「で、なんで最初に行くのが皇都な訳? 情報集めるんなら他の街の方が良いと思うんだけどさ」

「マディンさん、何言ってるんですか。師匠のあの漆黒の剣、黒神(こくしん)を誰が作ったと思ってるんです?」

「・・・」

「って言うか、一度は聞いてる筈ですけどね。もしかして、静流さんの口から初めて光と闇の刀匠の名が出たと思ってたんでしょ」

「う、五月蠅いわね」

 図星を突かれ、動揺を隠せない。思い返す事を意識的に止めていた為、思い出せなかったと言うのは理由にならないだろう。そう言う部分で少女の格好をした少年、紅の若さが憎い。

「でも、三つ色の剣舞が皇都に居るって何で知ってるの?」

 ベルベットの言った疑問は最も事。元々家に居ない時は風来坊ぶりを発揮し、何処に居るか一切掴めない人なのだ。だが、自信満々に紅は言う。

「言ったでしょ。僕がマディンさんに会いに来た理由は、師匠が仕事で皇都に行ったからって」

「あら、じゃあ私はついで?」

「い、いえいえ滅相もない。そんな訳ないじゃないですか」

 そして相変わらずの二人はべたべたと、一方的にだがしている中、マディンはその仕事の内容を考えていた。

 何せ剣闘師として呼び出されたのであればそれは召喚状なのだ。重要な事があるからこそ呼ばれ、くだらない理由で仕事に行く様な人ではない筈だ。少なくとも、マディン自身が恩師と一緒に暮らしていた時は一度も仕事になど行った事は無い。あったとしても、精々近所で起こったもめ事を収めに行くだけで、その結果、一悶着起こした様な異形の民達を家に連れて来るだけ。その度に飯を作らされていた事は、今のマディンの料理の腕を上げるのに貢献はしていただろう。

「なんにせよ、師匠が仕事に出たって事は厄介事以外有り得ないでしょうね。気を付けるにこした事はないわ」

「まぁ、皇都と喧嘩する様な所と言えば西側以外にあり得ませんからねぇ。そう言えば、リウリィさんてなんで皇都と戦争しなかったんですか?」

「さぁね。ベル、あんたは知ってんじゃないの?」

「理由なんて簡単。戦争の記録見れば分かるでしょ? リウリィが国王になってから、一度も何処かに攻め込んだ事はなかったじゃない」

「ああ、面倒だったんですね。確かにアルフェイザから他の国に出向くのは骨でしょうし。顔と一緒で不精なんだ」

 身も蓋もない言い方をされればあのアルフェイザ国王も形無しだが、事実なのでなんの意見をしようとも考えない。

 そして目指すは皇都ハイルーンだがその為、街道を行きまずはアルフェイザ領地内にあるファウスが当面の目的地。アルフェイザの領地内と言う事で他の街に比べれば治安も悪いが、アルフェイザよりはマシなので面倒な事もあまり起こらないだろう。

 しかしそんなマディンの予想が外れるのは、決して彼女の楽観主義が原因ではなかった。




































アナザー・ナイン・ファンタジー■ACT:SCARLET DUSK





































「ふぅ、漸く着いたわね」

「道草食ってたからじゃないですか。盗賊狩りなんてしなきゃ良いのに」

「襲われてる人見てほっとけって言う方が無理なのよ、マディンにはね。ほら、優しいから」

 街道を行き、本来なら三日でファウスに着く予定だったのだが六日かかってしまった。その理由は件の盗賊狩りが原因なのだが、時間がかかったのはマディン一人で相手をしたからと言うのもある。何せ一人残らず倒すには、森と言う地形は盗賊側が有利だったのだ。紅とベルベットと言えばたかみの見物を決め込み、一度たりとも手は出してない。しかしそれが加勢になったと言えばなっただろう。逃げた先にこの二人が居るだけで、盗賊達は大人しく投降したのだ。それもマディンの強さを見た上で、ベルベットの二つ名を知っているからだろう。ここでもアルフェイザ国王の右腕「疾風眼」の名前は効力を発揮していた。

「でも少しは手伝ってくれても良いんじゃないの? 結構大変だったんだからさ」

「走るのが、でしょ? あの盗賊さん達、さして強くなかったじゃないですか」

「そりゃそうだけどさ」

 盗賊狩りの報酬はファウスにあるハンターギルドでの僅かな賃金くらいのモノ。強さと比例して報酬が変わると言うのは納得出来る事だったが、あそこまで弱いのに今までハンターブラックリスト下位から居なくならなかった理由は紅の言った様な逃げる相手を山の獣道を使い追い込む、と言う行為が面倒だったのだろう。他人の尻拭いではないが、やらなければ良かったと後悔はしていた。

「じゃ、これが報酬ですので、サインお願いしますね」

「あいよ」

「マディン・ガロスさん、ですか・・・。ああ、字無し(あざなし)って貴方の事なんですね。この間私初めて知りましたよ」

 そしてハンターギルド受付で、そう言われたのは久々の事。それが原因で機嫌が悪くなるなど、受付の女性には想像も出来なかったのは当たり前だ。

「その二つ名まがいの名前で呼ばないでくれる? 誰かが勝手に付けたんだからさ」

「なら、早くハンター登録と二つ名登録してくだされば良いじゃないですか。なんで登録なさならないんですか?」

「私はモンスターや盗賊狩りがしたくて強くなった訳じゃないからね。それにハンターの仕事は言い換えれば他人の尻拭いじゃないか。そんなのまっぴら御免だね」

 そう言った理由でマディンがハンター登録していない事など知る由もなかったが、そのまま話を続ければ更に機嫌が悪くなると踏んだのか。カウンターごし僅かに頭を覗かせた紅が横から口を挟む。

「僕は登録します。出身地とか正確な年齢が分からなくても良いんですよね」

「あ、魔族の方ですね。分かりました、では、少し待ってて下さい」

 そして受付の女性は魔族用の書類を取りに奥に消える。こういう場合は、酒場の豪傑よりも洞察力のあるハンターギルドだと思わざるを得ない。赤い目と言う特徴を見れば直ぐに分かる事なのだが、どうも歳を食った男達はそれが分からない様子。傭兵にその色が強いのは、差別しないと言う良い点でもあり、姿だけで馬鹿にすると言う悪い点でもある。

「では、此方の書類にここに氏名を書いて、生年月日と年齢は記憶している限りで良いです。その場合は推定と書いてくださいね。あとは身元保証人さんのサインと、今までの戦歴を書いてくだされば、此方でハンターランクを付けさせて頂きます。その点についてはご了承下さい」

「身元保証人・・・・ベルさん、お願い出来ます? マディンさんの場合は、ねぇ」

「分かったわ。ねえ、身分証明書はこんなのでも良いのかしら」

「えっと・・・」

 ベルが出したモノ、アクセサリーとしてはあまりにも質素なペンダントを観ている女性だったが、それが一瞬なんだか分からないと言う表情をし、記憶としばし照らし合わせていたがいきなり態度を改め緊張した様に言う。

「あ、えっと・・・、疾風眼のベルベットさんですね。分かりました。では、どうぞ」

「ありがと」

 それはアルフェイザ国王が自分の右腕や配下に送る称号であり、ベルベットの場合はハンター登録もしてあったらしい。しかしそれがおいそれと手に入れられるモノではないと言うのが常識。それ故に驚いたのだ。

「できましたー」

「はい、えっと・・・」

 だがそれ以上に驚いた事もあったらしい。書類と紅を交互に身ながら疑わしげに身元保証人であるベルベットに訪ねる。

「六日前の魔導士三千人相手に一人で倒したって・・・ホントですか? それに年齢、推定12歳って言うのは」

「年齢は知らないけど、魔導士三千人を全員殺したのは事実よ。なんならアルフェイザに問い合わせて見れば? 知ってるのは国王と軍師の氷麗ことクイナ・ハーシェンだけでしょうけど」

「わ、分かりました。では少々お時間頂けるでしょうか」

「いいわよ、どの位?」

「二時間もあれば、書類審査とハンターライセンスもお作りして渡せると思いますので」

「じゃ、また来るわ。ほら、マディン、紅、行くわよ」

 そしてギルドを出たのだが、あの女性はわざと触れなかった筈だ。ちらりと見えた書類の性別覧には男と書かれているにも関わらず、紅の格好は少女にしか見えないのだ。しかしそう言う気遣いがあるのに、人の姿をしていなければ殺す様な対象でしか見れない目はやはり好きにはなれない。そんな事を考えながら三人で歩いていた筈だと思っていたのだが、先ほどの会話を運悪く妙な連中に聞かれたらしく、気がつけば後ろの方でベルベットと紅が囲まれて居るのが見える。

「はぁ・・・やっぱりここもアルフェイザ領地内って事ね」

 しかしその囲まれいちゃもんを、多分、紅を魔族だと分かった上で何かさせる気だろう。そうすればハンター登録した魔族は一斉に追われる身へとなるのだから。そんな様子を見ながら思い浮かんだ考えは紅が一体ハンター相手にどう対応するかと言うモノ。身の危険を感じればベルベットがどうにかするか、もしくは紅の腕を知っている故に安心は出来る。それは半ば盗賊狩りを手伝わなかった抱腹なのかもしれないが、そんなマディンをよそに会話は進んでいた。

「嬢ちゃん、あんたが六日前の戦争での魔女だってホントかい?」

「だったら俺達と手合わせしてくれよ。なぁ? ランク低くてロクな仕事回ってこねぇんだよ」

 下卑た笑いを浮かべながら言う二人は、さしずめ傭兵としても満足に機能していないハンターと言った所か。技闘士(バトラー)だと推測されるが、片方はどうも違う様な気がする。そして残りの二人はオーソドックスな剣術士(フェンサー)と、なんの武器も持たずさして鍛えている風にも見えない風貌から多分技銃師だと推測される。沈黙を守り抜いているのは、手を出したのが正しいか間違いか判断しかねているから。しかしよってたかって小さな女の子をいびっていると言うのはして良い事らしい。

「でも、僕まだハンターじゃないですから、倒してもランクあがらないんじゃないんですか? ハンター規約にそう書いてありましたけど」

 闘技場の様なハンター規約があったのだと、知らない事をまた一つ知った事はどうでも良くても、それが分かった上で行動しているとなると男達の目的もなんとなくながら見えてくる。もしハンターライセンスがあれば戦って勝つ事でハンターランクをあげられ、なければ魔族と言う理由で狩ろうと言うのだろう。基本的に紅が強いかもしれないと言うのは完璧無視らしく、そう言う所が甘いと言えば甘い。

「そうだったかぁ? 俺達頭悪いんで忘れちまったなぁ」

「あ、そうだ」

「?」

「ベルさん、宿まだでしたよね。マディンさんと先に取ってきてくださいよ。この人たち、僕がやっちゃいますから」

 しかし、笑顔で無視をしながら倒すと断言する紅もどうかしているといえばどうかしているだろう。挑発などと言うレベルではなく、明らかに殺してくれと言っている様な物。だがこうすれば正当防衛にはなる、と言うこの街での法律でも知っている上でやっているのなら、少なくとも過剰防衛と言う言葉も知るべきだとも思う。その内、ベルベットは案外簡単にその場を抜け出し自分の隣まで来たが、正直どうしようか迷っているのだろう。身体が心配なのは、囲んでいる四人であるが。

「宿は取りに行くけど、どうする?」

 近づいてきたベルベットはそう言い、判断を仰いでいる、と思ったが違うのだろう。顔が笑っているのを考えれば、今自分が考えている事を見抜かれていると思っても間違いではない。そして沈黙を答えだと受け取り、その場で別れる結果になる。しかし去り際に一言。

「そこだと、巻き添え食うわよ」

 それだけ言い一時別れるが、その意味が一瞬分からずベルベットの後ろ姿を追う。だが直ぐさま声を荒下ながらの反応が頭の後ろで聞こえ視線を戻した時、既に事は起こっていた。

 場が動いているのは確かだったが、それが分かるのは片方の技闘士の状況。地に頭から倒れ込み動こうとしない所を見ると、気絶したか死んだかのどちらか。やりすぎだとも思うが、少年の口調は楽しげなモノであり続ける。

「で、そこのバトラーさんは事情知らないで手を出したんでしょうから、許してあげるとしても、そっちの二人は知ってるんでしょ?」

「・・・・・」

「黙り、と言うより喋れないんですか。それはご愁傷様です」

 会話の意図は分からないが、少なくともそう言われた剣術士は思い当たる節があったらしく、気配に動揺が混じる。残った技銃師も同じ様な事情らしいが、技闘士一人が自分だけ茅の外だと分かるやいなや、紅へとその大きな手を伸ばした。

 だがその瞬間。

「汚い手で触らないでくれませんか?」

「ぬ? ・・・・・!!」

 紅は手を添え、自然に自分の肩に置かれていた手を逸らしただけに少なくとも見え、その為に男の影に入ってしまい何をしたのか此方からは伺い知る事が出来ない。だが男はいきなり苦しみだし、その場に膝をつき片腕をあげた時、何が起こったか分かった。

「お、お、俺の腕がぁ!!」

 残った片腕でもう片方の腕であった場所を押さえては居るが、完全に二の腕から先が無くなって血が噴き出している。その為、紅が動いた理由が返り血を浴びない為だと分かるがマディンは久々に少年に対する疑念を思い出した気がした。

 少なくとも少年は武器を持っていないのだから、男の腕を切断するには魔導を使わなければ出来ない。だが、やはり魔導構成の為の呪文は聞こえなかった筈であり、それは恩師の受け売りだと少年は言っていたし、それでも魔導を使う際に身体に纏う魔導力は感じ取れた筈だった。だが今回は全くそれが感じられなかったのだ。それこそ、手品の様に男の腕を切断して見せている。

「あなた方見たいに低いランクのハンターでも、五行の民の名くらいは知ってるでしょ? 一応、氷魔の民の出なんですよ、僕」

「く・・そがぁっ!!」

 そして技闘士との乱闘が始まるが、紅は一切攻撃しようとせずただそれを最小限の動きで避けるだけ。しかしその動きはある程度分かっていた事なのでマディンは驚きもしなかったが、これだけは確かに分かった。

 少年は今、嘘を付いたのだ。

 理由は簡単なモノで、彼女は別の氷魔の民と出会った事があり、氷魔の民がどんな特徴を持っているかも知っている上に、例え忌み子であったとしても五行の民ならばその特徴が変わる事がないとも知っていた。

 もし、氷魔の民であるならば氷の気配を漂わせ、例外なく青い髪と同じ色の瞳をしている筈なのだ。第一、五行の民に置いては忌み子としての特徴は一つであり、それが白髪なのだ。しかし少年の髪は黒く、瞳の色は赤。それ故にもう一つの事が嘘だと分かる。

 魔族であるならば耳が尖っているかもしくは、瞳が剣眼(つるぎめ)と呼ばれる、猛禽類の様な鋭い目をしているのだ。しかし初めて出合った日に、あの食事中に見た目の瞳孔は間違いなく人間と変わらない形をしていた筈。剣眼を隠せないのが魔族の特徴故に、それは間違いない事。

 それ故に、少年の正体が分からなくなる。

 少なくとも、自分の知る限りどの種族にも属さないと言う事になるのだ。そして有り得ないと言う言葉を頭に抱くマディンの見ている中、少年はたった一度のみ攻撃しただけで男を地に突っ伏させる。単純に傷口を塞がずに血を流しすぎたのだ。どんな大男であろうとそれは鍛える事の出来ない。

「あれ? もう終わりですか? あ、出血多量でもうすぐ死んじゃうんですね。どうします? 治療系の魔導使いましょうか?」

 笑いと言う表情を決して絶やさぬ部分は恩師と通ずる所があるが、少し妙な動きをした部分は見逃していない。それが、恩師が決して教えようとしなかった技術だと、少年は知っているのだろうか。

「ま、これで二、三日はまともに動けませんけど、命が助かっただけでもモノダネですよねー」

 ぺしぺしと男の額を叩き治療を終えたが、それ以外にやった事は男の神経を切断する事。指一つで出来るそれは、暗殺者と言う職業に就かなければ分からない技であり、一般的には全く知る事が出来ない術。それこそ、十年や二十年と言う長い年月を掛けて会得する技なのだ。勘や才能だけで出来る技術ではない事は、自分が知って尚出来ない事で証明されている。格闘技や剣術に置いては、今も自分の方が得意だと分かっているから。幾ら魔導系で負けていたとしても、そう言った技術の知識は魔導の知識では補える訳がない。

「で、そちらのお二人もどうせなら面倒見てあげましょーか?」

 何より、それが本来の性格だと、分かるのだ。表情こそ違和感があるが確かにいたぶると言う行為をしているときの少年の姿は当てはまりすぎている。少女の格好をしているのが違和感無く感じられるのは、気配その物から性別と言う部分が欠如していると言うのが受け取った雰囲気と言うモノか。紅と言う存在が、例え男であろうと女であろうと本性を現せばああなると言う証。そして瞳の赤は、燻る灯火から焼き尽くす劫火へと変わった時、自然と脚が動いていた。

「く、紅。もう止めた方が」

「そうですか? もうちょっとやりたいんですけど」

 止めに入って良かったと正直思うのは、騒ぎを聞きつけ人が集まり始めていたからだが、少年はそれでも構わないと言う代わりに手を握ったり開いたりを繰り返している。その動きが、何かに、ついで潰す為の準備運動だと気付くのもマディンだからだろう。様々なタイプを相手に戦ってきたからこそ、少年の行動だけで何をしようとしているか分かるのだ。だが言い換えればそれだけの戦い方全てが出来ると言っても良く、それが末恐ろしいのではなく、既に恐怖の対象として十分な存在なのだ。

 だがそれでも諦められない何かがあるのか。剣術士が抜刀し、技銃師が懐から銃を抜き放ち、沈黙と静寂。誰も止めようとしないのは殺気が辺りを包み始めたから動けなかったと言うべき。その出所は、直ぐ隣りに居るからこそマディンには分かりすぎるが、それでも動けたモノは本人以外にも居たらしい。

「貴方の腕を試すためとは言え、失礼いたしました。しかし、我が主人は貴方の様な強者をご所望で御座います故、事情をお察し頂きたい」

 そう言いながら出てきたのは、全身を黒のフードで覆い隠した、男。性別は多分でしかないが、声色から察するに女にしては太すぎる故間違いではないだろう。妖しすぎるとは思うが、その中から感じる気配は紛れもなく魔族のモノ。日中故に陽射しを遮る格好なのだろう。そして辺りの風景が一瞬にして変わり、転移魔導を使われたのだと漸く分かった。

「これは、妙ですね。何故、貴女まで着いて来るのです? 貴殿が介入したのですか?」

 しかし相手に取って見れば自分は無用の長物らしく、目的は紅一人だったらしい。口調から察するに、何処かの有名な魔族の配下と言った所だろうが、本来魔族は誰にも属さず気ままに暮らす種族の筈。変わり者はどの種族でも珍しくもないが、目の前の男だけは少々違う様な気がする。どことなく、今まで見てきたとある種類の者達とある部分が似ているのだ。

 そして気になる事はもう一つ。

 男は介入と言い、それは転移魔導の事を指しているのは分かるが、制御が難しい部類に入る転移魔導に介入するとなれば、少年の魔導の腕は師匠と同じ位と言う事。こと転移系の魔導に関してまぐれはないのだ。

「マディンさんを連れてきたのが貴方の誘いに対する返答ですー。簡単に言えば「イヤだ」って事ですね」

「そう、ですか」

 しかし気になる事を吹き飛ばす程の事が起きてしまう。

 目の前に居る男から感じ取れる気配は間違いなく自分の知っている上位魔族を遥かに越えたモノ。それこそ、知らないとは言え、想像した範囲での恩師レベルと言って良いだろう。

 つまり、勝てる相手ではない。

「紅っ、逃げるわよ!」

 それ故に少年の腕を掴み一気に逃げようと思ったのだが、まるで大岩を動かせない如く少年の身体はぴくりとも動かない。

「何言ってるんですか。この人、敵ですよ?」

 そして事もあろうに、あっけらかんとそう言ったのだ。信じられない間抜けにしかマディンには見えない。

「私たちが勝てる相手かどうか分かってるでしょ!?」

「あれも僕の使ったハッタリ見たいなモノですよ。感じません? 辺りに集まってきている魔導力が妙にささくれてるの」

「さ、ささくれてる?」

 だが少年は落ち着き、まるで恩師の様な口調でそう言った。

 そう、恩師は自分に物事を教える時に、必ず気付かせてから説明するのだ。それが一番効果的な学習方法だと分かったのは最近になってから。同時に如何なる場合であろうと、例え死が目前に迫る様な状態でも同じ事しかしない事に関しては勘弁して欲しいとは思う。そしてそれが今であり、相手は恩師ではなく自分よりも年下の、同門と言う共通点を持った少年。

「・・・・召喚、術? いえ、降霊術ね」

「よくできました。百点です」

 巫山戯ている場合ではないのだが、確かにそれは降霊術と言う魔導だった。どういうモノかを簡単に説明すれば、辺りに漂う魔導力をかき集める強化系に属する魔導、とでも言えば良いのだが、普通の強化魔導と違う所は死霊をも呼び寄せ自分の身体に取り込むのだ。その為に肉体強化及び辺りに居る生物の本能に死を感じさせ勝てないと悟らせる方法ではある。それ故、確かに少年の言うようにハッタリ、と言っては身も蓋もないのだが、強化される事には違いはなく、それが半端な強化ではない事も間違いではない。

「でも分かったからってどうするのよ。精々あの半分の強さでも相手にするのは骨よ?」

「魔導士六千人相手にしたマディンさんが何言ってんですか。それに僕も居ますよ」

 実力がある故の発言と、信頼、してくれているのだろう。しかし嬉しくも悲しくもなく、逃げられない状態にまでなったのは事実。どうあっても戦わなければならないらしいが、少年は思いついた様に言った。

「けど僕、まだ身体が本調子じゃないんで、攻撃はマディンさんに任せます」

「冗談・・・」

「嘘じゃないですよ。本気の強化系魔導かけて、防御壁と傷を負ったら直ぐ回復する僕の特性魔導もつけてあげますから。なんなら空飛べるおまけもつけましょうか?」

 そう言いながら魔導をどんどんかけてくれる紅の表情は笑っていたが、本調子ではないと言うのは本当らしく、見る見る内に顔が青ざめてくる。そして少々心配になり、止めさせようとしたのだが、相手の迫る気配を感じ、その瞬間。

「じゃ、お願いしますねー」

「あ、あんたっ!!」

 少年の顔色は一瞬にして戻って、その場から掻き消え代わりに男が攻撃を仕掛けてくる。その速さは今まで見たどの敵よりも早く、攻撃も痛いとかそんなモノで済む様なレベルではない事も肌で分かる。しかしそれを防ぐために本能的に身体が動き、抜刀したが少年の言っていた本気の強化系と言う意味が分かった。

 思ったよりも、予想外ながら、そんな言葉ではなく、あまりにも剣の重たさを感じない故にまるで居合いの様に剣で切り払って居たのだ。それは自分の目指す理想の動きを遥かに越えた、彼女に取っては知らない領域。しかしそれだけで相手を真っ二つに出来る程甘くないらしく、敵は一端引き下がり辺りを見回していた。

「ちっ・・・何処に行きやがった。あのガキ」

 目の前の意外な強敵もさる事ながら、初めから確認していた目的が居なくなった事の方が気になるらしい。もっともな事だとも思うが、それはそれで苛立ちの原因になる。そして威嚇の為に殺気を放って見たのだが

「・・・・」

 瞬時にしてその場から退いた敵を見て、マディンの方が驚いた。無論、敵の方も驚いていたらしいが。

「ど、どういう事だ・・・・・貴様にそんな力がある等と聞いてはおらぬぞっ!?」

「???」

 殺気を放ったのは、あくまで威嚇の為だったが思いの外それは威力があったらしく、初めてそんなモノを眼の辺りにしてしまった。

 殺気だけで、風が巻き起こったのだ。

 しかし、一度聞いた事がある故に、ある程度それがどんなモノなのかは察する事が出来た。即ち、殺気と言う魔導に似た感覚を会得したと言う事。

 これもやはり恩師の受け売りなのだが、本来五感と言うのは魔導を使う為に欠かせない部分であり、殺気や怒気を発する時は微量ながら魔導を使っているのだと言う。そして殺気が形になった時、それは風の刃となって相手を切り裂く、とまで聞いた事はあるが、冗談半分だと思っていた。何せその時の恩師の顔は笑っていたのだから。

 だが、こうして実体験、それも自分でやっているとなると、信じるしかないらしい。そして相手もそう言った事が出来る相手がどれだけ強いかを知っていると見るべき。焦った顔が、少々おかしく映り、調子に乗ってしまう。

「さーて、あんたなんか私の事なめてた見たいだけど、どう? 立場逆転した気持ちってヤツ」

 それでも頭の中では冷静に状況分析を怠らない。油断しては元も子も無いのだ。それ以上に気になる事もあったが。

 それは無論、あの少年の事。何せこれだけの強化系魔導を使えると言う事は、記録上知られていない大魔導士と言っても過言ではないのかもしれない。そして使った際に見せたあの青い顔が演技だとしても、確かにその時までは疲労感があった筈なのだ。すると封印か、もしくは封環(ふうかん)と言う自らの力を封ずる何かを付けていると推測されるが、それは本人に聞いてみれば良いこと。だがそれよりも聞きたい事は、たった一つ。

 何者なのか。

 ただ、その一言に尽きるだろう。

 どういう答えでも良いから、聞いて見たいのだ。正直な所、これだけの魔導を二、三日で使える訳でもなく、自分と出合う前から使えたのは間違いないだろう。それ故に、やはり自分より弱いと言うのが嘘と言う事は、その嘘を付いた理由が知りたいのだ。正直今の所、あの少年が自分に嘘を付く理由が見あたらないのだから。

「ただ話しにくいって言うような性格でもないだろうし」

 そして、言葉通り少年の性格を考えればそうなのだ。だが、今の状況を一瞬忘れるその独り言は、敵に取って隙を見つけた絶好の機会。視界を戻した途端迫る敵が見え、身体が瞬時に反応していなければ真っ二つにされたかもしれない斬撃。だが腕にひりひりする痛みが走った事を考えると避けきれなかった結果が伴う。やはり油断禁物と言う事。

 だが相手に取って見れば立場逆転と言う事実を目の前にして漸く理解したらしく、追撃しようにも出来ないらしくその場に留まり判断を決めかねているのだろう。明らかに迷った様子で、隙だらけと言えば隙だらけ。だが、傷が瞬時にして塞がる妙な感覚を感じながら彼女はある事を思いついた。

「そう言えばあんた、あの子になんの用だった訳?」

「き、貴様に話す事などはないわっ!」

「我が主が貴殿をご所望している、だったっけか?」

「・・・・・」

「じゃ、言い方変えて聞くよ。あの子、何者?」

 その思いついた事は、多分本人に聞いても返ってこない答えを敵にぶつけて見ると言う事。少なくとも、自分よりは何故かこの男の方が紅の正体は知っている様な気がしたのだ。

「貴様は・・・・知らずに一緒に居ると言う事か?」

「少なくとも、私の師匠の弟子って事は知ってるけどね」

 だが、予想と反してあまり知らない事だったらしい。事情を知らされていないと言う事は、下っ端と言う証。興味が失せる、相手にしていても時間が無駄だと。

「さっさと失せな。別に私はあんたの事、憎くも殺したいとも思わないからさ」

 しかしそう言った瞬間、自分の今持っている超がつく程鋭い感覚でも捉えられない程の速さで敵が消えるのを見て次の刹那。

「手を出すんなら直接来いって、誰かに言われませんでしたか? これ以上くだんない事やってると直に殺しに行きますのでそのつもりで。ジハードの誰かさん」

 その言葉にどんな意味が含められていたのか、分かり易い事この上ないがそれだけで敵に取っては十分な効果があったらしい。その上少年は何時の間にか姿を現し、今のマディンにも止められない一撃を止めていたのだ。多少雰囲気が妙だと思いながらも、そのまま敵は掻き消え辺りに沈黙が戻る。漸く、ここが今日通った街道の近くの辺りの森だと気付いたのは遠くの方で街のざわめきが聞こえたから。

「で、事情。話してくれるのか?」

「んー・・・」

 そして落ち着いた故に、頭一つ分以上下にある少年の顔を見下ろし言うが、少年は明らかに迷っている、と言うより楽しげに腕組みしている。多分表情を隠しているつもりなのだろうと分かった所はまだ可愛げがあるとは思うが、漸く出た言葉の内容は可愛くもなんともない。

「話して理解出来るほど、マディンさん頭良さそうじゃないですからねぇ」

「あっそう。そう言う事言うんだ」

「・・・な、なんですか」

「ふーん、ふぅ〜〜〜ん」

 しかし何となくだが、この少年の扱い方を覚えられたかもしれない。どう言う事情であんな危なげな敵に狙われているかは知らないが、この少年なりに自分では始末に負えなくなったから助けて欲しいと言う事なのだろう。出合った時に言った「マディンさんに逢いに来た」と言う言葉にはどうやらそう言う意味が含まれているらしく、ならば引けば着いてくると言うだけなのだろう。

「さーて、帰るか」

「ちょ、ちょ、ちょっ!? その意味ありげな笑みはなんなんですかぁー、教えてくださいよぉぉぉ」

 そして過去に何があったかは知らないがどうやら冷たい態度を取られると下手に出るしかないと思っているらしく、その辺りはまだまだ子供だと思う部分。それ故に皇都までの旅路は以外と快適なモノになった上に、路銀を稼ぐ為の盗賊狩りも楽になったと言うモノだ。

「ねぇ、教えてくださいよぉ、置いてかないでぇ」

 だがあそこまでの芸当が出来、強さを持っている上で何故そこまでみっともないとも言える情けない顔が出来るのかまでは分からなかった事。

 それは皇都に着くまでの三週間。全く分からない疑問でもあった。
[NEXT] [ACT SELECTION] [BACK]