そして統一郎は皇都にたどり着く筈だった。だが、元来彼は策士なのだ。それ故、戦友の家を出る時に張って置いた複線が役に立った様である。
「で、ルシは?」
レクトの街を越え、幾つかの農村に立ち寄る事無く来た場所は街道から離れた所にあるラ・ルーンの森。あまりモンスターが生息せずに安全な区域と言われているが、奥地に進めば漆黒の山脈が見える場所でもある。だが幾らモンスターが出なくとも、徒歩で歩ける地形でなければ人は近寄らず、四方何処までも気配は一切感じない。そして目の前に居るたった一人だけが、その異形の出で立ちで統一郎を見下ろしていた。
「ラ・ルーンの森で出逢ったハンターに頼みまして、皇都へと連れて行って貰えるように言いましたからもう安心でしょう。なかなか腕の立つ男でしたしね」
「ありがとう。で、君はこれからどうするんだい? 漆黒の山脈に帰るんだったら手伝って欲しい事もあるんだけど」
誰と出会った所で、統一郎の表情は決して変わらず微笑を浮かべ、見あげているその先にあるのは間違いなくレッドドラゴンの顔。深淵のジェイルと言う名の竜族であり、彼の旧知の友人でもある。
多少、知り合った経緯は普通でないが。
「別に良いですよ。ルシエド様の頼みと比べれば何だって楽に思えますから」
「その様子だと、色々と苦労を掛けた様だね」
「もうこれ以上ないって位我が侭でしたよあのお方は」
ドラゴン特有の低い声ではなく、青年風の声でレッドドラゴンは笑う。それが気に入っているからこそ、彼はこのジェイルにだけは頼み事をする。
「で、何です? 私がやる事って」
「ハーネル山脈にラナが居る事は知っているよね」
「居るのは知りませんでしたけど・・・・まさか今度はラナ様の夜のお相手なんて言うんじゃないでしょうねぇ。流石の私もあの人だけは勘弁して欲しい女性なんですけど・・・」
剣闘師の一人、二対の形無しことルシエドと連絡が付いていた事をラナに話さなかったのは彼が理由でもある。昔から彼はラナが苦手なのだ、と言っても、竜族であろうが魔族であろうがラナ・イアスことラグナロクの名を聞けば逃げ出すに決まっている事を見れば、恐れていると言うよりも、苦手と言う所だろう。
「ははは・・・心配しなくてもそれは大丈夫だよ。なんだか彼女、最近は同姓しか相手にしてない見たいだったしね」
「同姓ですか・・・はぁ。まぁ、ラナ様の趣味がそっち方向に走ってるだけ私たちは安心出来ますけどね。でもなんで分かるんです? まさか聞いたんですか?」
「血の匂いは何時も通りだったけど、それに混じって彼女の物とは違う香水の匂いがしたんだよ。流石に身体中にそれが漂っていれば嫌でも分かるさ」
何より、竜族と言う輩は統一郎達を恐れているのだ。こうして喋れる竜族の相手がジェイル以外居ないと言うのもその理由。
そしてもう一つの理由は、ジェイルのみが竜族の中で異端児だと言う事。
「それで、ラナがハーネル山脈を離れるらしいんだよ。で、そこを守って欲しいと言う訳さ」
「別に良いですけど、人間が襲って来たら私でも食べちゃいますよ? まぁ、男連中ばっかりだから美味しくもないでしょうけど」
「それで構わないさ。とにかく「どちら側」であろうと敵は始末して良いよ。そろそろ人間の戦争に荷担するのも飽きたしね」
「それは私も同じですって。もう貧弱な人間なんかに追われて眠れない日々なんてまっぴら御免ですからね」
ジェイルがドラゴン特有の笑った表情だと分かるのも、彼の第一印象が濃い所為だろう。
初めて出逢った時、彼は統一郎と一戦交えているのだ。
その時の彼の表情は、竜族の誇りではなく目先の欲の為に血走った瞳と死を恐れるあまり狂いきった表情をしていた。
そしてその時、統一郎はある決断を迫った。
死んで馬鹿な主に最後まで忠誠を尽くすか、それとも生きて竜族全体の未来を考えるか。
そしてジェイルは生きる道を選び、竜族の中で彼は「古の生還者<エンシェント・サバイバー>」と呼ばれ讃えられているのだ。
「それじゃ、私はそろそろ行きますよ。貴方もお気をつけて」
そして夕闇の空と同じ翼を羽ばたかせ、木々をその魔力で曲げながら飛び去ったレッドドラゴンを見ながら、彼は呟く。
「まぁ、これでまた彼も強くなるんだろうけど、それもまた一興か、な?」
苦笑しつつ呟いたそれは、ある意味を含む物。
生きる道を選んだからと言って、ジェイルはまだ諦めていないのだ。
かつて剣闘師と呼ばれる以前に、四魔王<レザシール>等と呼ばれていた頃の統一郎と再戦をする事を。
もしそれが復讐と言う二文字に血塗られているのならば、統一郎も迷う事無くジェイルを殺しているだろう。もしそれをすると言うのなら、恩を全くの無駄にしてしまったと言う事なのだから。
だがあえて、四魔王の統一郎とだけ再戦の約束を交わし、彼は今尚強くなり続ける道を選んだのだ。
その上変わった事に、唯一の弟子は知らないだろうが、ジェイルはその昔彼が魔導を教えた竜族でもあるのだ。
そして弟子の顔とジェイルの表情が、どことなく似ているから教えたのだと思い出し笑いをしながら、彼は中央ハイルーン城へと急いだ。

アナザー・ナイン・ファンタジー■ACT:IVORY PROMISE