「じゃ、そう言う事なので宿で待っててください」

「・・・・・・」

 帆村と二人で一時別れる事になった紅の表情はことのほか明るかった。しかしその頭には調子に乗り、酒場のウエイトレスにちょっかいを出しすぎた為、ベルベットからキツイ一発をお見舞いされた証であるたんこぶが一つ。かなり痛そうではあったが、自業自得なので誰も何も言わなかった。

 そして紅が提案した方法だったのだが、結局最後まで秘密らしく、どうやら帆村と二人で行動する必要があるらしいのだ。それ故、今日はわざわざとった宿ではなく、帆村の家に厄介になるらしい。ただし、それは少年一人だけ。なにやらそう提案した時の紅は妖しげな含み笑いをしていたが、「今日」被害が及ぶのはどうやら帆村一人らしく、自分たちは「明日」だそうで。その為に休んでいて欲しいと言う事だったが。

「ホント、相変わらず底知れない子ね・・・?」

 溜息を吐き、マディンは宿に帰ろうとしたのだが、ふと気付けばベルベットの様子は先ほどと変わらず、そう。紅の脳天を一発殴った時の様に興奮冷めやらぬらしいのだ。

「す、少しは落ち着こうよベル。ほら、身体休めとけってあの子に言われてるじゃないのさ」

 肩に手を置き、宥めるようにして言うが、焼け石に水だったらしい。

「ふふふ・・・・」

「・・・べ、ベル?」

「帰ったら待ってなさいよ・・・。一晩と言わず、三日三晩可愛がってあげるから」

 そして妙な事に意気込むベルベットを引きずりながら、今日だけは取りあえず平穏な夜を迎えられそうで安堵の溜息をもらすマディンだった。




































アナザー・ナイン・ファンタジー■ACT:SCARLET DUSK





































 朝。

 小鳥のさえずりと共に眼を覚まし、朝食はアルフェイザとは比べ物にはならない程、まともな料理。

 ジェイスの店くらいの料理がこの辺りでは当たり前らしく、ことのほか嬉しい事だろう。例えどんな血なまぐさい生活をしていても、食事くらいはまともな物にありつきたいのだ。

 そして極めつけは全室備え付けのバスルーム。朝風呂などここ何年入っていない気がしたのでそれもことのほか楽しい事であった。筈。

 そう。それら全てがうち崩されるなど、誰も、否。マディンは想像出来なかった。

 目を覚ます為に聞こえたのは囀りではなく、懐かしく憎たらしい、恩師の声だったのだから。

「おはよう」

「・・・・・・」

「起きたかな? マディン。今日も良い朝だよ」

「・・・私には」

「なんだい?」

「人生最悪な朝だ」

「そうかい? 雲一つない快晴ではないけど、雨なんて降りそうにもないし、モンスターの襲撃なんて事は此処では絶対ないと思ってたけどな」

 軽薄な、そう。これ以上なく軽薄な笑みが目の前にある。ベッドの上に乗られているのではないが顔を、それこそ吐息がかかるくらい近くにあると例え育ての親である恩師とは言え照れてしまう。だがそれ以上に思い抱く感情は高まりすぎ止め処なく溢れる怒気と殺気。恩師と別れる前も毎日言っていたのだが、まだ覚えていなかったらしい。

「私の寝てる部屋に勝手に入って来ないでって何度言ったら分かるの・・・こんの馬鹿師匠っ!!」

「あはははは」

 寝るときにはいつも側に置いてある剣を瞬時に抜刀し斬りかかるが、久々に見たそれはまさに舞いの様な動き。たった一撃すら掠りもしないのは以前一緒に暮らしていた時の恒例の行事の様な物。この上なくイヤだったそれは、時と共に忘れてしまったがこうして繰り返して見てもなんの良い気分もしないただの戯れ言。だが変わった部分があると言うのが時と共にある真実。

「あっ・・・」

「・・・ふぅ。大きくなったんだね、マディン。僕に初めて手を使わせたじゃないか」

 大きく振りかぶった一撃、本来ならば、いや、マディン自身はずっとそれを避けられるだけの恩師で有り続けると思っていたのだが、思いの外自分は成長していたらしく恩師の手には自分の剣撃が受け止められている。今まで一撃も、それこそ掠りもしなかった事を考えれば恩師の言葉通り、大きくなったと。

「・・・・26にもなったんですけどね、師匠。大きくなったはないでしょう」

「そうかい? 僕からしてみればずっと子供だと思うけどな」

 比べる相手が悪すぎると言うしかないだろう。この恩師の昔言った言葉を信じるならば、彼はその優男、それこそ自分よりも若いかもしれない容姿でずっと年上なのだ。それこそ、存在するどんな人物はおろか寿命が平均で二千年はあると言うドラゴンたちよりも。しかしそれだけ歳を食えば少しはまともな性格になると思うと言うのがマディンの考えだが、この恩師だけはどうにも違う人物。

「とにかく・・・着替えますから出ていってください」

「手伝わなくて良いのかい?」

「幾つの時の話しですかっ!!」

 枕をヒッ掴み思いっきり投げつけ、恩師が風の様にドアを閉めそれをガードする。そして荒い息を剣を元の場所へと戻し着替えようとしたが、やはり狙っていたのだろう。服に手を掛けた所で声。

「そうそう、一応持っている服で良いから小綺麗にして出てきて下さいよ? ちょっと普通ではお目にかかれない人物も一緒・・・」

「・・・・・・」

「わ、分かったから、そんな殺気立った眼で睨まなくても」

「・・・・・・・」

 殺気を、それこそどんな事情であれ異性に裸を見せる気もなく、指で下に降りろと指図した通り、大人しく恩師は下へと降りて行く。そしてだから着替え終わり多分、恩師を連れてきた張本人である紅と顔を合わせた途端、更に機嫌は斜めになるのだ。

「ど、どうかしたんですか?」

「さーね。どうもしないと思うけど?」

 取りあえずストレス発散とばかりに紅を怯えさせ、そのまま下へ。だが朝だと言うのに従業員は疎か店の客一人居ないフロアはがらんとし、そこに居たのは恩師ともう二人、見知らぬ女性だった。

「えっと・・・どれがあんたらの師匠?」

 気がつけば後ろに居たベルベットが不思議そうな顔をしながら三人を見比べるが、確かに彼女の意見は最もだったろう。何せ恩師は男とは言え、格好が格好なら女性にも見えるのだ。そう言う部分さえ紅に引き継がれていると思えば、ミニ版と言うあだ名は見当違いどころかズバリ的中な具合。しかし全員を紹介する為に口を開いたのは恩師ではなく少年だった。

「まず、此方が僕とマディンさんの師匠で、統一郎さんです。二つ名はまぁ、言わなくても良いと思いますが三つ色の剣舞、職業は三剣師(トリプル)、または剣闘師と呼ばれている人です。それでこっちのお姉さんがイザベルさんで、此方に居るフェルトさんのボディーガードですね」

「フェルト・・・?」

「そうです」

 聞き覚えがあるのはベルベットだけらしく、マディンに取ってはなんの意味もないタダの名前。そして聞いたとしても、それは変わらなかった。

「それもこのガ・ルーン皇国が皇女、フェルト・ガ・ルーンさんなんですよぉ? お姫様なんです。凄いですねぇ」

「・・・・・」

 しかしフェルトと言われた、小さい方の女性、と言うのもおかしいかもしれない。年齢で言えばまだ十代前半なフェルトと、ある種年齢不詳な雰囲気が漂うイザベルとは対照的な雰囲気が伺い知れる。即ち、剛と清。

 何より、紅の紹介が少々気に入らなかったのだろう。嫌味に聞こえてもおかしくないそれを冷たい眼差しで無言のプレッシャーを与えていたのだが、少年は珍しくあまり気にしてはいない様子。口とやっている事が違う気がするが、それは置いて自己紹介を済ませる。

「私はそこに居る馬鹿師匠の一番弟子で、マディン・ガロスだ。こっちはベルベット・・・なんだっけ?」

「ベルベットは源氏名だよ。本名はジュリア・イネス、以後お見知り置きを」

 そしてまるで舞踏会に居る淑女の様に一礼をするベルベット、本名ジュリア・イネスの姿はいつも少年を追いかけ回している風にはとてもではないが見えない。そう言う部分は、地位に弱いと言うよりも敵になるかもしれない相手に対する賛辞なのだろう。少し深く考えれば揶揄とも取れる。だがその裏にあった本心を見抜き、フェルトはにこやかに微笑んでから、表情を一変させた。

「別に礼儀正しくしなくても良いよ、その為の人払いでもあるしさ。嫌いなんだよね、そーゆーの」

 そこに居たのは、黙ってさえ居れば何処に出ても恥ずかしくないと誉められるであろう皇女だったが、今はただの女の子か、もしくは学生の様な雰囲気を纏った子が一人。だがその表情に含んでいるのは何処か恩師や少年と通ずる悪戯好きの物。

「あら、そうなの? 私としては、アルフェイザに戻った時に皇都攻略を国王に申し上げるつもりだったんだけどね。次期は公皇ではなく皇女だから戦略し易そうだって。でも気遣われちゃ、やる訳にはいかないわね」

「ありがとう、と言って置くわ疾風眼のベルベットさん。けど、どちらで呼べば良いのかしら」

「ベルで良いわ。ヨロシク」

 そして今度は一礼ではなく握手を求め、フェルトは普通に笑いながらその手を握り返す。多分、何か通ずる部分があったと言う事だろうが、マディンには今一分からないし分かりたいとも思わない事。だから自分の聞きたい事だけを聞くのだ。

「で、やぶさかで申し訳ないんだけどさ。師匠、良い?」

「なんです?」

「光と闇の刀匠の居場所を教えて欲しいんだけど」

「相変わらず君はまどろっこしい事しないねぇ、ま、ゆっくり朝食を取りながら話そうじゃないか。せっかくこの宿を貸し切りにしたんだし」

 そそくさと椅子に座り、少年はちょこまかと何処かに消えて行き、直ぐに戻ってきたかと思えば手に持っているのはテーブルに載せた朝食。人数分を持ってくるには後二、三回行き来しなくてはならないのだろうが、今日はやはり珍しくベルベットが構おうとしなかった。

「で、座らないのかい?」

「・・・・・・」

 しかしこの恩師統一郎を前にして他の事を気にしている程の余裕は無い。相変わらず、呑気な顔をしているのだが言い換えれば隙が全く無いのだ。何をしでかすか、ではないが何を言い出すか分かった物ではない故に素直に椅子につく。そして少年が全ての料理を出し終えた所で統一郎は口を開いた。

「一応、紅に、聞いているけどあの静流・レイナードを追っているんだってね」

「それがなにか・・・」

 昔なら素直に答えられはせずとも、照れる位の反応は出たかもしれない。だが朝一番、自分の実力があがった事から統一郎は既にマディンの事を弟子扱いはせず一人の傭兵と話している気なのだ。だから少々緊張してしまうのだが、全く気にも止めず食事を始めている紅が小憎たらしかった

「目的が彼だと言うなら此方で、まぁ、皇都の方で静流・レイナードの事は追っているから、場所を教えてあげても良い」

「皇都で、追っている?」

「そうさ。彼が何をしたか、君たちは知らないだろう?」

 そして統一郎の目つきが変わり、三つ色の剣舞として言葉をかけられた時、また昔の事を思い出す。

 何人も、こうして統一郎と交渉しにきた人物と逢った事はあっても、この眼を向けられただけで対外の人物は帰って行くのだ。それだけの何かが含まれている眼力であり、隣りに居る分は今、両隣に居るフェルトやイザベルの様に何事もない様な顔をしていられる、昔は自分もそうだったのだが。しかし向けられた時漸く分かるそれは畏怖の念。伊達に軍隊が存在しない、魔環師五人と剣闘師三人のみで構成される皇都守護者の一人と言う事ではない。

 だが、思っていたよりもそれは柔らかに感じられるのはそう言った殺気や怒気、恐怖を叩き込む様な視線に慣れてしまったからかもしれない。多少なりと心はざわついて居たものの、平然と返せる。

「例えレイナードが何してたって私の気持ちは変わらないわ。教えてくれるんなら教えて貰うけど、どうせ交換条件有りでしょ。そう言う所抜け目ないのはこの中で私が一番良く知ってると思うけど」

「そうだったかい?」

「そうよ。それで何度死にそうになった事があったと思ってるの? もう慣れたわよ」

「あはは」

 何も含まない、ただの視線に戻り笑う顔は軽薄その物。今考えれば、昔はこれで良かったのかもしれない。頼りになる父親とは言えぬものの、いつも側に居てくれる兄の様な存在の彼で。

 だが今は違い、事情が事情であれば、剣を交えなければならない間柄。

「じゃ、光と闇の刀匠の居場所を教える変わりに仕事、引き受けてくれるかい? 字無しのマディン」

 そしてそれを現すようにして、またあの視線。

 ただし、今度は本気なのだろう。殺気が辺りの椅子やテーブルをも震わしそれは従わねば殺すと言う事を安易に想像出来る物。だが、いい加減食器がかちゃかちゃと音を鳴らし止まないのを鬱陶しいと思ったのか。フェルトが溜息を吐きながら呟く。

「食事中なんだから、もうちょっと穏やかにいけない? ルドセンセ」

「ああ、だからその呼び方は止めてって言ったじゃないかフェルト君」

「だって、私の臨時とは言え講師なんでしょ? 先生がイヤならルド教授ってお呼びしますけど」

「だから、そう言う事じゃあなくてだねぇ」

 だがそれは思いの外効果があったらしく、先ほどまで空気さえ振動していた殺気は一瞬の内に四散する。そして忘れていた事だが、フェルトのおかげで面白い事を思い出せた。

 あれはマディンがまだ10歳か11歳の時だったか、一人の女性が家に訪ねて来たのだ。名前はハッキリと思い出せないが、シュラかシュリか、そう言った名前だったと記憶している。その女性は甘ったるい声で、子供心に覚えている事故に多少の違いはあれど、統一郎の事をルドと呼んでいたのだ。そしてその時ほど恩師の困った顔は見た事は一度もない。

「そうそう。ルド先生は以外と短気で困りものなんだからさ」

「そうですよ。鍛錬もキツイし、女たらしだし、ダメダメですね、ルドセンセ」

 そしてマディンの考えを呼んだのか、それとも単に面白いからつられたのかは分からないが紅さえも甘い声を出す。ちなみにマディンは自分でもどうかと思うほど、意外性のある、つまり色香のある声を出せたのだが、少年のそれは発育途中の男。声変わりもしていないその声は妖しげを通り越し危険にすら感じる。

 だがそれ故に効果を発揮したのだ。

「ホントに・・・僕の弟子ってどうしてこう」

「だって師匠の弟子ですよ?」

「紅・・・君は言いたい事言ってくれるね」

「性分ですから、あはははは」

 将来は二代目でも狙っているのだろうか。少年と恩師の遣り取りを聞いていれば自分と対話している時よりも危なげな雰囲気がある。だが意外にも先に引いたのは少年。案外に恩師がどういう人物なのか知っているではないか、と一瞬関心してしまったが、この紅も統一郎の弟子なのだ。自分とはタイプが違うだけあって学んだ物も違うと言う事。

「でも、どうするんですか師匠。このままじゃマディンさん、仕事はせずに光と闇のなんたらの居場所聞き出しますよ?」

「それは困るんだけどなぁ。正直、魔環師にも匹敵する三人にしか出来ない仕事なんだけどね」

「あら、それは買いかぶり過ぎじゃないかしらね。紅とマディンはともかく、私はただの元傭兵ですから」

「そうですか? 僕の見た所、ジュリアさん、貴方が一番強いんだとお見受けいたしましたが?」

 だがマディンに取ってはそれこそ見当違いの事を言われ、少々むっとしてしまう。そして多分、自分と紅の成長を見くびっているからこそ、そう言っているのだと思った。

 だがその一方で確かに、ベルベットがどの程度の強さなのかは一度も見た事がするのだ。精々、戦場で見かけても凄まじい速さで敵をなぎ倒してゆく静流の様なタイプではなく、上から常に指示を出しているだけの姿しか見た事はないのだ。たまたま、自分が来た時期がベルベット自身がアルフェイザ国王の元にたどり着くまでの道のりに間に合わなかったと言う事なのだけなのだが、通り名を出し今の少年ほど恐れられる存在と言う訳でもない。

 だからその程度なのだと踏んでいたのだが、恩師から言わせればそうでないらしい。

「それに疾風眼と言う二つ名も、一度変えた後の名前だとお聞きましたし」

「そうだったかしら? 子供の頃の事はよく覚えてないわ。精々覚えてるのは故郷の名前と、友達の顔くらいかしらね。けど」

「なんです?」

「サイガスって名前なら、覚えてるわよ」

 しかしかなり痛い所を突かれたらしく、統一郎の顔は一瞬驚きに彩られる。

 それが何を意味しているのか分からないが、しばしの間硬直した顔は戻らず、それが本来ならば緊張感を生むに相応しい出来事なのだが、場を弁えないと言うか、良い意味ではムードメーカーなのだろう。少年が統一郎の手元にある料理に手を出し、自分の好きな物だけをひょいひょいと食べていた。

「はははは。此方の部が悪い様ですね。この辺にして置きますよ」

 だがそれを気にする事無く、統一郎の顔に軽薄な笑みが戻り目敏く見ていたのか。少年の手を叩き自分の朝食を阻止した様子。もっとも既に遅かった様で、皿の上に残っているのは空気だけだったが。

「で、間抜けな対応は置いといて、どうせ私たちが関わる事になるんでしょ。だからその為の転ばぬ先の杖と言った所かしら」

「分かってるじゃないか。そうなんだよ、もう、静流・レイナードは西側諸国の軍隊をことごとく潰してしまうし、竜の爪だったかな? 異種族混合盗賊団とか言うやたら長い名前の団体さんは勢力伸ばして辺りの治安は悪くなる一方。その上ジハードまで出てきててんてこまいなのさ。こんな事なら魔環師候補の枠をもう少し広げて戦力確保に向かいたい所なんだけどね」

 そして漸く本音を見せる統一郎だったが、彼自身が手詰まりと言う訳ではない様子。内容から察するに困っているのは統一郎自身ではなく皇都その物だろう。だから自分たちに動ける魔環師になって欲しいと言うのが多分願い。事実上皇都最強を誇る魔環師も、この地を守ると言う理由で離れられないのだ。

「でもなら、師匠達が動けば良いんじゃないの? 仮にも剣闘師なんてハンターの頂点に居るんだし」

「それも考えたけどね、僕はフェルトの護衛かつ皇都の防衛強化の為に此処に居なくちゃならない。「二対の形無し」であるルシエド・ディアス・ライゼスは・・・まぁ、逢って見れば分かるよ。紹介する機会があればね。で、問題は「一閃の雷光」なんだがね」

 問題事の、一番厄介な事なのだろう。二対の形無しと言う、剣闘師の一人の名前を出した時の溜息も苦労を分かってくれと言わんばかりの物だったが、それ以上らしい。

「居ないの?」

「行方不明じゃあない、けど、消息が掴めないんだ」

「矛盾してるわよ、それ」

「居る場所の検討は着いてるんだ、でも」

「・・・・探索出来る様な場所に居ないって事?」

「その通り。なんせ漆黒の山脈に使いを出せる程、皇都は猛者揃いじゃないからね」

「ふぅん・・・」

 それでこんな所で統一郎が半ば燻っている様な状態で居る理由が分かった。漆黒の山脈と言うのは、四つの人外魔境の内、最も過酷な場所なのだ。静流が以前行ったと聞いた四魔境の一つの死の渓谷は魔族の集落が有るにせよ、ある種の人物なら入れない場所ではないのだ。比較的交友関係が築けている、と言うよりも、むしろ犯罪人が多い、と言う意味でだが。

 そして件の漆黒の山脈に住まうのは大陸最強を誇る竜族。短身でなら、多分恩師の方が強いと言えるのだろうが、いい加減数が多すぎるのだ。大陸中のほぼ全数の竜族があそこに集まっていると言っても過言ではない。その上、竜族でも最も凶暴と言われるブラックドラゴンとレッドドラゴンの群と、伝説でしか聞いた事のないエンシェントドラゴンさえあそこには居ると言う噂なのだ。一匹でも厄介な種族が群を成して襲ってくる場所に行ける者など確かに居ないだろう。

 だから、自分に行けと統一郎は言っているのだ。

 半身であれど、ブラックドラゴンの血を引く龍人族である自分に。

「でも、私は所詮半端者。今更行った所で受け入れてくれるとは思わないわね。こっちからも願い下げだし」

 だが彼女自身が告げた通り、竜族からして見てもマディンは半端者なのだ。だから村を追われたのだろう。微かに残る記憶は思い返すだけでその身を震わす恐怖を叩き込んでいる。

 それが分かって尚、恩師は言うのだろう。

 まるで狩りを終える様な口振りで。

「けど、静流・レイナードを追うなら行くしかないね」

「・・・・・」

「何を考えているのか分からないけど、竜族に取っちゃ目の敵となっちゃったし」

「どういう、意味よ」

「知らないのかい? アルフェイザ攻略を二度も失敗した西側が三度目に送り込んだ部隊に、竜族の群が居たそうだ。どうやら何らかの方法で竜族と提携したらしくてね」

「なっ!?」

「でも、それを静流・レイナードはたった一人で退けた。西側が誇る魔導攻兵七千人とレッドドラゴンの群約1000体を」

 相変わらず凄いと、レイナードの事も考えたが、今はそれよりも安堵の溜息を心の中で吐いていた。仮にもその中に血の繋がった者が居たならば、一体レイナードにどういう顔をして逢えば良いのか分からないのだ。

 例え追放された過去があったとしても、それが理不尽な理由だったとしても自分に取っての故郷は故郷なのだ。

 憎む相手が居ようと、想い出のある場所なのだ。

 それは最近見る夢によって知った事実ばかり。

 何処までが本当で、何処までが嘘なのかは何故か明確に分かってしまう夢。

 断片的に見えるそれは流星の様に流れては散り行き消えて行く想い出。

 だから今日の朝は、久々に恩師に起こされたと言うだけで最悪な日だったのではなく、一番思い出したくない過去を思い出したから最悪な日と言ったのだ。

 そして今また思い出してしまったから、過去の傷を掻きむしる様な痛みが走り、身体が震える。

「どうかしたんですか? 喉に詰まったんなら、これ、お水です」

 しかし少年にしてみれば、誤解をして当然の様子だったらしい。胸を押さえ苦しみ出す自分の姿がどう映ったかなど分かりもしない。分かりたくもない。

 それ故手でコップを払い、それは少年の顔に当たってしまう。

「もぉ、痛いですってマディンさぁん」

 だがベルの非難の声や、フェルト達の驚く様が見える前に少年の声にマディンの瞳は傾く。

 今だけは、少年の声が本音だったのだ。嘘偽りに固められた物ではなく、苛つきと不快感を含む。

 だが次の悪態、まるで子供の様な対応だと分かっていても止められなかったそれを止めたのも少年。何事も無かったかの様に歩み寄り胸ぐらを掴み、濡れた顔を寄せ耳元で呟かれる。その前に周りに何か言っていた様子だったが、それすらもかき消すような、闇の声。

「いい加減にしとけよマディン」

 それはとても子供の声とは思えない物だった。

 だがそれ故に、口だけで笑えたのだろう。漸く面に張り付いた能面の様な表情を剥がせた故に。

 しかしそれが少年の苛つきを増大させた様子。

「笑ってんだったら勝って見せろよ。自分自身の過去に」

 尖る口調。本来なら何もかもを引き裂き突き破る様なそれは、今のマディンに取ってなんの感情も湧かせない風にしか聞こえない。

 だが違った。

「自分の母親が目の前で串刺しにされる気分はどうだった? 楽しかったろ」

「・・・・」

 胸ぐらを握られている手を握りひねり返し、耳元にある少年の後頭部を思い切り刺したい気分だった。

 一番思い出したくない封印した記憶。

 何故知っているのかと言う疑問。

 だがまだ胸の痛みは治まらない。むしろそれ以上の、まるで心臓を食い破られるかの様激痛になる。

 しかしそれでも、死ねないと言う事実が悔しく瞳に映るそれは竜族の象徴である赤黒い剣眼。

 いや、死ねなかったと言うべきだろう。

 目の前で大好きだった母親が殺されたのに、自分が生きなければならなかったと言う哀しみ。それが彼女に取ってのトラウマ。

 何よりも辛い、封印した傷と言う過去。

 それをむしり返されたから、怒りのままに少年の首筋に手を這わし、高々と天井へと吊し上げながら思い切り力を込めるのだ。もはや手加減する事など忘れ、記憶と同じく封印した竜族である力すら使えば少年の細い首などへし折るのは造作もない事だった筈。

 だがそこにあったのはまるで握りしめても消して折れる事のない、まるで剣の柄の様な首だった。

「どうした。そんなもんか? お前の一生ってのは」

「まだ・・・・・まだ言うかっ!!」

 見下ろす格好となっているが故に、今の少年の顔はよく見えない。

 朝日も高く昇り、宿の中には誰も居ないとあり静寂ともう一つ感じる物がある。

 それが少年の瞳。

 深くも浅くもなく、物語っている訳でもない、ただの名前と同じ色をした眼。

 だが人形の様だと言う感想を思い浮かべた途端、まるでそこには炎が灯った様に揺らめいた。

「子供を殺すのは趣味じゃない、か? 甘ったれるのもいい加減にして欲しいね」

 その途端、手にある少年の首の感触が柔らかくなり握りつぶしてしまいそうになる。我に返り慌てて力を緩めたからよかった物の、もし気付かなければ間違いなく少年は死んでいただろう。

 だが離した筈だと思っていた自分のその手はまだ少年の首を握りしめたまま離れようとはしない。

 そして耳障りで、それでも懐かしいと言える言葉が聞こえた。

『素直に・・・に従えよ。殺・・・んだろ? 俺をさ』

 それは竜族の言葉。人間とは違い、吐息の様なそれは人間には聞き取れない声なのだと言う。

 そして人間の社会の中に居たからこそ、節々が聞き取れず分からないが、それでも少年は語りかけてくる。

『憎し・・染・・・顔がお前の本性さ。・・・・黒竜の血を・・・忌み子な・・・?』

 徐々に、まるで操られる様にして力が入ってくる腕の感触が分かる。そしてそれが少年がやっているのだと言う事も分かった。

 だが少年の言いたい事など分かる筈も無いだろう。

 そこに居た、紅と言う子供は、自分のまるで知らない存在なのだから。

 だからこそ分かる。これが少年の、殺してきた者達に見せた表情なのだと。

 最初に出合った時、ハツ国へと行く途中、そして魔導兵三千人を屠った時。

 そのどれもで少年の顔は張り付いた様な笑顔だった。

 だがそれは見ていなかっただけらしく、少年の表情はまるで汚い物でも見るかの様に歪んでいる。

 そして漸く思い出した竜族の言語と共に、それを聞く。

『俺を殺して、昔の自分も殺して見ろよ。楽になれるぜ?』

 それは心底闇に染まっている、見知らぬ少年の声だった。

 だが間違いなく本音を言っていると、心の何処かに声が響き、そして腕の力が増す。

 だが望んでいない動きを何時までもそのままにさせて置く程、マディンは弱くはない。

 何よりも、同じなのだ。

 夢の中で見た、自分が殺される筈だった光景と今の少年の見ている光景が。

「や、止めろ・・・」

 今は全く微動だにしない身体とは裏腹にその腕は少年の首を絞め続ける。鬱血し、顔は赤から青、土色へと変色しタダでさえ窒息状態なのだろう。

 それは見てきた中で一番厭な殺し方であり、忌み嫌うだけの理由がある。

 だがそれでも手は言う事を聞かず少年の首を折ろうと力を込め続ける。

「!!」

 止められないと言う、事実。

 殺したくない相手を殺すと言う、夢の中での出来事の様なそれは、終わりも呆気なく訪れるだけなのか。

 そして少年の首を掴み力を込める手は、思いっきり拳を握りしめ少年の首を括り折って居た。
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