そして統一郎は皇都にたどり着く筈だった。だが、元来彼は策士なのだ。それ故、戦友の家を出る時に張って置いた複線が役に立った様である。

「で、ルシは?」

 レクトの街を越え、幾つかの農村に立ち寄る事無く来た場所は街道から離れた所にあるラ・ルーンの森。あまりモンスターが生息せずに安全な区域と言われているが、奥地に進めば漆黒の山脈が見える場所でもある。だが幾らモンスターが出なくとも、徒歩で歩ける地形でなければ人は近寄らず、四方何処までも気配は一切感じない。そして目の前に居るたった一人だけが、その異形の出で立ちで統一郎を見下ろしていた。

「ラ・ルーンの森で出逢ったハンターに頼みまして、皇都へと連れて行って貰えるように言いましたからもう安心でしょう。なかなか腕の立つ男でしたしね」

「ありがとう。で、君はこれからどうするんだい? 漆黒の山脈に帰るんだったら手伝って欲しい事もあるんだけど」

 誰と出会った所で、統一郎の表情は決して変わらず微笑を浮かべ、見あげているその先にあるのは間違いなくレッドドラゴンの顔。深淵のジェイルと言う名の竜族であり、彼の旧知の友人でもある。

 多少、知り合った経緯は普通でないが。

「別に良いですよ。ルシエド様の頼みと比べれば何だって楽に思えますから」

「その様子だと、色々と苦労を掛けた様だね」

「もうこれ以上ないって位我が侭でしたよあのお方は」

 ドラゴン特有の低い声ではなく、青年風の声でレッドドラゴンは笑う。それが気に入っているからこそ、彼はこのジェイルにだけは頼み事をする。

「で、何です? 私がやる事って」

「ハーネル山脈にラナが居る事は知っているよね」

「居るのは知りませんでしたけど・・・・まさか今度はラナ様の夜のお相手なんて言うんじゃないでしょうねぇ。流石の私もあの人だけは勘弁して欲しい女性なんですけど・・・」

 剣闘師の一人、二対の形無しことルシエドと連絡が付いていた事をラナに話さなかったのは彼が理由でもある。昔から彼はラナが苦手なのだ、と言っても、竜族であろうが魔族であろうがラナ・イアスことラグナロクの名を聞けば逃げ出すに決まっている事を見れば、恐れていると言うよりも、苦手と言う所だろう。

「ははは・・・心配しなくてもそれは大丈夫だよ。なんだか彼女、最近は同姓しか相手にしてない見たいだったしね」

「同姓ですか・・・はぁ。まぁ、ラナ様の趣味がそっち方向に走ってるだけ私たちは安心出来ますけどね。でもなんで分かるんです? まさか聞いたんですか?」

「血の匂いは何時も通りだったけど、それに混じって彼女の物とは違う香水の匂いがしたんだよ。流石に身体中にそれが漂っていれば嫌でも分かるさ」

 何より、竜族と言う輩は統一郎達を恐れているのだ。こうして喋れる竜族の相手がジェイル以外居ないと言うのもその理由。

 そしてもう一つの理由は、ジェイルのみが竜族の中で異端児だと言う事。

「それで、ラナがハーネル山脈を離れるらしいんだよ。で、そこを守って欲しいと言う訳さ」

「別に良いですけど、人間が襲って来たら私でも食べちゃいますよ? まぁ、男連中ばっかりだから美味しくもないでしょうけど」

「それで構わないさ。とにかく「どちら側」であろうと敵は始末して良いよ。そろそろ人間の戦争に荷担するのも飽きたしね」

「それは私も同じですって。もう貧弱な人間なんかに追われて眠れない日々なんてまっぴら御免ですからね」

 ジェイルがドラゴン特有の笑った表情だと分かるのも、彼の第一印象が濃い所為だろう。

 初めて出逢った時、彼は統一郎と一戦交えているのだ。

 その時の彼の表情は、竜族の誇りではなく目先の欲の為に血走った瞳と死を恐れるあまり狂いきった表情をしていた。

 そしてその時、統一郎はある決断を迫った。

 死んで馬鹿な主に最後まで忠誠を尽くすか、それとも生きて竜族全体の未来を考えるか。

 そしてジェイルは生きる道を選び、竜族の中で彼は「古の生還者<エンシェント・サバイバー>」と呼ばれ讃えられているのだ。 

「それじゃ、私はそろそろ行きますよ。貴方もお気をつけて」

 そして夕闇の空と同じ翼を羽ばたかせ、木々をその魔力で曲げながら飛び去ったレッドドラゴンを見ながら、彼は呟く。

「まぁ、これでまた彼も強くなるんだろうけど、それもまた一興か、な?」

 苦笑しつつ呟いたそれは、ある意味を含む物。

 生きる道を選んだからと言って、ジェイルはまだ諦めていないのだ。

 かつて剣闘師と呼ばれる以前に、四魔王<レザシール>等と呼ばれていた頃の統一郎と再戦をする事を。

 もしそれが復讐と言う二文字に血塗られているのならば、統一郎も迷う事無くジェイルを殺しているだろう。もしそれをすると言うのなら、恩を全くの無駄にしてしまったと言う事なのだから。

 だがあえて、四魔王の統一郎とだけ再戦の約束を交わし、彼は今尚強くなり続ける道を選んだのだ。

 その上変わった事に、唯一の弟子は知らないだろうが、ジェイルはその昔彼が魔導を教えた竜族でもあるのだ。

 そして弟子の顔とジェイルの表情が、どことなく似ているから教えたのだと思い出し笑いをしながら、彼は中央ハイルーン城へと急いだ。




































アナザー・ナイン・ファンタジー■ACT:IVORY PROMISE





































 ハイルーンの西通り<ウエストストリート>に着いた所で、見知った顔がそこにあったが、まだ気付いていないらしく、統一郎はイジワルな微笑を浮かべながらその三十路を超えた辺りの人物声を掛ける。

「やぁ。誰かのお出迎えかい?」

「そうですよ・・・・・って、統一郎様。正午に着くとおっしゃったじゃないですか。せめて時間は守ってください・・・」

 そう言って、恐縮だと言う態度は崩さずに答えたのはガ・ルーン皇国で五人しか居ないと言う魔環師<ハイ・マジックマスター>の一人、リーゼ・ガ・ストラスト。大型の装飾をあしらえハイルーンの紋章を入れたプレートメイルに身を包み、その上から白いマントで羽織っているのはその証。東<イースト>、西<ウエスト>、南<サウス>、北<ノース>とそして、中核<コア>と言う五つの役職を持つ者であり、リーゼは歴代の東方魔環師<イースト・ハイ・マジックマスター>だけではなく魔環師としても希少な女性なのだ。それ故、様々な男性とは違う気遣いは女性のそれであり、統一郎から言わせて見れば城の中で待っていれば良い物を、わざわざ街の入り口で待っている彼女に同情すらしてしまう。

 気の良い彼女の事だから、正午からずっと此処に立ちっぱなしなのだろう。元々予定到着時刻は今日の正午であり、今は既に四時間ほど遅れているのだから。そして統一郎と言う男の特徴を知っているからこそ、ここに立っているのだと言っても過言ではない。何せ彼は到着時刻に遅れても到着日には遅れない人物なのだから。

「色々とあってね。で、ルシも今日は来る事になったよ」

「ルシエド様がですか!? それは珍しい・・・んですよねぇ」

「確かに珍しいと言えばそうかな。彼女元々こういう所とか、特にお城とかに呼ばれるの嫌いだしね。だからちょっとした物で手を打ったのさ」

「ちょっとした物?」

「それは彼女に聞いて見るといいよ」

 そう言って肩をぽんと叩き、城の方向へと歩き出しリーゼもそれに続く。だが、門番に敬礼をされ城の門を潜った所で、後方で何か騒ぎでも起きたのだろうか。人が集まっているのが統一郎の目に映った。

「リーゼ。多分、あそこで背中に二本の剣を背負ったのがルシだ。迎えに行ってくれないかい?」

「あの騒ぎの中でですか? 分かりました」

 多分、リーゼの頭の中には様々な想像が行き交っているだろう。何せリーゼは三十を超えているとは言え、まだ魔環師としての経歴は浅く、そしてルシエドと言う人物がどういう女性なのかを知らないのだ。頭の中では多分、統一郎と同じ位の年齢で、さぞかし野性味溢れる女性だと言う所だろうか。

 だが誰だとそれは想像するに難しくない噂ばかり聞いていればそんな想像も浮かんでしまうのは当たり前だろう。何せリーゼの聞いた噂は、統一郎が想像するに問題事には直ぐに首を突っ込みたがる問題児、と言う所。他にも、もしかしたら具体的に悪漢を見れば斬り殺し、盗賊を見ればいびり殺す、と言う物なのかも知れない。そして容姿は美人、と言う事も聞いていれば納得出来る事。そしてその結果、ルシエドと言う女性の姿を見た時、誰であろうと驚くのだ。

 九歳児の格好をした女の子が剣闘師である事を疑いながら。

「まぁ、彼女もこれでルシエド様のどんな人物か知れば、人生観変わるかもしれませんね。私もそれで一度変わりましたからね、特にルシエド様と統一郎様に助けていただいた時に」

 それに苦笑いをしながら言葉を返したのはリーゼと変わって城の中を案内する事になった老齢の衛兵長。多分、この城に居る中で公皇と二人の魔環師と共に、数少ない三剣師<トリプル>と呼ばれる彼らの顔を知っている人物でもある。統一郎の記憶が間違っていなければ、今年で七十を越えた所であり、ルシエドのお気に入りの人物の一人。そして彼の言う通り、まだ、ただの衛兵だった彼をある事件で助けた事もあるのだ。

「確かに僕とシーグルは若いとは言え大人の姿だからねぇ・・・。流石に九歳児が自分よりも強いってのは信じられないだろうなぁ」

「私としては、あなたとこうして二度目に出逢っても代わり映えしない姿にも圧巻しますよ、ルシエド様の言う事は本当だったって。もう三十年前の事ですけど」

「確かに。もうそんな経ったんだね、君もめっきり老けちゃって」

「本当に。今じゃ孫も居るんですから。今日明日にでも紹介しますよ」

「あ・・っと、僕は多分無理だから、ルシにでも逢わせてやってよ。多分彼女も遊び相手が出来て喜ぶからね」

「そうですか? それは少し残念ですね。何せウチの孫娘と来たら、何を思ってか、踊り子なんぞになってしまいまして。悪いとは思わないんですけど、老い先短い私としては、やはり心配ですよ。多分私が昔貴方の話をしたのが原因でしょうけど」

 少し恨めしそうで、それで居て憎らしげな視線ではなく仕方ない、と諦めているのだろう。皺が多くなった顔は年相応のそれを重ねただけあって重みがあるのだが、統一郎と話す時は若い頃の自分に戻るらしく、それがルシエドが好きになった理由だと統一郎は知っている。彼自身の意見としては、ジェイルと同じ様な酒飲み友達であるが、今回はそんな暇は無いだろう。

「統一郎様をお連れしました」

「うむ、通してくれ」

 そして重く堅苦しいドアの前に着いた時、中から聞こえたのは公皇ではなく、魔環師の中で最高年齢である中核魔環師<コア・ハイ・マジックマスター>ミカエラ・ガ・ナービアスの声。

「では、また後ほど」

「ああ。ルシの面倒をヨロシク頼むよ」

「分かりました」

 衛兵長との笑顔の会釈の後、ドアを開く統一郎の顔には既に笑顔はなく、そこに居たのは異国の着物を着た青年ではなく剣闘師が一人、三つ色の剣舞としての統一郎。そしていつもながら思うのだが、どうしてこう、馬鹿馬鹿しく金を掛けたタペストリーや装飾品で部屋の中を飾っているのだろうと想いながら口を開いた。

「で、僕を呼んだと言う事は、それなりの理由があるって事ですよね」

「用もなく貴殿を呼びはしないが、少しは顔くらい見せたらどうなんだ? 仮にも貴殿は「ガ<守護者>」と言う称号を持っているのだぞ、ガ・ルド」

 相変わらずの減らず口を通り越し、嫌味にしか聞こえない言葉は聞き流しながら部屋を見渡した所、中に居るのはミカエラ一人だけではなく、もう一人、見慣れない、と言うよりも忘れていた顔が一人居た。

 姿見は十代後半でミカエラと同じ白いマントを羽織り、多少びくついた表情からそれが最年少魔環師として名高い南方魔環師<サウス・ハイ・マジックマスター>サイフリート・ガ・ヤフェイル。その十代と言う年齢にも関わらず、希代の魔力を誇り、その実力は中核魔環師のミカエラと同等とまで言われているが、いい加減、気弱な性格と年齢もあってか。ミカエラの明らかに敵意を剥き出しにした雰囲気に怯えているのだろう。何より、前の南方魔環師と比べれば実力はけた外れに上なのだが、南方出身だった豪快な先代ラウル・ガ・ラグの印象が強く、彼の南方魔環師就任式に出た統一郎でさえ今一顔が覚えられなかったのだ。そしてこの場に居る理由は、さしずめ二度目故に顔を出して置けとでもミカエラに言われたのだろう。災難と言えば災難だったが、その辺りを気遣う程、統一郎は優しくは無い。

「そう言われますけどね、此方にも事情があるんですよ。僕から言わせて見れば、この国が滅ぼうと関係ありませんから。なんなら、ここで貴方を殺して差し上げても良いんですよ?」

「・・・・・・・・たかが魔族風情が粋がりおって」

「何か?」

「公皇殿下がお待ちだ! さっさと来い」

 聞こえているのが分かっていないのか、それとも分かって小声で言っているのか分からないが、ミカエラに取ってはストレス発散の一つの方法なのだろう。統一郎から見れば子供じみたただのいびりであったが。どうしてこんな人物が中核魔環師をやっているのだろう、と疑問に思うだろうが、魔環師と言う職業の内容はこの皇都ハイルーンを守る為もあるのだが、本来の目的は唯一人間が剣闘師に対抗できうる力を持った者としての職種と言うのが本筋なのだ。そして彼を選んだのは現公皇のマラバ・ガ・ルーンその人である。ラナが言っていた「くそじじい」と言う表現も、言い得て妙である。

 そして部屋の更に奥に進むと、そこには入ってきた時よりも小さなドア。それでも装飾品の類は嫌と言うほどあしらってあるのはマラバに代替わりしてからの事。それをミカエラが開け、当てつけとばかりにわざわざ閉めてしまう。それに対しサイフリートはやはり怯えた様子でどうしようかと迷っていたらしい。

「少しは先代を見習ったらどうです? サウス・サイフリート」

「は、はい・・・」

 冷たい目線でそう言った理由は、統一郎がもう今回で魔環師と言う職種が無くなると予測しているから。即ち、このサイフリートが近い内に敵に回る事を考えての事。幾ら希代の才能を持っていても、それを活かすだけの知識と度胸がなければ意味がないのだ。そして統一郎に取っても子供を殺すのは後味が悪いのだ。特に、こういった実力がある割に、人を殺す事も出来ないひ弱な存在は。

 そして豪華なドアを開けたそこは、昔から変わらない大きなスペースの取られている謁見の間。ちなみに先ほどの部屋は本来客人を通す部屋ではなく、公皇や魔環師だけが利用出来る隠し部屋なのだ。そしてそれ以外では剣闘師以外そこは使われる事のない部屋。

 と言っても剣闘師では統一郎以外この部屋の存在は知らず、もしかしたら、ルシエドが遊び程度で入った事があるかもしれないと言う程度。シーグルに至ってはこの城が出来て間もなく、初代公皇シュレート・ガ・ルーンと、シーグルと共にたった二人でハンターギルドを創設した人物。名前は忘れてしまったが、何処で知り合ったのかは知らないが良い風に言えば喋らない、悪く言えば根暗なシーグルな割に明るい人物と共に謁見室には一緒に来た事がある程度なのだ。そしてその人物が誰だったか、と思い出そうとした所で声がかかった。

「おお、ガ・ルド。久方ぶりであるな。どうだ? 最近は」

「ええ。可もなく不可もなく、と言った所ですよ。マラバ様は少々体長が優れないのに出てきて貰って光栄の至りでございます」

 中途半端な敬語に、眉を顰めたのはミカエラだけ。意識的に統一郎がそう言ったのが分かっているからだろう。だが、マラバはそれを気にする風でもなく、心底来てくれて嬉しいと言う笑顔を浮かべながら続ける。

「それでだ。早急だが貴殿に頼みたい事があるのだが、良いか?」

「ええ。無理難題、例えば死人を甦らせろ、とか言うんじゃなければ喜んで」

「流石のわしも、それ位は心得ておる」

 そして笑いを噛み潰す様にして、マラバは玉座の後ろに小声で呟き、誰かを呼び寄せる。そしてそこから出てきたのは一人の、年端もいかぬ、それでもルシエドよりは少し上の12、3歳の少女だろう。顔つきは若い頃のマラバにも全く似ていなかったが、来ている服装、ガ・ルーン皇国の紋章とその裏に描かれた複雑な図形を見てそれが誰だかは分かった。

「世の第一皇女のフェルトだ。フェルト、あそこの彼が剣闘師のガ・ルド、三つ色の剣舞と呼ばれておる」

「これはこれは。フェルト皇女、剣闘師ガ・ルドこと、統一郎です。以後、お見知り置きを」

 気取った様子で一礼をしながらそう言い、顔を戻せばフェルトは顔を真っ赤にした様子で立ち上がったマラバの後ろに隠れる。照れているのだろうとは簡単に分かるが、それ以外にも気になる事はあった。

 何せ今年で確か八十を越えるマラバは、二人の息子しかその皇位継承権を持った者は居ない筈なのだ。そして第一皇子は流行病で亡くなってしまい、その後に残った第二皇子のラファーガがその皇位継承権を持っている筈である。にも関わらず、ガ・ルーン皇国の紋章のしたの複雑な図形の入った服を着ていると言う事は、フェルトも小さいながら皇位継承権を持っていると言う事なのだ。そして頭の中で呼ばれた理由を予測しながらマラバの言葉を聞く。

「実はここだけの話しなのだが、時期公皇は、ラファーガではなくフェルトにしたいと考えておるのだ」

「歴代初めての・・・女公皇ですか」

「そうだ。だが、いい加減フェルトはまだ幼い。それでハイルーン大学で講師免許持った上に軍師のしての貴殿の腕を買ってフェルトを教育して欲しいのだ」

「公皇殿下!? 一体何をお考えで!!」

 そして案の定と言うか、ミカエラは酷く切羽詰まった様な声を出しそこに居た子供二人、つまり、フェルトとサイフリートはそれぞれ怯えた様に身体を竦めた。

「ミカエラ。わしの考えに何か異論があるのか?」

「お言葉ですがマラバ公皇殿下、幾ら何でもフェルト様は若すぎかと存じ上げます。まともに公皇としての役職が出来る様になるのも五年は掛かる。それにラファーガ様にこの事をご相談なさったのですか」

「ラファーガにはまだ話しておらぬが、もうわしが決めた事だ。文句は言わせぬつもりだが?」

「・・・・しょ、承知致しました」

 ミカエラが何を考えているかは大体想像に容易い事だが、今の統一郎に取ってはしかるべき問題は一つ。

 要するに、今回はくだらないお家騒動に巻き込まれたと言う事。その上、どうやらミカエラの狼狽えた様子から察するに、お家騒動だけでは済まないだろうと言うのが統一郎の考え。そしてもう一つ気になる事は、ハイルーン大学の講師、と言う肩書きがあるから物事を教える、と言うのは理解出来るが、わざわざ軍師としての腕まで持ち出して頼んで見せたのだ。穏やかではない台詞を聞き逃す程、統一郎も馬鹿ではない。

「で、ガ・ルド。引き受けてくれるか?」

「次は何処です?」

「・・・・・・」

 返される覚悟が出来ていたのだが、いざ、現実に聞き返されると躊躇ってしまうのがマラバの欠点。だからこそラナにくそじじい等と言われてしまうと言う言葉は飲み込み、帰ってくる言葉を待つ。

「西、いや・・・もしかしたらガイア大陸全土を巻き込むやもしれん。だから貴殿に頼んで居るのだ」

 重苦しい言葉は、悲しみと悔しさを含む物だった。

 だが、統一郎から言ってみれば運が悪かった、もしくは自業自得と言った所だろうか。現実を直視出来ないと言う欠点はマラバの、そしてガ・ルーン皇国を中心とする大陸全土にも影響を与えているのだ。彼が速く的確に動き、それだけの判断を下していれば起こらなかった事。そしてそれに重なる様にして彼の代で結成されてしまった西側合衆国<ウエスト・ステイツ>と言う存在の頂点に君臨する人物は、不幸にも彼よりも全てに置いて長けているのだ。唯一、客観と冷静に見た時の人道的な判断、と言う点を除けばだが。

「分かりました。そのご依頼、ハンター最高位の剣闘師としてお受けいたしますよ。報酬は・・・そうですね」

 逃れる方法が無い訳ではない。

 だが、目下の彼の目的はまだ「ここ」にあるのだ。そして今回の事情を聞いたからこそ、その多少無理難題の報酬はまかり通る事。

「至宝の黒雷の宝玉<ディレイ・オーブ>を返して頂きたい」

「な、なんだとぅぉ!?」

「・・・・・」

 驚きの声をあげたのはミカエラ一人だったが、マラバは多少なりとその辺りの予測はついていたのだろう。そして覚悟が本当に決まっている事だけは、行動は速い人物なのだ。

 そして至宝とは、その昔、このガ・ルーン皇国が設立され魔環師と言う職種が出来た時に統一郎自身が送った物品なのだ。一つは統一郎の言った黒雷の宝玉と言い、主に皇都中心を守る結界を作るための増幅器と言った所か。統一郎から言わせてみれば、以外と簡単に造れる代物なのだが、人間に取ってそれは魔導を異常な迄に高められるアイテムでもあるのだ。そしてもう一つ、白夜の宝玉と言う物もあり、此方はガ・ルーン皇国全土を守る結界を造り出す源として今は使われ、それがなければ丁度ラナが居た辺りの結界が薄く、そこから敵国及び凶悪なモンスターが侵入して既にこの国は無いだろう。それ故、二つの至宝とは諸国には秘密の物品であり、同時にこの国の最終生命線と言っても良い代物だった。

「分かった。だが今、ディレイ・オーブを貴殿に返却してしまっては、この国を守る要の片方を失う・・・」

「その辺は分かってますよ。そうですねぇ、中核と南を除く、東、西、北の三人の魔環師に手伝って貰えば同じ事は出来ますから。白夜の宝玉<ワール・オーブ>も返却して良いと言うのなら、街の守護、と言うのもお受けいたしますが?」

 その言葉を聞いた時、その場に居たその言葉の意味を理解出来る二人は顔を青ざめる。残りの子供二人が理解出来ないのは無理も無いだろう。統一郎の口から、街の守護と言う言葉が出る理由は、この皇都が滅ぶと言う前触れか、もしくは自分がやると言っている様な物なのだ。

「貴殿は・・・・契約を破棄するおつもりか・・・?」

 そしてマラバは青ざめた顔でそう言い、統一郎の反応を伺う。

 過去、この国が出来る時に剣闘師はガ・ルーン皇国の初代公皇と契約を交わし、それは今でも継続している。その内容は曖昧な部分が多い、とシーグルは言ったが、ある意味ルシエドの我が侭でそう言う風な物になったのだ。そして内容は簡単に言えばこのガ・ルーン皇国及び周辺国の守護と、戦争が起きた際、それを終わらす為に剣闘師の最低一人が出る事。そしてそれが破棄される場合は唯一しかない。

 即ち、裏切り。

「まさか・・・この僕が知らないとでも思って居たんですか? 王室の、まぁ、ぶっちゃけて言えばラファーガ皇子が西側と繋がりがあるのは知ってました。それは目を瞑っていましたよ。関わると面倒ですから。でも、流石に四帝の内、三人を甦らそうとするのは頂けないですね」

「ヨンテイ・・・なんだそれは?」

 だがマラバの表情からは何も伺えず、本当に知らないらしい。だが、今の統一郎にしてみればどうでも良い事であり、そして反応がある人物がここに居ただけでも十分な収穫。

「コア・ミカエラ。どうしたんです? そんな汗を掻いて。ああ、ここも少し暑いですからねぇ。あまりその歳で高血圧になるのもお体を害しますよ?」

 もしこの台詞を、一言一句、そして強弱を間違いなくルシエドが言えたならばその場で飛び跳ねてガッツポーズでもするのだろうと思いつつ、端から見ればただの苦笑を浮かべ統一郎は顎に手を当て考える様な仕草をする。

 それら全てが演技だと分かっているのは、ミカエラだけであろう。この場に居る子供二人は人生経験が浅く、そしてマラバは人を見る目も欠けている故に分からない。でなければミカエラの性格を分かっていれば、十二分に中核と言う魔環師の統率者であるべき人物にこんな出来損ないを選ぶはずはないのだ。

「ガ・ルド。「ヨンテイ」とは何だ。それがお前の契約破棄の理由と言うのなら、今すぐにでも」

「残念ながらマラバ公皇殿下。四帝、即ち、魔帝ガイズ・ガイザー、神帝ラファエロ・ダ・デルク、人帝ワーグナー・ルーン、天帝マ・ウイドの復活は既に行われ、完全にその姿を現すのも時間の問題でしょう。幾ら私とて、それを止める事は出来ません」

 遮る言葉に威圧感があったからか。マラバは何も言い返す事無く口を紡ぐ。だがそれが何の事を言っているのかを理解出来る程博学ではない事から、知識の面でも足りない部分が多かったらしい。

『全く・・・先代は何を考えてこの人物を推したのか』

 先代公皇の顔を思い浮かべ、その理由を思い出した時、統一郎は気分が重くなった様に溜息を吐いた。

 それもその筈。先代の時は、子供は沢山居たのだが、その殆どが流行病かその実力を恐れられ暗殺されているのだ。そして生き残ったのはマラバ一人。それ以外、公皇になる者が居なかった故の苦肉の策でもある。だが、期待していなかった所からの言葉は彼に取って多少の驚きを感じさせる。

「四帝とは、ガ・ルド様達、剣闘師三人が四魔王<レザシール>の名で通っていた頃の敵ですよ公皇殿下。今から遥か遠い昔、まだ、人間がこの世界に居なかった頃の伝説、ですよね?」

 そう言い謁見の間に入ってきたのは統一郎が中核と南以外と言った内のの一人、西方魔環師<ウエスト・ハイ・マジックマスター>の青年フリーテス・ガ・リスキィ。彼も魔環師としては二十代後半と言う若さだったが、切れ者であり、統一郎としては西方魔環師ではなく中核魔環師に推薦しても良いと言える人物だ。

 ただし、こういった場所以外での女たらし、と言う経歴さえ無ければの話し。その容姿は統一郎よりも上だろうと言う程女顔であり、男女問わず受けが良いと言うのが目下の彼の悩みらしく、魔環師としての職務には一切問題事は感じていないらしい。要するに統括者としては軽薄過ぎるのだ。東方魔環師のリーゼ辺りから言わせれば、現在の魔環師の中で一番の問題児と昔聞いた事がある。

「だがガ・ルド達三人で勝ったのだろう? ならば問題は」

「私達剣闘師三人では勝てませんよ。あの時とは事情が違う。幾ら四魔王が揃いもう一人、その当時戦って居た戦友が居たとしても、手負いでもない四帝を相手に出来る程僕らは万能じゃない」

「では何故その四帝は手負いになったのだ。その原因さえ突き止めれば」

「原因は分かっています。ですがそんな方法、このガイア大陸に居る誰一人として出来やしませんよ」

 返す言葉全てに反論が飛び、流石に自分の無知さに気付いたのか。マラバは切迫した状況だと言う事が理解したらしい。だが説明した統一郎とフリーテスは視線で再会の挨拶を交わし、話を終わらせる為に言った。

「とくかく、そんな状況ですので黒雷及び白夜の宝玉は近日中に返して貰います。こちらとて、まだ死ぬ気は無いんでね。結局今の魔環師では扱えぬ代物になってしまったそうですから」

「分かった・・・・。だが、フェルトとこの国の事は」

「分かってますよ。これが最後の契約ですからしっかり守らせて貰います。後、先ほど言った通り、東西と北の魔環師達はお借りしますのでそのおつもりで。では」

 そして不思議そうな顔をする、要するに話の内容が理解できないのであろうフェルトをミカエラの視線から守るようにして統一郎は外に出る。それに続くフリーテスはドアを通る時までは魔環師としての顔をしていたが、ドアが閉まった途端、いつもの表情に戻った様子。

「かー・・・ミカエラの野郎、何時見ても醜悪な面してやがんなぁ。でもま、統一郎の軽い毒舌で冷や汗掻いた表情はなかなか見物だったけどな」

 若者らしい表情、と言えば聞こえは良いが、彼も統一郎とタメを張れる程の毒舌家なのだ。もし同じ条件で彼と口喧嘩をすれば、ひたすら永遠にそれは終わる事は無いだろうとも統一郎は思っている。だが、そんな事は双方とも望んでいる訳でもなく、隠れた友人の一人でもあった。

「これで懲りてくれれば良いんでしょうけど、そうも行かない見たいですね。その辺りの事は頼みますよ、リスキィ」

「え? 俺がやるのか?」

「もちろん。なんで僕が魔環師のいざこざに巻き込まれなければならないんです? 少しは魔環師の一人としてあーゆーのをのさばらせない様にして下さいよ」

「そうは言ってもなぁ。あいつあれでなかなか悪知恵が働くヤツでさ。でなきゃお前を呼んだりしねぇよ。それだけでも大変だったんだぜ? ミカエラに見付からない様に証拠かき集めて殿下にそれ見せて、挙げ句の果てにフェルトちゃんまで協力してくれなきゃ連絡さえ送れなかったんだから」

「フェルト様・・・が、ですか?」

 そこで統一郎はフェルトの顔を見下ろしたが、先ほどの照れていた様子が嘘のように微笑みを浮かべる少女がそこには居、そして悪戯が成功した時の様、得意げな表情を見せて改めて自己紹介をする。

「フェルトで良いです。ミカエラと兄の悪事は知って居たには知っていたんですが、私一人ではどうにもならなくて。それでフリーテスに相談して私がお父様に頼んだのです。此度は本当に申し訳ありません、くだらない騒動に巻き込んでしまって」

「ではフェルト「様」。もう少し普通に喋ってくださって結構ですよ。先ほどの話の通り、私はもう、この国に荷担しないただの傍観者ですから」

 だが、見抜かれた事に驚きを感じたのか。まん丸い目を暫く見開いていたフェルトだったが、まるでフリーテスの様な自嘲気味の笑みを浮かべて目を伏せる。

「いや、参ったな・・・。リスキィに言われてどういう人かは想像してたんだけど。私の口調が演じてるものだって分かったのリスキィ以来だよ」

 そしてぽりぽりと頭を掻き、ついで鬱陶しげに整えられた髪を掻きむしりそれが本来の姿であろう。黙っていればまさにガ・ルーン皇国の皇女として通じるのだが、そこに居た少女は年齢には少し釣り合わない幼さと、何処か男の子の様な雰囲気を持った姿があった。

「ま、立ち話もなんだし、私の部屋に来てよ。リスキィ、リーゼとホアンさんも呼んで来て。さ、統一郎様、此方で御座います」

 演技の掛かった様な、否、まさに演技をしている様子は楽しんでいる風にしか見えない。話し方とリスキィの様子から察するに、彼が統一郎の事を事細かに吹き込んだのだろう。気に入った、と言う訳ではなかったが、面白い少女だと言う感想は抱く。

「じゃ、呼んでくるぜ。なんか欲しい物があったら言ってくれよ? 後で取りに行かされるのは面倒だし」

「じゃあルシと、彼女の好みそうなお菓子を用意してくれ。でないと話しに参加もしないだろうからさ」

「ルシ・・・? ああ、ルシエド様の事な。九歳児の格好してるってのホントなのか?」

「そう言えば逢った事は無かったんだな、リスキィは」

「私もないわよ。で、どんな人なの?」

「もう、噂通り、としか言いようがないですね。姿通りの性格してますから」

 そしてフリーテスと別れた二人はフェルトの部屋へと向かい、その途中一人、メイドをフェルトが連れ漸く彼女の自室に到着する。メイドはフェルトが言うには、彼女自身が勝手に雇ったボディーガードと言った所だと言う。だが、統一郎はそのメイドの身のこなし方から、ハンターならかなり上級位の実力を持った魔族だと言う事に気付く。その気付いた理由としては、逢った事も無いメイド達が統一郎の顔を見て慌てたように礼をした事と、雰囲気が人間のそれではなかったと言う事からだ。

「さ、入って」

「御邪魔いたします」

 部屋の中は皇女として申し分ない程綺麗に片づけられ、その上で少々雑な風に見えるフェルトの性格とはそぐわない様にも一瞬見えた。だが、本棚に並んでいる背表紙をちらりと見た時、ここは確かに彼女の部屋だと言う事が分かる。何せ男女関係の知識を印した本や、人を欺く方法、等と隠しもせずに書かれた様ないかがわしい本が多く、その一方で中には比較的まともと言える本もあったのだがそのどれもが汚れ具合が違うのだ。何度も読み返した本はすり切れ既にボロボロになっているが、全く読んで居ない本はまっさらのまま、と言う具合に。

 そしてそこが彼女の定位置なのだろう。ベッドの上に飛び乗ってしばし脚をばたばたさせ、満足した頃にフリーテスが客人を連れ帰って来た。

「連れて来たぜー」

「いよっす! 統一郎。お主とは久方ぶりだな」

「いよーすっ。とーいちろー。おヌシとは久方ブリブリだな」

「ルシエド様・・・もうちょっと、その、お言葉使いを治された方が」

「別にいーじゃーん。それに相手とーいちろーだもんっ。乱暴に扱ったって壊れないしー」

 最初に入ってきたのはフリーテス。至極ご機嫌なのは、多分手に持っている酒瓶が理由だろう。女性と酒には目がない彼の事だからその辺りは性格の割に珍しく単純と言えば単純である。

 ついで入ってきたのはフリーテスの持っている酒瓶の出所であろう、北方魔環師<ノース・ハイ・マジックマスター>のホアン・ガ・リューテス。この中では統一郎と似た顔の作りをしている東方人。今年で四十を越え、貫禄と共に贅肉が付くと思われた腹も鍛え直した為か。魔環師専用のマントは昔と同じ引き締まった身体を覆っている。

 その隣りあわせにして入ってきたのは件のルシエド。ハッキリ言って、この場で一番浮いている存在かもしれない。何せ九歳児の姿をした上で背中に自分の身長と同じ程の二本の剣を背負っているのだ。髪は後頭部で結わえたポニーテール。それがほつれそうになっているのを気にしているのだろう。残りのリーゼはルシエドの髪を結わえ治しながらの心境は、癖のある連中ばかりで、この先どうなるのかと言う不安が渦巻いているに違いない。

 そしてそれを見たフェルトも、多少の驚き、否、呆れかえった表情をしながら小声で統一郎に訪ねた。

「あれが・・・本当に二対の形無しことルシエド様なの?」

「四帝との戦い以来、姿も性格もずっとあのままですよ。僕の悩みの種の一つです」

 顔を見合わせ笑い、そして自己紹介を済ませて行く。統一郎は知らない人物だったが、フェルトお着きのメイド、イザベルはルシエドの知り合いだったらしい。ただし、リーゼの様に面倒を自分も見なければならないのかと半分落胆した顔は面白かったが。

「では、会議を始める前に、リーゼとイザベルには説明して置くから、自分の身の振り方を決めると良い。この国を守る、って事は一応の仕事になる訳だけど、正直成功率が心許ない仕事だからね」

 そして統一郎が懐の中から取りだした、一枚の地図を床に広げそれを囲む形で合計七人が円を描く。

「説明、とは何です?」

「イザベルは知ってるかもしれないけど、四帝が今回の相手だ」

「なっ!?」

 しかし統一郎の言葉を聞いて驚いたのはイザベルだけ。リーゼは意味が分からず、ルシエドに至っては聞こえているが気にしないと言った感じだろう。フェルトの隣りに座り、呑気にお喋りを楽しんで居た。それ以外、あの謁見の間に居なかったホアンはフリーテスかフェルト辺りから聞いていると言う判断は間違っていなかったらしい。

「その四帝・・・とは一体何者ですか?」

「簡単に言えば剣闘師達がその昔、四魔王<レザシール>と呼ばれていた時に戦っていた敵だとよ。実力は剣闘師以上・・・だったよな」

「ホアン、簡潔な説明ありがとう。で、リーゼ、イザベル。そんな相手とやり合う事になるんだ。僕は敵には容赦しないけど、味方はなるべく自分の道を自分で決めて欲しい。だから君たちも今回の仕事に荷担するか、それとも降りるかを今決めて欲しいんだ」

「勝率は・・・どの位なんですか?」

 勝てない相手と戦う程馬鹿ではない、と言うのが魔族の証。意地汚さや卑怯と、人間に罵られる事もある彼らだったが、過去に置いてそう言った行動を取っていなければ彼らは間違いなく滅ぼされていたのだ。そして四帝と言う存在は、四魔王と共に関わるなと言われている存在なのだ。例外として、今の様な状況下も稀にあるが。

「0ではないと言うだけで、限りなく0に近いよ。参考までに言うと、僕とルシが二人で神帝と戦った事があるんだけど、逃げるのが精一杯だったよ。お恥ずかしながらね」

「・・・・・」

 イザベルは統一郎の存在がどう言った物かを知っている。その昔、竜族と魔族を存続させたのは彼なのだ。そして何より、彼と戦って勝った魔族も竜族も居ない。記録として残っているだけで、彼一人に傷一つ負わせる事が出来なかったらしいのだ。それ故、イザベルは四帝の強さがどれほどの物かは分かり、その上で悩んでいる様子だった。

 一方リーゼは統一郎やルシエドの、剣闘師の強さは知らない。魔環師としての経歴が浅い為、知識としてその強さを知っているだけなのだ。

 そんな悩む表情をするリーゼに、フェルトと話していたルシエドが口を挟む。

 声は天使の様だったが、内容は悪魔の宣告の様な物。

「簡単に言っちゃえば、四帝揃って全力を出せばガイア大陸が吹っ飛ぶ位の強さ、って考えれば良いよ。ラナちゃんが居たから、四つの人外魔境と言う形でその爪痕が小さかっただけの話しだしー。いや、あん時はマイッタヨ」

「だからもし家族が居て、守りたいと言うんなら僕らは引き留めるつもりはない。命を捨てろ、とまで言えないからね。魔環師としての職務も、もしかしたらクビになるかもしれないし」

 もし同じ台詞をミカエラに言ったならば魔環師と言う立場を失う事を懸念するだろう。だが、リーゼは家族と言う言葉に反応し、それが統一郎に取って自分の目は間違いではないと確信を持てる。それ故彼女がどちらの選択肢を選ぼうと、本当に良いと思えるのだ。

 ただ、死地に向かう様な戦に巻き込む必要性など無いのだから。

 だが、五分ほどだっただろうか。部屋の中で沈黙が流れ、漸く開いたリーゼの口から漏れたのは多少力がない言葉だった。

「名誉の為に戦えと言われたら、止めていました。けど、私は降りるつもりはありませんよ。夫も、娘も居ますけど、ルシエド様を見たら、断るに断れません。娘の顔を思い出して」

「私は一度、統一郎様に助けられた末裔です。この命、その為に使えるならば本望ですよ。その為に、此処に居るのですから」

 リーゼの何とも言えぬ、苦笑としか言えない表情と同じく、イザベルも似た様な表情をしていた。心の奥底ではまだ死にたくないと思っているのが見え見えだ。だがそれ以上にちらりと視線をフェルトに注いだ時のその瞳は、間違いなく決意を固めた物となり、そこにはたおやかな微笑みすら見える。

「分かった。ありがとう、二人とも」

 それに対し、統一郎は精一杯の礼をする。今、自分自身が出来る事と言えばこれ位なのだ。そして戦いが始まる前に、渡して置く物を作る必要も出てきた。

 それは彼女たちだけが背負う、家族と言う問題。

 自分やルシエドは強くとも、彼らはまともに四帝とやり合う事など出来ないのだ。それ故、守れないと言う事を確認して貰う為に言ったのだ。

 それが分かった上で引き受けてくれると言うのならば、自分のやる事も増えると言う事。頭の中でその算段もしながら、本題に入ろうとした所でルシエドがまた口を挟む。

「でさー、とーいちろー」

「なんだい?」

「何人復活する訳? 場合によっちゃ、ガイザーのあんちゃんにも言わなきゃなんないんだけど」

「三人とも、だよ。どうやったのかは、まぁ、想像だけどワールオーブを使ったんだろうね。でなければ「時の禁呪<シーリング・トラベライズ>」は使えない筈だから」

「それについては拙僧の落ち度だ。面目ない・・・。ミカエラがそこまで疎かだったとは想いもしなかったものでな」

「いや、ホアンはそのことに着いて気にするよりもこれからの事で名誉挽回してくれれば良いさ。今回は君が一番苦労するかもしれないし」

「と、言うと?」

 自分以外が苦労する、と言う台詞に期待しているのだろう。面倒事はどんな状況に置いても極力避けたいフリーテスの事だ。露骨に表情を出す等と言う愚考はここでなければ出さないだろうが。

「ホアンには、北方魔環師としての速さを活用して貰う。仕事はシーグルの居所を突き止め、この皇都まで連れて来て欲しい」

「シーグル、様か・・・・。拙僧もまだ見た事が無いのでな。肖像か写真でもあれば良いのだが」

 ホアンの言う通り、今の魔環師全員はシーグルの顔だけは知らない筈だ。そして統一郎もここ数百年は顔を見ていない。

 その時は確か中央と西側諸国がまだ合衆国ではなかった頃に起こった戦争の中で顔を合わせただけだ。ある程度冷めた対応が取れる統一郎はその時どちらにも荷担はしなかったが、シーグルは冷たい表情をしていても本来お節介焼きなのだろう。結局最後の一日だけシーグルが中央側に付き、それだけで戦争を終わらせたのだ。

 その時の戦い方を、今この場に居て理解出来るのはルシエドだけしか居ないだろう。昔となんら変わらない、否、更に強くなったその腕前は鬼神の如くであり、一閃の雷光と言う二つ名に恥じないどころか、もう一度変えなければならぬ程その速さは増しているのだから。そして彼女だけが唯一、四帝の内一人と一対一でまともにやり合える実力を兼ね備えているのだ。未だに理解出来ない領域ではあるが、剣一本でどうすればそれ程の威力が出せるのかは魔導神<ルド>と言う名を持つ統一郎でも分からない。

「それについては心配無いよ。彼女なら一目見れば誰でも分かる特徴があるから」

「緋色の髪の事か? だがあれは戦場だけで見られるとお主が申したではないか」

 そして緋色の髪、と言うのがシーグルのもう一つの名前でもある。二つ名、と言う訳ではないが、シーグルを戦場で見た物ならば一閃の雷光とは言わず、一閃の緋雷とでも名付けるのだろう。戦場でのみではないが、それが何かのタガが外れた時に出るシーグルの特徴。

「緋色以外の特徴もあるさ。彼女の剣の刀身には異様なまでに魔導文字が刻み込まれているし、鞘が無いから剥き出しの剣を持ってるんだ。一見すれば、僕のこれと似た様な感じかな、彼女のは刀じゃなく剣(つるぎ)だけどね」

 統一郎はそう言いながら、それが彼の特徴だと言わんばかりに自分の武器を抜きはなった。

 しかし、そこから現れたのは鈍色に輝く銀の刀身ではなく、闇色に染まった黒い刀身。陽の光すら跳ね返すそこだけが、まるで空間が歪んだ様に黒い霞みが掛かっていた。

 だが、それを見て息を飲む、と言う反応をしたフェルトとリーゼだったが、知っているフリーテスとホアン、イザベルと、その全く正反対の反応を返す者も居る。

「とーいちろー・・・。それはもしかして、私に修復して欲しいって意味?」

「ご名答だ。よく分かったね」

「イチゴの「でらっくす」クリームパフェとチョコレート「でらっくす」パフェを二つずつ」

 そして直ぐさまルシエドは期待した眼差しで統一郎にそう言った。

 その顔はまさに今すぐに食べたいと言わんばかりの表情。二つずつと言った理由は、多分隣りに居るフェルトと一緒に食べたいと言う意味だろう。その上、彼女の性格を考えれば今から買って来いと言う意味が含まれ、その上でそれが近くにある事も知っていると言う策士なのだ。だが武器の修理代はそれだけではなかったらしい。

「あと、なかがガラス張りになってきらきらするあれあるでしょ?」

「・・・万華鏡の事ですか?」

「そう。それを二つね。とーいちろーの作ったヤツじゃないと意味ないよ? 分かってる?」

「はいはい・・・」

 そして万華鏡をあげる相手は、今日ご厄介になると考えているのであろう、衛兵長の孫娘とリーゼの娘。どちらの家に泊まるのか分からないが、どちらにしろ万華鏡などと言う、それも統一郎自作だと言う事には別の意味がある。

 要はそれに魔導を籠め、身を守る護符代わりにすれば良いのだ。もしかしたら単純に綺麗だからと言うのが理由かもしれないが。

「それからー」

「おいおい、まだあるのかい?」

「うん。私連れて来てくれたハンターの帆村武士って人の事でなんだけど、手持ち無いんだー、私」

「幾らなんですか?」

「金貨5・・・千枚だったっけかな? 後、ご飯もあげてって言ってたよ、ジェイル」

「えらく破格な額で雇ったんですね。まぁ良いでしょう。しかしおかしいな・・・ルシの金銭感覚で雇わせるなって言ってあったのに」

 少し金額に疑問にも思ったが、ルシエドの事である。5と言う数字だけは間違えてないだろう。ただ、何桁か、と言う所は覚えられないらしい。やたらと飲食店のデザートの値段は覚えているのに、とも思うが、その辺りが子供の姿とおつむのレベルと言った所か。しばし昔の姿に戻ってくれないか、等と出来もしない事を望みながらそれを承諾しその役をフリーテスに任せると言って、次の話しに映る。

「で、大陸の力関係はどうなってるんだい?」

「どうって言われてもな。大陸全土となるとちと説明しづらい」

「戦争が起こりそうな所で良いよ」

「それなら、あと一週間もすれば北方のアルフェイザと東方のハツがやり合うって情報だ」

「えっと・・・東方の大将はどんな人物だったっけ」

「揚禅(ようぜん)ってヤツだ。何かとやばい事やってるらしいが、今一証拠が無くてな」

「やばい事って言うのは?」

 そしてフリーテスは周りに、特に女性陣には聞こえない様、統一郎の耳元で囁く。

「人身売買だ。その道の業界じゃちっとは名の知れたヤツらしいぜ。エルフや魔族まで扱ってやがるらしいからな」

 その言葉を聞き、ルシエドだけは分かったらしく、見るからに不機嫌な表情になる。だが彼女にそう言った類の事を任せて上手く言った試しが無いのだ。それ故、ひらめいた案を出す。

「帆村武士って言う人物は、ハンターとしてどの位の腕なんだい?」

「成る程、武士を使うのか。名案だな」

「いや、勝手に納得されても困るんだけどさ」

「逢った時は、ジェイルが狂っちゃっててー、どたまに一発入れられる腕だから、信用は出来ると思うよー? ま、私の敵じゃないけどねー」

 自慢げに話すルシエドだったが、帆村と言うハンターには悪いが彼女の実力と比べる方が可哀相なのだ。彼女と同じ実力を人間が手にしようと思えば、百年や二百年どころか千年単位で生きて尚かつ全盛期の体力を維持しなければならないのだから。そしてあえてそこに指摘はせずに、それぞれの分担を締めくくる。

「じゃあ、ホアンはシーグルの探索を」

「あいよ」

「フリーテスはその帆村ってハンターを雇って東方ハツの揚禅暗殺を依頼」

「ういーす」

「イザベルには引き続きフェルト様の護衛、フェルト様は形だけでも僕と一緒に大学に来て貰います」

「分かりました」

「フェルトで良いってば」

「で、ルシは・・・・リーゼ」

「はい?」

 そこで統一郎は顎に手を当て考える風な仕草をする。

 正直言ってしまえば、ルシエドの使い道など殆ど無いのだ。だが、ある事を思い出しぽんと手を打った。

「すまないがルシの面倒を頼むよ。国内にさえ居てくれれば何処に居ても構わないから」

「分かりました。ルシエド様、宜しくお願いしますね」

「分かってるってー。皇都防衛はこの私に任せなさいって」

「ルシ、勘違いしちゃ駄目だよ。君は一応、対ラグナロク戦に備えて体力を温存して貰わなきゃ困るんだから」

「何? ラナちゃんが今回は敵な訳?」

 しかし、そのラグナロクと言う単語に反応したのはルシエドだけだった。魔環師と言う職業柄、彼ら三人はその存在がどう言った物か理解しているのだ。イザベルは過去一度見て、それが味方だと信じ切っているだけにその先統一郎が何を言うかを分かっている様子。分からないのはと言えば、フェルトくらいのものだろう。

「いや、敵って訳じゃあ無いけど多分、一戦交える事にはなると思う。新しい盟主を見つけたって言ってたしね」

「へー。人間でラナちゃんを扱える人が居るんだ。それは確かにやってみたいね」

「後、帆村(技銃師)が東方の揚禅を倒した直後に一度動いて貰うからね。また「あれが食べたいっ!」なんて言ってどっか行っちゃ駄目だよ?」

「ぶぅ・・・。そんな事しないもん」

 そして統一郎は武器をルシエドに手渡しながらも、見張っていなければ絶対に逃亡する、と言う確信がある故にリーゼにもう一度、その事を注意し一同は解散となる。だが、その中で、フェルトとイザベルを先に行かせ、ホアンだけを呼び止め廊下の突き当たり。丁度、既に陽の沈みきった街の西通が窓から見える場所である意味、本当の本題を切り出した。

「ホアン。分かっていると思うけど」

「シーグル様を戦場に連れ出すな、だろ? ちゃんと覚えてるよ。リーゼ辺りが聞いたら腰抜かすだろうなぁ」

「いや、その事じゃないんだ。これはそれとはまったく別件。個人的なお願いだ」

「ほう・・・お前がなぁ」

 真剣ではなく、何処か朧気な雰囲気すら受け取れる瞳が統一郎の顔にはあった。

 今から話す事が自分自身が確証の持てない事であり、それに縋る様な真似は正直したくないのだ。それ故に、彼の表情は風貌と同じ、悩む青年のまま。

「んな顔すんなよ、お前らしくない。軍師ってーのは、でんと構えてるもんだぜ」

「ラナ見たいな事を言うな、君は」

 しかし、踏ん切りが着いたのだろう。その表情には既に迷いは無く、むしろ輝きを取り戻した刃の様。

「もう一人、探して欲しい人物が居るんだ」

「名前は?」

「それが、分からない」

「・・・・・二つ名が有名なヤツか?」

「いや、僕もつい最近知ったんだ。竜脈の記憶<アース・ライブラリィ>が漸く使える様になったんでね」

「そりゃなんの呪文・・・いや、禁呪、か?」

「簡単に言えば、大地に記録される全ての情報を引き出す禁呪、だね」

「って事は、ほぼ知られていないって事か。にしてもお前、普通簡単に呪文を造り出すか? 魔導神だからってのは分かるがよぉ」

 話が分かる相手で助かったと、半ば胸をなで下ろす統一郎だが、皮肉混じりの笑みがいつの間にかその表情に浮かんでいる事を気付いていない。

「いや、ほぼなんてもんじゃない。それにさっき知ったって言うのは、名前じゃなく存在その物。まさかあんな人物が居るとは想いもしなかったしね」

「お前にそこまで言わせるんだ。四帝対策として、シーグル様と同等の実力って所か?」

 頷き、それが用件の真意なのだと納得するホアン。だが、その時、統一郎は視線を彼から外し漏らす様に言った。

「四帝全員揃っても、適わないんじゃないか? あの、闘神って男には」

「・・・・・・えたく単純な二つ名だが、何者だ? そいつは」

 ホアンの疑問も当たり前の事。

 統一郎自身、冗談は言うが、その時の表情は笑っているのだ。

 だが、今の統一郎は笑いもせずに、ただ、陽の落ちる風景を見ながら食いしばっている様子。

 初めて出逢った時から一度も見た事のない、悔しさと言う表情がそこにはあった。

 そして統一郎は問いに答える。

「四帝がまだ六帝<ジハード>と呼ばれていた頃、夕闇の殺戮者って言われた男さ。たった一度、戦場に降り立ち、それだけで六帝は戦慄いたらしいよ。何せあの時の、ただ殺す事が楽しくて楽しくて仕方の無かった僕が恐怖を感じたからね。あの時だけだよ、僕が恐怖を感じたのは」

「・・・・・敵に回すなら、味方、もしくは中立で居させるって事か。んな相手の交渉役が俺で良いのか?」

「良いのさ」

「何故」

 そして元の、いつもの表情に戻った統一郎は戯けた様に言って見せた。

「こう言っちゃなんだけど、正義感の薄い人間って言うのは、自分に正直だからね」

「あ? なんだよそれは」

「そうやって不満も嬉しいことも、直ぐに顔に出る方が信用出来るって事さ」

「・・・・ますます分からん」

「はははははっ。ま、取りあえずシーグルの方を先に頼むよ」

「分かった」

 釈然とせず、何が言いたいのか結局分からずじまいで納得が行かないと言うホアンとそこで別れた統一郎。だが彼は自分の奥底に眠る感情を思い出した時、彼は自分の表情が表に出ている事など分からなかっただろう。そしてふと窓際に映る自分の表情を見た時、それが不安だと気付いた時、静かに彼は嘲笑した。

 ホアンに話した理由が、頼み事と言う名目を借りた、ただの気を紛らわせる行為だった事に気付き。

 大地の記憶を読みとり、その上で見た闘神と言う男の実力は計り知れぬ物がある。それこそあの時代に存在し、最強を名乗っても良い六帝、四魔王はもとより、その双方の名前が知れ渡りすぎた為に、時代と歴史と言う名の時間に葬り去られた「緋色の瞬光<シャイン・スカーレット>」と言う二つ名を持つたった一人の伝説の剣士と同等かもしれないのだ。四帝がまだ六帝と呼ばれていた頃、その内の二人を葬り去ったのはその緋色の瞬光たった一人なのだから。

 その上、残りの四帝に傷を負わせたのもそのたった一人の剣士なのだ。そして大地の記憶を読みとった時、統一郎はその剣士が目指していた目標を知る。

 それが、闘神と呼ばれる一人の男。

 そして彼はこの大陸に眠る、消える筈のない記憶の中で、掠れ見えなくなっている記録の中で、闘神と言う人物と共に居たシーグルを見ている。その時の彼女とその男は、この大地に降り立ったとしか表現できない映像と言う大地の記憶と共に。

 そう思った時、昔抱いていた疑問が過ぎり、彼はまた嘲笑した。

 四魔王の一人である彼女は、四魔王と呼ばれる以前、ある場所で知り合った仲間。

 憎しみを瞳に讃え、自分の腕の中で永久の眠りに付いた緋色の瞬光と言う女性を抱き、それが初めて出逢った時の事。

 この世界ではあり得ぬ力を持つ彼女は、あの時の統一郎達三人に取っては強いと言うだけで何も気にはしなかった。

 そうでなければ、無駄な疑問を抱いたままで四帝に勝てる程強くは無かったが故に。

 だが冷静に、魔導の神と言われるまでの力を持った者として考えて見れば、確かにあれは何もかもと比べ異質と言える程の力だっただろう。

 シーグルの力は、この世界に不釣り合いな程巨大なのだ。

 荒削りと言っても良いと、だからいくらかの力を封じている、と彼女自身漏らしていたが、解放した時の力がどの程度なのかは想像も出来ない。

「一体・・・君はどこから来たんだい? シーグル」

 再会した時の台詞を噛み締める様に言った統一郎は、多分この事を言っても呑気に返すだろうルシエドの事を思い出し、溜息と共に愚痴を付け加える。

「ホント、ルシは呑気で良いよ。昔の姿でも、こう、言うに事欠いて「別に良いんじゃないの?」なんて言うだろうしなぁ。シュリも似た様な事気楽に言うだろうし」

 そして彼は深い溜息を吐き、心の中でルシエドの面倒を頼んでしまったリーゼに謝り、ここ数年顔も見ずに連絡も取っていない妻の顔を思い出しながら、当分の仕事に追われる様に、名高いハイルーン大学へと向かった。

 昔、短い時期だったが講師をしていたそこは、このガイア大陸の中で三つだけ存在する、彼の心休まる場所の一つなのだから。

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