「にしても、もう少しスマートに行動出来ない?」

「知るか」

「はぁ・・・・」

 ラナの諦めきった口調だったが、不満が残る故に溜息が出るのだろう。だからと言って気遣う気はさらさらないのだが、彼女も不満は同調出来る部分もあった。

 漆黒の山脈にたどり着いた途端、襲撃を受けたのだ。相手はセフィラの同胞である神族らしいが、時々聞こえてくる罵声の類が全てセフィラに向かっている事から考えても間違いではないだろう。

 そして現状で言えば、均衡状態に入ってしまい、場所は比較的大きな木の後ろに隠れて様子を伺っていると言う所。彼らならその木ごと破壊する位の事は出来るのだろうが、先ほど苛ついたラナが向こう側の攻撃が届く瞬間、それをかき消し更に敵をも倒してしまったのだ。それが向こうが動けない原因でもあり、此方も動けないと言う原因。

 向こう側の攻撃が無ければ敵の居場所が分からないのと同じく、敵側は此方の居場所が分かっていても決定打が無く策を考えている最中なのだ。それ故の睨み合い状態である。

「でも少しは、音無して近づいて一撃で殺すとか、威嚇で全員殺すとか出来ない?」

「炎をくれるのならやっても良いがな。不滅のルーンとやらがあるんだろうさ」

「そう言う意味でセフィラも役に立たないわよねぇ」

「すみません・・・」

 魔導術としてはごく基礎な炎属性の攻撃も、彼女が神族故に使えないらしい。本来術を行使するには加護を受けなければならないとは先ほど聞いた事だったが、その大半がどうでも良い事だけに静流は頭の片隅どころか既に忘却の彼方へと消し去っている。だがそう言っているラナ自身もあまり言えた事ではない。

 雨と言う天候の為、先ほど炎系の魔導術を使ったのだが、上手く発動出来ないらしいのだ。これも地形に合わせて臨機応変に戦える様に調整された造られた存在だと言う事の現れであり、雨の中でわざわざ炎を使う術者など居ないだろうと考慮しての事。もっとも、ラナ一人で殲滅させる事も出来るのだろうが、気が乗らないと言う想いは聞かなくとも分かり切っている事。

「でもやっぱり・・・幾らなんでも静流様一人で神族五人の相手なんて無理です」

 それ故に行き着いた結論はそれ。ただし、ラナは最初から静流一人にやらせるつもりであり覆すつもりもなく、静流自身、手伝って貰うと言う事は勝負に負けるに足りうる十分な理由なのだ。

「いや、構わない・・・」

「でもっ! 昨日見たいに炎を使ってくるとは限りませんっ!!」

 ただ分からないのは、セフィラの自分に対するそう言った反応。声をあらげその事で敵に見付かると言う心配をしなくて良い事はあるのだが、そこまで悲鳴じみた声を出す理由が今一理解出来ないのだ。

 だがそれをラナは分かっている様子で、気にくわない理由の一つ。それ故に冷めたような瞳で言い放った。

「元々、種をまいたのは俺自身だ。口出しはするな・・・」

 そしてゆらりと立ち上がり、途端その姿は掻き消える。耳に聞こえたのは、制止と嘲笑だった。




































アナザー・ナイン・ファンタジー■ACT:CYAN MASK





































「くっ・・・まさか、ここまでやるとは」

「・・・・」

「ぐあぁっ!!」

 見下ろしていた敵の肩口に突き刺さるそれをひねり、死へと誘う為の激痛を加える。だが、声とは違いその表情は笑ったままで、気持ち悪い事この上ない。

 そしてこの男もまた、静流の剣を振りかぶり命を奪われる瞬間に同じ台詞を残し死ぬだけ。

「決して、忌み子如きが生き残れると思うなっ!!」

 顔面に剣を突き立てられ、痙攣していた身体も徐々に動かなくなり、雨に打たれそのまま冷たい屍に変わって行くのだろう。そして最後の一人を始末した事で、ラナとセフィラが姿を現す。

「大した物、と言いたい所だけど、十分も掛かって傷まで負ってる様じゃまだまだね」

「傷を・・・見せてください」

 だが言われて初めて気付いた様に、静流は顔を顰めはしたものの、さして痛みを感じている訳でもなかった。ただ青い顔のセフィラの目には、その傷の状態はあまりに酷く映ったらしい。何せ、片腕は皮一枚で辛うじて繋がり、脇や腹からは止め処なく血が流れているのだ。その上に返り血まで浴び、もし雨が降ってそれらを多少なりと洗い流していなければ彼の姿は真っ赤に染まっていたのかもしれない。

「大した事は・・」

「何処がですかっ!! 絶対に・・・動かないでください」

 そして言っても動かれると判断した故に、不滅のルーンをわざと張り付け動けなくしたのだろう。不快としか言いようのない感覚と、淡い暖かみのある感覚、多分それが治療用の何かだと言う事は分かるが、暫く動かせてもくれないのだろう。だから話しだけは先に進めて置く事にする。

「所で、奴らの本格的な目的とは何だ?」

「・・・・」

 だが話したくないと言うより、話すなと言う視線だけを此方に向けそれ以降口を開こうとしないセフィラの様子に業を煮やしたのか。いや、むしろ子供じみた反応だと判断したのだろう。

「別に良いじゃない。静流は傷つくとか傷つけるとか、そう言う事に全く罪悪感を感じてないんだからさ」

 聞いた事も無い言葉を、ザイアクカンと言う一言を聞いた途端、セフィラが反応を返した理由が分からなかった。

「どんな人であろうと、罪悪感は持っている筈ですっ! お姉様なんかに・・・造られたお姉様なんかにその気持ちは理解出来ませんよ」

「?」

「あら、じゃあ聞くわ。静流、罪悪感って何か分かる?」

「・・・・聞いた事が、無いな。七つ目の感覚か何かか?」

「あははははははっ!!」

「・・・・・」

 沈黙するセフィラとは対象に、さも面白かったのだろう。腹を押さえながら笑うラナの姿がそこにはある。だが、セフィラの反応を見ていれば、それが何か薄々感づいては居たのだが、ハッキリと断言できる訳ではない。だがセフィラの言葉を聞いた時、漸くそれが何か分かった。

「じゃあ・・・静流様は人を殺す時に、何も感じないんですか」

 それはセフィラに取ってはごく自然な言葉だったのかもしれない。この中で隠れ里に住んでいたとは言え、当たり前ではあったが他種族と比べればその生活にゆとりはこれ以上ない程あったのだから。

 しかし、静流はその正反対を生きてきた。

「他者を殺すのに・・・躊躇いが要るのか?」

「要るの、か、って・・・・・」

 その時の静流の顔を、セフィラはどう見ていたのだろうか。そんな事は静流の知る由でもなく、セフィラ自身と、隣りに居るラナにしか分からない事なのだろう。ただその表情はセフィラに取って奇異に映ったらしく、途端同情を溢れさせる瞳を讃え、それが彼の心を揺さぶるだけ。

「触るな・・・」

 その沸き上がる感情の名を静流はまだ知らない。

「・・・え?」

「触るなと言ったんだ」

 それ故に、その言葉以外口から出てくる事は無いのだが、決定打となるその反応が、セフィラの瞳に哀しみを彩らせる。

 感情を言葉で言えば、何故、理解出来ない、と言った物だろう。生きている限り、同情と言う感情に晒され慣れる事にはあまりならないとは言え、彼女自身、哀れだと思うのと同時に、救ってやりたいと言う切実な思いをその瞳に抱いていたのだから。

 だが静流に取ってその瞳に抱かれる感情は、最も不快な物でしかない。

 その過去を知らない物に取って、その行動は理解出来ないモノなのだろう。ただ、この場には幸い、それを知っている者も居る。

「静流、酷い事を言っても良いけど、治療はして貰いなさいよ」

「・・・・・」

「この後もどうせ神族とやり合う羽目になるんだから」

 納得できないと言う表情を向けた所で、自分が逆らえない事は十二分に分かっている。それ故に、この女だけは自分に取って特別な存在なのだと分かった瞬間、頭の中から感情、怒りと言う代物が消えて行くのが分かる。それ故にセフィラの口からは止め処なく疑問が溢れ出てくるのだろうが、静流はそれを聞いている間終止無言だった。

「何故・・・なんですか。私は静流様を助けようと」

「それが要らぬお節介だと言ってるのよ。この子に取って同情って言う感情は、上から見下ろされるだけの不快感にしかならないの。貴方だってそうじゃないのかしら?」

「そ、れは・・・」

「特にこの子の場合はそれが色濃いのよ。貴方は静流に望んでばっかりだけど、静流が貴方に何か望んだ?」

「・・・・」

「欲しいモノが何であれ、この子は自分で手に入れるだけの強さが欲しいの。その為に他者の施しや手助けは一切必要としない、でしょ? それに私が特別視、されてんだろうね。なにせ本質的には間違いなく他者と言うより武器だから」

「そんなの・・・本当の強さじゃ」

「ま、納得して貰えると思って言った訳じゃないから、貴方なりの答えを見つけたらどう? でも勘違いしないでね、それは貴方の答えであって、同調出来る人も居れば出来ない人だっているの。神族の悪い癖なのよね、そう言う、自分たちが絶対正しいって言うのは。常識って言うものを履き違えて教えられた結果よ」

「私の常識の何処が間違ってるって言うんですか・・・。少なくとも」

「私より常識的?」

「え、ええ・・・そうです・・・。だって、お姉様の常識は自分の我が侭を正当化する為だけの子供の主張に過ぎません。だから」

「それが答えよ」

「え、?」

「少し頭を冷やして考えて見る事ね。期待はしてないから頑張らなくても良いわよ」

「・・・あ」

 そして話し終えた所で、治療も終わったらしい。触られている事に既に不快感以外何も感じなくなった静流はセフィラから奪う様にして自分の腕を取り、何度も握っては感触を確かめるだけ。

 そこに、信頼などと言う関係は築けないのだろう。その思いだけが、セフィラ唯一の思いだけが佇み雨に濡れていた。

 だが、敵が待ってくれる理由は何処にも無い。

「静流、人数は七人」

「キツイ、な」

「正直で宜しい。でも、弱音なら要らないからね」

「ああ」

 何も変わらぬ現状と、また、彼一人だけを行かせると言う判断。冷静に考えて見れば、敵との相性は最悪な筈なのにそれでも笑って送り出せる理由など分かる訳もない。

 ただ言える事があるとすれば、ラナはごく当たり前に無理難題を押しつけているが信頼しているのだ。そしてそれに答えるだけの静流。

 だから信じられない反面、分かりはした。彼に取って、戦いとは躊躇いなど必要ない場所なのだと。

 だが、やはり分からない事もある。そして救いたいと言う気持ちがあるのは彼女に取ってごく自然な事なのかもしれない。

 彼女の見た、この二人は泣きたくても涙すら知らない様な気がしたから。







 聞こえた音は自分の剣が斬る風と、抵抗すら感じない程すんなり舞い飛ぶ血と混ざり合う雨、そして多分、自分の嘲笑なのだろう。思うがままに身体が動くと言うのは今の様な状況を言うのかもしれない。

「先ほど以上の速さだとっ!?」

「こ、こんなヤツは伝説の緋色の瞬光以来聞いた事が無い・・・奴は、その再来なのか・・・」

「狼狽えるなっ!! 奴とてたった一人、不利な事には代わりはない。ラグナロクさえ手を出さなければ我々にも勝機はある」

「し、しかし・・・」

 知覚できない速さだが気配だけは消さずに動いている故、相手の腕が確かならばまるで複数自分が居る様に思えてならないらしい。だがそれは自分にも言える事で、自分の気配が前後左右にあるのはなんとも言えない感覚ではある。ただ、不快ではない事だけは確かな事。正直な所、たった一週間でここまで成長できるとは思ってもみなかった。

「とにかく、奴とて魔族。このルーンさえあれば近づいた途端その姿は見える筈だっ!!」

 今日も雨は止まぬまま、居る場所はその姿を隠すことすら出来ぬ剥き出しの山肌の上。色んな場所で戦い、今や漆黒の山脈の住人すら簡単に倒してしまうのならと言う実力を持ち、ちょっかいを出してくる雑魚に見付からない場所は此処以外ないらしい。だが連日連夜戦い続けているモノの、飽きが来ないのは満足出来る日常だと言えるだろう。

 ただの一戦としても、相手の強さは確かに戦争で戦った事のあるどの軍勢や多種族の猛者よりも上なのだ。見たこともない攻撃、聞いた事もない魔導詠唱、決して鮮やかではないがこの地には似合うと言える灼熱や氷河の刃、そして肌で感じる事が出来るのは初めて感じた不滅のルーンの効力が確かにあがっていると言う事。本来ならばそれが不利に動くのだろうが、今の静流に取っては戦いの始まりを告げる狼煙の様な物でしかなく、一週間前の様に動けなくなると言う事は全く無くなっていた。

 それをラナは適応したのだと言ったが、相手の攻撃を避けるだけと言うのも楽しくなくなって来た所。後で考えようが、忘却してしまおうが構わない。

 そして相手の真正面、息がかかる程近くに出現してやり、にやりと笑ってみせる。

「好きに呼べば良い。シャイン・スカーレットでも、セカンド・シャインでも」

「く、そっ!!」

 途端、攻撃してくるのが見えているだけに、今回は失敗したと言えるだろう。ただそれは攻撃を受けたと言う失敗ではなく、呆気なく相手の両腕を切り落とす羽目になってしまったからだ。どちらかと言えば、近づき自分も避けられないだけの位置に来たのが悪いのだろうが、切り落とした後で後悔しても仕方のない事。

「さて・・・」

「!!」

 相手の顔が絶望に染まるまで感情を叩き付けられる様になったのも数時間前。だが水を吸い取る真綿の様に戦いの技術が向上し、体力の限界と共に忘れるのではなくむしろその逆。完璧に極めつつあるそれらは長年の鍛錬で身につけた自分だけの魔業。

「此方としては、刃向かって貰えた方が楽しめるんだがな」

「ほざけっ!!」

 そして攻撃を避けるのではなく、戦場で培った捌き攻撃へと転じると言う方法も忘れては居ない。

「この、程度か?」

「くっ・・・」

 何で攻撃したか。両腕も無く、立っている脚は動いていないのなら法術か魔導の何かだろう。とは言った所で、相手はそれを捌く人物が居ようとは思っていなかった筈だ。無論、静流自身それが出来た時は驚いたが、出来ないのではなく、出来たのであればそれで良いのだ。

「正直、もう少し骨のある奴らを連れて来て貰えると嬉しいのだがな」

「この期に及んで侮辱する気か! 殺せっ!!」

 両腕を切断された上に魔導系すら捌かれてしまうとあっては自分は役に立てないと感じているのだ。そして死を望む敵。

 だが、敵の性格も徐々に変わってきたと気付いたのは今。前までの相手なら、こんな状況でも祈る狂い様だったのだ。それ故に興味が湧くのも無理は無いだろう。他の逃げた敵の事を追いかけるよりも、こちらの方が面白いのかもしれない。

「貴様は神族か?」

「い、今更何を・・・・・!?」

 相手の心を弄る、とラナは表現したが、そんなつもりは毛頭ない。だが相手に取ってしてみればそれに近い感覚なのだろう。瞳を合わせ見据えるだけで敵は簡単に怯え迷う子犬の様になってしまう。

「もう一度聞く。貴様は神族か?」

 だが決定的に違うのは平常時でも微かに浮き出る様になった身体の紋様と、それに伴い辺りに夜を振りまく闇だろう。

「ち、違う・・・・俺は人間の、ハンターだ・・・」

「ハンターが俺に何用だ?」

「お前は・・・ブラックリスト入りしたんだよ・・・。初めて深淵のジェイルを越える一億の値を付けた」

 表情が変わり行くのは、死を予感しているからではなく、感覚が狂い、その為に鋭敏化した戦士の研ぎ澄まされたそれが仲間の加勢を感じたのだろう。だがこうして考えて見れば、神族と同等の実力を持つハンターと言うのは希少な存在。それ故にそんな輩を相手に出来るのは光栄かもしれない。そして何より目の前でただ、死を待つ故に自分の状況すら満足に判断できなくなった死に損ないよりはマシだろう。

「貴様とて魔環師候補四人をも相手に出来る程実力がある訳ではあるまい。精々苦しんで・・・・ぐっ・・あ・・」

 そして最後の、もはや自分の死をも認め静流自身を死へと誘う為の笑みだろう。しかし台詞を胸に剣を突き立てて止め、新手の方向へと視線を向ける。

 今回の敵はこの一週間の中で最も大所帯らしく、約20人と言った所だろう。正確な数が分からないのは魔導系で気配を消しているモノの数ではなく、分散させて居る輩の数が把握出来ないのだ。そんな芸当が出来るハンターが居ると言う事は、ハンターギルドも余程焦っているか、もしくは西側の軍勢と神族が手を組み、西側が誇る暗殺部隊でも用意したかのどちらかだ。

『しかし・・・アサッシンとは言えあまり歯ごたえは無い、か』

 経験上と言う、これ程役に立つ傭兵としての技術も無いのだろうが、あまりにも多くの職種の者達と戦いすぎた為か。特に西側に属する全ての傭兵、ハンター、ブラックハンターなどの対抗策はこれ以上なく知っている上に、今となっては神族十人で漸く面白いと言えるだけの対戦になるのである。正直、この辺りでこの先幾ら戦っていても鍛錬にはならないだろう。

「しかし・・・ラナは何処に行ったんだ・・・・」

 それ故に考える事と言えば、此処、漆黒の山脈と死の渓谷以外二つの四魔境、もしくはそれに見合うだけの敵が居る場所に行こうと言うのは自然な事だろう。もしそこでさしたる敵に出逢えなかったとしても、今はラナとやり合っている方が余程マシと言うモノである。多分、今、彼女と戦ったとしても漸く引き分けに持ち込めると言った所。勝てる確信などまだまだ無いのだ。

 だがそんな事を考えていたが故に死んだモノの言葉など忘れていたのだろう。右腕にノイズの様な痛みが走り、戦闘状態を解いていれば間違いなく腕は無くなっていた筈。

「ほぉ、流石は北方最強だけの事はある・・・」

 先行部隊か、もしくは連係攻撃と言う作戦をわざとふいにして一人で飛び込んできたかのどちらかだろう。一瞬だけ瞳に映った姿は明らかに暗殺者のそれであり、今は姿も見えぬ故に消えゆく声色だけで年齢を判断するならば、自分の倍以上生きている猛者。その上で馬鹿な行動と言えるだけの一対一を望んでくるのならば余程の実力があるらしい。そして頭の中に思い浮かべた名前は一つ。

「影殺士(キラー・シャドウ)・・・か」

 万年魔環師候補に必ず挙がる人物ではあるが、その残忍すぎる性格故に本試験までは進めず、暗殺業界ではかなりの有名人。その姿を見たモノは誰一人として居らず、人間と言う種族の中で言えば間違いなく最強を誇れるモノ。最も、本人がそれ自体に固執していればもう少し穏やかな性格なのだろうが。

「光栄に思うぞ。貴様の様な若造とは言え、異色の仮面に名を知られていたとは」

 声だけは辺り一面から聞こえる事から、魔導の腕も超一流と言うのは嘘ではないらしい。しかし、北方最強の傭兵が自分であるならば、彼は西方最強の暗殺士。その上実力だけで言えば現役の魔環師に匹敵するとまで謳われているのだ。

『二対の形無しの予備戦と思えば、これ以上の相手も居ないだろうな』

 最終目的である人物と魔環師の実力がどれほど離れているのか分からないが、想像するにラナと同等位の力なのだろう。順を追って倒して行くならば、丁度良い踏み台。

 雨音と共に聞こえる声は、西方最強と謡われる暗殺者のモノではなく、その連れなのだろう。時間もなく、一対一の勝負ならば今しか無い。

 そう判断した時、彼は相手目掛け距離を縮める。

「ほお!!」

 嬉しそうな声。ハッキリと双眸で捉えた相手は確かに自分よりも遥かに年上な顔と姿。だが、言葉を返すと共に静流は言い放つ。

「貴様では役不足だ、さっさと残りの三人を呼んで来い」

「・・・・身の程知らずも若造故か。愚かなっ」

 此方の剣とは違い、二本の小太刀でつばぜり合いを続けながら、相手の表情を見ながら時間を稼ぐ為に力を調節する。

 こうして真っ正面から対峙し、瞳を合わせるだけで相手の力が自分よりも下に属するならば見抜けてしまうのだ。それ故、落胆もするが後三人もの魔環師候補が自分を殺そうとしているのなら、なかなか良い相手になるやもしれない。

 そして思う。

 誰かの瞳には勝てなかったと言う想いと、全力を久しぶりに出して見ようと。

 一体自分がどの程度の速さ、力、技術、そう言ったモノ全てを総合的に出せるのか知りたいのだ。

 思い出せるそんな感覚は、シュリ・レイナードと言う魔族を殺した時の様だと思い出し、そして自嘲気味に笑って見せる。

「その笑み・・・死地の果てまで来て尚していられるかな?」

 手加減している等とは考えもしないだろう。それ故に敵は多分、自分の四肢でも切り刻む事を思い浮かべている残忍極まりない笑みを浮かべ、雨音と狂う様な嘲笑が辺りに木霊する。

 そして静流自身が残り三人の魔環師候補を目視した時、一端後ろへと離れ、また笑ってやった。

「ワイズマン! あれほど先行するなと言った矢先にっ!!」

「そう言うなアリス。血が騒ぐと言っただろう? リーダーとは言え、お前が俺の欲求に答えてくれるのか?」

「あれが・・・北方最強の異色の仮面・・・」

「恐るる事など何処にも無い。ただの・・・餓鬼だ」

 それぞれの意思。それが上手く交差していない事が面白く映り、どうしても笑みがこぼれてしまうのは仕方のない事だろう。

 そして彼らは気付いていない筈だ。

 自分の後ろに何が居るかを。

「どうした・・・かかって来ないのか?」

 だから獲物を捕られぬ様、挑発して見せるが、相手の反応が返ってくるのと同時に理解する。

 瞳が、やって見ろと物語っているのを。

「余程自信があるか・・・でなければただの馬鹿だな」

「そうです、そうですよ・・・。私たちは仮にも魔環師候補、あんな悪党に負けはしません」

「ほらアリス、さっさと作戦を遂行しろと言ってくれ。一応、アンタがリーダーなんだからな」

 最初のが多分、やたら長く銀に輝く剣を持っている事からハンターの中で有名な銀の剣(シルバーソード)と呼ばれる男だろう。既に老齢の域に達しているとは言え、凛と構えるその姿には確かに実力相応の雰囲気を纏わせている辺り、表では彼が西方最強と呼ばれるだけの事はある。

 その隣りに位置するのが複雑な刺繍の入った服装を着る女。あまり見覚えは無い紋様だった為分からないで居たが、それ故に印象が薄くなってしまう頬の雷を模した刺青は間違いなく煌(ファン)の証。若くしてその称号を継ぎ、歴代の煌の中でも一、二を争う程の魔導の腕は東方最強と言っても良いだろう。

 そこまでの相手が居る中、アリスと呼ばれる魔導士にしか見えない女も居たが、三人の最強と謡われるだけの人物を相手に出来るのならば文句もあるまい。何よりも瞳が物語る欲求と、自分のそれが重なり耐えきれる程我慢強くも無いのだ。それ故に一音だけ言葉を漏らす。

「四人・・・」

「?」

「束になってかかって来い。貴様らが役不足でなければな」

「獣風情が粋がりおって・・・」

 答えたのはシルバーソード一人であり、後の女二人は独白に飲まれ、影殺士はその狂っている様にしか見えない顔にさらなる笑みを讃える。

 そして瞬間的に挙がった、二つ名も分からぬ女の指示によって三人が動きまずは男二人の身体がその鍛え上げられた巨躯とは裏腹に一気に距離を詰める。しかしその視界の隅で捉えていたのは煌の名を持つ女の魔導構成。本来言葉のみで決して見えるモノではないそれが空間に投影され、複雑な紋様になっているのは流石と言う所。だが一番目を引いたのはもう一人の女のモノだった。

 だからこそ、反応も遅れる。

「何処を見ているっ!!」

「・・・・・」

 瞬間的に飛び退いたモノの、浅く斬られた腹からは血が滲み淡い痛みをもたらしてくれる。だがそれを認識するよりも速く動いていたのは影殺士の二刀。自分の首を正確に捉え、避けようがない攻撃だと思っているに違い無い。だからこそ目の前にあり交差するそれを見て静流は彼らの予想しない動きを取る。

「ほぉっ!!」

 先ほどから感嘆の声ばかり漏らすな、と印象付けられるだけの影殺士の声。だがそれは彼ら暗殺者に取って見れば多少なりと驚きと喜びをもたらすに十分な光景だったのかもしれない。

 目の前に迫る交差する二刀を目前に、静流はそれを歯で咬み留めたのだ。強靱な顎の力が無ければただの馬鹿話でしかないが、それが彼らと静流の決定的な違いだろう。それにまだ気付いていない事が静流を落胆させる。

「野獣とは貴様の事を言うのだろうな」

「ギアさんっ! 退いてくださいっ!!」

 だが腕を振り、その二刀を持ったままの影殺士を殺そうとしたのだが、攻撃はまだ終わっていないらしく剣は宙を斬りそして見える。

 東方独特の魔導は力がある一定に達すれば竜を模すると言うが、これ程までハッキリと見て取れる力その物の姿を見た事はなかった。それがまるで螺旋を画くようにして自分へと迫り、視界を遮るのは力の流れその物。だが静流はそれを甘んじて受けながら、笑っていた。

「やったか・・・」

「若造にしてはやった方だ。まさか歯で俺の刃を止めるとはな・・・」

「野獣には相応しい最後だろうて」

「そうか? 少々勿体ない事をした気がするがな。暗殺者として育てれば俺をも越えたかもしれん」

 笑い合う、いや、笑っているのは影殺士、ギア・ワイズマン一人。シルバーソードである男は相変わらずの冷徹な仮面の様な表情は崩さず、燃え上がり倒れ行く異色の仮面を見据えるだけ。

 それは最後まで見届けなければ安心できないと言う、ハンターなりの誇りなのだろう。暗殺者であるギアに取っては腕がない証拠と言うのだが、今回だけはシルバーソードに軍配があがるとは予測できただろうか。

「ま、まだよっ! あんたら、ぼさっとしてないで体制を」

 だがその台詞が聞こえたと同時に動いたのはシルバーソードだけ。いや、正確に言えばギアも動いたのだが、反応が鈍かったのではなく、それをも越え一閃が速かっただけの事。

「どういう事だ・・・まさか赤竜王召喚(ルビー・ドラグ・コール)さえ通用していないのか」

「そんな・・・ダメージは確かにある筈です。耐えうる存在なんて深淵のジェイルでさえコレには尻尾巻いて逃げ出したって・・・・」

 そしてゆらりと声を出し、どうすれば良いのかを倦ねていた二人の方を向いた静流は相変わらずの冷静な声で言ってやる。

「これが・・・赤竜王を召喚しただと?」

 笑みが、止まらなかった。

 止め処なく溢れ出してくるのは罵倒や揶揄の言葉しかない。

 それ以外、一体何を言えば良いのだろうと言うのが心境であり、もはや攻撃する気も失せてしまい、挙げ句の果てにはそのまま残りの獲物を譲ってやっても良いとすら考えてしまう。だが、それはあちらも同じなのだろう。敵の後ろで腕を組み、嘆息する様な表情をしているラナも。結局の所、弱者に興味が無いのは自分との共通点の一つ。

「一つ、違いを教えてやろう」

 剣を振り、身体を未だ纏うのは赤い色をした炎だった筈。しかし徐々にその色を変え、薪を燃やす様にぱちぱちと音を鳴らしていたそれはまるで爆ぜる様にして音量を上げ、辺りの土すらもえぐり取ってゆく。そして歩き出しながら彼は続けた。

「俺はアルフェイザの傭兵であって、ハンターじゃない。一騎当千が幻だと思っているのだろう?」

「ひっ!!」

 一気に距離を詰め、自分の前に置いたのは煌の名を継ぐ者。とは言っても、東方とやり合っていた中で一度もその姿を見ていなかった事を考えれば先代は分かっていたのだ。

 所詮、多数と言っても十数人、多くとも二十数人程度の混戦を念頭に置いて強くなったに過ぎない。北方ほど、東方は荒れては居ない故に、内乱などほぼ皆無に近いのだ。だからこうして、圧倒的な力と格の違いを見せつけられた時、呆気なく尻餅を着き動けなくなる。

 恐怖と、絶望が身体を支配している所から考え雨に濡れて分からぬモノの、股の間に湯気があがっているのが見て取れ、わざと侮蔑の視線を投げかけながら現実へと引き戻してやる。

「此処が戦場なら、お前は嬲られるだけだ。良かったな、俺が相手で」

「っ!!」

 だが非難と憤怒の感情が挙がる瞬間、それを断ち切る為に舞った新たな雨は赤い色をしている。ついで動き、どれだけの経験を持って有名な名を持って居ようとも所詮ハンターと言う事だろう。怯えの色を表情に讃えていたそのままに、シルバーソードの首も同じく宙へと舞っていた。

「で、残るはお前だけだが・・・どうするんだ?」

「・・・げ、外道ね、あんた」

 炎が消え、力が四散する中で、視線を向けるのも正直おっくうだった。

 どれだけの実力があろうと、残ったこの女も所詮ハンター。名も知られていない様な素人に負ける程自分は不甲斐なくも無い。

 だが、頭の何処かで声がし、先ほどまで目を離せなかった目の前の女の事を思い出す。

「使うつもりはなかったけど、もう出し惜しみなんてしない・・・・」

 それは聞き覚えのある、そして記憶には無いモノ。

 遥か遠い昔聞いた事のあるそれは、忘却の彼方へと追いやったそれではなく、覚えていられぬ程昔の事だったのだ。

 だから確信は無く、声の主の表情が一瞬、幻覚の様に見えた途端、生き残った女の声が聞こえた。

「だから覚悟を決めるわよ。私も、戦場から・・・・・・逃げないってねっ!!」

 途端、身体がざわつき、視線の中で捉えた女の行動は見た覚えがあるモノ。

 この一週間、様々な相手と戦い、多分、自分以上に異種族を殺し回ったモノなど居ないと言える自信がある。その中でこんな、指と腕を使い宙に図形を描いてゆくモノなど一種類しか居なかった筈。ただ、分からないのは女が間違いなく人間だと言う事。しかしその行動だけは神族のそれと全く同じモノだった。









「貴様・・・何故、神族と同じ術を使える・・・」

「さっすが。異色の仮面ともなれば神族の事も知ってるの、すごいじゃん」

「・・・答えになってないな」

 苛つきではなく、心の大半を占めているのは歓喜。人族でありながら神族と同じ力、ルーンを扱えると言うのは余程の事。容姿や風貌から見ても、自分より多少長く生きているだけの女だが、そこは自分と同じ位、いや、もしかしたらそれ以上の鍛錬を積み、その力を得たのかもしれない。

 それ故に、歓喜が溢れるのだが、女は直ぐに話の、ではなく思い画く想像の腰を折る。

「血縁、らしいのよ、私は。それも神帝と人帝の交わった、まさに忌人(いみひと)」

 だが徐々に高揚する心と、それと同時に上がってくる周辺の気温は血縁と言うだけでは決して語り尽くせないだけの力を感じる。

 だから、どうでも良かった。

 血縁の中にだけ埋もれる力があるのならそれを見せろ。

 形や種族は違えど、忌人であると言うのならばそれに相応しい強さをぶつけて見せろ。

「面白い・・・」

 心の中でもう一人の自分、いや、常は抑圧され押さえつけられている自分が何度も何度も囁き、一つ、また一つと心の留め金を外してゆく。

 それは戦場で、敵を殺す度に外れる自分の精神に課せられた枷。

 命と言う鎖に繋がれ、どうしようもない程、押さえつけられなくなった時だけ、死をも寄せ付けない禍々しさを放つ力。

 身体中の血液が沸騰した様に熱くなり、同時に気が付かぬ内に身体にはあの紋様が浮かび出ていた。

 理由など、どうでも良い。ただ、戦えればそれで良いのだ。

 その時の彼の姿を目の前の女はどう見ているのだろうか。そんな疑問が過ぎり、消えて行く中、自分に勝ち、身体の一部分を自分のモノとした存在が笑っているのが見える。

『奴も、楽しそうだ・・・・いや、それは俺も同じか』

「嬉しそうね」

「・・・?」

「とてもじゃないけど、異色の仮面なんて物騒な二つ名持ってる傭兵にゃ見えないよ、身体の紋様が無ければの話しだけどさ」

 女に言われ気付いたが、自分は笑っていたらしい。

 それも、狂者の笑みではなく、純粋に楽しめる事へと賞賛として。

 雨に濡れる剣に映った自分の顔を見て、こんな表情も出来るのだと、馬鹿らしく思える。

 子供の様だとも思った。

 だが同時に沸き上がる思いは、生きてきた、生き抜いた中で一度として迷わなかった答え。

『・・・くだらんな。純粋な、笑みなど』

「?」

 心の中を、不快感だけが走り去り、それを塗りつぶす様にして自分の色へと染めて行く。

 それを人は何と呼ぶのか等、興味は無い。

 ただ、その名を聞いた時の自分の表情は覚えている。

「けどやっぱりそれが本性って訳?」

 耳障りなだけの声。

「どうしようもない程、悪人ねあんた」

 ただの弱者であれば、撫でるだけで死に行くだろう。

「聞く気あるの? それとも無視?」

 だがただ一つの違いで、待っているのだ。

「もう、良いよ。あんたを倒して、私は手に入れる・・・。そう、手に入れるんだ、平穏と自由の日々を!!」

 そして戦いの合図、場が動くそれと共に彼の身体は動く。

 何よりも速く、何よりも力強く。それだけなら伝説の傭兵とまで言われても可笑しくなかっただろう。しかし育った環境と、その中で決断を迫られたのではなく、幼かったにも関わらず自ら全てを選んだ結果。

 彼は禍々しいまでの闇すらその身に宿した修羅へとなるのだ。

 雨が辺りに張り付いた様にして止まって見え、邪魔だと思った瞬間、口から発せられた声ではなく咆哮でそれは消し飛ぶ。女と言う姿をした敵へと一直線の道が形成され、迷う事無くそこへと飛び込み、途端身体に衝撃。相手の攻撃だと分かるが、負傷した場所は腹に深い傷と、肋骨が何本か折れたのだろう。後方へと吹っ飛ばされるのを脚で無理矢理押しとどめながら口の中に滲み出る血を吐き捨て、見た敵の姿はルーンを纏った神々しいまでの姿。

 神族と戦っている時でさえ見なかった光景は更に彼を極限へと登り詰めさせ、身体中から発せられる闇は更にその色を濃く、あろう事か辺りを染め上げ、雨音だけが聞こえる夜が降り、視界はゼロとなる。

 その瞬間が、彼の力が最も発揮できる刹那の時。

 一瞬のみにその力を込め、一切何も見えない闇があるからこそ、彼の身体が輝いているのは誰も知らないだろう。

 闇と、金色に輝く身体の紋様、そして赤い、存在と表情とはまるで違う澄んだその色を見た時、敵の姿を捉えた彼は笑った。

 自分とはまるで違う異性。

 何処にも共通点など無かった筈だが、今、まるで圧縮された時の中で見るそれは確かに同じモノ。

 同時に、それが初めて出合った、自分と同じ狂いしモノだと思った時、奔る剣は女の首筋を確実に捉えていた。

 だが、違う。

「・・・・貴様、誰だ」

 切っ先を寸前で止め、いや、止めざるを得なかったのだ。多分、本来の女の性格ならば怯えるか、冷や汗、脂汗を流す等の反応をした筈。だが目の前の、女の姿をした何かは蒼く、何処までも濁った瞳を此方に向け、嘲笑しながら言葉を紡ぎ

『はじめまして、混沌の風を継ぎし忌み子よ』

 その声を耳にした途端、ざわめきが身体を支配し、言いしれぬそれは、恐怖を越えたモノであり絶対に適わないと言えるだけの違いがある存在。

 だが、生憎と恐怖を感じる心を捨てた静流に取っては、言葉の意味を理解出来る理性を今は捨てている。

 だから一瞬の躊躇いが無かったかの様にして動く剣はなめらかに女の首を掻ききった筈だったが、聞こえた音は、雨音の中、やけに響き渡った金属音。

 そして引き戻された心は砕け散った剣と共に、壊れる。

『だが、さよならだ。我が対色の力と共に・・・』

 見えた光景は、二色の、純白と漆黒と共に形成される破壊のルーン。

 それが紡がれ、徐々に重なり行く光景はまるで世界が終わりを告げた様だった。

 だが背中に何かの感触が有り、冷めた声を聞いた時。

「まだ死なないでよ、殺戮は始まったばかりなんだから」

 彼は感じた。

 死と言う、内なる時が壊れる風を。

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