朝。最も苛立ちを感じる時間。まだ生きていると思うそれは、彼の生気を失わせる理由にもなっている。

 戦っても戦っても現れない自分に見合うだけの、それ以上の強者。

 その存在を常に求め飢えながら迎えた朝は特に最悪としか言いようがない。

 だが、今日は違った。昨晩、だろう。死んだと思っていたが、まだ生きているのならもう一度戦いたいと願うのは彼の別の欲求。

 ただ、霞む視界の中で揺れる何かと、下半身にたぎる血流はあまり慣れぬモノ。そしてハッキリと視界が確保出来た時、自分の男の部分をくわえ込みながらその上で踊っていたのはしなやかな白い躯、あの女だった。

「あら、もう起きたの? ふふふ・・・でも、も、う、少し・・・ねてた方が・・い、いっ!」

 何時の間に、何処に、そして何故自分を抱いているのか分からなかったが、勝負した際に決めた条件は自分が女の主になると言う事。こういう関係がそう言うモノなのかどうかは分からなかったが、思考を纏めるにはあまりにも本能が刺激され、女の姿は魅力的すぎる。

「でも・・あんた、なかなか・・・良ぃわよ。私を・・・ここまで、感じさせて・・・・・いっ・・くぅ・・・・・・う、ぁああああ!」

 そして思い切り締め付けながらの、絶頂。余程良かったらしく、目が虚ろになりそのまま気絶したかと思う程、死人の様に女が此方へ倒れ込み、自分の胸の上で激しく息をしている。だが、まだ終わっていない彼に取っては中途半端な快楽は地獄でしかなく、不甲斐ないが眉を顰めてしまう。それが女には面白かったらしい。

「ふふっ・・・。不機嫌にならなくても、ちゃんと満足させてあげるわ。そうしないと傷も癒えないしね」

 それに対し言葉を返そうと思ったのだがその途端、激痛が走り、再び女が腰をよじる様にして快楽を貪り出す。

「喋らなくて・・・いい・・はぁぁぁぁ・・・。あの後ね・・貴方の首、興奮して・・・切断しちゃったから」

 その為の激痛だとは分かったが、そこまでされて生きている事は不思議と思っても致し方のない事。少なくとも、首を切断され生きている自信がある程頑丈ではない。

 だが、胸を貫かれたのだと思い出したのと同じく、今は思考全てが経験した事のない快楽に押し流され、考えるだけ無駄に思え、その快楽を受け入れると決めた事に同意する様、女は熱い、吐息を含ませた口付けを求め自分もそれに応えた。




































アナザー・ナイン・ファンタジー■ACT:CYAN MASK





































 そして次に目を覚ました時、女は自分の上に乗らず、隣りで自分の顔を覗き込んでいた。

「もう喋れるわよ。少し、胸の方は痛むかもしれないけれどもね」

 言われた通り、胸は身体を動かすだけで痛む。それもその筈だろう。少し見下ろし見た自分の胸板には貫かれた時の名残がまだ残って居る。多分、一生消えない疵になる事とは思うが、それを気にするのは女であって自分は男。多少、傭兵とは言え剣士として背後からの傷は不名誉かもしれないと思ったがどうでも良いだろう。

「確かに少し痛むな」

 それだけを言い、次は首に手を当て傷を探る。が、此方は完治している様で、触る限り疵痕の様な物は一切無い様に思えた。

 だが、女はそれが不満だったらしい。

「極上の女を抱いた感想がそれ? ・・・・まぁ、良いけどね」

 少なくとも、それは自分で言う台詞ではないと言う事位は知っている反面、言葉を返した所で極上の女と言う評価にケチの付け所など何処にもなく、確かに女の言う通り、今まで抱いたどの女よりも快楽を提供してくれた事には違いない。だが差し出された皿と、その上に乗っているパン、だろうか。どうしろと言うのか、と言う表情をした瞬間、女の顔はまた笑い。

「食べろって言ってんの。三日も交わり続けたし、お腹減ってるでしょ。約束を忘れたとは言わせないからね」

「・・・俺を、くれ、か?」

 そう言った瞬間、パンを無理矢理口に押し込まれ反論の余地は無いらしい。

「それは私がしたい時にあんたの下半身を提供しろって言ってるだけ。本筋は私の主になれって言ってるの。ラグナロクの初めての主になれるのよ、光栄でしょ?」

「・・・・・」

 そして妙に湿ったパンだと思いながら食べ飲み込んだが、女、ラグナロクの言う事から推測するに、三日前にでも用意した物なのだろう。視界に存在する部屋の窓から外を見れば雨。時々遠くの方で雷の音すら聞こえる程。

 だが口で名前を呼ぼうとした時、唇に指を当てられ訂正される。

「私を呼ぶ時はラナ。ラグナロクって呼ばないで。男の名前見たいじゃない」

「・・・分かった」

 どうも主導権を握られている気がするが、気の所為ではないだろう。かと言って握り返す程、ラナのペースを把握している訳ではなく、今は胸の傷を治す事が先だとも思う。だがそれすらもダメらしい。

「じゃ、さっさと着替えて行くわよ」

「何処へだ」

「自分のした事自覚ある? あんた西側諸国に追われる身なのよ? ここ、どこだか教えてあげましょうか」

「ああ」

「西側で最も東にある街、フィッド。あんまり長く居られないのよ此処にも。第一、ここは宿屋じゃないの」

 では何処だ、と訪ねようかと思ったが、苛ついているラナを更に苛つかせるのはあまり得策ではないと思える。

 事実上、自分より強い者と言うのは間違いなく、自分とは違う女。異性。

 女を知っては居るが、その性格まで把握していないのだ。そしてアルフェイザのあの店、マスターのジェイスの言葉を思い出す。

『女心は難しいぜ、お前さんももう少し理解出来る様にならなきゃな』

 さんざん言われたが、今になって漸く身に染みた気もするが、服を着る時にずっと此方を見られているのは正直理解したいとも思わない。だがこれも買い換えなければと、穴の空いた服を見ながらそれを着込み用意が終わる。

「で、何処に行くんだ」

 だがそう言った途端、ラナの瞳には呆れと明らかに侮蔑のそれが宿り口からは溜息が出ていた。

「私があんたの主じゃなくて、あんたが私のご主人様なの。分かる? 決めるのはあんた、私じゃないの」

「・・・・そうか」

 それならもう少し凄むのは止めろと言いたいが、それが言えないのも、今まで出合ったことのないタイプゆえ。行き先を頭の中であげるが、漆黒の山脈に済む刀匠に用があったのだが、彼女が正真正銘のラグナロクであるならば必要無いだろう。ただし、それが真実ならばである。

 故に訪ねようとしたが余程分かり易い表情を自分はしているのか、心を読まれているのか。

「疑り深いわね貴方も。少し目、閉じてなさい」

 そして言われるがままに目を閉じた瞬間、手の中に生まれた感覚は死の渓谷で見つけた剣とは異なる感触。ついで頭の中に五月蠅い声が聞こえた。

『これで分かったでしょ。私が正真正銘のラグナロクなのよ』

「分かった・・」

 何も言うまいと言うか、有無を言わさない迫力があると言うか。そう言った瞬間また首をもぎり取られそうな予感がするので口には出さなかったが、その手にある感触は今までの武器とは全く異なる存在なのは確か。

 途端、構えを取り振り抜いた時も、死の渓谷で拾ったそれとは違い、刀身が折れる事は疎か軋む音すら無い。

「なかなか良い具合だ」

『当たり前でしょ』

 そして手から自然と抜け出した剣は残像を残す様にして女の身体へと変貌するが、不満はまだあったらしい。

「でもさ、あんた、もう少し力任せに振るだけって言うの止めてくれない? 流石の私でもちょっと辛いのよ」

「お前は武器じゃないのか?」

「ふぅ・・・だから伝説とか伝承しか知らないヤツは困るのよねー」

 肩を竦めラナはそう言い、少し妙な顔をするが、漸く自分が挑発されていた事を理解し、首を傾げてやる。正直な所、自分より強い相手に挑発されて手を出す程馬鹿ではないのだ。だがそれが彼女の瞳には奇異に映ったらしい。

「あんがい我慢強いじゃない」

「挑発なら慣れている。続きを聞かせろ」

「はいはい・・・で、あんたは私、つまりラグナロクの事をどう聞いていた訳?」

「四魔境を造り、古き戦争全てに関わりこの大陸に存在する如何なる武器よりも禍々しく強靱な武器がお前じゃないのか?」

 早口で捲し立てる様に言った訳ではないが、言葉の多くを吐き出した為、それが彼女に驚かせる原因となったらしい。だがこれが本来の静流の姿なのだ。無口なイメージで捉えられるのは話をしても無駄だとしか思えないから。何かを得られると思うならば、多少なりと饒舌にもなる。

「あとさぁ」

「先に言え。お前は何なんだ?」

「・・・・。私は武器じゃなくて魔導器(まどうき)。簡単に言えば魔導増幅を目的とした媒体であり、私を扱うモノの意思を具現化しあらゆる物質を造り出すための永久機関を持っている存在って所ね」

「・・・・・はん、ぶっしつ?」

「さっきの続きだけど、私のことをモノ扱いしないで。これでも魔族に一番近い存在なんだから。貴方だって魔族でしょ?」

「・・・俺が魔族?」

「厳密に言えば違うんでしょうけどね。少なくとも、私は貴方見たいな魔族は知らないわよ。感情の高ぶりによって髪が変色したり、臨界点に達し、それを越えた時に身体に紋様が現れる種族なんて居る筈がないもの」

「そうか」

 だが彼にとって最後の方の話はまるで興味がない内容でしかない。

 例え自分が誰であろうと、何者であろうと自分は自分のやりたい事をやるだけなのだ。他になどやるべき事も、制限される様な事もした覚えはない。

 そう言った考えが読まれ、と言うよりももはや心中全てお見通しらしい。

「あなたはそれで良いの。殺戮を私に提供してくれるのなら、私は何処までも貴方に着いて行くだけよ。強くなりたいんでしょ」

 本心を言われ、否定する材料も、無論理由もない故に即座に頷き応え、用意が調った所でラナが持っている物に気付く。

 それは結局、ラナの様な自他共に認めるであろう強者と戦っても尚、折れては居ない名も知らない剣。

「けど取りあえず、これであんたは練習。多分、私より強度は無いけど、かなりの業物でしょ?」

「・・・知らん」

 だがその反応がつまらないと言うか、信じられないと言うか。そんな表情をラナはしていたが、話を聞けばそれも頷けるだろう。

「知らない? じゃ、あんたとんでもなく馬鹿か大物のどちらかね。これ、少なくとも私より年期入った代物よ」

 ラグナロクと言う存在が、一体どれほど昔からあるのかは静流自身よく知らない。いや、この世界に居る殆どの者が知らないのだから当たり前なのかもしれない。ただ覚えている事と言えば、四魔境を造れるほどの威力と、遥か過去から存在しているそれを造った存在だと言う事だけ。それ故にラナの、一億年以上生きている存在の言う事を信じれば本当なのだろうが、静流に取っては真か嘘か等興味が無いただの戯れ言でしかない。

 だからそれを奪い取る様にして腰に差し、部屋に幾つか掛けてある雨具用のマントを一つ羽織り、ドアを空けたがラナの溜息の様な声も聞く気は無かった。

「玩具を取り上げられた子供見たいね、あんた」







 行く当てなど、何処にも存在しない。アルフェイザに帰ると言う手もあるのだろうが、今更あそこに行った所でまともに鍛錬の相手になる様な連中は居ないのだ。例外で言えば、自分の行く先々で何故か顔を合わせるマディンと言う女。しかしそれに気付いていない事が不思議で堪らないのは自分だけらしい。

「目的地は決まった?」

 激しい雨に打たれながら、辺りの風景をもう一度見渡す。

 そこにあるのは樹海。果てしなく広がる、死霊の森と呼ばれる場所。特徴としては名の如く常に死霊が彷徨い、魔導系が使えない特殊な場所と行った所であろうが、話で聞いたのと少し違うもう一つの特徴があり、北西に進むにつれ木々がまるで山火事に遭ったかのように消し炭になっていた。

「漆黒の山脈だ・・・。鍛えなければ、お前を扱わせてはくれないんだろ」

「雑魚相手に使われるのがしゃくなだけよ。相手が強かったら、私を扱わせてあげる」

 話で聞いた限り、魔導系が使えない場所なのであればこの森を燃やすほどの大きな火事があったと言う事だろうが、見る限り雨が降っていなくとも肌に張り付く様な湿気でとても山火事が起こる様な場所には思えない。そしていつもは他に意見など求めない彼だったが、少なくとも自分より長く生きている年輩者に意見を求める。

「お前は、これをどう思う」

「これって此処の事?」

 休憩を取るまでもないが、彼女を見ていればそれが馬鹿らしく思えるのも確かな事。体力は少し自信がある彼ですら息が上がるほど、この獣道ですらない森を走りながら抜けていたのだが、女であると言う身体的特徴など全く意に返さぬ様、彼女は一切疲れた様子どころか息も切らしていない。相変わらずあるその瞳は自分を見下すのと、対等に見ている狭間にある様な瞳。

「そうね。魔導兵器でも使ったんじゃないの? こんな事、昔だったらざらだったし」

「・・・兵器、か」

「だけど、私が造られた位、昔ならの話しよ。まぁ、心当たりはあるけどね、こんな事出来るヤツ一人しか居ないから」

 そして口元は笑ってそう言うのだが、心なしか彼女自身も此処の有様は気になっていたのだろう。多分、気付いていない筈だ。その時の声に、余裕と言う感情が無い事、そして何より、まるで復讐を誓った相手と出会った時の様に、心躍らせている事は。

 最も、後者は自覚していたらしい。

「そうか・・・。こういう事だったのね、アイツの行ってた厄介事って」

 独り言だけで、同意を求めている訳ではない彼女の言葉。雨音だけが五月蠅く感じ、そこで静流は気付いた様に眉を顰める。

「だとすると・・・約束も守らなくて良いって事か」

 ラナには笑い出しそうな程嬉しい事があったらしいが、静流には徐々に自分の余裕も無くなっている事に漸く気付く。

 いつの間に囲まれたのだろうかと、考えた所で始まらないだろう。だが確かに言える事は、思ったより自分の命に執着していたらしい。

「ラナ、あいつらは雑魚に分類されるのか」

「って事は・・・・? あいつら?」

「囲まれた・・・。数は、六、だな」

 肌に感じるじっとりとした感触は雨で濡れただけの物ではなく、脂汗だと久しぶりに感じた気がしていた。それこそ、どんな戦争に飛び込もうと、例えラグナロクと言う伝説の存在とやり合う事になったとしてもそこまで厭な感触は覚えなかった筈だ。

 強者と戦いたい。それは正直な気持ち。嘘偽りなど一切無いと言いきれる。

 だが、狂者と戦いたいと願っている訳ではない。最も、一部分の倫理観を欠かしている自分がまともと言えるのであればだが。

「へぇ・・・対応はさすが神帝の名に相応しいだけの事はあるようね」

「知り合いか」

「失礼ね。あんな趣味の悪いのと一緒にしないで」

 しかし彼女も似たような物なのだろう。久しぶりに出逢えた何かに、その瞳は尋常ではない輝きに満ちている。そして徐々に失い掛けていた余裕が、別の物で満たされる自分もまた然り。

「けど、あんた一人でやらせるのも気分悪いし、半分貰うわよ」

「そうしてくれると助かるな。紋章士などとは・・・初めて戦うんでね」

 噂に聞く、血族のみで構成されるハンター職業であるそれは、魔導とは全く形態の異なる異質の力。紋章と言う形に力を注ぎ込み、刻みつける事で発動させられるのだ。朔日戦った技銃師が持っていた魔封弾の様な物だと考えれば良いのだが、たちの悪い事に弾の限界などありはしない。

 それ故に、殺しきるまで際限なく攻撃が続くのだ。力の強い者であれば死んでも尚、紋章を発動させられるらしいが、今辺りに居る連中はその類と述べても良い程の力の持ち主ばかりだろう。だがそんな人物が人間の中に居る等と聞いた事は無く、まして存在しているのならば噂の類位は耳にしているはずだ。そして疑問の中で答えを見つけようと模索し、記憶と知識の狭間でふと思い出した様に口ずさんだ。

「神族・・・」

「へぇ、あんた以外ともの知ってんだ」

「最悪、だな」

 言ってしまってから、知るべきではなかったと後悔しても既に遅いだろう。

 神族と言うのは、事実上存在はしているが、ここ四、五千年は一切姿を現していないと言う種族。過去、何があったかは知られていないが、その大半が何者かに滅ぼされ、その数が激減してしまったらしいが、その力は現代に居る魔族や竜族など比較にならないほど強かったらしい。今となっては紋章士の家系の中に、即ち人間と血を混じらせその力を落としたと聞くが、神族純粋な力はラグナロクレベルとは言えないだろうが、それに匹敵する程の力だと聞いた事がある。

 生まれ故郷である死の渓谷に居た魔族ですら、神族と関わるのだけは「止めて置け」と言って居たが、その時は真意が分からず罵りの言葉を頭に浮かべただけ。だが漸くその意味が分かった。

 気配。そう、気配が異質過ぎるのだ。

 今まで戦ったモノであれば、殺気や怒気などを纏っていなくとも、確かにそこにあるのは殺意だった。だが、周りに居る者達は殺意すら抱いているとは思うのだが、その確信を持っても疑問を抱くだけの材料が一つ。それが気配の異質さ。

 自分の中にある知識と情報だけで照らし合わせるのならば、優しく微笑みを讃えていると言った所だろうか。母親が子供に笑いかけるよう、アルフェイザでもたまに死んでいくだけの家族を見かけた事はあるが、そう言った物と気配が酷似している。しかしそれが異常だと感じるだけの経験を持っている静流に取っては、不快感だけが心を侵蝕してしまう様で気分が悪い事この上無い。

 そしてラナも似たような感想を抱いているのだろう。だが自分と違うのは相まみえた事があると言う過去。

「紋章使って無理矢理あんたにそう言う感想抱かせてんのよ。ハッキリ意識持ちなさい、それが無理なら私と戦った時のあれやっても良いわよ」

「そうは言うがな・・・。コントロール出来れば苦労しない」

「やっぱヒヨッコねあんた。次までに制御くらい出来る様になって置く事ね。行くわよ」

 そう言い残し、雨の中へと駆け出す彼女に続き、ラナとは別の相手の異常な気配へと攻め寄る。

 腰の剣を一気に抜き放つのと同時に相手の身体を捉え、確かに斬る感触を感じる筈だった。だが、自分の漏らした感想は間違いではないらしい。

「おや、どうしましたか? まさか異色の仮面ともあろうお方がこの程度とは、哀れみを感じますよ」

「・・・・・・」

 抜き放つと同時に、相手の身体を横薙ぎ、ついで胴体が切断される筈だった相手の身体は、未だ健在している。それもその筈、振り抜いた筈だった腕は、相変わらず腰元にあるだけで動いては居ないのだ。いや、動かせないと言った方が正しい。

「どうしましたか? ああ、貴方も魔族の端くれだったのですね。これが動けない原因ですよ。あなた方魔族を存在させないための不滅のルーン」

 そう得意げに言って相手、雨具代わりにしているのだろうフードの中から見せたのは奇怪としか形容しがたい何かの図形の様だったが、言った事が間違いではないのも確か。出された途端、身体中に羽虫が飛びついた様な嫌悪感と、存在その物をかき消される様な消失感を感じるのだ。

「これのおかげで、私たちはあなた方の力を百分の一まで制限する事が出来るのです。これも神帝ラファエロ様のご加護のおかげ。感謝しましょう」

 そして男は手を合わせ何かに祈るようにするのだが、気付けば一人で祈っている訳ではなく、次々と姿を現した連れと共に祈りを捧げている様子。静流に取っては死刑宣告をされている割に拝まれている様でしゃくに触るに十二分な理由。しかし相変わらず身体は動かず、増えた連中もこの男と同じ物を持っているのだろう。

「そして何より、天に召される哀れな子羊に幸あらん事を神の御名に置いて願います。祈りましょう、この方の為に」

 だがその頭痛が走ったと思った刹那、相手の、まるで呪詛の様な言葉が身体中を這いずり回り、血管を走る血流がまるで自分の意志とは関係なく早まっている様な感覚があるのだ。不快、と思っていた彼らの持っている紋章の比ではなく、それはまさに激痛だろう。思い出す比例がラナと戦った時に傷つけられた、と言うよりも切断された筈の首のそれしかないと思うのが尚、苛立たしいが。

「では、輪廻の時を越え、次は我らの奴隷となって生まれ変わる事を願います。さようなら」

 笑顔を向けられた所で、抗う事も出来ず死んで行くしかないのかと纏まらない思考の中で考えたが、徐々にそれは意識と共に薄れて行く。

 そして闇の中に視界が閉ざされた時、身体に感じる別の物を認識し、崩れおちる最中に静流は笑ってしまった。

 それは多分、神族故に知らなかったと言うべきか。いや、地域限定でのみ知られている事故に、彼らが知らぬ事も当たり前なのだろう。

 自分の身を包み込んでいるのは紛れもなく炎。豪雨にさえ負けじと激しく滾り、彼らのみが使えると自慢しそうな金色の炎。

 だが、静流に取って色や特徴などどうでも良い事なのだ。

 ただ、自分の身を包むそれが、躯ごと消し去る地獄の劫火だろうと耐え抜いた過去がある故に。

「・・・・知らなかったとは言え、礼を言う」

「!!」

 視界がまだハッキリしないが、既に去り次の標的であるラナの方へと向かおうとしていたのだろう。背を向けているが、顔だけは此方へと向かっている三人の男。

 その顔が驚愕に染まり行くのが楽しくて、静流は更に笑いながら続けた。

「だが冥土の土産に教えてやろう。俺は炎だけには祝福される体質なんでね、例えそれが魔族を滅ぼす為の物であっても例外な様だ」

 ゆっくりと、ゆっくりと動き出す男達だったが、それはあくまで自分の認識能力が上がっている故の事だと気付き、無造作に抜きはなった一撃は一人の男の首を飛ばす。そして血が飛び散り雨に混じる前にもう一人の男の顔を貫き、そのまま腕の中で軋む剣を更に握りしめ最後の男の胸の中心を穿つ。

「ま、さか・・・・、まだ生き残りが居る等と」

 苦しみ、激痛がある筈なのにそれでも笑っていられる神経はどうかしているとしか言いようがないだろう。ただ、口の中に胸と胃の中からあがってくる吐瀉物と共に血が噴き出し、最後の言葉は聞き取るにはあまりにも汚い発音ばかり。

 それを見ながら彼は黄金の炎を身に纏い、それと同じく異質の紋様をその身に浮かび上がらせ、冷たい瞳を傾けながら言ってやるだけ。

「俺も祈ってやるよ。ただし、原点回帰すら出来ぬ永遠の苦しみをな」

 ついで流れ作業の様に命の灯火を完璧に消し去る為に力を込めたが、気配に気付き、それを躊躇う。そしてそれは当たりの様だった。

「同士を解放して貰おうか、異色の仮面よ。此方にも人質は居るのだ」

「・・・・」

 視線だけを向け、言っている事とやっている事がまるで違うと漏らしたくなったのは初めてかもしれない。何せそこに居たのは自分の殺した男の様、フードに包まれているが、顔が見えるだけで女と確認できる敵が三人と、それに羽交い締めにされ虚ろな光をその瞳に灯しているラナの姿。

「さもなくば、この女の命は・・・」

 無い。そう続けたかったのだろう。だがそれを遮る様に聞こえてきたのはラナのくぐもった様な悲鳴。

「あ・・・う・・・」

 だが、それが違うと気付いたのは知っていたからだろう。知らなければそれがただの苦しみから漏れた、助けを求める声だと思ったはず。それは女も同じ様子で、此方は男よりも狂い様が多少なりと下がっているらしい。口元に浮かべたその笑みは間違いなく戦場で何度も経験してきた、死に行く者の表情。

 だからラナに向かい言ってやった。

「調子に乗りすぎだ。場をわきまえろ」

「だって・・・久し、ぶり・・・なのよ・・・うふふ」

「!?」

 会話の意図を瞬時に判断できた敵もあっぱれだと言えるが、今は呆れかえるしかないのだろう。手元の男の胸を抉り、そのまま真上へと剣を引き抜く様にして切り上げ、血のアーチを画き残った三人の方に向き直る。だが何かを言おうとし、止めたのは正しい判断。正直、説明するのもおっくうと言う物だ。

 そして聞こえてきたラナの言葉は先ほどとは違い、ハッキリとしていた。少なくとも声だけは。

「もう少し強めが私の好みなんだけど。後、男の張り子でもあれば言う事は無いわね」

「け、汚らわしいっ!!」

 顔を真っ赤にし、憤慨する女の様子は見ていて死に絶えた男の言葉ではないが、哀れにも見える。だが助けてやる義理もなければ、自分が早々に始末を付ける訳にも行かないのだろう。何せ、ラナの瞳は情欲に染まりきり、恍惚とこれからするのだろう行為を思い身体中を疼かせている様子。これで自分の獲物を捕られでもすれば何をするか分かった物ではない。そして後ろに視線を外し思った。

 この女に適う狂と言う感情を抱ける者など居ないと。

 そして耳に入ってくるのは、残りの三人共が女だったらしい。初めは痛みを訴える悲鳴と、恐怖に歪む心の声。ついで聞こえてきたのは濡れる嬌声と、嬉しそうに微笑するラナの声。どうやってやっているのかは想像したくないが、何をしているのかは考えるに難しい事ではないだろう。

「さぁ、ちゃんと望みを言ってごらんなさい。お姉さんが優しくしてあげるからね・・・ふふふ」

 ついで断末魔。ただし、悦楽に溺れきった者の出す物に彩られたそれを聞いた時、思い出した様に振り返るが、既に三人目に手を掛けていた光景が目に入り、頭を押さえる。

「情報を聞き出せ・・・と言った所で無理だな、もう」

 自分たちを何故襲ったのか漸く思い出し、生きているのならば訪ねられただろう物を、ラナはいとも簡単に心を破壊し、貪欲に求めるだけの雌へと変貌させてしまったらしい。女の顔は、これ以上ない喜びと、上にのしかかるラナに向ける瞳は淡い期待と捨てきれない恐怖を讃えているだけ。

 だから静流はその身から四散させる事を忘れていた黄金の炎を消し去り、その場を一時離れた。

 そして約二時間後、絶えず喘ぐ女の声が聞こえては居たが、雨音に消される様にしてハッキリとは聞こえない中、最後の絶頂と多分、命ごと消えてしまう程の快楽だったのだろう。生きている気配は感じられるが、まともな精神ではない、ただの屍と変わらぬ様になったそれを捨てる様にして戻ってきたラナを見て溜息を吐いて見せる。

「教えて欲しいのかしら? 女なら誰でもああなるわよ、女の部分を滴らせながら股を広げて、自分の・・・」

「そう言う事じゃない」

「?」

「人の趣味に口出しする気は無いがな。判断を鈍らせる様な事はしないで貰いたい」

「心配してくれた訳? なら、ありがと」

 何食わぬ笑顔。いや、どちらかと言えば爽快感でも感じているのか。久しぶりと言いはした物の、自分と交わって三日と経っていない筈であろうが、それでも押さえきれない欲求とは何処から出てくるのだろうと考えた所で思考を止め、方向転換する事にする。そうでもしていなければやっていられないと、これも生きて来て初めての感情だ。

「で、情報を聞き出せなかった分は話せるだけの情報があるんだろうな。お前は」

「いやよ。面倒ですもの」

「・・・・・」

 そしてその思いが強まり、多少は違うのだろうが、酒場などで苛つきのままに人を殺す輩の気持ちが分からないでもない気がする。しかし、ラナは得意げに言葉を口にした。

「でも、私は説明しないと言っただけよ。あの娘が説明するわ」

「娘?」

「セフィラ、いらっしゃい」

 正直、まだ自分で歩けるだけの思考があったとは思えないが、あながちそれも外れではなかった様子。破れてボロ切れの様になったフードを纏いながら、雨に濡れおぼつかない足取りで此方に来た女の瞳は先ほどまで宿していた強い意志の欠片もなく、墜ちた者のそれに染まりきっている。ただしそれだけではなく、ラナを見る好意を寄せる者の様な色が此方にも向けられているのは気のせいだろう。そう思いたかった。

「この子が説明するわよ。そうでしょ?」

「は、はい・・・。お姉様と静流様の為なら・・・」

「・・・・・」

「不満? お兄様とか、そっちの方が好みなの?」

「あ、あの・・・私、何か粗相を・・・」

 どうやったらここまで人格が変わるのかは知りたくもないが、今は濡れた身体を速く暖めたいと言う想いと、それを女の身体ではなく渇いた空気でと、願う想いだけが心の中にある。

「近くに村か雨を凌げる場所は無いのか」

「あ、あります・・・」

「案内しろ」

「は、はい」







 そして案内されたのは街ではなく山小屋だったが、長い事誰も使った事が無かったらしく、雨漏りが酷い場所。最も、女の魔導の力で修復した途端、見違える様に綺麗になったのは見慣れぬ故に凄いとは思うが、綺麗すぎるのは落ち着かず不満ではある。

「あ、あの・・・私また何かしましたでしょうか」

「構わん・・・」

 最も、家具一つない部屋が瞬時にして、簡易の家具さえも揃えてある一流の宿の一室に変わってしまえば驚くのも無理は無い事。静流としては、薄汚れたアルフェイザが長く、慣れないだけなのだ。その不満を見抜いたのはラナだけで、セフィラと言う女は心底心配と言うより、怯えきった目を此方に投げかけるだけでそれ以上何も言おうとしない。

「静流、虐めちゃだめよ。ちゃんとご褒美もあげなくちゃ可哀相じゃない」

「あ・・・」

 そしてまた行為に没頭しようとするラナを見て、多分これがラナの言いつけの様な物だと直感的に感じ睨み付けるが、既に此方は眼中にも無い様子でセフィラの胸と股ぐらに手を入れまさぐっているだけ。セフィラはと言うと既に顔を赤くしてその行為に夢中になっている様子だった。

「・・・・好きにしろ」

「ベットは使っちゃ駄目よ。するんなら良いけど」

 使い方を間違っている、と指摘した所で主導権など握れる筈もなく、部屋の隅にもたれ掛かる様にして目を閉じる。だが無論耳からは絶えず断続的に続く喘ぎ声と、ラナの嬉しそうな声も聞こえているのだが、今は身体が睡眠を欲している様で、思いの外良く眠れた翌日。正直、何時の間に脱がされたのだろうと思うのが精一杯な光景がそこにはあった。

「何を・・・している」

「ご奉仕を・・・」

 怯えた目、と一概にも言えないセフィラの快楽に溺れきった者の表情。一瞬、誰であったか思い出せないのだがラナの裸体と、彼女自身、下着だけの姿で男の部分をさすって居る姿を見て思い出されるのは不満だけではない。

「セフィラのお口も気持ち良いでしょ? それに、男を知らないセフィラの為だもの。まさか断るなんて言わないわよねぇ」

「・・・・・」

 アルフェイザでもたまにこういう光景を見た気がするが、少なくともそれに自分が関わっている事は一度も無かった筈。物好きの貴族が自分を相手にする以外は、別に求めもしなかった行為の筈だ。だがラナの言う通り、快楽は確かに感じているのは自分の身体。最も、戦場の時の殺戮よりは心を乱されはしない。

「よ、宜しくお願いします・・・」

「どのみち初めては痛いから、ゆっくりよりも一気に入れなきゃだめよ」

「は・・・はい・・・」

 不安げな瞳。これが同意の元でなければ強姦しているのと大差ないのだろうが、動きたくても動けないと言うのが現状らしく、セフィラの身体に張ってあるのは昨日殺した男が持っていた紋章と同じ様な物。ただし、男の様に厚紙に書いたそれではなく、此方は紋章その物を象ったペンダントだったが。それを首に掛け、丁度今は自分を下にし、上から覆い被さる様な形で身を沈めようとしている所。そして悲鳴。

「ひぎぃいっ!!」

「大丈夫よ・・・。直ぐに、良くなるから」

 耳をあまがみしながら、セフィラの耳元で甘く囁くラナ。その声に反応した様に、小さく頷くセフィラだったが、その瞳から涙が溢れ出している事には違いなく、痛みを感じているのだろう。最も、静流からしてみれば逆に襲われている様な感覚で、良くも悪くも無いと言った所だろうか。動ければそのまま押し倒す、と言う訳でもなく、何処か現実ではない様な感覚すらあるのだ。とは言っても、動ける状態でもなく、受け入れるしかないのが関の山。第一、ラナの言う通り、断る理由など何処にも無いのだから。

 そして動けないと言うリスクを背負いながらの約三時間、痛みに耐え抜いたと言うか、術でも使われそれすらも快楽に変えられてしまったセフィラとラナの交代を繰り返し過ごした故に、身体はいつもの朝の最悪と言われる気分よりも幾分かはましになる。最も、ラナの言う通り本当に初めてだったらしいセフィラの状態は歩きにくそうではあったが。

「大丈夫?」

「は、はい・・・でも、少し歩きにくいですね」

「そりゃ初めっから慣れてたらそれはそれで大変なのよ?」

「そうなんですか?」

「ええ。私はそんな感じだったし」

「はぁ」

 会話の意味等、考えているような余裕は正直あってない様な物。腰が抜けるほどと言う表現があるが、それに近い物があるのだ。だが全ての快感を外の雨が洗い流すよう、寒さが身体を冷やしてゆくのに気付き服を着るが、それ故に頭が冴え、思い出したように口にした。

「神帝ラファエロとは、何者だ」

 しかし帰ってきた答えはラナの物。

「やたら強くて、嫌味ったらしくて根暗で性格ひん曲がったクソジジイよ」

 無論、そう言った感想が漏れる事は何となくではあったが想像の範疇。彼女の性格を考えれば、そう言った人物を嫌うのは分かり切った事。だから期待していたのはセフィラの言葉だったのだが、元使えていた主だと言う事もあるのだろう。苦笑しながらも、口にするのは気が引ける様子。

「ラナの様に蔑まなくても良い。知っている事を教えろ」

 だから彼女の喋りやすい様、そう言ってやったのだが、ラナはその事が気に入らなかったのか。一瞬不機嫌な表情を見せるが、別のことを思いついた様で直ぐに消えた。

「は、はい・・・。ラファエロ様は、ラナお姉様の造られた時代に居たジハードの一人と聞いています」

「ジハード・・・四帝の呼び名か?」

「正確に言うと、神帝、魔帝、人帝、天帝の他にあと二人竜帝と光帝が居て、六人でジハードと呼ばれていたそうです。今となっては魔帝ガイズ・ガイザー様だけが生き残っていらっしゃったのですが、西側の王族の協力の下に、全員が近々復活すると聞き及んでいます」

「すると、古の瞬きの再来か・・・」

「・・・・」

 だがセフィラは静流自身が色々と知っている事自体が驚きに値する事らしく、言葉を選んでいるらしい。だがそう言う辺りは素直なのだなと、ラナの反応を見て思う。

「何処でそんな情報仕入れたの? 普通の傭兵が知ってる情報じゃないわよ」

「俺は少し違うとは言え、魔族なんだろ? 俺を育てたヤツが色々と教えてくれたんだよ」

「名前は?」

「シュリ・レイナードだ」

「成る程ね。で、殺したわけ」

「・・・・」

 見透かされているどころか、隠し事や言わなくても分かる事だらけらしい故に、頷き応えただけでその後に続く言葉は無い。ただ、ラナの口調や素振りから多分知り合いなのだと言う事は分かったが、それ以降何も言わないのは疑問が残る所。

 だが、怪訝な顔をしてセフィラが一言初めて疑問を口にする。

「あ、あの・・・静流様は魔族なんですか?」

「違うのか?」

 疑問を問いで返され、しどろもどろになるのは当然と言えば当然なのだろうが、静流からしてみれば己の種族などまるで興味を持った事がない事柄。だからラナが得意げになるのかもしれない。

「セフィラ、白亜の民って聞いた事ないかしら」

「えっと・・・確か私たち神族に滅ぼされた種族だって聞いた覚えはありますけど・・・まさか・・・」

「多分そうよ。アンタの死んだお仲間が「生き残り」って言ってたしね」

「でも・・・そんな事ある訳が」

 そしてセフィラは更に困惑し、ラナはこちらを、瞳をずっと見据えているだけ。いい気分ではなく、不快と言えば不快だろう。だからそれから抜け出す為に、口が回ったのかもしれない。

「白亜の民とは何だ」

「は、はい・・・昔、私たちのご先祖様が滅ぼした種族、の筈なんですけど、結局の所、たった一人の生き残りだけは最後まで殺せなかったそうです。六帝の名を知っているのなら多分聞いた事だけはあると思いますが、緋色の瞬光<シャイン・スカーレット>と言う人物はご存じですか?」

「ああ。名前と強さだけは聞いている」

「その人が白亜の民、ホワイトエルフの最後の生き残りだと言うのは確かな事なんです。でも・・・たった一人で子供を残せる特性があるなんて聞いた事もありませんし、何より、静流様は今年でおいくつですか?」

「・・・・18か19だ」

 直ぐさま帰ってきた答えは知っている事ばかり。だがそこで少し詰まる理由は分からないが、知る必要もないのだろう。最初の言葉だけは聞き逃し確信だけを心の中に留める。

「わ、私より年下だったんですか・・・・。とにかく、年代と静流様の年齢が合いません。緋色の瞬光が死んだのはお姉様が造られる前の筈ですから」

「それは私も知ってるわよ。古の瞬き自体が、緋色の瞬光が死んだ事がきっかけで起こった戦争ですもの。でも、こういう話を聞いた事もあるわ」

「・・・・白亜の民のみが操れる禁呪ですか」

「そんな所ね」

 だがその後の話を、静流は聞く気は無かった。あくまで知りたかったのは神帝と言う存在が、自分の目標にしている二対の形無しや一閃の雷光と同等か、もしくはそれ以上の強さを誇っているかどうか。だからラナの感想を聞いた時点でその答えは出ている。

 彼女もまた、伝説の中に生きる存在。仮にも、四魔境を造った人物に強いと言われ嫌われるだけの強さを持っているのは確かな事。

「静流? 何処行くの?」

 立ち上がった所でラナの声が掛かったが、興味が無さそうに先に行くと言って応えるだけ。

 あまりにも自分の弱さを痛感したからかもしれない。

 まだ、自分はラグナロクの使い手として未熟なのは分かり切っている事。そして後ろに掛かる声も認識せず、雨の中へと飛び出したが故に彼は知らない。

「まったく、あの子もせっかちね」

「でも・・・静流様は気付いていられるのかもしれません。何かを」

「ハッキリ言ったらどう? 時の禁呪をかけられ、この時代に飛ばされた忌み子だって。神族に取っては、一番恐れる存在でしょ?」

「わ、私は・・・・」

「まぁ、炎に巻かれた瞬間、身体中に紋様が浮かび上がるなんて特徴が白亜の民に無い事も確かなんだけどね。魔導神ルドさえ使えなかった禁呪ゆえ、そう言う副作用があってもおかしくないんじゃない?」

「・・・・・」

 セフィラに取ってはラナの瞳が痛いほど突き刺さり、どうして良いか、自分がどうしたいのかすら分からなくなるだけ。所詮、希少とは言え一介の神族に過ぎないのだ。例え他の種族よりも知識が多くとも、目の前に居るのは「途切れた記録」と言われるそれ以前の知識と、何よりも記憶をも持っている存在。

 だからかもしれない。

「とにかく、冗談はこのくらいにして」

 彼女に、

「さっさと服着て、あの子追いかけるわよ。ほっといたら敵増やすだけだからね、漆黒の山脈は」

 優しさや気遣いと言った感情があるのが信じられないのは。

 彼女の造られた理由が、殺戮と言う始まりでも終わりでもない物故に。

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