何故そんな事を思い出すのか。

 理由など、簡単だろう。

 彼女らと夜を共にすると言う事は行為に及ぶと言う事。半ば強制的にすら感じるそれは、既に慣れてしまった。だがその日だけは、何故か野宿で三人が川の字になって寝ると言う、何とも言い難い夜だったから。

「なんか、良いですよね。こういうのって」

「そう? 私このまましちゃいたいんだけど」

「駄目ですよ。明日は皇都、静流様はあの二対の形無しとやり合う事になるんですから」

 丁度、二人に挟まれて寝ころんでいる静流に取っては、両側から喋り掛けられると寝にくくて仕方がない。統一郎と別れたレクトから約一日で此処までたどり着き、正直な所、皇都で宿でも取ればいいと思っても居たのだが、そこはハンター本部がある場所と云うのはあながち伊達ではないらしいく、自分の顔は思っているよりも有名になっているらしいのだ。それ故に野宿と云う形を取ったまで。北方でなく、モンスター、静流から云わせれば多種族の殆ど居ない、平和な森だから。

「そりゃそうなんだけどさ。静流、勝算ある?」

「さぁな」

「ルシの事なら知ってるし、弱点教えてあげよっか?」

「必要ない」

 しんと静まりかえり、街の灯りなどは一切届かない場所。アルフェイザ方面の様にどろどろした雲は無く、夜とは言え空は快晴。ここまで星空が木々の間から、陽の光の代わりにこぼれ落ちてくるのは初めて見た。

 あまりにもそれは、眩しすぎる光景だった。星屑は恐ろしい程に空一面に広がり、木々のざわめきは止め処なく流れ、そして去って行く。

 こんな静かな場所は何処にも無い。そう思えて仕方なかった。

 同時に、こんな静寂の場所に訪れた事など、今まで一度もなかった。

「静流様? もう寝ました?」

「・・・いや」

「ちゃんと寝て、英気を養って下さいね。明日は決戦ですから。ほら、お姉様も」

「もー・・・。なんでアンタに」

「文句は分かってます。でも、寝て下さいっ」

「・・・・・」

 そして何より、暖かみ、だろう。

 宿で見せたセフィラのあの表情が嘘だったかの様に、彼女は自分らしさを見せつける。

 それが本来ならば鬱陶しいと感じられるのだが、今だけはそれに身を任せ、包まれて居たかった。

 感じた事のない、安らぎだから。

 感じようとしなかった、ぬくもりだから。

 そして彼は、この先に待っていたそれを知らない。

 未来など、誰も予測出来ないのだから。




































アナザー・ナイン・ファンタジー■ACT:CYAN MASK





































 そして翌日の夕刻。赤い時間に染まり、街並みが全てその一色で彩られようとしていた時、彼は北側から街へと入り、影になり既に夜を迎えている城を眺めていた。

 アルフェイザのそれとは違い、此方の方が城と言う名称がしっくり来るだろう。アルフェイザ城と言うのは、どちらかと言えば闘技場その物と言った方が正しく、あまり知られて居ない事。だがそんな事はどうでも良いと、一人胸の中で呟いた時漸く二人は帰って来た。

「居所は分かったか?」

「私にお使いさせて収穫無い訳ないでしょ? しっかり仕入れて来たわよ、中核魔環師(コア・ハイ・マジックマスター)の居場所」

 統一郎から受けた仕事の内容は、ラナから後で詳しく聞いた所、統括者さえ殺してくれれば良いとの事。一介の傭兵に暗殺を頼むとはどうかしているとも言えるのだが、魔環師が相手となると話は別だ。少なくとも、この大陸内で三人の剣闘師の次ぎに有名な人物達なのだから。

 皇都ガ・ルーンと言う国は、基本的に軍隊が無く、城に配置されている衛兵達も戦闘向きと言うより殆どお飾りに近い実力しか持ち合わせていない。その代わり、各国からの進行が始まった時、出撃するのは東西南北と、中核と言う方位を担う五人の魔環師。毎年魔環師候補をハンターの中から選別し、それこそ以前戦った影殺士やシルバーソード等の猛者が当たり前に、け落とされる地位なのだ。

 そして彼らの仕事はこの皇都を中心とし、外的から完璧にこの街を守ると言う事。魔導系をほぼ完璧に極めた彼らだからこそ出来る芸当であり、軍勢が攻め入った瞬間、その兵達が一瞬にして掻き消えたと言う話しはアルフェイザにも届いている。とは言っても、ここ300年、皇都に攻め入った軍勢が居た訳でもなく、暗殺者が入り込んだと言う話しも聞かない事を考えれば、その防御は鉄壁と言っても良いだろう。中核魔環師と言うのはそのリーダー格で、最も強い人物なのだ。

 しかし、だからと言ってさして強敵だとは静流自身考えていない。それこそ、神帝や統一郎自身に比べればさほど対した事はない相手だと思うから。問題と言うのがあるとすれば別の事。だがそれ以外にも二人には不審に思う点があったらしい。

「ですけど・・・変ですよね」

「そうそう。コア・ミカエラと南方魔環師(サウス・サイフリート)以外の三人が居ないらしいのよ。何でもお家騒動でごった返してる見たいでさ。襲ってくれと言わんばかりじゃないのさ」

「統一郎さんが言ってた下準備にしては、やりすぎだと思います。ここまで防衛が成り立たなかったらその内何処かに侵略されます」

 ラナは心底疑って掛かっていると言う所で、セフィラと言えば街に被害が及ぶ事が耐えられないのか。元来、彼女は人を殺す事を好んでやるタイプではないと言うのは昨日知った事だ。

「侵略ねぇ・・・。それはちょっと困るな」

「何故です?」

「だって私、あっち、西のレクト山脈が以前の寝床だったし、西の偵察兵とか暗殺部隊とか何千人って殺して守って「あげてた」のよ? 一応、レザシールの四人で相談しあって、ここをもり立てて行こうって決めたんだしさ」

「レザシール・・・・四魔王ですか。そう言えば今の剣闘師三人って元レザシールの人なんですよね。四人目って誰なんですか?」

「あんな酒造りに転向した馬鹿どうだって良いのよ。けど少し様子見て来れば分かる事だった、皇都は裏切りに十分たる行為をしようとしてるんだねぇ。だからって訳か」

 後悔していると言いたいのだろうが嬉しそうな顔をするラナを見れば、彼女には彼女の事情があるのだ。自分のよう、まだ短い時間を生き、単に仕事を他者を殺せば良いと言う訳ではない。背筋に悪寒すら奔るその笑みは徐々に殺戮の場へとなる、この街の行く末を思っての事なのだろうが、今騒がれては困る。

「何でも良いが、邪魔はするな。お前と、俺の名を手に入れる為の仕事なんだ」

「分かってるわよ。でも、一つ要望するわ」

「なんだ・・・」

 そう聞き返しはしたものの、悪い予感はしていたのだ。同時に、彼女らしいとも言える。

「次期公皇もついでに暗殺していい? って言うか、するから手伝いなさい」

「・・・・・・」

 ハンターギルド本部の統括者暗殺に付け加え、皇都の次期公皇を暗殺したとなればその罪は大陸一になってしまう事など言うまでもないだろう。少なくともこの皇都が始まって以来、そんな事例は無かった筈だ。

 北方を裏切り東側に着き、西側に組みする軍勢をたった一人で退け、南方との繋がりも強い皇都の壊滅を企み、それを実行。頭の中で賞金額と言う言葉が出てきた途端、その額がまた跳ね上がるのが目に浮かぶが、何を言った所でここまで来てしまっては選択などあったモノではなく、ふと浮かんだ考えが良案に思えてしまう。

「セフィラ、この皇都を潰せばハンターギルドは機能しなくなるんじゃないのか?」

「え、ええ、そうでしょうけど・・・。一体、何を考えてるんですか」

「どうせ俺は賞金首だ。なら、ギルドごと潰せば一時的にとは言え逃亡時間が稼げる」

「・・・・・」

「あんたも言うようになったじゃない。ブラックリストナンバー1って言う自覚はあるんだ」

「はた迷惑な話だがな」

 逃げる気は無いものの、いちいち雑魚ばかり相手にしていたくもなく、平穏と言う時間を知ってしまったが故の意見と感想。無論事例などある訳はなく、ただの一介の傭兵に過ぎない身分のモノが考え実行出来る策ではない。

 それが理解出来ないと言った風なセフィラの顔も、一瞬、何かを諦めた様、嘆息してから笑顔になるのは、慣れたからだろう。異色の仮面と言う男と、ラグナロクと言う伝説の存在のやり方が。

「分かりました。でも、街に被害は出さないで下さいね。ここは戦場にしたくありませんから」

「分かった」

 彼女らしい考え。不機嫌に文句を唱えるラナの声も聞こえるが、これで良いのだと思う。わざわざ静寂を壊す様な真似はしたくない。

 そして夜になった瞬間、三人は行動を始め、どが着く程の素人しか警備にいない包囲網など簡単に潜り抜け、豪華な装飾品に彩られた此処は多分王の間だろう。闇夜を跳ね返し、部屋の中に灯る灯りは巨大なステンドグラスを彩り外から見れば絶景なのかもしれない。そんなやたら広い場所にたどり着き、丁度良い具合の柱影から中の様子を伺うが、予想に反した部外者に小声でラナが漏らした。

「あの髭のジジイが中核魔環師と、隣りに居るのがちっこいのが南方魔環師のサイフリートだけど、あれ誰。セフィラ、知ってる顔?」

「いえ、王族関係者の全員の顔を記憶していますけど・・・」

 続くセフィラはそう言ったが、彼女自身全く知らない顔なのだろう。元の自分の仲間ですらないそれは、まだ年端もいかぬ子供の姿をしていた。

 南方魔環師であるサイフリートも見る限り、まだ十代後半に差し掛かろうとしている年齢に見受けられるが、もう一人のその人物はそれに輪を掛けて子供なのだ。年齢で言えばまだ一桁を抜けきった所だろう。幼すぎる容姿。そして目を見張る理由は、おもに中核魔環師が口を開いているが、魔環師二人と対等以上に言い争いをしているらしい。

「盗聴して私らに聞かせられる?」

「はい、やってみます・・・」

 だが聞こえてきたそれは、ノイズの混じった様な雑音の中、やけにハッキリとした大人の声だった。

『いきなり現れて白夜と黒雷のオーブを渡せなど冗談も程があるわっ!』

「これ、コア・ミカエラの声よ」

 あの場に居るただ唯一の大人の身体をしているモノの声にしては老けすぎている様な気もするが、戦いの中に身を置かず、私腹を肥やしているだけの愚者の声としては納得出来るモノ。その後続いてぶつぶつと何かを呟く様な声はサイフリートだろうか。こちらか見ればミカエラの影に隠れ、怯えている様に見受けられ、次の瞬間、ノイズが酷くなり、相対している子供の声だけが聞き取れず、直ぐさまミカエラの言葉。

『な、ぜ・・・貴様、それを何処で知った。返答次第によっては此処で手打ちにするぞっ!!』

 無論、そのノイズに反感を抱く静流だったが、多分自分と同じ意見だったラナから文句が飛び出てこないのは不思議に思えた。

 しかし十分な理由は、静流にも感じ取れた。

「そ、そんな・・・・」

 セフィラの声が聞こえている一方、子供の顔は笑顔を讃えているだけなのに、背筋に奔ったのは悪寒と、そしてもう一つ。

 何処まで実力が離れているのか分からないのだが、勝ち目のない、命を懸ければ間違いなく死ぬと分かっている勝負でもやって見たくなったのだ。

 そんな喜びを感じたのは、ラナと戦った時以来であり、ラナの時よりも遥かに強い思いが彼の心の中に渦巻く。

「何で・・・こんな所に紅き殺戮者<レッドジェノサイダー>が居るんですか・・・・」

 そしてセフィラの口から漏れた言葉を聞いたかの様、子供の視線は此方へと動き、また笑い、行動はそれだけで終わらなかったらしく子供特有の罪悪感の無い声が聞こえた。

「そこに居るんだろ? 出てこいよ。俺が殺す訳にもいかんしさぁ」

 言ってしまえばそれはただの声だったろう。ラナに聞いても、セフィラに聞いても同じ意見を漏らす筈だ。だがそこからが異質と言えるに十分な言葉が続く筈。

「一端退く?」

「そうして下さい・・・。神帝ラファエロよりも、あれは危険な存在です」

 セフィラはまだしも、ラナの顔に恐怖の色が宿った事など一度も無かった筈だ。何に対しても傲慢で、偉そうな言葉を投げかけるだけ。娼婦や売女の様な辛辣な言葉はそこには一切無く、ただ、怯えている様子。そして奇しくも、自分もそれは同じ意見だった。少なくともあんなのを相手にして仕事が出来るとも思わない。

 だが途端、脚が固まった様に動かなくなり、背中に声が掛かる。

「さっさと出てこいって。俺も暇でないんだしさ」

「!!」

 振り返り見下ろしたそこに居直り、何時の間に近づいたのかと思うほど、その気配と声と、存在は唐突過ぎた。だが視界にその姿が映った時同様、静流自身だけは不思議と恐怖は感じない。

 だが子供は自分の言った事が聞こえていないと思ったのか。嘆息して、声色を変えた。

「はぁ・・・さっさと来いって言ってんだ餓鬼共が」

 その瞬間、感じ取ったのはやはり喜び。動かない脚が震え、反射的に常は腰にあり、今は無い剣の柄を握りしめ損ねた手はじっとりと汗ばんでいる。

「あ、んた・・・。今頃になって何で姿現した、のさ・・・・」

 ラナも同じ様な状態、いや、それよりも尚悪いだろう。既に臨戦態勢に身体を置き換えているのだが、まるで初めて恐怖を感じた様に呂律が上手く回らない。だが声は知り合いに掛ける様なモノではなく、明らかに出合いたくない天敵に出合ったかの様。内容だけが辛うじて彼女の性格を現しているのは彼女なりの意地か。

 だがセフィラに殺戮者と言わしめ、ラグナロクにさえ恐怖を与えた子供は頭を掻き、困った様に言うだけ。

「暇つぶし、じゃ駄目?」

 そして思わず抜けた気は、肩にどんとのし掛かる様だった。

 自分だけかもしれない。横目に見るセフィラとラナは相変わらずの顔だったが、喜びすら感じさせる圧倒的な強さは先ほどまでプレッシャーになっていたのだろう。それが一気に抜け落ち、自分だけが冷静になれる。

 無論、それは目の前にただ居る、子供が自分に向けていた何かを解いただけであり、さしずめ情けを掛けられたと言う所だろうか。一方そこまでのチャンスを逃す訳もなく、瞬間的に手の中に感じたのはラナの変化した異形の剣と、空を斬る感触。

 そして剣撃が自分たちの隠れていた柱と、それに飾られていた装飾品をまき散らしながら明るみに出た時、子供は先ほどと同じ、魔環師二人の前に立っていた。

「き、貴様らっ! 何処から侵入したっ!!」

「正門からだが?」

「くそっ! だからあれほど警備を厳重にしろと言ったんだ!!」

 ミカエラの、もっともな意見を聞きながら、それに対して意見を返してしまった自分に驚きもする。だが一気に事を進めなければならない状況なのは十二分に分かっている事であり、ラナの「行け」と言う声が聞こえた瞬間、目の前には表情を引きつらせた中核魔環師の姿。

 それを確認し、思い切り横薙ぎにその胴を真っ二つにしてやる筈だったが、初撃を避ける位の腕は持ち合わせていた様子。途端感じたのは背中の微かな痛みと、それに伴い動く身体と、大理石の床を踏む足の感触。

「弱い」

「!!」

 二度目を逃す程、甘くもなく、逃がす気もさらさらない。確実に仕留める為に動作の少ない突きを選び貫いたのは老人の心臓。それが彼の自分を取り戻させるのに役立ち、柱を、どうやらあれが城の構造上不可欠なモノだったらしい。徐々に崩れる天井と、塵が舞い、様々な装飾品の奏でる金属音の中で見据えた少年の顔は笑っていた。

「貴様か・・・。初撃を避けさせたのは」

 そう確信めいた言葉が出たのは見えたからだ。ミカエラ自身の死ぬ直前に見せた顔は、自分の居場所が分からなくなった故の表情。それ故に二撃目は簡単に当たったのだ。しかし、帰って来る答えは無く、姿が掻き消えたかと思えば、呆け状況が分からないと言ったセフィラの姿が自分の隣りにある。

「ま、腕試しだ」

 完璧に、目視下でも気配すらも動いた事すら知覚出来なかったのは悔しいが、自分の元居た場所が崩れ去ったのを見て、少年が助けたのだと分かる。

 だが少年の続く言葉は、まるでそんな事はどうでも良いと言わんばかりのモノ。

「ちなみに、次期公皇は俺が殺したから探さなくても良いぜ。それくらいは勘弁しろよな。六帝の殺す役目、譲ってやんだからよ」

『あいつっ!? なんであんな事まで知って』

「知ってるさ。夕方のお前らの会話、聞いてたんだし」

『!?』

 自分にしか聞こえない筈の声が聞かれた事から、ラナはまた黙り込む。いい加減、調子を取り戻して欲しいのだが、彼女ら二人の口調から考えて、かなりの強敵なのだと言う事は言うまでもない。だがどちらも知識でしか知らないと言った所なのか。どう対応して良いのか分からないのは初対面である証。

 一方、少年は相変わらず人懐っこい笑みを浮かべながら、先ほどの言葉通り一方的に知っていると言う口調を崩さず言ってみせる。

「それで、一つ提案があるんだが、静流、勝負しないか?」

『絶対駄目だっ!!』

 だがラナは完璧に乗り気ではなく、その刀身を震わせながら早く逃げろと言いたげ、いや、現している。崩れおちつつある天井や壁面が舞う中だと言うのが、逆に冷静にさせたセフィラも同じ意見の様子。この際、自分の名前すら何故知っているのかも疑問に思う筈もなく、静流は一歩前に進み出て、ラグナロクを構える。

『静流っ!!』

「少し黙ってろ・・・。どうせ一撃しか時間も無いだろうし、その上での提案だ」

「その通り。俺も結構時間無いしさ、第一この城、後十分もすりゃ吹っ飛ぶから早く逃げろよぉ」

 それ故、先に行けと視線で早々にセフィラを後ろに下げようとするが、動くに動けない程脚が竦みきっているらしい。だが、それは印象であって真実ではない。

 彼女の瞳を見た時、泣きそうな顔がそこにはあった。

「心配するな。死ぬ気など無い」

 だからそう声を掛けたのだが、途端顔色は好転し、何故か真っ赤に染まってしまう。

「うわっ、天然やコイツ」

 揶揄、の、声なのだろう。少年からはそんな言葉が漏れるが、仮にも背中を向けて尚、待って居てくれたのだ。それくらいは良い。

 だから全力を出す為、次はラナを説得しなくてはならないのだが、声を掛ける前に、頭に響いた声はこう。

『もう良いから・・・。私を折るなよ』

「分かった」

 本当に、戦場ではないが戦いの場に置いてこれ程楽しい気分になれたのは初めてだった。狂った様に笑った事はあっても、心底楽しいと思える時間は、今までに一度も無かった筈。

 何もかもが新しく見える訳ではない。視界その物が変わった訳ではなく、自分の目は同じ景色しか映し出さない。だがその一方で変わった部分は心。

 だからこそ、こうして喜びすら素直に受け入れられる。

『にしても、自覚ある? 十三魔剣<デモンサーティーンズ>の親の世代を一撃で葬り去ったのよあいつ、ジハードの六人全員がかりでやったって一世代を一撃なんて無理よ無理』

「なんだそれは」

『シュリの天魔剣って二つ名忘れたの? 他にも魔剣の二つ名持つ奴らは十二人居るのよ』

 まだ、納得仕切れない所はあるモノの、嫌々でも力を貸してくれるラナは嬉しく思える。

 見えるのは崩壊しつつあるこの部屋と、二つ名しか知らない少年の姿。聞こえる音は、装飾品達が奏でる不協和音の戦慄。

 何もかも、目新しいモノではなく、見慣れた光景とさして変わらない。

 だが、たった一人。

 絶対的とも言える実力の差が分かりながらその敵と相対した時、彼の顔は仮面から、肉薄の白い肌へとなる。

「良い顔だな」

 そしてそう言われた時、自分は素直に笑っているのが分かり、言葉を返す。

「男に言われても嬉しくは無い」

「そりゃそうだ」

 くくくと、喉の奥で笑っている声が聞こえ、少年の顔は幼子の欠片すら微塵も感じさせないモノとなり、一瞬、その姿が霞み、動いたかと思ったのだが、自分の身体が反応しなかったのは何処かで感じ取っていたからか。もう一度姿を現した少年だった存在は、丁度自分と同じ年頃の青年だった。

 だが、脚が動きたいと疼き出すのは理由がある。

「名前を・・・聞かせて貰おうか。俺のは知っているんだろう?」

「そう言や、まだ言ってなかったなっけか。紅(くれない)だ。覚えて置いて損は無いぜ」

 まるで、これから殺し合いをする口調と内容ではない。尚かつ、自分も死ぬ気など全く無いのだろう。少年の姿の時よりも僅かに大人びた印象を纏うその顔はやはり笑ったままだが、違う部分はその瞳の輝きだろう。

 その名と同じ、栄え見える紅色は禍々しさも、純粋も、全てを飲み込み、自分のモノにしてしまいそうな色だ。

 だから、早く、早くと身体がせがみ、それはラナにも伝わっているらしい。徐々に感じなくなった刀身の震えは、猛々しさに変換され、紅と名乗る青年と同時に構えを取る。

「じゃ、やろうか。全力を出して見せろよ、現時点での最強は・・・」

「お前だろうな」

「話し分かるなお前。やっぱアイツが惚れる理由分かる様な気がするわ」

 同じ構えだったのは、多分見抜かれているから。果たして何処まで引き離されているのか分からない程の強さは、決定的だろう。対して自分が誇れるのは力でも技でもなく、速さのみ。だから、がなり立てられる様な、まるで戦場を思わせる命の無い音に包まれながら、考えついたのは居合いと言う、鞘と言う加速を使う技。

 しかし、ラグナロク自体に鞘は無く、神帝と戦った時に折れ飛んだ名も分からないままの剣の鞘は既に無い。

 だから代わりに自分の手を使おうと思ったのは、我ながら無茶だと思える。

 だが手の中に瞬時に生まれたそれを感じた時、言い放つと同時に、

「感謝する」

「気にすんな」

 動く。

 そして視界が光のみに支配された時、耳元で聞いたのは窓にあった巨大な硝子が割れ飛ぶ音。同時に後ろへと直ぐさま振り返り叫んだ。

「何故抜かなかったっ!!」

 光が、夜に無い筈の光が部屋一面に栄え、それが炎の色だと気付いたのは今。何事が起こったのかは分からないが、外で大きな爆発が起こったらしい。吹き抜けになってしまったそこからは炎上する城下町が見えて取れ、心なしか、いや、現実のモノだろう。人々が逃げまどう声が聞こえる。

 そんな中で、腕一本を失う事になった青年は、此方を向き、笑った。

「殺すの勿体ないから」

「なっ!?!?」

 あの局面で、そんな事を考え自分の腕を失う羽目になると言うのはただの馬鹿がする事にしか思えない。それこそ、勝負を汚され侮辱されたのだ。怒りが表情に表れても無理は無いだろう。だが、辺りの様子がおかしい事に気付く。

「・・・・・・?」

 窓側から聞こえる爆発音と炎の色、反対側にある壁は殆ど崩れ去り、城その物が崩れ去るのに僅かな時間しか残っていないだろう。

 そんな中だから、良く見えたのかもしれない。

 その身だけで言えば、紅き殺戮者としてラグナロクにさえ恐れられる存在よりも、禍々しさを放つ空間を。

「んな所に居やがったか。どーりで探しても見あたらない訳だ」

 紅の、腕を失っているとは思えぬ程普通の声が聞こえ、その隣りに居たのはセフィラ。そして紅の身体にはもう一つ、何かが突き刺さる様にしてあった。

「これでも、死にませんか・・・。成る程、一度対策を練り直す必要がある様ですね」

 そう言い残し消えた、南方魔環師の姿をした何かは既にその場には居ない。変わりに、顔を青ざめたセフィラが居た。

「・・・・助けてくれたのか。セフィラを」

 近づきながら言って、自分の浅はかさを呪いたくなる。

 まさかサイフリートと言う青年と少年の狭間で揺れ動く様な歳のモノが、あそこまで強いとは思わなかったのだ。同時に、邪魔をされたのは自分だけではなく彼も同じ。

 決して、真似出来ない事。心配だったが、近づき顔色をうかがえばセフィラの顔は既に戻っていた。

「おいおい、何勘違いしてやがる」

 だが、やはり声色を変えない、それが強がりだと思ったのだが、残った腕で、何かを掴み、切断された腕の断面に付けた時に目を見張る。

「別に腕切り落とされるくらい慣れてるし」

 そう言い、なんと表現すれば良いのか。ありのままを言えば、切断された腕をまた同じようにくっつけただけ。

「それに、こんな突き刺された位で死ぬわきゃねーだろが」

 その上、心臓、の、筈だ。白い刃の様な何かが刺さっている場所は。それを無造作に抜き、血が出ると言おうとしたのだが時既に遅し。しかしいつまで立っても流血は見られず、最後に彼は平然と言った。

「第一、逃げられちまったのわかんねーのか? あれが神帝だ。おせーよ、おめーら」

「なんですってっ!?」

「おいおい、ホントに知らなかったのか? お前それでもジハードと戦ったラグナロクかよ」

「む、むかつくわあんた。今まで初対面でそんな言われ方したの初めてよ・・・」

「まぁ、そう怒るな」

 そんな対応を見ていれば、確かに何の事は無いのだろう。腕を斬り落とされ、心臓を貫かれても。

 正直、世の中は広いとしか言いようが無い。不死などと言うのは世迷い言であり、実際にあるとは想いもしなかったのだ。だが彼の身体を眺めていて分かった事はもう一つ。

「貴様・・・武器を、持って居なかったのか」

 静流自身、漸く気付いた事はそれだ。確かに自分と相まみえようとした時、その構えた腕に感じたのは武器の気配と、ラグナロクと同等の何か。鞘が構えた手の反対側から抜け出ている様に見える様もありありと思い出せるのだが、今見たそこには、鞘も剣も、それらしきモノは何も無い。

「気付くのもおそすぎ。ま、いい着眼点はしてるがな、要鍛錬って所だ。剣気を極めりゃコレくらいは出来る」

「腕切り落とされてよく言うわよ極めたなんて。何処の誰が剣を極めたって?」

「剣技じゃなくて剣気だよ。殺気の親戚見たいなもんだ。お前にゃ無縁だろーなー、武器その物だしぃ」

「なんですってぇっ!!」

 第一、理解出来ない一方、何処かで羨ましくさえ感じるそれは、彼とラナの遣り取り。自分は狂気に狩られ、彼女と出会い、彼は平然と、それこそ食事や何処かへ出かける様な気軽さであの強さを出して見せているのだ。それ故に、ラナ自身もまだ気付いていないのだろう。自分が先ほどまで恐怖を感じていた等と。そして同時に。彼の瞳に飲まれた途端、恐怖を感じるのが馬鹿馬鹿しく思えた事も。

「とにかく、脱出するぞ」

 だからそう言い、セフィラの肩に手を置き、抱きかかえる様にして吹きさらしになってしまった窓際に立ち、そのまま真下へと飛び降りる。ラナと、あの青年なら自分に言われなくとも脱出出来るだけの腕はある筈。何より、あの青年なら城ごと吹っ飛ばしてでも出てくるだろう。だが、街は思いの外被害が大きいらしく、降り立った自分たちに目を留める人など皆無。そして感じたのは、懐かしい空気。

「西側に攻め込まれたって訳、か」

「居たのか。早いな」

「居るわよ」

 戦場と言う名に染まってしまったこの場所は、遅かれ早かれ没落し廃墟へと変わってしまうに違いない。何せ、夜だと言うのに一色に染まり、黒雲を創り上げている炎は昼間の様に辺りを明るくしているのだ。だが、感じたのは戦場だとしても、西側の様な手口ではないと言う事。

「じゃ、俺は行くぜぃ」

 唐突に後ろからかかった声は、青年のモノ。彼もこう言った光景に慣れているのか。どことなく、らしくない表情をしている様にも思える。そして先ほどの非礼を謝ろうともしたのだが、にかっと笑った顔で、一方的に告げられるだけ。

「暇があったら俺を倒せる位強くなって見るこった。ジハード倒した後にでもな」

 そしてそのまま姿はあたかも爆ぜる火の粉の様に消え、後に残ったのはこの場を切り抜けるか、このまま此処に関わるかのどちらか。

「どうすんの。やる?」

 続くラナの表情は、やらないとは全く言っていない。そう言う辺りは、もう冷静になれた、戻ったと言っても良いだろう。だからセフィラを降ろし、彼は吼えた。

 戦場に、終止符を打つ為に。







 変わった事は幾つかあったが、一番分からないのはこの街の様子が、ハンターギルドの連中によって引き起こされたと言う事。理由は聞きたくもなく、ハンターだと分かり此方を見るなり剣を構え、魔導を唱え、銃を構え、それらを放ち攻め来る者全てを葬り去った。だがたんなる兵士とは違い、統率の取れない軍勢など相手になる筈もない。一方でそう踏んでいたのだが、一介の兵士よりも遥かに強い事は確かであり、そう簡単には終わらせてくれなさそうだった。

 来る者は斬り捨て、逃げまどう者は興味も抱かない。

 それが戦場の掟だと言わんばかりに静流は次々と屍を作り、炎に巻かれてそれらを灰にしていったが、変わった奴も居るものだと思った。

 自分に敵対する訳でもなく、かといって味方になる訳でもない。服装からして、ハンターギルドの人間なのだろうが、たった一人で、家屋の下敷きになった人々を助けようとしているのだ。しかしこの戦火の中、家屋の下敷きになっただけではなく、炎に巻かれ、生きている人間など逃げまどう人々以外皆無と言って良いだろう。局地戦をあまり経験した事はなかったが、アルフェイザ以外の北方の国と戦った時等は原型を留めない屍など何体も見てきて知っている。

「お前は、逃げないのか」

 だから声を掛けたのだが、まさか憎しみの籠もった瞳で睨まれるとは想いもしなかった。

「こんなにして置いて逃げないのかですって!? 冗談も対外にしなさいよっ! あんたの所為で、あんたの所為でっ!!!」

 敵対も味方もしなかったのは見えていなかったからだと漸く気付き、ギルドの人間にしては動きが良い風に見受けられる。

 しかし、所詮、戦場も知らない素人の戦い方。炎に巻かれながら、恐れを抱き、何より泣きながらまともに戦える訳もない。

 持っている獲物は短刀にしては短く、ナイフにしては鋭い輝きを放っている、何かだろう。そして思い出した様に呟く。

「お前がジャックナイフか・・・」

 南方では有名なハンターの一人で、もし漆黒の山脈に居た時に彼女が居れば、東西南北全ての最強を誇るハンターや傭兵、暗殺者が出逢えた筈だ。そんな馬鹿な事を考えていたが、それが彼女の由来と言わんばかりに輝かした瞳は、二つ名と同じ輝きを放ち自分へと襲いかかってくる。

 だが踏み切れないか、諦めきれないのか、それとも気になる事でもあるのか。その三つともだろう。明らかに迷っている太刀筋は避けやすく、邪魔と思った瞬間、切り返すと同時に真っ二つにするかと思ったが、ラナの声。

『いった〜ぃ!!』

 それと伴って聞こえたのは何かがはじき返される様な金属音と斬撃の軌道が逸れる感触。それ故に切り裂く筈だった剣の軌跡は受け止められ、その一方で威力を殺しきれなかったのだろう。彼女は吹っ飛び、誰かに抱き留められる。だがまさか見知った声を聞くとは思わなかった。

「あ、あんた静流・レイナードか?」

 見覚えのある、姿。確か名前は帆村と言ったろうか。技銃師であり、自分が殺し損ねた相手の一人でもある。だが彼がジャックナイフを抱き留めているのだが、その隣りに居た人物を見て、ラナが叱咤する。

『後ろに飛んでっ!!』

 言われるままに飛び、もし、飛んでいなければどうなっていたかは舞い上がり、かき消された辺りの炎を見れば一目瞭然だろう。土煙さえ巻き起こらず、陥没した道は凄まじい威力を物語っている。そしてその中心に居たのは女の子。

 ただし、二本の、身長と同じほどの剣を持った。

『お待ちかねだねぇ静流』

 十分過ぎる程、戦闘態勢なのだろう。とてもではないが年端もいかぬ女の子の出す気配ではなく、むしろ人間と言うよりも魔族やそう言った類と同じ気配がそこにはある。そしてラナの疑問に口を開こうとした時、続く言葉を聞き嗤った。

『あれが二対の形無し、ルシエドよ』

 だが、途端に冷える感情は何故だろうか。そう思い、浮かんだ顔は紅き殺戮者と言う青年の存在。

 明らかに、彼よりも弱く、だが一方で自分と丁度同じ位の強さの相手だから、冷静になってしまうのかもしれない。

 そしてもう一つ感じているのは、純粋な剣技の遣り取り。

 実力が同じ程と感じてしまった今、楽しめる利点はそこにしか無い。多少、年端もいかぬ少女の顔が怒っている理由は不思議に思えた、それが表情に表れたからか。ルシエドと言う、少女の姿をした伝説の存在は怒りを纏い、違和感のない子供の声と同時に殺気を放つ。

「何故、殺した・・・」

 肌に感じるそれは、間違いなく今まで相対してきた中では充実した戦いが出来ると思う相手。肌が戦いで泡立つなど、数回しか感じた事のない故の感想だ。そして質問の意味が分からず、それを訪ねようとした時、口の動きと、表情からそれを読み取ったのだろう。反射的にラグナロクで剣撃、交差しながら自分の首を飛ばそうとしたそれを防ぐ。

『ちょ、ちょっとルシ! やるのは良いけど何言ってんのよっ!!』

 二刀の相手とやりあった事はあるが、身長が倍以上違う相手とは今までやった事がなく、その部分はやりにくいと言える。だがそれは相手も同じ筈なのに、場慣れしている経験の差。振り回す様にして剣を使い、同時に自分の身体も使う様な戦い方はまさに二つ名通り、形が無い。

「ら、ラナちゃん?」

 だが聞こえぬ筈の声が聞こえたからか。それとも見覚えがあったかたかどうかは分からない。だが、ラナの名を呼び、殺気が一瞬解かれるが、変わりにぶつけられたのは殺気でも怒気でも無く、感情の宿らない一方直接的な流れとなって襲いかかる、冷気。

「知っててやってたんなら、ラナちゃんだろうと許さないから・・・。死んで貰うよ」

 一端体制を整える為に飛び退いたのだろうが、また一歩、今度は大地を踏みしめる様にして動かした足は道を踏み抜き、体重が変わった様には思えないのだが、充実し、収縮されたその身は凄まじい重さになったのだろうかと思わせるに十分な気配と、重圧感。

 そして動かないのではなく、動けない程のそれを感じ、わざわざ自分の目の前まで彼女を目の下まで来させてしまい、二つの軌跡のどちらかをはたき落とそうと思った瞬間、それは止まり、声。

「ルシ、止めろっ! そいつは少なくとも西側に雇われる訳がねぇっ!!」

「何で武士にそんな事が分かるのさ! 異色の仮面以外にこんな、皇都を制圧出来る人物なんて私は知らないよ!!」

「よく考えて見ろっ! そいつは一度西側の軍勢を潰してんだ、奴らがそいつを雇ってんならわざわざハンターギルドに申請させて抹殺指令出してる訳ねぇだろうがっ!!」

 迷い、戸惑い、考える様は、少女の姿その物だと言える。それに伴い複雑に絡み合う感情は表情に出て、苦悶な声を漏らしているから。だが、彼女とは最後まで、殺されても良い一方、殺したくはないが、白黒はハッキリさせて置きたいのが自分の意見。それ故に嘘を、冷たい声で言おうとしたのだが、ラナが呟く。

『狙われてんの、ルシだけじゃなくて私らもよ。なんかアイツの持ってる銃、ただの銃じゃないみたい』

 それもその筈だろう。そもそも、ただの火薬で飛び出すだけの鉄の塊や、魔封弾の類ならばルシエドが、二対の形無しが止まった理由にはならない。かと言って、あの帆村と言う男がそこまで強いとは思えないのも事実。自分と引き分けになれるだけのかけひきが出来た所で、所詮それは昔の自分なのだ。何より、ラナに言われて分かったのは、何処かで感じた事のある様な雰囲気が、構え此方を狙っている銃に感じられたから。

 何処だったかはハッキリと思い出せないが、似た雰囲気を感じた事があると言うのだけは確信出来る。だが途端、感じた自分の目前で顔を俯けている少女の気配に闘気が感じられなくなった事から、嘘ではなく正直な気持ちをぶつけて見る。

「あんたが何を言ってるのかはよく分からんが、純粋に俺はあんたと戦って見たくて此処まで来たんだ。駄目か?」

 それが今、自分が言える精一杯の言葉だったが、見あげられたその顔には何故か驚く顔があり、何かを思い出してしまった為か。涙を溜めた瞳で此方を見ているだけだった。

 戦火に巻かれ、殆どの人は逃げ切ったのだろう。自分を殺そうとしていたハンターも此処には来ないらしく、声も聞こえない、気配も感じない事から全て殺し終えたのかもしれない。

 時間が夜だと言う事もあり、細かく爆ぜ、崩れおちる家屋や、それに伴い破壊される道々。完璧に崩れ去ってしまった城からはまだ炎と黒煙が立ち上がり、皇都は完璧に廃墟と化す未来しかないだろう。

 そんな中長い沈黙の後、自分の目標とした、少女の姿をし、二対の形無しと言う人物は笑顔になり言ってくれる。

「いいよ。間違っちゃってごめんね。こんな場所だけど・・・しきり直し、しよ」

 一端引き、自分の脇をすり抜けてそのまま先へと歩いて行く姿は、こんな火の粉の舞う、戦場には似合わないと言え、その先に見えたのは崩れおちた王城。場所としては、いい具合に広場になっている辺り。そこに同じようにして歩き、たどり着き、何を言う訳でもなく、互いに距離を取り合って少女は剣をバツ印の様にかち合わせ、言葉を発したのだが第一印象は、見誤っていなかったと言える。

「自己紹介がまだだったね、私はルシエド・ディアス・ライゼス。貴方は?」

 子供の様な、いや、子供なのだから声がやけに高く感じられるのは仕方ないのだが、構えようともしない剣と同じく、その気配にまるでつかみ所が感じられないのだ。

 何処から攻めてくるのか。どうやって駆け自分との距離を詰めるのか。そもそも、剣撃だけがその攻撃方法なのか。

 全てが、形にはまらない故に、形無しなのだ。そして二対と言うのは多分、両手に持ち、炎に揺らめきながら輝く二刀だけではないと何処かで思う。

「ねー、名前はー?」

「静流・レイナードだ」

「え? ルドと同じなの? 知り合いかなんか?」

「仕事を受けただけだ。名前と、このラグナロクを譲り受ける為に」

 もし、場所が違えば、これから殺し合いになるかもしれない勝負をする様な口調や様子ではない筈。もし酒が飲めるのなら、楽しいかもしれない。だが決定的にそれらと違うのは少女との距離。

 まるで対極に居る様な、反発し合う属性を思わせるそれは、同じ場所に立てないと言う証なのかもしれない。

 だが、

「じゃ、本名は?」

「さぁな。天魔剣にでも聞いてくれ。育てたのはアイツだ」

「シュリとも知り合いなんだ。なんか噂で聞くよか良い人見たいだね」

 この同じ場所に立とうとしている事実は変わらない。

 笑顔から、真剣な眼差しに変わり、気配だけが闘気を纏う姿。

 相手に自分の姿はどう映っているのだろうか。

 そんな事を考え、やがて、彼女の声を聞いた時。

「じゃ、やろっか」

「ああ」

 と答え場が動く。

 そしてその戦いを、静流は一生忘れないと心に誓えた。

 剣撃が飛び、身体に痛みが走る事も度々。相手を傷つけている筈なのに、素直に笑えている自分と、屈託のない、憎みきれない悪戯っ子の様な相手の顔。

 炎が鎮火し始め、場に音が無くなっても奏でられるのは剣と剣がぶつかり合い軋む音。

 それらは何者とも比べようがなく、比べたくもない出来事。

 動機が如何なるモノであれ、こうしてやり合えたと言う充実感は忘れたくない。

 何より、初めて思えたのだ。

 終わった後、もう一度再戦を誓い合いたいと。

 それは最後の瞬間に現れ、時が止まった様な場所で言葉。

「ねぇ」

「なんだ」

「何で止めたの?」

 答える言葉は、直ぐに出てこない理由が一瞬分からなかったが、くだらない躊躇いと、迷い。だが出てきた言葉は自分の想いをそのままにした、本心。

「もう一度、やりたいからだ。殺してしまえば、それも適わんだろう?」

 そしてどちらとも無く笑い声が漏れ、そのまま素直に笑ってしまい、しこたま笑った後、少女は言った。

「またどっかでやろうね。そうだ、ジハード全部倒した時にでもやろうよ。」

「神帝だけは譲って貰えると助かるな」

「どうして?」

「一度、負けたからだ。ラナが言うには死んだらしい」

「生き返っちゃったの? うそぉ。でもいいかな、静流ならさ」

 会話さえ楽しいと言える事など今まで殆ど無く、それも戦った後直ぐにこうして会話している事など無かった。だが今、こうしてある時は代え難いと思え、同時に笑って話している事が自然に思える事が嬉しいのだ。

 だけど、一瞬の時間が壊されてしまうのはその手を血に染め、背負うその名を罪と言う者達の戒めなのかもしれない。

「ルシっ! 静流っ!!」

 声が聞こえ、誰の声だったか。

 帆村とか言う、男のモノだと認識した瞬間、視界に映った一条の光が崩壊した城を貫き、耳に届く轟音と風と、世界を壊す衝撃。

 その中で見たモノは、昔の自分が造り出した様々な光景。

 いや、一種類しか無かった筈だ。

 殺戮と名の付く、屍が地平の先まで埋め尽くされる光景など。

 降る雨は黒く濁り、赤く染め上げた大地と世界を侵蝕して行く、死。

 その何もかもから、逃げられる筈等無い。

 逃げる術など、ありはしないのだ。

 それ故にもう一度、夜が支配し荒野と化したその場は、あまりにも現実離れした風景に見えた。

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