一つ目の街では、ろくな手掛かりは無く、皇都を出た時と何ら変わらない状況だけが続く。

 二つ目の街でも、同じ。

 三つ目も、四つ目を通り過ぎても相変わらずそれだけは確かに感じ取れた。

 即ち、匂い。

 物理的な、犬が感じる様なそれではなく、まるで自分にだけ示している様な道しるべにさえ思えるそれは、何処までも地平の先へと続くだけ。

 最も、本当に自分だけに残し、指し示される道なのかどうかは怪しいモノ。

 まだあの少年を信用して良いのか悪いのかが判断出来ないのだ。

 どちらにしろ「連れさらった」と言う事は変わりない上に、自分の記憶の奥底に眠る何かが気まぐれな人物だと告げているのだ。

 そして五つ目の街で、その匂いも途切れ、手掛かりは無くなる。

 情報を集めても気になった事など何も無い。

 どうやら有名な盗賊団とやらが近くに潜伏していると言うらしく、街の中ではその克明な情報を得ようと噂やデマが飛び交うばかりでそれどころではないらしいのだ。

 統括の出来ていない、陳腐な国。

 それが、西側に対する第一印象。

 もし自分が森から出て、暮らして居るだけで何を言われたのか分かったモノではないと言うのが正直な感想だろう。

 他人に責任を押しつけるだけで、恐れ怯える事だけがまるで自分の仕事だと言わんばかりの人間しか居ないのだから。

 目に映る人々は全てそれ。

 僅かに留まった、子供が大人を脅し、今日と言う日を食いつなぐ少々の稼ぎを喜ぶ顔だけがやけに生き生きして見えるのだ。

 だがある意味、それで良いのかもしれない、とも思う。

 大人達に感化されず、自分の意志を持ち、殺さずを貫いているのだ。

 鮮やかな手並みは、教えられたモノではなく自ら望み手に入れた技術。

 この街か、それともこの国でしか生きられない子供達。

 だが未来を担う彼らだからこそ、逃げもせずに此処に居るのならそれで良い。

「困ったな・・・」

 しかし所詮、それが現実逃避だと思ったのは今。

 空はどんよりと曇り、雨音が近づいてくる様だった。





































アナザー・ナイン・ファンタジー■ACT:DARKNESS VOICE





































 手持ちの金も無く、かと言って宿に泊まる必要は自分にはない。

 情報を集めるにも得意分野でないのだから仕方ないと言えば仕方ないのだろう。

 一人、置き去りにされ自分の脚で帰ったのなら良いが、この街で女の子一人が生きるには多少なりと捨てなければならないモノが幾つかある。

 どう言った、人物なのかはよくは知らない。

 言葉通りのお姫さまであれば、無理な話しだろう。

 辛うじて希望が持てるのは、ルシエドが友人だと言った事。

 良くも悪くも、逞しい相手でなければ彼女は「友人」とは言わないのだ。

「・・・・降ってくる、か」

 皇都とは違う街並み。

 異国情緒、とでも言うのだろう。五階建ての、屋敷か、それとも集合住宅なのか。

 壁の様に空を遮り、道の向こう側に見える僅かな空だけで雨の匂いが分かる。

 子供達もそれを知っているのか。

 走りながら笑っている姿は、活き活きとしていた。

「お隣、よろしいですか?」

「?」

 雨宿りしようとした、住宅の玄関であろう、軒下。

 声を掛けられるまで気付かなかったのは、自分の不注意だったのだろうか。

 そう思わせる程、声の主の気配は虚ろだった。

 だが顔を見た途端、息を飲んだのは、流石に失礼だろう。

「構わん・・・」

「ありがとう御座います」

 背は自分ほどと同じく、服装は無論違うが、とても女性と言う風には見えない薄汚れたローブを纏った、魔導士にも見えなくない。

 しかしそれを否定する様に手に持つは、銀色のたて琴。

 それと同じくして、色を合わせたのだろうか。ハッキリと分かるのは、彼女の片目は完全な銀色一色だと言う事。

 しかしもう片方の目も包帯で覆い隠す様にしているのでは、全く何も見えないのだろう。

「やっぱり、気味が悪いですか?」

「いや。そうじゃない」

 女の言った通り、常人であれば、姿だけで判断して、気味が悪いと言う結論に辿り着く。

 ただ自分が見抜いたのは彼女の奥底に眠る、と言うより封じて居る強さ。

 それと傷、だろうか。

 声は明るく、目が見えるモノと話しているのとなんら変わらないのだろうが、痛みを知る者でなければ出せない、優しさがあった。

「その銀色の目で、見えるのかと思ってな」

「いえ、何も見えませんよ。これは、私の宝物なんです」

 そう言い、銀色の義眼に手をやり、撫でる様にして微笑む様は、気味が悪いと言う自嘲とは正反対に、何処か聖母すら思わせる節すらある。

 悔やむべきは、盲目と言う事だろう。よく見れば、薄汚れたローブは泥だけではなく血の滲んだ跡すらある。

「つまらぬ事を聞いた。詫びよう」

「あら、つまらない事ですか? 私には大切な事なんですけど」

「そ、れは・・・」

「冗談、ですよ。気になさらないでください」

 そして何より、目が見えていないと言うハンデを背負いながらも、昔の自分とは違い彼女は笑えるのだ。

 傷の大小の問題ではなく、それが彼女の強さ。

 静かすぎる雨音だけが僅かに響く、まるで霞の様な霧雨。

 その中で沈黙が流れ、嫌な間、だと思った事を悟られたのだろうか。

 見えている筈のない、銀の瞳を此方に向け、また口を開く。

「お名前、聞いても宜しいでしょうか」

「何故だ」

「お強いんでしょう?」

「・・・・」

「私はレイチェル・コーシュ。しがない吟遊詩人、と言えれば良いのですが。
 ただの浮浪者のなれの果てです」

「・・・・それも」

「?」

「冗談か?」

「あはははは!」

 そして笑う顔は、本当に楽しそうだった。

 もし、出合う場と、時が違ったのなら。

 全てが、この戦争と呼べるかも分からない代物が終わった後で出逢えたならば素直に自分も笑えただろう。

 だが彼女は、見抜いた。

 理由は分からないが、音もなく柄に手を当てた筈のそれに、気付いているのだ。

 視線は元から存在せず、肌でそれを感じ取ったならば相当の手練れ。

 そのどちらでもないと言う確信があったのは、彼女の気配その物がまるで広がった様に自分を突き抜けたのだ。

 同時に思い出したのは、まるであの少年と出会った時と、酷似した感覚。

「名前を教えていただけませんか」

「何故拘る」

「そう、ですねぇ・・・あなたなら、あの黒い雷光(ブラックスパーク)の詩の様に
 私にも良い詩を書かせてくれそうだからです」

「・・・・」

 そして信用しろとばかりにその場に座り、法僧の様に動かず、それが彼女のスタンスなのだろうとは思うが、同時に不器用と、思ってしまった所で自分が思うべき言葉ではないとまた笑えて来る。

 だが履き違えていた認識と、彼女の言った自分の二つ名に、再び笑みを浮かべ思う。

 無知と、目が見えない故の、間違いなのだろう。

 少なくとも自分の二つ名を、黒い雷光と言うからには最低限、腰にあるまるで黒刀身の様な剣を知っている筈なのだから。

「レイドだ」

「レイド様、ですね」

「ああ。本来は頭に「ガ」が付くがな。レイドで良い」

「ガ、、レイド? ・・・・!!」

 それでも名前は知っているらしく、口を開けて驚く様子は面白かったが、銀色の義眼も同じ様な光を讃え、まるで意思を持った様に揺らめく表情は、例え不釣り合いな格好をしていても己のモノにしてしまうだけの許容がある。

「まさか、本物に出逢えるとは思いませんでした。今日は良い日ですね」

「雨だがな」

「晴れた、とは言ってませんよ」

 知った上で反応を変えないのも、その所為。

 ただ気になるのは、彼女の服の汚れに血があると言う事。

 それこそ僅かなモノ、だ。

 常人ならば間違いなく泥と見分けが付かぬ程の、小さな斑点。

 返り血を浴びたにしては少なすぎ、同時に血溜まりを踏んで跳ねたそれであるならば上過ぎる。

 もっとも、それを聞くべきではないのだろう。

 せめて今は、自分と話している時はそう言った事を忘れて欲しい。

「私の職業は知っている様子だな。では、お前の本当の仕事を聞かせてくれ」

 だからそう言い、自分も後ろのドアにもたれ掛かりながら言った。

 民家だと思っていたが、空き家であるそのドアは冷たく、生活の匂いよりも埃のそれが強い。

 ただ、返ってきた声は暖かみを帯びている事に満足出来るのだ。

 内容は少々、破綻している様に思えたが。

「お教えしたい、のはやまやまなんですけど・・・」

「いや、言いたくないのなら無理には聞かん」

「記憶喪失、らしいんですよ。まいっちゃいますよね」

「・・・・」

 明るい声。

 底抜けに、気にしていない、訳ではないのだろうが、お手上げと言うポーズを取って、笑っている表情までも明るい。

「一年前、くらいですか。
 なんか何処かの街で気が付いた時には名前以外、記憶が全部なかったんです。
 それで仕方ないと思いまして、楽器も持っていた事ですし、吟遊詩人をと」

 話し方も背負っているのではなく、ただ、それと付き合っているだけ、と言う風。

「だから多分、吟遊詩人なんですよ」

「気楽、だな」

「そうでもなきゃやってられませんって」

 だからこんなにも、笑えるのかと言う程、彼女も笑う。

 どんな人生を送って来たのだろうか。

 過去にどれほどの未練があっただろうか。

 断ち切る事など不可能。

 失ったモノを欲しがるのは、心と言うプロセスなのだ。

 それでも、前向きに生きている彼女は、輝いてさえ見える。

 だが気付いて、見えてしまうのが、自分の力。

 手で撫でる様にしてたて琴を触っている肌の傷つき方が、異常なのだ。

 指と指の間にある傷痕。

 弦楽器を扱うのなら、指先が固くなると言うのは聞いた事があるが、失敗しても指の間を傷つける様な事は無い筈。

 そもそも、楽器を扱う者なのであれば、傷つく筈の無い場所なのだ。

 そして、何を扱えばそんなにも傷つくのかを、自分は知っている。

「・・・・」

「どうかなさいましたか?」

「いや・・・」

 言うべきか。

 記憶を失って初めて分かる、共通点かもしれない。

 どんな些細な事でも、自分は今、聞きたい。

 いったい自分がどんな人物だったのか。

 誰かを愛した事はあるのか。

 誰を傷つけ、何をして生きていたのか。

 それらは言わなくても、いずれ誰かが告げる事になるやもしれず、自分で思い出すかもしれない事。

 痛みが伴うかもしれない。

 伴わないかもしれない。

 それはどんな痛みなのか。

 単なる頭痛で済めば良いが、それが自分の様に過ちを繰り返すだけの過去なのであれば、激痛を伴うだろう。

 産みの苦しみとは、よく言ったモノだとも思い、それが違うモノとも分かる。

 しかし、よほど分かり易いのだろう。

 目が見えない筈の彼女にすら、自分の苦悶の顔は分かるらしい。

「やっぱり変ですよ。レイドさん」

「そんなに、か?」

「もうかまってくれーって泣いてる子供みたいですね」

「・・・・子供か」

 分かり易い例えだとも思い、かつ初対面の、それ程時間が経っていないにも関わらず平然と言える言葉でもないだろう。

 笑ったままの顔。

 同情の色など、一切無い。

 ただ分かる、けど違うと諭される様な言葉は痛くも、同時に暖かくもあったのだ。

 だから、言おうとした。

 口を開き、喉の奥が震えるのが分かっていても。

 だが何時までもその言葉は突っかかったまま、出て来る気配すらない。

 それが悔しかったからなのか。

 また、悟られる。

「レイドさん」

「・・・なん、だ」

「悔しい時って、言いたい事言えるチャンスにしなきゃ損です」

「ずいぶんと・・・簡単に言うな」

「簡単だから言えるんじゃないですか。何処か難しいですか?」

「それぞれ・・・、と言いたい所だな」

 それを苦笑で返し、言葉を飲み込みたかった。

 知らせる事が辛かった。

 傷ついて欲しくないと、思って居た。

 誰が、分かるだろうか。

 いや、その時になってみないと分からないのだろう。

 真剣な、眼差しの筈だ。

 瞳があり、何かが、欠片であれ映っている瞳であれば。

 しかしまるで人形ですら無い、と言っている様な銀色の義眼は、死すらも跳ね返してしまう、禍々しさと強さを宿す。

 これが、気味悪がられると、彼女は気にしているのだろう。

 だから宝物だと言った理由も、長く生きた自分だから理解出来る。

「それぞれの強さは分かります。
 けど、弱さも誰もが同じなんて、変じゃないですか?」

「聞く覚悟があると、言いたいのか」

「もちろんですよ。何をやっていたかは忘れてしまいました。
 けど、何を背負うべきかは分かっていますから」

 彼女の義眼は、罪と言う名の刃なのだ。

 宝物ではなく、業と言う名の背負わなければ償えぬ、理不尽な存在。

 背負う事を初めから止めてしまえば、苦しむ事も無く、知らずに生きてけるだろう。

 この街の住人の様に、誰かに責任を擦り付ければ生きる事など簡単なのだ。

 だがあえて精一杯、を貫くのは強さではなく、単に意地っ張りなだけ。

 それが、自分の意見。

 だから迷っていたモノの。

 言うべきではないだろうと分かっていたが、あえて言う事を選ぶ。

 彼女が望んだ事だからと言う、理由をかこつけて。

「ナイフだ」

「ナイフ、ですか」

「ああ。
 それも、曲芸にすら見えてしまう程、腕の良いナイフ投げがお前の特技の筈だ」

「・・・・。けど、そんな感じしませんけど」

「そうだろうな。指と指の間にそんな深いキズアトがある奴は、そう言うのさ」

 血みどろの道で、生活の一部として、何より殺す事ではなく弄ぶ事。つまりは拷問する様な行為にかけて一流でなければ、そこまで深く、傷つかない筈の痕。

 普通であれば、まともにモノすらも握れない筈の指に神経が通っているのだ。

 異常である事すら平然と受け入れてしまうだけの強さ。

 それに支配されず、使役してしまうだけの強さ。

 幾度となく失敗し続けた結果、神経すら自分の意志で繋ぎ治す程の制御力がなければ、そんなキズが出来ることは無いのだ。

 同時に一生、背負わなければならない義眼の罪と同じく、痛みを感じないと言う、償いを背負わなければならないだろう。

 斬られ慣れすると言う事は、本来有り得ない構造なのだ。

 多分今ここで、彼女の指を切り落とした所で何も感じないだろう。

 動かせ、感触もあり、確かにそこに存在している筈なのに存在しないモノなのだ。

 まるで彼女が見る事の出来ない、見える世界と同様に。

 それを昔、狂っていると表現した誰か。

 記憶の中、自分の知らない「自分」と関わりがあった、あの少年だろう。

 ただ、皮肉って言って居た様な気がするのは確かだ。

 苦笑する訳でもなく、嘲笑している訳でもない。

 ただ、あの少年は後戻りできない道だから楽しいのだと言う様、笑っていた気がする。

「ナイフーナイフー・・・。もし楽器より上手だったら・・・・・。
 ピエロでもやってる方が食いブチ稼ぎやすいかもですよね」

「そんな下手なのか?」

「け、結構辛いですよ今の・・・」

「そうか、すまん」

 それと同じく、今の彼女も、苦笑しながらもやがてそれは微笑みに変わるだけの元気は持っているのだろう。

 だが、それで隠しているつもりなのだろうか。

 つくづく、この相手の何かを見抜く術に懸けて、自分は長けているらしい。

 煩わしい事など、ついこの間までは無かった。

 森でただ一人生きて、生き長らえて、たまに来る珍客は皆が皆、自分の命を狙う者達。

 そう言ったモノを相手にするのであれば、殺す事に付け足すスパイスになったろう。

 だが今の自分は、相手の弱みが見えるだけの、目敏い嫌な奴でしかない。

 楽器よりも上手かったら。

 そう言い沈黙した彼女は、間違いなく記憶の断片を思い出している筈。

 声が震えている訳でもない。

 流せぬ涙の代わりに、何かで泣いている訳でもない。

 心がざわめき、悲鳴を上げているのだ。

 呪っている、とでも言うのだろうか。

 自分でも、他人でも、運命でも生きている事でも死んでいない事にでもない。

 ただ、言葉にならない、嘘の呪詛を紡ぎ出すのだ。

 義眼だけはそれが現れてしまうらしく、逆に綺麗に輝いて見えるのは皮肉なのだろう。

 明るく振る舞えば振る舞う程、傷つけられたのかもしれない。

 過去を思い出し、それを胸に留め痛みに耐える事で、周りだけが癒されていたのかもしれない。

 幸せにはなれない。

 そんな言葉も言われたのかもしれない彼女の過去は、いったいどんなだったのだろうか。

 覚悟は出来ていると自分に告げ、それでも耐えきれない叫び声は、彼女の美しさを際立たせる材料にしかならない。

 それが哀しくて、彼女は笑っているのだろうか。

「良いですけどね。レイドさんの為に作る詩が出来たら、聞いて判断して貰います」

「また、逢えるのか?」

 だから一緒に来ないか。

 そんな言葉が頭を掠め、言い出しそうになる。

 しかしこれ以上言った所で、気休めの慰めにすらならない、ただの気障な科白。

 弱い部分を見せてくれた意味を考えずに、言ってはならない言葉。

 同時に、自分に取っても戒めの言葉。

 二度、過ちを繰り返す訳にはいかないのだ。

 目の前のレイチェルと言う女も、昔自分が守れなかった虚空と言う女も、一人で生きる事を望んでいるだけなのだ。

 独り立ちなどではなく、孤独を噛み締めたい訳でもない。

 ただ、一人、自分になりたいのだ。

 それを邪魔する事は、本来誰にも出来ない事なのだろうが、自分の様な見抜き、優しい言葉をかけられるだけの技量を持った者と出合った時、不幸が生まれる。

 幸せも不幸も、両方共を分かち合える友ならば良いだろう。

 だがそこにあるのは、まやかしと言う虚構に彩られた見えない、存在する事のない絆。

 やがて薄れ、消えてしまうだけのそれでは、双方ともただ、のたれ死ぬ結果しかないのだ。

 不幸でも、それでも満足出来るのなら良い。

 そう思いたい事が、あったから。

 幸せで満足出来たらどんなに良いだろうかと、考えてしまうのかもしれない。

「多分、酒場ででもばったり逢うんじゃないですか。
 そんな気がしますよ」

「飲むだけじゃなく、その時は謡っているんだろうな?」

「モチロンでしょう。私はナイフも「仕える」吟遊詩人ですから」

 無論、それすらありもしないモノだと、分かり切っている。

 幸せで満足出来る時があるとすれば、それは全てをやり終え、死ぬ瞬間のみ。

 幸せだから、また別の幸せを願ってしまう。

 留まる事のない欲望と欲求が、心を保つモノの一つなのだ。

 そうしなければただ生きているだけの、屍になってしまう。

 そうなって、欲しくはない。

 だから、思い出した別れの言葉を言うのだ。

 遥か彼方の時、あの少年が口にした一言を。

「レイチェル」

「なんですか?」

「もしも・・・だ。お前が自分の力を憎んで、誰かを殺したくなったのなら・・・
 私を真っ先に殺しに来い」

「・・・・・」

 ショック、だった。

 昔言われた時は、その言葉の意味が分からずに。

 まだ思い出せない少年と自分の関係。

 男と女ですらなく、親と子ですらない。

 旅をして、いたのか。

 溢れそうになる涙を堪え、永い時を共に過ごした日々の欠片を垣間見る。

 だから、ショックだった。

 だが今なら少しは、理解出来たのかもしれない。

 自分が関わった相手だからこそ、誰を巻き込む前に、自分を見て願わくば思い出して欲しいと言う事、なのだろう。

 そう思い、口にした言葉。

 しかし真剣に受け止めた彼女は驚きを露わにし、少しだけ笑ってから言ったのだ。

「それ昔、誰かが言った一言、ですよね」

「ああ。お前も・・・、紅と、逢ったのか?」

「多分、です。少しだけ悩みの種だった言葉ですから、よく覚えてるんですよ」

「神出鬼没だな、あの少年は」

 自分だけに関わった相手ではない。

 分かっては居たモノの、何故か寂しさが自分の胸の中にあった。

 子供が、お気に入りの玩具を誰かと共有する時。

 独占欲が強いと、こういう感情を覚えるのかもしれない。

 だが続く言葉は、少しだけ、笑わせてくれる。

「あと、ですねぇ」

「なんだ?」

「多分、です。違うと思いますよ。自分を見て欲しいって言うのは」

「・・・・そう、なのか?」

 まるで自分の心を文字通り読み取った如く言い当てた彼女は、見えない視界で、別の何かを間違いなく見ている。

「私のは、自分が巻いた種だから責任も取る、って事なんだろうと思いました。
 けど最近、それも違うのかなって」

 目が見えないから、世界が見えない訳ではない。

 それはごく自然な、当たり前の事なのかも知れない。

 だが今まで気付かなかった自分に取って、やはり彼女は輝いて映ったろう。

「それにあの少年、私の時は青年だったと思います。
 紅さんは言った時に、笑ってたでしょ?」

「ああ。よく笑う奴だと思った、さ」

 禍々しさを身に纏い、それすらもナイフと同じく「仕える」モノにしてしまうのだ。

 忌み嫌われるモノに取って、彼女は何よりも自分と同じで、そして美しい女神。

「だから多分、別の何かを殺してって、頼んだんじゃないかと、今は思ってます」

「あれだけ強くて、か?」

「強いから、でしょ?」

 笑っているから、義眼はよりいっそう、彼女を虚ろな者を招き寄せようとする。

 だが本当の、義眼が輝く理由が分かった時に。

 自分すらも分からない事なのだが、何か抱く所があるのならば、彼女に言って欲しいと思うのだ。

 もう背負わなくて良いんじゃないか、と。

 償いは終わったんだ、と。

 今度は自分の為に生きてくれ、と。

「強いから、か・・・・」

 口の中で唱え直す言葉は、彼女にしか出せない答え。

 自分とは違う考え方。

 だから背負うモノも、辿る道も違う。

 同じ場所では、一緒に戦い、酒を飲み、話をして、生きてゆく事も出来ないのかもしれない。

 だが同じ世界でなら、たまに逢って、酒場で酒を静かに飲み交わして、積もる話を肴にしながらぐっすりと眠れるのかもしれない。

 全ては虚構。

 同時に、希望でもある。

「じゃあ、私はそろそろ行きます」

「何処に、だ」

 しかし、一緒に居たいと言う欲求は、最後までつきまとい自分だけを苦しめる。

 だがそれが違うと言う視線は、やはり彼女が哀しんでいるからだろうか。

 美しさを、ただ「それだけしかない」美しさをそこに宿すだけ。

「占い、ですよ」

「それが・・・覚悟が出来ていたと言う訳か?」

「はい。それと今日はもう一人、
 私の記憶を取り戻させてくれる人と出会えるらしいんです。
 占いでは、レイドさんの知り合いらしいですけど」

「知り合い?」

「友人、ではなく、顔見知り、らしいですね。
 レイドさんの事だから、覚えてない様な人物かもしれないです」

 そしてそれが憂いを含んだ瞬間、霞が掛かり彼女の表情を曖昧にしてしまう。

 自分を悟られたくないと言う、意思表示。

 言われなければ分からない。

 それが戯れ言だと言える様な者にしか理解出来ない、僅かな変化。

 だが所詮占いだと、馬鹿にしていると言う考えも悟られたのだろう。

 自分ばかりが見透かされ、不機嫌になって行く心の移り様も見えたに違いない。

「またお逢いしましょう。ただ、それだけで良い筈ですよ」

 窘める様に言われ、そのまま自分の言葉を待つため、またあの瞳を此方に向ける。

 どうしてそんなに不安げな表情をしているのかと、まるで訪ねられている様な顔。

 だからかもしれない。

 戦いの中で培った、馬鹿げているとしか言えなかった洞察力の産物が見抜いた事。

 彼女の背中にそれは現れたりはしない。

 ただ表情が、冷めている訳でもなく、かと言って元気な訳でもない。

 何処か存在感が薄れ行く様な予感が胸をざわめかせるのは、彼女の死期が近いから。

「・・・・じゃあ、答えてくれ」

「何をです?」

 そして言おうとする決心と、彼女がそれを変えると言う望みとの狭間で、言葉は選ぶしかなかった。

 想い出の中にあるどの言葉でもない。

 ただ、自分が言える、精一杯の言葉を。

「占いでもう一度逢えると言う結果は出たのか?」

「・・・そう、ですね」

 何と陳腐な言葉だろうか。

 他にあっただろうに。

 何処までも、自分には死を彩る力しかないのか。

 だから引き留めたい。

 共に行き、出来るのであれば彼女の命運を変えてやりたい。

 そう言った感情の積み重ねが大切な経験になると言うのは何となく分かるが、何処か物足りなく感じてしまうのは自分が若輩者だからなのか。

 そんな事を考えながら思い出す記憶の断片は、どれも役に立ってくれそうも無いのだ。

 ただ分かった事は、自分がどれほど無力であるか。

 目の前に居る、ただ一人ですら救えない。

 ただ悟った事は、自分がどれほど経験不足なのか。

 目の前に居る、ただ一人にすら役に立つ言葉を掛けてやれない。

 傲慢、と、言うべきなのだろう。

 分相応でないと頭の中で自分の闇の部分が囁くのも分かる。

 そして何より、自分が見た彼女は、知っている筈なのだ。

「レイドさんがそう望むのなら、再会も出来ますよ」

「墓前での再会など、願い下げだ」

「す、するどい・・・・」

「レイチェル。お前は・・・、いや、お前も背負っているだけで・・・」

「ストップです」

「・・・・」

 口に指を当てられ、言葉が続けられない。

 他の言葉ばかりは出てくるのに、その一言を言うのが辛い。

 こんなにも心が空回りしているのは何時ぶりだろうか。

「私ばかり自分勝手に言ってるのは分かってます。けど・・・」

 忘れてしまった過去。

 いっその事、思い出さなければ良いとも考えてしまうのは弱いの、だろうか。

 迷いを持ったまま闘ったとしても、勝てる相手は幾らでも居るのだ。

 勝てない相手も幾らでも居ると言う事にさえ盲目的になれば良い。

 見たくもない世界を、見なくても良いのだ。

 思い出さなくても良いのだ。

 最も、それを誰かに漏らした所で、意味など微塵も生まれない。

「レイドさんもこんな所でみちくさを食ってる場合なんですか?
 思い出してくださいよ、あの人の事」

「誰の事を、言っている・・・」

「もちろん、紅さんですよ。私だって死にに行く事を望んでなんかいません」

 そう言った奴らが、死に赴く自分に最後は負けてしまう結果を知っているから。

 だから止めたいのかもしれない。

 それは分かっている。

 だからたった一言で良いのだ。

 初めから言いたい事など、決まっているから。

 彼女に、異性、同性と言う性別関係なく自分が惹かれた理由は、自分と同じだからなのだ。

 それ故に、同じになって欲しくないから。

「なら・・・何故今、あいつの事を言う」

「一度・・・、たった一度逢っただけの私よりレイドさんの方が詳しい筈です。
 紅さんが居るだけで世界がどうなるかを忘れちゃったんですか?」

「居る、だけ、で・・・・・?」

「運命なんて、誰だって変えられるのは当たり前なんです。
 けど、二度と「同じ」チャンスは巡ってこない。
 失敗すればそれまでだって、あの人なら遠回しに言った筈です」

「いったい何を言いたい・・・」

 しかし、自分の感情が全て相手に理解して貰おう等と言う、身勝手な都合は通らない。

 例えそれがどんなに相手の事を思っていても。

 一方通行なだけで、決して返事はないのだ。

 何より、彼女の見ているモノと自分の見ているモノはあまりにも違いすぎる。

 目が見えるか見えないかではなく、何を見ようとしているか。

 そして突拍子もない彼女の言葉は、自分自身を見られたくないと言う願いと、他の何かを伝えたいと言う想いで出来ている言霊。

「レイドさんが、四魔王(レザシール)達が六帝(ジハード)と戦った時、時代はこんなにも早く動きましたか?」

「・・・なぜ、その名を知っている」

「貴方が虚空さんと同じ時間を生きていた時に・・・」

「!!」

「こんなにも自体が収拾できなくなった事なんてありましたか?」

 だが知り得るはずのない事を彼女は知り、そして自分に伝えようとしている。

 瞳は濁り、何処までも恐怖を生み出す輝きを灯し、物語っているのは過去。

 彼女自身の過去と、一閃の雷光と呼ばれた自分の遥か昔。

 四魔王と言う、自分を含む四人の、広い意味での魔族の呼び名を知っている物は少なすぎる。

 魔族の中でさえ知っているのは13魔剣と呼ばれる十三人の業魔貴族だけであり、六帝をジハードと呼べるモノもそうは居ない筈だ。

 そして自分が虚空と関わりのある、いや、共に同じ場所で同じ時間を過ごしたと言う事実を知っているのはレザシールの四人と、ジハード、そして彼女の血で作られたと言うラグナロクしか知らない筈なのだ。

「収拾できない程・・・悪化はしていない」

「本当にそう思いますか? そもそも、六帝が全員甦るなんて予測出来なかったんじゃないんですか?」

「・・・・」

「第一、貴方はあの時と同じで・・・」

 だから漸く理解した。

 彼女があまりにも異質に感じる事と、知り得ない事を知っている理由。

 何より、千年、一万年単位の遥か昔の話を知っていると言う時点で気付くべきだったのだ。

 だが自分がその事に気付いた事はまだ視えて居ないのだろう。

 否。

 自分もまだ、見定められずに居るのだ。

 彼女が一体、何者であるかを。

「ジハードが何をしようとしていたのかすら知らない。それがどんな結果を見せたかを忘れてしまった」

「忘れてなど居ない・・・・」

「いえ、貴方は覚えていませんよ。そして知り得ても居ない。
 虚空さんが何故あそこまで、身体を蝕まれてまでたたかっていたのか。
 あの時代に、一体誰が何を思い、何をしようとしていたのか。
 何より、貴方が何故、虚空さんの躯を喰らいまでしたのかを覚えていない」

「貴様に何が分かるっ!!」

 そして逆鱗に触れられた故に、立ち上がり、怒鳴り、見下した視線で彼女を睨め付ける。

 だが、見返されたその瞳は、変わりはしない色を灯しているだけ。

 いや、違うのだろう。

 頭の奥の部分が自棄に冷たくなって行くのが分かり、感じていた筈なのだ。

 変わってしまった如く喋る、レイチェルを見て。

 彼女の存在感が、感じた事のあるモノと酷似している事が。

「第一、貴様はまだ答えていない・・・。何故知っている」

 虚勢を張るようにして絞り出す声が震えているのも分かっている。

 どうしてこんなにも恐怖を感じて居なければならないのかと言う疑問もあった。

 生まれ変わる事が出来、存在しているのであればと願った事すらあった。

 だが彼女は全くの別人。

 だがそれでも似ていると言う感覚と、その理由を考えるべきだったのだ。

 自分が喰らい、血肉へと変えた女性が誰であったのかを。

 聞いた筈の、故郷での災悪。

 19と言う若さで、平和な時以外知らなかった世代である時に、戦い方も知らなかった子供だった時代に。

 自分以外の、同郷の家族も、仲間も、種族全てが根絶やしにされたと嘲笑した時の顔を。

「漸く、思い出せましたか?」

「・・・・」

 嘘だと、思った筈だ。

 そう、あの時の虚空と言う女性は、嘘を付いたのだ。

 自分の思い出したくない過去故に、事実を認められない弱さがあった。

 だから嘘を言い、それを自分に見抜かれたと分かったから、自分を嘲り笑ったのだ。

 そして彼女が何者かを悟る。

「お前が・・・虚空の故郷を潰したのか」

 信じられない。

 信じたくはない。

 だが、それ以外に考えられることもなく、自分の手に握る剣の柄がじっとりと汗ばんでいるのも分かった。

 全ての元凶を断ち、死にたい。

 薄々感ず居ていた、自分が使えるべき、女性の意思。

 それが半ばで終わってしまった理由は、今でも分からない。

 そして忘れてしまった、虚空との別れる場面で、一体何を託されたかも、全て思い出せたのだ。

『我が侭だって分かってるさ』

 笑っていたあの顔。

 死を目前にしても笑えるのが、強さなのか弱さなのか分からなくなった瞬間。

『だけどもし出逢えたのなら、息子を頼むよ。黙ってて悪かったな』

『そんな事っ!!』

 言って欲しくない。

 謝って貰えた所で、何も嬉しくはない。

 他人が、誰かに何かを託す時。

 何かを託して良い時は、死ぬ瞬間だと思っていたから。

 生きて欲しいと言う言葉が、たったその一言が言えずに居たのだ。

 そして現実に引き戻された時。

「もし、そうであるならどうするんですか?」

 レイチェルの顔が笑っていると分かった時、自分の身体は何よりも速く動いた。

 それが、それだけが、自分が誇れる、一閃の雷光と言う二つ名の証し。

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