ひどく、疲れていた。

 ただ言葉を交わしただけに思うが、今胸にあるそれは憎しみと言う感情ともう一つ。

 何処までも研ぎ澄まされた殺意。

 それがいつも、自分の心に安らぎを与えてくれるのは事実であり、変わりもしない。

 幾人の者達の腕を切り落とそうと。

 幾人の者達の脚を薙ぎ払おうと。

 幾人の者達の命をいとも簡単に奪おうと、安らぐ心にかわりはなかった。

 だからこうして、もう一度出逢えた事は、何物にも代え難い、苦痛。

 心の中から溢れ出てくるそれは、止め処なく自分の何かを傷つけ、痛みを断続的に与えるだけの、苦しみなのだ。

 分かっている。それが何なのか。

 思い出さなければ、前に進めない事など。

 だが終わった筈の過去からの襲撃者は、常に待ってくれないのだ。

『自分の都合で時代は動かない、か・・・』

 そして誰かの言葉を思い出した瞬間、彼女は一撃を放っていた。

 古の瞬きと呼ばれる、遥か彼方の過去の地で起こった戦争。

 自分は、何時始まったかも分からないそれの由来を知らない。

 だが失ってしまった記憶なのに、何故か初めから理由など知らなかった気がするのは気のせいか。自分の切り裂いた者と、そこから離れる様にして舞う四肢の一部。それを眺めながらゆっくりと視線を戻した時、それは居た。

「き、さまは・・・」

 唸る声の主は、天帝と呼ばれる男のモノ。だがその表情は昔見た、自信に満ちあふれたモノとはかけ離れ、何処までも墜ちた様にしか映らない。

 だから言った。

「忘れろ、貴様などに覚えさす名前など無い」





































アナザー・ナイン・ファンタジー■ACT:DARKNESS VOICE





































「レイドぉ! 一度ならず二度までも!!」

「知るか」

 ぶっきらぼうに受け答え、叫ぶ理由は分かるが、自分がこの男を目に前にした時、こんなにも殺意を抱ける理由を覚えてはいなかった。

 何かがあった事は、違いはない。

 こう言っては変だが、この男の最後を、その意思とは関係なく訪れさせたのは自分なのだ。その時も今と同じ様に、視界の隅が紅く、靡いていたのかもしれない。

 ただ純粋な殺意を抱き、他の世界など、まるで存在していない様に。

 だから、こうも純粋に殺したいと思えるのか。

 だから剣を構え、もう一撃、次は残った片腕を斬り飛ばしてやろうと思ったのだが、世界はまだ、そこにあった。

「ちゃちゃ入れて悪いけどさ、ちょっと良いかな?」

 視界に入れたのは、ほんの数瞬だろう。いつからそこに居たのかと言う疑問を解決したのは自答。

 気付かなかった理由は、興味が無いからだ。姿から察するに、まだ20代にも満たない女と、もう一人、少し離れた所に男が居る。男は事の成り行きを怯えた瞳で見据えるだけで何も出来ない様、そこに佇んで、この女だけがやけに異質に映った。

 しかし、答えなど決まっている。

「失せろ」

 自分と、理由も分からない殺意を抱くに値する天帝と言う男が居る限り、この女も邪魔にしかならないのだ。

 だからそう言い、視界を戻そうとした。

 そう。「した」、だ。

 目が離せない理由が分からず、困惑している自分の心境すら分かるのは不快だったが、感じた事のあるような懐かしさと、今の自分にすら無い強さを、一瞬だけだが目の前のその女は見せたのだ。

 ただ、故意にやった事ではないらしく、焦った顔からまるで冷や汗を拭う表情へと移りゆく様を見れば一目瞭然。

 それがあまりにも不釣り合いに見え、何故と問いたかったのだが、口から出た言葉は己の中に無いモノ。

「・・・・・女、貴様一体、何者だ?」

 困惑し、さぞかし馬鹿に見えるだろう。狼狽える程ではなかったが、女はそれ程の実力を持った、強者。

 身体に雷が落ちた様、目の前が真っ白になった、脚の震えが止まらない、等の強さに対する表現はある。だがそのどれもが当てはまらずあえて言うなれば、恐怖と歓喜が同時に湧き起こったとでも言うのだろうか。

 これ程の力を持った者が近くに居ながら感じられなかった、と言う自分に対する叱咤が浮かび、流れ消えて行く。

 今、目の前の女がやった事は、自分とその本人しか分からなかった様子だが、この女はやって退けたのだ。

 以前、自分が何処か北方の山に鏡にすらなった斜面を作った時に発した一撃や、ラグナロクと呼ばれる、伝説の魔剣と謳われる一方で、真の姿は自分の同じ女性と言う身なりをし、この大陸に存在する四魔境を作った時に放った一音。

 それと同質で、それ以上の殺気を、この女は纏って見せたのだ。

 後からこみ上げる恐怖など、何時の頃から忘れてしまったかも分からない程、懐かしさを感じる。

 だが緊張など、感じた事は無かった筈だ。

 六帝と相まみえた時でさえ、汗一つ掻かず、冷静にその場に居られたのだ。現時点でも、彼らに匹敵する者など居ないであろう。

 それをやって出来た自分が緊張していると認識出来た時、漸く、いや、それを考えている間すら数瞬。やがて女が口を開く。

「私の話、少しは聞いてくれるかな?」

「・・・・・」

 その気の抜けた声故に、徐々に冷静になれる自分が居るのだが、恐怖と緊張感が削がれた訳ではない。

 もし、次の瞬間、女がその気になれば、自分はそれを防ぐ事が出来るのだろうか。

 頭の中に浮かぶ疑問であり、ひたすら自問自答しようとも辿り着く答えは同じもの。

『避けられる確信? ふん、自信すらないのに・・・か』

 自分が一体どれだけ強くなったのかは分からない。

 だが、昔も今も、自分と相まみえただで済む相手など何処にも居ないと言うのは高慢ではなく、歴然とした事実。

 結局の所、いつまで経っても自分を越える存在は現れず、それが今の自分を作ったと半分は思っている。

 戦争は、今でも尚続き、森の奥深くに居たとしても鍛えすぎた五感があるのなら、例え地の果てで起こる戦争であろうと感じ取る事が出来る。しかし、どの戦争であろうと、それは所詮、小競り合いでしかないのだ。自分の中にある罵倒で言葉を並べるならば「殺し合い」と言った所か。

 統率者が指揮を執って兵士を幾千、幾万人も使い、国を落とす。

 それが人間と言う種族に取っての戦争らしいが、所詮突き詰めて理由を探れば子供じみた喧嘩がその原因なのだ。それが大人になってもやっているのであれば、単なる殺し合いに過ぎず、戦争とは呼べない。

 既に消えてしまった記憶ではあったが、そう言った部分だけは鮮明に覚えているのだ。

 常に自分の隣りに居た、あまりにも強い、誰かの言葉を。

『戦争と言うのは、略奪や陵辱、殺戮や侵略の総称じゃない。単身と言う己を戒める為の葛藤だ』

 その時の自分は一体、どういう顔をして聞いていたのだろうか。

 腕の立つ猛者と出会ったときだけ、その思いが流星の様に流れやがて消えゆく。

 そして次ぎに待つ相手の言葉は、決して屠殺と言う一方的な殺しではなく、熾烈を極めた、儀式の様なモノなのだ。

 多対一と言う、圧倒的に不利な状況でも勝てる理由は自分が強いからだけではなく、相手が弱すぎるからなのだ。

 だからこうして、自分よりも強いと言えるだけの相手に出逢えた故に、震え、誇れ、返ってきた言葉を聞いた時、

「・・・・あー、えっと」

 彼女の取った行動は、

「ちょっと、自分の姉ってーのはどういうのか見たくなって、ってのはダメ?」

「・・・・・」

 その誇りを傷つけるモノ故に当然の行為なのかもしれない。

「あ、危ないじゃない」

 一閃をやり、首を一撃で跳ね飛ばしてやろうと思ったのだが、実力差はハッキリと出ているらしい。防がれ、相手の女は怯えている反面、怒ったように言った。

 だが、彼女からしてみれば、怒りに任せ攻撃を続けたい気持ちもあるのだ。嘘など、ここでは何の意味もなく、かけひきとして使うハッタリとしては、あまりにも陳腐なモノ故に。

 記憶が無いと言った所で、自分の家族すら忘れてしまった訳ではない。

 辛うじて覚えている事は、自分の隣りに居た人物は生まれた時から一人しか居ない。

 片親や、思い人のどちらかなのだろうが、この女から感じる懐かしさは面影ではなく、殺気をぶつけられ久しぶりに震えたと言う感想なのだ。

 だから自分は、怒ったのかもしれない。

「私に妹など居ない。失せろ」

「ホントに覚えてないの?」

「くどい」

「使ってるそれ、絶対領域だって事は?」

「なんだそれは」

「紅は?」

「色がどうした。質問責めするつもりなら叩っ斬るぞ」

 詰問するようにして口が開き、出てくる言葉のどれもが聞いた事もない、そして意味のないただの音。

 だが次は、相手の女が怒ったらしい。

 先ほどの怒りを露わにした姿とは比べモノにならぬ程の気配がその身の内に感じ取れ、魂があるのならば、震えただろう。

「カシム、帰ろ。なんか拍子抜けしたしさ」

「あ? あ、ああ・・・・」

 何の気なしに発した言葉だった筈だ。連れだったらしい男も、全く気付かず、自分がこけにしただけではなく、どうやらこの女と何かあったらしい天帝が引き留めようとしている様子を見た所で、感づいても居ない事は分かる。

 自分も、感じられる筈がないと、己の中の声が何度も叫んでいるのだが、確かに感じてしまったのだ。

 唯一無二である存在の欠片を。

「獲物にもならん雑魚が粋がるな。そこの間抜けた女がお前には似合いだ・・・・・
 勝手ニヤッテロ」

 その瞬間、辺りは凍り付いたようになり、冷気だけが漂っている筈なのに寒さすら感じなくなる。

 麻痺した様にして全てはそこに固まっているのは自分と、天帝も同じらしい。漸く気付いた彼もまた、自分が相手にしていた女が、どれだけ危険か分かった筈だ。

 そして頭の中に浮かんだ誰かの虚像。

 誰かに似ている。

 そんな想いが過ぎり、引き留めてしまいたくなる。

 だがそれでも去って行く女を引き留める事は誰にも出来なかっただろう。

 つま先から指の先、喉の奥から頭の思考すら、凍てついてしまっているのだ。

 これが恐怖と言うモノだと、誰かが告げた気がする。

「ふ、ふん・・・まぁ良い。今日は貴様だレイド。
 四人揃っていなかった事を後悔させてやる」

 以外と立ち直るのは早いらしく、天帝は此方に視線を向けるモノの、やはり完璧に冷静になれた訳ではないらしい。冷や汗を掻いている姿など、初めて見た気がする。

『いや、何処か、で・・・・?』

 思考が纏まらず無理矢理、平静を保つために血が出るまで拳を握りしめる。

 そして天帝の次の言葉を待たず、そのまま一閃を振るい、言ってやるだけ。

「それは私が言うべき言葉だ」

「ぐっ・・・ぞっ!!」

 深く、脚を踏み込み斬り込んだ訳ではない。

 ただ剣を横薙ぎにしただけ。

 だがそれは以前、同じ光景を見たモノならば驚いただろう。

 山を一撃ではなく、ただ、無造作に切り裂いた等と誰が信じられようか。

 魔導のイロハも知らず、純粋に高めただけの剣技でそんな事が可能である筈はない。

 それ故に。

 そんな事が出来る故に。

 彼女は、異質。

「貴様こそ、六人揃って来たらどうだ。一人では何も出来ないのだろう?」

 そしてその一撃こそ、天帝と言う、ジハードの内一人を屠った魔業。

 前回は山を切り裂くと言うムダがあった為に、甦るチャンスを与えてしまったと判断したのだ。

 だから今回はそれを剣に籠め、威力を限定化に絞る。

「く・・・そっ!! また、また貴様なぞにぃっ!!!」

 死に行くモノの声を聞きながら、思考に僅かに触れる何かを感じる。

 気配だと分かり、追いかけてきたのだろう。ホアンの気配だとこの状況下で分かるのは彼女だからこそ。

 それ以上、踏み込めもぜずに傍観しているのは、天帝の身体から発せられるまるで不吉な雨雲の様などす黒く、濃い霧を見たからだ。

 名前とは裏腹に、何処までも墜ちたモノの死に行く様。

 ただ、疑問だったのは以前と同じではないと言う事。

 以前、最後の瞬間を迎えた天帝は、割れるようにして飛び散ったのだ。

 そして思い出す。

「・・・・・貴様、どうやって甦った」

「ぐっぐっぐっ・・・・」

 だがそれに返ってきたのは、喉の奥に絡まった血を口から吹き出し、それでも不適な笑みを浮かべる表情と、一言だけ。

「次コソハ絶対貴様ヲ殺シテヤル! れいどっ!!!」

「!!」

 その瞬間、黒い霧は嘘の様に晴れ渡り、残ったのは、気付きもしなかった夜の闇だけ。

 星屑が辺りを柔らかく照らし、静寂は何事もなかったかの様に戻る。

「お、終わったのか・・・?」

 怯える様を隠さずに出すのは、実力の差を悟りきったか。それともあれが天帝と分かっているからだろうか。

 どちらにしろ、彼の一番ではない仕事の一つを、承諾した覚えは無いが請け負ってしまったのは間違いない。

 天帝と言う男は性格上、地の果てだろうと、空の最果てだろうと追いかけてくる性格なのだから。

「いや、また、甦るだろうな。今考えれば、斬った感触がまるで布だけだ」

「そ、そうか・・・。いや、気色悪い奴も居たもんだな。世界は広い」

「あれが天帝だ」

「なひっ!?」

 奇妙な声を出し驚くが、そんな事は知った事ではない。剣を見て分かったのだが、どうやら本体ではなかったらしい。

 まるで実体を持たぬ故に自分には倒せなかった神帝の様だと想いながら、溜息を一つ。

『これから・・・・どうする』

 目的も無く、流れる訳でもなく、一カ所に留まる事も正直飽きたと言えば飽きただろう。

 街にすら行かず、彼が久しぶりに喋った相手だと言うのは間違いではない。

 外界から接触を断っていた理由は、思い出したくもない過去があったから、だろう。

 自分の弱い部分。

 あの何処かに行ってしまった女を追いかけても良いが、正直、勝てる自信など何処にもない。

 そこまで考えを纏めた所で、彼女は、ただ、笑った。

 何の感情も籠もらないそれだったが、気付かなかっただろう。

「ホアン」

「あ・・・れが・・・・、?」

「皇都に向かう。私を連れて行け」

「あ、ああ・・・分かった」

 自嘲気味の笑みすらも掠れ、覚えている自分の顔は、まるで作り物の様に固まっていた筈だ。

 筋肉の一つ一つの動きでさえ分かる彼女だからこそ、それは違えては居ない。

 だが気付かなかったのだ。

 今の顔がまるで、好戦的な狂いしモノが浮かべる、歓喜の笑みだったとは。

 そしてそれを知っているのは目の前の男だけ。

 夜は落ち、朝陽が昇るにはまだまだ掛かる。

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