街が灰になる瞬間、見えるのはただ光だけ。

 空を覆い尽くす闇と酷似しているそれは、音もなく全てを破壊するだけに存在する力の源。

 見たことがある、一条であった過去のそれはこの大陸に四つの爪痕を残す事になる伝説。

 だが、やはり本物と偽物では格が違うのだろう。いや、ここに自分が二人居るのであれば防ぐのも簡単だった筈だ。

 何より、力の使い方を徐々に思い出しつつある自分に取ってそれはあまりにも脆弱過ぎた。

 予想外な出来事に苦渋に満ちた顔をして雨のしたたる街に降り立った天帝だったが、その両隣に居る二人の女は未だ世界を知らないらしい。

 自分のやろうとした事が無理矢理止められた事が信じられず、少なくとも恐怖を感じている筈だ。

 だが、その感情と言う部分が全てなくなっているからこそ、彼女達は完成品なのかもしれない。

 主が感じる恐怖にさえも興味を抱かず、絶対なる不動の心を持ったモノ。

 そして、それが完成品としてのラグナロクなのかもしれないと。






































アナザー・ナイン・ファンタジー■ACT:DARKNESS VOICE





































「久しいなぁレイド。未だ健在であったか?」

 自信を保つため、虚勢を張っているのだろうが、何らかの切り札を持っている故の発言だろう。

 力その物だけならば六帝の中で最も弱い天帝であるが、変わりに策を立てる事だけは六帝の中では一、二を争う程。

 相手を陥れられるのであれば例えどんな手段だろうと行動に移し、今の地位に居るのだ。

 とは言った所で、所詮は過去の亡霊と言う存在。

 第一、今の状況を理解しているのかは、かなり疑問である。

「で、どーすんのさ。こんな町中でやるの?」

「素直にその要望を聞き入れる様な相手に見えるか?」

「じゃ、転意系の、こっちじゃ魔導って言うんだっけ? そーゆー便利なのがあるんなら」

「私は使えん」

「ほんと、ツカエナイねあんた。それでも私の姉さんなの?」

 妹と名乗る女に愚痴を漏らされても今は仕方がない。

 街に被害を出さず、天帝とやり合える方法を何とか探し出さねば、一体どれほどの被害が出るのか想像も出来ないのだ。

 徐々に戻ってきた感覚と記憶の中で、昔居たのであろう世界を垣間見た時、丁度、今のような状況もあるにはあった。

 その時は世界中が自分たちの敵であり、既に次の世代と言う子供すらも居なくなった世界ならば、終止符を打った所で問題は無いのかもしれない。

 人道的に反しているか否かではなく、世界中の誰もが子孫を残せない世界なのだ。

 終わりを迎えると知った住人達は、暴利の限りを尽くし、最終的にあの紅と言う少年が全てを破壊した事も覚えている。

 だがそれはあくまで、特異的な例であって今、自分が居る「この世界」はまるで事情が違う。

 例え、若くして死ぬのかも知れない運命にある子供達でも、それでも生きる事を辞めよう等と考える暇もない位に必死なのだ。

 それを守る為であれば、街一つくらいの犠牲は付き物なのかもしれないが、方法を考えずにそんな事はやるべきではないと言う事は誰でも分かる。

 だから今はギリギリまで、考えるしか方法は無い。

「どうした? かかって来ぬのか?」

 そう言った状況下に居るからこそ、偉そうに醜い顔を更に歪ませられるのであろうが、奥の手をすんなりと見せる様な相手ではない事くらい分かり切っている。

 何しろ、この西の地の、北へと進んだ四魔境の一つである漆黒の山脈は、この天帝と戦い作られた疵痕なのだ。

 その中で一番の副産物は、鏡の斜面と言われる、四魔境の一つである死の渓谷よりもタチが悪いモノは自分が造り出してしまった過ちその物。

 伝承などで自分が謡われる度に思う。

 名の通り、それだけの自分を映し出す斜面ではないのだ。

 歳月が過ぎ、元に戻るはずの山肌は未だにその光すらも吸収する部分を再生出来ないで居る。

 時すらも、跳ね返してしまう程の一撃をあの部分に閉じこめたのだから当たり前だろう。

 もし、平坦な大地であんな真似をやれば、その地は未来永劫人、例えどんな強靱な肉体を持った種族であろうと住めない場所になってしまうのだ。

 その上、それが過ちであると言う確証はもう一つある。

 斬った方向に、その斜面が広がっている等と誰が想像出来るだろうか。

 未だに、恨みを籠めすぎた一撃は大地を浸食しようとしているのだ。

 山肌と言う斜面であるが故に、空までは侵蝕出来ないから、あの時はやむなくそれを放った。

 いや、怒りに我を忘れ、こんな小物相手に使ってはならない技を「放ってしまった」と言うべきだろう。

 そして漆黒の山脈は、その鏡の斜面の進行を食い止める為にラグナロクに作って貰った歯止めなのだ。

「で、結局どうするのさ・・・」

 伝承で謡われる自分は、神格化される程の強さを持ち、何者も寄せ付けず死すらも跳ね返す禍々しさを持っているらしい。

 たまに、レイチェルの様な物好きも居るが、それでも内容は強いと言う部分を抜かずに居るのだろう。

 どのサーガであろうと、自分を知りはしない所詮は紛い物の詩。

「私の、妹とか言ったな」

「環(たまき)だよ。忘れんなババア」

「今、初めて聞いたが?」

「釘サシとかないとまた忘れるだろうがあんた」

 頼るべき相手がこれでは、言っては悪いが心許ないのは致し方ない事なのかもしれない。

 自分が隣を許した、とまで言えば傲慢かも知れないが。望んだ相手は例えどんな状況であろうと打破する策をその場で組み上げる事が出来るいわば天才ばかり。

 その中であの少年など、子供のような突飛な我が侭であれ叶えてしまうだけの力があったのだから、どの世界でも最強であった事も間違いではない。

 この世界で出逢った虚空は、何処か死にたがっている気がするモノの、決して自分の目的を諦め死んだ訳でもない事も分かっている。

 そして多分、今は立場が逆なのだと思うから、視線も動かさずに頼むだけ。

「フェイシュアンを皇都に届けてくれないか」

「何でよ。こんな所で負ける気?」

「背中に守るモノがある状況で戦える程、私は強くない」

 ジリジリと、距離を詰めてくる二つの人形は何も考えては居ない。

 ただ、作られた時にでも思考自体にチャンスの伺い方でも教え込まれたのだろう。

 隙あらば、自分たちだけではなくこの街ごと吹っ飛ばしてもおかしくない目をしている。

 だから早々に結論を聞きたいのだが、跳ねっ返りと言うのはこういう状況でさえ出てくるモノらしい。

「じゃ、アンタは私に何をくれんのさ」

「・・・・・」

「私らのルール忘れた? 仲間内での頼み事は」

「物品、もしくはそれ以外の何かで代用する、か」

 懐かしいと、感じている暇も無い状況なのだが、思い出してしまうのは、封じた記憶の扉の鍵がもはや開いてしまっているからかもしれない。

 本来はゆっくりと時間を掛け、開けるべきかもしれないのだが、所詮、戦場で生まれた身であるが故に、同じ戦場でなければ思い出せもしないのだろう。

 何もかもが、業だ。

 ハッキリと分からない程遥か昔、殺した相手に言われた事のある言葉。

『貴様らは罪深き民だ。永劫、呪われて死ねない苦しみを味わうが良い』

 それが揶揄や、最後の断末魔の代わりである事も分かり切っている。

 同時に、負け犬の遠吠えだと言った所で、事実な事も分かっている。

 そして今、彼女が望む何かを与える事も出来ず、自分に言える言葉は一つ。

「そいつの作る世界が・・・・、安らげる場所が報酬だ」

「そーゆーのは本来くさい台詞って言うんだろうけどね。いいよ、私もこの子の目、信じてるしさ」

 傲り、高ぶり、傲慢なだけで何もかもが保証出来る事ではない。

 自分がやる訳ではなく、言ってしまえば他人任せの放任したモノであると言う立場。

 だが、フェイシュアンと言う少女の目の中にあったモノを観た時、嬉しかったのだ。

 初代ガ・ルーン公皇であるシュレートに唯一足りなかったと言うべきだろうか。

 あの時代、そんなモノは必要ないのかもしれないが、今、彼がこの場に居ても少女には決して適わないであろう可能性。

 例え蔑まれたとしても、自分の望む、覇者の居なくて良い世界を創り上げる事に何の躊躇いも感じない心がそこにはある。

 だから、タハルは、そんな事を予測して出ていったのかもしれない。

 何時か来る、災いを何処かで食い止められる何かを見つける為に。

 離れていようとも繋がって居られる意思があるならば。

 それを忘れて居た自分は言葉通りのただの馬鹿だ。

 思い出す度に失笑しそうになり、隣りに居る環、自分の妹に睨まれているがこれで良い。

 しかし、こんな所で、続けて述べた言葉にその名があるとは思わなかった。

「ホント、アルフェイザのおっちゃんといいあんたといい、クソオヤジにそっくりだぜ」

「・・・タハルに逢ったのか?」

「誰よそれ。アルフェイザって言ったらアンタの世界の北が誇る傭兵国家でしょうが」

「そう、か」

 つくづく、自分は世の中を知らないままで育ったのかもしれない。

 全てが終わったならば、次はアルフェイザと言う「国」に行くのも良い。

 片方だけ墓参りに行ったと知れば、アイツは怒る。

 冷淡な顔でいつも冷静に物事を見ていたが、一番子供じみた部分を残していた奴でもあった。

 そしてこの場でもう一人、頼むべき相手は居るだろう。

「レイチェル」

「残りの二人はお任せを」

 順当な実力で言えば彼女が天帝とやるべきだとも思うが、あえて譲ってくれたと考えるべきだろう。

 自分の与り知らぬ事情があって動いているのかもしれなく、文句を言う気などさらさらない。

 最も、そう言うお小言を言う気があったとしてもそれは彼女にではなく何処に居るのかさえ分からぬあの少年にだ。

 どちらにしろ、この天帝だけは自分で葬りたいと言う願いは消える訳がない。

「最後の相談は終わったのか?」

「ああ」

 簡潔に述べ抜刀し、またジリジリと沈黙だけが場を流れる。

 そう思った刹那、これ以上待ちきれなくなったのではない。

 後ろで僅かに動いた、環だろう。

 フェイシュアンを抱え走り去るのを見て後ろからの追撃を決意したに違いない。

 同時に、自分も動き、二人のラグナロクの間をすり抜け天帝へと向かい剣を横薙ぎに放つ。

 後ろの様子を気にしている余裕が無いのではない。

 また感じ得た、レイチェルの気配は例え自分の知っているラグナロクであろうと一撃で粉砕されてしまうだけの力があるのだ。

 だが、近づく天帝の顔が歪み笑ったのが分かった瞬間、自分が失敗したのだと悟らざるを得ない。

「かかったな」

「!?」

 瞬時に振り向いた二人のラグナロクが異様な気配を発し、同時にレイチェルが何かを叫んだのが聞こえる。

 ガラスが割れる様な音が響き渡り、視界全ての風景が変わり行く先に何が待っているのか等分かる筈もない。

 だが、何が起こっているのかだけは検討がついた。

 一度だけ体験した事があるのだ。

 あの少年が苦肉の策として使った、使ってはならない術の一つ。

「貴様・・・・何のつもりだ」

 時を越える禁呪。

 過去へと流れ着くのか、それとも未来へ一瞬にして渡り行くのか全く分からない術の一つ。

 周りの風景は街から異空間へと移りゆき、生物であれば呼吸どころか存在その物が時の流れる影響を受け朽ち果てるであろう場所。

 しかし、自分が存在している事が天帝に取って予想外だったらしく驚いた表情をしていた。

「そうか。ヌシもラグナロクと同じ存在だったのだな、成る程」

「何がおかしい」

「貴様こそ人形ではないか。造られし命であり、主を失った役立たずだ」

 最も、嘲笑する事で満足を得る天帝に取って自分は余程滑稽な存在なのだろう。

 時の影響を全く受けず、変わりもしない自分を見て笑っているだけなのかもしれない。

 何より、自分の術が成功した事が余程嬉しいのだろう。

「見てみろ、この身体を。この空間でさえ我は滅ぶ事なく存在出来る」

 浮かび上がった、刺青の様な古代文字と言うべきだろうか。

 象形文字に見えるそれは服で覆う部分のしたまで続いている、一種のまじない。

 自分がイキモノではなく人形でも、天帝は間違いなくいきている生者なのだ。

 だがその違いが、自分と相手との決定的な差。

「それに研究通りだ。貴様の様な人形はこの場所で無力に過ぎん。
 本来、対ラグナロク用に開発した技なのだがな」

 得意げに笑う相手の言う通り、自分はこの場所で何の力も発揮できないまさに無機物でしかないのだ。

 過度になった時の流れに影響される事は無いが、空間的に見れば自分は止まっているモノと認識されてしまう。

 通常空間と全く異なるルールが、この「世界」では当たり前になるのだ。

 だから空も地面もなく、全てが闇と光が入り交じった混沌の場所で自分は「立って」も居られる。

「どちらにしろ、貴様に効果があるのならラグナロクも恐るるに足らんな」

「本当にそう思うか?」

「何だと・・・?」

 だから、出来る事は一つしかなかった。

「アイツが無機物で出来て居ない事くらい、貴様も承知だと思って居たがな」

「そんな事は関係なかろう? 無機物に「変換しなければ」ラグナロクは作れん」

「そんな事を誰が決めた?」

 時が一体どれほどの流れで動いているのかは分からない。

 自分は所詮「武器」として造られたのであって、周りの状況を察知出来ると言った所で感覚は人間と魔族のハーフを敏感にした位なのだ。

 鍛錬を重ねれば、その感覚だけは研ぎ澄ます事が出来るだけであって、機械的な作業はイキモノとなんら変わりはしない上に、無機物で造られているとは言え、その他の身体は殆ど有機物で構成されているのと何ら変わらないと言う、自分でも分かっていない部分が多い身体。

 それでも、動けないのであれば無機物なのだろう。

 変わりに声帯部分と顔だけはその色が薄いらしく、まだ喋れはする。

 だから口だけ使って出来る事と言えば、所詮は時間稼ぎ。

「貴様所詮、魔帝の持っている設計図の存在も知らぬのだろうが」

「設計図、だと? ふん、世迷い言を」

「だが考えて見た事くらいあるだろう? 魔帝が何故、ラグナロクを作れたかを」

「・・・・・」

 もし、時間が過去に戻っているのならば天帝に取ってチャンスは増えるモノの、同時に敵も増えると言う事。

 自分が二人居ると言う事に、天帝であれば納得出来るのであろうが、昔の自分に取って天帝だけはどうしても殺して置くべき人物だと言う認識は変わっていない。

 まして、今の時代ではなく、昔の、それこそ六帝全員が居た頃まで遡ったとすれば、彼らに取って天敵である「虚空」と言う女剣士が居るのだ。

 その上、微妙な調整が難しい過去へと帰還は、あの少年とて十回に一回は失敗すると聞いた事がある。

 なら順当に考えても時間は未来へと動いているのだろう。

 どの程度の速さで動いているのかは分からないが、一抹の希望に掛けるしかないのだ。

 最も、ルドやルシエドは皇都から離れる事も出来る訳でもなかろうし、他に対ジハード戦で役立つ奴等はそう居ない。

 僅かな望みと言えば、自分の妹だと名乗った環と言う女と、自分よりも遥かに強いと確信を持って言えるレイチェルだけだ。

 知らないよりはマシと言うだけであって、動いてくれるかどうかも確証を得られずに居る自分に取ってはそれだけが支えであろう。

 ここに天帝を退き留めて置く時間が長ければ長い程、時は思いの外先へと進み、千年も進んでくれたのならば自分は周りから忘れられて居るかもしれない一方、もしかしたら自分にも匹敵するだけの力を持ったモノが現れるかもしれないのだ。

 所詮、それが危機に陥った時の身勝手な思いであれ、それ以外に自分に出来る事は何一つ無い。

「魔帝は、ガイズ・ガイザーは確かに虚空の血を使ってアイツを造ったさ」

「なら奴とて流動体を変換する術を知っているに過ぎないのではないのか」

「だが、変換せずに作れる方法があると言うのならどうする?」

「・・・・」

「それを私が知っていると言ったら、貴様はどうする」

 何を話題にすれば時間を稼げるのではなく、どうすれば相手が悩みを抱くかが成功する鍵。

 動けない事の歯がゆさを感じる暇があるのならば、あがけるだけ足掻けば良いのだ。

「知っている確証は無いな」

「そうか? 貴様が言ったのだろうに、私もラグナロクと同じ存在だと」

「・・・・・」

 自分が言うからこそ、説得力がある台詞だ。

 この世界のラグナロクは自分の身体を知らされて居ないのではなく、知る事が出来ぬ様になっているらしい。

 自分の知っているラグナロクは、その事に対して疑問を持ち、主にさえ逆らう、武器としての出来は失敗作だったろう。

 だがだからこそ、想定外以上の力が引き出せ、空間制御をその本来の役割にする事が出来たのだ。

 それを本人が知っているかどうかまでは分からないが、楽しんでいるだけで、理由とすれば十分なのかもしれない。

 だが自分は、この世界で生まれた「ラグナロク」ではない。

 天帝が持っているどんな情報源も、自分の出生を調べ上げる事など不可能なのだ。

 誕生の地は、今だからこそ思い出せる場所なれど、吐き気以外何もしない世界だった。

 何もかもが狂っていると言えるであろう。

 親が子を殺し、子が親を殺す事が禁忌にふれる事と分かって居ながら、誰も止める術を持っていなかったのだ。

 舞い降りた救世主。

 少年の事を、誰かがそう呼んでいた気もするが、その時の少年の顔は憤怒すらも通り越した、凍てついた表情をしていただろう。

 自分が生まれた意味を考え、少年が主であると分かった時、聞かされた言葉は一つ。

『お前は自由だ。好きにしろ』

 投げやりだったのは、後から知った事だが、後味の悪い、仲間を屠った故に不機嫌だったらしい。

 もしかしたら、自分は必要のない存在なのかもしれないと言う不安を抱くと同時に、知っている筈のない様々な知識が自分の中に流れ込んだ事も、今は想い出。

 生まれたての赤子として生を受けたのではなく、成長した、今の自分と何ら変わらない姿で誕生した異質な自分。

 それを見つける為に、好きに生きろと言ったのかもしれない。

 いや、あの時見せた涙の意味は、誰とも関わりたくないと言う現れだったのだろう。

 虚しさを感じ、何処までも強くなって行くだけの虚脱感以外、あの時の少年からはうかがい知る事が出来なかった。

 だからある筈のない、そして知っている母性で、少しでもその心を癒せるならばと、共に行く道を選んだのだ。

 それからどれほどの時が流れようと、その関係が変わる事が無いのだと信じていた。

 例え、少年が既に妻子の居る身であろうと自分に取っては関係の無い事。

 傅くだけの、命令に従順なだけの、何より絶対服従する事が自分の望みだと思っていた。

 だが虚空と、自分と同性の剣士と出逢い、それが変わったのだ。

「貴様がそれを我に教えるとでも言うのか?」

 裏切りだと、自分は思っていた。

 誰に対するモノでもなく、自分の決意を自分で破ったのだから。

 望みを全て叶える力が欲しい。

 共に、居たい。

 同じ立場ではなく、ただ命令してくれるだけで良かったのかもしれない。

 ダメだと言われれば、自分の心は揺らぎ、この世界に留まる事も無かったかもしれない。

 全ては、消え去った可能性。

 過ちが去っただけの、昔の事であり、悔やんでも取り返しが着かぬから、それは過去なのだ。

「此方の条件をのんでくれるのなら、それも良い」

「取引、と言う訳か。良いだろう、何が望みだ」

 全てを思い出した今、出来る事が変わらないのは自分が所詮は無力だったから。

 造られた存在故に、強くなる事を制限されて居た訳ではない。

 むしろ「何一つ命令しなかった」少年は自分に強くなる事だけは強制していた節があった。

 親が子を見守る訳でもなく、師が弟子を思いやって言っている言葉ではない。

「望み、か」

 素直に聞き入れられるべきではない言葉でも、罠にかかっている様に何か答える為、選ぶ。

 そして業を煮やし、天帝の苛つく怒号が来る瞬間を見計らい、言葉を述べるだけだ。

「今すぐガイア大陸に関わるのを止めろ。それが、条件だ」

「・・・・・・」

 無論、口からの出任せであり、他人にそんなモノを託す程、自分は弱くはない。

 止められる力があるのならば使って当然。

 他人に託してばかりで、自分が何も出来ない事にすら気付かないのは愚者の証。

 そして高らかな笑い声で自分を馬鹿にしているのだろう。

 天帝の表情も何もかもが予想通りであり、次の言葉を紡ごうとした瞬間、嫌な感覚が身体全体を覆う。

「その条件を、飲んでやっても良いのだがなぁ」

 まとわりつくような、まるで水に絡め取られている様な感触。

 うねり、締め付け、何も無い筈なのに徐々に戻ってくる感触は肉体の主導権。

 だから一度は聞こえて居なかった。

「貴様に頼らなくとも、あの方ならラグナロクの量産くらい訳は無い。
ガイザーが一番最初にラグナロクを造ったとでも思っていたのか?」

「・・・・・・?」

「我をここに退き留めたつもりなのだろうがな、そんな陳腐な策に引っかかる私ではないわ」

 そしてこの時のうねる空間から天帝の姿は掻き消え、しまったと自分を叱咤した。

 考えていなかったのだ。

 それこそ、ラグナロクを造った魔帝を締め上げてでもして作り方を聞いたのだろうと思っていた。

 それ以外に造る方法がある等と聞いた事も無い。

 自分が知っているラグナロクとて、望まれて生まれて来た一方、魔帝自身が造るのを渋っていたのだ。

 その理由まで問いただした事は無い。

 一度しか出逢った事は無く、向こうの此方に対する印象など最悪であろう。

 何にせよ、造らなかった理由は材料として強者の血を使うだけではなく、ある一点のみに特化したモノを造った場合、恐ろしく反則的な迄の効力を出せると言う事らしく、その辺りを考えられるだけ、他のジハードとは違う。

 最も、その辺りを考えた所で自分がここから出る方法など有りはしないだろう。

 所詮、武器として造られた時点で他の能力を付随させるには造ったモノでなければならないのだ。

 それも、あの少年ほどの腕の持ち主など、今まで二人しか出逢った事はなく、そのどちらもが自分の居た世界から遠く離れた場所にしか居ず、何より今どこで何をしているか等皆目検討も着かない。

「助け、は、期待しない方が良いか」

 自嘲気味に笑い、何とか身体を動かそうとするが、無理なモノは無理らしい。

 まだ何かにまとわりつかれている感覚は拭えぬモノの、変な言い方だが、慣れてしまったと言うべきだろう。

 もしかしたら、この空間だからこそ、自分が時の流れに逆らっている存在だからこそ感じる何かなのかもしれない。

 そんな事しか考えられず、一瞬、諦めが過ぎる。

 ここで永劫に、暮らして行くのも自分の罪の精算なのかもしれないと。

 あまりにも重ねすぎた罪を償う方法など、検討も着かない。

 少年に言われた「三日考える」と言う目安もそれだけは当てにならないのだろう。

 幾千、幾億年掛けて考え、答えが出なかったのだから。

「どうする・・・、ここで死ぬか?」

 一人呟きでもしない限り、重圧感に押しつぶされそうになり、同時にその瞬間諦めた心がまた、全てを終わらせてしまうのかもしれない。

 だがいつ何時も、チャンスは巡ってくるらしい。

 それが自分の選んだ道か否かは関係なく、この世界は何処までも、不可解な連中が多いのだ。

「・・・・音、か?」

 聞こえるそれは、間違いなく音であろう。

 ついで目に映るそれは、流れ去って行く混沌の狭間で幾つもの場面を自分に見せる。

 かつての、虚空を思わせる女剣士。

 拳銃を構え、悔しさだろうか。全て一つの弾丸に籠めたコートの男。

 白い髪を漆黒の闇へと変え、何かと引き替えに強さを得た修羅。

 腕に抱いた誰かを亡くし、まるで自分の様に叫んでいる女。

 幾人モノ、まるで家の様な巨大な人形を相手にしている漆黒の男。

 ただ冷徹な瞳のままに、それでも泣いている様にさえ見える傭兵。

 そして、あの小さい身で、死にそうになっているルシエド。

「神帝・・・!!」

 ボロボロになった身体は、もはや動かす事すら出来ないのだろう。首を鷲掴みにされ、それをやりながら笑っている神帝の顔は昔のままだ。

 それでも、何か言葉を吐かれた瞬間に、暗い闇が彼女の瞳を照らし、その内に憎しみを一瞬にして燃え上がらせる。

 それが痛々しくて、歯がゆさを感じるのは知っているから。

 どうにかしてこの場を出たい。

 望む事で適わないと思っていても、少しでも可能性があるならばと、ただ、怒号をあげる。

 全てがかき消され、誰にも聞かれないまま消えて行く声は、何処までも響き渡り、同時に、何処にも行けない檻に閉じこめられたまま。

「くそっ!! 私はこんなモノなのかっ!!」

 虚しさがこみ上げ、涙さえ流してしまい兼ねない。

 泣けるのであれば、泣いた方が良いと、皇都の一室であの少年は教えてくれた。

 だがこうも言った事がある。

『泣く事なら何時でも出来るだろうが』

 死者の為に泣く事を禁じた訳ではない時だったろう。

 自分の心を晴らす為になら、勝って泣けと言われた。

 悔しさと、自分の無力さが身に染みて分かり、だから強くなろうと少年の元を離れた。

 忘れてなど、いなかったのだ。

 封じていただけ。

 心の弱い部分が、自分を覆い尽くし甘んじてそれを受け入れただけ。

 それだけで結果が出る故に、自分は足掻いているのだ。

 それ故に、感情を高ぶらせ過ぎたからだろうか。

 徐々に、何かすらも分からないうねりに身体が侵蝕され、感触があるままに意識が閉じ行く。

『まだだっ・・・まだっ、、、、』

 その感覚を体験したモノが、一体何人居るのかは数え切れないだろう。

 かつて、少年の元に居たからこそ、そして自分が造られた存在故に体験できた感覚。

 それの名を口にしてしまえば、それが最後となる瞬間になるだろう。

 もしかしたら歪む時の中で居すぎた為に、そしてあのまとわりつく感触があまりにも違った為に分からなかったのだ。

「こんな、、所でっ!!」

 意識を無理矢理引き戻し、それだけでもと目を見開き流れゆく、まるで眠気を誘う様な終わりない先を見据える。

 だがそこに映ったモノを観たから、

「こんな所でっ!!!」

 皇都が一瞬にして消し飛ぶ、まるでラグナロクが過去に四魔境を造った時の如き光景を見たから、彼女は最後の力で叫んだのであろう。

「死ぬ訳にはいかないんだっ!!!」

 打ち勝つ方法など聞いた事は無く、誰であろうと例外なく訪れる永劫の終わり。

 魂の輪廻を信じ受け入れるモノも居れば、生き長らえようと必死になって足掻くモノも居る。

 誰もが恐れ、誰もが知っている筈なのに分からない。

 それが死だと、知っているから彼女は叫んだ。

 余裕などあるはずも無いだろう。

 燃やせる命がまだあるのなら、それを全て使ってでもこの世界から抜け出したいと言う願いを籠めて。

 そして何かに届く様、彼女が動かぬ肉体ではなく、心でそれを掴み取った時、全ては終わった。

 いや、始まったと言うべきだろうか。

 空間が裂け、あり得る筈のない時を斬るモノの姿が目に見える。

 徐々に戻る意識と感覚は全てを取り戻し、一体自分がどうなったのか等、理解出来る筈もない。

「・・・・」

 もし、あるのであれば、ここが間違いなく世界の狭間だと言える空間の中で、彼女は見ていた。

 髪の長い、闇よりも深く蒼く染め上げられたローブを着た、誰かの後ろ姿を。

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