城の表門の前で何分か待ったが、あの少女の姿がそこに無いと言う事は何処ぞにでも行ったのだ。そう決めて、北西の、名も無い森林へと続く道を走るのだが。

 話しに聞くのと、地図を見て知っている、と言う程度の情報しかない。ただ、街道沿いに北へと続く道は明らかに軍勢が通ったと分かり易い足跡が幾千、幾万も先へと伸び、まだ、戦場は戦場であり続けているのだろう。

 何処に戦争を仕掛けているのかハッキリと分からなかったが、もしかしたら北方最強を誇るアルフェイザにでも仕掛けているのではないかと言う気すらする。

 何せ、戦い方、と言うべきかどうかも分からないが、あの鎧の中に居たのが揚禅だとすれば、相当の馬鹿だと言えるだろう。一つ一つの仕草が、馬鹿にされるだけの対象になりうる。風に自分の放った雷の為に灰色に薄汚れたコートをたなびかせ走り、そんな事を考えながら、途端それを中断する。

「・・・・血、だよな」

 森に入った所までは届かなかったらしいが、入って、五分としないウチに辺りは噎せ返る程の血の匂いが充満している。

 慣れない匂いではないが、慣れたいと想わない臭いだ。

 そして、馬鹿に考えすぎるこの性格を呪わずにはいられなかった。

 話しにだけは、聞いた事があった。

 北方の戦場で、夢物語の様な一騎当千と言う称号を持つ男が居ると言う事を。

 馬鹿げた、そして誇張された話しだと酒の肴にしていたのも自分であるが、多分、誰であろうとそれを見れば頷かずには居られ無いとも想う。

 纏う血の匂いが、違いすぎるのだ。

 一体どれだけ殺せば、そんな血溜まりよりも濃い、戦場の憎しみを増させた様な雰囲気を放てるのか分かったモノではない。

 経験値が違いすぎる。

 人を殺した回数は直接実力に響くと、納得したくなかった事を目の前に叩き付けられ、嫌でも納得しなければならないのだろう。

 そして、自分の吐いた言葉は馬鹿げたモノの筈だ。

「あんた誰?」

 打ち砕かれるとは分かっていても、聞かずには居られないだけの疑問が頭を渦巻き、同時に焦り、今の自分の表情はさぞかし顰めっ面になっているだろうとも分かる。

 それでも、彼の名を思い出したくはなかったのだ。

 戦場で返り血を幾重にも纏い、赤い筈のそれを青く染め上げる「異色の仮面」の二つ名など。






































アナザー・ナイン・ファンタジー■ACT:GAN'S VERMILION





































「まぁ、いいさ。あんたはどっち側だ?」

 話を変え、くだらないことを聞くも、還ってきた答えは意外なモノ。

「・・・・・東だ」

 本来、自分の味方と言う立場なのだろうが、今は状況が違う。

 たった今、東側の頭首である揚禅を殺害してきた所なのだ。焦るなと言う方が無理だろう。

 傭兵と言う立場であろう名も分からない男が真面目であれば、自分を殺そうとするのは必至。逆に不真面目であろうと、彼が「異色の仮面」と言う二つ名を持っている時点で希望はあって無い様なモノ。

 味方殺しと言う名前を持っている訳ではないのだろうが、疑わしきは殺せなどと言う物騒なルールが彼らの中にはあるのだ。

 偏見だと想うならば、アルフェイザに行けばそれも消し飛ぶだろうと、何度と無く聞いた事がある。

 何より既に、殺気は放たれているのだ。

 突き放すような無視されると言う感覚の方がよっぽどマシ。カリッサや、シャクティに感じた第一印象とはあまりにも違う。

 それはあまりにも強すぎる畏怖だ。

 正直、勝てる気がしない。

 そしてその感情をまるで見透かした様に、男が言った。

「誰を殺してきた」

「・・・・・」

 絶句せずには居られない。

 表情を取り繕い、表向きに冷静になっているべきだと、何度と無く頭の中の自分が呟き続ける。

 だが男の視線が自分のぶつかっていた視線から僅かに離れたかと想うと同時に、男は付け加えて見せた。

「技銃師・・・か。四人目、だな。これで」

「あんだと?」

 その瞬間、自分の身勝手と言えるであろう身体の事をこれ程呪った事は無い。

 鍛錬のしすぎだと言っても良い。身体が殺気を感じた途端、手と指が銃を抜き放とうと動いて居たから。

 それさえ無ければ、もしかしたら切り抜けられた状況かもしれないのに、謂われのない誤解を与えてしまったと後悔の念が過ぎる。

 だが時、既に遅し。知覚できるギリギリの速さで男は目の前に迫り、同時に迷いを断ち切った武士は銃弾を放つだけ。

 そして肩にいつもと違う衝撃を感じると共に、もう一つ驚かなければならなかった。

 触って、抜きはなった銃は愛用のそれではなく、リスキィから貰った魔篭弾入りの方だったのだ。

 そこまでは良い。牽制にさえ使えれば、逃げるなり、戦うなりが一瞬なりと考えられる。策を考えるにはその僅かな時間を縫ってでもしなければならない事なのだろう。

 だがよりにもよって男はとんでもない事をしでかしてくれる。

「ハァッ!!」

「嘘だろヲイ!!」

 放たれたそれは炎系の魔導。威力は揚禅を殺した時とは比べものにならない程弱かったのだが、魔導の特性と、銃の速さと言う利点を活かせる魔篭弾を「切り落として消滅させる」とはどういう神経をしているのか分かったモノではない。

 そもそも、銃の軌道を見切る事は出来ても、それをハエを叩き落とす様にして同じ事が出来る訳が無いのだ。

 自分でさえ、銃を撃った瞬間、目標物に当たっているか、当たっていないか程しか分からない速さ。

 まして魔導を纏った弾ではなく、魔導その物を打ち出す魔篭弾であれば、切り落とす際に余程のタイミングが合わない限り、消滅させる事は出来ない。

 特殊な武器なのか。

 それとも異常にまで鍛え上げられた感覚が研ぎ澄まされていると言う結果なのか。

 最悪、その両方かもしれない。

 策を練るよりも、愚痴ばかりは時間が無くとも直ぐに纏まるのだと、半ば自棄な事を考えながら男の姿と、自分の動く速さは先ほどから変わっては居ない。

 刹那の時の中で見える男はまだ此方に迫り、その速さすら制限させる事は出来なかったらしい。

 それ故に、肩がどうなろうと知った事ではない。

 揚禅のあの鎧もどきと戦った時よりも絶望的な状況故、身体は直ぐに反応してくれる。

 計三発。

 連続して撃ちだした、と言うより、もはや同時であったと言っても過言ではない速さ。

 その瞬く間に見えた自分の弾丸はそれぞれ、氷系、雷系、水系の属性を纏い男へと迫り飛んで行く。

 それと同時に後ろへと駆け出す自分の頭の中で考えた事と言えば悪友に対する罵詈雑言。

 まるで、自分の性格を把握し切れている様な弾の属性なのだ。

 癖まで見抜かれていると言っても良いだろう。

 一発目は様子見。それ故に、威力は押さえられて居ない最大のモノ。

 二発目は危機を回避する為に使うトカゲの尻尾切り。だからそれ程威力も無く、視覚的効果で惑わせる為に炎属性だった。

 そして三発目、四発目、五発目はこの銃の扱い方を把握し、連続発砲する事を仮定され、増幅効果のある氷と水の属性を使い、その特性を活かせる雷の属性が詰まっているのだ。

 距離を取って、逃げられる確証など何処にも無く、むしろ、距離を取れば取る程追いつめられるのはされる前に気付いた。何せ、加速の度合いが違いすぎるのだ。あれが初速の速さだとすれば、男の疾走する速さは列車並みと考えても良いだろう。

 それ故に、男との微妙な距離にあった木の陰に隠れ、早々に最後の、銃の弾をもう一度確認する為に丸いマガジンを開け薬莢を見る。

 無論、本来そんな事をしている余裕など無い筈なのだが、男の追撃は直ぐには始まらず、何故か辺りは嫌な静まりを見せていた。

『リスキィの野郎の性格を見抜けなかった俺の失敗と言うべきか、持つべき者は嫌に把握する悪友と言うべきか』

 相手に自分の性格を、戦い方だけであれ見抜かれているならば。いや、全てを把握されているのかもしれないが。

 此方も、彼の性格を予測する事は出来ない訳じゃない。

 要するに、どう使うかの彼の予測がどちら側にあるか、だ。

 二者択一。

 途轍もない威力のある弾か。もしくは、煙に巻く為の煙幕の様なモノが詰まっている。

 そしてそれを見極めるには

『撃ってみるしかないんだろうろ? チクショウが。びっくり箱かよこれは!!』

 子供でも扱える事が危ないと、自分で言ったのだが、大人であろうと関係は無いだろう。

 とんでもないモノを渡されたモノだと、改めて実感する。

 そして静まりかえった辺りとは裏腹に、まるで居場所は分かっているぞと言わんばかりの殺気を叩き付けられたと同時に動き出し、その刹那、誘われたのだと想った時、自分の悪い虫が囁くのが分かった。

 切り倒される、と言うより、まるで鏡のような切り口の木々が倒れる中、殺気の方向とは全く逆へと向かい銃口を向け、そして言い放つ。

「俺が引き金を引くのが速いか、あbんたの剣が速いかぐらいは分かるだろ? 引き分けって事で止めにしねぇか?」

 その間、顔も、雰囲気も、そして気配も何もかもを偽り、自分すら騙すだけだ。

 威力の高い弾が出る訳でもなし、この距離まで迫れれば、弾を避けるなり、先ほどの様に切り落とすなりして、自分の胴を横薙ぎに斬る事ぐらいは簡単。

 だが、此方の切り札だと視線で嘘を付き、銃を突きつけたのだ。まさに出たとこ勝負の言葉通りの命懸け。

 二度とやりたくない懸けだな、と想った瞬間、ここで死ねば二度も無い事に今更ながら心の中の恐怖が渦巻く。

 そして予想と反し、自体は良い風に動いた様だ。

「・・・そうだな」

「退いた途端に後ろからばっさりなんて勘弁してくれよ?」

 釘を差しておかなければ、と言うのは自分が疑り深いから。

 女、子供であるなら自分は信用してしまうのだと、改めて考えてみれば分かるが、目の前の男は、怖気がするほどの美人ではあったがそれでも男。

 よく見なければ、浴びすぎた血が男か女かも分からぬ程、彼を別の何かに見せてしまうのだ。どういう原理で赤い色が青くなっているのかは分からないが、異色と言うのはそう言う意味なのかもしれないとも想う。

 凝り性である筈も無く、見た所、何事に対しても興味を持って好奇心旺盛と言うより、むしろ殺し合いにまで発展する、要するに子供の喧嘩なのかもしれない。それに対して以外は、まるで興味が無い様子なのだ。

 剣をついと下ろし、別段気にした風も無く鞘に納める。それだけでは物騒極まりなくも思えるが先ほどと違うのはその気配から、全くと言って良い程、殺気が消えているのだ。一体どんな神経をしているのは少々疑いたくもなるが、これで大丈夫と言う訳だろう。

 最も、多分男は自分が薄く笑っている事にさえ気付いていないのかもしれないが。

「どうせここでお前を殺した所で無駄な事は分かった」

「あん?」

「東側が今、負けた様だ。お前が頭を殺したんだろ?」

 そう言われたとしても、今の男はこれ以上やり合う気は全く無いと言う気配しか見せない。

 だから此方も気が楽になり、喋ってしまう。

「あんたも俺並みに耳が良いんだな。自前か?」

「魔導系など一切使えん。北の者の特性を知らないのか」

「東の人間じゃねぇのか? じゃ、故郷の奴等を殺してたのかよ。むごい事するぜ・・・」

「多勢に無勢で俺が勝ったんだ。文句はなかろう」

「まぁ、そうだろうけどな」

 それこそ、さっさとココを立ち去って潜む場所を変えるなり、相手を引き留めなければさっさと引き上げてくれるような性格の男なのだ。

 このままココに居れば、もし、カリッサにでも鉢合わせすればこの男の事だ。問答無用で斬りかかるやもしれない。そうなった時、あのダークエルフには悪いが、彼女とてこの男に勝てる等と微塵も感じさせない実力があるのだ。

 そして思惑通り、と言うか、それは違うのだが。此方の望み通り、もう立ち去る様子。

 方向から言えば、北西であり、何か用事でもなければ行かぬ場所である事は確か。

 それ故、聞いてしまったのだ。

「そう言えば、あんた。名前は?」

 そして聞く時には自分から名乗るべきだろうと名乗るのだが

「俺は帆村武士ってんだ」

「ホムラ・・・?」

 首を傾げられ、眉を顰められる。

 何か心当たりがあると言うより、多分、この灰色のコート姿が奇異に映るのかもしれない。

 だが見抜いた通りの性格らしく、興味が失せたと言う感じでそのまま言ってしまうと思いきや、去り際に男は言ったのだ。

「静流・レイナード(しずる・れいなーど)」

 そしてそのまま、まるで森の中の木々の間を縫う様にして姿をかき消す。

 こんな場所で疾走出来る脚力はバケモノ並みだと、声の無い笑みを浮かべながら考える。

 だが、無理だった。

「・・・・・・まさか天魔剣の親戚とか言うんじゃねぇだろうなあれ。十三魔剣の関係者ってーのはあんなんばっかりなのか?」

 天魔剣の名前はシュリ・レイナード。

 異色の仮面の名は静流・レイナード。

 カリッサや、シャクティの同族だと言われれば納得出来るが、納得できない部分も確かにある。

 何せ強過ぎなのだ、何もかもが。

 それこそ、小手先の技、と言うのは聞こえが悪いが、生き残るために覚えた技ばかりでも使っていなければ確実に殺される様な相手ばかり。

 そもそも、魔族の生活と言うのがどんな者かは知らないが、皇都に居る様な魔族は対外が部族の中で生活するのが飽きた年寄りか、見聞を広めに来た、形や性格では計り知れぬ魔族の御曹司まで居る始末。

 だがそのどれもに共通する事は、確かに強いのだが、その一言で済むのだ。

 性格も確かに好戦的な奴が多く、ハンターで魔族の知り合いや顔見知りも何人か居るが、仕事をこなす回数が多くても、死にはしないがあまり金は持っていない様子なのだ。それこそ、散財しているのだろう。浴びるように酒を飲む輩もそう少なくは無い。

「良くも悪くも、人間よか極端な奴等だな・・・」

「ヌシに言われた所で説得力に欠けるな」

「あんだとぅ? ・・・・って、居たのか!?」

 しかし声の主に顔を向けてみれば、そこに居たのは確かにカリッサ。

 気付かぬ内に必要ない事まで一人ぶつぶつ呟いては居ないだろうかと妙な心配をしてみるが、その必要も無かったらしい。

 顔が青いのは揚禅を殺した時と同じではあるものの、今は悔しいと言う感情が混ざってあるだけマシなのかもしれない。

「知り合い、とか・・・?」

「顔までは知らぬが、名は聞いた事がある。ついぞさっきも聞いた名だ」

「さっき? ・・・・そう言えば」

 妙に酒臭い様な気がするのだが、気の所為であって欲しいと願うだけムダだろう。

「ああ、これか。弔い酒だ」

「弔い? 誰の」

「シュリさん、だ・・・。あの男が殺したと言う話しだ。全く、魔族でもそう母親殺しが出来る奴は居やしないと言うのに。とんでもない奴だなあれは」

「・・・・・・・・・・」

 ぐうの音も出ないと言うのはこのことだろう。

 親戚どころかその子供だったとは、頷けるのも当たり前。それ以上に、よく自分が生き残れたな、と言うのは本音と言う所。

 だが彼女は、知り合いを殺された故に悔しい、と言うよりむしろ別の感情を抱いている様子。

 弔い酒を飲む仲が、魔族に取ってどれほどのモノかは知らないが、顔見知り、と言うだけでもあるまい。

 泣いた後ですらないらしく、だから悔しいと言う感情を抱く理由が分からなかった。が、ふと、思い当たる事があり、思わず呟いてしまったのだが、

「年下だから・・・・なのか?」

「・・・・・年下?」

 聞こえてしまったらしい。

 だが、これ以上彼女の機嫌をどうにかして自分のみを危うくする等、愚考以外の何者でもない。

「さ、行くか?」

 我ながらほれぼれする程、

「疑問に答えなくとも良いのか?」

 下手な話の逸らし方だったらしい。

 にやりと笑っている彼女は、多分今日一番楽しい事があったのだろう。

 無論、それに自分は一枚も咬んでいない。

 そう、あって欲しい。

「何か言いたそうな顔だな。お主らしく猪突猛進ぶりを発揮して言って見ればどうだ?」

「誰がイノシシだ、誰が」

「ああ、そうだな。灰色なんだから猪ではなく、土豚か?」

「・・・け、喧嘩売ってんのかよてめぇ」

「売ったのではなく、買ったのだがな?」

 適うまい。適うはずがない。

 これが年齢と言う奴だ分かったか若造、等と言われないだけマシではあるが、自分の浅はかさを思い知ると言うのはいつも嫌なモノである。

 疑問などどうでも良くなり、ただ、自分の口が憎たらしくなるのもいつもの事なのかもしれない。

 言ってしまえば、ペースを乱されっぱなしなのだ。

 だから、と言う訳ではないのだが、相棒に女は向かないと、彼は思うのである。

「分かった。俺が悪かった。さっさと帰ろうぜもう。イイカゲン疲れた」

 そして嘆息しながら言った言葉も、やはりペースを乱される原因になるのやもしれない。

「そうも言ってられん。貴様はそれでも一応、言葉通り一国一城の主を殺した重罪人なんだぞ?」

「・・・要点だけ言ってくれ。言い争ってあんたに勝てない事くらい分かったから」

「そうか? なら要点だけ述べてやろう」

 否、乱されるではなく、引き込まれる、か、巻き込まれる、と言った所か。

 どちらにしろ、一人でやって出来ない事が出来るのは嬉しいのだが、精神状態を不安定にしてまでやりたいとは想わない。

 だから、あの時から相棒が居ないのだと、悪友リスキィの笑った顔を思い浮かべた途端、それが昔のモノだった事に気付き、またむしゃくしゃしてくる。

 最も、そんな自分の精神状態すら、支配下に置けない状況だったらしい。

 妙に、要点を言う時間が掛かるなと、頭の中で纏めているのだろうと考えていたのだが甘かった。

「・・・・何故、笑っている」

 今日、多分彼女も疲れているのだろうが、その疲れすら吹き飛ばす事がこれからある様な顔。

 嫌な予感は、これだったのかもしれない。

「皇都まで徒歩だ。道中宜しくな」

「・・・・・・・・・・・・・・・・冗談だろ?」

「巫山戯てはおらんぞ? 獣道を辿ってゆけば何れ皇都だ。なに、三週間もすれば辿り着こうぞ」

 真っ白になったと言う表現は知っていたが、まさか自分が体験する事になろうとは想わなかった。

 それが戦いであるならば納得出来たのかも知れないが、正直、このダークエルフと居るのが嫌なのだ。

 そのうえ三週間も、である。

 男であるなら婦女子と同じ場所では寝られない、等の心配はこの女に取って無用なのだろうが。昔は口で言われる位なら拳での殴り合いの方がマシだと考えた事はある。だが自分と対等か、自分が勝てる相手にしかそう言う感情を持った事がなかったのだと今、痛感しなくても良いのではないかとすら思えてしまう。

 旅路を別にすると言う案もあるにはあるのだろうが、見付からないように尾行するならいざ知らず、見付からない様に逃げるとなると勝手が違うのだ。

 その点、彼女はその道の正真正銘プロ。コソドロ、とは言わないが、逃げる事も出来なければ初めから賞金首などに、それも高額賞金が懸けられた氷の魔女の一人などではないだろう。これ以上なく心強い旅の連れであろう。皮肉しか心の中に浮かばないのが悔しくて仕方なかったが。

「・・・・ったく、女子供と関わるとろくな事ねぇなくそっ!」

「ま、そこまで愚痴を叩けるのだ。道中倒れてくれるなよ?」

「誰が倒れるかくそばばあ・・・・」

 その後の三週間、いびられ、なじられ、ののしられ。

 よくも自分は耐えられたモノだと思うが、忍耐力があったと言う訳ではない。

 元々、相手の言っている事が正論ならば反論する余地など何処にも無いのだ。殆どの原因は自分が突っかからなければ何事も無かったのだから。

 そして悪循環に身を置き、ストレスで胃が初めて痛くなった三週間目の昼間、漸く辿り着いた皇都は何処までも晴れ渡り、まるで自分の帰りを祝福している様だった。

 あくまで、そんな気がしただけだ。

 皮肉の様だと思った心をかき消し、彼は青空を仰ぎながら虚しくなるのだった。

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