街に入った時の印象が変わったと、初めは思った。
皇都の町並みは何処も変わらず、人の活気もまるで変化は無いにも関らず、だ。
レクトからここまでそう日数は掛からず来られたが、クレアの情報を仕入れるならば早い方が良いと、スラム街とは名ばかりの、平和な町並みで暗がりなだけの町並みを見ながらそう言う印象を抱かざるを得なかった理由は一つ。
まるで街が息を吹き返し、だからこそ恐怖を感じられるようになった、と言うのが自分の感想だ。
大地が生きているか否かと言う質問は馬鹿げていると思うが、街が生きているか死んでいるかは住む人々によって変わる物。それを無視し、街その物。建っている場所がそれを感じていると思うのは、自分が何処かおかしいのか。それとも此処がある事柄に関する重大な場所と言う事のどちらかに意味があるのだろうと思う。
どちらにしろ、入った時は分からなかったが、この皇都のスラム街に足を踏み入れた所で感じ悟った事を否定したいのだと思い始めたのはこの道を通ったと言う、まるで獣すら逃げ出す様な強い匂いが残っているからだ。
実際には鼻で分かる匂いではなく、気配と言った方が正しいのだが住民達に気付かぬ様、細工してあるらしい腕を考えれば相当の強さを持った者だと言う事が分かる。
だがそれはまともな相手だけと戦ってきた連中に分かる現界。
自分が感じたもう一つ分かる事実は、記憶と照らし合わせそうであって欲しくないと願う事すら考えてしまう様な相手。
「・・・まったく、あの空間での記憶を無しにしてくれるとか、そう言う特権は無いのか?」
正直、歩くだけで精一杯だ。すれ違う子供だけに分かるらしいが、振り向き、首を傾げて行く小さな住人達は自分が何故震えているのかすら分からないだろう。包帯だらけの顔を不思議がるだけではなく、心の中まで見透かせるのは彼らが知りたいと言う欲求のみで動いているからだろう。幸せの裏にある、事実。そしてここを通った「紅の殺戮者」は、よほど住民に迷惑をかけぬよう気遣ったらしい。同時に通り有る程度の強さと、経験がある物に対しての置き土産だろうか。
まるで心を刺激し、挑発しているような気配の残し方は気付けば戦いたいと言う願いと、その結果自分は必ず死ぬだろうと言う現実の中で揺れ動かなければならないだろう。
「一音かどうかは知らんが・・・悪夢ではあるな」
そして、恐怖のみを感じさせない部分がどれほどの強さを秘めているのか判断しきれなくなり、笑うしか無いのだろう。
「お? ジンじゃねぇかよ。どうした? 今日はお姫様は連れてないのか?」
久しぶりに再開した、ただ、情報のみを買う少し年輩の男は不思議そうな顔をしていた。
「しっかし、お前さんがまさか嬢ちゃんの捜索願を出すたぁ正直驚いたな。喧嘩でもしたのか?」
それから部屋に連れ来られ、男は笑いながらそう言い何やら忙しく洋筆を紙の上で走らせていた。
馴染みではないが、少なくとも皇都に来た時は必ず寄るスラム街で唯一の情報ギルド。存在その物は公表されず、ひっそりと経営する様は犯罪の匂いの全くない、まるで何処か世の中を棄てた様なこの男一人で切り盛りをしていた。もっとも、一度所帯を持ったと聞いたが、居ない所を見ると喧嘩をしている真っ最中か、それとも同業者故に妻の方が情報を仕入れる側に回っているかのどちらかだ。最も、詮索する気もなく男に対する疑問と言う思考を打ち切り簡潔に口火を切る。
「似た様な物だと思えば良い。とにかく、クレアの居場所が分かればそれで良いんだ。どのくらいで探れる?」
「そうさなぁ。嬢ちゃんはそこそこ美人の部類に入るし、あの強さだ。一騒ぎ何処かで起こして居れば三日以内に分かるが、こればっかりはやってみねぇとわからんよ」
「あまり時間を気にする必要も無いと思うが、アイツの性格だ。もうすぐ一週間経つ。その間音沙汰無しだと後が怖いんだがな、仕方無い」
「考慮はしてやるよ。ウチのが帰ってきたらいの一番で取りかからせる。まあみてなって」
「ああ」
「そんなげっそりするな。俺からも言ってやるって。何か事情があったんだろ?」
「その辺は、期待しないで置くさ」
後は、今晩泊まる所なりを教えてやれば報告しに来てくれるのだが、先立つものが無ければ寝る場所の確保もままならないのは事実。殆どこの男を雇う賃金で手持ちは無くなり、仕方なしに裏の仕事を請け負う黒ギルドの場所を紹介して貰ったのだが、以前と場所が違う事とまさか統括者そのものが代わっているとは思わず少々面喰らってしまった。
何せ、以前は正規のギルドに取って賞金首の自分はまともな仕事など請け負う事は不可能。故に黒ギルドと言う犯罪者としての立場に見合う仕事を請け負う事の出来る場所があり、そこの統括者の男との面識もあった。稼ぎ頭とまでは行かぬ物の、生活費の殆どを稼ぐ場所なのだ。それ故に放浪していた時期がそんなに長かったのかと疑問にすら思ったが、根本的な間違いがあったらしい。
「へぇ、あんたが。まぁ、前の男がどれだけ気に入ってたか知らないけど、ここで金が欲しけりゃもう一度試験突破してから来るんだね。
大分長い間放浪してたんだろうけど、事情なんぞ私の知ったこっちゃない事くらい分かるでしょ?」
「・・・・・」
「私の話聞いてる? 免許の更新をし損ねたんなら、もう一度免許を取って来いって言ってんだけどさ」
「いや、聞いているし理解した。手間をかけてすまない」
統括者に収まった女。名前を聞くのを忘れたが今の所どうでも良いだろう。何せ黒ギルドに免許などあったと言うのが初耳な事が驚きに足る理由の一つ。そもそも、犯罪者の連中が正規ギルドの真似事などしているとは思わなかったのだ。そしてもう一つは、多分、クレアは免許の更新もあってこの皇都に用があると言ったに違いない。が、自分がクレアと離ればなれになってからもうすぐ一週間ではな「既に一週間以上経過している」と言う事に一番の問題があるのかもしれない。
「お、珍しいな一人たぁ。どうし・・・・た? 包帯の上からでも分かる様な調子の悪さなのか?」
「気にするな。で、免許を取る為には此処に来れば良いと聞いたんだがつまる所、何をすれば良い」
「アンタなら一度受かってるんだし、夜にある賭け試合に出て稼がせてくれりゃ良いと思うぜ。A級ライセンスのブラックギルダーだろ?」
「その辺の事情はよく知らないんだが、負ければ良いのか? 勝てば良いのか?」
「その顔色なら勝つ方に回ってくれりゃ、ウチは稼がせて貰えるからな。なるだけ顔色をそのままにしといて連勝してくれ」
「当分このままだろうから心配するな」
「後、覆面・・・とかはアンタの場合は逆か。包帯取っ払って出てくれ。一応、今顔だけ確認させてくれや」
「分かった・・・」
黒ギルドで行われる賭け試合ともなれば、殺し合いまであるかどうかは分からないがロクな物じゃない事は確かだ。ただし、初体験ではなく一度やった記憶があるなら、それが試験だったのだろう。丁度同じ時期にうさん臭い仕事を何件か請け負った事も考えればそれも試験だったのかもしれない。
「・・・怖気のする様な色男だったんだなお前。何で顔、隠してやがる」
「南方で売れすぎたんだよ」
死亡した時の処理のされ方などを自由にする、等と言う物騒な書類にサインをしながら思うが、過去に勝手に署名されて出されたのかと思うと、面白い事だが少しは気が楽になった。そして妙に正規のハンターギルドじみた書類にサインをして行き、全てが終わった所で賭け試合に出る選手の待合室まで案内されるが、個室を宛がわれたと言う事はA級ブラックギルダーとやらはそれなりの地位はあるらしい。まるで他人事の様に考えながら、ふと現実逃避している自分に気付き戻ってきた顔色がまた青くなる。
一番の問題など、クレアと離れていた時期が長すぎると言う事以外無い。彼女の事だ、そうとう頭に来て、情報屋の男が見付けるのも容易い程の問題事を起こしているのかもしれない。それはそれで嬉しい事、と割り切れれば良いのだが、クレアと言う少女は形で判断するにはあまりにも強大すぎる力を持っているのだ。
そして懸念すべきは、あのライアと何処かで出会って居れば間違いなく一戦交えていると言う事。ライアの情報源がどの程度かは分からないが、かなり歴史の裏に隠された部分まで知る事が出来るだろう。何せ自分の正体に気付いた程なのだ。その上その知る事が出来る環境に見合う強さを持っている。
あの、ライアが別れ際に放った技は自分だからこそ無効化出来ただけであり、他人に真似は出来ない。そしてクレアもその例外でないとすれば、街の一つや二つが壊滅する位ならまだマシと言えるだろう。そしてその怒りの矛先が全て、自分に向かって来るのだ。
「こう云う気分を、泣きたい気分だと言うんだろうなぁ」
薄汚れた天井を見あげながら口にした所で何の問題解決にならない事など分かり切っている。それでも、愚痴でも言わなければやっていられないと言うのが心境か。何よりクレアが死ぬかもしれないと言う心配を全くしなくて良い程、彼女が強いと言うのが不幸中の幸い。それが自分に対して裏目に出るかどうかはこの際関係ないと思いこんでいれば良い。
そして夜までの間、ずっとそんな事を考えながら天井を見あげていた。

アナザー・ナイン・ファンタジー■ACT:BLUE COMPENSATION