風鳴りの音、それが耳に五月蠅く感じるが、今だけの事なので気にはしていられない。
少なくともこの一週間、一度としてこの後の音を聞いた事がないのだ。
だから悔しい、と思うのが普通、なのだろう。
だが変わり始めたと、自分でも認識出来る様になって、マディンとしては複雑な気分なのだ。
「集中を欠いて・・・」
対峙しているモノの声。暖かくなく、むしろ絶対零度と言う程の冷たさを含むその主は炎魔剣と言う、魔族最高峰の称号を持つ青年。
「死ぬ事になるのは貴方なんですよ? 余裕なんて無い筈ですが」
「分かってるよ」
そして文句を言いたい気持ちを抑え、青年の言う通り集中する。
以前なら、それは簡単でさして必要でもなかった動作。だが今は違う。
それこそ、天と地ほどの差に。
「何度も言ってる様ですが、貴方に選ぶ権利が無いのと同じで・・・」
「ビシャスにも選ぶ権利が無いから早くしろ、でしょ? 分かってるって」
「簡単に言われても、それはそれで自信無くすんですけどね・・・」
「あははははぁ・・・」
一週間前、この場所から見下ろせる場所にある街でベルベットが言い出した事はこの目の前のビシャスと勝負をすると言う事。それだけなら結果など火を見るより明らかで、自分が負けるとマディンは分かっていた。だがそれでもベルベットはその提案を覆す事なく、ビシャスは言いつけを守って今日も朝から、只今夕陽に空が綺麗に染まる時間まできっかり十二時間、戦い通しなのだ。
無論、勝負と言っても双方が死んでいない事から真剣勝負ではないと言う事は容易に想像出来る事だが、それを辺りの変わってしまった風景を見ても尚、言える人物は少ないだろう。そもそも、ここは街を見下ろせる場所ではなく、木々が生い茂っていた山中の森だったのだ。たった一週間で地形とまでは行かぬモノの、風景は完璧に変わってしまっている。
「でもさぁ・・・後三日も無いかもしれない時間で私があんた越えられると思う? そもそも、私だって人間じゃないけどビシャス見たいに大層な名前貰える程じゃないって事位分かってるわよ」
それがベルベットが提示した勝負の条件はそれだけで、殺すと言う点を別にすれば他のルール等は一切禁止事項は無い。だから真剣勝負とさして変わらず、一週間前などはビシャスが多少なりと手加減していなければ首が跳ね飛ぶか、両腕が無くなっていただろう。
だが奇しくも、マディン自身の自己評価とは違い、目の前の炎魔剣は高く評価しているらしい。
「しかし、一週間でこれだけ上達出来れば上等でしょう。そもそも、手加減しているとは言え一度目の私の攻撃を防いだその腕を、私はかっているのですよ? あまり期待はずれな事も、望んではいません。これが私の本音ですよ」
そんな事を笑って言われても嬉しくないと、正直な気持ちを言い返したかったがそうも行かないのが現状。徐々に殺気と冷気を纏ったビシャスの雰囲気が、炎魔剣と呼ばれるそれに変わりつつあるのだ。同時に闘って見て、何故冷気を纏うのに「炎」なのかと言う理由も既に分かった事。
「では、行きます」
そして「凍てつく炎の魔剣」と言う魔名を持つ青年が動きだし、辺りは絶対零度と言う青い世界へと変貌した。

アナザー・ナイン・ファンタジー■ACT:SCARLET DUSK