皇都までの道のり、と言っても、一時間ほど歩いた程度で街の中には入れる上に、ハイルーンの街の構造上、ハイルーン城までの道は迷う筈も無かった。何せ城を中心として十字を描く様に大通りが四つあり、どの大通りからも城は見えているのだ。夕暮れになるともあり、子供達は帰路を急ぎ、あれは主婦だろう。八百屋や露天商で売っている、異国の調味料などを買っている姿が平凡を漂わせていた。

 だが、今の武士の心境と言えば、苛立ちを感じながら南通り<サウスストリート>を北へと歩いている所だった。

「くそっ! あのガキ何処行きやがった・・・」

 街に入った所までは、確かにルシエドの姿は自分の隣りにあったのだ。そして相手が子供だと思い、観光名所を案内する様に「あれが城だ」と、説明しルシエドの方を見れば、既に姿はなかったのだ。

 無論、ルシエドを探す為に彼は辺りの人々にルシエドの特徴を言いながら探しまくった。例えどんな依頼者、それがもし、賞金首のモンスターであれ仕事は仕事なのだ。その上、今回の仕事が失敗すれば次に何時、仕事を請け負えるかどうかは定かではない。そして共通貨幣五百枚、と言う報酬は破格故に逃すのも惜しく、それを促す様に腹の虫が鳴く感覚は狭まっている様にも思える。もしかしたら、苛立ちの原因はそれかもしれないが。

「おい、二本の剣を背負ったチビを見なかったか?」

「あ、ああ。見たぜ、さっきそこの角を曲がっていくのを」

「ありがとよ」

 苛立った顔の為、聞いた男は多少怯えていたのかもしれない。だが情報を仕入れた武士は聞いた通りに角を曲がり、その通りの奥から聞こえてきた、悲鳴だろうか。それを聞いた所で走り出す。だがその通りは民家以外に、東通り<イーストストリート>へと繋がる道であり、その先にあるのは一軒の酒場と、ジェイルの言っていた嫌な台詞を思い出しながら酒場が見えた時、そこには既に人だかりが出来ている。

「悪漢を見ると所構わずエモノを振り回す、だったか? くそっ! やっぱり厄介事かよっ」

 そして人だかりの中心に見えた、夕焼けの光を輝き返す二つの剣を見て、彼は一人愚痴を漏らした。




































アナザー・ナイン・ファンタジー■ACT:GAN'S VERMILION





































 行きつけの店。だからこの時間ならばどういう客層が居るかは大体把握していた。野次馬の数も昼間ほど多く無く、その殆どはこれから飲みに行くか、夜の仕事を生業とする多少まっとうでない奴らばかり。そしてその中心に居る、ルシエドと対峙している人物を見た時、武士は頭を抱えながら半ば泣きたい気持ちになった。

 大男、と呼ぶに相応しい体躯で、技闘士として名の高い人物。ただし、悪名だったが。名をゼイアスと言っただろうか。札付きの悪、と言う程ではなかったが、あまり良い噂の聞こえてこない人物ではある。それがどういう理由かは、後で嫌と言う程問いただしてやろうと思うが、顔は真っ赤になり怒りを露わにしているのだろう。止めるに止められない状態なのは一目瞭然。そして昼間の野次馬なら、多少は止めてくれる人物が居たのかも知れない。しかし今は夕刻であり、気の良いハンターなどは家に帰り食事でもしている時間である。そしてゼイアス、と言う人物を知っているのならば、止める人物など居ないだろう。

「こ、このクソガキ! もういっぺん言ってみやがれっ!!」

「何度でも言ってあげるよー? ハゲヅラハゲヅラハゲヅラハゲヅラっ」

 対して、ルシエドの方は多分、楽しんでいるのだろう。押さえている笑みがこぼれながらも、ゼイアスに取っては禁句を連呼する。

 その様子を見ながら、仕事として請け負った手前、助けなければならない事を呪いながら野次馬を掻き分けながら武士は中心へと出た。

 無論、野次馬の視線はイタイほど突き刺さり、苛立ちは更に増して行き、ルシエドの首根っこを掴みあげ此方を向かせ低い声で言って見せた。

「良いか? 良く聞けよ嬢ちゃん。俺は問題事なんぞに付き合ってる暇があったらさっさと城に行って報酬を貰いたいんだよ。いい加減腹の虫も収まらなくなったしな」

 その途端、ぐうとまた腹が鳴り、それが面白かったのか。ルシエドは口元を押さえながらにやけ顔になる。だが降ろされゼイアスの事は無視を決め込み行こうとした所で、ゼイアスではなくルシエドから文句が漏れた。

「少し待っててよぉ。どうせあんなハゲ倒すのに一分も要らないし、ね?」

「却下だ」

「じゃ、せめてあれの額に豚って書いて良い?」

「同じく却下」

「じゃ、じゃ、腐ーちゃんは?」

「プーチャン?」

「腐ったちゃんって書くのー。あ、腐った肉ダルマでも良いね、肉だるまぁ」

 どこから出したのだろうか。いや、幼稚園児と一緒に居た位だ。その手にある赤いクレヨンを持っていた所で不思議ではないのかもしれない。

 だが二人の会話を、無論聞いていたゼイアスはとうとうキレてしまったのか。殺気を纏いながら突っ込んでくるのが視界の隅に映る。

 平常時なら、それを避けて逃げるのが一番得策だと、武士は分かっていた。ただの筋肉馬鹿なら城方面へと逃げれば、衛兵にも気付かずに危ない形相をしながら突っ込んでくるだろう。そこを無視を決め込み、衛兵に取り囲まれ捕まるゼイアスを眺めていてさえ居れば問題は解決するのだから。

 だが生憎と武士は機嫌が悪く、そう言った、スマートな問題事の解決、と言う半ばモットウにしている事すら忘れ懐から銃を取りだし相手の額へと突きつける。

「良いか。俺様は機嫌が悪いんだ。さっさと消えねぇとてめぇのどたまぶち抜くぞ」

「へ、へっ。誰かと思えば技銃師の武士じゃねーかよ。銃が無けりゃまともに喧嘩も出来ねぇのか?」

 銃に気付き、寸前で止まったゼイアスはそれなりの実力を持っているから。だが、幾ら実力があろうと速さで銃に適う筈もないと言う事位分かっているのだろう。怯えを隠し挑発する様は悪党その物。そして苛立ち冷静さを欠いていた武士もわざわざそれに乗ってしまう。

「いいぜ。てめぇなんぞこれが無くとも倒してやらぁ」

 銃をルシエドに渡し、上着を脱ぐ。その下から出てきたのは無駄なく鍛え上げられた肉体。そしてしきり直しをするようにしてゼイアスは後ろへと戻り、しきり役を買って出たのはルシエド。周りの野次馬もそれに調子に乗っている所為だろう。歓声を上げながら、何処かで賭けをしている様な台詞さえ聞こえる。

 しかし、当たり前と言えば当たり前だろう。騒ぎを聞きつけた衛兵の声が聞こえ、それと共に透き通る様な女の声が聞こえた。

「一体何事ですっ! ここが何処か分かっているのですかっ!!!」

 そう言い、素知らぬ顔をして蜘蛛の子散らす様にして逃げる野次馬を掻き分けながら衛兵と共に姿を現したのは大型のプレートメイルを身につけた30代後半の女性だった。しかし、それが後ろに居た武士には誰か分からず、多少冷静になっている物の、やはり馬鹿特有で頭に血が上っているゼイアスには認識力が欠如しているのか同じく分からない。ただ一人、それに対応したのはルシエドだった。

「あ、おばちゃん。邪魔しないでね。今良い所なんだから」

「あ、貴方が・・・?」

 後ろでそんな声を聞きながら、対峙する二人は睨み合いを続けながらルシエドの声を待っている。ゼイアスなど、どことなくその姿がイノシシにすら見える如く片足で地面を蹴っている姿が見えた。そしてルシエドのおかげでその女性と衛兵が止まった所為か。漸くそれは聞こえてた。

「あ〜ゆ〜れでぃ〜・・・ふぁいっ!!」

 その瞬間、武士は突進してくるゼイアスの右に移動し、脚だけを残す。ただ、それだけでゼイアスは転び武士はにやりと獰猛な笑みを浮かべながら背中へと一撃食らわせ、体重とスピードと乗せた拳だからだろう。ゼイアスはしばし悶絶していた様に苦しんでいたが、武士が無情にも頭を踏みつけた所で気絶してしまった。

「へっ。口ほどにもねぇな」

「うぃなー、帆村武士ぃ〜!! わーわーわー!!」

 そして武士はしゃぐルシエドから銃と上着を貰い、不満顔ながら何処か満足した表情でゼイアスを見下ろす。だが、漸く野次馬が居ない事に気付き、そしてその原因を誰が作ったかを見た時、上擦った声が出たのはハンターなら誰でも同じだったのかもしれない。

「げっ、魔環師<ハイ・マジックマスター>ぁ!? やべぇ・・・」

 いちもくさんに、その場から離れようとルシエドの手を掴み無論逃げだそうとする。ハイルーン城に五人しか居ない魔環師と言えば、自警団などよりも遥かに強く、並みのハンターなら足下にも及ばない実力を兼ね備えたその上で、法律などで捌くための手順抜きで犯罪者を手打ちに出来る権限まで持っているのだ。そして新しい職業の、技銃師と言う希少の存在故に武士は有名である事に気付いた時、開き直る様にして思考回路を回転させた。

「と、丁度良かった。リーゼさん、だったよなぁ確か。コイツ送り届けに来たんだよ俺は。引き取ってくれないか?」

「ルシエド・ディラン・ライゼスでーす。ただいま着任いたシマシマしたぁ〜」

「では・・・やはり貴方が」

 うろ覚えだったが、名前を覚えていた魔環師、リーゼは驚く様にして武士ではなく、何故かルシエドを見ていた。そしてこの場を衛兵に始末させる様に言うと、何か気になる事でもあるのか。やはりルシエドとちらちらと見ながら武士に尋ねる。

「帆村・・・この方が、ルシエド様なのか?」

「俺はそうだって聞いたぜ。それにルシエドなんぞ変わった名前の奴は知り合いでもコイツ以外知らん」

「そうか」

 何か落胆した様な様子だったが、妥協か、それとも納得できたのか。リーゼはルシエドの前に跪き頭を下げて言葉を述べた。

「わたくし、34代目東方魔環師<イースト・ハイ・マジックマスター>のリーゼ・ガ・ストラストです。お待ちしておりました、ルシエド様。まさかお目にかかれるとは。光栄の至りで御座います」

「ごめんねー、ホントは魔環師の就任式で来なきゃならなかったんだけど都合が悪くてさ。連絡貰ったのは知ってたんだけど、内容が分からなくて」

「それは申し訳御座いませんでした。私どもの不手際でまさか連絡が届かなかったとは」

「んーと・・・ちょっと違うんだよねー。あの時は」

「と、申されますと?」

「灼熱の砂塵に行ってた時だったから」

「あの人外魔境の・・・」

「そこに親戚が居るんだけど、どうもちっちゃい子がおやつと間違えちゃって食べちゃったの。ごめんね、来れなくて。」

「い、いえ。そう言う理由ならば致し方ありません。私と致しましても今回も来られない物ばかりと思っていましたので、足を運んでくれた事だけで幸いで御座います」

 武士は「お前よりちっちゃい子とはモンスターか?」と聞きそうになったのだが、あえて邪魔せずその言葉を押しとどめる。何せリーゼの言葉の内容は受け取り方が悪ければ嫌味その物だったのだが、心底嬉しそうな顔で言っているのだ。歴代でも希な女性魔環師と言われ、かなり冷徹なイメージも抱かれている様な人物だったが、それを認識し直さなければならないらしい。

「では、統一郎(とういちろう)様もお待ちですので」

「うん。じゃ、行こうか」

 そう言い、自分の仕事も終わりだと、一安心し溜息を吐く。

 もう、ルシエドが誰であろうと関わりたくないと言うのが武士の本音。ジェイルが言っていた不満が実感として味わう事になったのだ。その結果、彼もジェイルと同じ感想を抱く事になる。

「じゃ、俺の仕事も終わりだな。報酬頼むぜ」

 ルシエドに向かい言い、先ほどのゼイアスとの一悶着が有耶無耶に出来た事もありその顔は晴れやかな物だったのだろう。

 だがルシエドがくるりと回り武士にその表情を向けた時、そのにやけ顔を見た時嫌な予感がする。

「え? まだ仕事終わってないよー?」

「・・・・報酬が半額になっても良いさ。ここで終わりだ」

「駄目だよー。しっかり私を城まで送り届けてくれなきゃ。それに」

「あんだよ」

 そして沈黙の後、ルシエドは事も無げに笑顔で言って退けた。

「私、手持ち一銭も無いもん」

「っざけんな! 喧嘩売ってんのかよてめぇ!!」

 もしかしたらではなく、もやは冷静な思考など出来ぬ程武士が怒りに震えている理由は空腹が限界に来たからだった。思わず手を振り上げ平手ではなく拳を作りルシエドを殴りかかる。

 それは、本来の武士ならば取らない行動だろう。まして相手は生意気とは言え子供なのだ。握り拳で殴る男は悪漢以外の何者でもない。

 だが、その拳は間違いではなかったらしい。

「そうだったらどうするの?」

「!?」

 思わず飛び退き、構えを、即ち戦闘態勢を取ってしまったのは武士だった。

 言葉を発したのがリーゼならば彼も合点が行くのだろうが、目の前の、もう一度自分が本能的に退いた敵を見て、冷や汗を掻く。

『こ、いつが・・・・あのちんちくりんのルシエドか?』

 自分はハンターの中でもそれなりの実戦を重ね、行動を決める事に関する感覚はベテランのハンターと同じだと自負していた。それは周知の事実であり、彼の仲間ならば安心して前線や後方支援を任せられるオールラウンドな奴だと言うだろう。それに至る為に、幾多の死線を潜り抜けたにも関わらず、身体に大きな傷が残っていないのは彼の天武の才とも言うべき、野生の勘、即ち危険を察知する能力にあるのだ。

 何の気は無しに行動したときでも、彼の中では十二分な理由が無いと行動はしない。それを操っているからこそ、彼は死んでいないのだ。

 その事が分かっているからこそ、武士は冷や汗を拭いもせずにルシエドを睨め付けていた。

 そこに居るのは、先ほどまで巫山戯ていた子供ではなく、間違いなく一匹の獣。

 それも、武士が今まで出逢った、あの死神のジェイルをも遥かに凌駕する力を持っている。

「ルシエド様っ!! こんな所でっ」

「向こうがやる気ならだよ。無いんなら、止めるけど。どうする?」

 顔は笑っていた。隣のリーゼもルシエドの気配その物に気付いているからだろう。顔を真っ青にし、何とかそれを止めようとする。

 だが、武士の中で答えは既に決まっていた。こんな化け物とやり合う等、馬鹿のする事だと。

 新人のハンターは勘違いする事が多いが、ハンターの仕事は勝つ事ではなく仕事をやり遂げる事と、生きて帰る事なのだ。

 命あっての物種。それがなければ何も始まらない。

 だから構えを解こうと口元で笑おうとした時、彼の中で蠢く何かがあった。

『なん・・・だ?』

「帆村! 構えを解け!! お前如きが適う相手ではない事位分かっておるだろうがっ!!」

 リーゼの声を遠くで聞きながら、その感覚を何処かで感じた事があると、構えも解かずに一人考える武士。

 何度と無く戦を体験したが、こんな感覚を感じたのは何時だっただろうかと考える。

 その結果、彼が何を得たかを考え、そして思い出した時、彼は顔を強ばらせながら漸く構えを解いた。

「なんだ、やらないの。つまんなーい」

「ルシエド様・・・冗談でもその様な事は止めて下さい」

 心底残念がっている風な横顔で、一度だけ武士の顔を見たルシエドだったが、その表情は先ほどの物を残し、少女とは別物の顔をしている。

 そしてそそくさと城へと歩いていく前に、何かリーゼに告げたのだろう。歩いて行く彼女を見ながら、判断しかねていたのだろうが、決心が固まったと言う事か。それでも少し迷っている様な顔をしてリーゼは言った。

「帆村、貴様も来い。報酬はガ・ルーン皇国で支払ってやる」

「いや・・・遠慮する。正直もうあんたらとは関わり合いたくないからな」

 その申し出は武士に取って鬼門とも言うべき事。だから即座に断りを告げ、そのまま帰路に、西通り<サウスストリート>に面した家へと歩き出す。

 だがリーゼを横にした所で、彼女はとんでもない事を言って退けた。

「もし断るのなら、ハンター証を永久剥奪するぞ」

「なっ!?」

 横暴極まりない台詞だったが、それが可能なのが魔環師と言う役職なのだ。元来ハンターギルドもここ、ガ・ルーン皇国が定め作ったギルド。ガイア大陸で正規のルートで一般的では無い仕事をするには、ハンターの資格がどうしても要るのである。

 無論、それに対し抗議の言葉も浮かび、リーゼの顔を見た時は武士はその瞳で睨め付けていた事だろう。

 だが、その瞳は怪訝な物へと変わり、思った言葉をそのまま漏らす。

「あんたも・・・厄介事を押しつけられた口か」

 その言葉に反応する様、リーゼは苦々しい顔をした。

「貴様は魔環師が何故、東西南北の四人と中核魔環師<コア・ハイ・マジックマスター>の五人で構成される理由が分かるか?」

「ガ・ルーン皇国を覆い尽くす結界を張れる人物が選考基準じゃないのか? 他国からの侵入に対する防衛がお前ら魔環師の仕事だろうに」

「ふっ・・・・」

 そしてその表情は、戦う者として敗北を悟りきった時にする表情と、声色は間違いなく悔しさを含み彼女は自分の無力さを噛み締めているのか。普段ならば、誰であろうと多分、異性には見せぬ顔で続けた。

「この国の防衛は間違いじゃない。が、それは所詮副業だ」

「じゃ、なんだよ」

「ルシエドもその一人に数えられる、三剣師<トリプル>に対抗しうる唯一の手段としての捨て駒だ」

「じゃ、あのちっこいのが「二対の形無し」・・・!?」

 ガ・ルーン皇国だけではなく、このガイア大陸に居るモノならば子供でも知っている単語を聞いた時は、目を見開き驚いた。

 三剣師とは通称で、本来は剣闘師<ハイ・ラウンドマスター>と呼ばれる伝説のハンター。三剣師とは三人居る事から出来た呼び名であり、それぞれ「三つ色の剣舞」、「一閃の雷光」、そして「二対の形無し」の三人からなる者達であり、その素性は二つ名以外一切明らかにはされていない存在。しかしその特徴だけは何故か伝説として語り継がれ、それぞれの二つ名も戦う様を見て決められたと言う。

 そしてハンターの中で最も有名なのは「二対の形無し」だろう。他の二人とは違い、戦い方と武器以外の特徴や経歴が微かではあったが印されているのだ。

 皇都設立と同時に初代ガ・ルーン公皇シュレート・ガ・ルーンと共にハンターギルドを設立。それと同時にハイルーン大学で様々な学問の基礎を記述した三百冊を越える教本を作ったとされるのだ。

 そしてそれは今から三千年以上の昔の話し。

 だが、驚く事はまだあったらしい。

「初めて知った時は馬鹿な、と思ったがな。この目でルシエド様を確かめて、悟ったよ。我らが公皇は知らぬだろうが、魔環師の連中が束になっても、たった一人の剣闘師に適わぬとな」

 東方魔環師と言う役職の主な内容は、敵の戦力分析と情報収集。

 熟練のハンターが何人居ようと、その判断力と情報収集力は世界一だと言われる存在。

 それ故、武士が密かに一度雌雄を決して見たいと思っていた事もある人物なのだ。

 だからその言葉に偽りは無いのだろう。

「じゃ、捨て駒にもならんじゃねーかよ」

 しかし、武士の口から出てきた言葉はそっけない物。

「貴様は・・・」

 それに対し、慰めの言葉でも掛けられると思っていたのか。リーゼは苦笑した様に笑って居た。

 だが、唯一の女性として見られるよりも、同じ戦う者として見てくれた事が嬉しかったのか。ぱっと表情を変えて、嫌味を言った。武士に取っては。

「まぁ、何にせよ飯位奢ってやろう。腹が減っているのだろう?」

「ちっ・・・さっきルシエドから聞いたのか?」

「ああ。あのお方はそう言う所はしっかりしてるからな。姿見だけで相手を判断すると痛い目に遭うのは貴様がよく知っている事だろう?」

「俺は悪役にはそれっぽい面と格好をいつも望んでるからな。知った事かよ」

 だが不機嫌に、心ない事を言っている武士の心境を分かっているのだろう。リーゼはそれに満足げに微笑んでいる様子だったが、その真意が分からず、武士の顔はますます不機嫌な物になる。

 だがその後、城の一室に案内された彼はしばしの間待たされる事にまた、不機嫌になるのだった。







 そして二時間後、どういう事情があったかは分からない。と、言うよりも、この部屋に用意されたテーブルいっぱいの食事を全て平らげるのに一時間を要した事は順当な所とは言え、もう一時間は直ぐに帰って良いのかと思いきや、一平卒だろう衛兵がやってきてこう言ったのだ。

「魔環師が一人、ウェスト・フリーテス様が話があるとの事で・・・その、もう暫くお待ち願いますか?」

 申し訳程度に呟いたその衛兵は、見覚えのある顔だった。先ほどリーゼと共に来た衛兵だと気付いたのは三十分が経過した辺り。そしてどうせ待たされるのだから、煙草の足しでも持ってきて貰えばと後悔しながら、豪華な調度品で飾られた部屋のドアが開いた時、もう一つの皮肉とも思える理由もあって武士の機嫌はすこぶる悪い物となっていた。

「いや、待たして悪かったね」

「ああ、悪いと思うならもっと速く来やがれ」

「はははっ。ま、君も相変わらずで僕は嬉しいよ」

「歯の浮くような台詞をいけしゃあしゃあと言う前に説得力の無い顔で謝るなバカタレ」

「相変わらずきついな君は。俺達、親友だろ?」

「腐れ縁だ大馬鹿野郎っ!!」

 その理由が、西方魔環師<ウエスト・ハイ・マジックマスター>であるフリーテス・ガ・リスキィとの関係だった。

 西方に両親と共に引っ越した時だったのだが、その時に傭兵を志した時に何故か隣りに居たのが彼だったのだ。今ではガ・ルーン皇国のお偉方などと言う大役を仰せつかっている物の、昔を知っている武士に取っては、美麗な顔と相成っているかどうかは判断しかねるがやたらと女癖が悪く時間にルーズな人物だと記憶している。その上で、人をおちょくるのが趣味だと言うかなりの問題児なのだ。彼とハンターをやっていた頃は、その破天荒ぶりに何度苦労した事か。そしてそれが5年ぶりに再会と言う事だが武士に取っては全く嬉しくもない理由である。

「けど正直驚いたぜ? 武士がルシエド様を送り届けたハンターだったとは」

「ご託はいい。用件ってーのが俺の報酬を持ってきてくれたって事を俺は期待してるよ」

「ああ、それもあるね。取りあえず、金貨五千枚だ」

 そう言って、まだ食器の片付けられていないテーブルの上にフリーテスは袋いっぱいになっている金貨を置く。無論、武士は顔色をうかがうようにして眉を顰めた。

 どう考えても、おつむの足りなさそうなルシエドが報酬に色を付ける等と言う気前の良い事を知っているとは思えないのだ。その上、共通紙幣一枚に対し、金貨はそれの十枚の価値がある。幾ら気前の良い事を知っているとしても、上乗せしすぎなのだ。だが、それもフリーテスの言った言葉で合点が行く。

「にしても君もルシエド様にはいたく気に入られてるんじゃないかい? 金貨五千枚も出すなんて普通じゃ考えられないよ?」

「いや、間違えたんだろ。俺が貰う筈なのは共通紙幣五百枚だ」

「・・・・・・いや、まいったね」

 そうしてフリーテスが目を瞑り額をぱしりと小気味良い音で叩く様は、馬鹿にしか見えない。だがその馬鹿にこの皇都でさえ、家が三軒ほど立ってしまう様な金額を渡すのは何処のどいつだと思いつつも、袋の中から五十枚、つまりは自分の報酬分だけを取り出す途中でフリーテスはにやりと笑った。

「相変わらず君は律儀だねぇ、全部貰っといても誰も文句は言わないよ?」

「わざわざ問題事を呼ぶ様な金はいらねぇよ。共通紙幣五百枚だって、剣闘師を送り届けるにしちゃ破格の値だ」

「んー・・・。そうでも無いかもよ。さっき言った驚いた理由って言うのは、今までルシエド様はここに来た事が一度しかなかったからさ」

「事情なぞ聞きたくもないっ。俺は帰る。じゃあなっ!」

「そんなぁ。少しはゆっくりして行けよあいぼぉ〜」

 笑いながら肩に手を掛けられるが、それを振り払いドアノブを握る。だがその刹那、後頭部に冷たい感触が生まれる。

「どういうつもりだ」

「別にぃ。一応これだけで終わりじゃない、って事かな」

「・・・・・」

「取りあえず座りなよ。それとも僕に親友を殺させるのかい?」

 そしてこう言う性格だった事を忘れていた武士は、溜息を吐きもう一度椅子に戻る。

 もし、ドアノブを回し外に出ようとすればフリーテスは間違いなくどこからか取りだした銃の引き金を引いていただろう。道徳に反した事はやらない、と言えば聞こえは良いが、それ以外なら何でもやると言う性格は健在らしい。だがその道徳に反する事、と言う中に入っているのは婦女暴行と言うだけで、親友を裏切る、もしくは仲間を殺す、と言う項目は無いらしい。それでも一時期共に仕事をしていた理由は、親友や仲間を殺す時、彼の言った理由はまともな事だっただからだろう。ただ、その事に関してあまり突っ込んだ事は聞きたくもなく、コンビを解消した理由は既に忘れてしまった事。

「さてと、実はこっからが本題なんだ・・・けども、食器くらい自分で片付けたらどうなんだい?」

「この部屋で待てと言ったのはお前だろうが。この部屋の何処に炊事場がある」

「別に部屋で待てと言った覚えは無いけど? その辺はちゃーんと衛兵さんに言ったからねぇ」

 そして彼のその台詞で思い出した。

 要するに、接して行くのが只単に疲れたのだと。

 だがそれが武士の別れ際に言った台詞であり、彼自身の本心ではなかったと言う事実はもやがかかった様に思い出せない。

 そんな複雑な心境の、一欠片も分かっていないのだろう。フリーテスは武士の後頭部に先ほどまであった銃をテーブルの上に置き、本題を話し始める。

「一応、報酬はそこにある分全部で良いよ。泣いても笑っても、これから始まる事を思えば、足りない位だ」

「そうかい・・・。で、内容は」

「東方ハツの、揚禅(ようぜん)猊下暗殺だ」

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

「巫山戯てんのか?」

「いや、僕は至って本気と書いてマジだよ」

 相変わらず笑いを顔の上に乗せるフリーテスの表情は崩れず、頭の中で何を考えているかなど武士には想像も出来ないのだろう。

 東方にあるハツと言う国は、武士の生まれ故郷なのだ。それが分かった上で、武士に頼むと言うのは幾らなんでも趣味が悪いだろう。だがフリーテスはその心境だけは見透かした様に言葉を続ける。

「嫌ならそれで良いんだけど。君の故郷だろ? そこに正義が無いと分かって、見捨てた上に誰かに任せる事が君に出来るのかい?」

 最後の声色が低くなったのは、フリーテスの特徴。相手の一番痛い所を突く時、必ずと言って良いほど声が低くなるのだ。それを聞く武士だったが、まだ終わりではなかったらしい。

「揚禅って人物は、簡単に言えば君の一番嫌いなタイプだよ。権力を思うがままに使って金の為なら何だってするし、自分の保身の為に誰だろうと躊躇わず処刑しているそうだ。今度は北方のアルフェイザとやり合うらしいけど、その理由がどんな物か分かるかい? 自分が処刑した数が多すぎて、国民が減ったからアルフェイザの国民を手に入れようって寸法らしいね。三分の一も処刑してれば、そりゃぁ働き手も居なくなって国が傾く事も理解出来ない馬鹿だし、アルフェイザがどんな国かも知らない所を見ると、極端におつむの無い人だね」

 いかにも楽しそうな口調だったが、自分の頬を流れる冷や汗は間違いなく本物だろう。武士の頭の中に浮かんでいる情景を想像して、フリーテスは笑っているのかもしれない。

「ちなみに、君の家族がどうなったか知りたいかい?」

「!!」

 そして見透かされた不安を突かれた時、武士は思わず唾を飲んでしまった。

 だがその瞬間、フリーテスの表情は変わり馬鹿にしたように笑う。

「あははははっ。そんな事がある筈ないだろ?」

「・・・・???」

「冗談だよ冗談。君の大事でやたら強い家族や師匠や同門の門下生が居る国を、どうやって手中に収める事が出来るんだ? 少し考えれば分かる事だろう?」

「お・・・お前は・・・」

 怒りを露わにするように、紅潮して行く顔が武士自身も分かって居たが、それを止められる程人が良い訳ではない。いや、ここまで来て冗談で許せる程馬鹿でもないと言った所か。迷わず殴りかかる為にテーブルに乗りフリーテスのクビ元を掴み殴りかかろうとした所で、フリーテスの顔が笑っていない事に気付き振り上げた手を止める。

「でも、近々そうなるかもしれない事は事実だ」

「嘘じゃねぇだろうな」

 武士の声色が怒りを含んだ物になるのも当然だが、至極真面目にフリーテスは返した。

「嘘じゃないさ。現状はさっき言った処刑が近々始まるって所だね。リーゼの情報収集を纏め上げそれをどう利用するかが仕事だ。実力だけなら、信用出来るだろ?」

「・・・・・」

 わざと、僕を信じてくれと言わないのはフリーテスなりの交渉術と言った所か。人柄を信じろと言われるよりも余程説得力がある台詞には違いない。

 目の前に居る青年は、昔相棒だっただけの一介のハンターではなく、今やガ・ルーン皇国の西方魔環師なのだから。

「ちっ・・・・」

 そしていくばかは納得の行かぬ部分もあったが、フリーテスを離し椅子に座り直す。

 その様子を見て、フリーテスは武士の一連の行動を別に気にした風でもなくまた軽薄な笑みを浮かべ多分、正真正銘の本題に入った。

「で、まず、君の武器なんだけど、これを使ってくれ」

 そうしてテーブルの上にあった銃を武士の方へと移動させ、武士はそれを手に取る。だが、別段新型、と言う事以外は何のことは無い銃にしか見えず、わざわざこれを持ってくる理由が分からない。しかしそれを説明する為に、フリーテスは口を開いた。

「それは一応、プロトタイプの拳銃で、弾は六発までしか入らない」

「六発? 新型の割に少ねぇな」

「まぁね。けど、銃自体が新型なんじゃなく、秘密は弾さ。その為に六発しか「入らない」様になってる」

「もったいつけるな・・・」

「はいはい・・・・。で、その弾の秘密って言うのが、魔導を封じ込める事が出来るって事さ。僕は魔籠弾(まろうだん)って呼んでるけどな」

 その瞬間、武士は黙り込み長い沈黙が訪れる。そして武士が漸く口を開いた時、漏れた言葉は力無い物。

「・・・・・・・・・・・どういう仕組みかは聞かん」

「何故だ?」

「何故・・・と、聞くか、お前は。なら話してやろうじゃねぇかよ。いいか? 良く聞け?」

 そして多分、フリーテスはそう来ると予測していたのだろう。ある行動を取った後に、涼しげな顔をして武士の顔を真っ直ぐに見る。だが、赤くなって興奮している武士はフリーテスが何をしたのか等気にもせずに捲し立てた。

「魔導と科学は決して相容れぬ存在だとお前も知っているだろうがっ!? こんな簡単に扱える銃と言う特性に魔導力の消費無しで使える様になってみろ、ガキまで狩り出される戦争になるだろうが!! 只でさえ技銃師って職業は今やばい状況なのは知ってるよな!! いや知ってる筈だ!! もしこの技術が応用されて魔導兵器なんて代物が開発されて見ろ!! どれだけの人間が簡単に犠牲になるか分かってるのかっ!? 魔導はあくまで精神力が消費されるからこそ力を持った奴らが制御しなければならない力だろうがよっ!! もしそれがなくなった後に起こる戦争がどんな物になるか想像した事が無いのか貴様はっ!!」

「・・・・で?」

「で? だとぉ? ふざけろクソ野郎。見損なったぜ、てめぇがそこまで馬鹿なヤツだったとはな。昔はもう少しマシなヤツだと思ってたが、頭の切れるだけで未来が考えられない只の馬鹿だよ」

「分かった分かった」

「その人を小馬鹿にしたような顔を止めろ。殺すぞ」

 そして手にある、フリーテスから渡された銃を彼の眉間に合わせその行動を止めさせようとする。だが、フリーテスは焦った様に、そして次に取った行動は耳から何かを取りだしただけ。そしてクビを傾げ言って見せた。

「少しは大声で怒鳴ってストレス発散になったか? なんだか苛ついてた見たいだからねぇ。この調子だと、この階全部に響き渡ってたんじゃないか? あ、僕の耳なら心配ない。この耳栓でしっかり聞こえなかったから」

「もう良い、お前は死んでろ・・・・・・・」

 がっくりと項垂れる武士を見ながらフリーテスは笑っていた。

 そして武士は頭の中でこんなヤツは知らないと言う台詞を何度も繰り返しながら、やがて落ち着く思考の中でそれが良い事だと気付く。

 考えて見れば、昔のフリーテスなら今の台詞を「聞かない」と言う選択肢を選ばず、聞いて反論する、と言う行動に至っただろう。そして後々になって自分が彼が反論すると言うのにしっかりした理由があったと言う事を知らされるのだ。ただ、今回は昔とは違い彼は成長してあえて聞かないと言う行動に至ったのだろう。それだけ武士を信頼し、言いたい事も分かって尚かつ、からかえると言うおまけ付きなのだ。

「何処で覚えた・・・その交渉術を」

「ん? これか? 魔環師になってからだぜ? なんせ一人やなジジイが居るからね。なんであんなのが中核魔環師<コア・ハイ・マジックマスター>やってやれるのか聞きたいよ。ちなみに教えて貰った人物は統一郎って言う剣闘師さ」

「剣闘師・・・だと?」

「君もハンターなら名前くらいは知ってるだろ? 三つ色の剣舞。今この皇都に来てるから紹介しようか?」

「していらん・・・」

「そうかい? あ、それと、心配しなくてもその銃は世界で一丁しかないよ。作り方も、僕しか知らない」

「・・・・・」

「君見たいな単純馬鹿の考えそうな事が分からなければ、西方魔環師は勤まらんぜ?」

 そしてやはりからかわれていたのだと分かると、怒りたい気持ちも何処かにあったが、それが表に出る程でなかった。

 その理由は、無論馬鹿馬鹿しいと思ったから。細かく言えば無駄に怒って体力を消費するのも無駄だと分かり、馬鹿にされている自分が虚しくなったとも言うだろう。自分はどうしてこんなヤツと、一時期とは言え相棒になったのだろうと思い、漸くある事を思い出す。

 それが、フリーテスの言った台詞。

 どういう頭の構造をしているか等、今なお知りたくもないし同調したいとも思わない。

 だが、こんな性格の彼がある一言を言ったのだ。

「ま、とにかく、揚禅の暗殺は頼むぞー」

「気楽に人殺しを頼むなよお前は・・・・」

「別に正当化するつもりはないけど、それでも子供を殺すヤツは許せる程、僕は優しくない」

 あの時と同じ、言葉を言ったフリーテスの顔は昔と全く変わらない物。皮肉しか言えない様な性格の彼だが、子供にだけは優しいのだ。その理由を聞いた時、武士はなんと言って良いか分からなかった物だ。そして今なお、それを言われ、なんと言葉を掛けて良いかは分からない。

 そしてその理由は、彼の弟と妹がまだ幼かった頃に、殺されたと言う事実。詳しい経緯は知らないが、殺された理由があまりにも理不尽な事だったとは聞いている。

 それから、フリーテスは自分よりも年下には優しくなったのだと彼自身が言っていた。とは言っても、優しくする、優しくしてる、等と言った訳でもなく、力のない子供を守りたいと言っただけなのだが。

 それだけの言葉だったか、このフリーテスらしからぬ物故に、それが本心だと武士は思ったのだ。

「あ、あとさ」

「あんだよ・・・まだ何かあるのか?」

「いや、交通手段に何使うのかなと思ってね。どうせなら魔導列車に乗ると良い」

「・・・・・・それも命令か?」

 しかし、この性格だけはどうにかして欲しいと言うのが本音。

 以前だったか。一度皇都の技術力の結晶として創られた魔導列車に武士は乗った事があるのだ。ガ・ルーン皇国と東方にあるレンと言う国に通ずる最も速い移動手段であり、馬でもゆうに一ヶ月は掛かる所をたった三日で着いてしまう代物。移動手段としては画期的であり、少し先の話しになるが、南方とも路線を繋ぐ計画があるらしく、西方北方を除く二つの方向との文化交流はこれからもっと盛んになるだろう。

 だがそう言った問題がなかった訳ではないが、列車酔いなる問題が発生したのだ。確かに乗り心地は馬車よりは快適なのだが、いい加減車輪だか路線だかに安定性がないのか。とにかく揺れるのである。そして、武士は列車など二度と御免だと漏らした事があった。よりにもよって、フリーテスの前で。

「半分以上命令だな。一ヶ月も掛かったんじゃ、東方の状況はもっと悪くなる。その為の、金貨4950枚だ」

「半端だくそったれめ・・・・。もう五十枚追加しやがれ」

「分かったよ。出発は明日・・・って言うか、早朝の7時だ。寝坊しちゃ、だめよ〜ん?」

「うるせぇオカマ野郎・・・」

 そしてその時の事を後悔しながら、彼は肩を落とし自分の家に帰ったが、これ見よがしに持っている金貨の袋がやけに重く感じたのはこの時だけだっただろう。二度と、西方魔環師に関わりたくないと願いながら就寝したが、無論見た夢は悪夢だったと言う。

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