最初に向かう先は西を選んだのには理由があった。最も戦が盛んに行われている訳でもなく、かといって流通が滞っている訳では無い場所。それが西方と言う土地と聞いたのは何時だっただろうか。ただ、耳に残る一言があったのは確か。

「酒造りの上手い刀鍛冶が居てなぁ、あのお方の造るのは酒も武器も一級品ばかりさ」

 それは魔物連中と暮らしていた時に聞いた言葉だった。その時静流は何にも興味を示さなかった故に、詳しい場所までは聞かなかったが、西と言う方向だけは聞いた覚えがある。そしてそれが西に向かう理由。どちらにしろ、彼に取って刀鍛冶の出来る知り合い等居る筈もなく、もしそれが目的の人物と違ったとしても、何か光と闇の刀匠の情報を仕入れられるのかもしれないのだ。そしてそう思ったが吉日。彼の足は何よりも速く西を目指し進み行く。

 途中、四つの人外魔境が一つ、漆黒の山脈も通らなければならなくなるやもしれないが、それも彼に取ってはさして気にしないで良い事なのだろう。竜族、それもブラックドラゴンが群で生息していると言われる場所だろうが関係ないと言うのはまともなハンターや傭兵なら頭が何処かおかしいとしか言えない様な事。だが彼にとって竜族だろうが魔族だろうが、さして気にする程の事もないのだ。

 彼が育ち生活する全てを学んだ場所である死の渓谷もまた、四つの人外魔境が一つなのだから。




































アナザー・ナイン・ファンタジー■ACT:CYAN MASK





































 だが少々の誤算があった事も確か。予測出来なかった訳ではない事を思えば、怠けた上に表情には出ないそれは、久しぶりに感じた嬉しさと言う感情に浸っていたからかもしれない。

 今まで扱ってきたどの武器も、自分の一撃には耐えられぬ程、自分は強くなりすぎた。

 どんな戦場でも自分を殺せる程、強くそして燃えさせてくれる輩などほぼ皆無であろう。この間出合った帆村とか言う男であればそこそこ楽しめそうだが、その反面で物足りないのも事実。多分、あの時交渉を持ちかけたのは自分の弾が切れていると判断したから。あえて乗ってやったのは、向こうも自分が気付いていると思った上で、負けるとほぼ分かっている賭け事を持ちかけたからだ。それ以外で言えば、死の渓谷と言う人外魔境の猛者達は誰も自分と勝負しなくなった。後は、他の場所に移り探し回るしかないだろう。

 何処までも続く長い回廊の様な道筋。いや、道など本来何処にもあるはずのない森の中、荒野、湿地帯などを駆け抜けながらそんな事を考え、途中であってしまったのは西側の魔導兵の駐屯地。

 朔日の戦争で仕入れた情報だが、東側とつるんで居たらしく、出し惜しみをした為か。まだかなりの数の兵士が居る様だったが、それをわざわざ放って置く程自分も余裕がある訳ではない。

 数にして約七千人と言う、北方アルフェイザの傭兵達を一人で殺戮した時、期待していた程楽しくも無かったのだ。

 それ以上の戦力を保有する所をなれば、西側以外存在せず、もしくは皇都に五人居ると言う魔環師、最終的な目的である三剣師以外この飢えを満たしてくれる奴らは居ないと彼自身分かっている。

 それでも、やはり目の前の獲物を補食したいと言う、獣の本能は押さえきれるモノではない。一体幾晩走り通しで来たのかもはや精神の異常をきたした自分では判断できないほど、その欲求は強いモノになっているのだから。

 ただ、それでもこうして遠くから様子を見ている理由は変わった部分があったから。西側の兵士は、魔導に関する兵士以外存在しないモノだとばかり思っていたのだが、とうとう痺れでも切らし、何か交渉したのだろう。よりにもよって竜族を戦争に狩り出す事が出来ようとは誰も考えなかった筈だ。

 そもそも、竜族と交渉するにはあまりにも人間は脆弱すぎ、誇り高いと言われるレッドドラゴンに関しては人間を敵にしか見ていない節があると言うのは静流自身の意見。だから西側の人間とレッドドラゴンが共に混在する駐屯地は、彼にとって絶交の狩り場なのだ。

 しかし頭の中に浮かんだ狩り場と言う言葉は、ある意味自分が狩られる側かも知れないと言う想いは全く無い。

 何故かは分からなかったが、今は誰にも負ける気がしないのだ。

 そして原因など、知りたくもないと言う表情。

「少しは、俺を楽しませてくれ」

 だが笑ってしまう自分がそこに居ると実感した時、瞬時に彼の顔は戦場へ出向く傭兵、否、ただ、目の前の獲物を狩る獣の顔になる。

 それが誰かが名付けた異色の仮面と言う二つ名の由来だろうと、ふと思いつくが、直ぐにそんな事はどうでも良くなる。

 最初に気付いたのは一匹のレッドドラゴン。鬱陶しそうな顔で此方を見た瞬間、その目に恐怖の色を灯した所で警告を仲間に伝える為の咆哮を挙げ、そのまま自分の剣の錆となりついで巨大な竜の首が舞い、血が散華する光景はいつ見ても呆気ないとしか言いようがないそれ。

 そして漸く気付いた様に、兵士達が此方に目を向けた時、既にレッドドラゴンの殆どは自分に向かってドラゴンブレスや攻撃系魔導術を仕掛けてくる。

 だがそこからが彼にとって嬉しくも、苦しい誤算。

 目の前一杯に広がるそれは、炎と言う名の滅ぼす為の存在その物。自分の身を包み、何処までも熱くする反面心を尖らせ、動機が激しくなり、そして意識が飛んでしまう瞬間なのだ。

 その原因など、知る由もなく知りたいとも思わない。

 何も知らないレッドドラゴンたちが、自分の正体を知って居ようが知らなかろうがそれを使われた事は事実。

 そこから先は、アルフェイザの傭兵でも一部しか知らない自分の姿がある。

「きっ、貴様は静流・レイナード!?」

「は、早く火を消せっ! 何をしているっ!!!」

 兵士達の声が聞こえ、焦りではなく怯えが混じったそれは実に心地よい、自分たちへのレクイエムに聞こえていた。だが事情の知らないレッドドラゴンたちはただ、人間が戯れ言を言っていると思う顔をしているのだろう。

 だから先にレッドドラゴンだけを殲滅する事に決める。

 理由など、不確かな一時の感情でしかない。

「なっ、んだとぉおお!」

 絶叫。

 叫び声。

 最後の断末魔。

 圧倒的な力を見せつけられた故の恐怖と絶望。

 そしてその先にあるのはただ、一文字のみで物語る事の出来ぬ筈の「死」と言う結末。

 ただ、それらは今の彼に取ってハッキリと認識出来ない事故にあまり楽しい事ではない。

 こうなってしまっては、楽しむだけのハンデが付けられないのだ。同時に、こうなった故の楽しみ方も知っているが。

「き、貴様っ! 魔族では無かったのかっ!?」

「知るか。俺は・・・俺だ」

 無造作に振り抜く剣は、軋む音を腕から身体の中心へと感じさせながらもまだ耐え、それだけで巻き起こされる風は頬を撫でる優しいモノではなく、刃の様に薄く斬るだけのかまいたちでもない。

 光の一閃としか、今の彼には言えないそれは、炎に包まれ、自分の髪が赤く染まった時のみ出来る魔業。

 誰も、この姿を見たモノは居ない。

 いや、存在出来ないと言った方が正しいだろうか。誰一人として生き残ったモノなど居ないのだ。

 敵味方関係なく。

「ぜ、全隊待避ー!!!」

 そして遠くから長年観察している者達だけが知っている、戦場での伝承の様な物。

 西側になんと呼ばれているか知りたくもないが、北方での二つ名が異色の仮面ならば、西方での二つ名はさしずめ「揺らめく炎の螺旋(スパイラル・ファイアウェーバー)とでも呼ばれているのだろう。

 そう、決してその一閃は、それだけで終わらないのだ。

 空に直線と言う軌跡を画いた光のそれは、徐々に歪み、世界への干渉を介した時、赤く、炎の様に揺らめき、それからは、彼が気に入っている光景の一つが結果に残るだけ。

「!!!」

 逃げまどう兵士と、揺らめく炎に彩られその身を更に赤く染め上げるレッドドラゴンの群。

 出来る時でさえ、人間だけにしか使った事のないそれは今日は一段と凄惨な場面を彼に提供してくれる。

 飢えを僅かながらに満たせる瞬間。

 その場にあるのは、炎に身を包み口元だけを歪め笑う彼と、焼殺され絶望と断末魔に彩られる生きとし生けるモノの絶叫のみ。

 例えそれが竜族でも例外ではなく、正直それだけは不満に思える事だろう。魔族以上の耐久力を持って誇っているのであれば、この程度の攻撃に耐え抜いて貰わなければ楽しめないと言うのだ。

 そして終わった後に残るのは鉄が焦げた時に発する異臭と肉のただれた匂いと、もはや元の形さえ分からなくなった肉塊だけ。

 屍でさえ無いそれを見、彼はまた無表情に戻り吐き捨てる様に言う。

「つまらん・・・」

 その瞬間、彼を包んでいた炎は彼の味気ないと述べた感想に殺された如く四散し、残るのは全く傷も負っていない彼の身体と、今までそこに炎があったと言う証の様に舞う赤い光の粒子。赤く染まった髪もそれで元の灰色へと戻り、まるで彼が不完全燃焼で燻っている事を現しているかの様だろう。

 それが、彼に炎を見せてはならないと言う、ある種北と西と東側の暗黙の了解の様な物。

 たった一人の傭兵の為に、他国が投入してきた全戦力を壊滅させられるのと同じく、自国の兵士達も全滅してしまうのだ。それも一瞬の事であり、拓けた荒野で初めてその光景を見れたモノは間違いなく二度と戦場には戻って来ないであろう。

 だから彼に進んで炎を見せようとする輩は居ない。アルフェイザではごく稀に、粋がった新人傭兵が自分に炎を見せその結果、細切れになった事も多々ある。

 だが彼にとってはそれが不満の一つの原因。

 自分の本気を、何処にもぶつけられないのだ。

 この力も使った上で、良い勝負をして見たいと思う様になったのはいつ頃からだっただろうか。

 それ故に感じる飢えは何時からこの様に強く、自分と渡り合える猛者を求める様になってしまったのだろうか。

 どんな条件下でも構わない。

 一対一であるならば願ったり適ったりであるが、今となってはそれも望み薄だろう。

 自分が殺した相手として最も強い相手は育ての母とも言える女。

 伊達に<天魔剣>等と言う二つ名を持っている訳ではなく、魔族の中ではかなり強いらしく、竜族最強を誇るエンシェントドラゴンとさえ互角に渡り合えるらしい。

 最も、一撃で葬ってしまえばそれ以上の相手を求めるのは難しいかもしれない。

「それ故・・・だ、二対の形無し。貴様を、求めるのは」

 口に出している事など全く自覚は無く、そのまま踵を返し殺戮の場を一気に駆け抜けようと脚を進める。

 そしてそこからが、今日一番の歓喜が溢れんばかりの出来事。

 いや、狂気と、言うべきだろう。

 そしていつの間にか狂った自分を再確認した時、静流は誰を笑うでもなく、嘲笑した。









 肉眼で見る限り、それは女だった。薄布の黒いドレスを纏い、肌を露出させているそれは官能的と言える姿なのだろう。最も、彼にとっては自分に言い寄ってくるくだらない他国の姫君や妃のそう言った姿を見慣れている故にあまり感じる事は無い。だが、決定的に違うのは人間ではない故の美しさだろうか。

 整った顔立ちは間違いなく男なら欲情してしまいそうな妖艶な笑みをたたえながら、その瞳に宿した強い意志をねじ伏せてみたいと思うのは男の性。艶めかしいドレスのスリットから見える脚は、染み一つない輝きすら放ち、その肌は恐ろしいほど白いモノだった。

 そして自分だからこそ、ハッキリと感じ取ったそれは強さ。

 握りしめる名も知らぬ剣が軋みをあげ、今まで出合った誰よりも強い事が分かる自分の実力が嬉しい。

 同時に、彼女なら自分と対等に渡り合えるだけの力があるのかもしれないと言う焦りと期待が心を支配するが、それに流される程馬鹿でもなく、若くもない。

「これ、貴方がやったのかしら」

 距離にしてかなり離れているのだが、ハッキリと聞こえてきたそれは吐息すら熱く感じそうな女の声。

 含む感情は自分と何処か似ている期待と、もう一つは全く同じ嬉しさだろうか。まるで発情した雌の様な瞳を投げかけ、自分の答えを待っている様。

 だが、静流はもはや止まる事も捨て、そのまま一気に女との距離を縮める。

 目前に女の、妖艶に笑った顔があり、思い切り剣を振り抜いた所で風を巻き起こし、同時に確信を漸く得られた。

「避ける、とはな・・・。名を教えて貰おう」

 嬉しさを含む声は、青年と言うより少年のモノだろう。まだ声変わりもしていない様なそれは彼が心の底から思う言葉を口にした時のみ現れる音。同時に、彼は自分の感情が押さえきれない時のみ、饒舌になれる。

「女性に名前を聞く時は殿方から名乗るものではなくって?」

「静流・レイナードだ」

「へぇ・・・知り合いの昔の名前と同じね。私はラナ・イアス。墓標にでも刻んでくれるのかしら?」

「貴様には墓標など要らぬだろう? 正直、勝てる確信など無い」

 そして正直な気持ちを打ち明け、震え握りしめる拳が止まらなくなる。

 女のやって退けた行動。今居る位置は、丁度自分と入れ替わった如く距離は縮まっては居ないのだ。

 先ほどの踏み込みを見謝った訳でもなく、手加減した訳でもない。自分の出せる全力の踏み込みを女は避けて見せたのだ。

 だから、勝てるとは思わない。

 初めてそう思えた感情。

 嬉しさと同時に感じるそれは、悔しさなのだろう。

 自覚し、反芻し、ずっと感じているそれはあまり心地の良いモノではない。

 だがそれでも、彼の顔は狂気に歪み笑ったまま、訪ねる。

「だが、貴様と戦って見たい事は事実。俺との勝負、受けてくれるか」

「どうしよっかな・・・?」

 そして帰ってきたのは、間違いなく焦らせる為の言葉。本心ではなく、楽しんでいる口調と顔だ。

 瞳は此方の出方をうかがっているだけで、それ以降言葉を発せようとはしない事から見ても間違い無い。

 だが、殺戮を意図も簡単にやってのける彼にもルールはある。

 それが自分よりも強いと確信を得て言えるモノには、礼儀を正すと言う事。一撃目を避けたモノなど、成長してからのここ四年居なかったが、昔はそれが当たり前だと思い、無論その為傷も負いもした。

 しかしそれを頑なに守り続ける事で、彼は自分の中に巻き起こる欲求をそのまま力へと変換する事も出来るのだ。

 それが、分かっていたのかもしれない。

「じゃあさ、私が勝ったら、アンタを頂戴」

「どういう、意味だ」

「私のご主人様になれって言ってるの。これでも有名人だけどさ、なかなか私を扱えるヤツが居なくってね」

「?」

 その時は、その言葉の意味など分からない。だが、彼にとって勝った後の事などどうでも良いのだ。

 だから聞かれる前に答えるだけ。

「俺は、貴様と勝負する事が望みだ。他等要らぬ」

「案外淡泊ね。でも、それじゃつまらないでしょ? 貴方が勝てたら、私と、私の二つ名をあげるわよ」

「・・・・」

 それこそどうでも良いと思ったが彼女なりの気遣いなのか、本心で楽しみたい故に味付けしたのかは分からない事。だが、徐々に肌で感じる相手の強さは全身が震える程高まり、それが頂点に達した時、彼女は言い。

「じゃあ、始めましょうか」

「ああ」

 静流自身もそれに答え、もし観戦者が居たのなら二人の姿を捉えられるモノなど存在するのだろうか。それ程その動きは速く、それに伴い辺りの肉塊と灰の狭間で決して屍には見えないそれら、血と肉片が滝の逆へと舞い上がり、赤い豪雨を降らせる。

 その最中、自分の身と、相手の身体が赤く染まりあがるのを捉えながら、静流はもう一つ、純色に染まるそれを確認できた。

 それは今まで炎以外で赤く染まった事のない灰色の髪。

 力が沸き上がり、感情が抑えられなくなった時でさえその変貌は現れなかった事を思えば、今、自分は本気で戦っているのだと言う実感が巻き起こる。

 それが更なる力を呼び、彼の異色の仮面と言う由来である身体に染まる血を真逆の青へと染めて行く特徴が消え、身体に複雑な紋様が浮かび上がる。

 ただ、それは鮮やかな血塗れの身体を更に彩るモノではなく、何処までも深い闇。それは彼の灰色の肌に栄え、たった三色のハーモニーを奏でた時、彼は吼える代わりに剣を振り抜く。

「!!」

 たった一刀から放たれるそれは、あまりにも常軌を逸した存在を呼び起こし、辺りを染め上げたのは彼の身体を纏う闇と同じ色。

 漆黒よりも更に深く、夜の闇よりも尚、心を震えさせるそれは女の目にどう映ったのだろうか。

 ただ、自分の肉眼でさえ女の姿が捉えられなくなった故に、目で捉える物質的なそれよりもハッキリと感じ取れる存在感はあの姿よりも遥かに大きな存在。

 それ故、その中心目掛け乱撃を繰り出し、手応えがあったと確信した瞬間そこへと駆け寄り、貫こうとした瞬間、彼の心に生まれたのは勝利の美酒に酔いしれる嬉ではなく、何処までも虚ろな死の予感。

「惜しかったわね」

「が・・・・はっ!!」

 そこに居たと思っていたのだが、実力と経験の差とばかりに相手の居場所を見誤ったらしい。自分の後ろに感じた女の気配は容赦なく素手で自分の胸を穿ち、突き抜けたままの腕で抱き締める様にし耳元で熱い吐息と共に声が聞こえた。

「私の二つ名はラグナロクって言うの。昔の本名なんだけどね」

 そして楽しそうな声を聞き彼女に後ろから抱き締められながら、薄れる意識の中で彼は嘲笑だけを返してやった。

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