どんちゃん騒ぎのその後で、自分の背中にあった咲夜の暖かみなど遠の昔に消えている。

 風が冷たく、酔い覚ましには丁度良いのだろうが、隣りに居るカリッサはどことなく落ち着きが無いのが不思議だった。

 それでも、事の真相を知らぬまま動くのは納得出来ない物の、それでも時間が無く切羽詰まっているのは嫌と言う程分かる。

 だから、静かに悪態を吐いた。

「こんな事になるまで放って置きやがったのは何処の誰だ」

 しかし、それに律儀に答えたのはカリッサ。

 緊張を紛らわす為だろう。

「強いて言うならこの国の国政と、貴様の親と、連絡を受けられなかった魔環師共、だな」

「俺の親? ったく、子供の知らない所でどんな仕事をしてんだかね」

 最も、自分は緊張と言うより、周りの雰囲気に感化されて興奮冷めやらぬ、と言った感じだ。

 いつもは静かなのであろう、城壁の外に居ても中の騒々しさが伝わり、血気盛んな若者から、既に高齢の域に達している老人までもが血走った目をしているに違いない。

 これは、戦争なのだと、嫌と言う程、雰囲気だけで伝わってくる。

「で、俺は揚禅暗殺すれば良いだけなら、アンタがそこまで怯える理由が分からんのだがな」

 それでも自分を律し、心を冷静と言うよりもはや冷徹だろう。

 波打つ心を全て凪ぎで止め、何もかもを現実のままに見定めるだけだ。

 今は、動くべき時でないのなら、見付からない事が第一の仕事。

 だがそれでも、ダークエルフの身体の震えは止まらないらしく、それが怪訝で仕方なかった物の、彼女の一言と共にその理由が分かってしまう事となる。

「私が、この仕事に関わった理由が分かるか?」

「ウチの両親と知り合いだった、じゃ、不十分見たいだな」

「ああそうさ。広い意味での魔族の中でも、混沌な様で幾つかのルールがある」

「そりゃ、同族同士で戦争しないすげぇ奴等だ。とんでもないルールでもあるんでしょうよ」

「ほう・・・・・意外だな。貴様の様なバカでも分かるとは」

「誉めてんのか貶してんのかどっちかにしとけ」

 何気ない一言でも、彼女に取っては緊張を和らげるに十分な理由になる。

 だから、他人、と言うより、殆どの人間は知らぬであろう事を口にしてやったのだが、そこまで落ち着くとは思わなかった。

 しかしそれも一瞬の事。何処か、疲れた笑顔を見せた彼女の顔は一瞬の内に凍り付き、その名を口にする。

「なら、十三魔剣と言うのを貴様は知っているか」

「十三魔剣・・・・・・確か、魔族の中の魔王みたいな存在、だったっけか」

「掻い摘んで言えばそうだな」

 聞いた事はある、と言う程度の知識だったが、それで十分と思ったから、それ以上の事を知ろうとは「思わなかった」事。

 魔族と言う連中が、良くも悪くも誤解されたままの存在である事は知っているが、どうしても理解出来ない部分を抱えているのも事実。

 幾つかある中で、十三魔剣と言う存在はその一つ。

 曰く、魔族連中の中で最強と謡われる十三人の魔剣の名を持つ物の事を十三魔剣(デモンサーティンズ)と呼ぶらしいのだ。

 一人、名前を知っていたのがそこまでの知識を得た理由であろう。シュリ・レイナードと言い、二つ名を天魔剣と呼ばれる賞金首、その人である。

 だが、こんな所でわざわざ話すと言う事は、もしやと思うが、聞くまでは分からないとムダかもしれない希望を抱いてしまう。

 最も、この勘の良さも、今だけは嫌になったが。

「私がここに来た理由は、その十三魔剣の一人がこの城に居るって言う情報を掴んだからだ」

「強さはいかほどで? まさか天魔剣より強いなんて言うんじゃねぇだろうな」

 冗談にして置いてくれと、暗に言ったつもりだったのだが伝わらず、逆に関心している様子だったが、心当たりがあったのだろう。

「貴様なら、シュリさんの事を知って居ても可笑しくはない、か」

「シュリ、さんねぇ・・・。極悪人だろ、あんたと同じ」

「まぁ、そうだな。確かに人間の世界じゃ第一級犯罪者だな」

 喉の奥の笑みを堪えている様子で、わざとそれで身体の震えを誤魔化していた様だった。

 だがそれも、それすらも僅かな事。

 彼女の中の記憶が、彼女の経験が、そうさせるのだろうが、口から漏れた言葉が、ただ、自分の中に冷たく響き渡った。

「この城に居るのは龍魔剣の名を持つ男だ。ただ、五千年も昔に死んだと言う話しだがな」






































アナザー・ナイン・ファンタジー■ACT:GAN'S VERMILION





































 冗談だと思ったが、それでも信じるしかないと言う言葉はある。

 だから、信じている自分が居るのだろうが、もう半分はどうでも良いと言った所か。

 結局、忍び込む際に別れてしまったのは当初から目的が違っていた訳で、当たり前と言えば当たり前の事。

 誰一人として見付からぬ様に、先へ、先へと急ぐ脚は重くも軽くも無く、ただ、目的地へと進む道具の様。

 城内を警備している殆どの兵士を戦争へと出払わせている為、通常よりは警備兵の数も少なく、人の視線の隙間を縫うのも簡単ではあったが、それでも気になる事は一つあった。

 この城に入った途端、確かに背筋に嫌な物が走ったのだ。

 それも、嫌な予感の全長と言う奴ではなく、丁度、あのジェイルと相対した時と同じ様な感覚だ。

 竜族が居るのか、とも思ったが、人間に関わっている様な竜族は少なくとも居ないと聞く。元々、人間と関わる事を極力避けようとするのが竜族なのだ。魔族はそれに輪を掛けて人間嫌いな輩も居たが、逆に人間と普通に暮らしている魔族も居るには居る故に、人間らしいと、言葉は変だが、それだけで納得出来る言葉も頭の中には浮かぶ。

 だから、ではないが、城の三階に来た辺りからずっと背筋に悪寒が走ったままで止まない。

 多分、この階に居る、と言う事は分かるのだが、まるで気配が感じない所が逆に妙すぎると言った所か。

「それにしても、ウチの家系は一体何やって生活してんだか」

 嫌な感覚を紛らわす為に、そんな取り留めもない事を考えたりもするが、幾つかの案が出ては四散するだけでまとまりはしない。

 ハッキリと何をしている、と分からないのだから、幾つかの予想は立てられるが、そこまでなのだ。もどかしいと言う感覚は、キライである。

 気配を消しながら、ゆっくりと、それで居て迅速に歩く先に何が待っているのか。

 東方の城の構造上、階段を上がればまた上に続く階段がある、と言う訳ではないのだ。複雑な作りはお家芸の様な物で面倒と言ったらきりがない。

 探し回る時間もそうは無く、彷徨いて居ればそれだけ発見される確立があがるだけなので、間取りを頭に叩き込んでは動くだけ。

 手探り作業でまた階段を見つけ、変わった場所にあるなと、そこに近づく。

 だがそこでぴたりと脚を止めたのは、そんなに年寄りじみては居ないのだが、長年の勘と言う奴である。

「・・・・罠、だろうけどなぁ」

 入った場所は、丁度客間の様な部屋。なのだが、人の通った跡が自棄に床に残りすり減っている事で、何かがあると踏んだのである。

 それも、階段があった場所は掛け軸の後ろだ。ハッキリ言って、正規の階段にしては手の込んだ物だとしか言い様が無いが、これ以外にも階段があると考えて良いだろう。

 人の通った跡はあるが、比較的新しい物ばかりで、古くから使われている階段を誰かが使っている、と言うにはあまりにもかけ離れているのだ。

 どちらかと言えば、隠し階段と言う存在故に、この城の上級職の者が無断で使用しているか、あるいは揚禅自身が使っているかのどちらか。

 使っているのが単なる兵士であれば、これを見つけたと言うより、教えられたと言うべきだろう。何に使用するかは分からないが、ふと、リスキィに言われた事を思い出す。

『容疑は人身売買。だったよな』

 もう少し詳細に聞けば良かった、とも思うが、あの男の事だ。事細かに必要ない事まで喋るのだろうから、それが分かっていたから聞かなかったのだが、その売買される場所くらいは聞いて置くべきだったと後悔する。

 しかし、後悔した所でもう遅い。

 足跡、ではないが、人の通った跡を更にすり減らす様に見て、自分の予測が多分、正しい事を確信する。

 だが、そこまでだ。

「入れないんじゃな。助けたいのは山々だが、今はそれどころじゃあない」

 階段に入った途端、自分の身がどうなるかは分からない。

 だが、どうにかはなるのだ。それこそ、辺りから槍でも飛び出して串刺しにされるか、もしくは上から硫酸でも振ってきて見るも無惨な姿になるか、等と言った想像は簡単に出来る。

 仕掛けを解除して先に進むと言う判断も取れるが、そうするにはあまりにも時間が無さ過ぎだ。

 だから言い訳じみた言葉をわざと口にして、自分自身を納得させる為にその場を離れようとする。

 だが、ドア、と言うよりふすまだろう。手を掛けた所で、自分の力ではなく他者の力でそれが開かれるのが分かり、時間が酷くゆっくりと動くのが分かった。

 開け放たれたそこに見えたのはまず、何処か荒んだ目を、いや、下卑た、と言うべきだろう。自分の一番嫌いな種類の人間が一人。

 格好から伺って兵士だと言う事が分かり、すかさず銃を眉間に当てて迷わず引き金を引く。

 そこまでは良かった。

 人殺しをしない、と誓った訳ではないにしろ、黙らせるには道具が少なすぎる。

 持ってきたのも、自分の愛用の銃と、リスキィから貰った魔篭弾を込められる銃だけだ。

 格好は赤いコートのまんまで、カリッサに散々文句を言われた事も分かるが、そこで無理矢理思考を止める。

 いや、止めざるを得なかったのだ。

 この部屋が一体何に使われているかは知っていたが、それでも目の前に、現実としてそれがあると流石に顔を顰めずには居られなかった。

「・・・・・」

 目の前に佇んでいたのは、一人の、それこそ、咲夜と同じ年頃か、それよりも下である少女。

 ただ街に居れば、遊ぶなり、勉強するなり、親の手伝いで仕事をしているなり、普通の暮らしをしていたであろう名残が、全く無く、元は黒かったのだろう髪はまるで老人の様に白く成り果てていた。

「?」

 そしてその、光を完全に遮断し、何もかもを拒絶、いや、肯定してしまった瞳だろう。

 意思の無い人間と言う奴が、ここまで酷いのだと、初めて知った気がした。

 どうして、と言う目が物語っているのが分かるが、自分が訪ねたい気分でもある。

「とにかく、中に入れ」

「・・・」

 腕を引っ張り、また襖を元に戻そうと思ったが、男を殺してしまったのは失敗だったかもしれない。と、犯罪者の様な事をしているな、と考えた所で、幾ら依頼されたとは言え、一国の主を殺すのだから、犯罪者には違いないと、笑みがこぼれてしまう。

 その途端、一人ではなかったのだと、少女の方を見るが、心ここにあらず、なのだろう。気にする必要も無かったらしい。

 何に対しても興味を抱いていない様で、天井の先、は見えぬ筈なのだが、明後日の方を向いたまま、声も、動作も、何もかもが止まって見えた。

 そんな様子だから、此方も冷静になれたと言うか、必然的に冷静にならなければいけないのだが、物事をポジティブに考える様にして思考を巡らせる。

 そして思いついた方法は、少々、人道的に外れているのかもしれないとも思う。

「あんた、あそこの階段にあがる時、どうすれば良いか知っているなら教えて欲しい」

「・・・かい、だん?」

 反応があった事は喜ばしい事なのだが、途端、表情を曇らせないかが心配ではある。

 何せ、彼女は売り手が調教処理を施した後の状態なのだ。繊細でなくなった、とは思いたくないが、何に対しても鈍感である、と思って間違いではない。

 だが、人間の心と言う奴はそんな単純ではなく、幾つかのキーワードがそこにあるだけで、様々な忘れた感情を呼び覚ます事があるのだ。

 その途端、発狂でもされれば、後味の悪い事をしなければならない。

 だから、銃を握る手も、汗ばむ。

「・・・・私は」

「私は? なんだ?」

 急かす訳ではない。いや、急いでは居る、か。

 悠長な時間など無く、勘の良い兵士が居れば、先ほどのくぐもらせた銃声も聞きつけるかもしれない。

 合否を早く知らなければ、この後の行動も決められないのだ。

 人に判断をゆだねるのは好きではないが、この階段を上がる方法が無いなら他の、正規の階段を探し当てるしかないのである。だが、この階段を使えば、少なくとも直ぐに四階に上がり、もしくは希望的観測ではあるが、揚禅の部屋まで直通の階段なのかもしれないのだ。答えも待たずに斬り捨てるには、美味し過ぎるモノ。

「頼む、知っているなら早くしてくれ。俺もこんな所でくたばりたくは無いんでね」

「・・・・?」

 何を言っているか分からない。そんな表情をして、首を傾げられても困るのだが、ふと、根本的な問題に気付いた。

 バカをやったと、言わざるを得ないだろう。

 彼女を助けた事は、誉められる事なのだが、この状況で自ら足手まといを作るなど、バカのやる事だ。

 一人で揚禅を殺し逃げ延びる事であれば自信はあるが、この娘を連れて、となると訳が違う。

 騒ぎ立てるのであれば、気絶でもさせて背負って運べば良いのだが、背負ったまま、何処まで体力が続くかは分からない。

 戦争で殆どの兵士が狩り出されている為、大人数を相手にしなければならない訳ではないが、それでも百人足らずの追っ手を振りきるとなると、生存確立はぐんと下がる。

 だから心も自然と焦り、少女の答えを待つのだが、彼女は答える変わりに、指さしただけ。

「・・・・てん、じょう? 天井に何かあるのか?」

「上に、行きたいんでしょ?」

 何を言っているの? と、逆に聞き返された様な答えだ。

 要するに、天井でもぶち破れば早いと言うのだろう。

 馬鹿げた考えだ。

 そう思った途端、

「成る程・・・・」

 妙に納得してしまう自分がそこに居た。

 建築上の構造と言う奴である。西方の、それと皇都でも西方式の家が多く、あまり考えた事は無かったのだが、東方の建築と言うのは天井と、その上の間に僅かな隙間が、屋根裏にも似たそれがあるのだ。「くせ者っ!?」等と言われて串刺しにされる確立もあるが、上の気配も探りながら行けば問題にはならない。

 そして思い立ったが吉日。即座に天井への道を、昔取った杵柄。要するに、悪戯で培った事なのだが、それと同じ要領で道を確保したのだが、そこで問題がまだ残っている事に気付く。

 無論、それは少女の事。

 まさか彼女を連れて行く訳にも行かぬであろう。筋力もそれ程ある様に見えず、ましてや判断力の鈍った様な状況の人間を連れて回れる程余裕も無い。

 だからと言って、こんな血なまぐさい、それも、自分が殺した男の隣りに居させるのもどうかと思う。

「なぁ・・・・・?」

 だから天井から戻り、彼女の姿を探したのだが、何処にもそれが見あたらない。

「・・・・ちっ、女に関わるとろくな事がねぇなくそっ!」

 それ故に早々に頭を切り換え、天井裏を這うようにして進む。

 埃まみれになりながら少女の事が気になったが、そうも思ってられないのが今の状況だ。

 何せ、上の、丁度四階の床の状態なのだが。やたらと騒がしいのだ。

 どうやら誰かが侵入したらしく、直ぐにカリッサだと分かるが、兵士達の言葉の節々がどうもおかしい。

『逃げ出した? あの嬢ちゃんの事か?』

 音を立てぬ様、人の気配の無い場所まで行っては床から出ようとする作業を繰り返し、漸く出られる場所を見つける。

 だが、

「・・・・なんで、お前がココに居る」

 気配は確かに無かった筈だ。

 いや、確信を持って無いと言える。床の下で何秒か居るだけで人の気配は分かるのだから、そこに「少女が居る」と言う事はおかしな話しなのだ。

 だが、怯える訳でもなく、まるで待っていたと言う様に、少女は此方を見るだけ。

「・・・・・何者だお前。まさかお前が龍魔剣とか言う訳じゃあねえだろうな」

 しかしその言葉に意外にも反応は示す。

 ただ、心底、嫌そうな顔だ。

 それこそ、生前、と言うのも変だが。まともな時に嫌なモノを観ればそんな顔をするのだろうと簡単に想像出来るが、今の彼女に出来る顔ではない事も確か。

 だから自分が見立てた意味が違うのだろうと、何かを訴えかけているのだと言う事を勝手に想像する。

 だが、どちらにしろ、また同じ方法で上に行くだけ。

 天守閣と言う、最上階に行くまで繰り返すつもりだったが、一応、少女には言うだけ言って見る事にした。

「自分で動けるなら、好きな所なり行け。行く所が無いんなら、城の表門の前で待ってろ。仕事が終わったら迎えに行ってやるから」

 後は、なるようになれ、だ。

 自分の心の決着はつき、揚禅を暗殺した後に表門に行って彼女が居れば、家に連れ帰って両親のどちらかに相談でもすれば良い。

 あれだけ広い家なのだ。一人くらい、家族が増えた所で問題になる訳でもなし、多少騒がしい家かもしれないが、話し相手なら幾らでも居る様な場所なのだ。

 天井裏を動き回り、手頃な所で上に出て、また天井裏へと潜む。

 五階、六階、となる間、騒ぎもどんどん大きくなり、ついでに天井裏のスペース自体も狭くなって行くに連れ、天守閣が近いのだと嫌でも分かる。

 そして七階をあがり、八階の床をゆっくりと持ち上げ、直ぐに元へと戻す。

「??????」

 見える筈の無いモノを、見た瞬間だ。

 別にあの少女が覗いていた、と言う訳でもないのだが、納得出来ない光景がそこには広がっていた。

 しかし、幻でも見たのではないかと、もう一度隙間から外をうかがって見るが、その現実とは思えない風景は、間違いなく現実だったらしい。

「ちっ・・・・」

 何度か、見る方向を変え、360度を見渡して危険が無いと判断した所で、バカみたいな格好だと思いながら外へと出る。

 そして広がっていたのはやはり、果ての見えぬ異次元らしき空間。

「・・・・トラップ、って訳じゃあなさそうだが」

 空は明るい緑一色で染め抜かれ、大地の変わりに畳が永遠と張り巡らされている様な場所。

 それ以外、何も無いのだ。自分の出てきた床の下がヤケに現実的に思えるのも当たり前だろう。

 何もかもが、予想外と言う結果に終わり途方に暮れるも、手盛り無沙汰な時間をムダにするのも勿体ないので、懐にある魔篭弾式の銃を取りだし、もう一度整備不良が無いか確認する。

 何度も、暇になった時にやっているので不良部分など無い事は分かっているのだが、慣れぬ、そして何より、現段階で弾丸が六発しか無いのだ。

 切り札が六階も使えると言うのだからこれ以上のない贅沢なのだろうが、一発も試し打ちすら出来ぬと言う状況はハッキリ洒落にならないと分かる。

「さーて・・・・」

 反則的な方法でココまで来たのなら、もう一度床に潜り、今度は階段か、廊下のありそうな場所に出れば良いのだとも考えられる。

 魔篭弾を合わせて、弾は残り三十発。一発撃った薬莢を外し、新しい弾丸を込めてから持ち直す。

「やっぱ、下に行かなきゃならんのかね」

 うだうだ言った所で仕方がない事も分かっているが、何故かココに居るべきだと自分の勘が告げている。

 都合の良い勘だ、と、馬鹿げているとも思えるが、少しの間だけココに居る事を決め、もう一度、辺りを見回してみる。

 そして勘が告げた通り、

「畳が・・・・舞ってるのかあれは」

 頭痛がしたが、遠くの方で何かやっていると言う事は分かる。

 それこそ、地平線の彼方ではないが、精々、この城下町の端から端くらいの距離であろう。

 何かちっちゃい点がちょこまか動き回っているのと、大きなモノが、周りの畳であろうが、空であろうが、所構わず炎でもまき散らしているのが分かるが、小さい点と言うのは予想が正しければ、と言うより、自分と、カリッサ以外の侵入者が居ると考える方が面白い。

 面白いだけで、何の足しにもならないが、あれは間違いなくカリッサだろう。ゆっくりと歩みながらそちらの方へと近づき、どう攻めるか、どう手助けするかの試行錯誤を繰り返す。

 そして肉眼でハッキリと、カリッサの黒い肌と姿、そして敵であろう、何だかどでかい鎧の様なモノが見えた時、様子から察するに、ここまでの距離は直ぐには来れまいと言う予測があったので普通の弾丸を動くでかい鎧に向かって放ってみる。が無論、相手は姿通りの鎧だったらしい。ダメージがあるとも思えず、二人、と言って良いモノかどうかは分からないが。気付かれた様子ではなかった。

「無視されるのは良い気分じゃあないが、なぁ・・・」

 魔篭弾を撃った時、下手に威力が強ければカリッサまで巻き込んでしまい、逆に威力が無ければわざわざ此方の存在を感づかせる事になる。

 だからと言って、普通の銃弾の効果があるとも思えず、その場で何をしたら良いかを考える。

 だが、そんな余裕は、何時の間にか無くなったらしい。

「武士っ!!」

「あ?」

「!!」

 逃げろ、と、言いたかったのだろうが、聞く暇もなく、彼女の声は鎧に防がれる。

 そう、突如として自分の目の前に自分の身長の三倍以上はあろうかと言う鎧が現れたのだ。小回りが利かない分、ダッシュ力はあるらしい。

「んな呑気にっ!?」

 そして相手の姿が、魔環師の着ている様な甲冑の様だと感想を抱いた途端、腕の部分が伸び、自分を捕まえようとするのが分かった。

 無論、それに捕まってやる義理も無く、紙一重の所で避けようと重心をずらし避けたのだが、その途端、思うよりも早く身体が拳の放たれた方向とは別方向へと飛ぶ。

 そしてその理由は動く鎧の拳が砕きめちゃめちゃにした床の状態を見て悟った。

「よく紙一重から動いた。偉いぞ」

「の、呑気に言ってんじゃねぇ! 冗談じゃねぇぞ振動兵器なんぞ聞いた事ないっちゅうねん!!!」

 何処の言葉だかも分からない言葉を多分、甲冑野郎が動くと同時に走っていたらしいカリッサに喚き散らす。

 だが悪態を吐いている暇も無く、第二撃の到来。

「コイツに弱点はねぇのかよっ!!」

「直ぐに殺すなよ武士っ!!」

「なんでだようぉい!!!!」

 もっとも、その拳は当たりそうにもならない程、ついでに特性も分かりなんなく避けられたのだが、洒落にならなかったのがその後。

 まさか、畳に殺され掛かる等とは思わなかった。

 それこそ、横殴りの雨と言う奴は体験した事はあったが、横殴りの「畳」など初めての事。

 咄嗟に伏せてそれを避けるも、今度はその一瞬を着いて目標をカリッサから自分に変えたらしい甲冑が此方に向かい飛んでくる。

 そう、文字通り飛んでくるのだ。

 天井と言う空間的には本来あるべきモノが無い場所でなければ出来ない芸当だろうが、流石に甲冑と床の板挟み状態など望んでも居ないので転がってそれを避ける。

 無論、自由落下に任せて落ちた甲冑は床に激突し、そのまま沈んでくれるかと思ったのだが、そうも行かなかったらしく、耳障りな金属音が響き渡り、拳で殴った時とは違い畳は飛んで来ずそれどころかキズ一つ無い様子。

「ったく、どんな手品使ってやがるんだか!」

 だが、それでもダメージはあったらしい。

 甲冑の姿をしていても、中に人間でも入っている如く、膝で自分を潰そうとでも思っていたのだろう。床に目掛けて膝をぶち当てれば誰でも痛いのは同じであり、甲冑もまた然り。らしい。膝をさすっている姿がヤケに馬鹿馬鹿しい気分を醸し出していた。

 が、そこを狙わぬカリッサではない。

 大降りに振りかぶった大剣を腕目掛け振り下ろし、切断しようと思ったのだろうが、もう少し、と言う所で腕の関節部分から外れ弾かれ、小気味の良い音がし、

「・・・・ぱきん?」

「くそっ、折れるかフツー!? ざけんなバッキャロー!!!!」

 悪態を吐く時になれば既に自分の隣りに居て、耳元で散々喚きまくる。

 その間も、暫く均衡状態が続いていたのだが、向こうのダメージが回復してしまったとしても此方の攻撃方法などたかが知れているから、その結果導き出される答えは一つしかない。

「一時撤退、だろうな」

「何処に、どうやって? 空間的に遮断された場所を抜け出す方法があるなら教えて欲しいもんだ」

「後、何故アイツを殺しちゃダメなのかも知りたいね」

「あの魔導機の中心核となっている部分がこの空間を作っているんだよ。それは中の人間の命と直結してるらしくてね」

「暴走した時はどんな事が起こるか分からない、か。何だよあれは・・・・」

 ジリジリと、距離を詰める様にして迫り来る相手と同じスピードで後ろへと動き、頭を押さえたくなるのを必死に我慢して解決策を練る。

 だが案外簡単に解決策は見付かるも

「俺が入ってきた床下から逃げられないのか?」

「何処にその穴がある。第一、私が何処から入ったかを知らないのなら教えてやろう」

「何処だよ」

「天井からだがぶち破った穴は消えてしまったよあっはっは」

 棒読みで一笑されそれで終わり。

 どうやって天守閣の天井裏に潜んだ、とでも聞けば、多分この女の事だ。やりかねない雰囲気と実力は十分にある筈だから、外壁でも登って来たのだろう。

「蜘蛛女・・・」

「ネズミ男」

「バケモノ」

「咲夜と雪恵の小間使い」

「くっ・・・のっ・・・」

「妙な事を口走るな。言い返すのも疲れる」

 なら止めろ、と言いたかったがはじめたのは自分なのでにべもない。

 流石に言われてキレるなと言う方が無理な言われようだったが、こんな状況で冗談と言うか、悪口を言おうとする自分の神経も許せない。

 いや、やるせないと言った方が良いのかもしれない。

 脱出不可能な状態で、殺されてもダメならば相手を殺しても即アウト。向こうの体力がどの程度続くのかは分からないが、どでかい甲冑を着込んで素早すぎる動きだ。直線的な距離であれば避けるのは不可能。先ほど自分に攻撃にわざと転じなかったのか、それとも転じられなかったのかも分からず、じわじわとなぶり殺しにされる等は癪で堪らない。

 要するに、こんな状況だからこそストレスが堪り、悪態を幾らでもさらけ出したくなるのだ。

 そしてともすれば、やるだけの事はやるべき、なのだろう。

「そう言えば、あの中身。何が入ってんだ?」

「さあな、と言いたい所だが、揚禅だったか? 国王の名前は」

「じゃ、どのみち殺さなきゃならんて訳か。全く、考えてみりゃ物騒な依頼だなをい」

「物騒? 危険極まりない、だろ、お前の場合は」

「そう言うアンタは目的の人見付かったのか? 白髪の少女だったら見かけたぜ」

「龍魔剣は女じゃなく男だ。なんだその女の子と言うのは。気にかける程でもあるまいに」

「幽霊みたいな子供でね。あんたの親戚に居るんじゃないかと想ったんだよ。あまりにも肌が、シ・ロ・す・ぎ・る・か・ら・な」

 その皮肉に対して帰ってくる返答は無かったが、表情の変化の理由が皆目検討がつかなかった。

 何せ、有利な状況じゃないとは言えまさか顔を青ざめる程、絶望的な状況ではあるまい。だが彼女はまるで何かに怯えている様、その瞳は揺れ、今にも泣き出しそうな少女の頃にでも還った様な顔をしているのだ。

 ただ、視線を同じにし、自分が見ても、それは同じだった訳ではない。

「・・・・おい、出られないんじゃなかったのか」

 動く鎧の先に、全く別の景色、まるで窓から見える外風景の様な奇妙な場所と言うか、モノと言うか、絵と言うか。

 中空に浮かんでいる「外」が、そこにあったのだ。

「あれは直ぐに閉じない、、、多分、奴を殺したとしてもな」

「九死に一生を得た、って所か。ラッキーじゃねぇか」

「・・・・・」

 喜ばしい状況なれど、彼女には一概にもそう言えないらしい。

 喋らないと言う事は、聞くなと言う事だろう。

「奴の腕を切り落とす。その隙間から心臓に全弾打ち込め」

「無茶な注文だなそりゃ」

「行くぞ」

 そして合否も聞かぬウチに、彼女は黒い疾風となり相手との距離を詰める。

 自分がする事と言えば、銃に弾を込め直し、残ったもう片方の手にあの魔篭弾を打ち出す銃を持つだけ。

 その間、僅か数瞬だったろう。武士が駆け出した時、彼女との距離は数メートルと離れていない。

 日頃の鍛錬の成果。

 暇つぶしも役に立つ、等と、無駄な事を考えた感情を一気に消し去り、彼女の後を追う。

 そして、見えたのは二色の色。の、筈だ。

「!!!!!!!!!!!!!!」

 鎧の中に居る故に、叫び声すらそれにかき消され、彼女の姿は既に鎧の後ろでまるで燃え上がる炎のように髪を逆立てている。

 そして肌を切り裂く様な冷たさが自分の頬を薄く斬った時、鎧の横を疾走すると共に銃の弾を吐き出させ、確実に命中はした。

 だが利き手に握っていた魔篭弾を一発撃ちだした時。

 いや、一発しか打ち出せなかったのだ。

 雷鳴が轟き渡り、彼女の放った斬撃。炎の属性と、無理矢理に氷の属性も混ぜ合わせていたそれを、一気に爆ぜさせた稲妻は鎧を一瞬の内に黒こげにする。

「ってーなぁをい!!!」

 ただ、予想外だったのは銃を撃った反動で吹き飛ばされた身体と、完全に肩が外れてしまった腕。

 受け身を取りながら衝撃を消すため転がりながら、必死になって痛みを堪えるが、肩が外れただけで済んだのは運が良かったとしか言いようがあるまい。

 もし、しっかり構え立って撃っていたとすれば、肩が外れると言う、一種の緊急手段すら間に合わない、身体の限界を超え腕がもげていたのかもしれない。

「・・・何をしている?」

 そんな状況の自分を、まるで「バカ?」と言いたげな表情で見下ろすダークエルフの顔は、何処までも憎たらしい。

「ッルセェ・・・。ぼけっと見てねぇで少しは労れ」

「・・・・・・こうか?」

 そしてもしかしたら。

 いや、勘の良い女なのだろう。

 もしかしたら、勘に障ったのかもしれない。

 どちらにしろ、いきなり外れた腕を掴み高々と持ち上げられ、身体が宙に浮いたと想った途端、外れた肩に激痛が走る。

「痛いって言ってんだろうがこの黒女!!」

「嵌めてやったんだ。ありがたく思え」

「もう少しあるだろうが、あ? 労れっつっただろうがくそっ!!」

 事の終わりは呆気なくとも、まるで何事も無かったかの様に外へと出る彼女の後ろ姿に先ほどの様な感情は無い。

 怯えにも似た感情と考えたが、あれは間違いなく「恐怖」だったのだ。

 それも、シャクティに咎められた時などとは比較にもならぬ程の。

「ったく・・・もう少し女らしくしろってーの」

「そう言うお前は、男ならうめき声の一つでも我慢しろ。五月蠅いぞ?」

「やかましいわっ!!」

 だからもしかしたら、助けてくれた相手が、死んだ筈の龍魔剣だったから、と予測を立てる事が出来た。

 それならば、納得が行くし、彼女とて死んだ相手を見れば驚くのであろうと言う事も分かる。

 だが外に出る瞬間、そこに合ったのは何処かで嗅いだ事のある匂い。

「・・・・・血、とは少し違うな。なんだこれは?」

 カリッサのモノではない事も確かであり、何処か既視感(デジャヴ)の様なモノにさえ感じる理由が分からない。

「おい」

「あんだよくそったれ」

 しかしそれも彼女の言った言葉によって吹き飛ばされ、どうでも良い事になってしまう。そんな性格なのだ。分かっているだけに、悔しくもあり、やはり言葉通り気にする必要のない事などやはりどうでも良い。

「これから城を抜け出すんだが、お前は少し北に行った所の森で隠れて居ろ」

「あん? そんなのの言う事を聞く義理が何処にあるってんだ」

「この後の政治的な事はヌシの両親の仕事だが、お前が居るとそれも上手く行かぬ」

「身を隠せ、って事か?」

「どうせ皇都に戻るのだろうが。見付からぬ様に送ってやると言っている」

 だからと言って、ここで別れれば彼女がもし、自分を囮に逃げ出そう等と考えていないと言う保証は何処にも無い。

 ここに来て、居て、隣りで話をして、漸く、本当に漸く気付いたのだが、やはり彼女の事を簡単に信用は出来ないと言うのが自分の意見だったらしい。

「その保証は何処にあんだ? ん?」

 そして皮肉を返すように、同時に踵も返したのだが、轟音が響き渡ったと共に振り返ってしまうのだが、

「これが証拠ではモノ足らんか?」

「・・・・・あんたのことはしんようします。はい」

 気のない声でしか返事が出来なかった。

 何せ、折れた剣だった筈だ。

 そんなモノでどうやって床をぶち抜く等と言う事が簡単に出来たのだろう。

 考えて見れば、あの動く鎧を纏った揚禅の腕もそれで切り落としたのだから、納得出来ぬ事は無いが、騒がしい声と共に下の階へと飛び降りた彼女は、ヤケに嬉しそうな顔をしているのだ。

「窓の外から逃げろ。私が辿った道がある」

 そしてそのまま、騒ぎの、つまりは集まってきた兵士達の中へと突っ込んでいったのだろう。

 何ともはや、豪快な事で。真似できない事とはまさにこのことだと、嫌な納得もあったものだと自分の中で悟ってしまう。

 だから、と、言う訳ではないが、彼女の入ってきたのであろう、窓を見つけた時、どうしても言わずにはいられなかった。

「・・・・・・・・・・・・・・これで降りろ? 勘弁してくれ」

 城の外にあった、まるで手刀を突き刺した様な外壁の穴が点々と下まで続いているのは分かったが、正直疲れた身体には酷過ぎる。

 しかしそこ以外に逃げ道がない事など、下の騒ぎを聞けば嫌でも分かる。

「・・・・笑って、楽しいのかねぇ」

 高らかな笑い声は、彼女のモノなのだろう。確かに、怯える兵士には適した対応。ただ、趣味が悪いとしか言いようがなかった事実を彼女に伝えるべきかどうか。

 それを下に降りてから考えようと、窓から身をゆっくりと乗り出した。

 空は青く栄え、丁度おやつの時間であろう太陽が傾き懸けたその時。彼はまだ知る事は出来ない。

 いや、出来る訳がない。

 この先に降りかかる火の粉は、今日のモノよりも更に困難なモノだとは。ただ、また背中に嫌な悪寒が走り、小腹が好いたと言うのでそれは予感ではなく気の所為に変わってしまうだけだ。

 それが、彼なのである。

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