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「・・・・・・?」
そして鳴海は目を覚ました。あれからどれほどの時が経過したのだろうか。今感じられるのは背中に触れる冷たく濡れたシーツの感触と 僅かに残った筋肉痛の様な痛みだけ。そして湿っぽい、何処か生活感のある部屋の中のそれを見た所で言葉を発した。 「どう、なったんですか?」 「意外と早く起きたわね。どう? 身体の調子は」 それ、椅子に足を組んで座るアイリーンはやはり優しく微笑み鳴海に問いかける。 だが、確実に昨日見たそれと今見る表情は違う物があり、鳴海は敏感にそれを感じ取っていた。 FILE003 [ D E N G E R O U S : T R U T H ] 部屋の中は気の匂いさえして来そうな程、古くさい感じがしていた。フローリングなどが現代は主流なのだが、この部屋は明らかに木造。 それもウエスタン映画などの古くさい西部劇に出てきそうな造りであり、置いてある家具や置物もそれと同質だと言えた。 他に目に入るのは幾つもの窓とその向こうに広がる鏡張りの様なビル。それによって太陽の差し込んでくる方向は部屋の両側にある窓からになり、驚く程 部屋の中が明るいのだろう。そしてドア、これもやはり木製なのだが、それは一つしか無く、そして掛けられた鹿の剥製が鈍い光をその瞳に宿していた。 「はい・・・少し筋肉痛見たいな痛みがありますが大丈夫です」 「そう。良かったわね。じゃ、起きてそうそうで悪いけど状況を説明させて貰うわ」 そしてアイリーンの笑みを見た時、鳴海はやはりと思った。 彼女はどう思っているか知らないが、鳴海は確かにあの惨劇の最中の事を全て記憶しているのだ。 その手で肉を引きちぎる瞬間も、拳で頭蓋骨を叩き割る瞬間も、そしてあの消え去った男の事も。そして彼女は鳴海の事を恐怖しているのだろう。 誰であろうと、あんな事をされた後で普通に接しろと言う方が無理なのだ。だが、その反面そう努力しようとしているアイリーンに鳴海は感謝したかった。 「まず、ここは隠れ家見たいな場所よ。ここなら追っ手も来ないし、来ても入れないから安心して」 その言葉に含む所があるのは、何となく分かったと言うに事他ならない。そして鳴海は怪訝な顔をしながらも続きを聞く。 「そして今朝、貴方をここに連れてこようとしていたのは今回舞い込んだ仕事がかなり危ないモノだったの。私たち全員でやって解決出来るかどうかも分からない。 だから貴方を取りあえずここに非難して貰ってから行動開始しようかと思ったんだけどね」 「だけど、あいつらが先に動いてしまった」 「そう。その通り・・・。悔しいけど事前に察知されてた見たいでね。流石にあの屋敷にはファイアウォールが無いから」 「・・・・?」 「日本で言う結界見たいなモノよ。私たちの気配を隠して相手の進入を防ぎ、尚かつダメージを与えてくれる壁なの。コンピューター用語に似た様なのがあってね。 それを拝借した訳。ま、万能じゃない所まで似て欲しくなかったけど」 先ほどの含む所はその言葉にあるのだろうと、鳴海は勝手に解釈した。アイリーンの様子から、鳴海だけではなく外界からの進入を恐れているのだ。 彼女の様子から察するに、狼男やダンピール、グールなどと言った比較的弱いと鳴海が思うモノは此処に入れないのだろうが、姿をかき消したあの影の様な 強いHAZARD HUMANには効果が無いのだろう。そしてそのままアイリーンは話を続けた。 「それで今の状況は私以外の四人が出払って相手の動向を探って、私ともう一人が貴方の監視をしているって訳。分かって貰えた?」 「もう一人・・・・?」 「ああ、その事ね。ここが隠れ家だって言ったけど、埃っぽいのは私達も勘弁して欲しいのよ。 だからここには住民が必要で、隠れ家兼その人の家って言った方が正しいわね」 鳴海が監視と言う言葉にあまり反応を示さなかったのはアイリーンも少し驚きだったが、鳴海に取っては至極当然の事だと思えた。 何せ自分は素手で、数百体ものHAZARD HUMANを相手にし、勝ったのである。少々心許ない監視役だったが、今の鳴海には少しだけ、 自分が暴走する前に止めてくれると言う心の支えにもなっていたのだ。そしてアイリーンがその人物の名前を言おうと口を開いた時、部屋の中にある唯一のドアから 人が入ってきた。 「お、やっこさん、起きよった見たいやな」 そう言って入って来たのはソバージュの掛かった黒髪を後ろで束ねただけの、全身革のライダースーツで身を包んだ男だった。 何処かシャープな印象を受けるのはその瞳を隠しているサングラスだろう。細長い楕円形の形をしたそれは鳴海の瞳には少しかっこよく映った。 しかし、その姿から受ける印象はどこぞのギャングかバイカーに他ならず、サングラスを外したその目もそれと似たようなモノ。 だが、明らかに何処か妙な所があると感じ、鳴海は怪訝な顔をする。そして鳴海のしている表情が「誰?」と聞いている風に解釈したアイリーンは勝手に紹介を始めた。 「彼が、ここの住人のルドルフよ」 「おう、オッドアイ・ザ・ルドルフや。よろしゅうたのむで」 性格など、その一言で判断するのは悪いと思ったが、聞き慣れない関西弁を聞き調子の良い人だと印象を更に深める。 しかし、その印象もあながち間違いではない様で、少しおどけた様子を見せながら部屋の中にあったダージリンを持ち、遊ぶようにしてくるっと一回転してから カップに中身を注ぐ様子などはその前例であった。 「色違いの目、なんですね」 そして鳴海は自己紹介の「オッドアイ」と言う言葉で漸く彼、ルドルフの妙な印象の正体を知った。 その瞳は蒼と碧と言う具合に僅かであったが違うのだ。そしてそれを見抜かれ気を良くしたのだろう。屈託のない笑顔を見せながらまた一つ、 カップにコーヒーを注ぎ鳴海へと渡した。 「よう分かったってくれたな。これ、わいの自慢なんや。やっぱナルミはテツヤの孫だけあるわ。ええ着眼点しとる」 「ははははは・・・」 うんうんと深く頷き、納得するルドルフとは違い鳴海は苦笑するしかなかった。どこからこの人なつっこさ、言い換えれば初対面で人のことを呼び捨てする 図々しさが出てくるのだろうと思ったからだ。だが、関西圏に足を運んだ事のない鳴海に取ってそれは知らないだけの事実だったのだろう。 そしてカップに入っていたかなり濃い目、少なくとも鳴海にはそう感じられたコーヒーを一気に飲んだルドルフはやはり、 何処かおどけた様子を見せながらアイリーンへと顔を向けた。 「さっきノブナガと逢ってきたけど、収穫ゼロやって。なーんも分からへんらしいわ」 「そう。で、彼女はなんて?」 「もすこし様子見んと分からんのやって。匂いもぱったり。足跡も残ってへんかったらしいし」 「と、すると完全に後手に回らなくちゃならないのね・・・・・。勘弁して欲しいわ」 と、そんな風に気楽に、否、ルドルフだけが気楽に話しているのを隣で聞いていた鳴海は「ふーん」と思っていた。 何せ自分の家族にも同じ名前をした人物が居るのだ。どちらかと言えば、ペットと言う方が正しかったが。 だが、それを口に出した事で、鳴海は驚く事となる。 「ノブナガさんて、僕の家のイヌと同じ名前なんですね」 「何言うてんねん。ナルミん家のノブナガの事、を、話ししとるんやっちゅうねん」 「は・・・・?」 「なぁアイリーン。ちゃんとタツヤが話ししたんとちゃうのんか?」 「そう、思ってたけど。ねぇナルミ。HUNTERの事、どの辺りまで知ってる訳?」 「一応、アイリーンさん達がHUNTERである事と、僕のお祖父さんがHAZARD HUNTERであって、僕はその血を継いでるから隔世遺伝してHAZARD HUNTERになれるって事と 、HAZARD HUMANがなんであるかって事位ですけど・・・」 「んなら質問や。HAZARD HUMANが何から出来てるか知ってるか?」 「元人間・・・・ですよねぇ」 「アタリや。んならHUNTERが情報をどないして集めてるかは知っとるか?」 「公務員って言う位ですから・・・警察とかと協力してるんじゃないんですか?」 その半ば呆けた顔で答えた鳴海に対し、二人は深い深い、溜息を吐いて見せた。しかし、鳴海にその意味が分かる筈もなく、きょとんとしているしか無いのだろう。 それを解決して見せる様にして、ルドルフは得意げにならない様、努力しているのだと言う、一風変わった表情で話を始めた。 「まずや、今現在HUNTERは世界中にぎょうさんおる。正式な数は公表されとらんけどな。けど、少なくともNYのHUNTERは合計六人居るねん」 「達也さんに姉ちゃんにティナさん、リリアさんと今ここに居る二人ともう一人居るんですね」 「そこがちゃうねん。リリアはHUNTERや無いねん。完璧な人間でもあらへん」 「じゃ、なんだって言うんですか。彼女はどう見ても」 「んならリリアの金色の目、ナルミはどう解釈しよる?」 「そ、れは・・・・」 そこまで問われた所で鳴海は返す言葉が無くなった。確かに違和感も何も感じなかったが、リリアの瞳は金色に輝いていたのだ。 あまりにも自分が自然に受け入れていた為に不自然に思わなかったのだろうが、ルドルフに言われた所で漸く気付いた様だった。 「んで、彼女の正体や。彼女はANCIENT REMAIN CREATURE(エンシェント・リマイン・クリエイチャー)、通称ARC(アーク)言うて平たく言うと古代人なんや」 「はぁ?」 「ナルミはRPG(ロールプレイングゲーム)とかやった事あるか?」 「は、はい。たまに家で」 「そん中にたまーに出てくるやろ。エルフっちゅうのが一番分かり易い例やと思うわ」 「耳の長い・・・あれですか?」 「そう。あれや。んで、話は戻るけども、リリアはその元になったと言われている種族やねん。世界でただ唯一のな」 「・・・・・」 「んで、リリアは人間と違うて寿命も驚く程長いし色んな力があってな。 んで、先代のHAZARD HUNTERであるテツヤが見つけて保護して、彼女の要望でHUNTERの本部には連絡せずに仲間になったんや」 そこまで聞いた所で、鳴海は半ば実感の湧かないリリアの気持ちを考えてしまった。 唯一残った種族として、一体どんな生活をして来たのだろうかとも思った。そんな気持ちは本人にしか分からないのであろう。 そしてそれが現れているのが、もしかしたら彼女のあの雪のように溶けてしまいそうな、何処か儚げな印象を受けるのかもしれない。 同時に、それにあの金色の目を不自然に思わない自分が忘れている何かも、胸の奥で燻りだした気がした。 一方、そんな鳴海の心境を全く知らないルドルフは話を続けた。 「んで、リリアの説明は終わりや。次は現在NYに居るHUNTERの事や。ナルミが聞いた通り、タツヤ、ティナ、ナルミの姉ちゃんのレイ、んで、わいら二人の合わせて 五人ともう一人居るねん。通称神父て呼ばれてる人で気のええ毛むくじゃらのおっさんや。名前はランディ言うねん。覚えとたって。 んでHUNTERの数は一つの支部に六人、んで統括者であるHAZARD HUNTERが一人の合計合わせて七人て決まってんねん。 まぁ、HUNTER言う職業は特殊なのは分かっとると思うけど、殺し屋見たいにいっぱい数の寄せ集めでもしゃーないねん。せやさかいにまぁ、一人一人が 7つ道具の一つ見たいな役割なんやな。それぞれの特技っちゅうもんを持っとる。けど、それでも情報収集に関しては心許ないねん。 幾らHAZARD HUMANを倒せたから言うて、頭の切れるHAZARD HUMANが出てきたら被害報告受けて出動するだけのわいらは所詮、HAZARD HUMANを倒す事しか 能がない阿呆やねん。せやさかいに一つの支部には一人か二人の協力者がおんねん。それがノブナガやっちゅう事や」 「最初の方は分かりましたけど・・・・家のノブナガがなんで協力者なのかが分からないんですけど」 「そこや。ええとこ気付いたなぁ。ナルミん家の信長はある意味HAZARD HUMANなんや」 「嘘でしょ?」 「いやいや、嘘ちゃうで。ほんまにHAZARD HUMANなんや。タ・ダ・シ、や。ノブナガはナルミの生まれた時からの付き合いやろ?」 「そうですが、それが何か・・・」 そこで鳴海は自分の家で飼っている、現在は麗と共に生活しているであろう愛犬信長の事を考えた。 「生まれた時からナルミに優しかったやろ?」 そしてルドルフに言われたと同時に、確かにそんな気もする、と言う考えも浮かんだが、直ぐに彼の常識がそれを否定した。 「そりゃぁ・・・家の両親がしつけしてたから」 「それだけやないで」 しかし、ルドルフはそれをぴしゃりと否定で返し、多分、我慢出来なくなったのだろう。真面目な顔をするのが。 心許ない、何処か抜けた表情。鳴海は道化師(ピエロ)の化粧を取ったらこんな風になるんだろうと、半ば失礼な事を考えながら相手の顔を直視する。 そしてルドルフはそんな顔のまま、話を続けた。 「普通自分より後に生まれた家族にはな、犬とか狼とかって言う種族は自分よりも下に見るねん。業界用語でなんて言うかは忘れたから勘弁してや。 んで、それでもナルミに優しかったのはノブナガがナルミを慕ってたっっちゅう証拠やねん。ただのハスキー犬やてナルミは思ってるかもしれんけど、 ノブナガは人狼の子やねん。せやさかいに「ある意味は」HAZARD HUMANなんや。けども本来人狼族言うんはHAZARD HUMANの様に元人間やないから、 ナルミも一度逢ってる言う話しやから分かるやろ? HAZARD HUMANの死んだ様な目の輝き」 「は・・・い。確かに言われて見れば・・・・」 惨劇を思い出すのも嫌だったが、この際仕方のない事だろう。そして浮かんだのは今朝であろう、亡者の群が大々的な物と言える。 生気の欠片さえ感じさせないのは何も、腐った肉体だけがその理由ではないのは感じ取っていた。 「けど、ノブナガにそれ感じるか? 感じへんやろ。それはな、ノブナガがナルミの事を認めてるっちゅう証拠やねん」 「認めてる、ですか・・・」 「そうや。ナルミが幼い時にノブナガに出逢った時に、ノブナガは既にナルミの奥底に眠る血ぃ言うもんを見抜いてたんや。HAZARD HUNTERになれるっちゅう 資格をな。そんでノブナガ、人狼族は昔っから自分のこれやて決めた主には一生忠誠を誓うんや。仁義を重んじる種族やからな」 「ヤクザ・・・見たいですね」 「ま、現代風のヤクザよかよっぽどええ奴やノブナガは。んで、また話を協力者の方に戻すけど、なんでか知らんけど、何処の支部のHAZARD HUNTERにも 一匹・・・言うたら悪いな。一人はノブナガ見たいな協力者が居るねん。テツヤは珍しくそうやなかったけどな。んで、ノブナガが人狼て事は言うたと思うけど、 ほら、日本でもあるやん。古来から犬は魔を払う事が出来るて」 「・・・いや、聞いた事ありませんけど」 「とにかくそんな事が出来るさかいに、番犬として門の前に出しとった、っちゅう記述が残っとる。まぁ、その辺はどうでもええねん。 とにかく普通の犬とか狼とかに比べたら人狼族言うのは恐ろしいほどに嗅覚も働くし動物的勘っちゅうのも発達してるねん。んで、尚かつナルミを主と決めて、 レイと一緒に住んどった所を、つい三ヶ月前ほどやな。タツヤに逢うて、自分のやるべき事、ナルミに仁義尽くして守る以外の事にも目覚めて協力者になってもろてん。 そしてまぁ、それまでの情報収集はわいがやってたんやけど、肩の荷降ろして楽出来るっちゅう訳や。分かってもろたか?」 「は、はい・・・。でもなんだかいっぱい聞いてパンクしそうって言うのが正直な所です、か」 「ま、おいおい覚えてったらええ。大切なんは、ノブナガをペットじゃなく自分と同じ権利を持った奴って認める事と、リリアを泣かせたらアカンっちゅうこっちゃ。 あー、いっぱい喋ったら喉乾いたか。アイリーン。コーヒーのお代わりくれんか?」 そう言ってルドルフはやはり、屈託のない、そして何処か間の抜けた顔をアイリーンに向けたが、それも目で断られてしまったらしい。 愚痴をぶつぶつ言いながら自分でコーヒーを注ぎに言った。 だが、鳴海はルドルフにも言った通り、頭が正直パンクしそうなどころか聞いた事の半分以上が右から左と言う状態だった。 しかし、ルドルフにも言われた通り、ノブナガとリリアの事はしっかりと頭に刻みつけ、一気に情報を吸収して、否、吸収し損ねて疲れた為だろう。 溜息を吐いた。だがまだ話はあったらしい。 「それでナルミの聞きたい事は大体聞けたかしら?」 アイリーンはやはり、何処か影のある表情でそう聞いた。先ほどのルドルフのご高説も根本的な気分転換にはならなかったのであろう。 そしてナルミに聞きづらい事を今から聞く、と表情で語っているのは明白だった。 「はい。それで、僕は何を話せば良いんですか?」 「ごめんね。私もまだ死にたくないから」 そして鳴海の何ら迷いの無い表情を見た時、アイリーンの顔は確かに変わった。そこで鳴海はアイリーンが嘘を付くのが下手なのだと、初めて思った瞬間だった。 「それで聞くけど、貴方はあの時獣見たいな姿に変貌しちゃったの」 「ええ。覚えてます。その後、狼男を殺して、亡者の群に突っ込んで惨劇をやって退けた」 「覚えて、たのね・・・」 「気にしないでください。やったのは僕ですから」 そしてアイリーンを気遣い、笑顔になったのが逆効果だったのだろう。アイリーンはこれ以上ないと言う程哀しげな表情をしる。 だが、そこにちゃちゃを入れる様、ルドルフが口を挟んでくた。 「ほんなら今もそん時見たいな事出来るか?」 「いや・・・・もう一度やれと言われて出来る自信はありませんけど」 「それに近い事なら出来る、っちゅう訳や」 「正直、それをコントロール出来る自信はありませんけどね」 そして同姓の質問だからこそ、鳴海は気遣いもなく、正直な所を言って居られるのだろう。リリアや目の前に居るアイリーンに同じ質問をされたとすれば、 嘘でも出来ると言ってしまうに違いない。そう言う頼れると言う部分では、ルドルフは何処か、レイの様な、兄のように思えた。 そしてルドルフはある提案をした。 「んなら、手っ取り早くわいが試験したるわ」 「ルド!?」 それに対し驚いたのはアイリーンだった。ルドと言うのはルドルフの愛称なのだろう。何か言いたげに、そして何も言えない自分に悔しがっている様は 何処か姉に通ずる物があるのかもしれないと鳴海は思う。しかし、ルドルフは肩を竦めてから、その表情を一変させて言った。 「このまんまやったらラチあかへんやろ? ナルミも身の回りの人殺しとうないて、顔に書いてあるしな」 その時のルドルフの顔は、何処か誇らしげであり、何に対しても恐怖心を抱かない表情だった。そこで鳴海は初めて、ルドルフがネイティブアメリカンだと言う 事に気付く。だが、それを言う前にルドルフは言葉でそれを遮った。 「ナルミ。まず、試験がどういう物か説明したる。もう逃げるやなんて選択肢は頭にはないやろ?」 そう訪ねるルドルフはネイティブアメリカンそのものだったと言えるだろう。相手の心を詠んだのでも悟ったのでもなく、 その人の心を考え、導き出せた答えなのだ。そしてその答えはずばり的中していると言える。 「逃げられるもんなら逃げて見たいですよ。でも、やらなくちゃ・・・・何時また僕のここに居る魔物が起きるか分かりませんから」 「そんな情けない顔せんでええって。ほな、着いてき」 そしてルドルフはまた、外へと出て行く。それに続く様、鳴海も立ち上がろうとしたが、アイリーンの心配そうな顔が前にあり、何を言って良いのか困ってしまった が、それ故だろう。彼女は仕方なさそうに笑い、鳴海に言った。 「約束してくれる?」 「僕に出来る事なら、良いですけど・・・」 「絶対受かって頂戴。でないと承知しないんだからね」 そしてルドルフの後を追ったアイリーンの表情は複雑な物だった。 彼女もまた、自分と同じく何かを背負っているのかもしれない。そしてルドルフも、他のみんなもそうなのだろうと思った時、鳴海は頬を叩いて言った。 「やっぱ痛いや・・・」 だが、その痛みが自分が生きていると言う証と思えた時、鳴海はベッドから立ち上がり二人の出ていったドアの前まで来て、ドアノブに手を触れた。 外に出た時、部屋の中から何故、太陽の陽射しを反射したビルの光が射し込んでくるか鳴海は理解出来た。 それは即ち、ここが何処かのビルの屋上であると言う事。そして多分、ここも自分の祖父である鉄也が残した財産であろうと言う鳴海の予想も当たっていた。 しかし、それはまだ知らぬ事であり、今は目の前に立っているルドルフが先ほどのルドルフとは完全に別物である事を知らされるのだった。 「ほな、てっとり早く説明すんでー!」 部屋の中では感じ得なかった風の吹き荒む中。ルドルフは一本の杖の様な物を持ち立っていた。それは古来、 仏教の凶祓いと言う、現代のHUNTERの元になった人物達の武器である錫杖(しゃくじょう)と言う、杖の先に鈴の音の様な音を奏でる環を付け加えた物だった。 鉄製であろうそれは太陽の光を浴び鈍く光り、それがルドルフの印象を更に強めているのだろう。そしてその二つの色違いの双眸も間違いなく、その一つの要因だった。 「試験は要するに、わいに勝てばええねん。けど、今のナルミはわいらが試験を受けた時とは事情がちゃう。せやさかいに実戦やのうて、 わいの真言(マントラ)に最後まで耐えられたら合格や!」 「まんとら、って、何ですか!!」 「まぁ、お経見たいなもんや! RPGやっとるんやったら魔法とか知ってるやろ! あれの精神系ダメージを与えるっちゅう呪文の一種や! わいが それに似てるっちゅう事でそう呼んどるねん! 所詮自己流でアレンジしまくりのもんやけどな! 効果は絶大やで!」 『な、なかなか無茶苦茶な人だな』 そんな風に解釈して良いのだろうか、と鳴海が思う程の言葉をルドルフは吐く。多分、何処かの宗教家に聞かせればかなり大目玉を貰うに違いないとも思ってしまい 、鳴海は吹き出しそうにもなった。だが、ルドルフの真剣な表情を見た途端、頭に音とも声とも分からぬそれが聞こえてきた。 『始・・・まっ・・・た!!?』 【オンキリキリアビラウンケンソワカ、オンキリキリアビラウンケンソワカ、オンキリキリアビラウンケンソワカ.....】 それは確実に鳴海の頭を蝕む、と言う不快感と心の何かを揺り動かすと言う感覚に襲われる。そしてその何か、と言うのが自分の中にある残忍さ、 冷酷さ、そして獣になった時感じた破壊衝動と言う事が分かるや否や、鳴海は視界が真っ白になってしまう。 意識を失った訳ではない。確かに意識はあり、ビルの屋上であるコンクリートの上に立っていると言う感触はあった。 だが、それが何処か、夢の中の様な感覚であり、自分はもしかしたら、別の場所に居るのではないかと言う錯覚に陥らせる。 しかし、それを引き戻すのがルドルフの口にして居るのであろう、真言(マントラ)となのだ。そして今度は、確実に、その蝕むと言う感触は鳴海の肉体にも 進行し始める。 「が・・・・あ、あ、あ・・・!!!!!」 それは今朝、獣に変わる瞬間に感じた痛みよりも更に激痛を伴い物だった。 骨は軋むどころかばきばきと音を立て、内蔵は締め付けられる様にして口の中には血の味で一杯になる。頭はまるで脳の中に何かが住み着いたかの様に 蠢き、それが彼の耳や目、鼻から血を流しながら痛みを倍増させるのだ。そして視界は朱い色に染まり切り、彼は心の奥底に居るもう一人の自分と対面する事になる。 『殺セ、殺セ、殺セ、殺セ』 それはただ、それだけを呟き、まさに獣の、獲物を目の前にした時にする、至極満悦な笑みを浮かべていた。 確実に化け物と見えるそれは、あの時あの場に居た者ならば分かるであろう。髪は長くなり、身体は薬物投与したかの如く変貌を遂げた鳴海の姿そのもの。 だが、その傍らで鳴海は身体を両腕で締め付け、それを外に出すまいと必死に衝動に耐えていた。 『何故迷ウ』 『!?』 そしてそれの言葉が耳元で聞こえた時、鳴海は正直、死ぬかと思う程の激痛に身体を苛まれた。 まさに、それは悪魔の囁きだの、甘い誘惑と言うのだろう。衝動を解き放ってしまえば間違いなく、この苦しみから解放されると言う確信さえ抱かせる。 だが、その反面鳴海の心に中にあるのはやはり、罪悪感とそれをやってしまった後に自分の心を一番支配するであろう後悔。 それを否定する為に耐えているのだが、その痛みはあまりにも鳴海の味わった事のない、未知なる物。即ち、恐怖と死を思わせるそれなのだ。 そしてその悪魔はまた、鳴海の耳元で囁く。しかし、それはハッキリとした、そして聞き慣れた自分の声そのものだった。 『俺が何故苦しむ必要がある? 我慢なんてせずに解放しちまえよ、な?』 その声と共に、先ほどの様な痛みはなかった。だが、それも悪魔の囁き宜しく、鳴海の心を揺らすに十分な物だった。 自分の声と同じ物。例え魔物だろうと自分の中に住む怪物だろうと、自分と同じ物なのだ。考えの一つであり、今はこの身体中を支配している痛み を和らげる材料ともなっているのだろう。だからこそ心が揺らぎ、そちらに傾いてしまいそうになるのだ。 しかし、だからと言って鳴海はそちらに傾こうとはせず、頑なに誘惑と微かに聞こえてくる真言に耐えるだけ。 それに業を煮やしてしまったのか、その声の主。鳴海の別部分の心は言って退ける。 『どうせお前もHAZARD HUMANなんだ。もう普通の生活なんざ出来ねぇよ』 『・・・・・』 『何処の世界に化け物を認めてくれる奴らが居るんだ? 俺の姉ちゃんだって一緒じゃねぇか。俺に資格が無ければ死ねって言ったんだぜ? なら 殺される前に殺すのが道理ってもんだろ?』 『・・・・・だけど』 『あの冷たい顔を忘れたのか? 結局俺達は裏切られたんじゃねぇか。どうせ裏では妬んでるんだよ。俺が力を持ってるから』 『違う・・・』 『何が違う? アイリーンだって所詮自分が死にたくないだけだろ? 誰だって一緒さ。上っ面ではいい顔してるだけで、本心なんて自分の為にならない 事なんざ何もしたくないのさ。お前だって一緒だろ?』 『・・・・・』 『耐えて、苦しんで、何の得がある? 悔しくないのか? 嘲笑う顔が見えないのか?』 そして鳴海の目に映ったそれは、欲望に歪む、姉や友人の姿だった。 |