「で!? どういう事なのこれわっ!!」

 悲鳴の様な怒号が轟き、それでも走る事を止めないマディンは隣で涼しい顔をしているベルベットにそう聞いた。だが帰ってきた答えは顔と同じく疲れを知らぬ物。

「さぁ。でもブラックドラゴンがこんなに居るとは思わなかったけどねぇ」

「呑気に言うなっ!!」

 ベルベットの言う通り、後方にはブラックドラゴンが様々な魔導系を組み上げながら飛んでくるのが見えるだろう。そちらを振り向く気がないので今どの程度の数が自分たちを追っているのかは分からない。だが確かに言える事は、たった一週間、漆黒の山脈に着く前。ガ・ルーン皇国の領地内でこんな強いモンスターとやり合う羽目になるとは思わなかった。

 少なくとも、そんな話は聞いていなかった筈だ。今は丁度左側を見下ろせる場所があれば分かる大陸一の歓楽街レクトで仕入れた情報によれば、たまに魔族がうろつく程度でそれ程危険な山ではないと話しにあった。そのたまに魔族が居る程度の森ならアルフェイザ領地内でもごく当たり前にあったので別段気にも止めなかったが、まるで集落があるかの様にブラックドラゴンの群はそこに居たのだ。

 そして理由も分からず、今は襲われていると言う事。ブラックドラゴンの子供を襲ったや、テリトリーに侵入し危害を加えようとしたのなら理由も分かるが、向こうから勝手に群で押し寄せて来たのである。理不尽な事この上ないだろう。

 特に、竜族をよく知るマディンから言わせれば。

「ねぇ。あれ、やっちゃって良いのかしらね」

 だがベルベットは何時までも逃げている事に飽きたのか。そもそも全力を出して走っている様には思えないそぶりだ。それを考えればハツ国まで走った時もさして本気ではなかった事が伺え、実力は恩師の統一郎が言った通り、自分より上なのだろう。だがストレスが堪る一方な理由はどうやら道無き道が理由の様で、獣道でさえないそこをドラゴンキラーで切り開きながら走るのが言葉通り面倒になっただけ。

「絶対ダメだかんねっ! そもそも理由もなく黒竜達が人を襲う事は無いんだからっ!!」

「理由を探す為に逃げ回るのも良いんだけどね。このまま行ったら・・・」

 だが次の刹那、ベルベットの言葉の最後が聞こえなくなったのは、視界が一瞬にして森から空へと変わり、まるで落ちている様な感覚。否、事実、真っ逆様に落ちてしまったが為。

「い、やぁぁぁぁぁ!!!」

 そして今度こそ正真正銘の悲鳴を上げながらマディンは崖の下へと落ちていった。




































アナザー・ナイン・ファンタジー■ACT:SCARLET DUSK





































「!!」

 そして目を覚ました瞬間、自分の今置かれている状況下を調べようと辺りを見渡す。が、運良く地面ではなく身体が濡れて居る事から滝壺にでも落ちたのだろう。遠くで滝の轟音が微かに聞こえる所から見ても間違いではない。何せアルフェイザでは水辺と言うのが川以外なかった物で、久々に濡れた身体が寒く脚はまだ川に浸かったまま。

「は、ぁ・・・・・。はぐれちゃったのねぇ。どうしよ」

 取り乱しても問題解決にならないが、事態を収拾出来る程手駒や情報がある訳ではない。言ってしまえばこんな場所は一度も来たことが無く、遭難してしまったと言えばそうなってしまうのだろう。森の中で生きて行けるだけの生活術が無ければの話しだが。

 そして敵の、黒竜の群の姿もなく、交戦している様な音も聞こえない所を考えると取りあえず落ち着いて考えるだけの時間はあるらしい。何より、肌に張り付く服の感触は気持ち悪くて仕方がないのだ。

「でもなぁ・・・」

 着替えが入ったザックも全て水に浸かってしまった故に、まともな服などは一着も無い。かと言って服を脱いだ時に襲われても堪った物ではないので火を起こす事にするが、はたと気付く。

「・・・・生活用の護符もベルが持ってたんだ」

 近くに水もあれば獣も生息していよう、狩りも昔の勘が鈍っているとは言え、そう難しい事ではない。あまり好ましい事ではないのだが、獣がダメなら食べられるモンスターを補食すれば良いのだ。だが火を起こす為の護符は全てベルベットのザックの中。そもそも、はぐれてしまうと言う事を考慮に入れなかったのだ。

「全く・・・ベルも仕方ないんだからさ」

 その結果、彼女は全てをベルベットに擦り付けながら取りあえず枯れ木を集めようと森へと入る。火を起こす方法は護符だけではないのだ。アルフェイザ方面では森が少なく、摩擦熱を使って火を起こす等と言う事はあまり知られていないが、東方育ちであるマディンに取っては懐かしむ様にして出来る事。多少、子供心に火遊びしあわや森を全て燃やしかねない事件まであったが良い想い出だろう。

「んな事考えてないで・・・」

 しかし自分を急かす様にし震える体のまま手頃な枯れ葉と枯れ木を集めたは良かったが、いい加減人が暖まれる程の量ではない。それ故剣で木々の枝を切り落としながら辺りを徘徊していたが、そこで気付いた事もあった。

 たまに見かけるのは戦場さながらの人骨。まるでこんな場所で戦争があったかの様であるが、奥へと進めば進む程ある人骨の数や残った装備品を見ればそれが西側の物だと分かる。それも少年と初めて出会った時の様な暗殺や工作専門も魔導士、魔剣士達の様でこんな所で朽ち果てて居る理由は皇都襲撃の為だと誰が見ても分かる事。しかし、肉は辺りの獣やモンスターに食べられたのだろうが、骨に残る傷跡の名残はそのどれもが同じ物なのだ。そこから推測出来る事はこれだけの部隊をたった一人が殲滅していたと言う事。

「皇都に・・・そんな人居たっけ?」

 噂で聞く人物と言えば精々魔環師、剣闘師の計八人くらいの物で、後は希少ながらに皇都へと集められている紋章士と言う変わったハンターの事位。剣闘師三人が今は集まっているが、常に居る訳ではない事を考えれば除外され、魔環師達五人は理由は分からないが皇都ハイ・ルーンから出撃する事すら許されていないらしいのだ。それも考慮に入れればこの辺りは西と皇都の境にある場所であり、紋章士がやったのではないかと思われがちであろうが一度だけ紋章士と出合った事のあるマディンならそれが違うとも言える。

「少なくとも紋章士なら攻撃系は使えない筈だし・・・それに・・・」

 人骨の疵痕は、まるで抉った様な物ばかり。武器その物で付けた後ならば砕いた様な物か、折られた様な跡、剣術に長ける物であれば綺麗に断つ事も出来るだろうがそんな上品な跡ではない。

 その結果想像するに、まるで素手で臓器を抉り取られた様な死体ばかりなのだと漸く気付いた。だがそれと同時にそんな技闘士が居るとも聞いた事はなく、居るとしても皇都に荷担する理由にはならないのだ。何せ技闘士のメッカは東方であり、中央は技闘術だけは対応仕切れないモンスターばかりが居るのだから。

「ま、そんな事よりさっさと火だよ・・・」

 いいかげん推測まがいの事を長々と続けていた所為もあり身体は完璧に冷え切ってしまい、北方に慣れているマディンでも凍える様な寒さを感じてしまう。だが木々を集めて来た所に戻ってきた所で、思いも寄らぬ者と遭遇してしまった。

「・・・・こ、黒竜の子供?」

「!!」

 そこに居たのは人型に姿を模して居ても、黒く鱗がある肌の質感や瞳のそれは竜その物の子供。そして向こうも驚いただろうが、マディンの方の驚きもひとしおだった。何せ中央に黒竜の群が居るとすれば何処かに集落があっても良いモノだが、極端に人を嫌う竜族が人の集まりすぎる中央近くに集落を持っている筈がないのだ。その上、黒竜の集落は大陸中探しても二つしかない。

 それがかつて、幼い頃マディンが住んでいた北西方の漆黒の山脈の向こう側と、東方の何処かにあると言う龍人族の小さな村。その為、竜族と言う空を移動する種族故に何処で逢ってもおかしくない者達とは言え、まだろくに空も飛べない子供が居る筈がないのだ。

 だが瞬時に動き、黒竜の子供を捉え口を塞ぐ。

「お願いだから静かにしててね・・・。ほら、お姉ちゃんも一様竜族の血を継いでるんだからさ」

 そうしたのに無論理由があった。それは黒竜の子供は声が大きく、遊び場等で外敵を見つけた際の警報係にもなっているのだ。そして一人で居る事と、辺りに他の気配が無い事を考えれば間違いではないだろう。だがその身を抱き締める形になりながら、何処かで既視感があった様な気がしていた。

「声出さないって、約束してくれる?」

「・・・・・」

 こくんと頷く様は、マディンに殺気が無い故に安心しきっているのだろう。子供特有の汚れのない眼でマディンを見つめ、竜族の血を引いている事も分かった様子。だがそれと共に既視感が薄れ手を離すと、少し厭な予感もしたものの、素直に従ってくれた。

「冷たいの・・・」

「・・・え? あ、ごめんごめん」

 だが結果的に抱き締めて居る形となり、森の湿気もあってまだ渇ききっていない服は子供には寒いのだろう。そして声で漸く少年ではなく少女だと言う事が分かる。

 そして互いに一定の距離を取りながら、マディンは迷っていたが以外と少女の方が先に切り出してくれた。

「寒くないの?」

「ん・・あ、確かに寒いね」

「分かった・・・」

 簡易の魔導を使い、枯れ木に火を灯してくれるのは本当に助かったと言える事。しかしその一方でこの少女は多分姿見よりも年齢が上なのだろうと分かった。

「お姉さんは・・・どうして此処に居るの?」

 だが警戒を解いている訳ではなく、何処か不安げな瞳を投げかける姿は子供のそれだ。だから火に手を翳し暖まりながらなるべく優しく答える。

「ちょっと西側に行きたかったんだけどね」

「・・・・もしかして、父さん達が?」

「あ、いや。気にしなくて良いよ。こういうのは慣れてるし」

「・・・ごめんなさい。私たちも一応仕事でこの辺りを守ってるから」

 しかし嘘を、慣れていると言った事を見抜かれたらしく、逆に落ち込ませてしまう。こういった部分は確かにどの種族の子供も似た様な所があるのだが、ここから先が竜族たる由縁だろう。

「でも、龍人族の人なんて初めてみたわ。どこから来たの?」

「えっと・・・東方からね」

「お仕事?」

「今は野暮用って言った方がいいかな。本当は好きな人を追って飛び出したんだけどね」

「好きな人って言うのも、やっぱり龍人族なの?」

「いや、残念だけど自分以外の龍人族とまだ逢った事はないんだ。だから多分人間だよ」

「へぇ・・・。そう言うの良いなぁ」

「私はマディンって言うの。貴方は?」

「グディス、グディス・セイブレムよ」

 人間達にしてみれば凶暴と恐れられるブラックドラゴンたちも、本来はどちらかと言えば明るく気さくで、あっけらかんとしていて言い過ぎかもしれないが物好きなのだ。自分たちがどれほどの力を持っているかをしっかりと子供の頃から叩き込まれ、目の前で薪の火に照らされて居るグディスくらいの歳になればその知識は人間で言えば三十歳位だろう。それでも子供っぽさを何処かに残し、様々な物にまだ興味津々なのだ。

「けど、龍人族に逢った事が無いって事は私と同じ捨て子なの?」

「似た様なもんかな。昔ちょっとあって、東方に引っ越す様な形になっちゃったんだ」

「お父さんが竜族なの? それともお母さん?」

「親父が、黒竜で、母さんが人間だったと思う。ごめんね、そう言う事ははっきり覚えてないんだ」

「ううん。こっちこそごめん。ちょっと興味心出し過ぎね私。ホント、ごめん」

 その上で気遣うと言う事に付いては人間顔負けな所もあり、マディン自身の意見だったが、よほど「人間らしい」と言える様な者達ばかり。目の前のグディスもそれと同じく、いや、歳の割には大人なのだろう。その上で厭な事を聞かれても不快感を感じないのは少女の人格がそうさせるのだ。そして辺りは完全に闇が支配する時間となるまでずっと話は続き、久しぶりに同族との会話を楽しめた。

 これが昔なら、そうも言っていなかっただろう。竜族と聞けばそれを全て避け、極力関わらない様にしていたのだ。

 本音を言えば殺したい程憎い種族だったのも事実。だがその反面で殺したくないと言う囁きも聞こえていたのだ。だから今、こうして普通に話せる事が嬉しくもあり、楽しいと素直に感じられる。

「えー? じゃ、マディンさんはあのルド様のお弟子さんなんですか? いいなぁ」

「けどあんまり幻想持たない様にしとかないと幻滅しちゃうよ? なんせ師匠、どっか外れた所あるからさ。外見もどう見たって二十代だし」

「そうなんですか?」

「そうよ。その上、女の私よりかずっと綺麗だと思うしさぁ」

「マディンさんだってずっと綺麗ですよ。その、なんて言うか」

「あはは、お世辞でも嬉しいよ。それに気遣わなくたって、人間としてでも竜族としてでもどっちでももう良いし」

「すみません。また私、要らない事言っちゃって」

「だから気にしなくて良いってば。私も紅に出合わなきゃ、こんなになれなかったしね」

「でも凄い人なんですね、その紅って子。私と同じ位なんでしょ?」

「さぁ、どうだかね。あの顔で私達よりずっと年上だったりして」

「ふふふ」

 だから渇きつつある服が示す時間も、星々が輝く空も気付かず過ごしていたのだろう。

 だが同時に辺りに注意をしている事すら怠っていたのはこれ以上ない過失だ。

 薪の火の粉が舞ったかと思った瞬間、グディスは倒れていた。

「グディス!!」

 直ぐさま駆け寄り抱き起こし一瞬心臓まで何かが届いている様にも錯覚するが子供とは言え流石は竜族と言える物。しかし緊迫した状況には変わりなく、敵の居場所すら全く掴めない。

「グディス、グディス。しっかりして、お願いだから目を開けて話を聞いて」

「ち、ちょっとどじっちゃいましたね、私・・・。父さん達かと思ったのに」

「聞いてるだけで良いから喋らないで。傷口に響くから・・・・!!」

「どう・・・した、んですか?」

「何でもないわ・・・今治療用の護符出すから、死なないでよ」

 だがグディスには気付かれたかも知れないが、それがタダのつぶてではなかった様子。そして傷口は心臓を掠めていたのだが、そこを狙ったのだろう。撃った人物は多分技銃師で、弾に塗られていた毒が少女の血と混じり異臭を発しているのだ。

 本来なら、竜族全てには対毒性もあるのだがそれを考慮した毒薬らしく、打ち抜かれた皮膚は表面がただれかかりまるで酸で溶かした様になってしまっているのだ。自分の荷物をひっくり返し、手当たり次第に護符を少女へと張り付けながらも敵の事を考えていたが、自分ではなく初めから少女を狙っていたとなれば、一発で仕留めなかったのも少女を苦しめながら殺す為だろう。

「こんな事なら・・・真面目に治癒系の魔導勉強して置くんだったわね」

「つっ・・・!!」

「ごめん、痛む・・よね」

「だ、大丈夫・・・です」

 嘘を言っているのが見え見えだが、耐えているならば気持ちを察してやらなければならないのかもしれない。こういう時、傭兵同士ならば最前を尽くし、それでもダメならば殺してやるのが情けだと教えられたが、少女は傭兵ではないのだ。最前を尽くし助けてやらなければならない。

 だが虚しくも護符を幾ら張っても傷口は塞がる様子を見せず、血を流し続けるだけ。解毒の効力が護符に無いとは言え、傷口が塞がらない理由はただ一つしかない。

『考えろ考えろ考えろっ!!』

 心の中で叱咤しながら解決策を探す為にもう一度散乱した荷物を探る。

 少女が黒竜だとは言え、殺される理由は何処にも無いのだ。そして自分と同じであれば、それだけ助けたいと言う気持ちが強くなるのも道理だろう。

 だが姿無き敵に注意を払いながら解決策を練る程までに冷静になれないのもまた事実。

 しかし少女の命の事を最優先に考えれば解決策が見付かると思い、一瞬完璧に辺りへの注意を止める。そして気が付いたのは自分の腹。

 忙しく服を巻き上げながら腹にあるそれを見て、初めて少年に感謝した気がした。何せそれは、あの時一度は捨てた少年の護符だったのだから。

 皇都を旅立つ際に、紅の事が何でも好きだからと言ってベルベット拾っていた物が保険にと持たせてくれていたのだ。初めは役立つ事もそうないだろうと思って、ベルベットの方が持っていた方が良いと言ったのだが自分は持ってると何枚もの少年自作の護符を見せてくれた。

「紅・・・お願いだからこの子を助けて」

 傷口を覆い隠す様にしてそれを張り、グディスの耳元で囁く。

「少し、眠たくなるかもしれないけど安心して。絶対、助かるから」

「・・・・」

 しかし答えは帰って来る事はなく、一瞬不安になったがついで規則正しい呼吸音だけが聞こえて来た所を見れば助かるのだろう。血に濡れた他の護符もそれ以上血に染まる事はなく、一難は去ったと言える。

 だが、もう一つの問題はまだ解決していない。

「何処のどいつだ! いい加減姿見せて正々堂々とやれよ腰抜けっ!!!」

 威嚇する様にして怒号を轟かせ、多分相手にも聞こえただろう。だがその反面でまだ相手の気配は掴めていない事も事実。ここまで気配を消せる相手となると、相当の手練れと思って間違いない。

 しかしこういった汚いやり口が何よりも嫌いなマディンにとっては苛つきが頭の中を支配しまともに知覚出来かねないと言う部分もあってか。木々のざわめきさえやけに五月蠅く聞こえて仕方がない。しかしそれが肌で感じているのはそよ風の様な動きなのだが、頭の中では嵐のただ中に居る様な感覚だとは感じているマディン自身も気付かなかったのか。多少驚きながらも、暴れ馬を大人しくさせる様にしてその感覚を物にしようとする。

 だがそれに気付きながらもはたと思い出した事があった。

 それは村を追われた時、自分の身体に起こった出来事。つい朔日まで忘れていたと言うよりも見ないようにしていた過去故にそれは致し方のない事だろう。だが今まで知っていた知識と過去とが繋がらなかった事がこれ程悔やむ理由になった事などない。

「血の暴走・・・? 冗談じゃないわよっ!!」

 竜族と龍人族の違いとして得た知識は、その姿を竜と言う巨大な物へと変貌させられるかさせられないかではなく、血の匂いに反応しあらぬ所から力が溢れ出てくると言うものなのだ。それ故に龍人族は竜族の村から例外なく追われ、竜族からして見れば異端視していたのではなく危険分子を排除したと言う大義名分がしっかりとあったのだ。

 そして彼女は過去に自分とは違う竜族の同胞を殺しても居る。幼子とは言え、それだけ強大な力を危険だと感じるのも否めない事だろう。だからこそ、逃げ生き延びたと言う結果が出たあの時、父親は自分を恩師の元へと預けたのだと漸く分かる。

 だが、どうせなら宿ででも休んでる時に思い出したいと言うのが今のマディンの本音。何よりも震えだした右腕は竜族の様なそれへと変貌を遂げようとし黒い雷を纏始めているのだ。そうなったとき、昔とは違い自分の力を制御下に置く自信など何処にもない。

 彼女に取ってそれは、持て余すどことか己の身さえ傷つけかねない柄のない刃その物なのだから。

「・・くっ、そっ!!」

 なんの変化も見られない左腕で右腕を掴み、これでもかと言う位に握りしめる。それは本来ならば折れてもおかしくない力だったのだが強度と言う点でも竜族に勝るとも劣らぬそれへと変貌しかけているのだ。ごつごつとした鱗のある腕と、人間の柔肌との感触が交互に伝わってくるのは不快以外の何者でもなかったがそこでまた思い出した事があった。

 それが自分の変化した右腕が過去に置いて、その姿を変えたのは本当に右腕だっただろうかと言う事。

 濃い霧がかかった様に見えない記憶はハッキリと思い出すには不十分な材料にしかならない故に、勘と言う物がその時だけは物を言った。何せ徐々にではあったが、竜族としての血を現した右腕が軋み始めたのだ。生身の身体、それも人間の腕でそんな事が可能など聞いた事などあろう筈がない。だが骨の軋む音と共に血が吹き出、それに濡れた左腕はまるで自分の意志を持ったかのように剣へと行った瞬間、彼女は自分の底力を初めて見た気がした。

「!?」

 瞬時にして抜きはなった剣は、本来ならば東方の刀と言う武器で行う居合いと言う技術。極限まで緊張させた筋肉を一瞬にして爆発させ得るスピードはどんな物よりも早く、そして強靱な技だと聞いた事も見た事もあった。ただその為に曲刀とまでいかなくとも、抜き放つ為の形を究極の形にまで保たなければならないのだ。その為、剣やカシムーンなどの曲がりすぎた刀身では出せない技、出せたとしても所詮、意表を付く小手先の技に過ぎないのだ。

 だが彼女自身の左腕から放たれたそれは、まるで亜種の魔導の様に何かを纏いながら一直線に森の中へと消え光と共に怒号を発し、同時に妙な気分でそれを聞きながら昔はよく聞いていた竜族独特の咆哮の様にも聞こえたのだ。しかしそれだけでは終わらなかったらしい。

 幾つもの人の断末魔。敵が一人ではなく数十人単位で隠れていたとは思わなかったが、まさか魔導士でもない相手に一発で全方位攻撃をされると予測もしなかっただろう。

 怒号の音が何かの影響を受けてか、光を徐々に広め辺りは雷の嵐が吹き荒れだしたのだ。

 それも空から降り注ぐ雷ではなく、不可視領域から無作為に飛び出す雷の刃。鋭角的に折れ曲がり、まるで雷の竜の様にして暴れ回る光の筋はまさに圧巻するに足る光景だっただろう。しばしマディンはそこで自分のやって退けた事を見ながら、既に元に戻った腕の事など忘れ去っていた。

 そして辺りに漸く静寂が降りた時、風景は一変しまるで魔導士の魔導砲撃があったかの様な風景がそこにはあった。もしくは、竜族の群が好き勝手に暴れ回った結果と言うべきだろうか。

 なんにせよ、これを一人でやったと予測出来る者など何処にも居ない様な有様が現実としてそこにあり、やった本人は驚きを隠せぬままその場に座り込んでしまう。

「じょ、冗談・・・」

 引きつる笑みを浮かべながら、腰を抜かしたのは何年ぶりだろうかと馬鹿みたいな事も同時に考えている自分が居る。それも、目の前の光景を造ったのは自分だと言う確かな確信があってだ。何よりこんな事が出来る様になるには、後数十年かかって漸くだろうと踏んでいただけに半分は嬉しくもある。自分の一定距離の周囲には一切被害が及んでいないのだ。敵もまさか倒し殺すべき敵の近くが一番安全区域だとは誰も考えない。

 そんな最中、マディンはしばし抜けた腰故に立てないままどうしようかと悩みながらグディスの様子が取りあえずは安心できると言う事と、己の左腕を交互に見ながらある事を考えていた。

 それが自分との決別の言葉を残し、何処かに行ってしまった少年の事だ。あのアルフェイザに住み、ハツへと攻め込む際に見せた少年の技は形は違えど技の種類は似た様な物なのだと言う事だった。

 あの時少年が放ったのは幾つもの火球だったが、自分たちの周りには一切被害が及ばなかったのだ。それを思えば、親戚見たいな技なのかもしれない。

 その他に違う所と言えば、少年は意図も簡単にやって退けたのと正反対に、自分はただ腰を抜かしているだけな状態と言う所だろうか。

「すっごい悔しいし・・」

 そして愚痴を漏らしながらしばしの間その場にへたり込んで居たが、確認した為に安心も出来る。護符の効力は確かなモノらしく、グディスは静かな寝息を立てて眠っているのだ。だが今ここで寝てしまう訳にも行かず、結局グディスが起きるまでずっと起きていなければならなかったのが辛いと言えば辛い所。そうして翌朝。

「起きた? 傷とか痛まない?」

「おはよう御座います・・・」

 目を覚ましたグディスの傷口を見たが、完治している様子で疵痕さえ完璧に無くなっていた。様子は病気の治った朝と言うよりも、快眠していたと言う具合。やたらと目を擦っているのは護符の副作用と言うよりも本来、朝が弱いらしい。眠そうな顔で大丈夫だと答え、思い出した様に呟く。

「あの・・・私、助かったんですよね、ありがとう御座います」

「お礼なんて良いって。傷口を治したのは私じゃなくて紅の護符だしさ」

「でも、敵を退けさせたのは・・・」

 だが漸く目を完全に覚ましたが故に辺りの風景が一変している事も認識できたらしく、目を見張って訪ねる。

「これ・・・・。マディンさんがやったんですか?」

「信じられないのは私も一緒。もう一度やれって言われても無理だし」

 苦笑して答えられたが故にグディスとしても難しい顔をせざるを得ない。それは自分たち竜族をも凌駕する龍人族の存在と言うのが信じられないのだろう。そもそも血の中に封じ込められた竜族の力も、人間の血と混じればその大半が薄れ無くなってしまうからだ。だから半分は恐れ戦き、もう半分は正直に驚いたと言う表情をしながら付け加える。

「でも、凄いですよ。血系に左右されないどころかそれを越えちゃう力を持つなんて。流石はルド様のお弟子さんですね」

「・・・・なんかその誉められ方嬉しくないなぁ」

「そうですか?」

 そしてもう一度グディスの傷口を確認し、完治していると分かったならば行動開始と行きたい所だったが、マディンとしてはベルベットを探さなければならない故に、西側に行くに行けないと言うのが正直な所だ。何せ路銀から生活必需品までのほぼ全てをベルベットは持っているのだが今から考えれば、下手に逃げ出そうと思ってもそうさせない為に路銀の全てを持たせて貰えなかった様にも思える。だが言ってしまえば信用がないと言うより、むしろ世話のかかる妹か娘に対する様な対応なのだろう。

「私の方が年上なんだけどな・・・」

「そりゃ、マディンさんの方が私より年上ですけど、それが何か?」

「あ・・え? ああ、気にしないで。独り言だから」

 苦笑し、照れを隠す様にして誤魔化す。だが問題事があるのは確かな事で、どうやってベルベットを探せば良いのかと言う事は無理な様にも思えた。

 何せ知らない土地で離ればなれになってしまい、此処は森の中。戦場にもなるやも知れぬ西側と皇都との境目と言う事もあり、昨日見た屍の山がまた一つ増える日もそう遠くないかもしれないのだ。これ以上厄介事に首を突っ込んでしまえば、静流とすれ違いどころかかなり先まで逢えない様な気もしてくる。

 それが不安をかき立て取り乱しそうになったが、よくよく考えて見ればグディスが居る事に気付き口に出す。

「で、モノは相談なんだけど」

「なんです?」

「グディスのお父さん達に頼んで人、探してくれないかな。支障が無ければ、の話しだけど」

「もちろん良いに決まってるじゃないですか。私の命の恩人ですから」

 そして明るく、かなり軽めに受け取られたがやってくれると言う意思表示だけは確かなモノ故に嬉しくもあり、その半分今まで何故こうしなかったのかと馬鹿げても来る。だが人情深いと言うか、恩を仇で返す「な」と言う竜族ではなく黒竜独特の性格は素直に喜んで置けば良い事だろう。同時に、人間社会に長く居すぎた為か。自分にはそう言う部分が欠けている様な気もしていた。

「で、その尋ね人の背格好ってどんなです?」

「露出度の高い服着た女性、ってこんな所に普通居ないでしょ。そう言う人」

「ははっ、ホント分かり易いですね」

 だが、思い当たる節でもあったのか。しばし悩むようにして眉間に皺を寄せ、そのままの顔で聞き返されるが、その名前は聞き覚えがあると同時に、こんな場所で聞く事になるとは思いもしなかった。

「あの、マディンさん?」

「なあに」

「探してる女の人って・・・ラグナロク様じゃないですよねぇ」

「ラグナロクって・・・あのラグナロク?」

 おそるおそる聞いて見るが、どうやら当たっていて、外れていたと云った所か。やぶへびだと分かった瞬間グディスは焦ったように顔色を変える。

「あ、いえいえ、違うんなら良いんですよ、違うんなら。その探してる人の名前、なんて言うんです?」

「ベルベットだけど・・・・。ねぇ、ラグナロクが此処に居たの?」

 だがマディンとしては、いや、一介の剣士や傭兵なら一度は誰もが夢見る事であろう。四魔境を造る程の強力な魔力を秘めた魔剣の中の魔剣であり、同時に幾多モノ偽物さえ出回る始末で、安くとも国が一つまるまる買える程の値段で取り引きされるであろう物品。例え呪われし神殺しの剣などと言う危なげな伝承や逸話があったとしても、人目みたいと言うのが本音である。

「・・・?」

 しかしグディスの話を思い返し、ふと疑問が浮かぶ。

「ラグナロクって・・・・女なの?」

「・・・・・・」

 しばし悩む様子。それは多分、言ってはならない事だったのだろう。だがそう言う約束事を破った際に、罰が無い故に黒竜の民と言うのはやたらと開き直ると言うか、そう言った癖があるのだ。それが悪いとは思っていても、止められないと言った所か。まるで嫁に幾ら言われても酒が止められない旦那の様に。

「はぁ・・・。ばれちゃったから言いますけど、誰にも言わないで下さいよ? 確かにラグナロク様は女性で、此処、ハーネル山脈に最近までお住まいになってた見たいです」

「最近まで? じゃあ今は居ないって事?」

「そうです、でなきゃ私だって此処に来たくないですよ。ラグナロク様って言ったら最近変な噂があって」

「噂、ねぇ」

「はい。それも男の人じゃなくて女の人ばっかり食べちゃうって言う噂ですよ? ホント、いらっしゃらなくて良かったと思います。でなきゃ私まで毒牙にかけられちゃう所ですから。幾らラグナロク様が絶世の美人だって言っても、私ノーマルですし」

 だがまさかそんな話題になるとは思いもしなかったマディンは、グディスでさえ平然と話せる程免疫があるのに引き替え自分は、と言う事で少し落ち込んでしまう。

「そりゃ、がつがつした男の子より優しくしてくれるって言うのもレクトで友達が聞いて来たらしいですけど、やっぱり初めては・・・・って、マディンさん?」

「な、何?」

「顔、真っ赤ですよ。もしかして、こういう話題苦手なんですか?」

 そしてこういう場合、どう言えば良いのか等分かる筈もない。いっそのこと取り乱せでもすれば楽なのかもしれないが、逆にそうなってしまったらなったで年下のグディスにさえ女として負ける様な気もする。

 そんな複雑かつ不毛な事を頭の中で思い浮かべていたのだが、たった一言を聞いてもっと落ち込む事になってしまった。

「あ、ああ、マディンさんもまだなんですね。でも大丈夫ですよ、男の人なんてこっちから襲っちゃえばイチコロですから」

 その時のグディスの笑顔は、純粋故に、マディンには眩しくも、同時に少し羨ましくも思えていた。







「ここが私たちのキャンプです。どうぞ」

 森の奥深く、と言う訳でない場所だったが、来るまでに幾重にも張り巡らせた結界は懐かしいモノだった。本来人族との関わりを極力持たないようにしている竜族に取っては、それが当たり前の事なのだ。そして二十数年ぶりに感じたそれは、昔と何ら変わらない雰囲気。同時にキャンプとは言え、そこで生活している黒竜達は昔住んでいた村を思い出させるに十二分な風景。

「? ・・・・さっきの事は悪かったって言ったじゃないですか。機嫌直してくださいよ」

「いや、そう言う事じゃなくてね・・・」

「一応、長に話しとかなきゃいけないですから着いてきてください。こっちです」

 そして連れられるままに奥へと進む際、人間の村ならある好奇の視線と言うのを全く感じないのも竜族の村ならではだろう。そもそも、此処に入るには竜族たる血が無ければ結界が抜けられないのだ。変わりにあったのは、子供達が興味津々で着いてくると言う風景。後はなんら普通の人間の村と変わらぬ物だろう。だが長の居るテントに入った瞬間、目に染みる程の煙は頂けない。

「グディスです。長、ちょっと良いですか?」

「ああ、いいぜ」

 そしてその煙の中から聞こえた声は以外にも若いモノ。とは言っても、竜族の中で黒竜と言うモノは基本的に年寄り臭いと言う言葉が一番似合わないので本当の年齢などは聞くまで分からない。だが、また帰ってきた言葉は年輩と言うよりも、何処かなじみ深いモノに近いそれ。

「だがここでか?」

 その瞬間、グディスは何か感じ取った様に態度を変える。

「お兄ちゃ〜ん? 煙草は良いって言ったけどお酒はダメだって言わなかったぁ〜?」

「ななななっ!? なんの事ダ? お兄ちゃんはお酒なんて一滴も・・・」

「それに昨日の夜、私襲われたんだよ? まさか飲んだくれて森の警備サボってたんじゃないでしょ〜ね〜」

 そのまま煙を掻き分けて中へと進むグディスは一瞬の内に霧に包まれる様にして姿を消したが、一瞬マディンは厭な予感を感じ取り、一歩後ろへと後退する。その刹那、爆音、と言う程ではなかったが、それに近い音があり煙は晴れる。そして思い出した故に、黒竜が好むさけはアルコール度が100%に限りなく近いモノだったと分かり、多分グディスがそれをやった張本人と言う事。

 そしてしばしの間を置いて出てきたのはグディスと長であるグディスの兄、そして見知った顔だった。

「マディン? どうしたのこんな所で」

 だがその顔色がほんのり赤く染まって、口から吐かれる吐息は甘さと熱さを含む酒臭いと言える一方色香を漂わすそれを見た時、怒りを通り越し呆れかえるしかなかった。その上、先ほどのグディスの被害に遭ったのだろう。顔に少々すすがかかっている。

「どうした、んだろうねぇ私もこんな所で」

「やぁねぇ、もうぼけちゃったの? 自分の居場所くらいハッキリ分かって行動しなきゃ」

「その結果酒に酔って出来上がるよりマシだと私は思うわよっ」

 飲んべえに噛み付いても仕方がないと分かっているのだが、どうも歳の事を言われると怒ってしまうのは悲しい性。特に、年下であるベルベットが相手となるとひとしおだ。

 そんな遣り取りを見ながら勘の良いグディスは気付いたと言うか、聞いていたと言うか。素直に喜びを表してくれるだけ、此方の方がかわいげがあると言うモノ。

「あ、このお姉さんがベルベットさんなんですか。マディンさん、良かったじゃないですか、見付かって」

「せめて酔いが冷めた所で再会したかった気分だけどね〜」

「それはホント申し訳ない。ウチのお兄ちゃん、お酒の事になると見境着かなくなるから」

「グディスが気にする事ないのよ。昨日も薪に火、付けてくれたし、そのおかげで私風邪引かないで済んだもの。ありがとうね」

「そ、そんな。私だって」

 だから当てつけの様にグディスに優しく接してやるのだが、ベルベットには全く効果など発揮できないだろう。何せ紅以外異性同性問わず、嫌われていようと気にしないような性格だと分かったのは少し前の事。だがここにはもう一人、それを気にする人物が居たらしい。

「グディス、お兄ちゃんは悲しいぞ、男の子が好きだって言ってたのにそう言うおねーさんが好みの趣味だとは・・・」

 そう言いながら、多分、長としての威厳もへったくれもない姿で涙を流す青年が一人。だがそう言う両親、もしくは兄弟が居て恥ずかしい気持ちは分からないではないが、やりすぎと言えばやりすぎだろう。多分思いっきり握った拳が鳩尾辺りに入り、極まったなと思った瞬間、折れ曲がる身体それについで落ちてくる顔面に追撃するようにして膝が入った時は目を閉じてしまう。

「私はノーマルだって言ったでしょっ!? 勝手に誤解してみっともない格好晒さないで!!」

「さ、流石に今のは痛いぞ妹よ。もう少し労って扱ってくれよぉ」

 だが、さしてダメージが無いのはグディスがあまり力が無いのかそれともこの青年が頑丈なのか。よく分からない対応だと思いもしたが、これもコミニュケーションの一つなのだろうと分かったのは青年が笑っていたから。少々、怖い気もしたのが本音だったが。

「それにマディンさんは私の命の恩人なのよ!? なのに変なこと言わないでっ! 今度そんな事言ったら絶交だかんね」

「そ、そんなぁ。お兄ちゃんを一人にしないでくれぇ〜」

 だが、いい加減まともな話が聞きたいと思ったのはマディンだけではなかったらしい。酔っていたからかもしれないが、ベルベットの目は据わっているだけではなかった気がする。

「いい加減しらふに戻れば? 楽しむのも良いけどさ、見ててあんたの妹が可哀相に思えてくるんだけど」

「そうか?」

 そう言われた瞬間、何事も無かったかの様に姿勢を正した黒竜の青年は先ほどまでの情けないグディスのお兄ちゃん、と言う雰囲気を何処かに置いてきた様。そこに居るのは、間違いなく此処の黒竜を束ねる長の姿だろう。そして口から出されたモノも、竜族の威厳が確かにあった。

「妹を助けて頂いた様で、本当に感謝しています。もし宜しければお名前をお聞かせ願えませんか? 龍人族のお嬢さん」

 だがその瞳はまるで何かを知っている様な物。そしてその意図が分かった瞬間、マディンはあえて素直に名前を言う。

「マディン・ガロスよ。でも、お嬢さんて言うのは止めて欲しいね」

「これは失礼しました。レディー・ガロス。またお目にかかれて光栄です」

 しかし、そこでそんな対応をする人物が以前居た様な気がし、それにつられ頭の中で思い浮かんだ名前が一つ。それは過去、追われた村で変わり者だった少年のそれだった。

 だがそれが目の前の人物だと分かった瞬間、マディンはやれやれと溜息を吐きながらグディスと出合った瞬間感じたデジャビュの意味が漸く分かった。

「あんたも変わんないわね。と言いたい所だったけど、妹が出来て更に変わり者になった見たいね、ランドル」

「そうかい? でもキミも、ものすごく変わったよ。昔見たいに泣き虫マディンなんて呼べない位にさ」

「???」

「泣き虫マディンね・・・。懐かしいけど、厭な想い出、思い出させてくれたわねぇ」

「呼べない位にって言ったろ? それにもうあの時で懲りてるよ。キミが村から居なくなった、あの日にね」

 想い出と言えば、それで終わる様な事ではない事実。そして目の前に居るランドルと言う、幼なじみだった青年とも決着を付けねばならない事があるのも事実なのだ。

 それを此処で、少なくとも彼の妹であるグディスの隣りで言うのには躊躇いがあったが、途端座り込む様にして頭を下げたランドルは捲し立てる様に言った。

「本当に、キミの家族には悪い事をした! 今更と思われるかもしれないが、黒竜族の長として謝らせてくれ、頼む!」

「あ、・・・え?」

 その理由が、マディンに分かる筈もないであろう。自分のもしかしたらやらなければならない事を、相手がいきなりやってしまったのだ。

 自分がそうしなければならないと思った理由の一つは、彼の父親を殺したと言う事実があるから。幼心に残っているのは、苦渋に満ち悔いを残し死んだ彼の父の顔。だからこそ、彼が謝る理由が見付からない。

「ちょ、っと。ランドル、あんたが謝る事なんて」

 だがその様子を聞きつけ、村中がそこへと集まって来るのが分かったが、予想と反しその誰もの顔が、多分、頭を下げているランドルと同じ色。その中で多分、本来ならばランドルではなくその人物こそが長に相応しいと呼べ、同時に見覚えのある顔が口を開いた。

「いや、謝る理由はある。俺の事を、覚えているか?」

「・・・・」

 覚えていて当然だと、口から漏れてしまいそうだったがそれを押しとどめる。目の前に進みでたその人物もまた、マディンが我を忘れ傷つけた一人なのだ。その名残はあまりにも大きく、無くなった片腕は二度と戻らぬ、そして癒えぬ傷だろう。だがそんな、自分が原因で傷つけた人物にも関わらず、その男は続けた。

「あの時、俺達は過ちを犯したんだ、この傷はその代償。あんたが気にする事はない。それに、あんたの母親は二度と帰らぬ人になるにはあまりにも、惜しい人だ。思い知らされたよ、あんたの母親が、ウィルダさんが残したモノのおかげで俺達は助かったんだって」

「そうよ。だから私たちは貴方と、貴方のお父さんを捜していたの」

 そしてその隻腕の男、昔はおじさんと呼んでいた男の隣りに立った女性も続ける。その女性もまた、マディンの知っている顔。

「絶対に殺しちゃいけない人を、殺してしまった罪を償えるモノなら償いたいし、何よりウィルダ姉さんの墓前に言うだけじゃなくて、貴方とガル兄さんにも言いたかった。ありがとうって」

 昔はよく遊び相手になって貰っていた、自分の父親の妹。昔の顔はいつも笑って、時々悪戯をしたときだけ怒っていたその顔が、哀しみと、多分、自分と再会出来たと言う喜びが浮かんでいると思って間違いないだろう。そして次々と聞こえてくる、キャンプ中の大人達の陳謝と感謝の言葉はマディンの心に間違いなく染み渡りそして、長であるが故に、ランドルはいつの間にか立ち上がり締めくくる様に語った。

「キミはあの時、確かに幾つもの命を奪ったけど、結果的にそれは良かった事なんだ。あの時、キミが半暴走状態になって食い止めてくれなければ、僕ら竜族は過去の遺産に滅ぼされる末路を辿っていたかもしれないんだ。だから、キミの母さんであるウィルダさんと、キミと、もし逢えたならガルおじさんにも言いたかったんだ。命を懸けてまで、殺されてまで僕らを救ってくれてありがとうって」

「だから、もし出来る事なら、許して欲しいの。そんな事、できっこないって・・・分かってるけど」

 ハッキリとした理由は分かる筈もない。いや、言葉の節々にあるモノだけでは理解できないと言った方が正しいだろう。

 同時に、もし自分と、母親と父親をあの村から追い出した事が過ちであったならば、過ちで母親を殺されたのだ。許せる事ではない筈だった。

 だが、それは昔。

 去った過ち故に、過去と呼べる流れた時。

「そ、そりゃぁ・・・訳わかんないけど・・・、許してって言われるんなら、許さなきゃ私が悪者みたいじゃないの」

 それはマディンに取って、起こってしまい、取り戻せないと言う自覚があるからこそ言える言葉だったのだが、この目の前で沈痛な面もちで居る黒竜達はまだ終わっていない事、終わらせられない事なのだろう。そして終わらせる為の一言、少なくとも、気休めでも良いと思っていた、同時に恨まれても良いと、半ば諦め覚悟を決めていた故に泣き崩れるモノすら出てくる。

 それが何故か嬉しくて、苦笑しながらも、頬に流れるそれが熱く感じられたのは幻ではない。

「マディン・・・本当に、ありがとね。許してくれて」

「ふぁ、ファルザ姉さんまで泣くことないじゃない。昔見たいに元気付けてよ。それにまだ訳が分からないしさ」

「あんたの母さんは、ウィルダは凄い人だったって事よ。昔見たいに素直に泣いて置けば良いの、今はね」

 そしてその流れる涙が、自分の背負っていたモノが一つ、軽くなった事によるモノだと分かった瞬間、彼女のまだ終わっていなかった時と、凍り付いたままだった絶望が溶かされた様で、感じられる暖かみの中で久しぶりに泣いた気がした。

 何より、忘れていたその暖かみは、今では唯一となった行方知れずの父親以外の、血縁のモノだったから。

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