「じゃ、これが報酬ですので、サインを」

「はいはーい」

「え・・・? 貴方?」

「ほらほら僕の目、赤いでしょ。人間じゃないんですよぉ」

「ちゃんとハンターライセンス持ってる?」

「これですー」

 そして少年は首もとからハンターライセンスを見せるが、やはりまずかったのだろう。穴を空けたのは。

「正式なハンターだって言うのは分かるけど、穴空けるのはダメでしょ? 全くこれだから新人ハンターは・・・・・・・って、えぇ!?」

 紛失しない為に首飾りと言うか、マディンには首輪に見えるそれで紅はハンターライセンスを後生大事に抱えているのだが、受付の女性はその内容に驚いたらしい。と、言うよりもあの日、名前も正体も分からなかった男と戦った後ハンターギルドにライセンスを受け取りに行き、マディンとベルベットも一度は驚いた。何せこの少年の与えられた一番最初のランクはダブルSクラスと言う、個人としては最上のモノだったのだ。

 しかし紅に取っては、首にかけてあるひもを引っ張られ、首吊り状態で苦しいらしくそれどころではない様子。

「じゃ、あんたがサードネームを名乗れる魔環師候補なの!? まさかこんな子供だったなんて・・・」

「ぐ、ぐるじいでずっでばぁぁぁ」

「あ、ごめんごめん。でもあんたがねぇ・・・へぇ」

 その上、魔術士としてライセンス登録した上でダブルSクラスを認定された為に、皇都が誇る次期の魔環師候補にまでなってしまったのだ。凄い事と言えばそうなのだが、サードネームと呼ばれるダブルSクラスのみに与えられる、二つ名ならぬ三つ目の名前に選んだ物のセンスはどうかとマディンも、そしてベルベットさえもどうかと思うのが正直な所だ。

 二つ名が「闘神」と言うモノは名前負けを僅かにしないモノとは言え、三つ目は少年自身が夢見ていたらしい「紅い詐欺師(レッド・スウィンドラー)」と言う物なのだから。

「でも、何で魔環師候補を蹴った訳? 一生左うちわも夢じゃないのよ?」

 しかし、受付の女性、ハンターギルドに属している割によく喋る人物だと思うが、紅のやった事が理解出来ない反面、興味があるらしくカウンターから乗り出して少年の顔を覗き込む。そして少年の言葉を聞いた途端。

「だって、めんどくさいじゃないですか。魔環師なんて。お金なんて生活するだけなら必要ありませんしね」

 そのままカウンターから落ちそうになり、だがそれでも更に目を輝かせながら、勧誘、したのだろう。

「じゃあさ。魔典士ってのになってみない?」

「なんですか? それ」

「私が考案した17つ目のハンター職業で、本も出版出来るのよ。魔導書を書いたり今みたいな危険な仕事に就かないで良いし、ハンターで今、問題になっている魔族や五行の民さん達とか、竜人族達との交流役にもなれるの。どう? 面白そうでしょ」

 確かにそれはハンターギルドで一番の問題らしく、それ故に道中も少年が他のハンターに目を付けられた問題。異種族差別と言うそれは、マディンから言わせれば今更と言った様な事であったが、ギルドに取ってしてみれば深刻は深刻な問題なのだろう。今まで提案しなかったギルドの連中がおかしいとマディンは思っているのだが。

 しかし少年は少しも迷うそぶりを見せず、簡潔に述べた。

「そんな事しなくたって、異種族との交流なんて普通に出来るじゃないですか。だって僕、魔族ですよぉ? 僕にとっちゃお姉さんも異種族って言えば異種族なんですから」

「あ・・・・」

 だがその当たり前の、少なくともマディンと、共通点だったのだと分かった少年に取ってのその言葉は、その女性に取っては驚く事だったらしい。

「・・・若い割に、良い事言うじゃない。やっぱり魔典士、なって見る気ない?」

 目から鱗が落ちた、と言う事なのか。だがやはりマディンの取ってその考え方は遅いとしか言えず、勧誘している女性が少し苛立つ原因になる。

「ほら、紅。もう行くわよ」

 紅の反応を待たずギルドを出て、心を落ち着かせる為に空を仰ぐが、わざとらしかったのだろう。僅かながらに一緒に居たベルベットには知られてしまう。

 それは竜族としての特徴である赤黒い剣眼。だが一瞬現れただけで、直ぐに元へと戻る。

「マディン、あんた・・・」

「そっ。私人間じゃないしさ、ま、色々とあるんだよ」

 そしてベルベットの顔は複雑な物になるが、それがイヤで明るく振る舞ってきたのだ。過去を忘れる為に。

 しかし言葉を吐く前に背中に衝撃。少年が何時の間にかそこに立っていた。

「な、なによ」

「別に竜族だからって引け目感じる事ないと思いますけどねぇ。人間からしてみれば人殺しが当たり前の魔族よりも立場的は上なんですから」

「そ、そう言う問題? だいいち、あんた私が竜族だって何処で・・・」

 相変わらずの笑顔は旅路に着く前の物であり、有利に立った立場も元に戻ってしまったらしい。少年の目が鋭くなった途端、まるでその場に張り付けにされた様、そのまま言葉を聞く事になる。

「復讐は、オススメ出来ませんよ。どうせやるんなら普通の笑顔を浮かべて殺せる位にならなきゃ、相手に絶望もたたき込めないでしょうに」

「・・・・・」

「それにはまず、復讐相手以外の人間には普通に接する事をオススメしますね。あのハンターギルドのリョウ・ヤヨイさんも謝ってましたから」

 そして気配が元に戻り、少年のそれになる。だが悟られ見透かされ、図星を突かれて平然としていられる程経験豊富な訳ではない。

「分かった様な事、言うじゃないのさ。まるでやった事がある様な口振りだね」

 だから尖った口調で、挑発する様に言うが分かっていた筈だ。暖簾に腕押しだと。

「そう思いますか?」

「・・・・」

 笑顔と、底知れぬ紅い、名前と同じ色をした瞳。変わらぬ表情は、見透かせない少年の心の壁。そしてその部分も自分より上だと認めているから、諦め半分、呆れられるのだ。

「ホント、あんた顔とか容姿よりも歳食ってんじゃないの?」

「ヒドイですよぉ、これでもまだ十代前半なんですから」

 それ故に僅かに感謝もしていた事は、知られたくない事。理由は年下相手に気恥ずかしいからだと言う物。だが経験豊富なベルベットから言わせればこうらしい。

「そうそう、年齢なんて関係ないわよねー。でも、身体は若いんだから、今日の夜は久々に」

 妖艶と言うか、淫らと言ってしまえばそれまでなのだが。それでも不快感が無いのはベルベット自身が本気だという事。ただし。

「ひ、久々じゃないし、勘弁してくださいよぉ。マディンさんに一昨日も聞こえてたんじゃないですかぁ!」

「もう慣れたわよ。慣れなきゃこっちがおかしくなっちゃうじゃない」

「へぇー。じゃ、今度静流君と会ったら押し倒してみれば?」

「そ、そこまで慣れちゃ居ないわよっ!!」

 本人の意思はあまり尊重されないらしい。事実、そう言う行為があった晩はマディンから言わせれば変な気分になってしまいそうであまり眠れた物ではないのだ。その上少年のやつれる状態と反比例して元気になるベルベットも恐ろしく感じる。

 だから悪夢の事など、忘れ去ってしまった。

 アルフェイザから出て、見るようになった過去と言う悪夢も。




































アナザー・ナイン・ファンタジー■ACT:SCARLET DUSK





































「で、あんたは師匠にどうやって逢うつもりしてんの。少なくとも皇都がらみの仕事で来たって事は、城に居るんでしょ? 入るコネなんて無いわよ」

「それは私も同感ね。幾らアルフェイザ国王の右腕だった過去があっても、交流とかが全くなかったからさ」

「その辺はぬかりないです」

 そう言い、少年は悪戯を思い浮かべた様にはにかんだ。

 今現在居る場所はそれなりに低価格で部屋も綺麗だった宿近くの酒場。城を中心に十字を書き、四つに区分けされているこの街での位置は丁度北東区域になる。だが皇都ともあり、子連れで酒場に来ても誰も絡んでこない所を考えるとやはりアルフェイザと比べ治安は良いのだろう。言い換えればそれだけ五人の魔環師がしっかり管理していると言う事になる。

 そして時間は夜であり、恩師である三つ色の剣舞と逢うのは明日にしたのだが、少年は自分の言った事の重大さに全く気付いていない様子。

「これから忍び込んで行方探せば良いんですよ」

「何処に・・・ってまさか」

「モチロンお城ですよ。他に何処があるんですか」

「ベル、何とかしてこの馬鹿」

「でも、案外面白い手かもねそれ」

「冗談にしてよもう・・・」

 それは幾ら実力があろうと、下手をすれば、いや、しなくても間違いなくブラックリスト要りしてしまう行為。だが少年は笑ったまま続けた。

「冗談ですよ、モチロン」

「はいはい、じゃ、くだんない事言ってないでさっさと」

 だが酒場でも、耳の良いモノが居れば勘の良いモノも無論居る。実力はどうあれ、傭兵やハンターのたまり場でならさしておかしくない事なのだ。だから近づいてきた男もそう言った類なのだろう。

「エラク穏やかな話しじゃねぇな。嬢ちゃん、本気か?」

 実力はかなりの物だと見受けられ、コートでその身を覆っているが、かなり鍛えてあるだろうとも分かる。何よりその眼が、半端なハンターや傭兵よりも明らかに違うのだ。しかしそう言った事で少年が動揺するようなタマでもないのは分かっていた事だったが、やはり何処かおかしいんじゃないかと驚かされはした。

「もちろん冗談ですよ。けど、貴方に手伝って貰えば、ハツ国のさる人を暗殺したみたいに上手く行くかもしれませんね、帆村武士さん」

「え?」

「・・・・」

 もし本人だとすると、この男がハツ国の揚禅を暗殺した腕利きの技銃師と言う事だが、沈黙はそのまま肯定なのだ。その辺りは、この男も驚いたと言う事。と言うよりも、いきなり初対面でそう言われれば誰でも驚くだろう。だがそれ以降一切慌てた様子もないまま話を切り上げようと「しない」所は流石だと言える部分。

「それこそ冗談だぜ、俺なんかがどうやってハツ国のさる人を暗殺出来るってんだ?」

 復唱するようにしてそのままの言葉しか返さないのは情報露呈を防ぐ常套手段。だが、少年に取っては無意味な事だったらしい。

「ま、隠すのは分かってますからこれだけは言わせてください。先にやってくれてありがとでした」

「どういう・・・・」

 言葉を返してしまってから、しまったと気付くが既に遅いとしか言いようがない。そう言う部分は、少年の笑顔が勝因と言った所か。

 どうやらこの笑顔は自分の様な女性以外に男性にも効果があるらしく、言い換えれば甘い相手は騙されてしまうのだ。と、少年は言いそうだったが、マディン自身あまり認めたくない事だが、要するに優しさを持った人間にしか効果がない、と言う事だろう。そう言う意味では暗殺などと言う仕事を請け負ったにせよ、本来は良い人間なのかもしれない。

 それ故、帆村と言う男は頭を掻きながら、照れているのだろう。仕方なさそうに笑ってから紅の頭を撫でた。

「そこまで素直に言われちゃな。信用してやるさ、お前の事」

「信用しなくて良いですよ? もしかしたら敵同士になるかもしれませんし」

「おいおい、それこそ冗談にして欲しいもんだぜ。お前みたいな女の子相手に戦えるほど図太い神経・・・」

「僕、男ですから」

「なにっ!?」

 そしてその結果、騙されたと言う相手の顔を見るのが楽しいと言うのが少年の性格。一杯食わされ、それでも付き合って行ける相手と言うのが、少年の笑顔が効く相手。

「だ、って、お前、どっから見ても女じゃねぇかよ」

「なんならこのスカートの下、覗いてみます?」

「はんっ、馬鹿言えっ。そんな事してたら俺が変質者じゃねぇかよ」

 しかしそこまで徹底した、幼女ながら妖艶な色を讃える表情をしてまで相手をからかう事の何処に、そんな楽しげな事があるのかがマディンには今一理解出来ないが、ベルベットにはこれ以上なく受けたらしく、声にならない声をあげ笑っていた。

 だがその事に怒り狂う、と言う程でもないが縁の切れ目を感じた様な瞬間が、少年に取っての絶好の機会なのだ。

「全く、お前は俺を笑い物にする為に呼んだのか?」

「ちょっと違いますね。もちろん、それもありましたけど」

「あにぉう?」

 それが少年の楽しみ方であり、マディン自身が捉えた少年の本心に近い部分。だが、確信に触れるのはまだ先の事だろう。

「一番の目的は、貴方が西方魔環師と知り合いだって事ですよ。明日、一緒に連れて行って貰えませんか?」

 少年は以前、揚禅暗殺の時点で情報収集は耳でしている様に見せていたが、それだけではないと言う事だろう。むろん、帆村は知らない事。その上自分が西方魔環師と知り合いだと何処で仕入れてきた、と言う顔まで出ている所はまだまだハンターとして本音を言いすぎだと思った。

 だが矛先は少年に向くことはなく、黙りを決め込んでいた為かもしれない。

「あんたら、何もんだ? 幾らなんでも知りすぎだ」

 そう向かって言われたのはマディン。そして答え方など、少年を見ていれば学べる事だ。

「何者だと思う? 当ててごらん」

「ちっ・・・やっぱお前がリーダー格かよ。ガキが主体で動くにしちゃ妙な奴らだと思ったんだよ。坊主、お前がそこまで動ける理由はバックがあるからだと思ったが、そこまで前に出るんなら少しは自分だけの力で喋ったらどうだ?」

 しかし帆村に取っては気に入らない事ばかりですこぶる機嫌が悪いらしい。少年は多分、大人の影に隠れて物を言っている風にしか見えていない筈。その部分だけは自分と重なるので黙る事にし、少年の行動を見るだけにする。何より、西方魔環師に雇われる男がどれほどの物か、見てみたくなったのだ。

 だとは言え譲って貰おうにもおはちは回って来ぬのは、少年の性格上、自分の後始末は絶対人にはさせない筈だから。

「良いですけど、ちょっと待ってて下さいよ」

「逃げる気か?」

「着替えずにやっても良いとおっしゃるなら、僕は構いませんよ? もし貴方が勝てたとしても、ただの幼児虐待してるおにーさんですし」

「・・・・・」

 そして帆村は黙り、行って来いと顎で指図し、少年の行った後にはベルベットが着く。トイレででも着替えさせて来るのだろう。言い換えてしまえば、ベルベットに取ってこれはたんなるお遊びでしかないらしく、被害を被らないと分かっているから。そう言う風に取りはからえるのであれば、此方の面倒も見て欲しい物だったが。

「で、あんたは高みの見物かい?」

 残されたのが自分だけ故に、帆村は突っかかって来るのだ。素直に対応すればこの場で抜刀しても構わないのだが、少年の意図が半分しか分からない以上軽率な行動は控えるべき。分かった半分は西方魔環師と言う立場の物ならば、恩師の居る場所を知って居る上聞き出せると言う物だろう。だが爪が甘いとマディン自身にも分かる位の事ならば少年は絶対それだけでは終わらない。

 それ故取った行動は最善策。

「あのガキに勝てたら、相手になってやるよ」

「じゃ、逃げずに用意しときな」

 否。最悪な選択だったかもしれない。だが少なくともそれは少年に取ってであって、自分に取っては知った事ではないのだ。第一、こういったイレギュラーな部分を予測せずに少年がどう対処するかも見てみたい気がする。

『興味心は身を滅ぼす、か?』

 その後、自嘲気味に笑ったのも半分は演技で半分は本音。演技の部分では、帆村にこれ以上なく悪い印象を与えているだろう。そして少年が出てくるまでのしばしの間、店内は静まりかえったままで、男物の服に着替え、それでも何処か中性的に見える格好で少年の一声はよく聞こえた。

「さてと、行きましょうか。どうせなら広い場所の方が良いでしょう? それとも、銃を使った局地戦でもしてみますか?」

 店内中に広まった少年と帆村の決闘は本来面白みのある酒の肴なのだろうが、騒ぎ立てないのは何処かに理由がある。だが冷静に考えて見れば当たり前かもしれない。自分でも気付かぬ内に、マディン自身が殺気を放ち無言のプレッシャーを与えていたのだ。要するに、異端の者が自分より強いと分かるだけの強さは皆持っているらしい。

「お前見たいなガキ相手に本気になれるかよ。準備運動がてらだ、そこでのしてやんぜ」

「恥かくの自分なのにぃ」

「その減らず口も今の内だな。さっさと出ろ」

 そして帆村は店外へと颯爽と出たが、少年は相変わらずの笑顔で店外へのドアではなく、多分恐々として見ていたウエイトレスに向かい、いつの間にか用意していた小袋を渡し言った。

「これ、迷惑料って事にしといて下さい。僕の初仕事したお金ですから汚れたお金じゃありませんし」

 ウエイトレスが気遣われ、眼を白黒させるのも当たり前だがそう言うきざな部分は誰に似たのだろうか。だが、どことなく少年の行動が恩師に似ていると言う事は何度かこういった場面に遭遇した事があるのだと言う証。しかし今、マディンに取ってそれは少年の本性を隠す材料でしかなく邪魔にしか思えない。

「じゃ、いってきまーす」

 そう言い、用を終えた少年は店外へと出、マディンもそれに続く。そして直ぐに対峙した二人を見て、妙な光景と思うのは致し方のない事だろう。

「そう言えばまだお前の名前も聞いてなかったな。教えろよ」

「名前ですか? 本名出すとここじゃまずいんで、紅い詐欺師って事にしといて下さい」

「紅い・・・? レッド・スウィンドラーか。はん、よりにもよって魔環師候補の騙りかよ。だが良いぜ、のしてレッド・スウィンドラー本人にも詫びを入れさせてやるから」

「あはははは」

 方や苛立ちを押さえ焦る身体を押さえるので手一杯に見える帆村と、冷静には見えないが、笑っていられるだけの余裕かはたまたタダの馬鹿なのか分からない少年。店内に居た客も従業員も全員が窓やドアの所に押し掛け固唾をのんで見守っているが、どこからともなく賭け事にする声が聞こえてくる。それによると帆村の方が優勢らしいが、ベルベット一人だけが自分の持ち金を全部、紅に賭けて居た。

「姉さん、賭けになるから良いけどよ、ホントに良いのかい? 連れのあんたにゃ悪いがどう見たってあのちっこいのにゃ勝ち目無いぜ」

「あの子が負けたら負けたで、足りない分は私を報酬にしても良いわよ?」

 知っているから言える事だが、知らない者に取っては欲望たぎらせる理由にしかならない事。いつの間にか白熱してしまった賭け事はどうやら一段落着いたらしく、後は結果のみと言う事。

 そしてマディン自身が少年の何かを感じ取った時、ふと興味がありベルベットに聞く。

「そんなに賭けて、何に使うの」

 だが納得出来るだけの答えを聞き

「あの子がそうしろって。後々必要になるらしいし、少なくともあの子が負けると思う?」

 成る程と頷き自分の元居た席に戻る。

 そもそも、帆村の実力がどれだけあっても、少年と対峙した時点で敗北は決まっているのだ。そして先ほど少年にお金の入った小袋を渡された、たった一人のウエイトレスを半ば無理矢理連れてこさせ、注文を頼んだ所で歓声。と言うよりも非難の声の方が多いと思うが。

 どうやってやったか等、今のマディンには興味の無い事。それこそ、帆村がマディンが思う最強に近い存在ならその少年との対峙も面白いと感じられたのだろうが、言っては悪いが物足りないどころか役不足も良い所なのだ。

 そもそも、恐怖に狩られ魔導弾を連発しまくる魔導士三千人よりもたった一人の技銃師が強いと言う事があり得る筈がないのだから。

「でも、それを言えば私も似た様なもんかな・・・」

「独り言?」

 そしてもう後始末も終わったのか、と思い振り返るが、そこに居た少年とベルベット以外の人物に驚く。

「・・・・ちゃんと、殺してないのね」

「そこまで僕ヒドイですかぁ?」

 何せ相変わらずの笑みを絶やさない少年の横には、帆村が立っていたのだ。釈然としない所を見ると、自分の負けに納得が行かないのか、もしくは負け方が理解出来ないと言った所だろう。帆村自身の性格を考えば、それこそ実力以上の物を見せられてもまだ尚、歯向かう口だと思っていたのだ。だから少年ならば殺すと思っていたのだが、そうでもないと言う事はやって貰う事があるからと言う事。多分、これ以上なくとんでもない脅迫を受けているに違いない。

 そしてそのとばっちりは店内に居た全員にまで飛び火する。

「今日、ここで見聞きした事、一切口外無用にしてくださいねー。でないと魔導士三千人殺した時見たいな事になっちゃいますからー」

 少年の、まるで現実味のない子供じみた声だが十分効果はあるらしく、店内の自分たち四人以外が無言で首を激しく縦に振り、誰一人としてそれ以上喋ろうとはしない。そして漸く分かった。

「あんた、さっきの迷惑料ってこの事だったのね」

「そうですよ? 他にどんな迷惑があるんですか」

 当たり前の様に少年は言うが冷静に分析してみればただ、もめ事を起こして乱闘するよりも店内に居る、多分常連客も含む全員からほぼ持ち金を全部巻き上げられた上に、口外無用で破れば殺される、となれば確かにそっちの方が迷惑極まりない事だ。

 だが、そうならばウエイトレスに金を渡すのはお門違いの様な気がするのだ。

「その場合・・・あのマスターにお金渡すべきじゃない? 普通は」

 しかし、やはりあっけらかんと少年は、笑うのだ。

「だってあのマスターとか他の人だったら一ヶ月くらい暮らせる小金持ってるけど、このおねーちゃん、今日お給金貰わないと生活してけないんだよ? それに、帆村のにーちゃんにいいかっこばっかさせらんないしー。ね?」

 だが笑顔は自分に向けられる訳ではなく、どうしてと言う顔をしているウエイトレスに向かっている。しかし事情を知っている帆村の顔を見れば、してやられたと言った具合か。ついでウエイトレスが難しそうな顔をしていたが、納得したのだろう。少年の横に歩み寄り、

「じゃ、今度からはもめ事無しで来てね」

 そして頬にキス。その途端、マディンは今度はベルベットが何かしでかすのではないかとそちらの方を向いたが、案外そこには冷静なベルベットの姿がある。

「べ、ベル、なんにも言わないのね」

 マディンに取っては不思議でたまらない事であり、ベルベットなら嫉妬して紅を取り返そうとするかと思ったのだ。だが、逆に不思議そうな顔をされてしまう。

「何か言う必要ある? 私が好きになった「男」なんだから、モテて当然よ」

「そういう・・・もの?」

「それにあの娘が感謝か本気、どっちでキスした事くらい分かるでしょ?」

「・・・・・」

 そして明らかに、経験不足だと言いたげなベルベットの視線はこれ以上に痛い。しかしそれ以上視線を向ける訳でもなく、本音は違っていたらしい。徐々にベルベットの眉間に皺が寄って来た理由はウエイトレスが少年の事をしげしげと観察しているからだろう。多分、頭の中ではよく見れば可愛い子、等と思っているに違いない。内容を知ればそうでもないのだろうが。だがベルベットに至ってはやはり、その辺りは悟っているとは言えまだ頭で理解しているだけらしい。

 だが何もかも見抜かれ、何をされたかは分からないがまだ納得出来ないと言う帆村はやはり少年の事が今一気に入らないのだろう。

「で、まだ私とやる気あるの?」

 素に戻り、いや、同情心が混じっていたのかもしれない。結果として、彼もまた、少年に弄ばれたのだから。

 だが以外にタフな様で、その辺りは諦めが悪いと言うか、熱いと言うか、自分とは違う部類の人間らしい。

「明日だ・・・。これから俺は、あのクソガキの脚になるらしいんでな」

 落ち込んでいるのではなく、悔しがっていたのだと漸く気付いたが、本当に何をされたのだろうかと言う疑問だけは残ってしまう。だからそれに苦笑だけして返し、彼女は取りあえず深い溜息を吐いた。

 多分、こんな事が静流・レイナードと言う思い人と出会うまでずっと続くのだろうと思う故に。
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