そして人知れず行われた大会の結果は、聞くまでもなかった。観戦者は特例として認められたマディンとベルベットと、漸く名前が分かったクイナの女三人と国王のリウリィだけ。それ以外は全て闘技場の真ん中で対峙し、今はたった一人しか立っていない。それが少年の姿だとは、終わるまで想像したモノは一人しか居なかっただろう。

 リウリィは正直、この大会に紅を出したくなかったらしいが、約束は約束だという事で律儀な面を見せ、結果に感嘆していた。冷静なクイナも少年の早業を見て、打ち震えているのはアルフェイザの傭兵故。唯一、予想していたと言うか、信じていたと言うべきだろう。もし負けたとしても、自分が飛び込んで助けに行けば良いと考えていたのかもしれないベルベットだけは先ほどまで座っていたマディンの隣りにはおらず、闘技場から紅を連れ出し抱きついて居た。

「にして、も・・・やるなあの小僧。だが漸く五人目だ、俺の切り札もよ」

「その様、です・・・、いえ、あの子一人で私とベルベット二人分くらいの働きは出来るんじゃないでしょうか」

「自信無くしたか?」

「むしろその逆ですね。今はまだ勝てると思いますが、後三年・・・いえ、一年や半年でもすればあの子はもっと強くなるでしょうね。だからあの若さが羨ましいのと、悔しいのとの二つです」

「俺も同じ意見だぜ。全く、掘り出しモノどころか金鉱にブチ当たった気分だぜ」

 隣で意見を交わしている二人は、この国の上に位置するモノだからこそ出来る物。もし、静流が居たとしても似た様な意見を言ったかもしれない。何せ少年がやって見せた戦い方は、アルフェイザ特有の速さを主体とした戦術だったのだ。

 剣も斬る為と言うより流す為に使っているのはその為。脚が元々速いのか、魔導で強化しているのかは定かではないが、試合が始まった途端、少年は一気に周りの屈強な傭兵達を殺してしまったのだ。返り血すら浴びていないのはあまりにも剣とその動きが速かった為。遠くから見ているからこそ分かったが少年は一切、剣の構えだけは変えて居ない事も驚きを隠せない理由だろう。

 だが、それら全てはマディンに取っては大体分かっていた事。あのやり方は自分もここで、この大会でやった方法なのだ。それ以外にスタミナが持ち、尚かつ勝てる方法など見あたらぬ程、数が多く相手が強かった為。それ故に試合開始と同時にほぼ一瞬で殲滅する必要があるのだ。長引けば不利な事は分かっている。少年の場合はそれが尚心配される事だろう。誰しも自分よりも小さい存在を見つければ、この大会に置いてはそれを先に殺すのは当たり前なのだから。

 言ってしまえばそれすらも少年の考えの内だったのだ。子供の姿故に、大人は油断し、むしろ好都合になる。大人故に子供に大人の世界を教えてやろうとしたモノが全てであり、彼らは皆、大人の世界ならぬ戦場を教えられたらしい。無論、死んでしまってはなんの意味も無いのだが。

「あの躊躇いもなく殺せるやり口も気に入ったさ。今度の戦争で、お前達に貸してやる」

「私とベルベット、にですか? あの子に熱が上がってるベルベットは外した方がいいと思いますけどね」

「あの小僧、いや、紅ならそれすらも利用して見せると思うぜ。それが過信なら、お前が面倒見てやんな」

「分かりまし・・・たよ。でも、マディンも私の部隊に配置させて頂きますよ。でなきゃ」

「分かった分かった。じゃあ今回はお前らに任せるさ。東のうつけに目にもの見せてやれや」

「と、言う事です。マディン・・・・聞いてます?」

「・・・? あ、ああ」

 しかし、やはり疑問が残るのは否めない事だろう。それも、マディンにだけ浮かぶ疑問だ。

 あまりにも、昔の自分の戦い方を少年は再現し過ぎているのだ。覚えていたから分かった事だが、少年の動いた機動は自分と全く同じモノ。

 少年ならば、それが無駄な動きと分かっていた筈なのに、あえてやったとしてらそれはマディンに対する何かのメッセージでしかなく気付いてしまったなら、考えるべき。だが今それを分かる程、少年の事を知らない自分を再確認しただけだった。




































アナザー・ナイン・ファンタジー■ACT:SCARLET DUSK





































「どういう事? 居ない?」

「ええ。今回の戦には、静流の名前は登録されてないわ。どの部隊も再確認したけど、本当の事よ」

 開戦を明日に控え、分かった事実に困惑するのは当たり前の事だ。だが、クイナは軍師としてちゃんと仕事はしているらしく、傭兵だとは言え、自分の動かす手駒最強の人物の性格もマディン以上によく分かっているらしい。

「貴方が言った事を考えて彼の考えを想像するなら、彼なりの置き土産って所じゃないのかしら。報酬で動く様な人物じゃないのは分かり切っている事でしょ」

 そしてそれに続き、紅を羽交い締めにしキスの嵐と抱擁を楽しんでいるベルベットまでが言葉を続ける。

「あの異色の仮面なら、今更って感じよ。別に悪い意味で言ってるんじゃないから誤解しないでね」

「じゃあ、どういう意味なの」

「彼、ここで戦っていた時だって本人は何処にも属してる気じゃないと思うわよ。戦争を好んでるんじゃなくて、ただ、強くなりたい人の目をしていたモノ。それとも貴方にはそれすら分からなかった?」

「べ、ベルベットさんっ。会話してるんだったら離してくださいよっ! あ!? そんなところっ駄目ですってばっ!?」

「別に良いじゃないのよ。今日こそ、逃がさないわよ」

「ダメですってっ! いやだって言ってるじゃないですかぁ〜!!」

 まさぐる手の位置がことのほか妖しい動きのベルベットだったが、もう会話に参加する気もないのか。抵抗、しているのだろう紅を抱きかかえそのまま部屋を出る。だが流石はアルフェイザが誇る傭兵が一人「疾風眼(はやめ)」だと言えるだろう。そしてそれはクイナも同じ。

「まぁ、貴方が彼を好きなのは分かっていて、やれと言っても無理な事位分かるわ。でも降りて貰うつもりも此方にはないの」

「なら、貴方を殺してでも私が行くと言えばどうするのかしら」

「話は最後まで聞いて頂戴。少し難しいかもしれないけど、彼を私たちの誰でも良いわ。彼を殺さないで突破して、東方ハツの揚禅(ようぜん)を先に殺してしまえば良いの。それなら彼も戦う理由を失って、話し位は聞いてくれるでしょうね。正直、彼を手放すのは惜しいのよ。この国で個人として最強なのは間違いなく彼だもの」

 知将「氷麗(ひょうれい)」と言う二つ名は伊達ではないと言わんばかりの意見をさらりと述べる辺り、仕事はしっかりとしているのだ。そしてその意見は自分のやり方と、国王リウリィの意見を全て通したモノ。自分の意志まで尊重されるとは思わなかったが、内容を聞けばその理由も分かる。だがだからこそ、言う事もあった。

「そこまで言うなら、何故レイナードを引き留めて置けなかったのかしらね」

 国であるならば、それくらいの権限を行使出来る筈なのだ。だがクイナの方が一枚上手。

「彼だからこそ、よ。紅と言うレイナードの代わり、とまでは行かないでしょうけど、あの子が居なかった時に私とベルベットとリウリィ三人でもあの静流に勝てる気なんてしないわ。それとも、貴方には止められるとでも?」

「・・・・・」

 強さが仇になってしまったと言う事。事実上、彼はどの国に置いても魅力の戦力なのだ。本人はそこまで評価されているとは知る由も、否、知っていても興味すら抱かないだろう。そう言う男が、静流・レイナードなのだ。

「じゃあ、貴方のその作戦で、静流を取り返せる保証はあるの?」

「兵力の半分を使ってやっとでしょうね。まぁ、彼に反感を抱く人が何人居ようと、彼とやり合えば捨て駒にすらならないでしょうからそれ以外方法が無いと言えば無いのよ。その為に、貴方も此処に居るの。分かってるのかしら?」

 戦術に置いてクイナに勝てる人物はこの国には居ない。だからこそ、分からない事は素直に分からないと言うしかない。

「さぁね」

 しかし挑戦的な態度になってしまうのは悔しいと言う本心がどうしても隠せないから。そして人格の部分でも負けている自分に気付かされる事など、分かっていた筈だ。

「貴方の脚は、静流と同列、強化系魔導を使えばそれ以上になるわ。それに今回はあの紅と言う、東方も此方も知らなかった戦力がある。秘密兵器って訳ね。貴方一人で敵陣に飛び込んでも生きて帰れる保証は五分五分だけど、あの子が居るだけで勝率は百よ。万全を期して、ベルベットも行かせるから完璧」

 貶すよりも、誉めて人を使うやり方。お世辞でもなんでもない、ただの事実を述べているだけと言う姿勢が大人なのだ。それはマディンに取って無いモノであり、分かっていても嫉妬してしまう部分。

「じゃあ、そう言う事だから明日は頼むわね。部屋は好きな所を使えば良いけど、国王の部屋には行かない様に。襲われたいんだったら止めないけどね」

「分かった・・・」

 そして作戦会議は終わり、二人して部屋を出て別方向へと歩き出す。だが、心境が正直穏やかではないのは彼女だからこそだろう。

 クイナは貴方の方が静流よりも脚は速いと言ったが、その事に関しては自信がないのだ。第一、静流に見付かってしまえば間違いなく戦う羽目になるだろう。彼の認識を見誤っていなければ、彼は知り合いであろうと敵に回れば容赦しないのだ。逃げ切れた人物など、一人も居ない。その事を知っていて尚、クイナが言っているのであれば、否、知っていて当たり前の事だ。そうするとあれは世辞と実力以上のモノを引き出せと言っているのである。プレッシャーがかからないと言えば嘘にしかならない。

 だがクイナの言った言葉にはもう一つ意味がある。

 それは覚悟を決めろと言う事であり、彼女なりの気遣い。殺されるなら、せめて自分の愛する男の手でとでも言っているのだ。そしてそれがイヤならやり遂げろとも言っている所が彼女の二つ名に「氷」の文字がある真意。

「実力不足、か・・・・」

 舌打ちした所で、何も出来ない。一昼夜で速度を上げる方法などあるはずもないのだ。少なくとも今のマディンには。

 そして考え事をしていたから、気付かなかったのだが、結論付けたから分かる。

「あんた、こんな所で何してんの」

「しーっ!!」

 物陰にしゃがんで隠れているのだが、背中とお尻が見えているので意味が無い様な気がする。そんな紅を見てジト目になっていたが、少年の気持ちも考えれば分からないでもない。そして案の上他の声が聞こえてくる。

「あ、マディン。紅を見なかった」

「紅、ねぇ・・・」

「見たの? 見なかったの?」

 ベルベットの殺意を籠めた視線に押され、正直な事を教えてしまう所だったが、妙案を思いつき別の方向を指さす。

「ありがと」

 そして据わった目で居たベルベットの瞳はマディンの指さした先。全く見当違いの方向へと駆けて行き、姿が見えなくなるそれを確認して、見下ろしている紅に言った。

「あんた、魔導系は得意って言ったわよね」

「ふぅ・・・行っちゃった様ですね。ありがとです」

「聞いてる?」

「転移系魔導は勘弁してくださいよ。僕でもまだ制御が難しいんですから」

 話が早くて助かると正直思い、要らぬ事を聞かれる前に速く切り上げたかったのだがそうもいかないのが世の中らしい。

「なら別の方法でも」

「そんなに静流さんと戦うのイヤですか?」

「当たり前でしょ。その・・す、す、す・・・・」

「好きな相手とはやりたくない、でしょ」

「そ、それよ・・・・分かってるんならお願い聞いてくれても良いじゃないの。姉弟子がこうして頭下げてるんだから」

「・・・・見下ろしてる様にしか見えないんですけど」

「あんたがちっこい上にしゃがんでるだけでしょ」

 そして紅が立ち上がりしばし睨み合いの様な状態が続くが、ふいにマディンは目を逸らしてしまう。自分の言っている事が身勝手な我が侭だと分かったから。だが逸らした途端、それがどうしたと半ば意地になったが時既に遅し。少年は見透かしていた様に後ろ手を此方に向けて言った。

「別に良いんですけどね・・・どうも分からないんですよ」

「なにがよっ」

 行動全てが今は憎たらしく瞳に映るのも、全て静流が絡んでいるから。それが分かっていても止められないから機嫌が悪くなる。だが言葉を聞いた時、一つだけ少年の心を垣間見た気がした。

「マディン、貴女はどうして戦いたくないんですか?」

 透き通る様な声だと思ったが、直ぐさま頭の中で違うと言う自らの言葉が聞こえる。

「当たり前じゃない。なんで好きな人と殺し合いをしなきゃならない・・・」

「殺し合いって、どうして分かるんです?」

 もし透き通る様な声なら、耳障りが良く覚えられる。だが少年の声は違う物。

「どうしてって・・・。レイナードは、そう言う人だから」

「殺し合いが好きな人じゃないって、一番貴方が知っている筈ですけどね」

「・・・・・」

 それはまさに透明感どころか自分を越え何処までも届く、否。届かない声に聞こえたのだ。

 あまりにも透明感がありすぎ、むしろこの場に居ない存在の様な気さえしてくる。だが現実に引き戻す様、少年は言う。

「ま、一晩考えて置いてください。一応、ご所望のモノはつくって置きますから」

 だが気配に気付いたからだろう。その顔が真っ青になり慌てて辺りに隠れられる場所があるかどうかを探し、それが無理だと判断したのか。一目散に逃げて行く。その直後。

「マディン〜、紅が居たんなら教えてくれても良いじゃないの」

 獲物を見つけた獣ならず、ベルベットが妖艶な笑みを浮かべながら後ろで声を掛ける。だが、それに何らかの反応が返ってくると思っていたのだが、全くの無反応故に眉間にしわを寄せる。

「マディン?」

「紅ならあっちよ」

 それに対し、マディンの反応は上の空だったが、ベルベットに取ってはさして気に止める事でもなく、そのまま紅を追って行く。その早さたるや、疾風眼の名に相応しいモノ。だが、マディンは紅の言葉を胸に突き刺された様で、それすらも見えていない。

「・・・殺し合いが好きじゃないなんて、知ってるわよ」

 言葉に出し確認して見てもそれは分かる。だが、静流ならば敵同士になった時、躊躇い無く殺す事が出来る人物なのだ。それ故に北方最強の傭兵とまで恐れられている。それを知って尚、疑問を投げかけたとなれば意味があるのだろう。

「・・・・でも」

 しかしそれと同じく、漸く一人になった故に分かったのかもしれない。

 先ほどの紅は、少年の姿のままではなく全く別物にしか思えなかった。

 それこそ、自分の恩師、いや、それ以上の何かを持った物に思えてしまえたのだ。何よりも思い返して見て妙だと思ったのは、あの赤い瞳だろう。

 朔日の食事中もそうだったが、揺らめきを讃えるそれはどの魔族の眼とも違う輝きを放っている様に思える。

 だが何かが違うとしか言いようがないのは経験の無さ。それ故に、舌打ちした瞬間。

「だからぁー!! 勘弁してくださいって言ってるじゃないですかぁー!!」

「そんな事言わなくても良いじゃないのよ。こんなに愛しているのよ、貴方だけを」

「僕の気持ちはどうなるんですかぁ」

「そんなの、肌を重ねれば変わるわよ」

「いーやーだーぁぁぁぁ!!」

 泣き声の混じった情けない声。にしか聞こえないそれは、紛れもなくあの少年の物。

「気のせいだ・・・。お師様と一緒だったからあーなっただけだな」

 それ故に言われた事のみを胸に抱き、それ以外は全く意に返さない様にした。恩師の様な癖を半端に継げば、ああなるのかもしれないと、理解不能であると言っても良いだろう。

 そして寝る前、微かに少年のあまり説明したくない声が聞こえた翌日になる。









「・・・・・」

「く、紅? どうかしたの?」

「なんでもないですぅー・・・。寝てないだけなんですぅー」

「ベル・・・。貴方」

「ちゃんとサポートするから心配しなくて良いわよ」

 眼の下に隈を作った上に妙な格好の紅と、やけに肌がつるつるしている様に見えるベルベットは言わずとも何があったか分かるだろう。クイナが心配し気遣っている様子だったが、それが可笑しくてリウリィは笑いたいのだろうが、クイナの睨みでそれを堪えていると言った所。だがマディンだけは真面目な態度で紅に言う。

「あんたの昨日言った事」

「ほあ・・・?」

「やっぱり分かんないわよ。答えは変わってないからね」

「あ、ああ・・・。はい、分かりました」

 だが、どうしても分からない事がもう一つ増えた様な気がする。何せ紅の格好はどう考えても女の子にしか見えないのだ。化粧やアクセサリーは一切着けて居ないが、服は紛れもなく街の小さな女の子の着るフリフリの付いた物。その後ろ腰に鞄を着けてあるので、そこから物は取りだした様子。

「使い方は普通の魔環符と一緒です。行きと帰りと、もう一枚は予備ですから」

「ま・・かんふ?」

「あっ、えっと・・・護符ですよ護符。間違えました」

「寝ぼけてないでしゃきっとしなよ。大丈夫なの?」

「私がおぶって行くから心配はしなくて良いわ」

 戦場へと赴く故に、ベルベットの表情はまさに傭兵のそれ。だが心なしか何処か昨日とは違いすぎると思うのも気のせいだろう。要するに、紅と行為に及んで満足したと言う事。

「じゃ、頼むぜ。特に紅とマディン、お前らには・・・・」

「ほら、紅、寝てないで」

「ホントに大丈夫か? そいつ。ベル、お前子供相手に手加減なしはキツイだろ。幾ら若いからって」

「心配ないわよ」

 だが自分の立場をある種わきまえない様な態度は、リウリィにさえ奇異に映ったらしい。しかしマディンに取っては関係の無い事であり、そのまま部屋を出てもう一度装備を確認し直すだけ。

「良しっ」

 そして後ろからベルベットと、背負われ寝痩けている紅を確認しそのまま駆け出す。ここ、アルフェイザから東方揚禅(ようぜん)の居る場所までは早くとも三時間はかかるのだ。遅ければその倍。そしてその時間によっては、静流と戦う羽目になるかも知れない故にマディンは急ぐしかない。

 だが、街から出た瞬間、身体が一気に加速するのが分かり、一瞬飛んでいる様な錯覚にさえ陥るがなんとかそれを制御下に置く。心配だったのは紅を背負っているベルベットだったが、心配は無用だったらしい。同じモノを紅から渡されているのだろう。

「どうしたの? 置いてくわよ」

 その上、子供とは言え一人を背負っているにも関わらず更に加速するベルベットに着いて行くのがやっとと言う所。クイナの言っていた事はやはりお世辞だったのだろうと再確認した時、開戦の声が聞こえてきた。

「始まったわね・・・。スピード、あげるわよ」

「え、ええ」

 だが、静流と鉢合わせにならない様な迂回ルートを取っているとは言え、心配なモノは変わらない。彼ならば前戦に必ず配置されると言うクイナの案は間違っていないだろうが、どうしても拭えないのだ。そしてやはりベルベットの様子が変だと言う事も気になるが、徐々にスピードを上げて行く彼女と喋っている様な余裕はなくなりつつあった。

 もう一つ案として、マディンは早馬を使うと言う方法を提示したのだが、それが却下されたのには理由がある。戦場には一人や二人は耳が良いモノが居るのだ。眼が良いモノが居れば鼻が良いモノも居るだろう。そう言った類の連中に見付かった時に、騎乗からの攻撃に慣れていない傭兵と言う自分たちには不向きだと言う理由だ。だがそれ故に三時間も走り続け大丈夫ではないと言う事は判断材料にはならなかったらしい。そして二時間ほど走り続け、漸く一度目の休憩場所へとたどり着く。

「あ、あと・・・はん、ぶん・・・」

 息を切らしながら横たわり青空を仰ぐが視界すら曇る程、酸欠状態なのが分かる。だがベルベットは以外と平気そうな顔をしているが、多少なりと疲れているのだろう。休憩場所にと選んだ川辺故に、水をそそくさと汲みに行っている様子。そして放置された紅は、まだ寝ていた。

「よく寝る・・・」

 それを見て、一番に思う感情はずるいと言うモノだがそれも仕方ない事だろう。よほどベルベットの背中は寝心地が良かったらしく、多少突っついても起きはしない。

「マディン、遊んでないで体長を整えろ」

 水くみを終え帰ってきたベルベットだったが、やはり何故か不機嫌らしい。それは自分が紅にちょっかいを出していたから、と言うだけではない様子。

 ここから先は敵の包囲網があっても可笑しくない場所故に、誤解があるのならば解いて置く必要があった。

「ベルベット。どうしたのよ、そんな不機嫌な顔して」

「・・・・・」

 水はわざわざコップに注いで渡してくれるが、不機嫌な顔に代わりはない。思い当たる節と言えば、自分にないと言う所を考え他に原因があるとすれば寝ている紅だけだろう。それ故に、昨日の夜の事が原因だと考えられる。即ち。

『よ、夜の事なんて聞ける訳ないじゃないのっ』

 元々そう言った事が不得手だからこそ、静流を押し倒す等と言う事も出来ずに居るマディンだ。勝手に顔を赤くし、黙りを自分と同じ様に決め込むのを見たから、溜息を吐かれたのだろう。

「マディン・・・」

「な、なにかしらっ?」

「上擦った声出さなくても良いよ。別に夜の事がダメだったって事は無いからさ。むしろ、想像以上に満足出来た位だしね」

「・・・・・」

「ホント、あんた歳の割に奥手ね」

 そして自分の、あまり嬉しくもないが悩みの種である奥手な部分が彼女の心を和らげたのかもしれない。大人びているのだが、妖艶さの無くなったベルベットはそのまま理由を喋り出した。

「あんたさ、もし静流があんた以外の誰かを好きだったらどうする?」

「え・・・え!?」

 だが予測も出来なかった質問をされ、マディンは言葉に詰まるしかない。そう言う事があるかもしれないと、あまり考えた事はないのだ。何せ誰に聞いても彼の噂は恐れられるモノか、忌み嫌われる対象でしかないのだから。だがそう言った理由をベルベット自身に置き換えるならば、話は見えやすいだろう。

「まさかその子、他に好きな人が居た訳?」

「ま、そんな所だね。もっと事態は深刻だったけどさ」

「・・・・男色の気があった、とか?」

「あんた、そう言う知識はあるんだねぇ・・・。けど違うわよ。言ったでしょ、満足したって」

「なら、どんな理由で不機嫌だったの?」

「もう良いわよ。なんとなく、あんたの答え分かったしね」

「?」

 勝手に一人納得されては、逆にこっちが不機嫌になってしまうと思えたが、納得出来たらそれはそれで良いのかもしれない。だが同姓から見ても自分とは考えが見抜きやすいのだろうかと新たな疑問を抱える事にもなる。

 そして、故に勘が鈍るのだ。

「さて、と。無駄話もここまでにしようか」

「どういう?」

「ほら、紅、起きて。出番よ」

 ベルベットの言っている意味は直ぐに分かる。辺りから一気に矢が放たれたのだ。一瞬判断が遅れ動いて居なければ串刺しになっていた所だったが、見ていて危なっかしいのが約二名。

「ベルベットっ!! 早くっ・・・!?」

 だが漸く気付いた。彼女が起こしていたのはあの少年なのだ。それこそ、自分の知覚を超えた速さの剣撃を誘ったとは言え止めた人物。

「まだ、眠いんですけど」

「もう吹っ切れたわよ、私」

「な、なんですかぁ?」

 その後の会話は一気に飛び出してきた東方の兵士の気合いのこもった声によって聞こえなかったが、僅かに視界の隅で捉えた少年の顔は朝よりもげっそりしている風に見えた。だがあまりにも数が多い故に、一人で対応しきれない。何せ人数が分からない故に、どれだけ踏み込んで良いのか分からないのだ。

「紅っ! 起きたんなら炎でも何でもぶっ放して見通し良くしてよっ!!」

 気配は徐々に増えつつある所を考えると、作戦がばれたと思って良いだろう。だが、どこから情報が漏れたのかは今考えるべき事ではない。

「ほら、さっさとして!」

「分かりましたよぉ・・・もう、魔導なら何でも出来ると思って押しつける・・・」

 不満たらたらの紅の背中に張り付き、三人で囲まれる状態になってしまう。だが、どんな行動をしようとも少年なら活路を開けると何故か分かっていた自分が不思議でしょうがないが、それは現実のモノとなる。

「なっ!? 北方に魔導士だとっ!?」

 手から放たれると思っていた炎だったが、広域、自分の周辺全てを一瞬にして灰にする為に紅の周りには無数の火球が生まれる。だが、魔導に知識だけは長けたモノならそれ以外で不審な点に気付いていただろう。

 少年は、一言も魔導構成の為に必要な呪文を口にしていないのだ。そんな事が出来る人間どころか、魔族も竜族も存在しないと言うのに。

 それが分かったモノが居たからか。正体不明の敵と交戦して勝てないと良い判断を直ぐさま下し敵が退いて行く。だが、少年は聞いた。

「ベルさん、逃がしちゃうと・・・」

「私たちの事が知られて揚禅暗殺は困難になるでしょうね。良いわよ」

「分かりました」

 追っ手である自分たちが、まさか返り討ちに会うとは東方の兵士は誰しも想像しなかった筈だ。轟音と土煙と、川の蒸発した水蒸気に包まれながらマディンは少年の魔導構成の有り得ないやり方に驚きを隠せないまま、腕を交差し飛び散る土砂と人の焦げた肉片を防ぎ、それが収まるのを待ち視界が開けた途端、その威力にも驚く。

 幾ら広域に渡る魔導術だとしても、多少の焼けた林であった跡やそう言ったモノは残るのだが、まるでもっと広域にまで広められる術をわざと狭めた様に辺りには文字通り何も残っていないのだ。死体やそれが装備していた筈の武器と防具さえ残っていない所を考えると、その威力が想像を絶するモノだと言う事が伺い知れる。

「こ、こんな術。あんた一体何処で・・・それに魔導構成省くなんて事が」

 しかしさも当然な様に少年は言った。

「あれ、師匠に教えて貰ってないんですか? 魔導術に関しては、結構アバウトに使えるんですよ。魔導構成なんてホントは呪文無しに使えるって、当たり前だと思ってましたけど」

「それはあんたらの師匠が強すぎるだけでしょ? 皇都が誇る剣闘師の一人なんだから。あんた、まさに意外性抜群の秘密兵器ね」

「誉めたってなんにも出ませんよ。でも、気になりますね。なんで僕たちの事が分かったんでしょうか」

「今回の暗殺知ってるのは私たち三人とあの二人だけで、情報露呈なんて考えられないわよ」

「千里眼とか持ってる人が居るんでしょうかねぇ・・・。ま、急いだ方が得策ですね。行きましょっか」

 そして考えを纏められた二人はそのまま出発しようとするが、気がつけば両方のこめかみに指を当てながら唸っているマディンを見つけ、声を掛ける。

「どうしたの?」

「紅、一つ聞いても良いかしら」

「手短にお願いしますー」

「師匠って・・・そんな化け物見たいな人だったっけ」

 それはごく当然の疑問だったのかもしれない。知っている人物でも、いや、むしろ知っているからこそそうは見えないと言うのが誰もが同じ意見だろう。優男にしか見えない上に、戦いなれしてそうではなくどちらかと言えば軍師タイプな人物なのだ。まして魔導にそこまで長けた人物であるならば、あそこまで軽く人を騙す様な事が趣味と言う性格はなんであろうか分からない。

 だが、えへへと笑いながら紅の言ったそれは説得力があった。

「マディンさん。剣闘師って三人居るから三剣師(トリプル)って呼ばれ方あるの知ってますよね」

「それで?」

「その内の一人の「一閃の雷光」って人、事もあろうに四魔境の一つである漆黒の山脈に「鏡の斜面」なんて代物作ったんですよ?」

「・・・・・・」

「その人と同じ位強いなら、師匠って化け物じゃなきゃなんなんですか」

「そ、それもそうね」

 もはや伝説ともなっているその話は、幻でもなんでもなく、事実なのだ。少し離れた所から見ても思いっきり見あげなければならない程、高い山の一つである漆黒の山脈は一部分だけ、まるで切り取った様な部分があり、そこを近くで見れば誰もが頷き反面驚き感嘆をあげるしかないだろう。マディン自身もそれを見た事がある一人であり、そんな事が出来る人物が居るかと思えば世の中広いとしか言えない。

 そして忘れていたのだ。自分の師匠と同列の人が、そんな事が出来ると。

「でさ、一つ聞いて見たかったんだけど」

「今度はベルさんですかぁ?」

「そのあんたらの師匠の三つ色の剣舞って、どういう人物なの?」

 そして次々と疑問がわき出てくる様な話題故に、切り上げる為にマディンは言ってやった。

「師匠は、ちっちゃくしたら紅見たいになるそーゆー人」

「えーっ! 僕あそこまで性格歪んでないですよぉ!!」

 そしてそのまま東方揚禅の居る場所へと急ぎ、後ろの抗議の声は気にしない様にした理由は一つ。性格だけではなく、実力もミニ版の恩師だと思ってしまった故に、少しは言ってやらないと気が済まなかったのだ。そしてもう一つあったのだが、これは口が裂けても言えないだろう。

 子供じみた、姉弟子としてのプライドが心なしか傷ついた等とは。
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