予定通り初撃を回避し、全速力で個室へと入り込む。後は窓を破って屋根伝いを逃げればそれで良い。ドアノブを握った所で視界の隅に映るダークエルフの姿は遠くにあり、これで逃げられるとタカを括っていた。
だが部屋を入った瞬間、噎せ返る血の匂いがあると思ったのだが予想に反してそこは綺麗な室内そのままに、一人の女の子が佇むだけ。
「どなたですか?」
そして此方に向けられた黒髪の少女の瞳は、何も知らない無垢なままの子供だったろう。
どうしようかと、迷うのと同時に違和感を感じるも、余裕など何処にも無い。
とにかく「騒がせてすまない」と言って早々にドアに向け銃を構える。
だが途端に、後ろから斬撃でドアを撃ち破る音が聞こえ、間に合わないと悟った瞬間、やたら静かな声がした。
「カリッサ、そんなに爆発させたいのですか?」
「シャクティ・・・・」
お仲間か、と疑問に抱くも、ダークエルフの間合い無いで動こうモノなら真っ二つにされるだろう。
何も出来ぬこの状況で、列車の揺れる音だけが辺りに響き渡り、静寂が落ちていた。
筈なのだが、なにやら手を動かして色々とやっているのは少女。
「そこの方も静かにして居てないと窓から放り投げてミンチにしますよ」
そして聞こえた声は恐ろしく冷たい、身を切り裂かんとするモノ。
子供の発するそれではなく、子供の姿をした「何か」が声を発しているとしか思えない。
心なしか視線の中にあるダークエルフの顔まで真っ青になっているのが見えたが、自分の顔も今、そうなっているだろう。
身体が固まってしまい、五月蠅くしようと思っても出来やしないと胸中で何度も呟く。言葉の内容に関しては、凄味があるだけに洒落にならないのだろうが。
そして漸く、何かの作業らしき事が終わったのか。溜息を吐きながら、シャクティと呼ばれた少女はカリッサの方に向き直り、もう一度、今度はわざとらしく溜息を吐いて見せた。
「少しは静かに働けないんですか?」
「い・・・や、悪いな。少し調子に乗ってた様だ」
「まぁ、列車爆破したいと言うなら手伝いますが、わざわざ切符代を出してまで乗ってるんですから今回はダメですよ」
「分かっておる」
それだけで、激昂していた筈のダークエルフは逆らう様子も見せずに冷静になれたらしい。と、言うか、誰であろうとこの少女に瞳を向けられればそうなるだろうが。
年端もいかぬ姿は、元気に遊び回ると言うより家の窓辺にでも座って木漏れ日を浴び、読書でもしている姿が似合いそうなのだが、漸く気付いた、両隣の部屋から漏れ出す血の匂いを嗅いで居るのだろう。それでも冷静と言うより、何処か楽しげに見える顔は、平穏な場所よりも屍の上の方が似合って見える。
そして此方を向かれ、微笑まれた時、確信と共に少女が何者であるか悟れた。
「とりあえず、自己紹介でしょうね。シャクティ・タングラムです。ウチのカリッサがお世話になった様で」
「い、いや・・・此方も世話になった様なもんだし」
「そうですか? 帆村サマにそう言って頂けるとは光栄ですわ」
氷の魔女の一人である、少女。
二つ名が闇の疾風(ゲイル・ダーク)と呼ばれる彼女は、氷の魔女の中でも一番残忍とされる性格を持っているらしい。
少女の、いや、その微笑みは「女」のモノだろう。特技は情報戦であり、幾つもの国を一切の直接手を下さずに壊滅させたらしい。
だが今、問題はそんな事ではない。
事もあろうにそんな危険人物に名前を、次いで顔も覚えられてしまったと言う事が問題なのだ。
「つきましてはお願い事があるのですが、宜しいですか?」
そして死刑宣告にさえ聞こえる微笑みと共に漏れた言葉を、脅迫だと胸の中で呟きながら静かに聞くしかなかった。

アナザー・ナイン・ファンタジー■ACT:GAN'S VERMILION