「はぁ?」

 そうやって彼は馬鹿にした表情で目の前の机を挟んで座る男性に聞き返した。 だが、返ってきたのは至極当然と言った表情と言葉だけ。

「一応断って置くが冗談じゃないからね。この話は」

「いきなり・・・・いきなりそんな事言われて信じられる訳ないでしょうフツー」

「それは最もな事だな。もし、僕が君の立場でも同じ事を言って考えると思うよ」

 そして男は苦笑いして見せ、古めかしいシガレットケースから煙草を取りだし、喫茶店のロゴの入ったマッチで火を付けた。 余程こうして話している事が面白いのか、先ほどから上機嫌と言った風の顔と雰囲気が変わらないのは少々彼には気にくわない状況だ。 しかし、話をされて驚き、今の彼にはそれどころではなかった。

 それ程の事が、ただ、20年間何の変哲もない、否、少々変わった人生を歩んできた彼、 田上鳴海(たなかみなるみ)に取って、目の前の男の話した事は突拍子もない事なのだから。




































FILE001 [ M O N S T E R : Z O N E ]



































 こたつが嬉しい1月の半ば程の今は昼12時頃。20分ほど前、突如として鳴海の下宿先にその男がやって来た事からそれは始まった。 六畳一間のお世辞にも綺麗とは言えない部屋にやってきた客に、彼はそこで対応するのも失礼と考え、 近くにある学生達がよく来る喫茶店に脚を運ぶ事に決めたのもその為である。でなければわざわざ出費の嵩む事などせずに家でゴロゴロしているに違いなかった。

 家族構成は3年前他界してしまった両親と7歳年上の姉が一人と信長と言う、一風変わった名前を持つ雌のハスキー犬が一匹。 生まれた時は未熟児でもなく、かといってそれ程大きい赤子でもなかったとは両親から聞かされていた。 両親が旅行先で事故死した時、面倒を見てくれたのは自分の残った唯一の肉親である姉であり、既にその頃はバリバリのキャリアウーマン、と聞いていた。 その為別段心配する訳でもなく、両親の葬儀を終えて彼は大学入学にすれすれの所で受かり、こうして学業に精を出していると言ったのが彼の今の状況だった。

 無論、3年前の両親の事故の時は自暴自棄になってしまった事もあり、どうして良いのかも分からず学校も休みがちになってしまっていた。 だが、それを助けてくれたのが葬儀中から両親が死んだと電話で連絡があった時まで、表だって一度も涙を見せず気丈に振る舞って見せた、 現在仕事でどこかの海外に居ると電話で言っていた姉が居たからだろう。 親戚が一人も居ない両親に残され、近所のおばさんやおじさんに助けられて葬儀をした時、彼は姉の事を凄いと思って止まなかったのもそう言った理由があるからだ。 多少昔から虐められていたからと言っても、それ程辛く当たる訳でもなく、早くに自立していた姉が居たからこそ、今の自分があると言える程の人物である。

 しかし、先ほどの述べた様に彼には親類関係が一人も居なかった。姉と死んだ両親だけの変わった家族構成。 そして両親の祖父母は双方とも死んでいると聞かされ、墓参りも年に一度必ず田舎まで行っていた記憶がある。 だが、目の前に居る男は喫茶店に入り席に着いた早々に「君のお父さんのお父さん、つまりお祖父さんと言う事になるけどね」と切り出し、実はつい 先日まで生きていたと言うのだ。そして死んでしまったが故に、こうしてこの男、実は弁護士であると言う身分を明かしながら徐々に事情を説明して行ったのである。

 だが、その内容があまりにも現実とは思えぬ程の物であり、彼は困惑していたのだ。

 彼の祖父は遺書に、自分が死んだら財産の一切を孫二人に渡し、屋敷の管理は長男である田上鳴海に一任する事にする、等と書いていたらしいのだ。 そして残した財産の総資産は約500億ドル。何処にそんな金があるのだろうかと疑問に思う程である。 だが生前、鳴海の祖父は株で大分儲けていたらしく、目の前の男が言うにはそう難しい事じゃなかったらしいと言う事だった。

 だが、かと言って、鳴海はそれが現実と認められたとしてもそれを素直に承諾する気にはなれなかった。

 確かに500億ドルの資産と屋敷と言うのには惹かれる物があり、全く興味が無いと言えば嘘になるだろう。そしてそれが先ほどまでの話し。 だが、遺書にはこうも書かれていたらしい。

「君のお祖父さん、設楽鉄也(したらてつや)さんは少し女癖が悪くてね、何人か女の人も囲って居たらしいんだよ。 その結果、その住んでいる屋敷には一人メイドが居てね、彼女の面倒も見て欲しいって事なんだよね」

「はぁ? メイド? そんなまた時代錯誤な・・・」

「いやいや、これもまた冗談じゃないよ。綺麗な人でねぇ、君のお姉さんと良い勝負かもしれない」

「ウチの姉はそんなに美人じゃありませんよ」

「そうかい? 雑誌の表紙を飾っていた事もあるんだがね」

 鳴海は知らなかった事実。多分、遺産やそのメイドの事よりも姉が雑誌のモデルになっていた事の方が面食らった感じである。 もしかしたら、あまりにも子供の頃から知りすぎていて、たまに家に帰ってきた頃には風呂上がりに素っ裸で平気に部屋の中を徘徊していたり、 パチンコや競馬と言ったギャンブルにのめり込む凄い様を見ていたり、大酒のみの上にヘビースモーカー故にそんなイメージで見れなくなっていただけかもしれない。 そんな事を考えていた鳴海だったが、弁護士、阿士花達也(あしはなたつや)は少し真面目な面もちで鳴海の顔を睨んだ。

「なんです? そんな怖い顔して」

 無論、それに鳴海は怪訝な顔をしてそう言うしかない。先ほどから達也が苦笑していたり豪快に笑ったりと、弁護士と言うイメージとはかけ離れた表情を し過ぎていた為、そう思うのかもしれない。だが、むしろ今、自分を睨んでいる表情の方が弁護士と言っても信じられる様な表情ではあったが。 そして達也はその表情のまま話を続けた。

「そしてこれから言う事、見聞きする事は絶対口外無用だと肝に銘じて欲しい。でなけりゃ僕は君を殺さなくちゃならない」

「はい?」

「とまぁ、真面目に言ってみたが僕には似合わないねやっぱり。さて、そろそろ行くかい?」

 そしてまた表情を崩し、何処か人なつっこい表情をしながら達也は伝票を持って立ち上がる。だが、鳴海には展開が急すぎて理解出来なかったらしい。 そして達也は鳴海を急かす様に言った。

「話しで聞いてたって実感出来ないだろ? 書類上はもう君の物なんだから一度見に行こう」

 そして鳴海は訳も分からぬまま、達也と一緒に店を出る。

 そうして一時間後、タクシーを拾って鳴海は成田空港へと来ていた。無論、何故ここに居るのか等全く検討も付かない様子である。 だが、達也は鳴海をロビーで一端待たせどこかに消えてしまい、10分ほどで何喰わぬ顔をし戻ってきた。 だが、行った時は一人であるのに、帰ってきた時は二人。スーツ姿の達也に対し、その人物は赤いカクテルドレスとハイヒールを履き、 何処かの高級ホテルのパーティーにでも居そうな程美しい、金髪碧眼の女性だった。

 しかし、その金髪美人。ここに来る前から、多分視界で鳴海を捕らえた時からであろう。 鳴海には痛いほどの視線を浴びせなにやら同行でも探るような仕草をしているのだ。 そして自慢ではないが鳴海は自分の事を「純和人」だと豪語する程、英語が出来ないのである。 それ故、止めて欲しいとも言えずにそれに耐えるしかなかった。

 しかしやがて気が済んだのか。女性は怪訝な顔から一変し、笑顔で鳴海を応対した。

「ゴメンねー。てっちゃんの孫にしちゃぁさ、ちょっと迫力に欠けるかなって思ってね」

「あ・・・。日本語、お上手なんですね」

「まぁね。てっちゃんにゃヤカマシイ程日本語教えられたからさ」

「はぁ・・・・」

 英語を話さなくて良いと分かった半分、なかなかストレートな物言いに面食らってしまう鳴海。それを見かねてか、否、楽しんでいる風にしか見えない達也は その女性の事を紹介した。

「彼女はアイリーンって言って、君のお祖父さんの彼女の一人さ。これからの空の旅を付き合ってくれる大事なパートナーでもある」

「ヨロシクね、ナルミ」

「は、はい。宜しく・・・・・・?」

 そして鳴海は顔を赤らめながら差し伸べられた手に握手で応えた。だが、ここが空港であり、飛行機で何処かに行くと言う事は検討が付いていたがまだ 聞いていない事に気付き少し表情を変える。

「どうかしたのかね?」

「ちょっと待ってください。さっきも聞きましたがこれから何処に行くんです」

「聞いてないの?」

「全然」

「ニューヨークだよニューヨーク。言ってなかったっけ」

「聞いてませんってば。第一僕はパスポートも飛行機代さえ持ってないんですよ?」

 しかし達也とアイリーンは顔を見合わせやがて笑い出した。何が可笑しいのか分からない鳴海に取っては不愉快な時間に違いない。 だが、アイリーンは鳴海と腕を無理矢理組みながら耳元で息を吹きかけるようにして言ってみせる。

「やっぱり500億ドルもの遺産とかよりももっとスケールのちっちゃい話の方が実感できる見たいね」

「余計なお世話ですよ・・・・」

 そしてくすぐったい反面、腕に当たる豊満な胸が刺激的に感じられる鳴海は更に顔を赤らめながら少しいじけるしかなかった。 だがアイリーンに続き達也も説明する様に言ってみせる。

「パスポートは君のお姉さんが渡してくれたんだよ。昨日逢って来てね。飛行機代もお姉さんから貰ってるから安心して良いよ」

 そしてそそくさと歩き始め、アイリーンに腕を組まれた羨ましい格好のまま鳴海も続く。 そうして鳴海は流されるまま、初めての海外旅行をする羽目になってしまった。







 そしてニューヨーク。飛行機の中で過ごした時間など半分も覚えていない状態の鳴海。 両隣に達也とアイリーンに囲まれファーストクラスに乗る時は「あのどケチな姉が代金を?」等と思ったが、直ぐにアイリーンとの 会話に飲まれてしまい、気が付けばニューヨークと言った具合だった。それ故機内食も何も食べずお腹は鳴る一方であり、少々辛い状況とも言えるだろう。

 空港を出て直ぐにタクシーに乗り、ニューヨークのビル街へと繰り出した三人。 そして日本よりも遙かに寒い道中、マクドナルドで軽食を済ませてからそこに着いた先で鳴海は心底面食らった顔をした。

「ここが君のお祖父さんの残した屋敷遺産の一つでね。さ、入ろうか」

 だが、そう言われてはいそうですかとすんなり入れる鳴海ではなかった。

 何せ目の前にあるのは屋敷と言うよりも明らかに巨大なビル。真上を見上げて漸く建物の最上階が見える程大きなビルなのだ。 それも出入りしている人物達は明らかに日本で見ているサラリーマンとは違い誰もが日本人ではなく外人でスーツを着こなしているのだ。 正月気分も抜けきらない鳴海に取っては「エライなぁ」としか表現できない連中だろう。 その上、黒ジーンズにTシャツにデニムのシャツを上から着て、その上を革ジャンで締めくくっただけの姿で 出てきた事をこんな所で後悔しようとは思ってもみなかった。 だが、思えばアイリーンに飛行機に乗っている最中以外ずっと腕を組まれている為、逃れられもせずにそれに従うしかなかった。

 有無も言わされず中にはいると大理石に囲まれたロビーが広がり、そこには忙しそうに歩む人々が居た。 そんな場所を日本人が礼儀も知らない格好で来たせいもあるのだろう。その上自分の横に居るのは空港から何人か見てきた外人女性よりも美人なアイリーン。 非難と嫉妬の視線で身体中が痛いのも致し方のない事だろう。だが、そんなロビーを迷わず進み、否、連行されながら着いた先はエレベーターの前だった。

 そして自分たち三人以外誰も居ないエレベーターに乗り、一体何階まで行くのだろうかと数字を点滅させる電光掲示板を見、 それが丁度46階になった所でドアが開く。そして絨毯の敷き詰められた廊下を進みながら奥に見えてきたのは大きなドア。 そして達也は迷わずそのドアを開け放ち、その先に待っていたのは鳴海の良く知った人物だった。

「よっ。久しぶり」

 そう言って軽く手で会釈したのは鳴海の姉、麗(れい)だった。スーツ姿に身を包み、やはり家で見せる表情とは少し違う表情をしている。 それが仕事をしているのだと言う事を実感させ、自分の生活面での面倒を見てくれる事を感謝したい程だった。 だが、それは半分であり全てではない。それ故、アイリーンに腕を組まれている事も忘れて姉に詰め寄る。

「久しぶりも何もないんじゃないのか? 第一どういう事だよ姉ちゃん。俺には何がなんだかさっぱりだ・・・・ ってー弟が困ってるのに呑気にまたワインなんて飲んで落ち着いているとは思わなかったよ」

 それが鳴海の姉に言いたい、言いたかった事の全てではなく大半。しかし、麗は何喰わぬ顔をして言い返す。

「別にイイジャン。初めての海外旅行も楽しめた訳だし、隣りにゃ綺麗なお姉ちゃんに腕組んで貰って鼻の下延ばしてたくせに」

 否、それはいかにも全部お見通しだと言う事を言っている様な、鳴海に取っては小憎たらしい顔だった。 だが、喧嘩に発展する前に話したい事があったのだろう。達也がそうそうに話を切りだした。

「さて、役者が揃った所で我が家に帰ろうか。鳴海もちゃんとご飯を食わしてくれって顔をしている事だし」

「我が家? 僕のお祖父さんの屋敷じゃないんですか?」

「阿士花、まだ話してなかったのかい?」

「・・・・・勘弁してくれよ。まだ何かあるの?」

「タツヤ、良いんじゃない? もう話してもさ」

「だが説明した所で簡単に信じられる話しじゃなかろう?」

「それはそうだけどさぁ。ねぇ、レイ」

 そしてアイリーンに同意を求められた麗が応えようとした所で部屋の中に携帯のベルの音が鳴り響きそれは中断される。

 携帯の主は達也。早々に電話を取り、英語で会話を始めた所でにやりとした顔をして見せ、話が終わったのだろう。 直ぐに電話を切ってしまった。そして提案する様にアイリーンと麗に視線を向け、二人は少し考える様な表情をしていたが、仕方ないと納得したのだろう。 麗が鳴海の肩をぽんと叩き、残念そうに言った。

「この歳で死ぬ覚悟しなきゃならないなんて、アンタも大変だねぇ」

「はぁ?」

 だが無論、何を言っているかなど鳴海には理解出来ない。理解出来ない事だらけで頭がパンク寸前と言っても良いだろう。 他の三人はしっかりと理解しているが故に、自分たちのするべき行動を始めた。

 まず、達也は部屋の中にあるクローゼットの中から大きな木箱を取りだし、それを部屋の中心に持ってくる。 いかにも重そうなそれ。事実重いのだろう。その中の物は置いた時の「ガチャガチャ」と言う音から金属製の何かが入っている事は想像出来た。 次にアイリーンは別のクローゼットから何着か服を見繕いそれを近くにあったテーブルの上に乗せ考えている様だ。 服の種類、男物だと言う事から鳴海が着る事になるのは多分間違いないだろうと鳴海は予測する。そして麗は自分の鞄だろうか。 その中からある物を取りだし、無造作に鳴海に投げ渡して見せた。だが、それを持ってやっと何かを確認した鳴海は顔を青くする。

「ね、姉ちゃん!?」

「何、銃位見た事あるでしょ? あ、日本じゃ銃刀法違反で捕まるか」

「は、は、は、犯罪じゃないか!?」

「何言ってんの。ここはアメリカ。別に銃持ってても犯罪じゃないわよ」

 そして何喰わぬ顔でそう言った所で、木箱を持ってきた達也がその蓋を取る。 その中には映画の中でしか鳴海は見たことのない銃器がずらりと並べてあった。 それを見繕う様に幾つかだし、弾込めと弾薬の確認をしているのだろう。とてもでは無いが普通の弁護士の手つきには素人の鳴海でも見えない。

 そして服を選んでいたアイリーンは二着の服を鳴海にではなく達也と麗に渡し、そして自分も武器をと木箱の中からホルスターと拳銃を装着する。 その様子を見ていた鳴海はいきなりの事で自分は驚いているかと思っていたが、案外そうではないらしく、むしろどうにでもなれと言う具合で姉に質問した。

「なぁ姉ちゃん。もう驚かないからちゃんと説明してくれよ」

「少なくとも後一回は驚くからその辺は宜しく」

「何が宜しくだよ全く・・・・」

 そして話を結局はぐらかされ、何も聞けぬまま銃の扱いをアイリーンが説明し始めた。

「ナルミ、銃の扱い方は知らないだろうから教えて置くね。こうやって安全弁を外して、目標に銃口を向けこうやって構えて・・・・」

 しかし、鳴海はまだ気付かなかった。この三人が先ほどと比べ、その表情を少し強ばらせていたのを。 だがそれも一瞬の事。疑問に思い始めた所でいきなりドアが開き、それはやって来た。

グルォォオアアアアア!!!!!

 否、ドアをわざわざ開いてではなくぶち破ってである。それを見て達也と麗は直ぐさま銃を構え弾丸を乱射し、アイリーンは鳴海を抱えて床へと伏せた。 だが、鳴海の目に焼き付いたそれは床が顔と密着している今でも頭の中を駆けめぐりある大きな疑問を抱かずにはいられなかった。

『あれは何だ!?』

 もし、初めてそれを見る者は誰もがそう言うに違いないと鳴海は思っていた。耳には銃声が幾つも聞こえ「それ」の発しているであろう怒号と悲鳴の入り交じった 雄叫びが聞こえる。そんな中で鳴海は「それ」の正体を考えた。

 第一印象は毛むくじゃらの狼男。狼は動物なので毛むくじゃらでも可笑しくはないだろう。だが、その狼は二足歩行し、まるで人間の様な身体をしているのだ。 だから第一印象の狼男と言うのも間違いではないだろう。だが、問題は何故、ビルの一室にいきなり狼男が現れたかと言う事である。 それも第一声と登場の仕方からしてここに居る誰かでも狙っているのであろうか。 明らかに敵意むき出しのうなり声と犬歯をむき出しにした口は現実。 それを直視した時、鳴海は自分の取った行動に自分でも驚いた。

 先ほど教えられたアイリーンの言葉。

『安全弁を外し、銃口を相手に向け、引き金を絞る・・・・・それだけ』

 それを頭に浮かべながら鳴海が取った行動は明らかに日本人、いや、平凡な生活をしていた者の取る行動ではない。

 しっかりと構えた銃は震える事なく目標物、即ち、狼男の眉間に狙いを定め、躊躇う事無く引き金を絞り放たれた銃弾は狼男のそこに見事に命中したのだ。 それも銃の反動を殺すために銃弾が放たれた後しっかりと腕を振り上げ腕の骨には全く痛みも感じなかった。 そして自分のした事を気付いた時、狼男の頭は弾け飛びながら後ろへと倒れた。

「あ・・・・・・」

 何が起こったのか。まるで理解できないと言った面もちの鳴海。それは仕方のない事なのだろう。 そして感嘆の言葉を漏らしながら麗は言って見せた。

「上手いじゃない。さ、ぼけっとしてないでさっさと退却するわよ」

 そして呆ける鳴海の腕を引っ張りながら走りだした。

 廊下に出て直ぐ、エレベーターが使えない事は中に居た人間であった塊を見れば一目瞭然。計器やボタンパネル壊されてしまい、エレベーターの中身も人の血と 壊れた壁のただの箱と化している。そして他のエレベーターも同じなのは自分たちが居る向こう側に居るのがその理由であろう。 今度は狼男ではなく丁度居合わせてしまった人を喰らっている最中の普通の男だった。だが、肌の色は恐ろしいほど白く、目は赤みの掛かった輝きを放っており、 その口には血が滴り食事を邪魔されたと言う不快感に歪んでいた。

 だが、やはり先ほどの狼男の時と同じく慣れているのか。今度は鳴海の腕を掴んでいる麗に変わってアイリーンと達也が銃をそれに向かって撃ちまくる。 そして気付けば達也が脇に抱えているのは先ほどの武器の木箱。 それをひったくる様にして鳴海を離した麗が取り床に置いたかと思えば一瞬の内にそれを組み立ててしまい、 映画や何かでヒットマンやスナイパーが使っていそうと思った鳴海の考えは少し間違い。 それは戦争で十二分に現役活躍している程威力があるサブマシンガンだった。

「退いて!!」

 そして麗の声と共に前を塞いでいた達也とアイリーンが横へと避け、麗の銃が咆哮を上げる様にして銃弾をそれに向かって撃ち込みまくる。 それに続き達也がやはり木箱の中から何かを取りだし、弾が切れたのであろう、自分の銃の弾倉を引き抜き新たに取り出したそれで敵を撃って見せた。 だが、それがトドメになったのであろう。思い返せば銃に撃たれながらも此方へと何喰わぬ顔で向かってくる敵が苦しみ初め、やがて灰となって消え失せてしまった。

「急ぐぞ、鳴海君」

 そしてまた、やはり腕を引っ張られながら鳴海は廊下を駆け抜け唯一残っていたエレベーターに乗り込む。 直ぐさま一階のボタンを押したのはなだれ込むように最後に入ってきたアイリーン。だが、彼女はドアが閉まると同時にどこから持ってきたのだろうか。 小型のモバイルを取りだし、半ば無理矢理と見えるやり方でエレベーターのパネルを剥がして中の配線とモバイルの配線とを直結させ楽しむ様に言った。

「こっちは終わったよ。撤収準備は整ってる?」

『準備万端抜かりは無しだゼ〜』

 そして多分、そのモバイルから流れ出たと言う声は何処か語尾の変な女の声。そして細工でもしてあるのだろう。 少々体重の変化をかなり感じる程早くエレベーターは速く一階にたどり着き、また鳴海は誰かに腕を捕まれ走る事になった。 だが、来た時とは違い、ロビーではなく向かうは裏口であろう。どんどん人気のない方へと走り、従業員の怒る声を交わしながら厨房を駆け抜け外へと出る。 そして外に待っていたのは一台のワゴン。それはまるで自分たちを待っている様に口を開けて待っていた。

 それに急いで乗り込む三人。鳴海は押し込まれる様にして乗った故に少し足腰が痛み生きも切れ切れだ。その中で車は急発進しながらドアは閉められた。 そうして漸く落ち着けるのか。隣に乗り込んだアイリーンは鳴海の顔を掴みながら言う。

「チェリーボーイかと思ってたけどやるじゃない」

 そして勝利のご褒美とばかりに鳴海の頬にキスをした。だが、今一状況が把握できていないのだろう。 美人の口づけにも気付かぬ風に鳴海は一番の疑問をぶつけて見せた。

「あれは、何?」

 だが、それ以外まともな言葉など浮かばないのだ。それ故、運転している見知らぬ女性は笑いながら言った。

「アハハハハ! 流石テツヤの孫だけあって肝据わってるネェ。ウルフマンとダンピールやっつけてWhy?たぁサイコーサイコー」

 テンガロハットで顔は見えないが、声から察するに誉めているのではなくからかっているのだろうと言う事は今の鳴海にでも分かった。 だが、隣にいたアイリーンがなにやらもぞもぞ動き出した為、 そちらに視線を向けるといきなり下着姿の女性が目の前に居ると言う事実故に頭は冷静な状態から一気に沸騰してしまう。

「触りたい?」

 そしてアイリーンの挑発的な言葉と笑みの為、一瞬我を忘れそうになるが姉の痛い視線を感じ目を伏せる。 その後隣りでは車が止まるまで、艶めかしい声と衣擦れの音に支配され鳴海は尋常な気分ではなかった。

 そして意外と早く車が止まり、前の座席に居たテンガロハットの女性と他の三人も降りた為、鳴海も習う様にして車を降りる。 だが、今日は驚きがあまりにも多すぎた為、最後に目にした屋敷はそれ程凄いとは思わなかった。 しかし、まだ驚く事はあったらしい。

 玄関のドアが開き中から出てきたメイド服を着た女性は雪のように白い肌と月のような透き通る金色の瞳を持った美しさを放つ女性だった。

「おかえりなさいませ」

 そして落ち着きを払いそう言ったかと思えばいきなり鳴海の方に向かい駆け出し、挙げ句の果てには鳴海に抱きついてきたのである。

 やはり今日は驚きと理解に苦しむ事の連続だと思いながら、鳴海はまだ、今日が終わらない様な気がしていた。

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