ひとしきり泣いた後の気持ちは、本来何処か後味の悪いモノだと言う記憶がある。

 だが今回それをあまり感じなかったのは、昔は分からなかった人の優しさが痛いほど分かったからだろう。

 それでも過去の過ち全てが終わり、罪が償われた訳ではない。

 今になって漸く分かった事だが、ウィルドが、自分の母親が残した一本の魔剣によりあの場所で死んだモノは僅かだったと言う事があれど、幾ら自分の憎むべき相手だったとしても、その血縁全てが悪と言う訳ではないのだ。

 ランドルの様に、父親を殺された者も居れば、母親や、兄弟、姉妹、祖父、祖母を失った者も居る。

 それをやったのが自分であれば、少なくともそれだけは背負って行かなければならないのが死者となった者達への礼儀。

 だから泣きやんだ時、決意の色に彩られたその時、あの少年に一言、言いたかった。

 小難しい言葉だったけど、過去の「弱い」自分を殺して見せたぞ、と。

 ハッキリと意味が分かった訳ではないが、過去を清算するだけでは足りないと言いたかったのだろう。

 それを思えば、あの小さな身で一体どれだけの道を歩んでいたのかは想像も出来ない。

 だから冗談だと思っていた「最強と言う場所」へも行ってみたいと、強く願う様になっていた。

 それが彼女のふたつめの強くなりたい理由。

 ひとつめの、静流・レイナードに追いつきたいと言う気持ちもさることながら。

 それが未来に置いて、どれよりも強くなる事はまだ知る由も無い。




































アナザー・ナイン・ファンタジー■ACT:SCARLET DUSK





































「でもさ・・・」

「なに?」

「ここまでどんちゃん騒ぎする事無かったんじゃないですか? 蓄えだって腐るほどあるって訳でもないんですし」

「お金の事なら心配しなくても良いわよ」

「ベル・・・私たちの路銀だって腐るほどある訳じゃ」

「あるわよ。少なくとも紅があの技銃師とやりあった時の掛け金、あれ全部渡しちゃっても路銀は残るし」

「・・・・予測してたわけ? あの子はこうなるってことを?」

「予測、じゃないでしょうけど、言い得て妙だけど女の勘見たいなもんじゃないの?」

「やっぱり、その紅って子。一度逢ってみたいですね」

「多分、逢わない方が」

「いえ」

「?」

「逢ったら文句言ってやるんです。まどろっこしいやり方せずに真っ正面から来いっ! ってね」

 そう言いきるグディスの様子は、間違いなく暑苦しいと言える黒竜の民の性分だろう。辺りもそれと同じく、いや、それ以上に騒ぎ立てているキャンプの連中は酒を浴びるように飲み、運ばれてくる料理もキャンプで出される様な物にしてはかなり豪勢なモノばかり。その点については、確かにベルベットの言った倍どころかかなりの額になっていたのだろうモノで資金援助の様な形にしなければ収拾が着かないやもしれない。

「でもその紅って少年には感謝だな。他人のおごりで飲む酒ほど上手いモノは無いっ!」

「お兄ちゃん・・・。頼むから控えてね。みんな総出で酔ったお兄ちゃん止めるのは御免だから」

「はっはっはっ! その点は抜かりないぞー? 何せベルベットさんはお兄ちゃん達より強かったんだからな。まさかかすり傷さえ負わされずに僕ら黒竜を止める人物に会えるとは思わなかったしな」

「そうそう。だからグディスちゃんも気にしないで好きなモノどんどん食べたら良いのよ。なんならお酒も初体験してみる?」

「いいです。絶対お酒は飲まないって決めてますから。あんな頭痛くなるなんてもうまっぴら御免です」

「たしなむ位は付き合いよ。大酒のみの黒竜族ともあろう子が何言ってんの」

 何せ、形は人型を模していても、本来の姿は家一軒ほどの竜なのだ。食べる量も凄ければ飲む量もけた外れ。

 そう言う飲んだくればかりのが黒竜、と言う意味ではグディスと、隣りで酒のつまみを食べているだけの女性は変わっていると言えば変わっているのかもしれない。だが昔から、自分の叔母にあたるファルザと言う女性はこうだったと、そしてグディスの様に兄の事を窘めていたと漏らしながら微笑んでいるのは時が流れたと言う証。

「そう言えばグディスから聞いたけど、あんた男追って旅してるんですってね。とうとうマディンも男の尻追いかけ回す年頃になったんだねぇ」

「そう言う言い方されると、むかっと来るんだけどさ」

「照れるな照れるな。で、相手の名前、なんて言うんだ?」

「北方最強の傭兵の異色の仮面こと、静流・レイナード。絶対ヒッ捕まえて逢わせてやるんだからねっ」

 だが多少なりとマディンも出来上がっているからこそ、そこまで言えたモノの、その反面聞こえたランドルとファルザは一瞬視線を交え、何処か遠い目をしながら頷き呟く。

「彼がマディンのお目当てだったのか。そっかそっか」

「そう言う意味で、マディンの知り合いには助けられてばかりなのかもね」

「?」

「あれ? 知らないのか? 静流・レイナードが西側に属した赤竜のクソッタレ共を屠ったって話」

「知ってる事は知ってるけど・・・・。クソッタレ共はまずいんじゃ」

「いーのよあんな暴走馬鹿。大した力も無い癖に粋がってる人間に一番近い竜族の恥さらしだし」

 一気に雰囲気を変え、多分、飲んでいなくとも酒気に当てられ多少なりと酔ってしまったと言う所か。と、言うよりもこの場で飲まずにまともに居られる人族は間違いなく居ないと言う程辺りには酒気が充満しているのだ。酒でも飲んでいないと呼吸が苦しくなる程。

 そんな様子で憤慨するモノだから、昔怒られた時の想い出も甦り、悪いことをしている訳でもないのに身体が反射的にびくついてしまうのは多分トラウマの一種。

「何より私達に喧嘩売った癖にいけしゃあしゃあと「俺達が何をした?」なんて言うのよ!? 巫山戯るなってーのっ!!」

「ファルザさん・・・。頼むからもう酔わないで。ちょっと酔い覚まして来ようよ〜」

「グディスだってそう思うでしょ? 私ら黒竜は口が悪いって自覚あるけど、あいつら自分らの性格がひん曲がってるって自覚無いし、最悪だよサイアク。も、これ以上ないって位マディンの旦那に感謝だね、愛してるよマディ〜ン」

「ほらほら、壊れてないでください・・・。じゃ、私とファルザさんは少々外で酔い覚まして来ますんで」

「行ってらっしゃ〜い」

 そして手を振って答えるも、頭の中の疑問まで晴れた訳ではない。多少なりと酒には慣れているマディンだからこそ、酔っているなりに意識はハッキリあるのだ。だが一番話を聞きたかったランドルを見れば、既にこれ以上なく出来上がってしまいまともな話を期待する方が馬鹿らしいだろう。だがそれ以上にグディスの言っていた酔うと暴れる、様な事が少々心配になったのだが、その辺りは口から心配するなと言っていただけの事はあるらしい人物が一人。

「じゃ、ベルベットさんっ! おねがいしまっすっ!!!」

「はいはい。じゃ、気持ちよく寝ちゃいなさいっっっ!! っと」

 思い切り、グディスとのかなり危なげなスキンシップとは比べモノにならない拳を一発貰い、そのまま沈んでしまうランドル。しかしそう言った事すら余興になってしまうのがこの黒竜族の性分と言うか、暗黙の了解と言うか、掟と言うか。しかし顔面に入れるのは正直どうかと思うのだが。

「いよっ! やっぱベルさんやるねぇ。あとでもう二、三人ほど頼むよ」

「良いの? 若すぎるのにやったら死ぬわよ?」

「その辺りは大丈夫だって。若いのは酔っても私らで止められるけど、旦那とかは流石に無理だからねぇ。いや、助かったよ。ベルさん見たいに強い女性(ひと)が居て」

 その上、まるで薪割りを頼む様にして旦那を沈めてくれと頼む女房達も数人。酒豪が居るなりに苦労している様子だったが、今日は特別と言わぬばかりに夫達に酒を振る舞っていたのは自分が理由だけではなかった様子。そう言う部分では、流石は荒くれ者を主人に持つ黒竜族の女性達だろう。基本的に黒竜族では男よりも女の方が立場が上なのと同時に、成長してしまうと制御と力その物の器量は女性の方が圧倒的に上なのだ。そのくせ、手加減の仕方をあまり覚えないのは問題と言えば問題なのだろうが、そう言う意味で考えると自分の母親は人間ながらに人間離れしていたのだなとも思う。

「じゃ、私も少し覚ましてくるよ」

「なに? もうダウンな訳?」

「朝まで飲むには一度覚まさないとね。これからでしょ」

「さっすが」

 そして幾つも湧く様にして出てくる疑問を解決する為、グディスに引きずられながら外に行ったファルザを追う。ここに居る女達に聞いても話してくれるだろうが、静流以外の事となれば話しにくいと言うのは分かる。同時に聞き難いと言うのもあったが、外に出て二人を見た時、寝潰れていると思った人物が逆になっているとは思わなかった。

「あれ、グディスがなんで寝てんの・・・?」

「この子、まだ子供だかんねぇ。仕方ないよ。幼かったあんたも似た様なもんだったじゃない」

「そうだったっけ?」

 辛い思い出しか覚えていないのは悲しい事だったが、忘れてしまった想い出を後生大事に抱えているより、今を作り大切な思い出にする方が楽しい。そんな思いを抱きながらファルザの膝の上で寝息を立てているグディスを見ていたが、こういう部分を見ると紅も少年なのだなと思い返してしまうのは気のせいではない。そして背中合わせに座り、昔の様に二人で見あげた夜空が懐かしかったが。

「あんたも」

「?」

「良いお母さんになれるよ」

「な、何よ唐突に」

「気付いてる? 今の顔、ウィルドにそっくりだって」

 刹那、少々、思い出していた人物の事を考えれば複雑な気分だったが、何処か弟の様だった気もしているのは確か。そう言う意味で言えば、あの少年の全てはまだ見ていないと言う事。

「そう言えばさ、さっきの話し。レイナードがどうしたって?」

「赤竜の一部の奴らがね、昔の私ら見たいになった時に、殲滅してくれたのよ。あのまま進行してたら北側全滅してたでしょうし。そうなれば竜族全部に被害が及ぶ事思えば、彼も私らの恩人って事」

「そうだったの・・・」

「でも驚いたわよ、まさか静流・レイナードの名前をまた聞く事になろうなんてね」

「?」

「あれ? 知らなかった? あんたの師匠のルド様、元々の名前はセル・レイナードって言うのよ? セルの字は東方の名前でシズルって書くし」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「ホント、そう思うとウチら竜族と関わり深い人達ばっかりウィルドは呼んでくれる気がするね」

 感慨に浸るファルザをよそに、信じられないと言う表情で悩むマディン。まさか自分の師匠が静流と同じ名前だったとは思いもしなかった新事実。年齢を考えどちらかと言えば、静流がその名前を継いだと言う事になるのだろう。そう言う所から想像して行くと、最後に顔を見た日持っていたあの剣を持ってきた場所、四魔境が一つ死の渓谷へ行っていたのは単に鍛錬のいっかんではなく里帰りだったのかもしれない。何しろほぼ幼少期の頃から顔を知られているアルフェイザでも、彼が何処でその強さを得たのかは全く持って不明なのだ。そう言う所で死の渓谷に住む超が着く程に強い上位魔族に育てられたとしても不思議ではなくむしろ納得出来る事。

「話し変わるけどさ、シュラかシュリって魔族知ってる?」

 そして師匠の顔を思い出した時、あのルドと呼ばれた瞬間破顔すると言うか、こそばゆいから止めてくれと言わんばかりの面白い顔と共にその名前を思い出すが、間違いではなくむしろ繋がってしまう理由の一つ。

「シュラは知らないけど、シュリなら知ってるわよ。ってーかあんた知らないの? シュリなんて名前の魔族、一人しか居ないわよ」

「知らなくて悪かったわよ」

「怒らなくても良いじゃない。でも知らないなんてねぇ・・・。ルド様の奥さんよ? 天魔剣(てんまけん)のシュリ・レイナードって・・・・。あ、そう思えば静流・レイナードってシュリさんの息子に当たるのかな? レイナードってのもシュリさんの家系だけにある名前だし。でも子供が出来たなんて話し聞いた事ないけどなぁ・・・」

 それは何より、想像しがたい、いや、したくない事だったが、一瞬不安になってしまうのもマディンならでは。あの統一郎を師匠ではなくお義父さん等とは死んでも呼びたくないのだ。無論、それで静流を嫌いになる訳は微塵もないが。

「ね、ねぇ、ホントーに師匠の息子じゃないよね、静流って」

「そ、そんな泣きそうな顔しなくても。心配しなくても大丈夫だと思うわよ、子供なんてダイッキライって人だから、シュリさんて。一度逢って見れば? なかなか面白い女性よ、あの魔族もさ」

「ホント? ホントぅ?」

「だーかーらー」

 迫って聞いてしまう程の心配事なのは、幼かった頃のマディンその物だったのだろう。ファルザは安心させる様に微笑みながらも、成長して居ないなぁと漏らす。

 そう言ったひとときが楽しくて、だからファルザは溜息をもらさずには居られないのだ。

 一番近く、そして遠いと今では分かる、過去の関係だった故に。

「こうして」

「?」

「こうしてあんたと一緒に居るとさ、やっぱ昔思い出すよウィルドの事。生きてたらなって・・・」

 遠い瞳、昔を見据え、懐かしむ目は、哀しみ、虚しさ、後悔、罪悪感、そう言ったモノ全てが含まれたモノ。

 その名は癒える事のない傷。いや、痕と言うのかもしれない。あの時子供だった故に、今は決着が付けられるマディンだが、ファルザの様にある程度大人であったが故に何時までも決着が付けられないでいるのが大人故の弱さと言うモノ。

 だが、対等に話せるほど成長したからこそ、懸ける言葉もある。

「ファルザっ! そんな顔して、どうしたんだい? 子供じゃあるまいし、情けない顔してんじゃないよ!」

「・・・・」

「あれ? 似てなかった? こんな感じだと思ったんだけどね、母さんて」

 思い留めている母親の面影は、黒竜の旦那を好むだけあって熱いと言うか、砂漠の民の様に人情深い所があった。その一面で決して怒らないと言う部分は、子供心に疑問を抱いた事もあったのも事実。

 変わりにファルザが怒ると言う事をしていなければ罪悪観念の一部が欠落していたかもしれないと言うほど親馬鹿っぷりを発揮する様な人。

 だが子供だった頃の事故だけに、ハッキリと顔が思い出せないと気付いたのは幾つぐらいの時だっただろうか。

 それでも、暖かい人だった事は確かに覚えている。無論、その為に一人で啜り泣いた夜もあったが。

 同時に、気付けばファルザの瞳には涙が溢れながらも何とも言えない表情をしていたが、その顔は、笑っているのだろう。

「マディン、今のは卑怯よ? 涙が溢れて来るじゃないのさ」

「ごめんごめん」

「でも、あんたも良いお母さんになるのよ。ウィルド見たいにさ。・・・・・もちろん、旦那は静流・レイナードよね?」

 だが昔さながらの強引な顔は涙に濡れていても有無を言わさない勝ち気さを消さないだけの輝きがある。そう言う部分もあってか、双方の意味どちらともハッキリと言われると照れるのは正直な所。

「何照れてんのよ。子供、作るんだったら二人にしなさいよ。アンタみたいに」

 その瞬間、胸の奥が痛む理由は分からない。

「二人? 私一人っ子だよ?」

「あ・・・そ、そうだったね。でも大いに越した事ないじゃないのさ。手も掛かるし厭になるかもしれないけど、子供が寂しいなんて顔してんのイヤでしょ?」

「う、うん・・・・」

 だがどうしても「二人」と言うフレーズが頭に残り、取れない理由は何であろうか。

 同時に沸き上がる不安と、寂しさは何であろうか。

 そして子供だった故に、知らなかった事が沢山ある事に今更ながらに気付く。

 同時に、それを知る為にファルザにそれを聞きに来たのだと。

「ファルザ、良い?」

「な、なに?」

「二人って、どういう事?」

 だが踏ん切るべきだったと、ファルザの表情が一変した瞬間、後悔してしまう。

 昔率直すぎる性格だと指摘された時の師匠の顔もそうだったが、悪い癖なのだと今漸く分かった気がする。

 それ程、言いたくないと言う表情をしていたのだ。

 明らかな拒絶、いや、罪悪感だろうか。

 それと同じくして重圧感を感じているのだろう。そう言う意味では、自分は世界を知り成長したのにファルザは成長しきっていなかったと言うべきか。

 それ故に、強さが異端視されるのだと頭の中の誰かが呟く。

「ホントに、聞きたいの?」

「事実なら、聞きたい。子供だから知らなかった、なんてのが詭弁だって分かったからね」

「キツイけど・・・正論ね。ホント、成長したよ、あんたはさ」

 だが質問されたファルザの気持ちを本当の意味で理解していなかった故に、青い顔をしているファルザには申し訳ない事をしたかと思う。だが謝ろうとしたとき、彼女は口を開いた。

「元々さ・・・あんたにはライアって言う三つ上の姉さんが居たんだよ」

「・・・・」

「けど、ライアが二つの時かな・・・。私らが犯した過ち、赤竜族の奴らも同じ過ちを犯してる。その原因になった引き金を引いちまったのさ」

 感じている感情は痛み。まごうこと無き痛み。

 引き裂く程知っている訳でもなく、覚えても居ない、名前だけの存在の筈。

 だが、頭の内に居るもう一人の自分が語る過去は、ファルザの言っている事が間違いではないと冷静に述べているのは何故だろうか。

「昔、私ら竜族がルド様に助けられる切っ掛けになった本当の理由って知ってる? あれは元々、古の瞬きって戦争だったかな、その時居たジハードって連中の内の一人が竜帝だったんだ。その竜帝が、私ら竜族を使ってこの世界を滅茶苦茶にしててね。それを望まない竜族も居たけど、竜帝には適わなかった。帝って言うだけの事はあったらしいね。詳しい経緯は私もまだ知らない。けど、その竜帝を誰かが倒して、色々な事があって、けど、一本の剣だけは残ったらしいんだ。それが竜帝の剣<ドラグネスソード>って言う呪われた剣」

 捲し立てる様に話すファルザの感情を何処かで感じ取り、これ以上ない痛みを伴っているのは癒えぬ古傷どころか、未だに血の流れる治る事のない生傷なのだ。

 そして漸く分かった。

「でも、ライアはそのドラグネスソードをどこからか分からないけど見つけて来てしまった。挙げ句、村の戦士を総動員してライアを助けようとしたんだけど・・・・。最後は殺さなきゃ救えないなんて、後味悪い結果しか見えなかった。その時だよ、ウィルドが「私がやる」って言ったの」

 ファルザが昔、よく自分の母親であるウィルドを見る瞳が何処か、侮蔑の色が含まれていた理由。

 同時に、彼女がそれを一番悔いているのだと言う事。

「でもさ・・・今ならウィルドの気持ちが分かるよ。自分の娘を殺すって事が、どういう事だったのかってさ。言うのとやるのじゃ、辛さが全然違う。それを背負いながら、背負うと決めて生きるのも辛いって分かって、ウィルドはそうする事を選んだんだって。それなのに私、馬鹿だったよ」

 よく喧嘩していた理由は、子供心には分からない出来事だったが、自分たちもしている事故にその程度の事なのだと思いこんでいた。

 自分の知らなかったと言う事が、傷つけていた事もあったのかもしれない。

 よく怒るお姉ちゃんと言った時、悲しい表情をしたのはファルザ。同じく、お母さんの方が優しいと言った瞬間も同じ表情をしていただろう。

「私だったら・・・絶対出来ないよ。あそこまで早く決断なんて出来ない。辛くなるって、相手が痛みを感じるって分かってるのに、娘を殺す気持ちはどうだったなんて言った事、ずっと後悔してる」

 そして何処かで聞いたフレーズ。いや、聞いた事のない言葉なのだが、何処か、何かに似ている気がするのだ。

 同じ様で、似ている事。そして、ファルザは言う側、ウィルドは聞く側だとすれば、自分は聞く側だった様な感じがする。

 しかし、何処だったかまでは分からない。

 そして気付けば、震え、大きかった、少なくとも自分の知っているファルザと言うお姉ちゃんと呼んでいた存在は、マディンの瞳に小さく映り泣いていた。

「あんな事、言うべきじゃなかった・・・。それでも、笑ってくれた、ウィルドが・・・あの優しさが痛かった・・・理解出来ない自分が苦しかった・・・・」

 啜り泣くその姿を、今まで見たモノは居るのだろうか。

 血縁一人居らず、知る限り彼女は独身。頼る相手も居ない中、ずっと孤独で耐えてきたが故の、溢れ出る哀しみ。

 そして自分に、ウィルドの娘である自分に打ち明けてくれたからこそ、複雑な気分だが、昔の恩返しは出来ると思う。

「でも、母さんは笑ってたんでしょ? なら、許してくれてるって。気にしてなかった事はないと思うけど、あの母さんだよ? それにさっきも言ったじゃないのさ。何情けない顔してんだって。母さんなら、そう言うと思う」

「でも、でも・・・私は一生言えない、伝えらんない・・・。言葉が、あの時返って来るのが当たり前だった一言が返ってこないのが・・・こんなに辛いなんて」

「・・・・・」

 だが、簡単に心が変わらないのが、心たる由縁。

 あるのか無いのか、一体どんな形をしているのかすら分からないそれは、誰にも分からない事。

 だがだからこそ思い出した。

 少年が自分に言った、自分の為だけの言葉。

 他の誰にも分からないで良い、ただ、言った人物に分かれば良いだけの、優しさと厳しさを籠めただけの言葉。

 それを思った瞬間、出来る自信なんて何処にも無かった。

 同時に、少年ならば心がなんなのかも知っている様な気がした。

 しかしそのどれもが、考えるだけで四散してしまいそうな疑問だらけ。

 何より、痛い程ではなく、激痛にすら「ならない」それがどれほど辛い感情なのかを考えれば、ファルザを救いたいと思う。

 掛け替え無い家族を救いたいと思う気持ちが自己満足だと言われるかもしれないが、それでも救いたいと思えたのはこれが初めて。

 だから彼女は、自分の、彼女の為だけの言葉を口に宿す。

「ファルザ、聞いて」

「・・・・・」

「私は、頭悪いから今一どう言って良いのかわかんない。そんなに経験豊富でもないし、世間を見たって言っても、まだまだ知らなきゃならない事も沢山あると思う」

 しかし頭の中で浮かんでは消える言葉のどれもが本心であり、同時に彼女だけに宛てるには役不足のモノばかり。

 これ程までにもどかしい気持ちなど、静流に思いをぶつけたいと思った時以上だと正直思う。

 だが言いたい気持ちが伝わった等と言う戯れ言ではなく、少女が見る夢物語でもなく、言わなければ伝わらないのだ。

「でも、母さんも、私は知らないライア、姉さんも死んじゃったんだ。どうしようもない事実を、何時までも悔やんだって・・・それに・・・」

 迷い、戸惑い、何処までもある不安と、拒絶された時、自分はもう二度と助けられないと言う、絶望を思う気持ち。

 だから怖いと、どんなことと時よりもそれを感じたのは初めて。

 だが、少年のそれを、自分の何かに置き換えながら、彼女は何かをつかみかかっている自分が分かった。

 だから踏ん切りが着いたのだ。

 どうしようもない位、キツイ一言を言う勇気を持つ事に。

「それに、泣いて悔やんでるだけなら、死ねば良いと思う・・・。死ぬべきだと思う」

「・・・・・」

 その一言によって染まるファルザの顔が、見ていられない程歪んだのは幻ではなく真実。

 だからこそ、聞いてくれているからこそ言わなければならないと思った瞬間、彼女は理解した。

「でも、弱いままでなんて誰も居て良い筈なんてない。だから生きなきゃならないの、泣きたい時に泣けば良いけど、死者を思って、涙を流す気持ちも大事だけど、それで立ち止まる事なんて誰にも許されてないっ! 絶対、許してくれないっ!!」

 溢れる気持ち、いや、優しさなのか、哀しみなのか、怒りなのかそれすらも分からなくなるほどの混濁。

 そして同時に溢れる涙が頬をつたうのは、悔しいと思うからだろう。

 少年はあんな簡単に、あえて一言にしない、言葉を伝えられるのだから。

 それがどんな意味が、真意があるのかは分からない。ただ、分かるのは一番大事な事と言うだけで、漠然とそれが分かった「だけ」の自分が悔しくて仕方がないのだ。

 それ故の涙。

 それ故の、何よりも強い哀しみ。

 無力さと言う、弱さ。

 それが目の前を霞ませ、ハッキリと世界が見えなくなる中で、彼女はまとまりもしない、不器用な言葉を最後に言った。

「だから・・・・母さんの代わりに、代わりにならないかもしれないけど、私が言葉を返すから・・・。私の言葉を、返すから」

「・・・・・」

 そして言い終えた時、無様だと正直思い、悔しさに頬が濡れている事すら恥ずかしく思えてしまう。

 出来損ないの言葉も良いところ。この程度の事が出来なくて、誰を救えると言うのだろうか。

 だから大人げなく、いや、子供じみていると言うべきだろう。

 涙が止まらなくなる理由。

 だが、返ってきた言葉。

「マディン・・・」

「・・・・」

「そんな泣くな。あんたの気持ち、分かったからさ・・・・」

 それは、泣きやんだ、いや、昔の慰めてくれたファルザのモノ。

 怒ると怖いと思ったが、いつも遊んでいたお姉ちゃんのモノ。

 そして、ファルザはこういう時決まって茶化すのだ。

「でもさ、言ってる事支離滅裂に聞こえんだけどねぇ・・・」

「ふ、ふんだ・・・。どうせいつまで立っても私は・・・」

 だが、それは子供だった頃の自分と彼女。

 成長と言う証が無く、どちらも無垢と言う、汚れを知らないと同時に世界も、心も何もかもを知らなかった時の事。

「でもありがとね。元気でたよ、あんたの言葉で」

 その言葉を聞いた時、素直に嬉しかったのも初めてだった。

 だから自分もと口にしかけたが、何処か不満げな声。

「でも死ねば良いってーのはヒドイんじゃない? あんたの口から聞く事になるとは思いもしなかったわよ」

「だ、だって・・・」

「はいはい。じゃ、今日はどんな子守歌が良いんだい?」

 そして返す言葉を選んだつもりだったが。

「・・・お酒臭い子守歌なんてサイアク」

「・・・言うじゃない。男もロクに押し倒せない癖にさ」

 良い印象ではなかったらしい。そう言う意味では、見解の相違など何処にでもある、いさかい。

 ただ、違うのは。

「でも私は決まった相手居るしー」

「予定は未定でしょ。それに私だって付き合ってる男くらい居るわよ」

「何処の誰? ファルザ姉さん見たいな人を好きになる物好きって」

「この子の兄貴よ」

「ランドルぅ? 何処が良いのあんな・・・・変人になっちゃった様なヤツ」

「初めは向こうから告白されたけど、今は私の方が好きで居るんじゃないかなぁ」

「・・・・・」

「へへぇ〜、羨ましい? ねえ、羨ましい〜ぃ?」

「・・・ごちそうさま。でもいーもん。静流に愛してるんだって、絶対言わせてやるから」

「そう言えば静流・レイナードって幾つなんだっけ? 私とランドルは三つしか変わらないけどさ」

「・・・・じゅ、十八、だったと思う」

「あははははははっ! そりゃ大変だ。急がなきゃあんたもおばさんになっちゃうわよ」

「うるざい・・・」

 その衝突は、簡単に避けられるモノだと両者が知っているのだ。

 だから、大人になったと言う事。

 頬を撫でる風が気持ちよく、今日は昨日とは違いよく眠れそうだった。
[NEXT] [ACT SELECTION] [BACK]