昨日の酒が思いの外残り、今日の朝は誰もが遅かったのは言うまでもない。キャンプ中の黒竜が例外なく、それこそ老若男女関係なく酒も料理も振る舞われ、昨晩が初めて酒を口にした子供達が一体何人居るのだろうかと言う程の事。それだけ大きな事だった故に、楽しかった、嬉しかったと感想を漏らし、何よりも安心して寝れた、何の心配事もなく就寝できたのは何年ぶりだろうか。

 戦場でこんな無防備に寝た事など、一度たりともなかった。

 そうしなければいつ寝首を掻かれても可笑しくない様な場所にしか居なかった。

 だから起きた時、雑魚寝し綺麗に川の字に寝ていた筈だった、ファルザとグディスの、ある種義理とは言え姉妹になったからと言うべきか。寝相がこれ以上なく悪く、二人の脚が顔に乗っていたのは正直むっとしてしまうだろう。

 だがそこまでされたのに起きなかったのはそれだけ熟睡したと言う事。

 多少なりと、もう少し気分のいい目覚め方をしたかったのは贅沢と言うモノか。

「けどさぁ、寝相の悪さと良い、いびきの五月蠅さと良い、変わってないけどそこまで似る事ないんじゃないのかな・・・」

 血の繋がらない、義理の姉妹が眠りこけているのを見ながらマディンはそう呟いた。




































アナザー・ナイン・ファンタジー■ACT:SCARLET DUSK





































「おはようございます、マディンさん」

「お、はようグディス。・・・・ぷっ、その顔、何?」

「だから安酒なんて嫌いなんです。飲むんだったらあのおじさんの作ったお酒でないとダメダメですね」

「じゃ、飲める酒もあるんだ。けど選り好みしてちゃ、この先苦労するんじゃない?」

「もうしてます。じゅーぶんしてます」

 ヒドイ二日酔いの顔をしながら顔を洗うグディスは心底辛そうだ。一滴の酒も飲んでいない筈なのにと、一瞬思いもしたが酒気がまだ僅かに残る辺りの匂いからしても致し方のない事だろう。それだけの飲める酒があると言うのは驚きではあったが。

 朝、と言うより既に真昼にもなる時間。漸く起きだしたキャンプの黒竜達は誰もがいい目目覚めだと言わぬばかりの顔だ。たまに、グディスまでとか行かなくとも二日酔い状態の若い黒竜が何人か居たが、それでも笑っている所を考えれば彼らもまた、楽しかったと言う感想を抱き、今日もまた仕事だと思うと、あと二、三日はのんびりしていたいと愚痴るモノさえ居る気持ちは分からないでもない。

 そして朝食、一応は皇都の正式な依頼を受けているので、今日ここを立つ事に決めたマディンだったが、昨日以上に嬉しい事もあった。

「え? じゃあ、連れてってくれんの?」

「転移魔導ほど早くありませんが、空を通れば事実上塞がるモノなんて皆無ですからね。それに奢って貰いっぱなしって言うのも後味悪いじゃないですか」

「で、誰が乗せてくれんの」

 徒歩で西側に入るには、様々な鬱陶しい通らなくても良い税関や関所が有り、その度に身体をまさぐられる事と、荷物を見られ何をする気だと聞かれた時に返答に困る事も問題事の一つだった事を思えば、わざわざ黒竜が背中に乗せて目的地である、漆黒の山脈まで送り届けてくれる事は助かるとしか言いようがない。彼らの翼ならば遅くとも二日、早く12時間足らずで漆黒の山脈までたどり着いてしまうのだ。徒歩で二週間たらずと言う経過時間を考えれば大幅の短縮。断る理由など何処にもなかった。

 そして歩み出てきたのはファルザ。昨日の人型とは違い、既に竜本来の身体へと戻っているそれは、何処までも雄々しく誇らしいと言えるだけの姿。

 だがその場でイヤな顔をしていたのはマディンだけではなく、多分経験のあるグディス。しかしグディスの場合は、ご愁傷様、と言う表情と述べた方が適切。

「じゃ、行ってみましょーか」

「マジでファルザ姉さんに乗るの?」

「あんた高所恐怖症? 情けないわねぇ」

「ベル・・・今だけだよ多分、そんな事言ってられるの」

 渋々ファルザの背中に昇りながら見下ろす下は今はまだ安心できる。だが飛び上がった瞬間、その妙な浮遊感と、ついで襲ってくる恐怖は子供心に残って幾ばかは肥大化されているとは言え、今でも怖いと思うのは多分予想通りになる。だからグディスの別れの言葉を聞いた瞬間、笑ってしまうと言うか、げんなりすると言うか。

「マディンさんっ」

「ん?」

「ふぁいっと!」

 そして直ぐに飛び上がったファルザのおかげで、一瞬にして地上の皆の姿は点になり、マディンはこれ以上ない程顔を顰め叫ぶ。

 だが叫んだ、と言う結果は残らず、まるでハンマーで頭をドツかれた様な衝撃を感じのけぞってしまい、危うく落ちそうになる。だがそれを支えたのはベルベット。

「あ、んた・・・・怖くないの?」

「何処が? 快適じゃないの」

 どうやら結界を張ったらしく、確かに昔の様に呼吸困難で錯乱する様な事は無い事は安心出来たし、空の流れる風景も半分は楽しめる。だが黒竜達の別れの言葉がかけられなかったと言う後悔と、何処かこんな遊びに出かける様な感覚もまた良いかなと思い、取りあえずは落ち着けもした。

「けどさ・・・」

 流れる風景が極端に早くなったのと、雲を抜け眼下に広がるのが雲海だけになった時、聞こえてくる多分、ファルザの鼻歌は音程も外れず懐かしい曲だと思うが、その懐かしさはあ良い思い出の懐かしさではなく、これ以上なく怖かったと言う恐怖の記憶。

「ベル・・・」

「まだなんかあるの? 少しは」

「気絶するかもしれないんでヨロシク・・・・」

 そしてベルベットの「冗談?」と言う苦笑する表情と、やはり風景にそぐわない、いや、止まっているならば似合うファルザの鼻歌を聴きながらマディンは顔を顰めながら耐え三時間ほどだろうか。漸く地上へと降り立ったマディンの顔は軽い酸欠で真っ白になっていた。

「まったくだらしないんだから。それでもウィルドとガル兄さんの娘?」

「多分、最後の急降下がトドメさしたんじゃないのかしらね。ちょっと私でも怖かったし」

「だからってねぇ・・・竜騎士の親を持つ子供がこんなんなんてさぁ」

「伝承、じゃないの?」

「実在するわよ。いえ、した、ね。双天雷(ツインパニッシャー)なんて二つ名持ってるガル兄さんの双は、二人って意味。ま、あの二人を見たら竜騎士なんて言葉より、その二つ名以外、人間も魔族も、ついでに竜族も思い浮かばなかったらしいけどさ。ガル兄さんもホントは昔、黒天雷<ブラックパニッシャー>って二つ名だったし」

 初めて聞くそれは、少々驚く事だったが今のマディンに取ってはそれどころではない様子。何せ吐き気と頭痛とが共だって自分を襲い、まるで風邪を拗らせた時の様に身体が震え熱いのだ。そんなマディンに、ベルベットは気楽に言った。

「じゃ、子供達に大人気なんだね、あんたの両親」

「そう言う・・・・もんだい、じゃ、、、ないでしょ」

 その顔を恨めしそうに見ながら、漸く体長を、いやどちらかと言えば精神だろう。恐怖心でまさか此処まで身体が震えると思わなかったがどうにかそれを落ち着け辺りを見る。降りてくる際は恐怖で頭が錯乱状態になり、風景を楽しむどころか一瞬気絶した様にも思えるのだ。それ故、四魔境が一つ、漆黒の山脈と言う風景を見た時、相変わらず空を思い切り見あげても頂が見えない事、そして初めて此方側から見た景色に圧倒された。

「凄いわねぇ・・・。あんたの師匠の同僚って」

「あればっかりは誰も出来ないでしょうねぇ。そう言う意味じゃ、ルド様も適わない人が一閃の雷光だけって言うのは頷けるわ」

 見えたそれは、丁度漆黒の山脈名物となった鏡の斜面。観光名所である街や村から見たそこは斜めからしか見れず、正面から見たいと言うモノは居るにしろ見た事がある者は数少ないだろう。何せその斜面の正面は、開け渇いた大地とは言え、それこそこの大陸中から強いモンスターだけを集めた様な危険地帯。そしてもう一つの太陽が山の斜面にあることに見惚れている瞬間、どの馬鹿な観光客や鍛錬しに来る熟練ハンター達は皆殺されてしまうのだ。

 それだけに凄惨な山脈は何処までも続くように広がり、まるで押し潰されんばかりの存在感を放っている。だが、三人は熟練ハンターをも凌ぐ腕前。

「さっそくお出ましね〜」

「呑気に構えてるけどさ・・・。ファルザ姉さん? もすこしマシな場所選んで降りてよ」

 それでも久しぶりの獲物にありつけたと言う、飢えた目をした、あれは低級魔族。一匹や二匹ならその小さい姿やあまり耐久力のない身体は問題ではないが、見えた数えられた数は約数千。小さいなりに、獲物を捕まえるのも大変だと言う事か。どこからともなく現れて来るのがこの漆黒の山脈特有の亡霊と魔族を足して割った様な種。それが際鎌(さいれん)の民の特徴。彼らには距離と言うモノがほぼ関係なく、望む場所に常に現れられるのだ。

「あちゃぁ・・・・。せめて上級魔族に逢えば楽に案内してくれると思ったんだけど」

「甘かったね、姉さん。一掃?」

「この数は骨よ? 物量的に押し寄せてくる「だけ」って攻め方ほどやなモノないでしょうに」

「じゃ・・・私の出番かもしれないって事か」

「?」

 だが多少なりと緊張しかかってるマディンとファルザとは別に、ベルベットのは緊張と言うより躊躇いと言った所。だがその表情が明るくなり、途端戦闘態勢を解いた。

「ちょ、ちょっと。まさかここまで来て高みの見物とか言い出すんじゃ」

「そこまで無情じゃないわよ私は」

 むっとして返されるのは理由が分からないマディンに取っては理不尽だと思ったが、新たな気配を感じ、そちらを向いた時、背筋に寒いモノが走ったのは自分だけでは無い筈だ。だが同時に、こちらの顔ぶれを見て、ベルベットだろうか。視線が合い手をあげて「ハァ〜ィ」等と言われた瞬間、その美麗な顔が歪むのは正直見ていて面白かったが、際鎌の民を掻き分けながら来たその青年は背中に大きな黒い翼を生やした、魔族。

「こ、これはレディー・ジュリア・・・。今日もまたいちだんとお美しく何よりです」

 そして貴族の様、一礼しその言葉である。一瞬誰の事か分からなかったが、受け答えたベルベットを見て漸くそれが彼女の本名だと思い出した。

「久しぶり・・・で悪いんだけど、あの子達、どうにかしてくれる?」

「分かりました。では早速・・・」

「でもビシャス」

「な、なんでしょうか」

「敬語止めて。年上のあんたに年寄り扱いされるの嫌いだって、昔、言わなかったかしらね」

「分かりま・・・・分かった」

 それが本来の表情、とは少しだけ違う。今は多分緊張しすぎて身体全体の筋肉が強ばっているのだ。表情も引きつった笑みを浮かべながら言葉を吐いた所を見れば、彼に取っては本来敬語が当たり前なのかもしれない。ついで辺りの際鎌の民へと向けた言葉は全く聞き覚えのない言語体系だったが、効力は十分にあったらしい。どちらかと言えば、その時彼らに放った殺気と怒気が意思の疎通を図る一番大事なファクターなのかもしれないが。

「で・・・今日はどんなご用件で此方に」

 本来知識のほぼ皆無な低級魔族の群を一斉退去させると言う大仕事が何の問題も無く終えた為か。先ほどよりは多少なりと緊張も解れてきた様な気がしたが、それも一瞬の事。どうもベルベットに見られるだけでその身体は硬直してしまうらしい。そしてマディンとファルザは思い出したように疑問を浮かべた。

「ねぇマディン・・・そう言えば彼女、何者なの?」

「どういう事? そりゃ、魔族に知り合い居るなんてのは知らなかったけど」

「魔族? そんな低レベルなヤツじゃないわよあのビシャスっての。誰だか知らないの?」

 そんな会話を小声でしながらも、ベルベットの方は勝手に用件を話し出していた。

「今日はね、夢幻って人に会いに来たの。知ってる?」

「夢幻様ですか・・・。はい、よく存じております」

「だから敬語は止めろって何度」

「し、しかし・・・あまり世俗の言葉は慣れて居ないモノで」

「まぁ良いわ。じゃ、案内してくれる?」

 その動作の一部始終何処も見逃さない様、真剣に話を聞くビシャスと言う青年はこれ以上なく緊張していた。それを見て、マディンとファルザが思い浮かべた予想。

「昔の男とか・・・?」

「にしても普通の神経の女だったら炎魔剣を彼氏に選ぶと思う?」

「エンマケンて? 天魔剣の親戚見たいなもんなの?」

「魔剣の名は魔族の中で人間で言う魔王って呼び名の別名なのを知らないの? 私ら黒竜だってアイツには適わないわよ」

「じゃ、兄弟、とか」

「ベルベット幾つ」

「確か・・・21だけど」

「ビシャスは竜族の長であるジェイルと同年齢なのよ? そんな歳の離れすぎた妹」

「じゃあ」

「ちょっと・・・」

 だが、降らない豆知識や女としての楽しみを邪魔され一瞬むっとした顔を声に向けてしたが、そこにあったのはベルベットの笑っているが目がマジな表情。

「ビシャスは昔の私の恩人。別に私の男だとか、兄弟だとか、まして親子だとか親戚でもないからね」

「べ、ベル・・・笑顔が怖い」

「そ、そうよ。もすこし気楽に行こうよ気楽に」

「聞こえない様に喋って貰えると私も気楽に出来るんだけどね〜」

「・・・・地獄耳」

 それは聞こえていても無視したのだろう。だがマディンに取ってはそんな事をぽんぽん言えるファルザはある種交渉役等には絶対したくない女性。そしてベルベットの述べた恩人、と言う言葉に含みがある事も見逃しては居ない。もっとも、恩人と言いながらあの態度の差を見ればそれくらい誰にでも分かるようなモノだが。

「しかし・・・」

 だがビシャスの、炎魔剣と言う凄い二つ名を持っている筈の魔族はこれ以上なく申し訳なさそうな顔で付け加える。

「夢幻様は今・・・お留守だったと・・・」

「そなの? ・・・じゃ、仕方ないわねぇ」

 そして多分、次の言葉を予想してその魔族ビシャスは緊張した顔色を更に青ざめたのだと、マディンは思う。

「帰って来るまで、あんたん所で厄介させて貰って良いかしら」

「い、い、い、い、いいえ、それはちょっと・・・」

「なに? 家に彼女でも居るの?」

「い、いえ・・・そう言う事では」

 そこで同じく頷くマディンとファルザ。そもそも、そう言う年齢でもないだろうにと言いたげな三人。だが可哀相だとは思うが助ける理由は何処にも無い。興味本位だったが、それだけ強い魔族が棲んでいる所にも興味はあるのだ。

「じゃ、いーじゃない。何も取って食おうって訳じゃあるまいしさ」

「・・・・・・」

 だがその時、ビシャスの顔に緊張だけではないモノが走ったのは気のせいだろうか。少し気になったが、そう言った様子を見て悪いと思う心がまだ残っていたらしい。

「まぁ、そこまで断られるんじゃ仕方ないわね。でもせめて、近くの街まで案内してよ。まだあるんでしょ?」

「本当に、申し訳ありません・・・。では行きます」

 そうするんなら初めからそうしてやれとも思ったが、また気になる事が一つ。

 ベルベットは街が「まだある」と聞いたのだ。ある種、ベルベットに不審ではないが、どう言った人物なのだろうと疑問が浮かぶのも確かな事。そしてビシャスが口で何かを言った瞬間、目の前の風景がグニャリと歪み元に戻った時、風景は一変しどうやら木々がある山の中な様子。少し視線を変えれば、眼下に街が広がっていた。

「あ、サーズウッドじゃん。偉く飛んだね」

「何処?」

「漆黒の山脈の一番近くにある街。あんた、来た事あった筈だよ?」

「そうだっけ?」

「まぁ、泣いてたから分からなかったんだろうけどさ」

 見覚えも聞き覚えもない街だったが、ファルザの言う通り、覚えていないのも仕方のない事かもしれない。だが妙な、こう背中を擽られる様な恐怖が何処かにあるのも確か。多分、自分が一番最初にファルザの背中に乗せられ、悲鳴を上げ降り立った街なのかもしれない。

「では、私はこれで・・・・」

 そしてお役ゴメンになるかと思い、安堵の溜息の代わりに魔族独特の、嘲笑と言うか、他者を蔑む様な笑みと言うか。

 初めてこれを見た人間は間違いなく彼らを嫌いになるだろう。だが統一郎と一緒に暮らし、様々な魔族と出合ったマディンに取ってはそれが普通の笑み、いや、極上の笑みだと言う事を知っている。

 そんな笑顔を向け去って行こうと踵を返したビシャスだったが、襟首をむんずと掴まれもう一度此方を向かされる。

 無論、やったのはベルベット。

 それ以外、どことなく自分よりビシャスの方が強いと直感で分かっているマディンと、二つ名から細部に渡る伝承まで事細かに知っているファルザに出来よう筈もない事だったが。

「な、何でしょう、か・・・」

 そして泣きそうな顔。言っては悪いが、しゃきっとしていればそれだけで大人でも畏怖の念を抱かざるを得ない様な人物が、これ程までに情けない顔をして良いのだろうかと思うほどの表情。そしてベルベットの言葉を聞いた時。

「まだ帰っちゃダメ。ちょっと付き合ってよ。せめて、夢幻て人の都合が付くまではさ」

「・・・・・・・・・・」

 絶望と言うか、死刑宣告と言うか本来、彼がそれを言い渡し、やられた者がしそうな顔をビシャスはしていた。







 そして宿を取り、一室に四人で食事をしていたのだが、運ばれた時の女将の顔はある種恐怖に引きつりながらもおばさん根性と言うか、何というか。良い風に言えば根性があり、悪い風に言えば世間知らずな一面を見せていた。

「にしても、もうちょっと普通に出来ない訳? おかみさん怯えてたじゃないの」

「も、申し訳ありません。私としても、これが精一杯な物で」

 既に姿を変え、人間となんら変わらない姿になったビシャス。しかし魔族の誇りだか何だかは知らないが、耳だけはまるで風の民やエルフの様にとんがったまま。そしてもう一つ変わらないところと言えばその雰囲気。ベルベットに対してだけ、いや、その知り合いである自分とファルザも含まれるのだろう。それ以外の人間に対しては基本的に友好的ではない、むしろ所構わず冷淡な顔を向けるのだ。

 それ故、街に入って一体何人の子供を泣かしたのだろう。そして放って置く訳にも行かず、ベルベットは本来面倒見が良いのか。手近にあった呉服店に入ってローブを着せてやったのだ。それでも宿に入った途端、少し鬱陶しかったのか。フードを脱いだ途端、女将と出くわしたのである。しかし流石は宿の女将を十年以上勤め上げているだけある風貌通り、多少危険な事をしている男とその連れ四人だと思ったらしい。それ故、料理を此処に運んでくれと言った時、嫌がりながらも自分で持って来たのだ。

「全く、もう少し魔族も竜族の付き合いやすさを学ぶべきなんじゃないの」

「は、はぁ・・・」

「ベル、それちょっと違う。でしょ? ファルザ姉さん」

「そうそう。私ら黒竜だけだよ、竜族で普通に人間と会話したりするの。まぁ、白竜達は子供好きだからちっちゃい子だけには優しいけどさ。あと深淵のジェイル。それにどっちかってーと魔族の方が人間社会に溶け込んでるし」

「竜族の長が子供に優しいの? 初耳よんな事」

「私らが中央に行く前にさ、あの二対の形無しのルシエド様って言うんだけどこの街でジェイルが出合ったらしいんだよ。その時もなんかジェイルは幼稚園児にからかわれてた見たいだったしさ。けど私はその中にルシエド様がまじってたって言う方が驚きだったけど。それにルシエド様も一応は魔族だっと思うし」

「大人が幼稚園児にまざってるぅ? 保母さんか保父でもやってる訳?」

「ふつーはそう思うわよねぇ。私だってそう思ってたしさぁ」

「どういう事? 面白そうじゃないの」

 そして馬鹿話にも花が咲き、あーでもないこうでもないと、たまに話の中心にされたビシャス。とは言っても、ここがダメ、あそこもダメとだめ押しばかり貰って気を落としていた様な気もするが、ベルベットから言わせれば「炎魔剣の名を持ってるんだったら多少の事は何でも出来なきゃ」と言う事らしく、それには多種族との交流が当たり前に入っているらしい。確かにそれも一理あると言えばあるが、中級魔族、俗に傭兵やハンターなどになりに来る魔族とは違っていると言うのも確かなので、多種族との交流などしていなくとも良い様な気がしたと言うのがマディンの意見だ。

「ふぅ、ごちそうさま」

「ごちそさーん」

「ごちそうさまっ」

「・・・・・・」

「ほら、あんたもやるの」

「は、はい・・・ごち、そうさま、でした」

「じゃ、あんたが持ってってね」

「な、何故ですか?」

「人間の礼儀作法の練習。教えた事通りにやってりゃ問題ないって」

「は、はぁ・・・」

 その後、食器を下へ返しに行き、帰ってきたビシャスは何故か女将と一緒だった。しかしその理由もビシャスの様子を見ていれば一目瞭然だろう。あの殺伐とした雰囲気が微塵も感じなくなっていたのだ。そう言った辺りは流石実力者と言わなければならない。

「じゃあ、ゆっくりしてお行きよ」

「は、はい。ありがとうございます」

 そして女将が帰った後、三人して笑いを堪えていたがそれに対する応じ方さえ変わった様子。

「はぁ・・・もう好きに笑ってて下さいよ。もう何にも怖いものなんてありませんから・・・」

「くくく・・・・ぶわははははははっ!!」

「ふぁ、ファルザ・・・笑いすぎ・・・・」

 何せ肩を竦め、涙さえ流して居ないものの哀愁漂う姿だったのだ。その上何処か幼さが感じられるのはこういった雰囲気を造り出すのが初めて故の事か。見た目よりも若い印象すら受け取れる故に、ファルザとベルベットに取ってはこれ以上なく面白いらしい。

「え、炎魔剣のビシャスが・・・・ビシャスがるるるーって泣いてるよあはははは!」

「ま、まぁ、これであんたも一人前だ。ハンターでもやったら? なかなか面白い女にも出合えるかもしれないしさ」

「もう勘弁願いますよ。それにマディン、あなたも堪えてないで笑ってください。お体に触りますから」

 だがそう言われたからと言って笑える程、図太い神経の持ち主ではないマディン。正直な所は笑いそびれ確かに身体に悪い様な気もしたが、それでもやはり笑えるものではない。

「い、いや、私はさぁ・・・遠慮しとくよ」

 それをどういう風に受け取ったのかは今一分からなかったが、溜息をもう一つして、椅子へと戻るビシャス。気休めにもならなかった様子なのは一目瞭然。ある種、魔族を此処まで落ち込ませるベルベットは如何なる物かとも思う。

「じゃ、これからあんたらはどうすんの?」

「そう言えばさ、ファルザはこの後どうすんの?」

「私?」

「そうよ。飯たかりに来ただけじゃないんでしょ? お使い?」

「言ってなかったっけ? 私も夢幻さんに用があんの。あの人が作る酒はグディスが唯一飲めるヤツだかんねぇ」

 そしていつの間にか忘れ去られて行くマディンとビシャス。ファルザとベルベットは既に酒の話題で周りが見えないと言うか、見ないと言うか。話を聞くだけで言えばかなり美味しい酒らしく、それが気になっている、と言うのが表情に表れていたらしい。

「夢幻様の酒造の腕は」

「なに?」

「この大陸一と言っても過言じゃないですよ。いえ、二大陸一、ですね。貴方も一度飲んで見る事をオススメします」

「え、ええ・・・」

 しかしビシャスの何処か楽しげで、柔らかな笑みを見たとき思ったのは自分の表情はそんなに読みやすい物なのかと言う物。少々複雑な気分であったが、それからの小一時間ほどは食後の話題には事欠かなかった。

 だが話の最後に何処をどうしたらそう言う話が出てくるのかは全く理解できない結果。

「って事でさ、夢幻って人の都合が付くまであんたビシャスと勝負ね」

「はぁ?」

「だって考えれば分かるでしょ? 私が紅が言ったからってあんたに着いてく理由なんてないじゃないの」

「・・・・・」

 そこで漸く、ベルベットの本心が見えた気がしたが、ある意味予想通り、ある意味苛つきを覚えた物ではある。だが隣りに居たビシャスに顔を向ければ、何故私が、と言う表情と、驚きだろうか。心底狼狽した様な表情でもの申す。

「じゅ、ジュリア様?。一つお伺いして宜しいでしょうか・・・」

「手短にね」

「その紅とは・・・何者ですか?」

「私の彼氏・・・じゃないなぁ。不倫相手、かな?」

「えぇっ!? あの子もう結婚してたの!?」

「そう言う事を聞いているのではありません・・・」

 今のでマディンに取っては十分驚きに値する事だが、ビシャスはどうやら別の事を聞きたい様子。しかし彼ほどの魔族が緊張した、いや、死と言う絶望を待つ真剣な表情をしているのはこれが初めてかもしれない。ベルベットにからかわれている時は、どことなく余裕があったのだ。

 そしてそれが確信に変わる一言、だったらしい。

「紅き殺戮者<レッドジェノサイダー>よ」

「・・・・」

「と、言っても私はアルフェイザで初めて逢ったから伝承通りかは知らないけどさ。あと、本人が赤<レッド>じゃなくて紅<クリムゾン>だって息巻いてたわよ。なんかその辺のこだわりはある見たいね。他の事、特に服そうとか文句は言うけど拘ってなかった見たいだし、ねぇ? マディン」

「た、確かに・・・。好きこのんでた訳じゃないけど、すんなり女装する様な男の子、滅多に居ないからなぁ」

「その子、女装癖でも持ってんの?」

「持ってはいなけどね・・・」

「だって可愛い男の子に女装させるのって楽しいじゃな〜い」

 そしてベルベットはうっとりし、思い浮かべているのだろう間違いなく。それがファルザの想像図である紅と言う少年と言う存在を更に分からなくさせ、マディンとしては苦笑するしかない。

 そんな話題。

 所詮馬鹿話の延長線上にある、くだらない話しだと、マディンはそう思っていた。

 だが身体に寒気を感じ、ビシャスを見た時、やはりこの青年の姿をしている彼もまた、魔族だと思い知らされる。

 炎魔剣と言う名を持ちながら、冷たい冷気を放ちその瞳に宿しているのは氷刃の様な剣眼。

「ちょっと、寒いわよビシャス」

「そう言う問題ではありません」

「じゃ、どういう問題?」

 ベルベットが言ったのも最もで、瞬時にこの部屋の中はまるで極寒の世界になった様なのだ。硝子越しに見えていた街並みも徐々に光を閉ざす様にして暗闇が部屋中に落ち、ついでビシャスの身体全体に何かベールの様な物が浮かび上がっているのは、彼ら魔族の特徴、と言っても上級魔族のみに許された気迫や感情で物理的な物を遮断する力のカーテン。

 だからビシャスにはそれだけの事だと、深刻な問題なのだと理解は出来たがそれでもベルベットの悪びれたような様子さえうかがえぬ顔は変わらない。

「貴方はまだ若いから分かっておられない・・・。いや、理解できる訳が無かったんです」

「それちょっとむかつくわよ」

「どうぞご自由に。でも、これだけは言わせてください。あの、あの紅の殺戮者は我々魔族に取って古くから生き長らえた・・・・あの古の瞬き(いにしえのまたたき)を生き抜いた者に取っては絶対の存在だと言う事をお分かりの筈ではなかったのですかっ!? 関わり合いになってタダで済んだもの等、たった一人もですよ? あのジハードさえ恐れ、我らが長であるサイガスの三人さえ・・・」

「・・・・・」

 それから先の言葉が続かなかったのは、彼自身が、記憶に留めているからだろう。恐れている、と言うレベルではなく、天敵と出会ったかの様にすくみ上がった身体は震えすら感じ取れ、身体を取り巻くオーラもせわしなく辺りを風の様に撫でている。

 その心境を理解出来るモノは、多分この場には居ないだろう。ファルザは何かを知っていた様だが、今一事情を飲み込めていない様子で、話を聞いているベルベットに至ってはやはりどこか面倒そうな顔のまま。そして興味心に勝てなかったマディンが聞いてしまう。

「あのさ・・・。紅って、そんな怖い子でもないと思うけ、ど?」

 だがすかさず返ってきたビシャスの声色はまるで死者の様に冷たい。

「それは紅と言う存在を、貴方は知らないからです。貴方に想像出来ますか?」

「なにをさ」

「種族の大半を根絶やしに・・・それもたった一撃で・・・。あの時生き残った魔族の我らが生き方を変える様になった切っ掛けなんです、紅の殺戮者と言う存在は。その上、彼はファル大陸を文字通り消した人物なんですよ・・・」

「・・・・???」

「まぁ、知らないのも無理はないでしょうね。この世界が五つの大陸で出来ていた事など。本来、竜族と魔族は北のテラ大陸から渡って来た事や、セヴァからはは神族や五行の民、アーガレストからは人がこの大陸に渡ってきた。その挙げ句、古の瞬きと言う戦争が起こり、四魔境が出来る結果になってしまった。私もラグナロクを見た一人ですからね、あの漆黒の山脈が出来上がる瞬間も驚いて正直脚が竦みました。無論、その後、一閃の雷光と言う二つ名を付けられる切っ掛けになった鏡の斜面を作ったシーグル様にも驚き、絶対に関わり合いになりたくないとまで思いましたよ。けど・・・ですけどそれに耐えられたのはそれ以上の恐怖を知っていたからです。あの紅の一瞬だけの力が、それ以上に匹敵すると分かった瞬間、貴方も恐怖を感じるでしょう? 私たち魔族の長レベルは誰もがそれを知っている、だから人間との交流も長い時間を掛けてしてきたんです。二度と、あんな厄災が来ても自分たちが殺されない様に!」

 だがそれを聞いたマディンとしては、ビシャスの言う事と思い、何を思ってきたかが理解出来ても紅の事を否定する材料にはなんら足りない。

 種族の大半を滅ぼしたと言われたからとしても、あの少年の人格を考えれば無作為にやったとは思えないのだ。良い意味か悪い意味かは判断しかねるが少なくとも理由もなく動く程、物好きでは無い様に思える。そして話を聞く限り、一人がやった事であれば、滅ぼされても文句は言えないだろう。そもそも多勢に無勢で襲いかかっていたのだ。それでやられたのであれば自業自得としか言いようがない。

 信じる限り、確かにそんな人物とは思いもしなかったが。

 だから恐怖を感じていると分かった所で、それは身から出た錆。キツイ様だが、子供の我が侭でしかないのだ。

 そしてそれに対する意見はベルベットも同じだったらしい。

「ビシャス、貴方があの子を恐れる理由が、分からないじゃないのよ。でも、だからと言って貴方が私たちに協力しなければ、あの子がやらなくてもあの子のやった事、私が起こすだけよ?」

 最も、それも我が侭なのだろうが一つ違うとすれば歴然とした実力だろうか。

 北西魔族の長とも言える様な魔族が恐れ、着いて来た理由はそれ以外には無いのだ。そして種族を守ろうとする故に、言う事を聞くしかない。

「それに六帝の内、三人まで復活し出したそうね。だから来てるんでしょ? ガイズ・ガイザーがあそこに」

「・・・・・」

「厄災を繰り返したいんだったら、私は止めやしないわよ。正直な所、私には何の関係も無い話しだからね。貴方なら分かるでしょ? 私はこの世界が滅ぼうとも、生きて行けるもの」

 そこまで言い切れるだけの実力があるのか無いのかは今のマディンには分からないが、少なくともビシャスに取っては十二分な理由らしく、煮え湯を飲まされながらも耐えなければならないのだ。そしてファルザも漸く話が見えてきたらしい。

「ベルさん、それは古の瞬きの再来って事になるのかな?」

「さぁね。たった一人の剣士の名前が付いた古い戦争の事なんて、体験した事もなければ見たこともないし分からないわ。・・・・でも」

「でも?」

「始まってしまったのなら、誰かが終止符を打たなきゃならないのは事実でしょ? かちんと来るかもしれないけど、あなた達にそれに抗う力なんて欠片も無いわ。だから、あなた達がやらなきゃならないのよ」

「・・・・自分勝手な言いぐさね」

「けど自分勝手を私はずっと突き通して来たわ。その為の力ですもの」

 それが正直気に入らなくて、ファルザの元来の性格である短気な部分が押さえていても少し出てしまったが為、結果的にベルベットの自信の有りどころを知る事になるのだ。

「じゃ、あんたはどれほどの力を持ってるって言うの? 偉く自信ありげだけどさ、たった一人で六帝なんて化け物を目の前にすれば」

「一人よ」

「・・・・なんですって?」

「紅を除外すれば、私に勝てる人なんて存在しないわ。だから、私に勝てる人は一人しか居ない」

 だが、それが理解できないモノの方が大半である事はまごう事なき事実。

 別段変わった様子も見せず殺気や怒気、闘気を纏っている訳でもなく至って平常のベルベットの筈。

 その言葉を一介の傭兵が言ったのであれば、無論戯言だとどこからも相手にされない事が事実。

 だが、彼女の場合は結果がモノを言っているのだ。

 即ち。

「・・・・・・・・・・はぁ。貴方には適いませんよ。もう、お手上げです」

「ホント。そもそも私たちが襲ってるのに傷一つ付けずに大人しくさせられたのだって、忘れる位あんた普通なんだもの」

 片方は炎魔剣の名を持つ魔族と、竜族の中でも最も残忍と忌み嫌われ、それでも気楽に構えられる相手を簡単に友人にしてしまったのだから。

 それも最も原始的な、戦いと言う名の場所に置いて。

「普通にしてんだから普通に見えて当然でしょ? 私は別におかしな人じゃないわよ」

「結構・・・変わってると私は思うんだけどな」

「マディ〜ン? な、ん、で、す、ってぇ?」

「だ、だってさぁ・・・普通、子供の格好してる異性を好きになるもんなの? 幾らなんでも歳が離れすぎてるじゃないのさ」

「そりゃぁ、歳の話しで言ったら私と紅の立場逆転するわよ? でも、だからって恋愛事に常識なんて無いわよ」

 だがマディンに取ってベルベットとは、分からないなりに、分かる相手なのだ。どういう事をしていようと信じられるではないが、信じられない理由が無いのだ。

 その理由を自分の心の中で反芻してみれば答えが見付かるのも当然だろう。

 どういう形であれ、一度は助けてくれたのだ。

 自分の好きな相手の言葉を納得できないと、心配してくれたのだ。

 しかしそれを表に出さないのは単に彼女の方が年下だと言う認識があるから。

 そう言った関係は、友人だとしても悪い言い方だが姉御と子分、違う言い方をすれば母と娘の関係や姉と妹のそれ。そして自分は娘か妹の役である。

「だからってさぁ・・・普通姿とか考えて行動しない? 顔が全てとか言う訳じゃないけど。どう考えても行為が出来る年頃の姿じゃなかったわよ。それにベル、あんた初めて紅と出合ったその日に・・・やっちゃったじゃないの」

「おおぅ? マディ〜ン。あんたも「やっちゃった」なんて言う様になったじゃないの〜」

「は、はぐらかさないでよ・・・」

 その上、当分、希望的観測ではあるが、当分はこの立場は変わりそうには思えないのだ。情けなくも思うが。

 だから他の二人と違う付き合い方が出来る。

 それが自分とベルベットの関係。言葉で表現する事は難しいけど、馬鹿話に興じる事は簡単なのだ。

「にしても、貴様らの血族は恐ろしい程にモノを知らぬな」

 だがそれを傍目から見て、キツイ口調で感想を述べるのは魔族故。ただ、本人は気付いていないらしい。

 その、苦笑している表情を。

「ま、だから「酒飲んで、楽しかったら、それでいい」なんて季語も無い俳句ものどきが作れんのよ。いーでしょ」

「まったく・・・」
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