予定通り初撃を回避し、全速力で個室へと入り込む。後は窓を破って屋根伝いを逃げればそれで良い。ドアノブを握った所で視界の隅に映るダークエルフの姿は遠くにあり、これで逃げられるとタカを括っていた。

 だが部屋を入った瞬間、噎せ返る血の匂いがあると思ったのだが予想に反してそこは綺麗な室内そのままに、一人の女の子が佇むだけ。

「どなたですか?」

 そして此方に向けられた黒髪の少女の瞳は、何も知らない無垢なままの子供だったろう。

 どうしようかと、迷うのと同時に違和感を感じるも、余裕など何処にも無い。

 とにかく「騒がせてすまない」と言って早々にドアに向け銃を構える。

 だが途端に、後ろから斬撃でドアを撃ち破る音が聞こえ、間に合わないと悟った瞬間、やたら静かな声がした。

「カリッサ、そんなに爆発させたいのですか?」

「シャクティ・・・・」

 お仲間か、と疑問に抱くも、ダークエルフの間合い無いで動こうモノなら真っ二つにされるだろう。

 何も出来ぬこの状況で、列車の揺れる音だけが辺りに響き渡り、静寂が落ちていた。

 筈なのだが、なにやら手を動かして色々とやっているのは少女。

「そこの方も静かにして居てないと窓から放り投げてミンチにしますよ」

 そして聞こえた声は恐ろしく冷たい、身を切り裂かんとするモノ。

 子供の発するそれではなく、子供の姿をした「何か」が声を発しているとしか思えない。

 心なしか視線の中にあるダークエルフの顔まで真っ青になっているのが見えたが、自分の顔も今、そうなっているだろう。

 身体が固まってしまい、五月蠅くしようと思っても出来やしないと胸中で何度も呟く。言葉の内容に関しては、凄味があるだけに洒落にならないのだろうが。

 そして漸く、何かの作業らしき事が終わったのか。溜息を吐きながら、シャクティと呼ばれた少女はカリッサの方に向き直り、もう一度、今度はわざとらしく溜息を吐いて見せた。

「少しは静かに働けないんですか?」

「い・・・や、悪いな。少し調子に乗ってた様だ」

「まぁ、列車爆破したいと言うなら手伝いますが、わざわざ切符代を出してまで乗ってるんですから今回はダメですよ」

「分かっておる」

 それだけで、激昂していた筈のダークエルフは逆らう様子も見せずに冷静になれたらしい。と、言うか、誰であろうとこの少女に瞳を向けられればそうなるだろうが。

 年端もいかぬ姿は、元気に遊び回ると言うより家の窓辺にでも座って木漏れ日を浴び、読書でもしている姿が似合いそうなのだが、漸く気付いた、両隣の部屋から漏れ出す血の匂いを嗅いで居るのだろう。それでも冷静と言うより、何処か楽しげに見える顔は、平穏な場所よりも屍の上の方が似合って見える。

 そして此方を向かれ、微笑まれた時、確信と共に少女が何者であるか悟れた。

「とりあえず、自己紹介でしょうね。シャクティ・タングラムです。ウチのカリッサがお世話になった様で」

「い、いや・・・此方も世話になった様なもんだし」

「そうですか? 帆村サマにそう言って頂けるとは光栄ですわ」

 氷の魔女の一人である、少女。

 二つ名が闇の疾風(ゲイル・ダーク)と呼ばれる彼女は、氷の魔女の中でも一番残忍とされる性格を持っているらしい。

 少女の、いや、その微笑みは「女」のモノだろう。特技は情報戦であり、幾つもの国を一切の直接手を下さずに壊滅させたらしい。

 だが今、問題はそんな事ではない。

 事もあろうにそんな危険人物に名前を、次いで顔も覚えられてしまったと言う事が問題なのだ。

「つきましてはお願い事があるのですが、宜しいですか?」

 そして死刑宣告にさえ聞こえる微笑みと共に漏れた言葉を、脅迫だと胸の中で呟きながら静かに聞くしかなかった。






































アナザー・ナイン・ファンタジー■ACT:GAN'S VERMILION





































「・・・ナンパでもしてきたの?」

「そうじゃねぇだろそうじゃ・・・」

 乗客の様子はまだざわついては居たが、車掌の説明によって少しは沈静化しては居る様子だった。

 初めは後方車両、咲夜から事情を聞いていたのだろう。一人が帰ってくる、と聞いて居たのだが、三人になって帰って来た事に疑問を抱いた様子だったが、それも一瞬の事。

 女、子供であれば武器を持っていても納得出来るらしい。車掌の殆どが顔は東方出身者だが、自分の国の出身者でない事で納得が出来る辺り、悲しいと言えば悲しいのかもしれない。男尊女卑を云々言うつもりも武士には無いが、少なくとも自分より強い、と言う事すら見抜けぬ車掌は、こんな事件ばかり多発したなら長く居きられる筈もないのだから。

 そして武器、見える範囲であったのだろうが。形だけは小さいシャクティを隣りにして、咲夜の開口一番がそれだ。

 間違いなくダークエルフの事を指しているのだろうが、言うに事欠いてそれしか無いのかと頭痛すら感じる。

「それに、子持ち、って事はないだろうけど、シャクティちゃん居るのにひっかけてどーする気?」

 もう一つは、咲夜の態度より気に入らないと言うか、爆弾を抱えている様で、いや、間違いなく爆弾を持っているのだ。

 シャクティの様子は、姿通りの性格と、対応をしているのだ。怪訝な目で見てやれば怯えもすれば、視線を外せば頭を撫でて貰える咲夜に、まるで甘える様な視線を向けるのだ。

「あ、シャクティちゃんは分からなくて良いのよ。怖かったでしょ? でももう大丈夫だよ」

「?」

「どうしてって? こんなんでもトカゲの尻尾にはなるし、私は強いからね。だから守ってあげる」

 そして、実の兄の事を「こんなん」と指さしながら称した咲夜自身がシャクティの事を気に入ったらしく、先ほどから手の届かない距離に行かそうとしないのだ。べったりと、言う奴である。

 だがその中身が一体何を考えているのかは全く分からない。

 何せ、突きつけて来た条件は、彼女らにして見れば運が良かったと言うべき事なのだ。

「全く、取り上げなくとも良いだろうに。誰が守ってやったと思っている・・・」

 そんな猫を被った相手を猫かわいがりする妹と少女を見ていたのだが、帰ってきたカリッサはかなりご立腹だった様子だ。

 大方、妙な色目でも使われたのだろう。察するに好みでない、鬱陶しい、近づくな、と言う三拍子条件でも車掌が揃ったに違いない。

「仕方ないだろうが。あんなでかいエモノ、普通誰が見ても危険視する」

「乗る時に何も言わないのなら、最後までそうしろと私は言いたいのだ」

「ま、あんたなら武器無しでも十分なんじゃねぇか?」

「どういう意味だ」

 流石に、女らしくは見えない、と暗に言われた事は気になる様子で。

 ちなみに言葉の意味を深く述べるのなら、素手で相手の腕や脚くらいなら引きちぎってしまいそうな雰囲気がカリッサにはあるのだ。

 この調子で行くと、言えば言うだけ損をするのは自分であろう。

「あ、カリッサさん。兄がお世話になりました」

「全くだ」

「何処に行かれるんですか? 時間があるなら、兄のお世話の変わりに何かご馳走したいんですけど」

「そうか? と、行っても、目的地は咲夜達と同じなのだがな」

「なら良かった。今日は丁度家族全員が揃う日なんですよ。父か母にご用でも?」

「まぁ、その様な所だ。あまり人前で言う様な話しではないからな、察してくれ」

「分かりました。じゃ、兄の奢りで美味しいモノ一杯買って、ウチで食べましょうよ」

 前言撤回。

 何をしようと、損をするのは自分一人らしい。

 納得出来ない、と言った所で言葉が聞き入れられる確立など無いに等しい。その上、ヨリにもよって姉まで帰ってくるとなると、早々に何処か宿でも取って落ち着ける場所を確保した方が良いのかもしれない。

「武兄?」

「あん?」

「敵前逃亡なんてしたら銃殺もんだかんね。お姉ちゃんからの伝言」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 しかし目論みも見抜かれ、二回目の死刑宣告を聞きながら大人しく、猫を被った魔獣と、まんま猛獣、そして自分の天敵の三人に従う事に決めるしかなかった。

 そして昼も過ぎ、腹は膨れたが変わりに財布の中が寂しくなった頃。

 前を歩く咲夜とシャクティは、それこそ何処にでもある様な風景の如く、談笑を楽しんでいる。

 自慢げに家の話しでもしているのだろう。幾つかの聞き取れた単語は確かに自分の家系に関係する物ばかり。飽きもせずに良く聞く、とも思うが、もしかしたらシャクティ自身の地の性格がそこにあるのかもしれないと、思いもする。

「希望を抱くだけ打ち砕かれんだろうな・・・」

「何を一人でぶつぶつと」

「なんでもねぇよ。全く、他人の財布だと思ってばかすか喰いやがって」

 そして、自分の隣にはカリッサが居た。

 飯処で、それも比較的値段がお高い店でだ。一番食べたのは咲夜。いや、量はそれ程でもなかっただろう。メニューと照らし合わせて観察していなくとも、値段の高い物から持ってこい等と言う言葉が聞こえた時点で諦めは付いていた。

 シャクティの場合は、その形が小さいだけの事はあり、幾ら沢山食べたと言った所で所詮、二人前程度。デザートは別々の物を合計して三人前だったが。まだ、財布の中を心配する様な状況ではなかった筈だ。

 だが問題は隣りに居るカリッサ、そのダークエルフである。

 ハッキリ言って、何処にそんな量のご飯類から麺類、食物繊維に砂糖や果肉の芸術品が次々と消えて行くのかがどうしても理解出来ない。

 食べに食べ、結局十人前以上食べただろうか。いや、それを確認した時点で見るのを止めたのだ。正確な数は分かりもせず、分かりたいとも思わない。

 その上で、腹八分目で止めて置くと、本人は至ってまともに遠慮している気で居るのだ。

「他人の財布だから食えるんだろうが。おかしな事を言う奴だな」

「笑いながら言うんじゃねぇ・・・」

 ヤケになって「遠慮せずに注文してくれ」等と言わなくて良かったと、初めて思った一日でもある。

 自分独りならばまだ懐も潤っていただろうに。

 そんな事を呟きながら、実家への道をただ、歩いているのだが、徐々に近づくにつれて財布の問題から別の問題があったと言う事を漸く思い出せた。

 何せ、先ほどから前を行く咲夜に対して挨拶する物が多いのだ。

 会釈、ではない。どちらかと言えば、畏怖さえ抱いている様なのは男で、その姿は一見卑屈に見えるのかもしれない。

 女であるならば、彼女よりも年下なら何処か憧れの眼差し。シャクティと同じくらいの年齢であれば、遊び相手になってくれる姉貴分に対しての元気な挨拶。そして自分より年上の者達であるならば、可愛げのある、妹を見て、微笑んでいると言った感じだ。

 道場はまだまだ先にあり、街道から外れて既に住宅街に入ってもそれは変わらない。

 とどのつまり、この先に人が用がある様な場所は自分の実家しか無いと言う事。

 思い出した理由は、その咲夜に対して年齢と性別事に移り変わる会釈が、自分に対しては同じだと言う事。

「お前、何かこの辺りでやったのか?」

「人を罪人みたいに言うな大食らい。」

「だが、実家に帰るだけで睨まれる様な理由と言えば、その程度の事しか思い浮かばんだろうが」

「大方、俺の事を知らない奴らなんだろうって。別に顔を知られたい訳じゃなし、道場の名前借りて何かやった事もねぇよ」

 そしてカリッサの弁を裏付ける様に、知った顔に逢っても、何しに帰って来たんだと、何度か言われた後、漸く実家の前に辿り着いた。

 だが、先に入って行った咲夜とシャクティの姿は既に無く、自分が立ち止まっているから、カリッサは入らないと言う事らしい。

「どうした?」

「久しぶりに帰って来たんだ。噛み締めてんだよ、想い出をな」

 大仰過ぎると述べて良い程の、門がそこにはある。先ほどから歩いて居る道も、途中からは塀づたいで、改めて自分の実家の大きさに圧倒されていると言った方が、想い出に浸っている、と言うよりも正しいのかもしれない。

 だが、ここを出て、数えられぬ程の様々な経験をして、またこの門の敷居をまたぐことが出来るのだ。

 正直、久しぶりに帰って来て、じわじわと嬉しいと言う感覚に浸る事すら久しぶりである。

「帰ってきたな」

「無駄口叩いてないでさっさと行け。惚けたか?」

「五月蠅い真っ黒ババア」

「ほう、私が黒いババアなら望む所だな。これでも今年で133だ。ばあさんと呼ばれないだけ感謝してやろう、真っ赤っかな坊や」

「・・・・・・・」

 最も、その感慨に浸っている時間すら、自分には許されないらしい。

 正直、隣りで歩かれているのも油断がならず、ずっと注意を払わせる様な雰囲気を彼女は纏ったままなのだ。

 殺気がある、と、ハッキリ分かるなら良いのだが、中途半端なままでは手を出す理由にもならない。

 何もかもが、予定調和を狂わして行く物ばかりだと、疲れた溜息を吐き、敷居を漸くまたぐ。

 そして一歩、だ。

 たった一歩、前に歩いただけで、

「!?」

「漸く帰ったかバカ息子!!」

 熱烈な歓迎が待っていた様だ。

 何処かうっぷん晴らしをする様に酒を浴びるように飲んだ如く、真っ赤な顔をしていたのは、自分の、父親。

 最も、何年か逢っていないウチに更に老けたらしく、どことなく頼りなさ気に見えたのは、、、気の所為だったらしい。

「おお、そちらがカリッサ殿か! 客人っ! 今日は大いに持てなさせて貰うぞ!!」

「オヤジ・・・・何かあったのか?」

「何を言っとる、お前に妹が出来た事がそんなに辛気くさい顔をする程嫌な事なのか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんだとぅ?」

 一瞬、聞き間違いだと、確信を持った意見は、何処からともなく聞こえて来る赤子の産声と共に、拭いきれない疑惑に変わる。

「オヤジ・・・今、何て言った?」

「耳クソでもたまっとるのかお前は? 綺麗にしとかんと腕が錆び付くぞ?」

「良いから答えやがれ。子供が生まれたとか言ったよな?」

「ああ、言った。お前にもう一人、妹が出来たと言った。これ以上喜ばしい事は無いぞ!!」

 うおぉぉと、雄叫びにも似た声をあげながら、やたら五月蠅い父だと、改めて認識させられる。

 だが、そんな事はこの際どうでも良い。

 自分にもう一人、妹が出来たと言う事は喜ばしい事だろう。

 両親がまだ現役だったと言う事が、少し驚きに値しただけだ。母はまだ40代で、父が50後半になったと言う時点で、父親には敬意を払っても良い。

 それこそ、一番最初の長女が生まれた時や、長男である自分が生まれた時よりも、その喜びはひとしおなのかもしれない。

 老後の楽しみと言っては何だが、また子育てが出来る事に生き甲斐を感じている様子なのだから。

 散々放任主義で育てられた自分は、年甲斐も無く嫉妬を抱かざるを得ない状態ではあったが。

 そして、自分が一番懸念している事は一つ。

「お前も苦労するな」

「言うな。嬉しい、ん、だが、な・・・・・・・・・」

「そう言う星の元に生まれたんだ、若者よ」

「・・・・・・」

「腹を括れ」

 まだ名前も知らない末の妹が育った時、またおちょくられるのかと思うと、正直頭痛がするのだ。

 ぐうの音も出ないとはまさにこのことであろう。

 考えるべきだったのだ。どうしてこの時期に、家族全員が揃う等と咲夜が言ったかを。

 たまたま偶然で揃う様な家族ではない。四六時中家に「居ない」父と母、姉は嫁ぎ先に行き、妹は学生業傍らに何かバイトでもやっていると思っている。

 だから、妹が迎えに来させられたのだと思っていただけなのだが、どうやらこの新たな妹誕生の為に、自分はここに呼ばれた様な気すらするのだ。

 そう言う意味で、リスキィは元より、咲夜や、他の家族全員にはめられたと言っても過言でないのかもしれない。

「どうした? 父君は行ってしまわれたぞ?」

 そして、虚しい声が耳に聞こえた後、ゆっくりと、何年ぶりかも忘れた実家の敷居をまたぐのだった。







 一難去ってまた一難。

 昔は、当たり前に遭遇していたのでそれ程、苦にもならずむしろ楽しんでいた節すらある。

 あの頃は楽しかった、と、思いはしたものの、そんな事を考えると年寄り臭くて適わないと言う事で思いを振り払い、今の現状を認識する。

 ここは、一応、客間ではあった。

 妹の咲夜と、父、仁(ひとし)は、食事を用意すると言って台所に行き、シャクティとカリッサと共にこの部屋に通された。姉の雪恵の姿は見えないが、久しぶりに故郷に帰ってきたのだ。旧友と出会ってでも居るのだろう。

 だが、母親であるナズナがここに居ると言うのはどういう了見であろうか。その上、事もあろうに、赤子までその腕に抱き、母乳をやっている最中なのだ。とても、自分にしつけ云々と、それだけは小うるさいほど言われた人物とは思えない。それこそ、客人に会う態度ではないと思えてしまうのだ。

「か、母さん・・・産後なんだったらゆっくりしてろよ」

 しかし、息子の気遣いの言葉すら、彼女には届かないらしい。

「あら、別に今日生まれたって訳じゃなし、私はまだまだそんな歳じゃないわよ?」

「若いとかそう言うのは関係ないだろ? その子の為にも言ってんだよ・・・・・って、あ?」

「心配してくれるのは良いけど、ムダに気苦労耐えないと禿げるわよ?」

「・・・・・・今、何つった? 今日生まれた訳じゃないとか言わなかったか?」

「あら、聞いて無いの? おかしいわねぇ」

 その上、だ。

 どうやら、家族全員で自分を担いで居たらしい。

 さしずめ、放蕩息子に対する当然の仕打ちと言った所だろう。好きにしろと言った割に、自分が今、母親を心配している様に、彼女も、父も、妹も、姿もまだ見ていない姉も自分の事を心配してくれているらしい。

「母さん」

 だが、

「その含み笑いの癖は、止めた方が良いと思うぜ・・・。嘘を付いてると公言してる様なもんだ」

「分からないと貴方は怒るでしょ?」

「首謀者は・・・母さん?」

「チガウわよ。雪恵、あの子もなかなかやるようになったわね。私も思いつかなかったもの」

 楽しげな笑みに対し、此方も素直に笑うべきなのだろうが、笑えない。

 楽しいと言う意味が、自分をダシにしていると言う事が納得出来ないのだ。

 だからと言って、まさか生まれた赤子である妹の目の前で激昂出来る筈も無く、その為に一緒に居るのかとすら思ってしまう。

 だが、そこまで深読みする事も無いだろう。否、正直面倒になっただけだったが。

「それで、今回はどうするつもりなんです?」

 そして、言葉を続けたのは意外にもだんまりを続けていたシャクティだった。

 一応、列車の中で、家に案内しろと言われはしたが、母親の表情に変化がある部分を見ると、知り合いだったらしく、長い沈黙の後、溜息と共に、ナズナはゆっくりと顔をほころばせた。

「まさかこの国で人身売買、それも魔族の方をも巻き込んだ事件が起きていたと言う事は、知りませんでしたじゃ済まされない事です。開き直るつもりもありませんし、言い訳すら出来ない事は分かっています。」

「好きにしろ、と言う事。ですか?」

「まさか」

 そして睨み合いだろう。

 何処か、こののほほんとした部屋に全くそぐわない雰囲気が一瞬の内に部屋中を支配し、そして四散する。

 気が抜けた、と言った顔になり、次に笑ったのはシャクティ。

「でしょうね。ナズナ、貴方はそう言う人間だ」

「誉め言葉として受け取って置きます」

「今回の件は一任して置く、と言う事で良いですね?」

「モチロンですわ。その為にこうして、武士も来てくれた事ですし」

「あまり頼りがいになる様には見えませんが、カリッサとやり合って生き残った男性ではあります。信用しましょう」

「感謝致しますわ」

 そして、何が、どうなったのか分からない内に、シャクティの用事は済んだらしい。立ち上がり様にカリッサに何か耳打ちをし、そのまま部屋を出て行ってしまう。

 だが、事情など、言葉の節々から全てを推測しろと言う方が無理な話だ。そもそも、どういう関係なのかを一番知りたいと言うのは、我ながら不謹慎な事だとは思ったが。

 最も、それすらも見抜かれていたらしい。

「シャクティとは若い頃からの知り合いでね。私の一番の友人でもあるの」

「・・・・母さん。一体、何をやってたんだ?」

「教えて欲しい?」

 そして、またあの微笑だ。

 聞くなら覚悟しろ、と暗に言って居るのが分かってしまうのは、昔からこういう母親だったからと、幾度と無く思い知らされたから。

 それこそ、自分の後悔したと言うエピソードの殆どは、この母に教えられた事ばかり。

 確かに自分も悪かったと言う事は分かる。だが、三歳児であった頃や、反抗期であった時に教えて貰った言葉は、よくもまぁ、トラウマにならなかった物だと自分に感心すら抱いてしまう。

 だが、それも彼女から言わせれば一言で済んでしまうだけ。

「ま、信用してるわよ」

「あー・・・はいはい、分かった」

「はいは一回っ!」

「はいっ!!」

 眠りに付いた、まだ右も左も分からない妹が起きてしまう様な気がしたが、ちょっとやそっとの事では泣いたりしないらしい。

 赤ん坊ながら、とても頑丈なお子さんだ、と皮肉すら頭の中に言葉が浮かんでしまう。

 しかし、忘れていた存在は、その堪えているのであろう、笑みと共に此方に思い出させてくれる。

 無論、意識した訳ではないのだろうが、何とも言えない不満を漏らしたくは、なった。

「何が面白い」

「いや、な。お前達はやはり親子だよ。ナズナさん、だったな」

 しかし、ただ楽しみを見る目で笑っていたそれが一瞬、陰りを見せたのは何故なのだろうか。それこそ、容姿でうかがい知れる年齢よりも遥かに年上だと、その時だけは観えた筈だ。

「何です?」

「良いご子息をお育てになったな」

「あら、あまり言うと調子に乗るから、それだけで十分ですわ。今日はゆっくり休んでいってくださいね」

「ああ」

 どことなく、誰かと、自分たちを重ねて見ているのだろうと言う事は分かるが、それ以上は分からないまま。

 誰しもが持っている、キズなのだろう。

 それを乗り越えようとしている彼女の目は、確かに色あせ、同時に輝きを持っているのだ。

 そのまま部屋を出て、多分、シャクティの所へとでも行ったのだ。もしかしたら、わざわざ久しぶりに逢った親子の邪魔をするのは無粋だとも考えてくれたのかもしれない。

 その気遣いが嬉しかったのは、

「さて、と。私もそろそろ寝室に行くから、貴方も今から休んで体調を整えて置きなさいな」

「あ、ああ・・・・・・、って、今から? 体調を整えるぅ?」

 一瞬の事。

「当たり前でしょ、今夜、貴方の出番なんだから」

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ。何の話しなんだ?」

「決まっているだろう?」

「カリッサ。お前、何で? どっか行ったんじゃ・・・・???」

 何処かに行ったと思った、そして戻って来ていたカリッサの手には、何故か酒瓶が握りしめられているのだ。それを取りに行っていたと言う事は分かるが、何故酒瓶を、何故戻ってきた、何より、何故笑っているかが、分からない。

 だが、家に帰って思った事を言葉にするならば、総合的な評価は彼女も同じ事を悟らざるを得ないのかもしれない。

「酒を取りに行っただけだ。お前と飲んでみたくなってな」

「酒癖悪そうだお前・・・」

「もしかしたら一晩だけの付き合いになるかもしれないんだ。コレくらいの頼み事は聞いて貰うぞ」

 そして、彼女の言葉で分かり得た事は、彼女も、自分と同じ事をしに来たのだと言う事。

 自分よりも様々な情報を既に得ているのだろう。だから、列車内であれだけの事をやって退けた彼女とて、恐れを感じているのかもしれない。深読みすれば、自分が死ぬかも知れないと言う事を暗に言っている事にもなるのだが。

 そう言う事も含め、自分の家族と居る時は、安心感よりもずっと騒がしく生きて、休まる暇も無いのだと。だから早々に一人暮らしをはじめたいと昔から思っていたのかもしれない。

「一晩だけねぇ・・・。てめぇが死んだら骨くらいは拾ってやる」

「それはありがたい。じゃ、貴様が死んだその時は、墓前ででも泣いてやるとするか」

「言ってやがれ・・・」

 その上、だ。

 ウチの家族に関わる輩は誰もが、似た様な連中と言うのもおかしな話しなのかもしれない。

 皇都で出逢った、ルシエドであろうと、魔環師のリーゼ・ガ・ストラストであろうと、悪友のリスキィであろうと、常に居て面白く感じるだけの余裕があれば良いのだが、ぴんと張りつめて居なければならない状況の方が多いだろう。

 その点で、父親は別としても、リスキィは唯一の男性と言う事もあり、毛色が変わっているのかもしれないと。

「アイツはそっちのケでもあるのか?」

「何か言ったか?」

「何でもねぇよ。で、何処で飲む」

「咲夜とシャクティでも連れて、ピクニックとしゃれ込むか」

「はん・・・そのでかい大剣背負ったままじゃ、まるで誘拐犯じゃねぇかよ」

「じゃあお前も、私の連れで同罪だな」

 妙な勘ぐりも、無意味だと思って止める。

 何より、対等ではある物の、何処か尻に敷かれている様な感じが嫌で堪らない。こんな奴の酒の誘いに乗った理由が分からない。が、それでも、久しく見る故郷の風景を楽しみながら飲む酒は格別だろうと、ダークエルフの人を小馬鹿にした様な笑みを一蹴するだけ。

 そしてひとときの休息だった筈の時間は、久しぶりに帰ってきた故郷でのどんちゃん騒ぎとなって幕を閉じる事になるのだが、それも今は分からぬ事。

「さて、行くか」

 風が吹き、何処までも暖かいそれは、懐かしい匂いがした。

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