風鳴りの音、それが耳に五月蠅く感じるが、今だけの事なので気にはしていられない。

 少なくともこの一週間、一度としてこの後の音を聞いた事がないのだ。

 だから悔しい、と思うのが普通、なのだろう。

 だが変わり始めたと、自分でも認識出来る様になって、マディンとしては複雑な気分なのだ。

「集中を欠いて・・・」

 対峙しているモノの声。暖かくなく、むしろ絶対零度と言う程の冷たさを含むその主は炎魔剣と言う、魔族最高峰の称号を持つ青年。

「死ぬ事になるのは貴方なんですよ? 余裕なんて無い筈ですが」

「分かってるよ」

 そして文句を言いたい気持ちを抑え、青年の言う通り集中する。

 以前なら、それは簡単でさして必要でもなかった動作。だが今は違う。

 それこそ、天と地ほどの差に。

「何度も言ってる様ですが、貴方に選ぶ権利が無いのと同じで・・・」

「ビシャスにも選ぶ権利が無いから早くしろ、でしょ? 分かってるって」

「簡単に言われても、それはそれで自信無くすんですけどね・・・」

「あははははぁ・・・」

 一週間前、この場所から見下ろせる場所にある街でベルベットが言い出した事はこの目の前のビシャスと勝負をすると言う事。それだけなら結果など火を見るより明らかで、自分が負けるとマディンは分かっていた。だがそれでもベルベットはその提案を覆す事なく、ビシャスは言いつけを守って今日も朝から、只今夕陽に空が綺麗に染まる時間まできっかり十二時間、戦い通しなのだ。

 無論、勝負と言っても双方が死んでいない事から真剣勝負ではないと言う事は容易に想像出来る事だが、それを辺りの変わってしまった風景を見ても尚、言える人物は少ないだろう。そもそも、ここは街を見下ろせる場所ではなく、木々が生い茂っていた山中の森だったのだ。たった一週間で地形とまでは行かぬモノの、風景は完璧に変わってしまっている。

「でもさぁ・・・後三日も無いかもしれない時間で私があんた越えられると思う? そもそも、私だって人間じゃないけどビシャス見たいに大層な名前貰える程じゃないって事位分かってるわよ」

 それがベルベットが提示した勝負の条件はそれだけで、殺すと言う点を別にすれば他のルール等は一切禁止事項は無い。だから真剣勝負とさして変わらず、一週間前などはビシャスが多少なりと手加減していなければ首が跳ね飛ぶか、両腕が無くなっていただろう。

 だが奇しくも、マディン自身の自己評価とは違い、目の前の炎魔剣は高く評価しているらしい。

「しかし、一週間でこれだけ上達出来れば上等でしょう。そもそも、手加減しているとは言え一度目の私の攻撃を防いだその腕を、私はかっているのですよ? あまり期待はずれな事も、望んではいません。これが私の本音ですよ」

 そんな事を笑って言われても嬉しくないと、正直な気持ちを言い返したかったがそうも行かないのが現状。徐々に殺気と冷気を纏ったビシャスの雰囲気が、炎魔剣と呼ばれるそれに変わりつつあるのだ。同時に闘って見て、何故冷気を纏うのに「炎」なのかと言う理由も既に分かった事。

「では、行きます」

 そして「凍てつく炎の魔剣」と言う魔名を持つ青年が動きだし、辺りは絶対零度と言う青い世界へと変貌した。




































アナザー・ナイン・ファンタジー■ACT:SCARLET DUSK





































 その結果、マディンが負けたのは言うまでもない事。幾ら良い所まで言ったからと言っても、一週間前と比べれば一太刀なりと浴びせられただけでも成長だと言われても、負けは負けなので悔しい事はこの上ない。ついでに辺りが氷の世界へと一度変貌してしまえば、しばらくはそのままなのだ。青年が言うには、1時間もすれば溶けるとの事。そしてその時間だけが休憩時間だと言う訳である。だが

「あーもー、さむさむさむっ!!」

「そうですか? 私はこれ位が丁度良い具合なんですけどね」

 人間ならば居るだけで氷ってしまいそうな温度と、傷から流れ出ていた血でさえ凍てついてしまうのはハッキリ言って頂けない。治療用の護符があったとしても、幾つかの傷は間違いなく残るだけの深いモノ。それを見ながらやってしまったと、ある種諦めにも似た感情を含む言葉しか出てこないのもどうかと思う。

「ですが、その護符も風景と同じでどうかしていますね。流石は紅き殺戮者が作っただけの事はある」

「まぁ、そうなんだけどね。なんかこう傷が殆ど一瞬の内に塞がる感覚って言うのは何度体験してもヤなもんね」

 そして傷を治すのはあの少年が作った物。折り紙付きどころかこの効力を知れば、国が動き出し戦争に配備されでもすればその国はほぼ無敵の軍隊となろうモノ。そう言った事を考慮して、ベルベットは一枚しか渡してくれなかったのだがそれでも特別製と言うのは確からしく何度傷を負ってもしばらくすれば回復してしまうスグレモノだ。

「でもそれも、貴方の成長の原因の一つかもしれませんね。私達人外の者には人間以上の適応力がある。特に二つの血を持っている貴方は純血竜族よりもあるでしょうし」

「そう言うもん? 確かにファルザ姉さんにゃ悪いけど、ごつごつした肌よりこっちの方が好きだけどさ」

「そう言う観点で話せる事も、貴方の強さの秘密ですね。僅か100年足らずも生きていないモノとは思えませんよ」

「歳の事は言わないで、歳の事は」

 しかし、こうして笑いながら自然に会話出来る事は休憩時間として何よりも大切な事だとマディンには言える。少なくとも、鍛錬、と言えるかどうかよく分からないがそう言った類の事で休憩時間に笑っていられるだけの余裕は今まで無かったのだ。それこそ常に真剣に取り組み、幼少期に統一郎と修行の日々に追われていた時は、休憩時間は完璧にダウンし、運が悪ければ気絶していたのだ。その後、起きてしまえば即続行と言う事を思えば、至れり尽くせりだと心底思う。

「しかし、ルド様も大したお弟子さんをお持ちだ。なんとなく貴方を引き取った理由が分かるような気がしますよ」

「その辺の事情は知らないからどーとも言えないけど、絶対買いかぶりだと思うんだけど」

「そうですか? 私の見た所、遅くても三年間ほどみっちり自分より強い方と鍛練を積めば、貴方は何処まででも強くなる気がしますけどね」

「どういう基準で言ってるのよそれは」

 そして苦笑してそれを返し、辺りの絶対零度の世界は見る見る元に戻って行き、休憩時間の終わりを告げる。ちなみにこれが休憩な理由は、辺りに張り巡らせたビシャスの魔導力が切れた事を現し、最後の一時間と最初の一時間では辺りの寒さも違い、やり直すと条件がキツクなるのだ。でなければにやけた顔でこういった条件を提示したベルベットが休憩など取らせてくれない様な気がする。

 立ち上がり、身体の具合を、脚腰、胴腕、と確かめながら拳を握り、剣を握りしめる。アルフェイザから出てはや一ヶ月以上過ぎようとしていたが、あの時貰った魔剣はずっと折れずに居てくれるのだ。それこそ、今までであった愛剣の中では一番のモノ。それを見ながら定位置に戻ったのだが、ビシャスは先ほどの休憩場となった場所に座ったままで、何処か戦いとは違う真剣な顔をしていた。

「どうかしたの?」

「・・・・・いえ、ね。貴方を見ていると、どうしても思い出してしまうんですよ」

「?」

 そして虚しさを含んだ表情だろうか。顔が若くとも年齢は恐ろしい程上なのだから、自分と似ている人物が一人でも居たとしてもおかしくないだろう。だが、それだけの感情を含まれる様な人物と自分が天秤に掛けられているのは両方の意味であまり気持ちの良いモノではない。

 だがそれが彼の過去なのだ。踏みにじる事など、自分には出来る筈もない。

「貴方は、緋色の瞬光と言う剣士を知って居ますか?」

「子供の頃に聞いた事はあるわ。小さいなりに夢だったし、目指してたけどね。おとぎ話でしょ?」

 過去に聞いたそれは、何処で聞いたかまでは思い出せない。だが竜族の誰かか、統一郎からででも聞いたのだろう。剣を初めて選んだ理由も、その人物の話を聞いたからだと言う動機だけは覚えている。

 伝承として受け継がれたと言うそれは、聞いた時代が子供の時だった故にハッキリと思い出せないが悲しい物語だった気がする。

 大筋はたった一人、種族の生き残りである剣士が、ただひたすらに自分の種族を殺した相手に復讐を誓い戦い続け、挙げ句、最後に出合った相棒の腕の中で死んでしまうと言うモノだ。しかしその強さだけは「緋色の瞬光<シャイン・スカーレット>」と言う二つ名の通り、一瞬の光しか見えない剣技の使い手だったらしい。

 だから子供心に、お姫様が王子様に助けられる話しに憧れる様、夢見ていたのだ。

 そう言う部分が、女らしいと言えない、変わっていると言われてもそれまでだったが。

 だがビシャスは何かを含んだ笑みを浮かべながらマディンの言った事を否定した。

「御伽話・・・ですか。あなた達の世代にはそう伝わっているのかもしれませんね。それが、あの人の為かもしれません」

「・・・・実話だって言うの?」

「ええ。それにそもそも、その剣士が死んだ事で古の瞬きは始まったんです」

「あ・・・、こっちに来た時にベルが言ってた由来ってヤツ? じゃ、一騎当千とかもホントなんだ」

「あはは、六千人の魔導士相手に立ち回った貴方も相当凄いと思いますよ」

「し、知ってたの?」

「こっちの魔族の間じゃ結構有名ですよ?。貴方と、後、静流・レイナードですか。だからみんな一騎当千の名を越えたモノとして、かなり評価してるんです」

「か、いかぶりじゃないけどさぁ・・・なんかねぇ」

 むず痒い感じしかしないが、イヤな気分ではなかった。そしてそんなマディンの心境を分かってか、直ぐに話を戻す。

「けど、貴方と同じ年齢の時、彼女は十万人の神族を相手にした」

「じゅ、じゅうまんっ!?」

「嘘みたいな話しでしょうけど、ね。思い返してみても、正直、信じられませんよ」

「じゃ、じゃあ・・・神族が少ない理由って」

「ええ。緋色の瞬光一人が、種族の大半を抹殺したんです。復讐の為だけに。とは言っても、この間ジュリア様に言われた時の様、例え復讐だとしても、それがやってはならない禁忌を犯す事だとしても、多対一で負けたんなら何の文句も言えないとも思いますけどね」

 そして苦笑するビシャス。ただ、自分の近くで苦笑していたどの人物とも違うそれは、負の感情と言われるあらゆるそれを含んだ物。

 中でも最も色濃く感じ取れるのは「悔しさ」だろう。

 だから言葉を待って、相手にもそれは伝わり青年に見える魔族は言葉を続け、

「けど、たった一人に、寝込みを襲われて死んだ聞いた時は驚きました。いつも側に居た筈のシーグル様も居なかったらしいですしその理由もあの方にあったと聞いています」

 その口調は自分の様な伝承を知っていると言う形ではなく、戦友を弔う様な口調。

 彼にとってそれは自分の様に架空の、事実と知ったからと言っても過去に起こった見知らぬ出来事でしかないのと違い、彼に取ってはリアルタイムで経験し、見てきた紛れもない真の記憶。

「でも未だに、信じられませんよ。例えそれが自分の子供を守る為とは言え、復讐を誓った相手に殺される事すら受け入れたあの方の気持ちが」

 そしてその感情は、幾多もの戦場を駆け抜けてきたマディン自身も覚えた事のあるモノ。

 即ち、助けられなかったと言う、自分が例え無力だと分かっていても湧き起こる思い。

 だから知らぬ名前、分からぬ真実、そして何よりも見た事もない世界、時代の事なのに溢れる想いは止められない。

「・・・・何故」

「?」

 見つめられ、漸く気付く自分がそこに居た。

 だが笑ってしまう。

 青年の言葉通り、何故か分からないが。

「貴方が泣く話しじゃないでしょう」

「あ、あれ・・・?」

「ホントに・・・おかしな女性(ひと)ですね貴方は」

 苦笑されてしまい、流れる涙を拭うしかない自分が一体何故、頬を伝うそれを伴う感情があったのかは全く分からないが、少なくともそれでビシャスが少しは元気になってくれたのが嬉しくもある。しかし、だからと言って誰かの面影を重ねられるのは正直嬉しくもなく、例えそれが目指した相手だったとしても、今のマディンなら言えるのだ。

「でもさ、どうせなら私を見て欲しいね。誰とも重ね合わずにさ」

 だがそう言う台詞に笑顔で返すのが魔族。

 出合ってきた魔族よりも辛辣さの感じないそれはただ、からかっているだけだったが。

「そう言う言葉は自分の好きな相手が、昔の女に似てるだの何だのと言った時に言うべきじゃないんですか?」

「・・・・心配してやってんのにそーゆーこと言う訳?」

「私も心配してるんですよ? 何せ貴方の思い人はあの静流・レイナードだ。こう言っては何ですが、彼も貴方とは違った意味で奥手ですからねぇ」

「なんでレイナードの性格まで知ってるの」

 だがからかわれたからと言ってあわてふためく様な事はもう無い。特に、戦闘状態でない今は安心出来る故だ。目の前の青年の場合、戦闘状態でのからかいに引っかかってしまえば即死に繋がるのだから慣れとでも言って置くべきか。

「似た人物を知っているだけです。でも貴方の周りは、我々古の瞬きを生き抜いたモノに取っては懐かしい顔ぶれを思い出させる面々と繋がりがある様で見てて飽きませんし」

「じゃ、レイナードも誰かと似てるってーの?」

「彼もまた、貴方と同じく緋色の瞬光を思い出させる人物ではありますね。貴方と違って、戦いぶりを見れば、ですが」

「性格私で戦いっぷりがレイナードと似てる人ねぇ・・・」

「人族じゃありませんよ彼女は。我々から見ても異端の民であったホワイトエルフですから」

「女でエルフ? ただでさえ肌の白い風の民がもっと肌が白くなったらどういう色になんだろ。綺麗な人だったの?」

「風の民(エルフ)が雪肌の様に白い肌なら、ホワイトエルフはさしずめ光の様に白い肌と言うべきでしょうね。あと、綺麗と言うより、なんと・・・表現すれば良いんでしょうか・・・」

「?」

「私たち魔族に取っては・・・いえ、私の世代の魔族に取っては、ですね。端麗だとお見受けしてます。しかしながら性格がなんともはや」

「・・・・面白そうな人だ、逢ってみたかったよ」

「そう、ですね」

 そこで話を打ち切り、剣を抜き放ち後一回勝負しようと誘えばそれだけで、辺りの空気が一気に冷たくなると言う肯定の意思が返ってくるのはありがたい。だがこれは借りを返して貰っただけ。この後気絶してしまいそうな気もするが、そうなったら寝床まで運んで貰うだけだ。その為に毎回、最後の一回は陽が落ちた時点で終了であり、既に陽は落ちてしまっている時間、自分の脚で帰る事も鍛錬のいっかんなのだ。だが今回は運んで貰えるだろう。

 気の遠くなるほど、少なくともマディンにはそう思える程年齢の離れた魔族の剣眼から流れた涙が、赤かった故。もしかしたら、炎魔剣と呼ばれる由縁なのかもしれない。







 翌朝。

「ほらねぼすけ起きろっー!」

「!?!?!?」

 耳元で怒鳴られたが故に頭痛になってしまうがそれも一瞬。ここ一週間、自分で寝起きの時間すらコントロール出来る様になった故に後一秒と言う睡眠を遮られれば誰でも不機嫌な顔で目を開けると言うモノ。だがまさか起こされる事になるとは思わなかったので怒りも半減。連絡が来ると言う時点で鍛錬期間が終わりを告げたと言う事なのだから。

「もう終わりなの? せめてあと一ヶ月くらい居たいんだけど」

「それまで私は生きていられませんよ。もう、師弟の関係で言えば免許皆伝でしょう」

 目を擦りながら居たが、隣りに居るファルザ以外の声は無論ビシャス。昨日はこの洞窟の寝床まで運んでくれた恩人。そして漸く、一矢報いる事が出来た相手。

 流石にその代償が腕を折ると言う激痛ではあったが、気絶したのでその痛みも殆ど感じていない上に、既に折れた腕はあの少年の護符で完治し、ビシャスの怪我は右腕を切断されると言う結果。無論心配し、勝負は一時中断したのだが流石は一流魔族とでも言うべきだろう。疲れが出て、倒れ込む様にして気を失う前に見た光景は腕が引っ付くと言う滅多にお目にかかれないモノ。だからもう心配もしていない。

「やっぱり、紅が見込んだだけの事はあるわね」

「ちょ、ちょっと待ってください!? 私それ初耳ですよ・・・・」

「言ったら問答無用で殺しちゃうでしょ?」

「ひ、否定は出来ませんけど・・・」

 ベルベットも来ているらしい。霞んだ視界からハッキリと見える世界へ。この際危なげな発言は無視する事にしよう。

 だが生憎と今日はかなりのどしゃぶりな雨で、北と言う土地柄の上に朝方故にかなり寒い。最も、ビシャスの絶対零度よりかはかなりマシではある。

「では、私は一足先に行って待って居ますので」

「あれ? 帰るとか言わないんだ」

「返してくれないと思うから諦めてるんですよぉ〜」

 そう言ったビシャスの顔はこれ以上なく情けないモノだったが、今更追い打ちを懸けるまでもないだろう。一人で先に行く理由は多分、魔族としての理由かもしくはベルベットとなるべく距離を取りたいと言う本心か。苦労するよなと思いつつも、関与しない自分がそこに。

「で、何処まで行けば良いの?」

 もし今回の旅の中間地点に当たる夢幻と言う人物の家が遠ければまたファルザと共に空の旅と言う事になりそうな事を心配しながらも、自分が鍛錬している間、この二人が一体何をしていたのか全く知らない故にその不安を掻きむしられる。だが案外その予想は外れそう。

「街に降りるだけで良い見たい。あちらさんから使いが来てね。けどまさか古竜を伝言役に頼むとは思わなかったけどさ。初めて見たわ」

「そっか」

 ベルベットが驚くだけの理由は確かに有り。そもそも古竜を見た人はこの大陸で限りなく少なく、居ることすら伝説として扱われる様な存在なのだ。最も、たまにファルザは昔の様に喧嘩友達と会う為に集落に行っていただろうし、自分は子供心にそれが当たり前だと植え付けられた為、竜族の事に関してはさほど驚く事は無い。ただ、古竜だけは竜族の中でも特別で、常に人と同じ様な形をしているのだが、瞳の色が常に留まる事を知らぬ事ゆえ、たまにカオスドラグーンとも呼ばれる事もある。

「じゃ、行こっか」

 そして悪い予感が的中し、要するに雨に濡れるのがイヤだなと言った瞬間、ベルベットに捕まりファルザの背中に何処からともなく取りだしたロープで縛り付けられそのまま雲の向こう側へ。確かに濡れる身体は霧の中を通った具合に湿ると言う程度で助かるが、30秒でサーズウッドまで着いたのは頂けない。

 何せ一気に空の上まで登り詰め、そのまま宿の屋上目掛けて急降下するのだ。朝方故に人目が無ければかなり大騒ぎになっていた筈である。だが文句を言う前にみっちり一週間前、まともな食事にありつけなかった事を考慮してか。先に戻っていたビシャスがエプロン姿でわざわざ朝食を作ってくれたのはありがたかった。

「で、夢幻て人、何時頃来るの?」

「昼ちょっと過ぎにハンターギルドだってさ。ちなみに、あんただけ行かないとかそーゆーの無しね」

「なんでー?」

 正直、そこだけは未だに克服出来ない部分と言うのだろうか。静流・レイナードの事に関する自分の気持ちや、戦いに置ける強さの向上と同じく精神面での成長。それだけの事を自分で少しは成長したなと思う部分もあれど、ハンターギルドだけはあまり行きたくないのだ。だがベルベットはにやけ顔のまま告げるだけ。

「あんたの事、指名して来たのよ。人気あるわねぇ」

「私はそう言う仕事はしてないわよ・・・」

「と、冗談はコレくらいにして、夢幻があんたと喋ってみたいらしいのよ。古竜の人も、久々に顔を見たいって言ってたし、この辺りで夢幻って有名人らしいの。だから普通の宿とかじゃ顔が売れて色々まずい」

「だからハンターギルドに顔が利くらしくて、一室用意して貰ったって訳。ほら、ちっちゃい頃遊んで貰ったゼルンさんって覚えてない?」

「ぜる、ん・・・? ああ、ゼル叔父ちゃんね。覚えてる覚えてる」

「だからあんたも来るの」

「分かったわよ」

 だが懐かしい顔が居るならば、行く価値はあるだろう。そしてそのまま食事を終え、ハンターギルドへ。だがそこはアルフェイザや今まで見てきたどんなハンターギルドとも良い意味で違っていた。

「・・・ここ、ホントにギルド?」

「ここだけらしいわね。特殊なのはさ」

 ハンターギルドと言えば、お世辞にも礼儀正しいとは言えないある種傭兵より達の悪い輩がかなり出入りする所だとばかり思っていたのだ。何せ傭兵は仮にも一人で仕事も何もかも準備し、様々な所にコネクションを作って置かなければならないのだ。無論、悪人にはそれに群がる馬鹿も大勢居たが。それでも気の良い、それで居て強い奴らが多いのが傭兵。対してハンターとは仕事さえ選ばなければ必ず仕事はあるのだ。それ故にどんな馬鹿にでも出来る仕事があり、できの悪い奴らが小遣い稼ぎに来る様ギルドに来る、と言うのがアルフェイザでのイメージだった。外に出てもそれは変わらず、今考えればアルフェイザ近隣だったからかもしれない。

 しかし、ここのハンター達は殺伐とした雰囲気を出したくないのか。楽しく談笑するモノが大半で、たまに静かにしているモノも見れば寝ているだけである。アルフェイザでそんな事をすれば間違いなく寝首を掻かれてあの世行きだろう。そして何より、漆黒の山脈目当てで来た熟練ハンターが多い所為か。強さと共に人格も申し分ない人材がかなり居るらしい。

「では、此方へどうぞ」

 そして通されるままに案内されたのはギルドと直結しているのか。間借りしている様な普通の家の一室。豪華でもなく、質素でもない所を考え、少し覗けば台所やトイレまである事を思えば休憩所にでも使っているのか。何よりマディンを驚かせたのは小綺麗に片づいていると言う事だったらしい。

「これでベットがあれば暮らせるわねぇ」

「ベルの場合、ベットだけあれば暮らせるの間違いじゃないの?」

「ほほ〜う? 一週間でそこまで言える様になったとは・・・・。ちゃんと強くなった様ね」

「分かる? もう死ぬ気でやったからね。何度死にそうになった事か。戦場以外であの世に行きそうになるとは信じられなかったし」

「でも、これからはマディンさんにも気を遣わないといけないと思うと、私は肩身が狭いですよ」

「ホント、あんた大変ねぇ」

「ファルザ姉さ〜ん? ビシャス、大丈夫だって。私はベル見たいにイジワルしないから」

「あ、ありがとうございます」

 初めて出合った時と比べれば、かなり砕けすぎた様にも思えるがビシャスの事だ。多種族と付き合う時だけ見せる姿なのだろう。手を取られ握手される際、目を潤ませながら感謝されるとそう思いたいと言うのが本音だが。

 そして小一時間ほど、窓際から見える外の風景が小雨になった所でドアがノックされ、初めに入って来た古竜のゼルンの受け答えたしたベルベットは何故か気味が悪い程極上の笑顔を浮かべている。だがその直後、妙な行動に様子を伺っている隙に、多分頭を悩ませたビシャスがもう一人入ってきた男に言った。

「お手間を取らせてしまってすみません夢幻様」

「なーに良いって事よ」

 だが第一印象はどちらかと言えば此処に似つかわしくない、それこそアルフェイザに居そうな男。褐色の肌、それに見合う筋肉質な身体と身長はこの中で一番高いだろう。自分も女性の中で高い方に分類され、ビシャスも男の中で言えば高い方だ。それを頭一つ分上にある顔は人懐っこいと言うより獰猛と言った方が良いだろうか。目立つ白髪のオールバックは種族のモノなのか歳を現しているのか良く分からなかったが。

 しかしここに来て漸く、ベルベットの行動の意味が分かる。即ち、何故ドアの横に隠れていたのかと言う事。ご丁寧に気配すら消していたらしく、入ってきた二人は全く気付いていない。そして恨めしそうな声を出した。

「ラ・ザードぉ〜?」

「そ、その声はっ!?」

「まさか名前変えてるとは思わなかったから馬鹿丁寧にアポ取ったのがばからしいじゃないのよ〜。この埋め合わせはしっかりして貰えるんでしょうねぇ〜」

「じゅ、ジュリア・・・・わ、分かったから怖い顔をするな。な? な? き、今日はほれ、ちゃんと煌瞬(こうしゅん)の酒も、も、持って来てやったしよ」

 その瞬間、破顔したとでも言うべきだろうか。まるでビシャスの様にとまでは行かないモノの、姿と同じくそれに見合った怯え方をする多分、夢幻と言う男。だがその遣り取りを見ていれば誰が見てもベルベットの知り合いだと分かる事。そして元々ファルザの目当てだったらしいその煌瞬と言う酒を幾つか都合する事で漸く手を打ったのか。大人しくなったベルはそのまま椅子に座り会合の始まりとなった。

「じゃ、まず自己紹介だ。俺は夢幻、光と闇の刀匠の一人って呼ばれてる男だ。ちなみに闇の方で、ラ・ザードって言うのは昔の名前だ。で、コイツがエンシェントドラゴンのゼルンだ、ま、ヨロシクしてやってくれ」

「マディン・ガロスです、ヨロシク」

「ファルザ・ガロスです。ゼルンさん、お久しぶりですね」

「ホント、君たちも見違える程大きくなったよ。特にマディン、君には」

「叔父さん、湿っぽい話は良いですよ。もう知ってますから」

「だが・・・」

「でないとベルさんけしかけますよぉ〜?」

「そ、それは勘弁願いたいな」

「あんたら、私は一体どういう人物として認識してる訳?」

 どうやらゼルンもベルベットの事は知っているらしく、話を聞いて見れば初めて出合った昨日は全くどういう人物か分からなかったらしい。だが帰って夢幻に用件を伝えた所で、正体を教えられ、後は今の様な結果。一体どんな噂が飛び交っているのか聞きたい所だったが、これ以上機嫌を損ねても仕方ないだろう。何より周りにとばっちりが行くのは頂けない。

「じゃ、これが統一郎から預かった手紙ね。アンタに直接渡せって言われてたから。ゼルンさん、ごめんねぇ」

「い、いえ。此方こそ昨日は失礼な態度で接してしまって申し訳ない」

「そんな気にする事ないって。昔の二つ名見たいな事はもうないし、決まった人見付かったしね」

「そ、それはおめでとうございま・・・」

「紅き殺戮者で、既婚者だったけど。燃えるわよ〜、不倫って」

「は、あははははは」

 これはこれで、多分良いのだろう。もはや何も言うまいと言うのが周りの見解。だが、手紙を取りだし読んでいた夢幻だけは真剣な表情になり、全部を読み切ろうとした所で、ベルベットに訪ねる。

「ジュリア・・・。これは」

「どれ?」

 手紙を横からのぞき見る様にして内容を確かめるベルベット。彼女の性格なら既に封を破って中身を見たと思っていたと小声で言ったのはファルザ。むろん、奇妙な関係だが信頼しているマディン自身がそれをただしてやったが。

「ええ、ホントよ」

「そう、か・・・」

 そして理解はしたが、納得出来ないと言う顔。どういう内容が書いてあるのか想像も出来なかったが、それは直ぐに分かる事となる。

 ただし、この場に居る、種族の中でもかなり立場が上のモノに取ってさえ信じられない内容であり、対応策が辛い条件かであったが。

「でさ、私も伝言あんのよ。ここのみんなにさ。ホントはシュリとか他の十三魔剣<デモン・サーティーンズ>の奴ら、と、五行の民の長どもも呼びたかったんだけどね。その辺りの伝令はゼルンさんに頼むわ」

 誰からの伝言、と言う所を言わないのが彼女なりのやり方だろう。マディンとしては簡単に想像が付く人物であり、周りの皆も同じ事。ただ、認識が違う男性陣三人は渋めの顔だ。そしてベルベットは言った。

「この大陸内で起こる戦争に俺は関与しない、だってさ」

「それは・・・・紅き殺戮者が言ったのか?」

「ええ、あの子が言ったのよ。ちなみに、私も表だった事に関与するなって言われてるわ」

「理由は・・」

「さぁ? よく分からないけど、やっぱ自分たちの世界の事は自分たちで何とかしろって、そう言う事じゃない?」

 その言葉を聞き、頼りにしていた部分もあるのだろう。落ち込む、と言うよりほぼ絶望仕切った様な表情の男三人。ファルザとしては紅の事はあまり知らないのだろう。若さ故の無知と言った所か。そしてマディンとしては、もともとあの少年がベルベットに頼んだ伝言は半分本当で半分嘘な事を分かっている故に何も言わない。

「しかし・・・よりにもよって面子も揃わずに四帝どころか六帝全員相手にしろかよ。参っちまうぜ」

「やはり、十日前のあれはそう言う事でしたか」

「いえ、あれは我らが調べた所によると、六帝の誰でもないそうです」

「確かに、あれは違う。あれはこの間俺ん所に来た嬢ちゃんが青い顔して懺悔してったぜ。ま、あのお姫様も自分でなんとかするだろ」

「人間が、ですか・・・。世の中も移り変わりましたね」

「あなた方が人間と交流しなさすぎなんですよ。私も人の事は言えなかったですけどね」

 そして三人の勝手に進む会話をよそに、マディンは自分なりにベルベットの言った事を考えていた。それは無論少年の言葉の真意。この際、あの少年がどれだけ強かろうと関係ないのだ。

 その上で行き着いた結論は、あの少年としては、確かにこの世界の事はこの世界の住人で解決しろと言っている事には違いない。口振りやベルベットの態度、様々な要因から何となく分かった少年の正体だったが、まさか異世界の住人とでも言うべき存在だとは今分かった事で、正直驚いては居る。だが同時に笑ってしまいたい気分でもあった。

 何せ、自分でやれと言って置きながら多分、もう様々な場所で関与しているのだ。無論、最終的な決断や行動は自分たちにゆだねられたとは言え、彼は自分の様に他にも強くしたいと思う人物が居たのかもしれない。それ故に、あの皇都の皇女と失踪まがいの事をして見せたのだろう。その上で、もし何処ぞで寝ていたとしても、もう半分の自分でやれと言った事があるので彼の追求は誰にも出来ない。それに「そんな事をする暇があればやればどうだ?」と言う顔は簡単に想像出来るのだ。だから成る程と納得出来、失笑してしまった。

「マディン、不謹慎だよ。今のこの状態がどういう事か知らぬとは言え」

 それを窘めるゼルンだったが、今は昔の様、遊び相手になって貰うだけだった少女ではなく、一介の命知らずな傭兵。

「どういう状況だろうと、あの子の事考えたら笑えてくるわよ。だって、正論でしょ? 自分の事は自分でやれって言うのは」

「それはそうだが、彼は昔ビシャスの親たちを、全滅させてるんだよ? どういう理由があるとしても、無責任だとは思わないのかい?」

 しかしもしその言葉をただの傭兵が向けられれば、有無を言わさず自分が間違ってると言わせる程の迫力があるのがゼルンと言う男なのだ。それは夢幻も同じらしく、難しい顔と言うより明らかに不機嫌な顔を此方に向けている。

 だがそれも慣れた、と言うより、彼女の中の言葉で言えば乗り越えたと言うべきだろうか。

 昔は全く先の見えない、雲の上の様な存在であった恩師の強ささ、今なら分かる気がする。

 否、ハッキリと見る事が出来るのだ。

 だからこの場に居て、自分は意味のある人材なのだろう。合理主義な部分のある少年が、自分にベルベットを着けた意味が漸く分かる。

「でも、あの子、いえ、紅は他の世界の住人なんでしょ? わざわざ色んな所に飛び回って裏方やってくれてるだけありがたいんじゃないの。それに、ベル、貴方一言一句間違えずにさっき伝言したでしょ」

「分かる?」

「そりゃ、紅の性格考えれば分かるわよ。師匠より性格悪そうだから」

「「「?」」」

 そしてベルベットと二人して笑う意味は、他の四人には分からない事だろう。とは言っても、ファルザは上の話しだと決め込んで欠伸をかみ殺して居たが。

 だがマディンの言葉の意味を早く知りたいと、何か気付いていても喉元まで出かかっているそれが出てこないもどかしい感覚なのか。夢幻のそう言う顔を見ながら得意げに言ってやった。

「紅は、この大陸内って言ったわよね。この世界って言ってないじゃない」

「それが・・・どうした」

「分かんない? まぁ、よく知らないし分かりたくもなかったけど、この大陸だけの問題で終わらないって事でしょ。だから紅は他の大陸、あるとは知らなかったけど、そっちの問題にも対応出来る様にどっかに準備しに行ったんじゃないの? まぁ、その辺はベルの方が詳しいでしょうけどね。後、口止めされても居ると私は見たよぉ〜」

「凄いわねマディン。うん、あんたも大人になったもんだ」

「ベル・・・頼むから大人とかそう言う歳の事で反撃しないで」

「それも分かるんだ。じゃ、これからはちゃんとお姉さんしてよね」

 それらの言動は、決して自惚れがあった訳ではない。だが言ってしまえば、目の前の紅の事を間接的に、それこそ伝説をも塗り替える伝説と言った所だろうか。そんな情報しか知らない故に、あまりにも自分と違いすぎる故に分からなくなるのだ。

 かつての、恩師の考えが分からない自分の様に。

「だから、努力するとかそう言う事じゃなくて、やるだけなのよ。私たちわね」

 そしてマディンが三人に言い聞かせる様にして言った時、男三人の表情はまるで幽霊でも見た様な表情になるのは正直苛つきに十分値する事。

「あとさ、そんなに似てる訳? 緋色の瞬光と私って」

「あ、ああ・・・。そっく・・・」

 だがそれも一睨みを利かせて黙りにさせる事さえ出来た時は、正直実感は無い。目の前に居る夢幻と言う人物も刀匠だと自分では言っているが、強さで言えば恩師と同じ位なのだろう。だが、限界が見えてしまえば悪いが、その程度でいつまで留まっているのかと叱咤したくなる程。そしてそれが表情に表れていた為か。ベルベットが仲裁に入った。

「まぁ、マディンはマディンなんだから、そんな知らない人を思い出すあんたらが悪いって。だから以前私が言ったでしょ? その程度で満足してる様じゃ、いつまで立っても強くなれないわよって。それとも子供の言葉だと思って耳を貸さなかったのかしらねぇ」

 とは言ってもそこはベルベット。辛辣な言葉を懸けるのが仕事の様な物だ。そう思った瞬間、表情が笑っているが目が笑っていない顔は怖かったが。

 そして苦渋に満ちた顔の三人は、決断を迷っているのだろう。だがここから先は彼らが決める事であって、自分が決める事ではない。

 何より、自分の答えなど既に決まっているのだ。

 だが、思い出した様に言うのは余裕と言うか、悪い癖と言うか。場の雰囲気を崩すそれは何故かベルベットらしいと言えるが。

「そう言えばさ、ラ・ザード」

「な、なんだ?」

「ドラゴンキラーサイズの私の武器、かなり前に壊れちゃったのよ。また作ってくれない?」

「お、お前! あれは俺の最高傑作だったんだぞ!? 冗談勘弁してくれよ・・・」

「だって、鏡の斜面、アルフェイザにも一個欲しいかなって思ってやろうと思ったら、刀身が耐えきれなくて燃え尽きちゃったのよ。絶対壊れないって言ったのに、嘘だったわけぇ?」

「・・・・お前にゃ作るもんなんてねぇ。あれは一閃の雷光、シーグルのと同じ強度、ラグナロクと同じ材質で出来てんだぞ? どういう力で振り切ったんだよっ!」

「山が一つ吹き飛んだ位だけど?」

「・・・・・・平然と言うな。シーグルでも出来んぞあんな事は」

 思い出した様、マディンは笑ってしまう。

 アルフェイザより更に北にある、名も付いていない漆黒の山脈レベルの山が一つ、文字通りなくなっていたのだ。自分が居なかった時の事故にあまり実感は無かったが、その瞬間を見たモノはこう言った。

『ら、ラグナロクの再来らしいぜあれはよ。だが俺はもうあんな武器に関わりたくねぇ・・・』

 そして思った。

 そう言う部分が、彼らに恐れられる理由なのだと。
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