取りあえず寝た。

 三週間の疲れを取る様に。

 最も、寝た日の夕刻になって起きてしまったのは回復力があるからだと、何時の間にか部屋に入っていたカリッサに言われたが聞く耳など持たない。

 報酬を受け取りに行って貰った代わりに酒だけは奢る、と、まるで恩を着せる様に言ったのだが、彼女も彼女で忙しいらしい。

「これからまた行かなければならないのでな」

「何処に」

「聞きたいのか? お主の嫌いな殺しの仕事なのだがな」

「キライだと言い切れる理由を教えて欲しいもんだ・・・」

「リスキィとか言うのに聞いたからに決まっておろう? いや、なかなか面白かったぞ、お主の昔話は」

「・・・・・」

 あの野郎、要らん事をくっちゃべりやがって、と考えるがそれを止める。

 何にせよ、礼を断ったのはカリッサだ。貸し借りは無しだと言わないばかりにコートだけを羽織り、自分の取り分、前金が全部だと思っていたが、あれで半分だったらしい。一掴みだけ紙幣を持ってそれをポケットに突っ込む。

「ま、好きにしてろ。俺ももう出るんでさっさと何処へでも行っちまえ」

「つれない奴だな。誰が行かないと言った?」

「・・・ああ、そうですかい」

 そして反応を返すだけ鬱陶しい。そんな表情をしながら早々に外へと出て、後ろも見ずに歩き出す。

 途中、ハンターギルドによったのはいつもの癖だ。顔見知りの受付係がまたか、と言う顔をしながらも手配書を見せてくれるのもいつもの事。変わった事と言えば、また一人、魔環師候補が出たらしく、二つ名登録されているそれが「紅い詐欺師(レッドスウィンドラー)」等と言うフザケタものだと言う事くらい。

 カリッサの手配書は出ていないかと探って見たモノの、似顔絵も手配書もあるにはあったが、まるで似ていない事に苦汁を飲まされた気分になる。

 酒場に行くにしろ、カリッサのただ飯ぐらいがどの程度食べるのか等十二分に承知している。だから、小料理屋などと言う洒落た場所ではなく、正真正銘の酒場へと足を運んだのは二つの理由がある。

 一つは、働いているウェイトレスと言うより、半ば身売りされる様にして来た女の子に多大な貸しがあるから。

 と、言ってもロマンチックなモノでも何でもなく、ただ、ツケを払って大いに飲む為なのだが。

 そしてもう一つは、ここの酒は上手いのだが、料理だけはどうしても上手いと感じた事はない。

 精々、酒があれば食べられない事も無い様な代物ばかり。

 自分でも姑息な、その上みみっちい考えだと思うのだが、せめてマズイ料理を口にした時のダークエルフの顔でも拝んで居ないと一緒にすら居られない様な気がするのだ。

「そう言えば武士」

「あんだよ・・・」

 機嫌の悪い声を出す故に、彼女が初めて自分の名前を呼んだことにも気付かぬ彼は、

「ヤケに嬉しそうな顔をしているのだな。コレでも居るのか?」

「・・・・勝手に言いやがれ」

 つくづく、自分の素直すぎる表情に心の中で悪態を吐くのだった。






































アナザー・ナイン・ファンタジー■ACT:GAN'S VERMILION





































「あー! ホムラさんじゃないですか。今日はもうツケなんでダメですからね」

「心配すんな。今日はそのツケを払いに来たんだよ。ほれ」

「・・・・何か悪いモノでも食べたんですか?」

「お前ん所の料理ほど酷い飯があるんなら食って見たいもんだな」

「あー、マスターに言ってやろうかなー?」

「あのオッサンも物好きで料理作ってんだろ? もう少しマシな腕持った料理人でも雇えって言っといてくれ」

「分かりました。じゃ、今日は何になさいます?」

 そこで、カリッサが今の話をどう取るのか心配したが、取りあえず彼女が頼んだ大量の料理と、自分が頼んだのは酒のみ。

 注文を忙しく持ってくるバイトの女の子はある種、凄いと簡単すら漏らしそうな顔をしながらカリッサの事を見ていたのだが、運良く彼女はそれを歯牙にもかけない様子。

 そして一口含み「どうした?」と、彼女に取っては忌々しく思える程の笑顔で言ってやったのだが、

「ふむ、なかなかイケる。もう少し香辛料を利かせた方が旨いがな」

「・・・・・・けっ」

 逆に、彼女が人間ではないと言う事を思い知らされた気分になった。

 ここまで、魔族と人族の味覚がチガウモノだとは思えないのだが、出身国や育った環境が違えば、そして何より個々の違いと言うモノがある限り、好き好きと言う奴を見極められる事など不可能な気がする。

 それこそ、自分には旨いとしか言いようのない料理であれ、彼女に取っては途轍もなくマズイモノになるやもしれないのだ。

 最も、そんな結果のまるで分からない賭をするほど、懐の余裕はあっても心の余裕はなかったが。

「お主も喰わんのか?」

「いんや」

「後で言ってもくれてやらんぞ?」

「別に取りゃしねぇよ」

 料理をまるで独り占めするかの様に、腕に抱え込もうとする仕草が妙に笑え、それ以降は彼女の食べる様に口を挟もうとも思わなくなった。

 無論その前に、カウンターの中から、いや、それ以外にもこの店の料理の味をマズイと感じる客は好奇の視線をこの大食らいのダークエルフに向けているに違い無い。

 何せ、マズイ料理を本来は眉目秀麗と言う、エルフ族ががつがつと食べているのだ。珍しいモノでも見るかの様に、ではなく、間違いなく珍しいモノを観ているのだから。

 最も、そんな彼女に目もくれない客も居たらしい。

 ふと、隣りに座っていた客の話が耳に飛び込み、妙な一行だと思ってしまう。

 一人は、子供と何処かで顔を見た事のある女だ。親子と言う訳ではなく、歳の離れた姉妹と言った所か。ただ、そのどちらからも血の匂いが「感じられる」のはこんな店では明らかにおかしいと言える。それを際立たせる様に居るのが、コレでもかと言う程にまるで殺気を纏った様な女の傭兵。

 間違いなくこの皇都出身者ではなく、見た限り北方の戦場で育った輩なのだろう。明らかにこの店に居る客とは質が違い、強さも断然違いすぎる。

 どうやら三人でパーティーを組んでいるらしい事は雰囲気からも分かったのだが、唐突に話が飛んでもない方向に切り替わった。

「これから忍び込んで行方探せば良いんですよ」

 一番小さい女の子が、まるで大の大人が誘う様な、妖艶な表情をして言った瞬間、隣りに居た傭兵の女が驚き言う。それも当たり前。

「何処に・・・ってまさか」

「モチロンお城ですよ。他に何処があるんですか」

「ベル、何とかしてこの馬鹿」

「でも、案外面白い手かもねそれ」

「冗談にしてよもう・・・」

 殺気を纏った女の気配が一気に晴れ渡り、どうにでもしてくれと言う表情になるのも無理は無い。

 どこの城に忍び込むつもりかは知らないが、この三人の会話を思い出し、頭の中で復唱させた所で片眉をあげてしまうのも無理は無いのだ。

 何せ、この皇都の城に忍び込もうと言う算段らしいのだ。が、一番最年長である女傭兵の言葉に耳をまるで傾けていない様な女の子は、あっけらかんと言い放つ。

「冗談ですよ、モチロン」

「はいはい、じゃ、くだんない事言ってないでさっさと・・・」

「エラク穏やかな話しじゃねぇな。嬢ちゃん、本気か?」

 それ故に、口を挟んでしまった。

 その理由をあげれば口から言葉が出た時は分からなかったのだが、今ならばハッキリとそれが言葉に出来る。

 少女は今、嘘を付いたのだ。

 酒場でする冗談事の様に終わらせようと「思わなかった」らしく、自分一人で何とかするつもりなのだろう。だが、その口調が揺るぎない事自体が少女の奥底を見えなくする壁の様、それ以上、何を考えているかが今一分からない。

 そして、引き込まれたのだと分かった。

「もちろん冗談ですよ。けど、貴方に手伝って貰えば、ハツ国のさる人を暗殺したみたいに上手く行くかもしれませんね、帆村武士さん」

「え?」

「・・・・」

 こんな身なりをしていようとも、だ。シャクティと同じくらいであろう容姿に騙されたのは自分。

 少女は、自分が話しに耳を傾ける事を予め予測していたらしい。

「それこそ冗談だぜ、俺なんかがどうやってハツ国のさる人を暗殺出来るってんだ?」

 だがわざわざそれを肯定してやる義理もなく、一言一句間違えぬ様、少女の言った言葉から情報を聞き出した、と分かる言葉を選び口にした時、少女の顔は年相応の笑顔を作り、ただ、微笑み言う。

「ま、隠すのは分かってますからこれだけは言わせてください。先にやってくれてありがとでした」

「どういう・・・・」

 そして、また、だ。

 今度は返す言葉を間違えさせられた事に気付いた。

 最も、今更気付いた所で時既に遅し、だろう。この場合「何を言っているんだ?」と言うべきだったのだ。「どういう事だ?」と言う言葉に含まれる意味を読み取られた瞬間、此方の見抜かれた情報に頷いた事になる。

 何より、少女はそれを見逃す程ヤワなタマではない。

 何者か、少なくとも人間ではない事は瞳の朱が証明している故に、魔族であろうと言う事は分かるが、この少女の場合はシャクティの様な奥深さが全く見えない故に、年上なのか、それとも姿見通りの年齢なのか判断が付かない。しかしこれだけは分かった。

 とんでもない策士だと、少女のことを印象づけた言葉と共に、傭兵ではない、三人の中で一番自然な女が誰か分かったのだ。

 顔を知っているのも当たり前と言えば当たり前。彼女はアルフェイザ国の王に仕える側近の一人で、疾風眼の二つ名を持つ女。本名は忘れてしまったが、とてもこんな皇都くんだりまで来る様な人物ではない事は分かり、女の傭兵と共に居る事自体は納得出来る。

 それ故に、少女一人が妙に浮いている様な感覚になり、同時に、頭の何処かで苛ついている自分に気付いた。

「そこまで素直に言われちゃな。信用してやるさ、お前の事」

「信用しなくて良いですよ? もしかしたら敵同士になるかもしれませんし」

「おいおい、それこそ冗談にして欲しいもんだぜ。お前みたいな女の子相手に戦えるほど図太い神経・・・」

「僕、男ですから」

「なにっ!?」

 まさか女ではなく、男だと公言するとは予測できずにその事自体に驚きを隠せなかったが、逆にそれが良い結果になったと言えるだろう。

「だ、って、お前、どっから見ても女じゃねぇかよ」

「なんならこのスカートの下、覗いてみます?」

「はんっ、馬鹿言えっ。そんな事してたら俺が変質者じゃねぇかよ」

 言葉の節々に嘘が見え隠れしているのではなく、少女、いや、少年、か。彼の言う言葉はそのどれもがまるで真実みのない嘘に聞こえてしまうのだ。

 だが説得力が無い、と言う訳ではない。むしろ、信用に足る言葉を吐いている筈なのだが、どうしても信じ切れない、何かが足らないのだ。

 ここまで妙な言葉の使い回しが出来る輩も、オトナではそう居ない。いや、出逢った事すらない。

 ふと、帰って来た早々行った皇都のギルドで「紅い詐欺師」の二つ名を持つ魔環師候補の事を思い出したが、ふと幾つかの予想を立てる事だけは出来た。

「全く、お前は俺を笑い物にする為に呼んだのか?」

「ちょっと違いますね。もちろん、それもありましたけど」

「あにぉう?」

「一番の目的は、貴方が西方魔環師と知り合いだって事ですよ。明日、一緒に連れて行って貰えませんか?」

 その予測は、少年が「紅い詐欺師」の二つ名を騙ろうとしていると言う事。無論、そうである確証は何処にも無いが、たまに新人ハンターなどが考える手なのだ。特に、こういう自らの才能を分かっている奴に限って、自分の能力と似た現存する誰かの二つ名を騙ろうとするのだ。

 頭でっかち、と言っても過言でない様な少年の腕っ節の方はまるで駄目な様子。完全な頭脳労働向きなのだろう。

 苛つきが頭の中を駆けめぐり、自分の声は自然とそれを現す様にしていた。

「あんたら、何もんだ? 幾らなんでも知りすぎだ」

「何者だと思う? 当ててごらん」

 それに返した女傭兵は、まるで自分を値踏みする様な目で見る。最も、今までそんな瞳を向ける機会は幾らでもあったのだが、そうしなかったのは女傭兵がまるで自分に興味を抱かなかったと言う現れ。同時に、女の実力を漸く肌で感じる事が出来、確信が持てた。

「ちっ・・・やっぱお前がリーダー格かよ。ガキが主体で動くにしちゃ妙な奴らだと思ったんだよ。坊主、お前がそこまで動ける理由はバックがあるからだと思ったが、そこまで前に出るんなら少しは自分だけの力で喋ったらどうだ?」

 まさに言葉通りの、叱咤にも近い言葉。

 自分が言いたい事全てをぶちまけ、殺気のオマケすら付けたのは少年の将来の事を思って、と言う大義名分がある故のストレス発散だ。

 実力が無いモノが本物の殺気を感じ取った時、対外のルーキーはそれだけでプロの意識をどうにかして持とうとする。

 その経験が無ければ無い程、実力は決して上がらず、同時に自分に対する様々なモノを見間違えてしまう。

 それが大義名分。

 正直今は、ただ弱いモノイジメの様に少年を怯えさせる事で自分が満足する様な気がしたのだ。

 最も、通じれば、の、話しであったが。

「良いですけど、ちょっと待ってて下さいよ」

「逃げる気か?」

「着替えずにやっても良いとおっしゃるなら、僕は構いませんよ? もし貴方が勝てたとしても、ただの幼児虐待してるおにーさんですし」

「・・・・・」

 まるで引く様子を見せない少年は、あっけらかんとした口調でまたしても自分の意図を見透かした様な目をする。

 だからと言って、自分の実力が見えて居ない程の馬鹿ではないにしろ、完璧に把握出来ても居ない様子なのだ。

 疾風眼の二つ名の女に連れられ服を着替えに行ったのだろう。それに女傭兵も付いて行かなかったのは、ある種自分に対する信用を見せる為か。

「で、あんたは高みの見物かい?」

 間違いなく、実力は三人の中で一番の彼女に向かい窘める様に言うが、この女にも効力は無いらしい。

「あのガキに勝てたら、相手になってやるよ」

「じゃ、逃げずに用意しときな」

 自分の言葉の後一笑され、それで終わりになってしまう。

 余程の信頼をあの少年に置いて居るか、もしくはどうとでもなれと、放任主義を決め込んでいるかのどちらか。

 性質その物が違う、ハンターと傭兵故に、意見が食い違うのかもしれない。ハンターはあくまで個々の問題を片付けるのが主であり、彼女達傭兵は、戦争する事を前提にその仕事を受けるのだと言う。

 人殺しを当たり前にし、肯定した上で笑える様な輩の気持ちなど分かりたくも無いが、向こうもそれと同じ気持ちなのかもしれない。何処まで行った所で、平行線のまま故に、そう言えば、あの静流・レイナードも傭兵だったなと思い出し、それをかき消す様に、いつの間にか着替え終わった少年が目の前に立っていた。

 自分と、身長が二倍ほど違うのだ。無論、小さい、と言う意味である。

「さてと、行きましょうか。どうせなら広い場所の方が良いでしょう? それとも、銃を使った局地戦でもしてみますか?」

 見抜かれている。戦い方も、自分のやり口も。

 広い場所と言った理由が今一想像出来なかったのだが、何処か含む部分があると第六感で読みとれたのは揚禅を殺した時の場所の事。

 だだっ広いとでも言えば直ぐに此方も気付けたのだろうが、あえてそう言わないのは少年自身が楽しんでいるからだ。コケにされているのだと分かった瞬間、頭に血が上るのが分かった。

「お前見たいなガキ相手に本気になれるかよ。準備運動がてらだ、そこでのしてやんぜ」

「恥かくの自分なのにぃ」

「その減らず口も今の内だな。さっさと出ろ」

 だがその瞬間、今まで気にしても居なかったカリッサの視線で一瞬に興奮が冷める。

 彼女は、まるで感情の無い目を此方に向けたから。

 どういう事だと問いただそうにも、漸く冷静になって気付いたのだが周りが騒がしくなったのも自分と、この少年の遣り取りが面白いと感じているから。

 多分、このまま放って置けば賭にでもなるのだろうが、イイカゲン、自分と少年では明らかに実力が違いすぎる。成立しない賭では話しにならないと言う事でだ。

 それでもこんな所で引き下がるつもりもなく、何よりここは自分の住んでいる場所なのだ。噂であれ、仕事に響くのは間違いない。腰抜けと言われてもそう怒る訳ではないが、それで仕事が無くなれば話しにならないのだ。むしろ、この場を旨く利用しない手はないだろう。

「そう言えばまだお前の名前も聞いてなかったな。教えろよ」

 外に出て、対峙してから漸く来た少年は、中で何かやってた様子だが知った事ではない。

「名前ですか? 本名出すとここじゃまずいんで、紅い詐欺師って事にしといて下さい」

「紅い・・・? レッド・スウィンドラーか。はん、よりにもよって魔環師候補の騙りかよ。だが良いぜ、のしてレッド・スウィンドラー本人にも詫びを入れさせてやるから」

「あはははは」

 その、何もかもが予定調和と言う顔が気に障って仕方ないのだ。

 だが、考えるべきだった、と、後悔するも

「で、なんか始まりの合図とかヒツヨーなのかい?」

 遅すぎたらしい。

「・・・・・・あ?」

 観客となった店に居る客達と、自分と、この光景を見たであろう僅かな通行人。

 そのどれもが、間違いなくまるで生きた心地を感じていない事だろう。

 そしてその理由が分からず、当惑し狼狽えるか、その場を動けなくなる。

『・・・・誰、だ、コイツは?』

 間抜けな質問を自分の中で繰り返した所で、それは先ほど自分にまるで喧嘩をふっかける様に喋って来た少年である事など間違いではない。

 姿も、瞳のいつの間にか変わった強い視線も、闇の中に紛れたとしても見間違う事などある筈もない。

 だから、おかしい。

「どした? 何か妙なもんでも食べたか?」

 策士で、何処か若気の至りを残した少年など何処にも居ない。

 とことこと、まるで子供の姿を模している様な何かが自分にゆっくりと近づき、その間も足が竦み動けない。

 誰もが、何も言えない。

 言える筈がない。

「取りあえず仕事、手伝って貰うぜ」

「・・・な、んのだ」

「それは見て貰った方が早いさ。取りあえず報酬は前払いだ」

 それはまるで、話の分からない言葉を聞いている様で、少年の腕がゆっくりと自分の胸に近づき、そして「貫こうとも」避けられもしなかった。

 心臓を一突きにされ、ここまで冷静に考えられる奴もそう居ないだろう。等と呑気な事を考えているのは良いのだが、確かにこのままでは死ぬ事も必至。

 どうにかして自体を打開する為に行動を起こすべきだ。

 だが、身体が言う事を効かないのではなく、意識すらそちらの方に向かう事なく、視界全てが暗転するのが分かる。

 そして確かに感じた。

 自分の内から解き放たれた死を。

「少しの辛抱さ。なに、一秒や二秒だけだって」

 耳の奥に残るその言葉は、耳障りな筈の少年のモノ。

 だが思考すらも飛び、帆村武士は、死んだ。

 呆気なく。

 それこそ、まるでゴミを捨てられる様にして。

 だが、

「・・・気分はどうだい? 赤魔剣のおにーさん」

「あ、・・・・・あ?」

「呆けてないで少し付き合えよ。さっき仕事手伝えって言ったろ? 訳は少し後で話してやるから口裏合わせてくれよな」

「・・・・・・・・」

 何故、自分は生きている?。

 それが一番の疑問だった。

 少年に、まるで導かれる様にして店へと戻り、少年が何か周りに言ったとしても、客全ての顔色が真っ青になっていたとしても、何も理解出来ない。

 いや、理解の範疇を越えたと言うべきだろう。

「で、まだ私とやる気あるの?」

 そして先ほどの女傭兵がそう言い、自分の答えを求めている様だったが、それで漸く自分を取り戻せた如く、自分の言葉を吐き捨てる。

「明日だ・・・。これから俺は、あのクソガキの脚になるらしいんでな」

 笑われる事も、それで終わる事も分かっているが、自分がどうやらとんでもない間違いを犯していた事は十二分に分かる。

 今、目の前にして女傭兵の実力が分かったのだが、彼女が少年のオマケの様な存在だったのだ。

 リーダー格に見えたのは少年が自分の意志を押し殺し、その上で、まるで詐欺にかけられた如く騙されて居たのだ。

 酒場に居る、誰一人としてその例外ではない様子で、ふらふらと自分の足で歩き、外に出た筈なのにまだ夢見心地はどうしても抜けない。

 そう、まるで夢だ。

 死んだと分かった瞬間、生きている自分がそこに居るのでは、まるで話がかみ合わない。

 誰か説明してくれと、頭の中で幾度と無く呟いたのだろうが、それが口から漏れる事はなく、まるで少年に言われた通りになった様で。

「・・・・むしゃくしゃしやがる」

 無理矢理、自分を引き戻した所で、全ては後の祭りだったらしい。

 女二人と別れた少年がいつの間にか自分の隣りに居て、笑って居るのだ。そして驚いたのはそれだけでなく、事の全てを見て、判断したのだろう。

「貴様、何者だ」

 既に抜刀し、闇にその折れた刀身を煌めかせるカリッサの姿があった。

 だが彼女とて、分かっている筈だ。

 この少年が、自分を「生き返らせた」のだと。

 見た事は無論、聞いた事も無い話しだ。物語ではあるまいし、伝承にすら、誰かが誰かを生き返らせたと言う伝説は何処にも無い。

 そしてもし、それが強さの証だと言うのならばこの少年は過去から現在にかけて。

 もしかしたら、未来永劫なのかもしれない。

 絶対最強と言う名を持つに相応しい人物。

「タングラムの名前持ってんだったら知ってるだろ? あてたら「何もかも」教えてやんぜ」

「巫山戯るのも対外にして欲しいモノだ。私の予想など所詮・・・」

「陳腐? それとも愚かかい? だけどそれで当たってるさ。まぁ、あんたはまだ若いし、現実味のない話しだろうけどな」

 何の事を言っている。

 一体何を話している。

 分からない事だらけで、夜風がヤケに冷たく感じる。

「とにかく、ここじゃ人目に付くだろ。幾らあんたが腕利きの極悪人でも、魔導神相手に大立ち回りはできんだろ」

「何処にそんな確証じみた言葉が吐けるのか。問いただしてやっても・・・」

 そして、その冷たく感じられる理由が分かった。

 一つは、確かに自分は先ほど死んだからであって、新陳代謝が上手く働いて居ないからだ。

 これでは寒気を感じていても仕方のない事だろう。死ぬ間際の感覚でずっと押しとどめられるのは嫌な気分にしかならないのだが。

 そしてもう一つは、少年の

「どうやってだ?」

「何?」

「一体どうやって、俺に何かをするつもりだ?」

 何処までも深く、そして、闇を思わせる笑み。

 この姿見をしているから。少年の姿をしているから、そう感じるのかもしれないがもしオトナの姿であれば、洒落にならない事になると想像する事を遮断する。

 この姿をしているからこそ、自分も、そして本来勝ち気なダークエルフもまだ言葉を吐く余裕があるのだ。

 いきなり成長出来る種族など何処にも居ない筈。

 その「筈」と言う、ある種希望的観測が簡単に揺らいでしまうモノが、少年にはある。

「・・・・くっ」

「ほら、さっさとその物騒なモノしまえ。別に取って喰おうって訳じゃねぇんだ。それがお望みとあらば、躍り食いでもしてやるんだがな?」

 殺気も、まるで感じられない。

 だが、嘘の無い言葉だ。

 先ほどとは違い、そう、先ほど、自分が相まみえる前まで居た少年とは全くの別だと考えた方がまだ理解出来る。

 そして一度肩を竦めた名も分からぬ少年は、まるで自分たちが着いてくると確信があるかのようにそそくさと歩き出す。

「・・・どう、するよ」

「悔しいが、あのチビの言った通りだ」

「何が」

 青ざめた顔だな、と、呑気に漏らしそうになったが、彼女だけではなく自分もそんな顔をしているに違いない。

 まるで生きた心地がしない。

 そもそも、これは自分が見ている悪い夢ではないのかとすら思える、現実。

 それ故に、彼女の吐き捨てる様にして言った言葉も真実なのだろう。

「どうやって、奴を殺すかどうしても分からん。隙が無い所の話しじゃないさ、まるで隙だらけでもなく」

「もう死んでいるか、死すらないって所だな」

 冗談を言い合い、笑って吹き飛ばす。

 そんな会話が彼女となら成立するのだが、今回ばかりは無理だった。

 どうしても拭いきれない恐怖が自分たちに付きまとい離れなくなったのだから。

 そしてどちらともなくあの少年の行った先へと歩き出すのだが、死地へと向かっている気分になったとき、彼は漸く自分が生きている心地がするモノを感じた。

「・・・・やっぱ、一度殺されてんのかよ俺は」

 ふとふれた服の胸部に開いた穴。

 血もまるで付着した様子もなく、一瞬だったのだろう。あの一撃は。

 どう見ても、ただ腕をあげた様にしか見えなかった。

 そして何より、幻ではないのかとさえ思える現実と夢の境が分からなくなった。

 星は何処までも輝いている筈なのに、視界と、少年の姿が闇を落としている様で。

 彼は漸く自分が現実味のない死を実感したのだと改めて認識した。

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