断る事は出来た。他人ならば、そう言う判断を下すだろう。だが自分の恩師にあって頼み事を断ろうモノなら、一体何を強要されるか分かったモノではないのだ。

 なまじ半端な、いや、この大陸中で見ても稀と言える程の強さを持った相手だけに性格も歪んでいると言って良いだろう人物。それが三剣師、剣闘師などと呼ばれる三つ色の剣舞の正体なのだ。

「あ、あの・・・」

 それ故、いったい何度無理難題をふっかけられただろうか。あの苦笑か微笑のどちらかに勝てる相手など存在するのだろうか。

 そもそも、そんなヤツを野放しにしたのは一体誰なのだろうか。

 そんな事を考えながら居たマディンだがいい加減、恩師の顔を思い浮かべるのに嫌気が刺してきた所で漸く紅の声に気付く。

「マディンさんっ!!」

「あ、えっと・・・何?」

「だから、追わなくて良いんですか?」

「・・・誰を?」

 熱心に何かを言っていた様子だったが、全く耳に入っていなかった様子のマディンを見て溜息を吐く姿すら恩師に似ている所が憎らしい。そしてそれが地になっているのか。恩師にそっくりな、仕方なさそうな表情をしてもう一度言った。

「静流・レイナードさんですよ。連れて行って貰おうとしてたんじゃないんですか?」

「・・・・・なんで知ってるの」

「だって、初対面でいきなりって言うのは嫌うだろうからって、師匠が言ってたし・・・・。二、三日前からずっとマディンさんの後着けてたんですよ?」

「うそ・・・」

 一度もそんな妙な気配を感じた事はなかった筈だ。そして紅の言う通りなら、子供ながらにして一流以上の暗殺者としての才能があるのだ。本人にその自覚があろうとなかろうと。だがそれよりもこんな子供に自分の胸の内を見透かされた様で照れくさい事この上無い。

「それ、誰かに言ってないでしょうね」

「ま、まさか。誰かに言うなんて事したらマディンさん、僕の面倒見てくれないじゃないですか。師匠の元を離れてからの一週間、まともな食事も出来ずに漸くマディンさん見つけて、それでも逢っちゃだめだって言われてたからこの二日間だけは水しか口にしてないんですよぉ?」

「じゃあ、お腹減ってるのね。口止め料としてご飯は食べさせてあげるから、誰にも言わないでよ」

「じゃあ、ご厄介になって良いんですか?」

 笑顔で居るが、余程腹が減っているのだ。心なしか、多少痩けている頬は本来のモノではないのだと思う。そして少年、紅の実力を考えても戦争へと連れて行ってもさしたる問題はないだろう。何よりその瞳は子供特有の眼差しではなく、それに上乗せした経験を物語っている。だが確信を得る為にわざとらしく聞く。

「戦争、経験した事ある?」

 それはどの程度の戦力になるかを計るため。一対一や多対一の戦いに慣れていたとしても、戦争だけは事情が違うのだ。だが期待した答えは返ってこない。

「まだです」

「じゃあ」

 それ故にそれを理由にして断ろうと思ったのだが、少年は空恐ろしいことを簡単に言ってのけた。

「でも、ウィルガル闘技場で腕見て貰えば分かります。サバイバル方式って、確か今夜でしたよね? 登録済みですので、見に来てください」

 闘技場の本当の名前は久々に聞いた気がしたが、サバイバル方式のそれはもっと久方振りに聞いた。

 そして一度だけ経験した闘技場でのそれを思い出し、彼女は気が付かぬ内に苦笑していた。




































アナザー・ナイン・ファンタジー■ACT:SCARLET DUSK





































 闘技場で行われる試合には表向きには一方式しかなく、一対一のモノが観戦出来る試合である。少なくとも命知らずな観光客やこの街の住人ですらそれしかないと想い、それが一般的に知られている常識。だが、一年に一度だけ、サバイバル方式を取った試合があるのだ。丑三つ時から明け方にかけて行われるそれは、観戦客の居ない、静かな戦いに思われるだろうが、内容は最も過酷と言っても良い。

 戦争に対するいっかんとして国王が思いついた方式なのだが、一対一でも多対一でもなく、それはただの混戦なのだ。サバイバルの名前通り、百人以上居る戦士の中で生き残れるのはたった一人。そして勝つ条件として一つだけ約束があるとすれば、死なない事ではなく生き残り他者を全て殺す事なのだ。どう考えてもそれを知った上で言っているとは思えない。それ故に、笑ったのだ。

「冗談も対外にシテ欲しいわ。早く取り消して来なさい、今ならまだ間に合うから」

 試合登録方法のみは平常時と変わらないところは不幸中の幸いと言った所か。以前、一年前の時にマディン自身が出る結果になってしまったその理由は、静流の代役として国王自ら推薦しての事。毎回優勝を納めてしまう静流ばかり出して居ては、アルフェイザの戦力を減らすだけなのだ。それ故にマディンの知り合いだった傭兵の娘を人質に取られ、出ざるを得なかったと言う過去がある。その時に試合登録云々の説明を聞いたが、出なきゃならない故に役立たなかったその説明も今役だったらしい。

 だがどうやってサバイバル方式のそれを聞いてきたのかと疑問に思った時、紅は頬を膨らませながら怒って見せる。

「取り消しなんて厭ですよ。それに元々アルフェイザに来た理由は、マディンさんに逢うだけじゃなくて師匠に大会に出て来いって言われたですから。その為に盗賊団相手に練習もして来ましたし、何より今更取り消してタダで済む様な大会でもないんでしょ? 調べて見て分かった事ですけど優勝者以外は試合登録消去者も含めて全員生きてませんし。僕、まだ死ぬなんてまっぴら御免ですよ」

「そんな条件、聞いた事ないわよ」

「国王直々に聞けば良いんじゃないですか? 別に体裁気にする様な人じゃないとは思いますけど、登録を消すって事は、言い換えれば敵前逃亡。そんな人要らないって事でしょうね」

 喋る内に、それが本来の性格だと言う様にして説明口調であるが楽しそうだった上に、それが決め手なのだろう。懐から出したモノを見せ、胸を張って言葉を終わらせる。

「それに僕、もう免許皆伝貰ってます。ほらほら」

 そう言い、首もとから出したのは装飾品にしては味気ない銀のチェーンに青い小さな珠をあしらったペンダント。間違いなくそれは、恩師が免許皆伝の際に渡すモノだと恩師自身から聞いたモノ。

 無論、それを貰えるだけの実力があると言う事は信用出来る証なのだ。恩師の鍛錬は半端ではなく辛いモノであり、何よりも分かっていた筈。戦争を経験せずとも、それ以上の事が出来る様になっていると。だから少し悔しくもあるのだ。どう見ても紅は10代前半なのだから。

「・・・・もう、分かった。好きにして。その代わり死んでも面倒見ないからね」

「死なないから大丈夫ですって。それよりなんか食べましょうよぉ、お腹空いて死んじゃいそうですよぉ」

「・・・・あんたは」

 それ故か、死に対する認識が甘い様にも見える。だが実力のみで恩師が免許皆伝をやる様な人物ではないと言う事は、精神面に置いては自分よりも上と言う事。もしかしたら総合的な全てが自分よりも上なのかもしれない。

 何よりマディン自身、免許皆伝と言う時点から成長しているにも関わらず、少年の魔導構成の速さにはまだ驚いているのだ。恩師よりも遅いと言うだけで、自分の知る限りのどの魔導士や魔術士と対決しても勝てるだろうと思う。それだけに本当の実力が知りたいと思うのはアルフェイザに住み、住人になったと言う証だと彼女は気付いていない。この街の住人は好戦的で、相手の実力が自分よりも上か下か、それとも同等か知りたくて仕方がないのだから。

 そして欲望に正直な所も同じく故、マディンは片一方の修復し終えたばかりの魔剣の方を少年に何も言わず渡し、抜刀する。

「な、なんですか?」

「一戦やろうさね。一度あんたがどの位か見てみたくなったよ。何、死なない程度にしてやるって」

 構えを取らず、目を白黒させながら渡された獲物と自分を見比べている辺りは子供としか言いようがない。そして子供ならば間違いなくただ斬り捨てられるだけで終わる身。それ故にマディンは紅の肩口に当たる前に寸止めしようと考えていたのだが、身体が言うことを聞かない事に気付き背筋に寒いモノが走り歩みを止める。

「マディンさぁん、ホントに言いんですかぁ? まだ上手く手加減、出来ませんよ?」

「マディンって、呼び捨てで良いって言ってるだろ。ほら、ちゃんと構えな」

 口調は落ち着き身体が不調な訳ではない。だがどうしてももう一歩踏み出せない自分が居ることに気付いたから言葉が強きになってしまった。

 だが心の中では目の前の少年が、姿だけで判断しては殺されるだけの実力を持っている事を理解してしまう。これではまるで、上級魔族と戦った時のような感覚なのだ。

 一度だけ相まみえた事がある上級魔族はたった一人。恩師の知り合いと言う形で紹介され、鍛錬のいっかんとして真剣勝負をさせられた事もある。確か名前はドラッケンと言っただろうか。実力だけならハンターのブラックリストに記載されている深淵のジェイルとまともに闘える一人だと恩師自身は言い、結局の所は負けてしまった。しかしその時と感覚がそっくりなのだ。

 背筋に走る悪寒と、肌で感じる辺りの空気の緊張。武者震いしそうなのだが無理矢理平常へと戻される様な違和感と、頭の奥で聞こえる自ら負けると言うイメージ。そして何よりも実力の違いを見せつけられた様な底知れぬ笑み。だが僅かに自分よりも年下と言う違う条件のみが彼女をそこに立たせている理由。でなければ正直、逃げ出すかその場に腰を抜かして座り込みたい気分ではある。

 要は女の意地ならず、人生の先輩としての意地。だがそんな事も気にした風もなく、少年ははにかみ、そして「ぐぅ」と音が鳴った。

「・・・あはは、やっぱり止めません? お腹空いちゃってぇぇ」

 よろよろと倒れ込む様にして持った剣を杖にその場に座り込み、顔は笑ったままだが暗闇が落ちた夜に彩られているだけではない程顔が青いのが分かる。それは言っている事が、腹が減っていると言う事が本当だと言う証だったが、構えが解けないのは油断ならぬ相手だと本能が告げているから。

「ま、マディンさぁん」

 情けない声をあげ、止めてくれと懇願しているのは分かる。だがどうしても退けないと言う判断が間違っている事が分かっていても、何故か身体が言う事を聞かぬのだ。

 自分よりも強いかもしれない。だから今の内に殺して置いた方が良い、と言う判断を下そうとしているのかもしれない。意思と本能の鬩ぎ合い。厭な感覚。拭えない汗。

 それら全てがどうしたら良いのか分からないのだろう。だが、紅の瞳が変わった刹那、彼女は後ろを振り向く。

「貴殿が登録者の紅・・・・か? ふん、冗談も対外にしろ。偽名など使ってどうする、マディン・ガロス」

 声の主から来た殺気。それ故に、身体が退けぬ理由が分かった。

 名前も知っている相手。そしてその強さと、自分の嫌いな相手だと言う事も。

「偽名なんて使ってないわ。それに、紅はこの子よ」

「確かに僕が紅ですけど、何かご用ですか?」

 しかしそれ以上に、隣りでゆっくりと立ち上がった紅の気配に表情には出さないが驚いていた。

 腹が減っていたのが本当だとすると、そう言う感覚を遮断できるのかもしれない。ある程度経験を積んだ戦士や傭兵なら、痛みにかまけている暇が無い時、己の痛覚や虚脱感を遮断する事が出来ると聞いた事がある。まだ自分も出来ない事を、この少年はやってのけるのかもしれない。それ故に、驚いたのだ。

 そしてそれは目の前の男、ワイズマンも同じらしい。

「・・・・貴様の様な子供が、か? 嘘にしては下手なモノだな。何処の世界に子供に全滅させられる軍隊が居ると言うのだ」

「ぐん、たいだと?」

「そうだ。紅と名乗るヤツが俺の部隊を全滅させたんだよ。我が西方ダルト連合国が誇る暗殺部隊をな。そんな事が出来るアルフェイザの人間と言えば、貴様か異色の仮面くらいのモノだろうが」

 先ほど殺した相手の事を言っているのなら確かに殺したのは自分だと言えよう。だが、部隊と言う程大きなモノではなかった筈だ。たった五人で部隊を造るなら、もう少し実力がある者達が揃っている筈故に。

 しかしさも当然の様に、少年は言う。

「ああ、あそこ貴方の部隊だったんですかぁ? まだ生き残りが居たなんて知りませんでしたよ。けど、アルフェイザを爆破するなんて危なげな事考えてるから潰しただけで、何か悪い事しました?」

 実質的にアルフェイザと言う国は負けた事は無い。それ故に、どの文化だけにも支配される事はなく、混在出来る唯一の国と言って良い。だが一度だけ、記録上には乗っていない敗北がある。それがワイズマンと言う、目の前の男が率いる部隊に全滅させられた時の事だ。その時はたまたま自分と、静流・レイナードと言うアルフェイザ最強の傭兵が居なかった。だから負けたと言う訳ではないのだろうが、それだけ一部隊としては強力すぎる力なのだ。

 だが、ワイズマン自身がその部隊を全滅させられたと言ったのだ。そう言った洒落が好きな男ではない事は分かっている。一度だけ、闘技場で相まみえた事がある故に。

 その時の勝負は引き分けに終わり、横腹に今も疼く傷を持つ事になった。そして相手も同じく、右の肩口に一撃を食らい永遠に剣を握れぬ右腕になってしまっていた。

「自分のやっている事を正当化するつもりはない。だが、貴様が紅だと言うのならどんな卑怯な手を使って・・・・あそこまで部隊の人間を切り刻んだかなど想像出来る訳がなかろう・・・・一人も、一人もだぞ。まともな屍であったモノなど居やしなかったとはどういう事だっ!!」

 そんな相手が、ここまで狼狽える結果となっているならば、自分の判断は間違っていたとも間違っていなかったとも言えるだろう。

 隣りで、子供の笑みにしか見えない表情を浮かべている相手は、自分よりも強いと言う認識は。

 しかしワイズマンの心境はまともで居られる限界を超えてしまっているのか。少年の笑顔に影響される様にして呪文構成を組み上げ始める。

「まぁ、良い。貴様が紅だというならば、俺の部下に死んで詫びるんだな。俺にはどんな卑劣な手だろうと通用しない事を教えてやる」

 街中で使う魔導にしては、威力が大きすぎるそれは下手をすればこの街ごと吹っ飛ばし兼ねないモノだ。逃げ出すか、呪文構成を組み上げる前に殺すか判断を躊躇った所だったが、少年はやはり落ち着いた様子で言う。

「卑怯だとか、卑劣だとか、貴方に言える義理なんてないでしょ? 軍人以外に一体何人普通の人殺して来たんです? 少なくとも貴方の部隊で年端もいかない、それこそ力も何も持っていない子供を「殺していない」人が居たんですか? 無抵抗で、する事と言えば懇願する事しかできない民を笑いながら殺せる人達になんて情け懸ける程僕は鈍い人間じゃないです」

 そして、予備動作もなくワイズマンの呪文構成に無理矢理介入しそれを止める。それがどんな事なのか、まるで分かっていない様に。

「それに、卑怯な手なんて一つも使ってませんよ。僕一人で殺したんですから。貴方達が弱かっただけでしょう?」

 予定外、予測外、全ての外にある存在。そんな言葉が浮かぶ中、少年は面倒だと言わんばかりの顔をしながら自分の持っていた剣をワイズマンに投げやる。前に落ちたそれを見て、彼は何を考えていたのだろうか。だが、少年の言葉を聞いた瞬間、

「サシでの勝負なら、どちらが強いか分かるでしょ? 僕、素手ですよ。殺せないなんて、言わないですよね」

 それを拾い上げ紅へと迫る目は異常な輝きを放っていた。

「魔族っ!!」

 紛れない魔族である証のそれは、ワイズマンに取って最後の切り札なのだろう。命すらも燃やし己の全てを賭した時、魔族は自分の力量以上の力を発揮出来るのだ。それ故、目で捉えられる速さながら動き反応出来る速さではない筈。だが、それ以上にこの少年は速かったらしい。

「どうして自分より速いか、教えてあげましょうか」

 同じ思いと、疑問。

 冷静に剣を魔導の壁で受け止め言う少年だけが知っている事実。だが、その言葉は一理あったとマディンは思う、もとい気付く。

「貴方なら間違いなく僕の投げた剣を持って攻撃してくると分かっていたからですよ。先読みなんて大したモノじゃないですけどね。誘導って分かります?」

 それは恩師が一番得意としていた戦術なのだ。相手の行動を予測するのではなく、利用し此方の都合の良い様に動かしてしまう術。本来なら相手にそれを説明する等と言う自殺行為はしないのだろうが、その先の行動も分かっている故に少年はあえて言ったらしい。

「逃げられるなんて、思ってません?」

「!!」

 驚愕の色と絶望がその表情に浮かび、頭に思い描くのは自分の言った、仲間の屍だろう。マディン自身もそこまで残忍性がある訳でもなし、それを見るに耐えないとしか思えない。まして自分自身の身に降りかかった時、一体どうやって止めて貰えば良いのかなど分かる筈もないのだ。

 魔導壁を張った理由は止める為と、変化させ檻へと変える為。それに包まれたワイズマンの最後は、少年のみが知る事。

「今ここで殺して欲しいですか? あなた方が他の人にやった様に。具体的に言うと爪を剥ぎ取ってから、指、腕、脚の順番で骨を折って、肋骨を肺に突き刺して首を折るんでしたっけ? どうせなら回復魔導も混ぜて何度か耐えて見ます? それと心が壊れない様にするために安定剤でも投与してするのも良いかもしれませんね」

 そして何より、少年の口にしている事は拷問ですらない。

 拷問ならば、必要な情報さえ吐き出せば死と言う最後の安息があるのだが、この少年に取って目の前の男はただの玩具に過ぎない。壊れたらまた治せば良いと思っている上に、それを実行出来るだけの魔導があると言っているのだ。止める方法が無いと分かっては居るが、ここまで残忍になれる理由とは如何なる物なのか想像すら出来ない。そしてまるで心を除いている様に言葉を告げる表情はくすくすと笑っていた。

「ああ、貴方の恋人も、同じ様に殺してあげますから心配しないで下さい。地獄で逢えたら、一緒になれますよね?」

「あ、あいつはっ!! あ・・・ああ・・・・・・」

 そして睡眠作用のある心理魔導を使い、眠りへと誘うのだが、最後の心残りがあるためにワイズマンの表情は憎しみと絶望に彩られ無力な自分を呪っているのだろう。眠りへと落ちて尚、その表情は醜悪に歪んでいた。

「さて、と。マディンさん、手伝ってくれますか?」

「・・・・・・」

 だが、断末魔をあげる事無く死を迎えようとしている男の表情よりも、今は目の前の少年の方が怖いと思える。

 例え戦術だと分かっていても、それを実行出来るか否かは別なのだ。

 しかし少年はあっけらかんと言った。

「あのぉ・・・・なんか誤解してませんか? 別にさっき言った様な事、僕しないですよ? 師匠が言ってたじゃないですか。ある程度の力があれば、ハッタリも力になるんだって」

「は、ハッタリぃ?」

「そうですよ。あんなむごい方法、やり方なんて知りませんから、この人の心の中にある記憶を覗いたらそう言うのがあって、それをそのまま言っただけですよ。あんなの見ちゃったから食欲もなくなっちゃいました」

「あ、貴方、読心術まで使えるの」

「初歩の初歩ですけどね。マディンさんみたいに強い意志の持った人にはゼンゼン効果ありませんし、まだまだ鍛錬が足りませんよ、僕なんて」

 えへへと笑う顔が、安心する一方でやはり恐ろしいと思う。このワイズマンに通じたのならば、暗殺部隊の全員に同じ様な事をやって全滅させるのも容易いのかもしれない。たった一人でここまで来たとなると、そう言う強さを持っていてもおかしくないのだ。

「じゃあ、ワイズマンの部隊をどうやって・・・」

「内輪もめですよ」

「ウチワモメ?」

「そうです。だから僕、一切直接的な手出ししてませんよ。術で不信感を煽るようにし向けて、そのまま此処に来ましたからどうなったのかまでは知りませんでしたけどね。ホント、大人って怖い事するんですね」

「・・・・・」

 それをどちらが言う台詞なのかよく分からないが、この少年にしてみれば自分の考えつかない様な方法を他人は持っていると言う事。だがだからこそ、利用しているのだ。

 考えて見れば、筋肉質でもない身体では大人の身体を原型が留められない程切り刻むなど無理な話なのだ。術だろうが力だろうが、それ以前の問題だという事。

「それよか、そいつどうするのさ」

 そして落ちていた魔剣を拾い、鞘に納める。

「ああ、この国の国王にでも差し出しますよ。別に僕、この人に用事無いですから。それに僕の実力を見せたら大会に出すって言う約束なんですよ。実は試合登録もまだ仮登録の状態でして」

 だがその言葉を聞いたからではないが、聞きたい事が一つ出来た。

「・・・・・・あんた、夢は何」

 一体こういった方法を使える子供が将来どんな職種に就きたいのかを。

 だが何となくではあったが、想像出来た事故に聞きたくはなかったのかもしれない。好奇心に勝てなかっただけ。

「僕自身の一番技能を活かせる仕事と言えばモチロン、詐欺師ですね。二つ名ももう考えてあるんですよ、紅の詐欺師って言って、まっかな嘘って言うのの洒落から来てるんです」

「あ、そう・・・」

 そして将来絶対に敵に回したくない相手だと思うと同時に、恩師がやはり二人居る様な感覚に陥りながら少年の隣を歩いて行った。









「だが、本当にやってくるとは思わなかったぜ」

「約束破るなんて事しませんよ。何せ天下無双のアルフェイザ国王を敵に回したくないですしね」

「言ってくれるじゃねぇか。だがこれで大会の出場許可は出してやる。思う存分やってきな」

「ありがとう御座いますっ。リウリィさん」

 久々に逢った国王は相変わらず豪快その物で、事情の経緯など全く意に返さない人物だった。ずぼらとも言って良いだろう。だが紅の口車に乗せられたかどうかは定かではないが、自分が此処に来た理由が証人としての役割があった事など全く知らなかった。要するに、誰かの手柄を横取りしたのかどうか、国王は確かめたかったらしいのだ。だからこそ嘘を着けない様な人物を一人、証人として一緒に連れてこいと言われたらしい。だが本人の了解も得ずに話を進めて欲しくないと言うのが本音。

「おうマディン、どうかしたのか?」

 自分を女として扱わず、一介の傭兵として扱ってくれる国王。だがどんなずぼらに見えても、最もクーデターやそれに準ずる行為が起こりそうなこのアルフェイザで、それを起こさない程の実権を握っているのだ。甘く見過ぎていたと言うのが今の見解。

「聞かないの? あの子がどうやってあのワイズマンを捉えたか」

「方法がどんなモノか聞いても仕方がないだろうが。それに想像出来るし、結果が全てだぜ。そしてあの小僧はその結果を出しやがった。それで十分じゃねぇか」

「あんた、聞いて置かないと将来あの子が敵になった時、絶対後悔するわよ」

「そん時はそん時だ。むしろあーゆーヤツに国王の座を渡してやっても良いと俺は思うぜ」

「国王にねぇ・・・」

「ベルベット!! コイツに特上の飯、用意してやんな」

「分かりましたわ。じゃ、坊や。いらっしゃい」

 そして従者の女性、と言っても、このアルフェイザ国王の近くに居る女と言えば傭兵としては自分より腕が上である娼婦でもある。質素な格好どころか、裸に近い官能的な格好をしている。そんな女性に連れられ、赤い顔をした紅は違う部屋へと連れて行かれた。

 だがつくずく計算高い子供だと言えるそれは、若かりし日の恩師を思い立たせてもおかしくないだろう。知らないのだが、きっとそうだと言う想像だけだったが。

「にしても、お前と同門だったとは驚いたぜ。道理で強い筈だ」

「私は知りもしなかったわよ。あんな子が師匠の元に居たなんてね」

 普通、国王と一介の傭兵ならばこういった会話など出来る筈もないのだが、基本的にこの男、リウリィ・ガルテスは身分など全く意に返さないのだ。その上、国王自ら戦場の、それも全戦に立って赴くことすら珍しい事ではない。そしてそれでも尚、生きて居ると言う事がこの国の国王たる証なのだが。

「まだ女のいろはも知らねぇような顔して末恐ろしいのは認めてやるさ。なんなら今すぐにでもウチの軍師にでもしたい位だな」

「えらくべた褒めするのね。珍しいじゃない」

「素直に強いヤツは強いと言うさ。お前や、静流見たいにな」

 そして獰猛なその瞳に宿る鈍い炎は、炎色の覇王と言う二つ名の元にもなっているが、今はどうやらあの少年に興味が行ってしまっている為だろう。何処か子供の様な反応にすら見えてしまうのは気のせいではない。

「で、お前も出るのか?」

「何に」

「大会だ。サバイバル方式を用いた・・・」

「出ないわよ。あの子と戦って、勝ち目があるとは言い切れないわ。死にたくないもの」

「はははっ! お前さんも相変わらず正直だな。ま、あの小僧ん所にでも行ってアドバイスしてやんな」

「必要あるとは思えないけどね」

 そして国王の元を離れもう一人居た女性に連れられ紅の居る部屋まで案内される。しかしその中で紅は腹が減っている筈なのに、豪勢な料理を目の前にあまり食は進んでいなかったらしい。否、進められなかったと言うべきか。

「ねぇ坊や。私で男になって見ないかしら?」

「そそそ、そんな僕はまだ・・・・」

「女の子見たいな顔してても興味はあるんでしょう? もう大人の仲間入りする歳なんだし、ね?」

「はぁ・・・ベルベット。幾ら好みだからって調子乗り過ぎよ」

 案内した女性、まだ名前は知らないが彼女とベルベットは長い付き合いらしく惜しむベルベットを引き離す手際も良い。

「どうせなら貴方も食事して行って頂戴。その子だけじゃ、これだけの料理は無理だろうしね」

「ああ、紅。またねぇ〜」

 そして出ていったベルベットともう一人の女性を見て、紅は安心した様に少しづつ食事を始める。

「うっ・・ん。どうしたんです? 食べないんですか?」

「もう食事は済ませたからね。別に要らないわよ」

「そんな事言わずに手伝ってくださいよ。いいとこ、僕にはこの四分の一が限界ですから」

「育ち盛りの言う言葉?」

「小食なんです。それにこの後動き回ってお腹、痛くなってもイヤですから」

 だが紅の言う言葉も分かる。大人が七人ほどが漸く平らげる量の食事が前にあるのだ。四分の一でも腹は一杯になるだろう。だからと言って手伝う理由にはならないのだが。

「じゃ、デザートだけは頂く」

「やっぱりマディンさんも女の人なんですね」

「どういう意味?」

「いえいえ、何でもないです」

 しかし、こうして食べている姿の少年は、その姿のままだ。むしろ華奢な身体と、暗がりではよく分からなかったがベルベットの言った通り女の子と見間違う程の容貌をしている。少し長めの髪を後ろで束ね、その瞳は燭台に照らされ淡い赤色を放っている。だから疑問を持ったのだろう。そしてそれを素直に聞くのが彼女。

「貴方、純血の人間じゃないでしょ」

「そうらしいですね。まぁ、あんまりって言うか、両親の事ゼンゼン知りませんけど」

 悪い事だとは思っていても、リウリィと同じく彼女自身もこの少年に興味があるのだ。この歳の頃の自分はまだそれ程強くなかった筈であり、それは国王も同じだっただろう。それが自分とタメを張れる程、既に強いのだ。知りたくなるのが常と言うモノ。そして少年の口調。それこそ、全く記憶にないと言っている様が彼女の口を饒舌にさせる。

「お父さんとお母さんの事、知りたいと思わないの?」

「思いますけど、だからどうしたいとかはないですよ。だって捨て子だったんですから。今更、逢いに行っても迷惑がられるだけですし、僕自身どうでも良いと思ってます」

「でも、もしかしたらやむなく捨てたって事とか考えないの?」

「これ、知ってます? 五行の民が忌み子が生まれた時に彫る刺青です。どうあっても迷惑だから捨てたんですよ。それに逢いに行って化け物と罵られたら、辛いじゃないですか」

「・・・・泣いたりしない?」

「その事でですか? それよりも負けたりした時が一番泣きたいですよ。だって、悔しいじゃないですか」

「ドライなのね。なんて言うか」

「ありがとう御座います。強い、って言わないでくれて」

「・・・・・」

 だが話を聞く限り、コレではまるで人生を悟りきった様な内容なのだ。第一「強いのね」と言わなかった理由は、自分自身、そう言われた時、辛かった記憶がある故。そこであえてそれを指摘しながら感謝を表すのは大人にしか見えない。

 その上、否定も肯定もしていない言葉の内容は少年自身を分からなくしている様にも思える。分かっているからやっている、計算済みな行動なのか、それとも別なのか判断できない。だからこそ、国王は聞かないと言ったのだろう。だが、それはリウリィのやり方であって自分のやり方ではない。だから少々自分のやり方を変えてみる。

「でも、貴方程の強さを持っているなら、何故師匠が私の側に行く様に言ったの? 殆ど無意味としか思えないんだけど・・・」

「単純に、僕、魔導以外あんまり得意じゃないんですよ。けど、才能はあるからって。ま、要するに技術を盗めって事ですね。師匠の剣とか、師匠の友人の剣ばっかり見ててもあんまり役に立ちそうにないですよ。だって滅茶苦茶強い人ばっかりでしたから。とても真似とか盗むとか出来たもんじゃないです」

「それは分かる。よーく分かる・・・」

「でしょぉ? 鍛錬のいっかんで殺されそうになった時なんて、もう止めちゃいたい気分でした」

「でも続けてるんでしょ。その理由が夢だけだとは思えないけど」

「もうちょっと師匠の所に居たかったんですけど、なんかお仕事入っちゃった見たいで。皇都に出向くとか行って、そのついでに僕も出てきたんです。マディンさんの所に行けと言われたんじゃなく、僕がそう頼んだんですよ」

「・・・・貴方が?」

 だが気付くと相手のペースにはまっている自分に気付く。それこそが、この少年のやり方だとも。

 揺らめく瞳が何処か陽炎にように思え、奥底に眠る何かが出ている様な気がした。

「そうです。僕の姉弟子だって言うんなら、まぁ、そんなに興味もなかったんですけどね。師匠に僕よりも強くなってるだろうって、何度も聞いたんで逢ってみたくなったんです。ま、結果はやっぱり僕より強かったんですけど。正直悔しいですよぉ?」

 だが、その言葉だけは嘘だと分かった。馬鹿にしている訳ではないが、少年自身、気付いている筈だ。

 心の隙を付くだけならば、マディンに勝てると。そしてそれが勝因になるだろうとも。

 だからあえて嘘を付く理由を探すが、見あたる筈もないだろう。結局の所、紅の事は殆ど何も分からないのだ。過去を聞いてもそれが役立つ訳でもなく、彼がそうなった理由にはあまりにもほど遠い気がする。だが考え込むマディンに少年は質問を投げかけた。

「じゃあ、今度は僕の番です」

「なに?」

「マディンさんは、どうして強くなりたかったんですか?」

「どうして、って・・・・」

 そして思い浮かべる。

 自分が強くなりたかった一番最初の気持ち。それを遮る様にして紅の言葉。

「それと同じですよ。僕の理由もね」

「・・・・・・」

 読まれたと思ったが、そう言うそぶりは全く見えない。食事中でも隙を見せないと言う事か、それとも違う理由があるのかも分からない。だがマディン自身の言葉で言うならば、ここに来た理由は血も姿も性別も違えど、同じ匂いがしたからと言う所だろう。

「・・・ふぅ。負けよ。心理戦では貴方に勝てる人なんて多分師匠でも難しいんじゃない?」

「ありがとうです。っと、ごちそうさまっ。じゃ、行ってきますねー・・・・・じゃなかった」

 そして何故か、笑顔で此方を向く少年は、何を考えているのかさっぱり分からない。だが漸く付き合いが分かった様にして、マディンは行動した。

「これでしょ。ちゃんと返してよ」

「あ・・・・凄い。よく分かったですね」

 しゃべり方が変になったのは、言葉と表情と同じく本当に驚いたと言う証拠なのだろう。拙い言葉で喋る少年の姿の方が、似合っている気がし、自分の持っていた魔剣の方を紅の腰に添え着けてやる。

「なんで分かったですか?」

「何となく、ね。これでも女なのよ」

「おんなのちょっかん、ですかぁ・・・・。やっぱ勝てないですよ、マディンさんには」

 そしてそのまま二人してドアに向かい、マディンは笑顔のままで居たが、それをくじくのも少年の性格らしい。

「あ、それと」

「まだなにか?」

「同じだと思いますよ」

「・・・?」

 ドアを空け、闘技場の方向へと駆けだした紅。何の事を言っているのか分からなかったが、その答えは大きな声で返ってきた。

「静流・レイナードさんの強くなりたい理由ですー!!」

「!?」

「じゃっ、行ってきまーすっ!!」

 まさかこんな場所で、それも響き渡る城を言う建物ないで叫ばれるとは思える筈もなく、いきなりの事にマディンの顔は一瞬にしてゆだってしまう。

 やはり見抜かれていた、としか言いようが無いだろう。そして走り去る前に見えた少年の顔は、悪戯が成功した時の子供のままだった。

「だからって・・・!! 全く・・・」

 だがしてやられたとしか言いようが無いだろう。そしてだからこそ後ろの気配にも気付かなかった。

「あの子、良いわ・・・」

「・・・・・・・あ、なた。居たの」

「食べちゃいたい位、可愛い・・・」

「・・・・・・」

 先ほど自分を案内した女性と共に出ていった筈のベルベットの姿がそこにあり、女性もそこに居た。無論、聞かれなかったと言うのは希望的観測でしかない。

「貴方、あの異色の仮面が好みなの?」

「あ・・・えっと、その・・・」

 こと彼の事となると、どうしてもこうなってしまう。特に、初対面ともする相手に知られたら恥ずかしい事この上ないのだ。だがベルベットだけは聞こえていなかったらしく、頬を赤く染め熱い溜息を吐く。

「あんな子が居るなんて、勝ったらご褒美あげなくっちゃ」

「イイって言う理由、分からないでもないけどね。自分との歳の差、考えれば?」

「歳の差なんてっ!!」

「マディン・・・貴方の事じゃないわ。あの走って行った子とベルベットの事よ」

「歳なんて関係ないし、小娘に負けるほど衰えてないわよぉ? 私の虜にしちゃいたい」

 熱い視線を送られていると知れば、どういう反応をするのかはよく分からないが、先ほどの様に固まってしまうのかもしれない。そう言う部分は自分と似ているのだな、とそこまで考えられる程冷静にはなれたが、その反面気付いてしまう。

「私って・・・・あの子と同じくらいの精神年齢な訳?」

 それはある種もくそもなく、ショックな事。十代前半の乙女でもあるまいし、それを実感してしまった自分が虚しく感じ、しばし固まる。

 そんな中、一人だけまともで居る女性は肩を竦めながら溜息を、重いそれを吐いた。

「どうしてこう・・・私の周りの女性って変なのかしらね」

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