街で逃げ遅れたモノの殆どが、もはや手遅れと言うべき状況だった。

 炎にまるで意思が宿った如く、行く手を阻み徐々に肉を焼き最悪な死に方を贈られる地獄だった。

 逃げまどう人々を先導する事を協力してくれたのは、街に住む老若男女がまるで関係の無いハンター達。そして何より彼らには驚きだっただろう、あの黒ギルドの連中だった。

 最も、自分から言わせてみればスティアの一声で動く組織ならば、それだけで懐柔する事も容易い。あの時言った言葉の意味を理解するのは遅かった様だが、理解しない内に死ぬよりずっと良いだろう。こう云う状況下の中で、正義と悪の存在価値など皆無である事は前々から知っていたのだ。それでも火事場泥棒の様な連中も存在するが、皇都故に、と言った所か。

 どんな罪を犯した者であれ、街に住み続ける事の出来る者ならばそれは償える者達ばかりなのだ。

 何より功を奏したのは、バイアが自分の二つ名を明かしながらスティアの束ねきれない悪人達を支配下に置いた事もあったろう。誰であれ、死ぬよりは生きていた方が良い。同時に、最悪の状況下を理解しているからこそ、だ。

 街の外周に沿って炎は存在し、逃げ場所などとうの昔から無かった事に従う理由もあったのだろう。

 彼女が持っているドラグーンクレストの意味が、空間を越える術を持っていたから、可能だった事だ。

「もう少しだな。後どのくらいで街の全員がここに集まる?」

 広場と言うには小さいのだろうが、生憎と街の生きている住人を集められる場所など此処以外に無い。東西南北に伸びる、王城を中心とした道の南。

 そこに集まった住人の全てが、崩れ落ちた王城を目の前にし、絶望を少なからず心の中に抱いていたに違いない。

 彼らにとって、城と言う存在がどういう意味を表していたのかは分からないが、さぞかし大事なモノだったのだろう。

 だからこそ、戦争も知らぬ彼らは自分を貫き通そうと、躍起になる。

 無知故に、今がどんな状況下を上辺だけで見て自分に出来うる限りの事をする。

 もしここで自分が素直な気持ちを口にすれば、どれだけで恐怖は伝染し何処までも広がってしまうだろう。例え死と隣り合わせの恐怖だとしても、それにも勝る絶望と言うのを彼らは知らないのだ。

 だからこそ、自分が一人である事がもどかしすぎた。

「ちょっとまって・・・。じゃあ、魔環師はもう二人しか生き残ってないって言うの?!」

「城があの状況では、リスキィさんも無事かどうかなんて・・・」

「じゃあ、せめてリーゼの居場所だけでも教えてちょうだい。リーゼが居れば熱さもかなり凌げるはずよ」

「しかし・・・」

 聞こえてくる、バイアと誰かが話す声。姿見から兵士だと言う事は分かったが、彼の瞳の中にもやはり恐怖がありありと現れている。バイアと言う実力者がこの状況下で居なくなれば、一体どんな惨状になるか位は想像できるらしい。故に小物なのだと言ってやっても良いが、無意味な言葉を挟むだけの時間すら惜しいこの時、自分の思考は簡単に動き止まらなかった。

「なら俺が行く。場所とそのリーゼとやらの特徴を教えろ」

「あ、あんたは?」

「死にたくなければさっさと言え」

「ま、街の西の方角だったと思う。リーゼ様が行かれたのは。特徴は・・・」

「そいつはリーゼ・ガ・ストラストと言う名前じゃないのか?」

「あ、ああ。そうだ。東方魔環師様のリーゼ様だ」

「そう言う事か」

 疑いの目差を向けたままの兵士を他所に、自分の中の記憶と照らし合わせ、リーゼと言う女性がどんな人物かは思い出す事が出来る。ただ、魔環師であったと言う事までは知らなかったモノの、戦場で見た特徴を歳と共に重ねられた「何か」足せば、彼女の顔など想像出来るだろう。

「バイア」

「な、何よ」

 そしてここを頼むとでも自分が言うと思ったのだろうか。彼女の顔に不安が渦巻いていたが、それが強ばるのも時間の問題。

「昔した所行の報いなどと考えるなよ。例え、机上の空論で人の命を弄んだとしてもな」

 何の事を言っているか、それは彼女にしか分からないだろう。

 過去を知らぬからこそ、そして過去を知っているからこそ。

 人と言う存在を知っている連中はそんな区分け方で善悪を判断しているのかもしれない。

 西へと走り出した自分の顔は、もう誰の気がねも無しに笑みを賛える事が出来る。

 不安と、恐怖と絶望と。

 それらが入り交じって狂気となり、自分の中にあるもう一人の自分を呼び起こそうになりながらも、成し遂げようとしている事は人助けなのだから笑ってしまう。

 今日と言うこの日が、自分がどうしても認めなければならない事実を目の前にしなければならないと言う日であっても。

 薄々感じる「もう一人の自分」の気配は先ほど消えたモノの、また現れるのだろう。城の中で何が起こっていたかを知っているのは、城の中で生き残っていた七人と、自分のみ。それが何よりも証拠である事は嫌でも知らされたのだ。

「隠し通すべきか、それとも決着を付けるべきか」

 迷いがこんなにも心地よく感じるのは、もはやまともな状態で居ない自分を物語っている。

 身体を熱く焦す炎すら、今は心地よいそよ風にしか感じない瞬間。

 そして見えた人影は、間違いなくリーゼ・ガ・ストラストと言う名を持ち、未だ過去に縛られているだろう顔をした女だった。




































アナザー・ナイン・ファンタジー■ACT:BLUE COMPENSATION





































 骸を抱えながら、と言うべきか。

 既に形すら喪った、灰と消し炭だろう。元の色すら分からなくなる程、薄汚れた法衣を来た彼女は自分の大切だった人のなれの果てを抱えながらその場に居た。もはや、誰の声も聞こえていない。このまま死んで行ければどれだけ幸せなのかと、思考が簡単に読める程、今の彼女は弱くなったまま。

 一つは、大きな固まり。もう一つは、かろうじて腕のみがまるで生きている様に残った、子供のそれ。

 家族であったならば、そして目の前で彼女が座り込んでいる瓦礫が物語っているのは自分だけが生き残ってしまったと言う結果。

 そして代償は、彼女自身の片腕だろうか。肩の部分から無くなっているそこはまるで炎に焼かれ血でさえも黒く染まり、声をかける事も、無理矢理そこから引き離す事も、今は出来そうにも無い。それが自分の結論だった。

「だからと言って、連れ帰らなくとも寝覚めは悪いな・・・」

 自分が自分で居られなくなるまで、あとどのくらいの時が残っているのかすら分からない。

 今の内に、自分の手で殺してしまうかとも思ったが、まさかわざわざ出てくる様な人物とは思えない、あまりにも意外な姿をそこで見る事になる。

 だから、自分は此処に来たのかもしれないと思えたが、残念ながらその人物に自分は映っていなかったらしい。

「女、俺の娘が世話になったついでだ。これから聞く事をよく聞け」

 自分の声では決して無い。あまりにも若すぎる姿と、それと反し何処までも底のない気配を持った、子供だ。

 ただし、こんな場所に顔色変えず居るのだから、まともでない事は確かだったが、それ以上に感じさせるのは、自分の中のもう一人の自分。それがまるで過去に出会った事があるかの様な、恐怖だ。

 殺される、ではなく、殺されたのだと、戦えば瞬時に気付くだろう。そして自分の生きていた時間はそこで閉じてしまうに違いない。

 それほどの強さを持ち、紅色の瞳を持った少年と言えば自分に心当たりは一つしかない。

 クレアがまるで訝しむよう、そして楽しそうに名だけを、二つ名だけを言った男。

 夕闇の殺戮者(デュスク・ジェノサイダー)。

 世界がまるで違う様に見えたと、子供の姿をした男を感じ知った時、クレアはそう思ったらしい。そして少なからず自分にもそれは理解出来た。

 絶望すら色あせる、喜びとでも言うのだろうか。

 希望とも、夢とも違う、簡単な感情。

 それが絶望を上回る程になり、ただ気付かせる。

 それでも打ちひしがれたままの女は、耳にだけ彼の言葉を聞いていた。

 声すら聞こえぬ、自分には聞かれたくない、いや、この場合は聞く必要もない事か。

 彼女にのみ聞こえる、まるで念話の様な術で女に語りかける子供は真剣な顔のままだった。だが女の顔がゆっくりと子供のその姿を見あげた時、それは希望でも夢でも楽しさでもない、ただ、怒りに満ちあふれた顔だった。

 だがある種、自分にはその表情こそリーゼ・ガ・ストラストと言う女だと確信できる表情だったろう。過去、西の軍勢の中で群を抜いて強いと畏怖の念で呼ばれていたストラスト姓。その中でも彼女はまるで当たり前の様に怒りをその顔に乗せ、炎の片天秤(かぎろいのかたてんびん)と呼ばれていたのだ。

 同じ事をして、人々を殺していた過去。そして自分もそれを体験し、初めて知った家族を失う重さ。

 説教を述べる訳でもなく、ただ過去を語ったのかもしれない子供の顔を睨め付けながら女の表情はまた元に戻って行く。

 繰り返し、そんな事が何度続いただろうか。最後に言った男の言葉。

「後は好きに考えろ。時間なんて無いがな」

 それと共に、漸く自分の身体が動く様になった事を感じ、今度は自分の番なのだと覚悟を決める。そして男が此方を向いた時、女の様に怒りを露にした表情でなかったモノの、死を直感するに値する表情が男の顔にはあった。

「で、お前はどうすんだ」

「・・・・」

「黙りか? だがな、お前の血の中にある力が俺をこうさせるんだ。少しは我慢してくれ」

 何の事を言っているか初めはまるで分からなかったが、出生の秘密とでも言うべきか。自分と言う存在が生じたそのときのその理由を、知っている彼の言いたい事は少しばかり分かった。知らぬ所で、自分の血と言うのろいが何かしでかしているのだろう。同時に自分はまだ、男を怒らせるに足る事は「まだ」していないだけと言う事。

「頭の回転が速いのは賞めてやるが正直、あまりここに居られない理由があるんでな。簡潔に言わせて貰う」

 そして、殺気にも似た。いや、覇気と言うべきだろう。

 一瞬、周りの揺れる炎が引くように見える程の気配を自分に叩き付けながら男は言う。

 我ながら、立っていただけでもよくやったと賞めてやりたい位だった筈だ。

 だが言葉の内容を嚥下した自分の意識も身体も保っている今の状態は間違いなく、

「どちらが真物か、決着を付ければどうなんだ?」

 もう一人の自分などではなかった。

「ずいぶんと、嫌なことをハッキリ言ってくれる・・・」

「お前の事情なんざ知った事じゃない。知り得ている事が多いのなら、迷う事は愚かなだけだって分かってるだろうが」

「知り得ているからこそ迷うんじゃないのか?」

「じゃあ、お前はまだ知らない事が多すぎるだけだ。だから力の制御もままならんのだろうよ」

「・・・・」

 言い返すだけの言葉も、相手がどれだけ強くそして戦えば負けると分かっているのに口から飛び出してしまう。失敗しているのではなく、自分自身がこんな状況を楽しむ様な悪癖を持っていたとは知らなかったが、今の言葉の意図が、幾つか枝分かれしたどの結果を指しているのか分からず言葉を止めてしまう。

 だから男は、笑ったのだろう。

「迷うのはな、どれかを選びだそうとするからだ。ならどうすれば良いのか何て分かり切った事だろうが」

 その言葉に一体何が続くかなど、分かり切った事。

 それくらいの事、その程度の事は分かり切っている。そしてだからこそ、自分は拳を握りしめているのだ。

 目の前の男は、続けるべき言葉を実行できうる力を持っているが故に。

 最善策は、言葉とは裏腹に決して一つではあり得ない。故に、どれかを選び出さなければならないのだろうが、どれもを選び出せればどれだけ楽だろうか。

 いや、楽なのではなく、満足出来る結果をもたらす事が出来る。それ故に、力を自分は欲している。可能かどうかが問題なのではなく、全ては迅速さと正確さのみが物を言う、技術。予想通りならば、目の前の男は運命と呼ばれる様なモノすら書き換えてしまうのかもしれない故に、久しぶりに感じた悔しさは笑顔となってこぼれ落ちた。

「なに笑ってやがる」

「いや、面白いからじゃないさ・・・」

「まぁ、いいがな。見境無しに・・・狂って誰かを殺す様な事がない限り俺はお前の前に二度と現れん。後は好きにしろ」

 そして多分、まだ何処かでやるべき事か、それともやり遂げたい事があるのか。

 どちらとも思える表情を残し、男は行った。

 空間を制御する力を目の辺りにしたのは初めてだったが、初めからそこに居なかった如く消え失せたその実力は確かに凄まじいモノだと理解出来る。その上、それが朝飯前だろう腕だからこそ、自分はまだ笑っていたのだろう。

 だが高揚した気分のままで、敵の存在をいち早く気づけたのは初めてだった。

 だからこそ、相手も驚いたのだろう。

「それだけの強さを持っていたなら、何故あの時逃げた」

 くぐもった声は、周りの熱気に裹まれても尚、冷やかに聞こえる殺気がある。

 ここに来たと言う事は、時間が無くなったと言って過言ではなく、だからこそ呆けているのかすら分からない、座り込んだ片腕の女を先に行かせる事が必要になる。

 下らない約束だと初めは思っていた自分だったが、徐々に変わり始めた自分が嫌に、気に入らない事と、それ故に笑っている自分は何処までも自分らしくあれる様。

 今日はやけに役者が揃い、ここで起こった事は歴史にでも記されると確信する。そして同時に、何が起こっていたか、全てを知っているモノはあまりにも少ない事もまた事実。だからこそ、出来うる限りの事を知りたいと思うのは、間違いなく自分の悪癖だった。



 熱砂は幾度と無く体験したが、炎に渦巻かれた街は初めて。何より、こんなにも大きな街が全て炎に包まれている事自体が異常であり、もう一度経験するには、よほどの運が無ければならない。しかしこんな状況下だからこそ、出会いたくはなかった女と再会出来たと言っても良い。

「こんな所で何をしていた・・・?」

 怒っている口調、と言うより、殺す前に聞き出して置くべき事は無いかと言う意思が伝わる、冷たいままの声。

 何が彼女をそこまで憎しみや殺意に目覚めさせるのかは分からないが、自分とそう歳は変わらないであろう年輪と、産れ生きてきた状況の違いがこの立場の違いを生み出す原因になったのだとは分かる。立場が逆であってもまったくおかしくないと言う事。最も自分は、出生の時も、幼少時代の事も全く憶えては居ないのだが。

「人助け、と言って置こうか」

「貴様がそんなガラか?」

「だろうな。俺もそう思うさ」

「・・・・・・」

 気付かなかった事が幾つも見えてくる今、視線を動かし漸く前に見据えた女、ライア・ガロスが何者であるかも検討が付く。

 使えぬ情報に意味が無いのではなく、使わない事にこそ意味が無いのだと。

 彼女を知っている訳ではない。風の噂で聞いただけの、幼少時代にドラグネスソードに触れ母親に殺された龍人族の少女の事を思い出す。

 目の前の女に取っては、思い出したくもない過去だったろう。方やその母親は一体どんな気持ちで彼女を一度殺したのか、想像するのは容易。それ故に、彼女は歪んでしまったと言う皮肉な結果も、今ならば納得出来る。

 有り体に言えば、恵まれていたからこそ、か。

 お伽話にさえなる自分の母親の面影が大きすぎたと言うべきか。

 自ら選んだ道が、それ以外に選択肢が無かったとも言うのだろう。

 だからこそ、自分と対峙したときに、彼女は不機嫌な顔をしている。

「そこのは誰だ?」

「知り合いに頼まれてな。迎えに来たんだがこのざまだ。見逃してくれると助かるんだが・・・・・」

 話を引き延ばすつもりは無かったのだが、相手にそう受け取られたのなら仕方がない。臨戦態勢を崩したつもりはなかったが、それでも初撃は薄く頬を切り裂かれ、心地よい傷の痛みが走る。

「もう時間は無い。何を見、何を知ったかは問題じゃあ無い。貴様を殺せば済むだけだ」

 駆け抜けた時の姿を見ていた筈なのに、まるで一瞬で自分の後方へと移動した速さは尋常ではない。まさかここまで強かったとは思わなかったが、僅かに脚の辺りに感じる違和感が彼女が一体どんな方法を使ってその速さを手に入れたかは分かる。だが一方で気付く事も出来る。

「一回切りじゃないにしろ、あまり数を重ねられないみたいだな」

「・・・・・」

「無茶をする様には思えないが・・・それ程警戒しているのなら、早々に勝敗は決した方が良さようだ」

 減らず口を叩く自分がよほど憎たらしいのか。感情のこもっていなかった殺気だけの瞳に、僅かにいらだちが見える辺り、本当に時間は無い様子。それに引き替え、状況は迷っている時間など許してくれないだろう、絶体絶命な雰囲気がまるで感じられない。

 気付かせない故に、ある名を持った男の事を気にかけているのであれば、確かに切羽詰まっていると言えるのだろうが、もう少しだけ時間があると確信出来たのはあの男が「あえて」去ったと言う事が分かったからだろうか。

 もしかしたら、自分の勘がそう告げたのかもしれない。

「だが一つだけ聞きたい事がある」

「・・・・・何だ」

「そこまでする理由が、俺には理解出来ない。お前がどんな事情で動いているかは分からないが・・・」

 だから、焦燥らせる為に言葉をわざと句切り、延ばし、そして苛つかせる様にして口上を並べ立てる。

 時間が無い事も確かだったが、思った以上に冷静になれる自分が選択しようとしているのはギリギリの選択。

 昔の自分であったならば、切羽詰まり最善策を知っていようとも決してそれを選ばなかったろう。

 妥協案を提示し、自分自身、それで良いのだと納得させ、そして結果、少しの後悔が残る。

 生きる時間など、その積み重ねの繰り返しだ。

 最善策をどれだけ取ろうとも、不運に見舞われればそれまでだが、少なくとも自分は知ってしまったのだ。

「もしよかったらお前のそこまでさせる動機を聞かせてくれ」

「・・・・・・・」

 長い沈黙ではなく、考えを巡らせ自分と言う、青き悪魔の考察を見抜こうとしている。が、どれだけ考えようとも自分の考えた結果を彼女が見える筈もなく、その口はまるでためた愚痴でも吐くかの様、怒気の入り交じった声が帰って来るだけ。

「難しい理屈など、私の知った事じゃない・・・・・。お前が気に入らないから殺すだけだ」

「命令であれ、自分の思いであれ、同じだからやると?」

「・・・何を考えて居るかまるで分からんがな。万策尽きて足掻く等、愚の骨頂だ。さっさと・・・」

 死を予感するでもなく、彼女の動きは手に取る様に分かった。だがたった半歩、横にずれただけで彼女の攻撃は逸れ、自分の身体に傷が契まれる事は無い。

「・・・・まだ、足掻くか」

「殺されてやる程、アンタに恩がある訳じゃないからな」

 出てくる言葉は徐々に皮肉を含み、相手は更に頭を悩ませるだろう。

 正直、もうすぐこの街全体が無くなってしまうと直感で感じているモノの、もっとこの時間を楽しんでいたいと考えてしまうのは自分のどの部分なのだろうか。

 だからこそ、まるで今迄決して口にしなかった事実を簡単に口に出来た。

「それに、神帝の代わりとして生れたん俺は、ホンモノを殺すまで・・・・・。それまでは死ねはしない」

「・・・・・・やはり、貴様」

 驚きは迷いになる程ではなかったが、確信があった訳ではなかったのだろう。どちらかと言えばもしかしたらと言う、希望か、それとも単なる憶測に過ぎない、自分の過大評価だと彼女は自分の事を見ていたのかもしれない。

 だが、どうしても信じざるを得ない事実が目の前にある。

 自分の身体がまるで別物が混ざる如く、気配の色が青から紫へと変わった時、彼女は嫌でも悟らざるを得なかったのかもしれない。

「もうすぐだろうな。この街が消し飛ぶのも」

 何事も無かったかのように自分の口は未来を告げる。

 自分の半身、いや、本体と言うべきか。

 一方通行で流れ込んでくる思考は漸く隙をつけると言う嬉しさ。

 誰を見て、誰を感じているのかまでハッキリと分からなかったが、精々その誰かに今は頑張って貰うしかないのだろう。

 近くて遠い、この街の中で自分のホンモノを感じながら居る気分は最悪でしかない。そして一方で、自分が複製品故に手に入れられた力が手に取る様に把握出来るこの瞬間こそ、自分の待ちわびた時間だった。

「俺が言うべきじゃあないんだろうが、そろそろ遊びも終わりにするか?」

「・・・・・・」

 遊びと称され、頭に血が上った訳でもなかろうに。今この瞬間から雌雄を決するには時間が無さ過ぎる故の歯がゆさだろう。何より、彼女は青い悪魔がここで死んでしまう、自分で殺せないと言う過去を背負う事に納得仕切れて居ないらしい。

 だからこそ、言う必要があったのかもしれない。

「互いに・・・」

「?」

「・・・・俺たちは互いに同じなんだろうよ。たったそれだけの事だ」

 何を言っているか、理解して貰おうとした言葉ではなく、自分に向け放った戒めだったかもしれないそれは、彼女の耳にも確かに届いた。

 意味を理解するも、吐いて捨てるも彼女の好きにすれば良い。この状況下であれば、理解出来ぬ言葉など何の意味もない戯れ言だった筈だ。

 知った事ではないと言い放ち、切り捨ててしまえば良かった筈だ。

 最も、それが出来ぬ様に言葉を選び、彼女が意味を理解しやすい様、彼女の中の曖昧な思いを具現化しただけに過ぎないそれは、彼女の脚も殺気も、そして覇気さえも止めてしまうだけの効果がある。

 故に、自分は悪魔なのかもしれないと思った。

「境遇が同じ筈はない。唯一無二の自分と言う存在である限りそれは保証されるが、行き着く先まで唯一無二になる事はない。だから、否定したいんだろ?」

 どんな風に彼女の心に届いたか。今更、関係の無い事。

 どんな思いをその刃に乗せ、自分へと向かう心境は何もかもをただ一種類の感情に塗りつぶしていたに違いない。

 竜族特有の剣目も、翼や大気を操るとまで言われた術も。彼女にはその一切が初めからなかったかの様に抜け落ちている。

 疎かではなく、哀れなのだろう。

 自分に帰っても来るその言葉は、彼女の殺意を極限まで高めあげるに足十分過ぎるモノ。

 それ故に、自分は今も生きていられるのだと、確信出来た。

 世界がただ純白に染まり、夜の空がまるで始まりの時の様に淡らぎ、消えてゆく周りの景色をただ感じる事は出来る。

 誰が、この中で生き残る事が出来るかは分からないが、少なくとも自分は生き延びる事など到底不可能。

 故に、この瞬間を待っていたのだ。

 自分のオリジナルである神帝と言う存在の、街を消し去らんとするその時を。

 全く、別の光景だなと素直な感想を胸に抱いたのは余裕があったからではない。

 相まみえていた彼女も、全てを喪ったかの様にただ佇むしかない女も。

 全て、知覚出来る領域に在る。

 ライア・ガロスと言う女のみ、その場所に残していけば、後々苦労も無く、ただ、後味の悪い寝覚めになっただけだったのだろうが。自分の選んだ道は、もしかしたら間違っていたのかもしれないと思うのは先の事。

 ただ今は、後悔などしていなかった。

 大気に渦巻く凄まじい力を利用し、自分の身体の特性を使い無理矢理空間を越える。

 その結果、何処に出るのかまで分かりもしなかったが、役にも立ちそうもない自暴自棄な女の意思が、ここに導いたのだろう。

 場所は皇都を外れ、バイアが空間転移の後の避難場所に選んだ街。

 歓楽街レクトの広場だった。







 目の前にある景色は夜の喧噪慌ただしく、賑わいを見せる何時ものレクトとは少し違っていた。

 当たり前と言えば当たり前か。そこにあったのは自分の思う様な街ではなく、ここも戦場であったと言う証。その上、一気に皇都の連中が文字通り「現れた」のなら、騒ぎにならぬ方がおかしいだろう。率先して兵か、ただの住民かは分からなかったが、被害の状況報告や手当を手伝っている医師などの動きはそれこそ戦場のまっただ中であると言えたろう。一つだけ違う事があるとすれば、その誰もの目がみんなで生き抜きたいと。

 甘ったるい事を考えているのが手に取る様に分かる事だけだった。

「にしてもアンタ、私と同じ術が使えるんなら初めから・・・」

 心配と言う訳だけではなく、彼女自身、感情をもてあましているのだろう。自分に向ける言葉は思いの他強く、そして同時にバイアの瞳の色は疲れ切って居た。

「すまん、此方にも事情が色々とあったんでな」

「でも、無事でよかったよ。無事で・・・・」

 何人、逃げ遅れたかは分からないが、生きているだけで良いと言える感想は彼女の中で初めてのものだったのかもしれない。

 戦場を知らない軍師。そんな彼女が初めて知った戦場の渦中ではなく、その後の事。

 街がどんな現状になり、どんな後始末が必要か。住んでいる人たちの気持ちが一体どんなモノなのか。

 軍人である以上、いや、生きている以上。見てみなければ分からない事の一つにそれは分類される。

 本来の街であれば、犯罪密度が増加し、難民が溢れかえり、貧困に喘いだ住民達は他に移住するでもなく、ただそこで飢えや疫病に苦しみ死に絶えるだけなのかもしれない。

 その点でマシだと言える事は、この街だったからこそと言えただろう。

 昼行灯を決め込んでいる「だけ」の連中が揃っているのだ。実力や手腕だけで言えば、皇都の政治をそのままここに持ち込む事も可能だろう。そして面倒と言う一言だけで片づけられる場所をまた作り直せるのなら、その時は躍起になって動くだけ動く。その後はウンザリするほどの安寧を取り戻せば良いと、極端な割り切り方をしてしまう連中なのだ。

 だからこそ、逆に元犯罪者達が親を喪った子供の世話をしたり、けが人の治療やこれから住むべき場所を作らなければならない男手の要る仕事の段取りなど、恐ろしい程早くなりたって行く。だてに隠居を決め込んでいる訳ではなかった連中もちらほらと見えるのが、不幸中の幸いと行った所か。

 このレクトに統括者など必要無い。

 昔聞いた誰かの言葉。

 自分なりに言い換えてやれば、この街は誰もが統括出来る立場にあるとでも言うのだろう。才能に溺れた愚かな連中であれば自然に淘汰され、ただ正義のみを心に宿すモノは存在の意味を失う程この街はどす黒い空気に裹まれ尚、安定を保てて居る。

 楽園を作ろうと言う気はさらさら無かったのだろうが、結果的に作られ培われてきたこの街は、そう言う場所なのだ。

 だからこそ、辛いモノも側らに追いやられると言う現実もまたあったが。

「それで、あの女はどうした」

「ああ、リーゼ? ・・・・うん、まぁ、一人にしてってそれだけ言って部屋に篭りっきりなんだけどさ」

 悩み事は絶える事など無い。誰でもいいから助けてくれと、叫き散らさないのが目の前に居るバイアの言い所でも悪い所でもある。

 本人からしてみれば、今の自分は背負い込んでいるのではなく出来るだけの事を後悔しない内にやってしまいたいとでも言うのだろう。僅かな休憩の間、自分と話しているのはそのストレスを紛らわさせる為なのだろう。裏を返せば、彼女はもう誰も居なくなった寂しさを誤魔化しているのかもしれなかったが。

「片腕になってまで守りたかった者を喪ったんだ。今は誰の言葉だろうと届かんさ」

「それは分かってるわよ。でも、それでも何かしてやりたいって言うのが人の情って奴じゃないの?」

「生憎、オレは人族じゃない」

「あっそ。名前と一緒で冷たいのねぇ・・・」

 傷を負っている者を見て居続ければ、徐々に自分が傷ついている事すら忘れてしまう。

 何を心の中で躊躇い、言葉に出せずに苦しんでいるのかまで気遣う気もなかったが、バイアはバイアなりに何かを悩んでいたのだろう。それも、自分自身でしか答えを出せぬ何かだ。

 助けて欲しいと言えば、誰かは助けてくれるかもしれないが、その一方で自分自身で解決しなければならない事まで他者の力を必要としては自らを滅ぼすだけだと言う事を学んだ、その結果だ。

 彼女自身、これまでの苦労とは別のこれからの苦労も背負い、乗り越えていかなくてはならない。

 そしてそれは、自分と同じ道ではなく、全く別の道の筈。だから冷たく偶い、それだけでその場から離れる。

 二度と会う事は無いだろうと、自分の中の誰かが語りかけていた様だったが、それは狂気に満ちた者ではなく謐かな声でただ呟く様に聞こえる。そしてこの場から離れようとしているもう一人の自分と顔を合わせた時、彼女の顔は何処か迷いを隠そうともせず、まるでただ一人の女のままでそこに居る様に見えた。

「やる気の失せた顔だな」

「・・・・貴様に言われる筋合いもないがな」

「反論するだけの元気があるなら、心配する必要はなさそうだ。じゃあな」

 そのまま横を通り過ぎ、自分の相棒を捜さなければならないと言う目的を思い出し、自分の中はまた、黒く染まってゆくのだろう。

 孤独を嫌った事はなく、むしろ、その方が楽だと言うのが正直な感想だ。自分の相棒であるクレアと言う少女は、結局の所自分に取って大切な存在と同時に、背負いきれない運命を分かち合う者、そして何より、決して相容れぬ存在でもあるのだ。

 同じ場所で、同じ時を共有し、そして旅をしながら分かった事。

 一人の時間があまりに短すぎて、言えない言葉も多々募り、そしてもう一度一人になった時に気付いたそれが現実。

 そして同じ心境にあったからなのかもしれない。

 経緯など、違うのは当たり前だろう。

 それでも同じだった、初めて出会った「もう一人の自分」と言う過去はまるで、声を震わせながら泣いている様に感じられた。

「私が・・・・私が貴様を逃すとでも思っているのか?」

「じゃあ何故お前から何もかもが抜け落ちた様に感じるんだ」

「聞いているのは私だ・・・。貴様は・・・私を侮辱した。あの場所で何故、私を置き去りにしなかった!!」

 心の叫びと言う奴だろう。どうしようもない程の感情が溢れだし、止まらなくなった心はそのまま言葉となって外に漏れ出すだけだ。

 自分が何を言っているかさえ、分からないのだろうとそのまま顔も見ずに立ち去ろうとも思ったが、僅かに残った執念か。それとも自分の中に在る全てを賭けてでも自分を殺したかったのかもしれない。

 雑沓と、まるで戦場のまっただ中の騒がしさの中で聞こえた彼女の大刀音は、あまりにも響きすぎる鈴に聞こえた。

 だが、それすらもかき消してしまう命にすがり、生きようとする心が溢れかえったこの場所では、その音はあまりに脆弱。

 故に自分に届く前にかき消えたその音と彼女の強い意志は、まるで矛先を喪ったかの如くうなだれただ一言だけを彼女に呟かせた。

「私は・・・お前になら、お前になら殺されても良いと思ったんだぞ・・・」

 だからこそその瞬間、自分は立ち止まり彼女を見据え言ったのだろう。

 頭の中にあったのは、ただ冷たい想いだけで、配慮や気遣いなど一切なかった。

 あろう筈もない。自分はただ、彼女の心を痛めつけたかっただけなのだから。

「その程度の命なら他で捨ててしまえ。死にたがりなぞ興味の外だ」

 青ざめる顔も、周りに居た連中に聞こえた自分の声も、命渦巻く雑沓も。

 全てがまるで波打つよう、静けさだけが広まり始める。

 何もかもが、終わったのかと言う顔を、自分はしていたのかもしれない。

 自分の身分をそのときだけは忘れていたと言っても良い。

 晒していた顔は、間違いなく自分をツヴァイファルベだと周りに知らしめるに至ったのだから。

 周りから聞こえ囁かれる声は、そのどれもが自分の存在に気付いたのだろう。中にはジンガイのモノ、この街に住んでいたバーネットの知り合いが居たのかも知れないがそれでも、人々の不安を上回るモノなど何処にも無いと言う事か。生きていたいと言う意思を絶つ恐れのある自分は、その場所にあまりにも不似合いすぎた。

 だからぶつけ所の無かった怒りや不満が、自然と自分という矛先を見付け突き刺さってくるのは必然であるとも言えた。

「何でこんな所にブラックリストに載るような奴が居るんだ・・・」

「頼むから私たちの命を脅かすような事はしないでよね・・・」

「もしかして、あの悪魔もこの事件の一端を担ってたんじゃないの・・・?」

 たったそれだけの言葉が、一体どれだけの不安を束ねたのか。それこそ、皇都の家族を失った連中の殆どは疎んじる瞳でただ自分を見ていたのかもしれないが、半端な正義感でも役に立つことを知った若い連中か。それとも、平穏な人生をぶちこわしにされた老人共か。

 ただ大人が不安がるだけで、この喧噪の中をやっと泣かずに耐えていられていた子供達でさえ、その瞳に涙を浮かべた時、自分の心は決まったのだろう。

「発端そのものは知らんが・・・・・原因は作ったのかもな」

「・・・・・・ん、だと?」

 一人の若者が自分の前に出て、今にも殴りかかりそうな雰囲気で此方を睨んでいた。

 見当違いの言葉だと、何を言っているのかまるで分からないと。そんな顔をしているのは泣き崩れそうになったライア。そして自分が次の瞬間、何を言おうとしたのかが通じたのかもしれない。その顔は、もはや竜帝の剣に呪われた女の顔ではなく、ただ一人の生きているモノの叫びを挙げたいと願う顔。

「皇都が壊滅したのは自分がやった事だと言ったんだ。これで満足か?」

 そして誰かが。周りで見ていた連中だったのだろう。

 五、六人の男達が飛びかかるのが分かり、自分を取り押さえようとでも思ったのかもしれない。

 もしそれがハンターであったならば、こんな無様な結果に終わる事もなかったのかもしれないが、一瞬で群衆の中へと吹き飛ばし返してやった事が逆効果になり、辺りはやがて殺気立ち始めた。

 守ると言う大義名分の元、自分を処刑しようとでも言うのだろう。ここまでの数であれ、圧倒出来る実力を持っていたからこそ、自分は続きを言ったのも逆なでするだけだと分かっていた筈だ。

「その程度で俺を殺そうなんて、笑い話にもならんな。そのまま傷でも舐めあっていればどうだ?」

「こ・・・のっ!!」

 五人が十人に、十人が二十人に。

 倍にふくれあがって行く自分に向かう者の数もやがて百を超えた辺りからその手に武器などを持つようになった。それでも、まるで止まって見える動きしかしない連中は自分に取って味気ないモノにしか思えず、ただ一瞬で群衆の中へと突き返すだけ。そして動けるモノの殆どが、固唾を見守っていただけの連中になった時に漸く彼らは気付いたらしい。

 青い悪魔と言う男が、一体どれだけの力を秘めているのか計り知れないと。

 自分が判断するに、以前ならばこんな芸当など出来なかった筈だが、眠っていた力と言うべきか。それとも流れ込んできた情報だけではなく力その物も吸い取ったのか。どちらともつかない所だったが、格段に強くなった自分はあまりにも滑稽。それ故に、笑っていたのだろう自らを。

 相手にしてみればそれは嘲笑以外の何者でもなかった筈だが。

「な、何が可笑しいっ! その薄ら笑いを止めやがれ!!」

 一人の罵声が、徐々に大きくなるのも見慣れた光景。何もかもが、戦場と言う名で許されてしまうただ愚かなだけの場所。

 だから犠牲者なのだと叫ぶ彼らの声は、自分に取って。

 一人となった自分に取ってあまりにも醜く見えてしまう。

 殺気を飛ばそうと、その場に居る者達にしか伝わらない恐怖は後方で野次を飛ばしているだけの馬鹿には消して分からないだろう。

 いっそ、この場にいる何百人かを殺めてしまえば良いと言う考えも過るが、僅かに残っていた良心と、こんな連中をも守りたいと思っているバイアや、他の知り合った連中の事が頭をよぎり何とか堪える事が出来た。

 そしてもし、このチャンスが来なければ、その我慢も度を越して自らの手は二つ名とは反対の色に染まってしまっただろう。

 大業な翼を羽ばたかせ、ただ、広場に降りるだけで何人をなぎ倒したのか。

 相手に殺す意思が無いと言うのに、それでも力を見せつけてしまうだけの姿と、そしてその名はこの大陸の中で最も悪名高き名だと誰もが知っている、竜。

 死神のジェイルと呼ばれる一匹の赤き竜は、周りがハンターだらけになった事にすら意に介した風も無く、ただ言った。

「あなたが、迅徹さん?」

 降り立った場所も、先ほど自分が居た時よりも輪が広くなり、誰も近づこうとしないのは彼の正体を知っているからこそ。

 ただ、今の自分には彼があまりにも、

「そうだ」

「なら、一緒に来て貰えませんか?」

 傷つき、そして脆弱な存在に見えたのは気のせいではないだろう。

 死に神の言葉を理解し、逃がさんとする連中もちらほらと動き始めた様子も伺えたが、彼の目を見て、時があまりないのだろうと言う事だけは分かる。

 察し、察され、と言う所か。

 返事も無くただ翼を再び広げた彼の背に飛び乗り、そのまま空高く舞い上がるに要した時間は一瞬。

 二度と、行きたくもない場所を眺めながら、その中で再び出会えると言う確信を得られた人物はただ一人。

「で、何処に連れて行くつもりだ?」

 見あげ、見下ろし、立場などどうでも良いと思うが、彼女ではなく自分が死に神の背中に乗っているのは皮肉に見えたのだろう。

 確かに見えた憎しみの炎は、自分だけに向けられて居る様で気分が良かった。

 だから闇の中を飛ぶ空は

「漆黒の山脈ですよ。多分、貴方が一番会いたい人がそこで待っています」

 星すら霞んで見える程、ただ冷たいままそこに広がっていた。

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