「あれが今度のあんたの敵。今回は手伝うけどさ、今度からひとりぼっちよ〜」

「ふ、不安になる様な事言わないでお願いだから」

「でも今回だけは手伝ってあげるから心配しなさんなって」

 そして笑って見せる彼女は、彼女らいしと言える姿だが、自分もそんな顔をしていたのだろう。瞬間的に強ばるのではなく、余裕の持てる笑みすら漏れてくる。

 それが向こう側の敵、空にまるで竜族の様に群れで飛んでいる巨人にも見えているのだろうか。

 まるで甲冑を着込む巨人が空に居並ぶその光景は神々しいと言うより、侵略しに来た悪魔と言うべき様な物。

 正直、嫌悪感すら抱くその姿を見ながら、漸く気付いた気配に声を掛けた。

「久しぶり、紅」




































アナザー・ナイン・ファンタジー■ACT:SCARLET DUSK





































「間に合ったな。正直自信なかったけどよ」

「あんたが言う? あん・・・・」

 苛つかせる様にもう一度呼ぼうと思ったが、そこに居たのは少年ではなく、ベルベットと同じ年頃の青年。ただし、確かにあの少年の姿の面影が何処かにある、まさに成長した姿。だから無論、驚いた。

「・・・・早い成長ねあんた。やっぱ化け物じみてるじゃない」

「そう言うな。あのガキの頃の姿は俺本来の姿じゃねぇよ。こっちが本性。覚えときな」

「はいはい・・・・。で、あれ何?」

 だがもはや驚きさえ、彼には無意味なので取りあえずは問題事を対処する方を優先させる。何より、飛んでいるそれは、まるで陣形を作る様にして中空に留まり、今にも襲いかかってきそうな雰囲気なのだ。指示を仰ぎたい気持ちは誰にでもあるだろう。だがそれに答えたのはベルベットだった。

「アーガレストが誇る斥候隊だと記憶してるわ。私らの呼び名で言えば殺戮隊」

「物騒な名前ねそれは・・・」

「あんなのくそったれで十分だろうが」

 反感を抱く気持ちは三者択一な様でも、ベルベットが震えていたのは驚きだったが、トラウマなのだろう。心配になり顔を覗き込むと、そこには別の意味で心配したくなる表情がある。

「べ、ベル・・・?」

「ごめん紅・・・私、我慢できない。あれ全部やっちゃって良い?」

 恍惚とし、勝つことなど当たり前でどうやって痛めつけようかと言う表情なそれは、数や相手の実力など全く無関心な顔だ。だがそう言った表情をしているからこそ、紅は止めるのだろう。そう思いたかった。

「全部はダメだな・・・。えっとぉ・・・七千か? 三で割ると・・・割り切れねぇし、二千体なら何しても良いぜ」

「分かった」

 その瞬間、飛び出すベルベットが危険に思え、思わず抱きつき引き留めようとしたがそう言う部分は抜かりは無いのか。紅がしっかりとその手を掴んでいる。

 そして漸く気付き、悪い予感を口にする。

「三で、割る? 私も入ってるわけぇ!?」

「当たり前じゃねぇかよ。何のためにジュリア付けて鍛錬させたと思ってんだばーか」

「む・・・・むかつく」

 苛つきが一瞬にして頭を沸騰させ、冷静さを失う事を避けなければと言う理性すら吹っ飛びそうになるが、こういう男なのだと再確認したので逆に落ち付けはする。そして少しだけ、猫の額よりも狭い感謝をした。

「まず、俺が手本を見せてからだ。命題はあのくそったれども二千体、一撃で撃破しろ」

「無茶苦茶言う・・・・。でも、あんたにだって辛いんじゃない? 私とベルで四千、残り三千よ?」

 要するに、自分に反感を持たせて苛つかせて居れば敵の殺気や重圧感を気にしなくて良いと言う事だろう。だが同時に殺意すら抱くそのやり方に反感を持つと言うのは気付かなかったらしいが、その辺りはベルベットさえ負けると言わせた男。

「あの程度だったら寝てても倒せら。伊達に闘神やってる訳じゃねぇぞ?」

「言うじゃない。じゃ、お手本見せてよ」

 軽口を叩いてやり、苛つかせようと努力して見る。だが、隣から我慢しきれず笑ってしまったベルベットの姿があり、彼女らしい提案。

「じゃ、リクエストして良〜い?」

「あんだよ」

「私の二千譲るから、五千体一撃で沈めて見せてくんない?」

「良いぜ」

 だが即答され、正直驚いているのだろう。そう言う反応を見ていると、ベルベットでさえこの少年、いや、今は青年だが。紅の底力は全く分からないらしい。同時にベルベット自身がまだ五千体を一撃で葬り去る事は出来ないと言う証。

 同時に、それを見てみたいと思うのは彼女だけではなく、マディン自身も同じ事。

「じゃ、行くぜ・・・」

 そしてまるで居合いの様に何もない、いや、見えない刀を掴む様にして構える紅。同時に、向こうにもその緊張感が走るが、瞬間的に崩したのはこの男。

「武器を出すのを忘れてたよ。いや、まいったまいった」

「・・・・・・」

「来るわよ」

 ベルベットでさえ呆れるその対応にとうとうしびれを切らした敵の砲撃が始まり、その場から離れなければならないが、つくずくベルベットが好きになった男なのだと言う実感と、辺りに村が無く良かったと安堵する心。どうせ、それも予測の範疇と行った所だろうが。

「巫山戯てないでさっさとやっちゃってよもうっ!!」

「さっすがにこれは私もキツイわ」

 だが自分の予測など遥かに越えた敵の攻撃は、轟音と爆音、辺りの地形がどんどん変わって行くのは西側が誇る魔導砲撃など比ではない。

 だから紅に声が届いていたのかどうかは定かではないが、その行動を見れば聞こえたのだろう。一気に走るスピードを上げ一人で戦線離脱した様な格好になる。

 そこで呑気なベルベットの声。

「これ、何?」

「そんな事言ってる場合じゃ!!?」

 しかしベルベットの手の中に突如として現れた様なそれは、彼女が待ち望んでいたモノなのかもしれない。同時に走る事に集中していた為、握る感触すら忘れていた自分の手にも一本の剣の姿。

 そして紅の姿がハッキリと見て取れた時、何故か振り返えらなければならない気がして、紅の両手を前に掲げ剣を抜き放つ様な姿が印象的で。

 だがそれらも一瞬の内にかき消すだけの出来事初めて目にした事を、自分とベルベットはそこで見た。

 それをどう表現すれば良いのかは、今一よく分からない。

 そう、分からないのだ。何をやったか等。

 ただ、起こった事だけを克明に言うのであれば、空に一筋の線が走り、それがまるで地平線や水平線の様に大きく伸びる。それだけで敵の砲撃が止み、漆黒に染まりつつある辺りが昼間の様に明るくなるのだ。

 そのただ中、風さえも止まり無音になったその場所は果たしてこの世だったのだろうか。

 本当に生きている気がしないとはこの事だと、今はその事だけしか考えられない。

 そしていつの間にか隣りに来ていた紅が漏らす。

「すまん、少し加減を間違えた。残り千体だ」

「じょうだん、でしょ?」

 やけに静かなその場所で、紅は頭を掻きながらすまなそうに言う。だが、それをまともな神経の持ち主が見れば畏怖の念でその場から早く立ち去りたいと思う筈だ。

 そう言う部分が、嫌いなのだと初めて気付いた時は既に時遅し。

 何せ、この場に居て、動きたくないと思ってしまったから。

「ホントだ。残り千体。う〜ん、やっぱり私の紅は凄いわね」

「誰のになったよ俺は。それにモノ扱いか?」

「そんな酷い事言わないでさぁ。久しぶりに逢ったんだし、今日一晩くらい良いじゃない?」

「ダメだ。これからも行く所あんだよ、お前らの知ってる名前で言えば一閃の雷光ことシーグル。昔の名前はラセンだ。それに、追っても巻かなきゃならん」

「追っ手?」

「弟子だよ弟子。一応、こっちに来た時に巻いた筈なんだがな。まぁ、成長してるって事だろ」

「逃げる理由ってどんなの?」

「簡単だ。要するに、鬼ごっこしてんだよ。ただし、世界とか、そう言う壁を無くした異世界横断可能な鬼ごっこ。一度でも捕まえたら向こうの勝ち。ちなみにこの間は氷り付けにしてやった」

 そして淡々と喋る紅と、それを興味深そうに聞くベルベットとはよそに、マディンはその光景を目に焼き付けるだけ。

 正直、周りの事に余裕があるほど、今、居る場所が現実味がある空間だとは思えない。

 何せベルベットが言うだけあって、確かにそれは六千体の巨人なのだろう。ただし、徐々に消えて居るのだ。それも、六千体同時に。

 僅かながらに浮かんだ予測だけで述べるならば、存在その物を消していると言った所だろうか。塵となって風に消されて行くその姿は哀れみすら感じてしまう。そして多分、敵側の音が聞こえなくなっているのは断末魔を聞きたくないからと言った所か。お世辞にも趣味が良いとは言えない技、いや、業だ。

「でさぁ、そのシーグルって何者なの?」

「昔、俺が造った俺の武器。人格あるし、こっちで言うラグナロク見たいなもんだ」

「男? 女?」

「ベル、それなんか違う・・・ラグナロク見たいなって所で普通驚くと・・・」

「女だが? 娘見たいなもんだよ」

「そう言えば娘さん居るんだよね。今幾つなの?」

「知らん。一番若いので・・・18だな確か。上は・・・お前らより遥かに年上だ」

「ふ〜ん」

「ベル・・・頼むからこっちに戻って来て」

「じゃ、私としたって事は、娘相手にしてる様なもんなんだ。禁断の愛ね〜」

「だから・・・・」

 そして正直、この非常識な二人を見ていると泣けて来る自分が居る。

 一体、どれだけの差があるのだろうかと。

 自分が知る限り、目の前の青年は間違いなく最強と言って良い存在だ。紅い詐欺師(レッド・スウィンドラー)等と巫山戯た二つ名も、言い得て妙に当てはまり、闘神と言う二つ名は間違いなく彼だけの為にある様な物。

 だが、まだ事が終わった訳ではない。

 残り千体の巨人は、自分が始末しなければならないのだ。

「・・・で、私はどうすれば良いの」

「知らんよんな事。血系限界でも超えるか?」

「けっけい・・・何?」

「んじゃ・・・」

 そして目を細めた時の彼の顔は、子供の様に笑っていた。

「グディスを助けた時のあれだ。それ以外にお前があれを一撃殲滅なんて無理だよ」

「・・・・・知ってたの?」

「ああ。ちなみにお前の寝相の悪さとか、竜族の長の事どうでも良いって考えてる事とか、夢幻のおっさんからかって楽しんでた事とか、ファルザ・ガロスの背中に乗るのが何よりも嫌いって事も知ってるぜ」

 そこまでを早口で捲し立てられ、にやけ顔で笑われれば誰だって苛つくだろう。

 そして漸く気付く。

 今まで出合った自分よりも強い奴ら。

 誰一人として、まともなヤツなど居ないのだと。

「虚空だけはそんなヤツじゃなかったな」

「誰よそれ、それに心を読まないでくれる?」

「顔に出てた。ちなみに秘密だ」

「あーもうっ!!」

 そして苛つきを押さえる為に手の中にあった剣を握りしめ、最初に紅が巫山戯た時の格好をしてやる。

 半ば当てつけの様にしたそれだったが、妙に身体がすっきりしているのは気のせいではないだろう。

 それ以外にイメージが湧かなかったのだ。グディスの時に放った、あの稲妻の乱撃とも言う一降りは。

 だから神経を尖らせ、同時に落ち着かせて一度だけ目を瞑る。

 時間にして、二秒ほどだろうか。

 徐々に戻ってくる世界の音。

 風と、砲撃が始まる瞬間の魔導の収束する様な耳障りな音が印象的だった。

 その刹那、目を見開き放ったそれは、彼女の伝説の始まり。

「・・・・・・」

 同じで、違うそれはあの時の比ではなかった。

 あの時は無作為に飛び回る、まるでじゃじゃ馬を放し飼いにしていた様な気分だと今なら分かるが、乗りこなしたそれは思い通りに軌跡を画き、皮肉にも紅と同じ空に一閃を画くだけ。

 ただ、その威力は計り知れなかった。

 鼓膜が破れるのでは無いかと思う音が耳に飛び込み、耳鳴りがしたと思った瞬間また無音の世界に飛び込んだ様で気持ちが悪い。

 だがそれが紅のやった結界、だろう。心配してくれているらしいが、今は自分のやった事に目が離せないのが正直な所。

 そして空にあったのは、自分の感情と正反対に暴れ狂う雷を纏うそれその物の龍。

「なかなか上出来じゃねぇか。まだジュリアもこれ出来ないんだぜ?」

 そして耳に感触、多分、ベルベットの手なのだろう。多分、音を聞き瞬間的に鼓膜が破れてしまったのだ。それを治療されて居る最中なのだが、紅の護符の様に気持ち悪いとは感じない。

「そうよ。私も出来ないのよ〜?」

 だが耳を引っ張られるのは頂けない。正直、この光景を目に焼き付けるには邪魔。

 しかし案外すんなりと終わりを告げたそれらは、まるで夢の様としか言えないが、現実だと再認識した時、紅が言った。







「お前に渡したそれ、お前の望む名前を付けりゃ良い。だが忘れんなよ」

「な、なにをさ」

 ただ、今思えば、彼なりの、知っていた彼の気遣いだったと思う。

 だけどその時は当たり前だけど知らなくて、分からなくて、我ながら子供の様な反応をしてしまっただけだ。

「それの名前は一つだ。そしてお前がこの戦いの中で一番望むもんだよ。無論、恋愛沙汰をほかにしてな」

「な、なによそれ」

 分からないと言う表情をし、紅の事を見るが、既にそこには紅の姿は無く、肩を竦めてみせるベルベットだけ。

 余裕など、ある筈もない心は、あの紅の人を小馬鹿にした様な声だけを捉えていたが、それも直ぐに忘れる事にした。

 そして、別れの時。

 私に取って、一番大事な、彼女の言葉を借り、同時に自分の言葉で言うならばやはり同じモノ。

「じゃあ、私はあんたを送ってお別れ。紅ももうちょっと愛想があったら良いんだけどねぇ」

「良いんじゃないの? 私はアイツ嫌いだし」

「静流・レイナードに一直線だもんね」

「当たり前よ」

 それは戦場で出合った故の、戦友ではない。

 今なら分かる、戦いと言う言葉の意味。

 紅が何故、戦神(せんじん)と名乗らなかった事を思えば、分かった事。

 誰かが、いや、戦場を経験したモノなら誰もが言うであろう戦友と言う言葉。

 だが、殆どの人たちは、本当の意味など知らない。

 だから今はまだ言う事を止めよう。

「じゃ、これ地図。あんたの最初の場所はここ」

「こ、これ何処の地図?」

「アーガレストの。じゃ、辛くても・・・・・頑張ってね」

 そして光に包まれ、最後に見たベルベットの顔はまた泣いていたし、何か知っている所があって、口止めされたから悔しいのだと思う。

 だけど、それを拭ってやるのは自分でもなければ、まして紅でもない。

 そして届かぬ筈のない言葉に思いを込め、私も言う。

「あんたも頑張ってね。ベルベット・・・・」

 ・・・ついで見えた風景は、全く見知らぬ土地だった。

 空気さえ違うそこは、確かに他の大陸。

 でも空は同じで、ガイア大陸とは全く違う空ではない。

 それ故に思い、それを直ぐに口にする癖だけは一生なおらないと思う。

 いや、治す気がなかったと言える、かな?

 とにかく私は言ったのだ。

 風に消された、想い出の一言を。

[ACT SELECTION]