「あ、あの・・・ですね・・・」

「ほら鳴海、そこでいちゃついてないで早く入るわよ。寒いんだから」

 確かに季節は冬ともあり、麗が雪が無い代わりに身を切るような寒さを感じるのは致し方のない事だろう。 だが、言われた当人の鳴海はそうではなかった。

 白い素肌の彼女。雪のように儚げなイメージがあったがそれは長い間感じていない、間違いなく他人の温もり。 それに包まれながら寒いと感じる事など鳴海には無いのだろう。そして気が付けば雪が降り始め、その中で短い一瞬、しかし、永遠にも感じられる時を その金色の目をした女性に包まれながら過ごす時間は懐かしく幸せだと、何故か思えた。




































FILE002 [ S N O W L i G H T : L A D Y ]



































 そして屋敷に入り、一番最初に通された部屋はフランス風の豪華な部屋だった。 家具は細長いテーブルが一つあり、食事の時にはさぞ寂しい雰囲気が出るのだろうと言うのが鳴海の正直な所である。 その他にある燭台や暖炉もどことなく儚げに見え、確かにこの家は主人の居ると言う華やかさが欠けているのだと痛感せざるを得ない。 そして何より隣りに居て紅茶を入れてくれているメイド姿の彼女はこの屋敷の中で一番寂しげに、鳴海の瞳には映っていた。 金色に輝く瞳は確かに美しいのだが何処か生気が感じられず、その肌も綺麗だと思えるのだがやはり死人の肌の様でそれら全てが彼女が涙も流さず泣いている 様に思えてしまうのだ。そんな彼女を横にしながら、目の前に居た達也は話を切りだした。

「どうだい? 落ち着いたかい?」

「あ、はい。御陰様で」

「なら、もうそろそろ話そうか。まず、彼女は昨日言ったと思うんだが、ここのメイドのリリアさんだ」

 そう言われ彼女、リリアの方を向くと優しく微笑みかけられ、鳴海は赤面してしまう。だがやはり、その微笑みは何処か寂しげに見える。

「で、さっきのテンガロハットのカウボーイ姿の女性(ひと)はティナって言って、まぁ、細かい事は本人に聞けば良い」

 そして達也はテーブルの上で指を弄んび少し迷うような仕草を見せた。これから話す事をまだ、話して良いのか悪いのか判断仕切れないのであろう。 だが、どうやら隣りに座って音を立てながら紅茶を飲む麗に睨まれ、覚悟を決めた様だ。

「何度も言うようで悪いが、昨日言った通り、これから話す事、も、一切口外無用だから、そこの所は納得して欲しい」

「言ったって誰も信用してくれないような事ですよ」

「確かにそうだな。ははははは」

 達也は笑い声をわざと口から出して言っている様にしか鳴海には見えない。だが、既に覚悟は決まっている様で、大人しく全てのいきさつを話し始めた。

「まず、アイリーンやティナ、リリアは君のお祖父さんの彼女や妾だって言うのは嘘だ。そう言う理由の方が君も納得して貰えたらしいからね」

「はぁ? あんたそんな子供だましに引っかかった訳?」

「麗、少し黙ってくれ。で、だ。ここに君を招待した理由は確かに鉄也さんの財産を君に渡す為もある。けど、本当の理由は別の所にあるんだ。 それがさっき僕らの目の前に現れた化け物。僕らは「HAZARD HUMAN(ハザードヒューマン)」、通称H2と呼んでいるんだ。そして僕らは それを狩る者。HUNTER(ハンター)と呼ばれていて、歴としたお国公認の公務員でもある。そして君のお祖父さんはそのニューヨーク支部のボスだった訳だね。 で、君のお祖父さんは死ぬ時に次のボスは君だって言う事を言って死んでしまわれたんだよ。ここまでは分かって貰えたかな?」

「はぁ・・・少しは」

「今はそれで良い。けど、これからはそうじゃ困る。何せ僕たち全員の命を預けなくちゃならなくなる。だから正直な所、 僕は君にHUNTERの統括者。「HAZARD HUNTER(ハザードハンター)」にはなってもらいたくない」

「なら、他の人にすれば良いだけじゃないですか」

「そうはいかない理由もあるんだよ。麗」

「へいへい」

 そして促された麗は机のしたからある物を取りだした。それは何かの家系図の様な物であり、鳴海は自分の方にある名前の幾つかが自分の名前や姉、両親の名前だと 言う事に気付く。だが、その他の名前は全く知らない人々の物ばかりであった。

「これが・・・・?」

「うん。これが理由。そこにあるのが君の名前、で、少し遡ると」

 そう言いながら達也は鳴海の名前から少し上に行き、丁度「設楽鉄也」と買いてある所に指を止めた。

「これがお祖父さん。つまり、先代の「HAZARD HUNTER」だ。で、その前の「HAZARD HUNTER」が、もう一代遡ったこの人」

 そうして達也が止めた場所の名前は鳴海の全く知らない人物だった。だが、達也が何を言わんとしているかはまだ分からない。

「そしてその前の「HAZARD HUNTER」はこの人、その前はこの人って具合なんだよ」

「今一・・・・分からないんですが・・・」

 そして鳴海がそう言った所で、鈍い弟に嫌気が差したのだろう。麗が怒鳴るようにして口を挟んだ。

「あーもう!! 要するに一代置いた先の人が「HAZARD HUNTER」だって言う事なの! 私たちから見ればお祖父さんが「HAZARD HUNTER」、 その前は私たちのお祖父さんのお祖父さんがそうなの! いい加減納得しなさい!!」

「こらこら・・・」

 その説明の仕方に多少問題有りと感じた達也が制し、麗は大人しくなるが、鳴海が成る程と思いながら頷く姿にまた暴れ出しそうにもなっていた。 そして暫く頷いていた鳴海だったが、自分の置かれている状況を漸く把握し、目を白黒させる。

「だから僕があんな事しなくちゃならないんですか!? そんな殺生な・・・」

「君も古いねぇ。今日日の若者が殺生だなんて言葉使わないだろう。だが、まぁ、この家系図を見て分かって貰えた通り、隔世遺伝で「HAZARD HUNTER」は決まって 居るんだ。だから君だけではなく、麗にもその権利があると言えるね」

「なら」

「だけど私じゃ無理なのよ。でなきゃあんたに頼みに行かないわよ」

「そう、麗には無理な理由がある。そして君には可能な理由がある。なんだか分かるかね?」

 まるで小学校で何かを教えている教師見たいな口調の達也に、鳴海はさっぱりと言った顔をする。今一共通点やそうでない点が曖昧すぎて分からないのだ。 だからこそ、姉の麗も苛つくのだろう。

「受け継いだ血の濃さで決まるのよ。あんた忘れちゃった訳? 初戦にも関わらず貴方銃弾一発で狼男(ウルフマン)を倒したのを。少なくとも私でさえ 貴方とは違って最初は震えて見ているだけが精一杯だったのよ。でも、貴方は震えるどころか一発で倒しちゃったのよ。普通の銃弾で奴らが倒せないのにも関わらず!」

 その口調には明らかに悔しさが秘められていたのだろう。少し涙ぐみながら言っている辺りはやはり自分の姉だと鳴海は思った。

 例え弟であれ、麗は男に負けるのが昔から嫌だったのだ。何があったかは鳴海も知らないが、喧嘩で負けたのがその原因らしく、 そこで何かを言われ、彼女はそれから強くなったのだと、死んだ母親が言っていたのを思い出した。そして達也が麗の言葉を引き継ぐ様、話を続ける。

「そう、君は普通の、何ら変哲のない銃弾で奴らを倒した。普通ならば色々と細工した特殊な弾薬を使わなければ倒せない。だが、君はそれをやって退けた。 それが何よりの「HAZARD HUNTER」である証拠なんだ」

 だが、そこまで言った所で達也の表情は柔和な物から厳しい物へと変わり、睨み付けられた鳴海は一瞬身を引いてしまう。そしてそのまま、達也は続けた。

「だけど、だから僕は君に「HAZARD HUNTER」になって欲しくない。何せ今まで一般の生活に溺れて来たんだ。だけど、それでも君にはなって貰わなくちゃ困る 自分も居るんだがね」

 そしてまた、柔和な表情へと達也は顔を変えた。それ故、鳴海は達也が一体どんな人物なのか検討も付かなくなってしまう。

 全く本心が見抜けないのだ。確信を言う訳でもなく、かと言って遠回しに言っている訳でもない。そして達也は鳴海の答えを待たずしてある提案を提示した。

「で、今のニューヨークのHUNTERを代表して言わせて貰えば君に試験を受けて貰いたいんだ。本当に僕らのボスになる資格があるかどうかをね」

「でも僕はそんなのになるつもりなんてこれっぽっちもありませんよ。どうして僕じゃなきゃ駄目なんですか!」

「言っただろ? 全ては血だって。でなければ失礼な言い方かもしれないが、君みたいな一般人を巻き込むつもりなんて僕には毛頭ない。 けど、君は事実、鉄也さんの血を継ぎ、力も持っている。その力は君の将来を左右する程強い物なんだ。それがどんな事をしでかすかは分からない。 鉄也さんが言うのは自分の中に魔物が住んでるって言う事らしいけど、君もあの時、聞こえたんじゃないのかな? 魔物の囁きが」

「・・・・・・」

「でなければ君はあそこで何も出来なかった筈だ。けど、君は現にやってしまった。そしてその時、君には試験を受ける義務が出来た訳だ」

「だからって・・・・本人の意思がないのにやらなくちゃならないなんておかしいですよ・・・・」

「言っただろ? 僕らHUNTERは公務員だって。国の管轄下に置かれてるだけあって、社会の規律は守らなくちゃならない。君の中に住む魔物がもし、外に出て君の意志 とは関係なく暴れ出したらどうするつもりだい? 少なくとも君は躊躇無く奴らの一人を殺したんだよ?」

 そう言われ、鳴海は漸く自分のやった事が実感できた様な気がした。

 あの時の光景を忘れていた訳ではない。ハッキリと自分の目で見、起こった事も事実。そして相手の頭が飛び散る瞬間を思い出した所で鳴海の顔は青ざめる。

 確かに達也の言う通り、自分の中には魔物が住んでいると鳴海は思った。でなければ冷静に銃を撃てる訳はないのだ。 そう、あの時の自分は驚く程冷静だった。まるで殺人機械の様に正確に相手の眉間に狙いを定めたのだ。 そしてその時、鳴海の瞳にはあの狼男の顔など映ってはいなかった。

 人型の何かを撃ったに過ぎない。あの時、ハッキリとそう感じていたのだ。後々になった今だからこそ、思い返せる事なのだろう。 だがそれは人型であるにも関わらず、躊躇う事無くトリガーを引けると言う事。 そして同じ様な状況下に置かれ、相手が人間であった時に自分を止められる自身など今の鳴海には無いのだから。

「とにかく、試験は受けて貰う。日時は明日の昼。今日はこの屋敷に泊まると良い。ああ、後逃げる事なんて考えない方が良いよ。 仮にも国家試験と言うだけあって、やらなければ君は犯罪者になってしまうんだからね」

 そして達也はかなり無茶苦茶とも取れる事を言って席を立った。 しかし、それに対し鳴海は何かを言える気力もなく、ただ、自分のやった事に対する罪悪感に苛まれるしかない。 そしてまた、同じように姉に助けを求めるのだが、今回は事情が違うらしい。麗は突き放す様に言って見せた。

「阿士花ははぐらかしてたけど、H2は本来人間なのよ。細胞劣化や遺伝子の異常が突然変異で起こった時、伝説上のモンスターが現れる訳。 そして私たちもそうならないとは一外に言えない。逆に私たちの方がなる確立は高いの。だから、それを適性試験で見定めて、受かれば助かる訳よ」

「じゃあ、落ちればどうなるのさ」

「死ぬだけよ。貴方も誰かれ構わず殺したい訳じゃないでしょ?」

「そうだけど・・・・」

「とにかく、受かれば助かってHUNTERにならなきゃならないし、落ちれば死ぬ。ただ、それだけよ。それ以下でもそれ以上でも無いわ。 じゃあね、おやすみ。リリアも早く寝なよ」

 そして麗は後ろ手を気楽に降りながら自室にでも帰っていったのであろう。だが、鳴海にはもう、何を言う気力も残っていなかった。

 全ての状況が自分に生き死にを懸けた試験を受けろと言い、逃げる事さえ出来なくなってしまったのだ。 その上、自分が殺した相手が幾ら化け物であったとしても、元は人間。つまり、人殺しをしてしまった訳になる。 それ故、彼の頭の中に大きな不安と恐怖が過ぎるのも当たり前の事。 そして彼は静かなリリアの声と共に、もしかしたら今日最後になるやもしれない寝室へと案内された。

「では、用のある時はお呼び下さい。隣の部屋に居ますから」

 その時、鳴海は彼女にどうしても聞きたくなった。

 何故、自分を抱きしめたのか。それが二人きりになって漸く気になりだしたのだ。だが、返ってきた答えは意外な物。

「やはり、お忘れの様ですね・・・・」

「一体どういう事だい?」

「お忘れ下さい。では・・・・」

「ちょ、ちょっと」

 そうしてリリアはやはり、寂しげな表情のまま自室へと戻り、鳴海は一人、ドアの前に取り残されてしまう。 そこで漸く、鳴海はその表情が自分に向けられている物だと気付いた。考えてみれば、あの表情は自分が彼女の顔を見た時だけにしていた様な気がするのだ。 そして後味の悪い心境で、何故、彼女が自分にそんな表情を向けるのかと考えながら部屋へと入って行った。







 そして鳴海は半ば寝不足のまま朝を迎える事になる。意外と試験の事よりもリリアの表情の事が気になった、と言うのが本音であろう。 何せ試験内容など何一つ聞かされていないのだ。覚悟を決めた、と言う訳でもないが、どうにでもなれと、それはそれで納得した様である。 最も、何が来ても平気と言う訳ではなく、自棄になった、と言う表現が適切かもしれない。だが、リリアの表情に関してはそうではなかった。

 抱きしめられた時感じたあの懐かしさを思い返し、そして思い当たる節が一つだけある事に気付いたのだ。そして結論はあれが二度目であると言う事を 思い出したのだ。だが、それが何時、どういう状況でそうなったのか等は全く思い出せず、自分の幼少の頃であろうと言うのが最終的な判断。 そしてそれを聞こうとドアの前に立った所で、ドアが勝手に開き目の前にはリリアが立っていた。

「おはよう御座います。朝食をお持ちいたしました」

「あ、どうも・・・・」

 だが、結局面と向かって聞ける程、鳴海は勇気を持っておらず、何も聞けぬまま、ただ、 リリアが朝食を部屋にあったテーブルの上に並べて行くのを見ているしかなく、結局最後までそうしている自分がもどかしかった。 だが、リリアがまた、寂しげな表情をした為、鳴海は勇気を振り絞り聞く気になったのだろう。

「リリアさん」

「はい・・・?」

「昨日一晩考えたんだけど、どうしても僕は君の事が思い出せない。だから教えてくれないか? それが駄目ならせめて、そんな顔しないで笑ってくれよ」

「・・・・・」

 だが、勇気を振り絞って言った事を鳴海は後悔する事になる。何せ寂しげな表情が今にも泣き出しそうな、本当に切なそうな表情になってしまったのだ。 それ故鳴海は心底誰かに助けを求めたい気分だった。だが、その助けは意外な所から現れる。

「リリア! 何処だい!!」

 外から聞こえてきた声はアイリーンの物。だが、優しげなそれから一変し、何か芳しくない事があったのだろうと直ぐ分かる声質だった。 それ故、呼ばれたリリアは直ぐに外へと出て、鳴海は一人取り残される事になる。だが、それも一瞬の事。直ぐにリリアではなくアイリーンが部屋の中へと入って来る。 そしてやはり、声と同じくその表情も真剣な物だった。

「ナルミ。予定は変更になったの。私と一緒に来て貰うわ」

「え?」

「試験は後日に繰り上げ。さ、行くわよ」

「ちょ、ちょっと待ってください。ちゃんと事情を・・・」

「目的地に着いたら説明してあげるわ。だから今は私に黙って着いてきて。お願い」

 その時のアイリーンの表情は鳴海には何処か、すまなそうにしている様な気がした。それが鳴海を黙らせる理由になり、アイリーンに腕をひっぱられる様にして二人は 外へと出る。そしてそこに待っていたのは一台のドアの開かれた車と昨日逢った、テンガロハットがトレードマークの女性、ティナだった。 だが、それだけではないのだろうか。鳴海は妙な違和感を感じながらアイリーンに引かれるまま、ティナに近づいて行く。

「じゃ、ナルミの事、お願いね」

「チャカもヤッパもあるからNo Problemね」

「あんたのそれが一番心配なのよ」

 そして二人はしばらく英語で言葉を交わすが、やはり違和感を鳴海はハッキリと感じ取っていた。いや、それどころかひしひしと身体に染み渡るように 強くなり、そして彼の目にはそれがハッキリと映った。

『なん・・・なんだよ、あれ!?』

 言葉に出来なかったのは心にある恐怖を感じ取ったから。昨日のあれとは違い、全く違う形をしたそれは徐々に自分たちの方に近づいてくる。

 形状で言えば霧状とでも言えば良いのだろうか。朝靄の立ちこめる辺りの景色に同化し、何ら変哲のないビル街の一角にもここは見える。 だが、それが何故かそこに居ると知覚して感じ取った時、彼の目には確かにそれが霧ではなく人型の魔物として見えていた。

『だけど・・・・どうする!?』

 今にも襲いかかろうとしているそれは確実に仕留められる機会をうかがっているのだろう。アイリーンもティナもそれには全く気付いていない。 しかし、鳴海が気付いていると言う事はそれにも分からない様だった。だからこそ気にもせずにゆっくりと近づいてくるのだろう。 そこで鳴海の頭には「武器」と言う単語が浮かび、辺りにそれらしい物が無いか視線だけで探し始める。そしてそれは意外にも近くにあったのだが、 効果があるのかどうか理解に苦しんだ。

 見つけたのは車の座席から見える一本の銀色に輝く抜き身のままの長剣。武器には確かになるだろう。 だが、相手が霧状と言う形になっているのに効果があるかどうか等鳴海には分からない。 しかし、相手は今にも二人に襲いかかってきそうに見える。そして相手がハッキリと動いた時、鳴海は意を決し行動に出た。

「な、ナルミ!?」

「でやぁぁああああ!!!」

ザキンッ! ザキンッ!!

ギヤャアアアアアア!!!!!!!

 その時の鳴海は無我夢中だった。とにかく一刀を相手に喰らわす事だけを考え、大きく剣を振り下ろしたのだ。そして手応えがあると感じた時、 身体をひねる様にして下に降ろした銀色の長剣を上へと振り上げる。それがトドメとなり、相手は叫び声と共にその姿を現した。

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・・」

 荒い息と共に極度の緊張感が解放された為だろう。鳴海はその銀色の長剣ではなく、何故か姿を変えてしまい大剣となった物 を杖が割りにして立ち、相手の変わり果てた姿を見ていた。 その姿は昨日見た、ティナがダンピールと称した者なのだろう。 断末魔を上げたままの表情で固まっていたその赤い目をした顔はやがて灰となり、朝靄の中へと消えていった。 そして一部始終を見ているしかなかった二人は驚いた様に声を上げる。

「スゲェ・・・。素人がオリハルコンの長剣をtransformationさせちゃったよ」

「まさか・・・・! ナルミ、何処か痛い所とかない!?」

 しかし、アイリーンにそう言われた所で鳴海は身体の奥から何かがわき上がってくる感覚に襲われる。それはどう表現すれば良いのだろうかと思った時、昨日の 達也の言葉が頭に浮かび、そうなのだろうと理解した。

 ハッキリと、痛みは感じぬものの、それはまさに心が喰われて行くと言う感覚だろう。恐怖感と憔悴感が同時に湧き起こり、そしてそれと同時に ある衝動に狩られもする。

 それは何もかもを壊したいと言う物。生き物でアレ、無機物であれ、それが物質であるならば何もかもを破壊せよと言う呟き。 言葉ではなく意志として鳴海の心を浸食し、彼は気を失う所で踏みとどまるのがやっとだった。

 何せ昨日、魔物になれば他人であろうと好きな相手だろうと殺してしまいかねないと達也や麗に言われたのだ。それが鳴海の心を引き留めている一番の原因であり、 最後の砦だった。

 だが、そんな薄れ行く意識でそれに勝てる筈もなく、鳴海は痛みを耐える為に閉じていた目を見開く。そしてまだ、事が終わっていない事に気付く。

 一番最初に目に入ったのは何かに向かって銃を撃っているアイリーンとティナの姿。そしてその方向に視線をやるとまるで怪奇話に出てくる様な 亡者達の群が見えるのだ。一般常識を未だに棄てきれない鳴海に取ってそこは現実ではなく非現実の中と言えるだろう。 だが、それは頭に思い描く希望や望みであり、現実ではない。現実は今、目の前にある映画のワンシーンの様な攻防戦なのだ。

 何をすれば良いのかなど、鳴海には分かる筈もなかった。だがまたそこで自分の中に居る魔物が囁く。それはハッキリとした物。

『殺セバ良イ、壊セバ良イ。ヤッチマオウゼ、ドウセ敵ダロ?』

 それは鳴海の奥底に再び湧き起こった感情を刺激し、肉体にまでその影響が来ているのだろう。筋肉と骨の軋みと共に、彼の肉体は徐々に変貌しつつあった。

「あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ!!!!」

 今まで感じたことのない痛みと共に彼の身体は変化し、やがて変わり行くその姿は獣そのもの。髪は長くなりその身を包み、肉体はまるで薬を投与したかの様に 膨れあがっている。だが、それら全てが彼の武器となる事を今か今かと待ち望み、彼の心に掛かった鍵を解き放とうと暴れ出すのだ。 それがまた彼の精神を激痛と共に蝕むのだ。

「く・・・そ・・・」

 耐えられる自信などなく、無我夢中でそれに抗う為に彼は自分の身体を腕で包み込みしゃがみ込む。だが、その瞬間頭に鈍痛が走った。

「!?」

 顔を上げ見やるとそこに居たのは一匹の狼男(ウルフマン)が立ち、 朝靄のそれよりも濃い吐息は紅く変色している様に見え、それが彼の何かを更に刺激したのだろう。 そして彼は咆哮と共に活動を開始した。

ゥォオオオアアアアア!!!!

 最初の咆哮と共に犠牲になったのは鳴海、いや、鳴海であったモノに攻撃を掛けた狼男だった。その両腕を鷲掴みにされそのまま引きちぎられる。 そして悲痛な叫び声を上げる前にそのとがった口を顎側から捕まれうなり声しか出てこない。そして確かに、その瞬間その狼男の目には恐怖が過ぎったのだろう。 潰される顎と共に絶命し、その後追撃を前頭部に受け血飛沫を上げながら吹き飛ぶそれはもう何も語ろうとはしないが。

 そして鳴海の行動が辺りの空気さえも変えてしまったのだろう。アイリーンとティナに攻撃を仕掛けようと群れていた亡者(グール)の視線が 鳴海であったモノに一気に収束されたように、今まで攻撃を仕掛けていた二人には思えた。それだけの殺気と生気の欠片さえ生まないそこに、何かが宿ったと言う事だ。 それに応える様、鳴海であったモノはそちらへと一瞬に駆け寄り、またその膨れあがった腕(かいな)で次々とグールを叩き、薙ぎ、踏み潰してゆく。 それにどれだけの時間を要したのかなど、見ているだけだった二人には分からなかった。

 それ程までに、短時間で「それ」は数百も居たかと思われる生ける屍をただの肉片としてしまったのだ。 血に染まる赤い霧を纏い、金色の瞳を輝かせるそれは、二人がかつて見てきたどの「HAZARD HUNTER」よりも恐ろしいと言え、 死の恐怖さえ凍り付いてしまう程にその存在感は巨大なモノだったのだ。そしてそれに睨まれた時、自分たちの無力さを彼女たちは痛感したと言えるだろう。

 あまりにも生物としての格の違いとでも言うべき「力」を見せつけられ、それにどう対応して良いかなど分からなくなってしまったのだ。 そして錯乱状態になる寸前に彼女たちを引き戻したのは声。

『くだらん。この程度が人間の限界とはな』

「「!?」」

 その声の主は鳴海であったモノの向こう側。街のビルの上に立つ一つの人影が発した物だった。 距離はどう考えても500メートル以上離れており、肉声が聞こえる距離ではないのは明白。だが、逆にそれが彼女らを正気に戻したとも言えよう。 何せその相手が今朝達也から話された仕事のターゲットなのだから。

 だが、正直攻めて来て欲しいとは、今の二人には考えられなかった。鳴海であったモノが荒々しい獣の気配を発するモノならば、それは鋭利な刃物の様に冷たく そして何もかもを切り刻んでしまう程の気配を放っているのだ。それも鳴海であったモノとの距離が違いすぎ、どれほどの遠い距離だろうと逃げられないと言う 恐怖が頭を過ぎるのだ。

 だが、そんな彼女らの心境を察してか、それはまた、ただのビルの建ち並ぶ風景へと溶け込みその姿を消してしまう。 同時にドサリと言う音と共に鳴海であったモノも地面に倒れ込み、二人は暫く恐怖感に苛まれる事になった。

 あの姿が掻き消える瞬間、500メートルもの距離にも関わらずハッキリと感じられたのだ。

 相手の嘲笑うかの様な邪な笑みが。

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