から如何なる手段を使ってでも情報を引き出し、それを魔族だけではなく、様々な種族に広め伝える義務があると思っているから出る声だ。ただ、あまりにも重すぎる役目故に、恐怖も感じているのだろう。これから行く先々で、一体何人死ぬのか想像出来ぬ故に。

 自分の命を使う事も出来ぬ子供であれば、次の言葉も、そして嘲笑すらかけない自分がそこに居る事を認識したとき、自分の中の黒い感情が日に日に増して居る事を今更ながら確認してしまう。

 だから、笑っていたのだろう。そこに彼女と、自分自身を。

「一欠片の歯車がおかしくなれば、簡単に時計と言う運命は狂い出す。少なくとも13魔剣全員が揃っていない今じゃ始まりを止められるかどうかも知らんがな」

「・・・・ホントに、あんたは何でも知ってるんだね。どうしてこんな所に居るのさ」

「世界の歴史なぞに興味が無いだけだ。  今俺がお前に伝える事で、歴史が動いたとしても出所が俺と言う存在ではなく全く別の人物に書き変わってしまう。  それが歴史って奴だと、貴様らなら十二分に理解している筈じゃなかったのか?  正しい、魔族の中に伝えられている歴史さえも、一部分は嘘で塗り固められた虚言があるのさ。それがどうも気にくわなくてね」

「・・・・」

「魔族でさえ、だ。正しい歴史の事実を隠そうとする。嘘だけで塗り固められた世界なんぞ下らないとも思うが、面白くする事も出来る。  だから俺は此処に居るんだよ」

 真っ白にさえなった彼女の顔は、自分を見据え放さなかった。

 別段、面白い事や、名言など吐き捨てたつもり等無かったが、歴史を作り守り抜いて行くと言う宿命を持っている彼女達には。そして彼女個人の性格も本来はどが付く程真面目なのだろう。私利私欲の為に世界を変えてしまいたいと言う望みがよほど、気に入ったらしい。

 そう言う部分を含め、魔族と言う連中は話していても、例え相まみえて居ようと楽しいのだ。

「凄い自信ね。それは・・・あんたの出生にも秘密があると思って良いの?」

「力は肯定するが、性格は否定だ。出会いが無ければ俺は今まで生きてすら居ない」

「・・・・・・・・はぁ」

 そして深いため息の後の彼女の顔は、何もかもを振り切った物。如何しようもない状態であれば、足掻く事以外にする事など無いのだ。

 だからどう言う結果になろうと後悔しないと決めた、そんな顔。

 無理難題であろうと、理不尽な事だろうと、今迄背負う事に慣れ親しみ自分の命を賭けるのではなく「使い方」を心得ているからこそ、少なくとも目の前の女はそんな顔が出来る。

 人間であれば、それを悲しい事と言うのだろう。感情を殺してまで、自分の仲間の為に生きる彼女たちが刹那的に見えるらしい。そしてそれ故に、自分は人間が酷く嫌いなのだと再確認し、彼女たちの中に無い言葉を告げて立ち上がる。

「少しは自分たちの種族だけで背負い込む事を止めて災いを振りまいて見せろ。そうすりゃ今回の歴史が動く時に、いろんな古狸共が出て来るさ」

「それって、忠告? それとも単なるアドバイス?」

 そして切り返す彼女は、笑っていた。

「何時までも停滞するしか無いと思ってる奴らにゃ良い薬だと思うだけだ。それにいい加減、お前らみたいな魔族も過去に縛られるのを止めるべきだと思うからな」

「じゃ、ありがたいアドバイスだと思って受け取って置くよ。なんか、他に提供出来る情報殆ど知ってそうだしね」

「お前が知らないだけだ。この街に飽きたら、旅でもすれば見聞も嫌と言う程広がる」

「そだね。考えとくよ」

 後は、もう此処に用などなく東へ向かうだけだ。皇都でクレアの情報を仕入れ、そしてまた一本目のラグナロクを探す旅を続ければ良い。あまり一人の時間も楽しめそうもなく、暫く退屈しそうだったが問題事を呼び込む自分の気質の事だ。暇になる事だけは無いだろうと、自分も漸く顔を綻ばす事が出来た。

「そうそう。言ってた女の子、今は皇都でハンターギルドの受付やってるみたいだし、どうするかは知らないけどやり合うんなら気を付けた方が良いよ」

「?」

「南方一の暗殺者の名前、継いだ人物みたいだし」

「ジャックナイフか。それは初耳だ」

 何せ思った側からまた問題事が増えたのだ。無視しようにも知ってしまったのなら関らずに居られないのはクレアと同じ部分なのかもしれない。

 否、彼女であれば、無視する事も出来る。だから野次馬根性が座っているのは自分だけだろう。そしてクレアと言う女が自分のそんな下らない部分を認めてくれているのではなく、暗黙の了解。聞かない事柄に関する中に入るのだ。

「さ、今から連絡広げて魔族の大変革の始まりだろーね。マッタク、嫌なクジ引いちゃったよ」

「だがその分楽しむつもりはあるだろう?」

「やっぱ分かる? もうジハードまで出張って来るんならどうにでもなれって感じだしね。ま、ルドさまも近くに居る事だし、何とかなるでしょ」

「サイガスとトリプルのどちらもを持つ男か」

「さいがす? 何それ」

「知らなければそれで良いさ。じゃあな」

「うん、今度会う時は敵同士かもしんないけどね」

 ドアを開き、喧噪渦巻く夜の街へと降り立つ。

 何処までも汚れきった街だと言われる場所だが、そんな風景を嫌いだと感じた事は一度もない。

 血溜まりと荒廃しきった大地だけが視界一面を埋め尽くすような場所が、自分の跡切れた記憶の最初の場面なのだ。それに比べれば、なんと活気溢れる場所だろうかと笑いがこみ上げ来る。

 自分が勝手に名付けた、己の中を渦巻く黒い感情。

 止める方法は、自分が感嘆する程の覚悟や決意を見た時のみ、それを圧さえられ封じられるのが唯一の手段だ。だからこそ、問題事を呼び込む性格でもなければ、そうそうそんな場面には出会える筈もないだろう。

 正直、そんな自分の中に居るもう一人の自分が疎ましく思える事もある。

 所詮と言ってしまえばそれまでであり、それが「他人」である事は間違いなく真実であるのだ。当たり前であろう、自分の中に自分の見知らぬ他者が住み着き、下手をすれば身体を乗っ取られ意識すら消されてしまうやもしれないのだから。

 そのリスクがあるからこそ、様々な知識と力と技を使えるのだが、得をした気は一度も無い。

「ラファエロか」

 そして街の雑沓をかき分けながら消えるだろうと思い口にした名前だ。

 ジハードと言う、六帝の中の一人である人物と密接な関わりがある自分だからこそ、クレアに乗っ取られる事なく彼女と共に戦える身体と心。何度言おうと、嫌な名前だとしか思えず気分は悪くなるだけで、その上決して遁れられぬ運命の上に立ち、自分の決断の時に出会わなければならない他者。

「自分の過去ですらない記憶と戦う者、か」

 だからこそ、勝ち目のない相手。

 神帝と言う異名を取る他者を思っても、不適な笑みだけが我慢しきれず溢れてしまうのだ。まるでそのときだけは、自分が一番自分らしく居られる如く。

 そして所詮、狂気と殺戮の中で記憶を消し、二度目の生を受けた自分が居るのだと分かるから。

 人混みの中に埋もれ、何処までも流される気はさらさらない。様々な舐めるような視線も気にならず、今はただひたすら東を目ざせば良い。だから自分は笑って居られる。

 まるでそう言い聞かせる様な思考は、何処までも安寧のままに回っていた。

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