おやつの後はお昼寝の時間。

 そう決められている様に、自分の膝の上で眠る少女は小さい寝息を立てながら熟睡している様子だった。

 その暖かさは久しく感じていなかった他者の温もりであり、ふれあい。

 何処までも幸せそうに眠るアイカの顔は眠気を誘っている様、穏やかだ。

 最も、それだけで油断する筈もなく、後ろにある気配の事など城の中から此方に向かって来る動作全てを見極めていたがあえて関知しなかったのだ。

 しかし向こうが此方に用があると言うのであれば別だったが、足音に聞き覚えがあったのは当たり前なのかもしれない。

 普通の女性よりも身長の高い自分と同じく、彼女も平均の女としては高い方。

「れ、レイド・・・様ですか?」

「ああ」

 顔だけをそちらへと向け、確認したのは東方魔環師と言う肩書きを持つリーゼ・ガ・ストラスト。

 向こうが緊張している理由が分からなかったが、自分の膝元へと向けられる視線と、その瞳が彼女らしからぬ色を灯している事、そして道理でと思い先に言ってやる。

「お前の娘か」

「・・・・は、い」

 しかし緊張している様子だと分かりはしたモノの、その理由がとんと見付からず、少しだけ考えた所で思い出す。

 訳など、簡単だった筈だ。

 起きる前、自分は彼女を殺そうとしただけではなく、その中に自分の膝の上で寝ている娘の事すら引き合いにだしたのだから。

「よく、似ているな」

「・・・・」

 一度見た顔だけは覚えている故に、それはよく分かる。多分、旦那の方もそれなりの顔と人格者なのだ。だからこうして、良い子が育つ。

 もっともその手前で、自分はよくも言えたものだとも思う。

 心配する母親をよそに、自分の膝のその上に娘を乗せているのだ。彼女の胸中は穏やかではないだろう。

 だが、言わなければならない事の切っ掛けには十分。

「リーゼ」

「なんで、しょうか・・・」

 瞳に宿るモノは間違いなく覚悟。

 例え差し違えてでも取り返す、と言う意気込みがひしひしと伝わって来るのが痛い。

 だから精一杯、笑おうと努力したのだが、上手く行かない自分の顔の事が分かり、多分それは苦笑に見えた筈だ。

「この前はすまなかったな。ただ、今はこうさせてやってくれ。さっき寝たばっかりなんだ」

「・・・は?」

 そして呆れた声を聞きながら、国を作ると言う事は、多分こういう事なのだと理解する。

 しかし気付いた事はもう一つ。

「それと、私の服を知らないか。
 起きて見たらこれ以外着れるものがなかったものでな」





































アナザー・ナイン・ファンタジー■ACT:DARKNESS VOICE





































 幾つか言葉を交わし、リーゼはそのまま自分の服を探してくれると言う。

 その顔は緊張していたモノとは正反対に喜ばしげで、良い意味で親ばかなのだろう。自慢の娘です、と言った彼女の顔には親としての慈愛があった。

 時間は夕暮れ。

 もうすぐ夜が来て、寒くなるからか。アイカは服をたぐり寄せる様にして身を縮める。

 しかし、珍客はまだ居たらしい。

 ただし、リーゼではなく、彼女の様に緊張もしていない気配と、並はずれた実力の持ち主。

 言ってしまえば自分よりは弱いのだろうが、リーゼやホアンと同じほどの力の持ち主はそうは居ない。

「あれ? アイカちゃんじゃん。君が面倒見てくれてたのかい?」

 だが予想外にあか抜けた声に少々肩すかしを食らった気分で、自然と力んだ身体が和らぐのが分かり、笑ってしまう。

 それを言葉の代わりだと思ったのだろうか。やってきた名も知らぬ男は寝ているアイカに気付いたからか、先ほどより声を小さくして訪ねて来る。

「けど君、見ない顔だね。新しい人かな?」

「さぁな」

「おお、声も美人で良い感じでいいねー。あ、もしかして君がサリーナちゃん?」

 それに対し誰かと間違えている、と言わなかったのは何故だろうか。

 いや、分かっている筈だ。

 常日頃からかわれている自分はその感覚は分からなかったが、こういう男をからかうのは多分、面白いのだと。

 だから返事もせずにただ、微笑むだけ。

 こういう時に笑顔を浮かべられるのは、アイカのおかげだと頭を撫でてやる。

「うーんいいねー。リーゼよかよっぽど母親らしいよ、うん。
 子供とか好き?」

「嫌いではない、な」

「あ、そう言えばアイカちゃんを探してたんだよ俺。リーゼ、此処に来てない?」

「さっき服を取りに行った」

「服? なんで」

 長身痩躯で、ホアンと比べればかなりやせ細って見える身体だが、無駄な脂肪は一切無く、むしろ筋肉質な身体なのだろう。

 大きめの服を着てそれを隠しているのだが、近づいて来る時に感じた身のこなし方は、魔導士や魔法士と言った職種のモノが好んで着る様な服装をしている割に、かなり身軽と言うのも間違いではない。

 その上、人懐っこい笑みを浮かべているつもりなのだろうがその本質を覆い隠せる程、演技が上手い訳ではないらしい。

 ホアンの場合は、あれが本当の性格で隠すと言う事がかなり苦手なのだろうが、この男は平気で嘘を並べ立てられるだけの話術と、神経の図太さを持っている。

 何しろ、笑みがルド辺りにそっくりなのだ。

 彼が一流の詐欺師だとすれば、目の前の男は詐欺師見習いと言ったレベルではあるが。

「服って誰のだろうな。ま、いーけどさ」

 答えない事で、一人勝手に納得しようとする男は見ていて飽きない。

 この場合の飽きないと言うのは、アイカのはしゃぐ姿を見て感じるそれとは別の、もっとからかいたいと言う気持ちだ。

 見守る程可愛げがある訳でもなし、かといってただ虐めて面白い対象ではない筈だ。

 だから返事を曖昧にして、もう少し楽しんでやろうとしたのだが途端、お遊戯の時間は終わりを告げる。

「リスキィ? こんな所に居たのか」

「おーう。アイカちゃん見つけたぜー」

「私が先に見つけていたんだがな」

 不満を述べるリーゼの姿は、彼らに接する時のモノらしく、柔らかい物腰が多少なりと抜け、凛とした姿勢はすがすがしさすら感じる。

 もっともホアンの時の対応と違うのは、男の性格に問題があるのか。見るからに、ではないが、見た所遊び人と見て間違いない。

「レイドさま、これしかなかったんですが・・・」

「まぁ、良い。私の着ていた服は何処に行ったんだ?」

「まことに言いにくい事なんですが・・・・」

「・・・ルドか」

「はい・・・。統一郎さまが汚いから捨ててしまったと・・・」

 持ってきてくれた服は簡易の法衣の様な服。嫌いではないが、自分には似合わないと思える白をベースにした物だ。

 少し広げて見れば分かったが、リーゼやホアンが着ていた、多分、魔環師が着る服と似た様なデザイン。

 動きやすい様にカットされた袖口は良しとしても、下のズボンに至っては自分が着れば少々キツイ様なサイズのモノである。

 そして自分が着てみた姿を想像し、呟く。

「誰の趣味だこれは」

「さ、さぁ・・・。私もただ、渡されただけですので。
 なんなら明日、私が新しいモノを買いに行きましょうか」

 それに返ってきたのはやはりすまなそうなリーゼの弁解。

 広げて気付いた事なのだが、上の服は腰の辺りにくびれでもなければ着れない様な小ささ。

 筋骨隆々と言う訳ではないが、女の身体と言うには鍛えすぎた自分の身体では多分、入らない。

 その上を考慮して、自分が何をするのか分かってルドが渡したのだと気付いた時、どうしようか迷いもしたモノの、リーゼにアイカを返し、この場で着替えようとする。

 だが、前にもこんな事があったな、と言う科白を思い浮かべながら聞いたのはリーゼの抗議が聞こえた。

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいレイド様っ!」

「なんだ・・・」

 鬱陶しく感じ、声色を低くして文句を付けるのだが、そう言う事柄に関しては譲るつもりは無いらしく、まるで子供を叱る様にして窘められてしまう。

 その様子を見ていたからか。しかし内容を聞けばそうではないらしい、男はおずおずと似合わない怯えた様子で口を挟む。

「あのぉ・・・もしかしてガ・レイド様ですか?」

「違うと言った覚えは無いな」

「レイド様、もしかしてリスキィに変な事をされたのでは?」

「声を掛けて、間違われはしたな。サリーナ、だったか?」

「リスキィ。今度ばかりはその女癖の悪さは直して貰わないとなぁ」

「す、すみません・・・。多分、以後きをつけ・・」

「た・ぶ・ん?」

「い、いえっ! 金輪際無いように気を付けますっ!!」

 多分、主従関係ではないにしろ、リスキィと言う男はリーゼに弱いのだろう。直立不動で敬礼をしながら「やってしまった」と言う表情。

 対してリーゼと言えば、やれやれと溜息を吐きながら自分を着替えさせる為にどこぞの部屋へと案内してくれる。

 その間も、理由は分からないがこの後、会議でもあるのだろう。自分と男を連れて歩き、抱いているアイカを起こさぬ様、低い声で何度もお小言をこぼしている。

「じゃ、ここで着替えてください。外で待っていますので」

「分かった」

 言われるままに通された部屋は自分が寝泊まりしていたのとは別の客室。感想と言えば、やはり鬱陶しい程、調度品が揃った部屋と言う以外に言葉を使う気にもならない。

 そして服を着直し、やはりと嘆息してから腹の辺りの布をスカートのスリットの様に破く。

 ビリビリと小気味よい音がして、動きやすくはなった。

 しかしこの服をわざわざ選んで渡したルドには後でどういう文句を言おうかと、何処か楽しみながら考えた所で外の声に気付く。

 リーゼと男の会話の声が大きくなり、どことなく口喧嘩をしている様な様子。

「五月蠅いぞ」

 しかしドアを開き、一番最初に動いたのは自分の足下への昼間と同じ感触。

 もっとも前回と同じで怯えた風ではなく、いつもの事だと言わんばかりに笑顔のアイカがそこには居た。

「どうした」

 だからしゃがんでそう聞いてやるが、服装が替わったからか。

 しばしじっと見つめられていたのだが、どうやら気に入ってくれたらしい。

「れいど、かっこいい」

「ありがとな」

 熟睡していた筈なのに、もう眠気は吹っ飛んでいるらしい元気な表情だ。

 しかし、その表情にさらに元気がともるのは、言い争いと言うか、一方的に言っているリーゼと言われている男との姿が原因。

「ママとね、ふりーてすはね、いっつもあーなんだよ」

「フリーテス?」

「いろおとこだって、パパとママがいってた」

 口ではなく手で抱いて欲しいとせがまれたので、そのまま抱き上げ様子を見るが、確かに男の方は色男と言ってもさしつかえのない容姿だ。

 しかし、リーゼの性格からして、子供にそう言った言葉を教えそうにはとてもではないが見えない所を見ると、旦那の方に吹き込まれたのだろう。

 気難しい訳ではないが、何処か潔癖性な部分を持っているリーゼを上手くコントロール出来る、のらりくらりとした男なのかもしれない。

「お前のお父さんは、どんな人だ?」

「パパ?」

「ああ」

「んーとねぇ・・・。おっきくて、優しくて、いっつも笑ってるヒトー」

「そうか」

 撫でてやるモノの、何に対して誉められているのかよく分かっていないのだろう。

 自分とて、分からないのだから当たり前ではある。

 そして漸く口論と言うか、説教が終わりを告げる事、見計らった様に姿を現した男はいつもの調子ではなかった。

「統一郎か? どーした、んな元気無い顔してさ」

「いえ、少々問題事を抱えてしまって。どーすればいーのやら」

 力無い笑い等、殆ど浮かべる事のない彼がそう言った顔をしていると言う事は、余程の事があったらしい。

 身体の節々の動きが何処かぎこちないのは、傷でも負っているのか。それとも疲れ切っているのか。

 どちらにしろ、訳を聞けばそれなりに面白い話しになる事は違いない。

「リーゼ」

「は、はい? 何でしょうか」

「そろそろ、アイカを家に連れ帰ってやれ。夜になるとあまり良くは無い」

「分かりました」

 どういう風に受け取ったのかは知らないが、伝えようとしていた事の半分でも伝われば十分。

 ルドの姿。

 それを見るだけで、説明など不用かも知れないが。

「れいどー、またねー」

「ああ、またな」

 最後まで手を振ってリーゼに連れ帰られる少女の姿は、やがて見えなくなり、廊下には沈黙が流れる。

 フリーテスと言う男も、こういう場合は聞き難いのか。自分に話している様に、ずけずけとモノを言えば良いのにとは思うがそうは行かないらしい。

「密談に丁度良い部屋はないのか」

「み、密談ねぇ・・・。こっちだ」

「ルド。お前も来い」

「僕はちょっと今つかれ・・・」

「どうせあの少年がらみだろうが」

「・・・・・」

「?」

 一人だけのけ者にする形で、会話は終わってしまうが、今はこれだけで良いのだ。

 案内される部屋まで、ただの一言も喋らない自分たちを不快に思っているフリーテスの姿はもどかしそうで楽しくはあった







「ここなら誰にも話は聞かれないさ。で、なんですか?」

「丁寧語なら要らん」

「あ、さいですか」

 案内されたのはメイド達の寄り合い所と言うか、休憩場所なのだろう。休み時間だった五、六人のメイド達を一人で説得したのはフリーテス。

 余程顔を知られている上に、人気者なのだろう。黄色い声をあげながら去って行ったかしましい女達の姿ももう此処には無い。

「で、あの少年とか、何のこった? 朝、誰かと出かけた事と関係あんのか?」

「ええ。イザベルとフェルトと、その少年と一緒に城下町の宿屋までね」

「何の用事でぇ。これでも待たせてたか?」

「違いますよ。弟子に会いに行っただけです」

 しかしフリーテスに小指を立てられ冗談を言われても、その表情が変わる事はない。

 察するに、頭の中に浮かんでいる言葉は「信じられない」と言う一言であろう。

 元々、話し合いや口論と言った、言葉だけでの争い事なら彼は負けた事がないのだ。初めての敗北でもないとは思えるが、余程の事を言われたらしい。

 そして徐々に思考を巡らせ考えを纏めているフリーテスの雰囲気は、どことなくから、ルドと酷似しているになる。

「イザベルと、フェルトはどうした」

「イザベルは、少し仕事を頼んで今日は帰って来ません」

「じゃあフェルトは」

「・・・・・・」

「言いにくいなら訪ね方を変えてやる。フェルトは「何処」だ」

「さぁ」

 しかし、どちらも結局の所、冷静で居られない自体になっているらしい。

 ルドが「さぁ」と呟いた途端、フリーテスの雰囲気が豹変するのに数瞬も掛からないのだ。

 それでも耐えている理由は、彼と言う、ルドと言う男をよく知っているから。

「その少年に連れ去られでもしたとか言う気じゃないだろうな」

 だから少しでも気を紛らわそうと、お得意の冗談を言ったつもりだったのだろう。

 ただ、それが図星だとは思わず、ルドからの反応は一切返ってこない。

「笑えない冗談だ」

「ええ、私もそう思います」

「誰だよそのガキは、仮にもあんたは剣闘師なんだろ?
 何処の馬の骨とも分からないガキ相手に指くわえて見てたってのかっ!!!」

「僕だって止めはしましたよ」

「ふざけんなっ! てめぇジハードでも相手にしてた訳じゃないんだろうがっ!」

「六帝すら恐れた相手にどうしろって言うんですか!!」

「!?」

 しかし、自分が散々取り乱している割に、ルドが声を荒げた所は初めて見たらしい。

 多分ルドはそのフェルトとやらを連れ去られた時の事でも思い出しているのだろう。

 彼の表情は久しくお目にかかれなかった、顔面蒼白と言う奴だ。

 だが気付かなかった事が一つ。

 思い出したから、青い顔になっているのではなく、もう一つ理由があった様だ。

 本人は隠していたいのだろうが、あまり時間を要している余裕は無いだろう。

 何か言いたげに、それでも上手く纏まらない思考を何とか束ねようとしているフリーテスを押しのけ、ルドの背後にゆっくりと回り込もうとした。

 だが手近な目的のモノは無く、かといって自分の「それ」を破るのも癪。

「フリーテス、だったか」

「な、なんだよ」

「上着を脱げ」

「はぁ?」

「良いからさっさと脱げ」

「脱げって・・・言われてもさ」

 だからフリーテスにそう言ったのだが、何の説明もなく服を脱げと言われても理解に苦しむのだろう。

 頭を下げるのは自分ではなく本来ルドの筈。だから多少強引かと思ったが、殺気を放ちながら言う。

「叩っ斬るぞ」

「な、なんだってんだコンチクショーめっ・・・・」

「初めから素直に従えば良いんだ」

「ほらよっ、これで良いのかぁあ!?」

 投げやりで、涙目になっている所を見ると余程怖かったらしい。

 所詮、人間と言うか、優男と言うか。やはりルドと雰囲気が似ている所で可愛いモノである。

 上着を受け取って直ぐ、それを引きちぎり手頃な長さにし、もしかしたらもう気付いているのかもしれないが、ルドに言ってやった。

「強がるのも良いが、出血多量で死んだとあらば伝説に泥を塗る事になるぞ」

「あ? え、しゅ、出血?」

 反応は返らず、知らなかったのだろう。そう言う事にかけて自信があったらしいフリーテスの目の色が変わる。

 一方ルドと言えば、血の匂いを魔導で消してまで隠そうとした自分の傷は余程触れられ無くなかった事なのか、顔に感情らしい色が表れる。

 彼が常に灯し続けていた、苦笑と言う灰色の感情以外の想いが。

「普通、分からないんですけどね」

「どうせなら顔色を化粧でもして隠して置くべきだったな」

「お化粧、ですか・・・・。貴方からそんな言葉を聞くとは想いませんでした」

 自分から上着を脱ぐ気は無いらしく、そう言う部分が彼の本来の意固地な部分を現している。

 だからまるでハサミで切る様に手で服を無理矢理剥ぎ取り、傷痕を露出させ、そこで想わぬモノを目にした自分の表情は、いったいどんなだっただろうか。

「お、おい・・・。これは、傷、なのか?」

「そうらしいですね。ただ付け加えるとすれば、緋色の瞬光と、同じ傷だそうです」

 そして、まるで後頭部をなぐられた時の様な衝撃が身体の中を駆け抜け、力無くその場にへたり込みそうになる。

 一度見た事のある傷だったからこそ、ではない。

 再びそれを目にする事になるとは想わなかったのだ。

 どれだけ嫌っても、嫌いきれなかった彼の中に、誰かの幻影を見ていたから。

 それが、彼の言った二つ名の、虚空と言う自分の家族だった、死肉すら喰らい共に居たかったと願う女と同じ雰囲気だと気付いたのは、いまだ。

「幻鏡城(ミラージュパレス)を天空に出現させたり
 それを異相空間に安定させたりそれらを一瞬に構築出来る力よりも・・・・
 僕に取ってはこれが一番驚きですよ。
 何せ、この世界にこんな術があったんですから」

「お前が知らない術だってーのかよ・・・」

「魔導神なんて二つ名が聞いて呆れますよね。
 死に至る呪いじゃないと言われてもまだ、こんなに震えているんですから」

 震えが止まらない理由は、よく分かる。

 死にたくないと言う気持ちは誰しも持っている者。

 自分と、ルシエドと、彼と言う男の三人ともう一人。

 その四人で、六帝の残り四人をうち倒そうとしていた時も、彼だけは生に異常なまでの執着心を持っていたのかもしれない。

 いつも隠しているその表情の下で、誰よりも強く願っていたのだ。

 生きていたい。

 奴らを殺したい。

 世界を、誰かの支配下に置かせたくない。

 何より、誰もが笑っていられる世界であって欲しい。

 それをひた隠しにしていたのは、恥ずかしさだけではないのだろう。

 伺い知れる事のない、深い事情、だろうか。

「とにかく、止血はさせて貰う」

「ほっといても死にはしませんよ。今日一晩寝れば大丈夫だそう・・・」

「見てる此方が耐えきれないからだ」

 ずくずくと脈打ち、今でも血を流しているのだが、それが途中で塵と成って消えゆく傷など、他には無いだろう。

 永遠に癒えず、耐える事無く血を流し続け、やがて身体が石へと変化してしまう呪いなのだ。

 例え、大丈夫だと言われても言った通り、見ている自分がいたたまれなくなってしい、ルドの意見など知った事ではないと言う風に、しばる様にして止血処理を施し傷口を広げない程度に叩いてやる。

「い、痛いんですって・・・」

「男だろうが。我慢しろ」

「そんな無茶苦茶な」

 無論、傷に響く鈍痛がどれほど痛いモノなのか位は想像が出来る。

 無数の傷痕と、戦いの中である生と死の境界線を何度も行き来してきたのだ。

 彼以上に前戦に立ち、無駄な血も、自他共に関係なく名がし続けた日々もあったのだ。

 だから、笑ってしまうのかもしれない。

「何が可笑しいんですか・・・」

「いや、な」

「?」

 堪えようとしても、喉の奥から出てくる笑みは堪えきれるモノではなく、自ずと表に現れこの場に不釣り合いな声が響いてゆく。

 頭の中にあった言葉は、変わっていないと言う一言のみ。

 無論、恨めしそうに此方を見あげるルドの顔も滅多に見られるモノではなく、面白くはあるのだが、その原因を作った、あの少年。

 泣いて、崩れおちる様に寝てしまったあの時からかもしれない。

 朧気に見える、遥かな過去の記憶が、そう告げているのだ。

 どんな人物かもまだよく分かっていない。

 どうして自分が泣いてしまったのかも、理由が分かるが、何故あの少年に言われ涙を流したのかが分からない。

 暖かみも、忘れていた筈の心を呼び覚ました、その真意。

 それら全てが分からず、分かっている事と言えば、ルドや、自分よりも遥かに強いと言う事と、変わっていないと言う自分の記憶が告げる言葉だけ。

 それがおかしくて、仕方がないのだ。

「まったく、今日は散々な日ですよ。今まで生きてて最悪な一日ですね」

「ふふふっ。どうせ自業自得だろうが。フリーテス」

「?」

「そのフェルトとか言う奴が私が探し出す。これで良いか?」

「あ? あ、ああ・・・あんたがやってくれるんなら、色々と助かるが・・・」

「信じられない、か?」

「そう、じゃないさ。ただ、なぁ」

「理由は服の詫びだ。借りを作ったままでいい気分じゃない」

「そう、なのか」

 一人、不満顔になっているルドと、方や何の事やらさっぱり分からないのだろう。フリーテスの顔には明らかな疑惑と言うか、憤りと困惑の入り交じった様な表情がある。

 その一方でやはり自分の、一閃の雷光と言う二つ名に信頼を置いている為か。そう言った情報の出所であるルドには感謝しても良いと想うが、無駄な事を喋りすぎだと想う所も本音。

「ルシエドは今、何処に居る」

「リーゼの家ですよ。行くんなら案内しましょうか?」

「そんなに傷に塩を塗られたいのかお前は」

「謹んでご辞退申し上げますよ。迷子になっても知りませんからね」

 だから少々手厳しい事を言ってやるのだが、もう本来の彼の持ち味を取り戻したらしい。

 つくづく、かわいげの無い男共に自分は縁があるらしいと、また笑い、部屋のドアに向かうだけ。

「家の場所は知っているんですか?」

 だが、分からないと想っているのだろう。

 そう言う部分が、一番知っている様で、知らないと言う、ルドの証拠。

「ルシエドが居るなら分かる。あいつは、私と違っていつも笑っているからな」

 ノブを廻し外に出て、冷たい空気が自分を包むのが分かる。

 戦場でも、暖かい家庭でも、喧噪渦巻く街や酒場でもない、場所。

 静寂が取り巻き、何処までも澄んだ空気は、様々な残り香が漂い、ここは鬱陶しい程に嫌いな匂いが多い様子。

 その中でルシエドの通った後を探るのは案外簡単な事なのだ。

 出合った時、彼女は自分と同じく泣いていた。

 けどその次の日から見せた笑みは、何処までも純粋に、自分を励まそうと、負けない様にと必死だったのだ。

 それがもし、無理をして笑っているだけの仮面であれば、自分は卑屈なまでに拒絶しなかったのかもしれない。

「にへらと笑う、お前が羨ましいさ」

 だが今ならば、それが受け入れられる。

 だから行って、遅めのご相伴にでも付き合わせてやろうと言うのが、今の考えだ。

 だから想ったら即、行動と言う、本来ネガティブな性格が、楽天的になれたのかもしれない。

 だから、今は笑っていられるのだ。

 例え誰にも見られない微笑だとしても、そうする事で、自分の過去も認められる様だから。

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