城の中は初めてではないが、事情が事情なので今回は緊張せざるを得ない。

 何せ忍び込むつもりが城壁を破砕し、派手なご登場と相成ったのだ。それに対する二人の反応は、紅と名乗る少年がため息で、カリッサは肩をすくめやれやれと言った表情だけだった。

 もちろん、何を言おうと、無駄な努力なのは分かっている。自業自得とはこのためにある様な言葉だとも分かった。

 しかし・・・

「あ〜あ。武士にーちゃんあれ、どうやって弁償すんでしょ」

「良いのではないか、どうせ身から出たサビだ。それこそ私たちには関係の無い話だ」

「そりゃそうだけど、少しは手持ちを渡せとか言いそうだよこの男の子」

「そこまで馬鹿でもあるまい? なぁ武士」

「・・・・・・・」

 追いつめられている気がするのは気の所為では、ないだろう。

 多分、ではある。少年もカリッサも、あの城壁を直す位の金は持っているだろう。揚禅暗殺の報酬ではないが、それ以下の賃金で何とか修復は出来る筈だ。

 だが、あえて無駄な出費も出すワケにはいかない、と言うか。

 有り体に言えば「面倒だ」と言う、共感するべき部分があって、カリッサはもう少年に恐怖も何も抱いていない様子だった。

 そして、それは自分にも当てはまる事。

 と、言うか、途中からもはや恐怖云々の話では無くなっただけなのだが。

「それに危ない人にあんな危険なモノ持たせちゃダメダメじゃん。全く最近の若い者は・・・」

「いえ・・・そう言う事でもないと思うんですが」

「ラグナロクじゃあるまいし、ディーも出番無くなって草葉の陰で泣いてるよ?」

「は?」

「あー・・・っと、そう言えばそうだったね。まだだ、まだ。うん、気にしないで良いよ」

「?」

 二人だけに通ずる話らしく、自分はやはり置いてけぼり。その上、言ってしまえば何処に行くかも分からない筈の自分がなぜ前を行くのだろうかと、漸く疑問にぶち当たり後方を見る。正確には少年を、だ。

「で、何処に行くつもりだ。まさかこそ泥をしに来たなんてオチじゃねぇだろうな」

 低い声で脅すように言うが、ムダだと言う事も分かっている。が、そうでもしていないとやってられないと言う気持ちも本心。

 やらないで後悔するよりも、やって後悔した方がマシ。

 信条通りの行動を、意識せずに出来る様になったのはいつ頃だったろうか。

 年端もいかぬガキの事からずっとそうだった様な気もするが、あまり昔の事を思い出したくはない。

 それが、ドラマチックな言葉であれば良いのだが、思い出されるのは女性関係でやたら苦労したと言う事であり、今の様に欲目が出てくる事など全くない。

 もてあそばれた。

 その一言の過去に尽きるからこそ、思い出すのをはばかりたくもなると言うモノだ。

 そしてそれが見抜かれているか、気付かれているか。もしくは自覚したくない事ではあるが、そう言う風に見えてしまうのか。

「にーちゃんはこそ泥の方が良かったんじゃない?」

「あ?」

「だって修理費、結構掛かると思うよ」

「そのくらい一括で支払ってやらぁ」

「でもね〜」

「あんだよ。それに無駄口叩く暇があるんならさっさと案内しやがれ」

 どちらにしろ、その女性関係の記憶の中に、子供と言う項目まで付け加えるかどうかは、この少年次第。

 もっとも、

「税金支払ってるのに自業自得で出費重ねて楽しい?」

「・・・・・・・・」

「皇都の税率、にーちゃんだけよけいに支払った方が世の中の為になると思うよ。ね〜」

 考えるまでもなく、こいつだけはと考えるのは誰しも当たり前なのかも知れない。

 現実に引き戻されれば引き戻される程、自分の賃金や仕事に就いて不満を漏らしたくなるのは気の所為で、ありたい。

 この仕事が終わったら絶対長期休暇を自分にくれてやると誓う武士だった。






































アナザー・ナイン・ファンタジー■ACT:GAN'S VERMILION





































 夜の城の中はしんと静まりかえり、不気味なまでの印象、と言うより、神殿や遺跡の様な、何処か恐れ多い、と言う感情を抱いてしまうに十分な雰囲気を持っている。

 だが、本来それがまともであるのだろうと考える男が一人。女は居心地の悪さを感じているのか、少年は何処であろうとそのやり方も受け取る印象も変わりはしないのだろう。つかつかと歩む歩幅は体躯から来る小ささは仕方無いとしても、三人の中で一番落ち着いて見える。

 まるで自分の家の中を闊歩する様に、とは言い過ぎだが、とても侵入者(こそどろ)紛いの事を企てた張本人とは思えない自信のありようだ。

 何処でそんな教養を身につけてきたのだろうかと、不思議に思うモノの、ダークエルフと、本人の言った事が本当ならば自分より遙かに年は食っている筈である。が、やはり、実力だけは上だとしても、年齢まで上回っているとはどうしても思えなかった。

「さーてと。じゃ、カリッサおねーたん、ちょっとここで待っててくれる?」

「見張りか?」

「ちょっと違う。知り合いが来ると思うから、ここで待ってて貰ってよ」

「名前は」

「顔見れば分かるよ」

 豪華な、とは言えないが、城の一室の前でカリッサと別れ、そのまま奥へと進む。

 迷う事などまるで無いらしく、城の中に一度来た事があるのかと疑問を抱いた時、小声のままに少年は言う。

「ちなみにここ、初めてだから迷っても文句言わないでよ?」

「えらく自信がある様に見えたがな」

「あはは。何事も前向きに考える人なんで」

 冗談か、それとも本気なのか。どちらにしろ、タチの悪い口振りである事に違いはない。

 自覚しているのかと疑うほど、少年は躇わないのだ。

 仮にも大陸一と誇る皇都の、王城の中を、誰かに見つかれば衛兵、最悪な事態であれば東西南北及び中核魔環師のどれかを相手にする事になるのだ。そうなれば、ただでは済まない。

 それも、少年の実力から察するに、魔環師であろうと、歯牙にも掛けないのだろうと分かるだけの強さがあるとすれば、自分だけが損をする事になるのだ。

 忘れていた事だが、この街の住民すべてを人質に取られている様なモノだとカリッサが宣ったが、その事から来る自信と言うより、もはや確信であろう。自分たちが裏切る利点と、それに伴うリスク全てを理解し信頼しきっているらしい。

 そして少年の思惑通りに動かなければならない自分が不甲斐ないと、もう思いはしなかった。

 城壁を破ったあの一撃。カリッサは自分の後方に居た故に、避ける事も必要ではなかったのだが少年は違う。

 間違いなく、直撃したのだ。それも魔籠弾に付加されていた魔導はよりにもよって消滅系と呼ばれる禁呪の一種。例え如何なる物質であろうと、現在見つかっている最強を誇るにふさわしいオリハルコンの楯であろうとそれに適うモノは無いとまで言われる力なのだ。

 それを無傷で済ませ、目の前に現実として突きつけられれば誰であろうと諦める。

 どうやって、殺すんだ?

 ただその事だけが疑問として残るしかない。

 そして何より、少年の性格を考えるなら、あれを避けたりはしなかった筈だ。あえて実力を見せ、逆らうことの無意味さを見せつければ自分の思い通りに事は運ぶ。

 殺す方法が無いモノに対しての活路が皆無な状況で、それに対しあがくことが当然だと思う自分にここまで諦めさせるのは凄い。

 そう言った事から、少年の実力は並はずれたモノだと分かる一方、底が見えなくなって来たのも確か。

 丁度、青空の向こう側を見ようとした時の感覚と似ているな、と言う感想と共に、少年ならば夜よりも深い闇を思わせる何かだと思い直し、先を行く少年の背中を追っていたのだが、はたと立ち止まった事に意味があると、直に理解出来た。

「ちょっと一つお願い出来る?」

「なんだ」

 小声で話す意味は今、十二分にある。

 少年が立っている少し先にあるドアの向こう側にある気配は、魔環師よりも更に上だと自分でも分かった。

 いったい誰がそこに、それも「二人」も居るのか理解しがたい事だったが、どうやらここが少年に取っての目的地らしい。

 くじ運がそんなに悪かった事は無いが、最近は不幸続きだと愚痴を漏らしたい気持ちを抑え、少年の言葉を待つ。

「あの気配飛ばす奴、今できる?」

「ああ」

「じゃ、ドアの向こう側に飛ばしてみて。ボクが入った後、少ししてから来てくれれば良いよ。どうせなら外で待ってる?」

「逃げられる確信があるならそうしたさ。もう逃げられん」

 気配を察知されている。

 はっきりと視線を感じ、壁の向こう側に居る、目の前の少年と同じようなバケモノの事をひたすら考える。

 もっとも、そんな事をしたとしてもムダだと言う事が分かっているのなら、少年の言う通りにするしかないだろう。

 信用されたのなら、信用してやる。

 半ば自棄になり、少年に言われた通り、気配を飛ばし、それと同時に少年はドアを開け放つ。

「邪魔するぜぃ」

 そしてその後の惨劇を即座に想像出来てしまう自分の経験が、今は恨めしかった。

 何か、知覚出来ないモノが少年に襲いかかり、同時に気配を飛ばすのではなく、自分が直接入って居たのなら自分の首は飛んでいた筈だ。

 少年の首もそれと同じく飛び上がり、部屋の中はさぞかし血で汚れただろう。

 何度か見た事のある、血で描かれた模様。

 それを今回は見ずに、済んだ様子だった。

「腕、落ちてんな、お前」

「・・・・・」

「そっちの兄さんはマディンの師匠って割にゃ、弱すぎだな」

「・・・何者ですか? 貴方は」

 得意げに話す、いや、まるで人物が変わった如くしゃべる少年とは裏腹に、二人の中に居た住人たちは驚きを露わにしていた。

 一人は、少年にその腕を捕まれている、女。

 攻撃が止められた事自体が信じられないと言った表情をしているモノの、その内に秘めた強さはそれでも尚、分かる。鋭すぎる刃を見た時と全く同じ印象を抱くが、銘刀と言うよりもむしろ、妖刀。殺気に充ち満ちた目で少年を睨んでいた面影を残し、今は表情を強ばらせている。

 そしてもう一人の姿は今し方、自分が気配を飛ばした場所に居る男。

 その格好だけ見れば、何をしているのか全く分からない格好だろうが、自分がもしそこに居れば一撃で殺されているとはっきりと分かる。

 もっとも、今殺され掛かっているのはその男の方で、首に添えられた刀、だろう。少年の手からまるでのびた様に存在するそれはいったい何処から出現したのかさえ分からない。

「おい・・・穏便にやるんじゃなかったのかよ」

「コレくらい、穏便な事の運び方は無いと想うぜ。話、聞かざるを得んだろ?」

「確かに・・・そうだがな」

 穏便の意味を履き違えている、と思った一方で、少年の思考から考えて、自分なりの言葉を使ったと言う所だろう。

 要するに、自分にやった事と同じ事をこの二人にもしたと言う事だ。無遠慮とは言え、部屋に入った途端、客を襲撃者と間違える様な輩には確かに脅すと言う方法が一番穏便に事を運ぶのかもしれないが、こそ泥まがいの自分たちに言えた義理ではない。

 この小さな暴君は何処まで強いのか。

 ただ、その疑問だけが頭の中を駆けめぐり、何か答えめいたモノが一瞬ひらめくのだが、自分の奥底の何かがまるでおおい隠す様にそれを曖昧にする。

 そして、少年は面倒だ、と言う理由のみだろう。

 自分にすら殺気を放ったまま、男の首に当てた刀を消して放さないまま、女をベットに座らせた所で言った。

「って事で、やる気は一応無いんだよ俺は。ただし、お前らがやる気ならな。この城ごと吹っ飛ばすからそのつもりで居ろよ?」

「えらく、大胆な交渉の仕方ですね」

「コネなんてねぇし、実力があるんなら使わなきゃ損だろ?」

「もっともです」

 そして表情、口調共に男の方は取り戻した様子だ。もっとも、その奥底を覗けばまだ動揺を隠しきれない様子である事に変わりがないのだろうが、それでも素振りすら見せないと言うのはたいしたもの。女の方はもはや少年と戦うだけの何かが欠けてしまっている。それこそ、一撃を避けもせず、それで殺されてしまうのかもしれない。

 一切の隙を見せないのではなく、隙だらけの格好を見せていても勝てる気がしない。

 そして此処に来て再び頭の中で少年の印象が変わった。

「武士、いつまで突っ立ってんだ? 入ってその辺に座れよ」

 どうやれば勝てるのか、倒せるのか、殺せるのか。

 その三つのどれを取っても自分には分からない。

 底が見えないと何度も理解し、認識し、納得しても尚、反抗させる何かが少年の中にはあるのだ。

 わざとやっているのだとしたら。

 無論、そうでない事くらいは分かる。少年の性格は、詐欺師と言うには余りにも強さの桁が違うのだ。ハッタリもここまで来れば、真実と何ら変わりはない。

 自分も、この部屋に居る少年以外の二人も、殺されないと言う事が分かっているのだ。それでも信用できない心か、頭か、どちらかにうず巻くモノが少年の虚言、と言う事。

「ちっ・・・」

「武士? 君が、帆村武士(ほむらたけし)なんですか?」

「ああ。あんたが誰だか知らないが、コイツの言う通りにした方が良いぜ」

 その上、だ。

 苛つけば苛つく程、自分を取り戻すこの可笑しな状況が一番気にくわない。

 冷静になればなるほど死を見なければならなくなり、自分の敗北を常に感じていなければならない状況など今迄ありはしなかった。

 出来る僅かな抵抗と言えば、行儀悪く部屋の中の家具の上に座る事くらい。椅子もちゃんとあるにはあるが、少年は立ったまま、女の側を離れないと言う事はまだ女に何か用事があるのだろう。

 予測だけが頭の中を巡り、消える。だが、苛つきと冷静さの両方を心に置いた状況で、そう言えばと思うのは自分の良さなのか悪さなのかが分からない。

 見ず知らずの男が、なぜ自分の名前を知っているか、と言う事だ。この際、紅と言う例外中の例外は無視して考えるべきだ、と、青ざめていた自分の顔に余裕が出てきたのが分かる。

「さて、と。じゃ、落ち着いた所で、自己紹介と行こうか」

「襲撃者が相手の名前も知らないとは、なかなか面白いですね」

「それを言うなら間抜けだろ? そう殺気立つなよ、悪かったって」

 毒には毒を、と言った所か。男はどうしても少年に突っかかるようなしゃべり方をするがそれも致し方のない事だが、ここまで来て顔をから血の気が無くなれば意味の無い事だ。何を少年がやったか等、どうせ殺気でも放ったのだろう。先ほど自分に気配を飛ばさせたのはどうやらこの為だったらしく、少年は気配の変わりに殺気を対象物である男に「籠めた」らしい。

 しかしそれすらも単なるハッタリでかたせる様になった辺り、自分も少年に慣れてしまったのかもしれない。

「けどさ、確かに名前は知ってんだけど、武士に教えてやってくんない?」

「何故です?」

「取りあえず俺が一度驚いた。で、次は武士、あんたら、って事で」

「???」

 間違いなく、楽しんでいる。何が面白いのか分からない、分かりたくもないのだが。

 予測がつくと言う事は、少年自身、こういう事に関して深くならないと言う事か。底を浅くも深くも出来ると言う事は、奥底が見えないと言う事にもなるのがまた嫌な所。

 悔しい、と言う感情さえあれば何とか自分を律する事が出来るのか、と気付き、本調子を取り戻して来た自分を賞めてやりたくもなったが、ここに来ても尚、少年は自分の事をおもちゃにしたまま放さないらしい。

 沈黙、苛つきと焦躁と、何より恐怖に色彩られていた男の顔が諦めをカンジさせる何かを宿した時、黙りを止め口を開く。

「ガ・ルドです。二つ名は三つ色の剣舞、そっちはガ・レイド、二つ名は一閃の雷光。役職は、剣闘師って所ですか」

「な、な、な・・・・!!」

 が、それに驚くなと言う方が無理であった。

 話を聞き逃していたから、かもしれない。少年の言葉を思い出し、確かに自分が驚いた事に相違はなかった。

 何せ、ハンターの最高峰である剣闘師が目の前に居るのだ。半ば神格化さえされている彼らに出会えると言う事は一生の内にあればかなり幸運な方だろう。そしてルシエドに逢っていなければ、あまり実感出来なかったかもしれない。

 それも、一閃の雷光である人物が女だった事と、彼らの容姿が驚きに値するだけの若さを保っているのもその理由。

 これでは自分が勝てないと姿を見る前から分かるのも当然だと頷け、疑う理由は何処にも無かった。

 同時に、そんな二人相手に不意をついた様な形とは言え、何事も無い様に攻撃を止めた少年の実力の認識が現実的に、要するに悪化した事も事実だが。

「あ、あんたら剣闘師だったのかよ? 冗談じゃねぇ・・・」

「それはこっちの科白、一介のハンターにまさか襲撃されようとは想いませんでした。それも、一度雇った貴方に・・・」

「俺だってやりたかないさ。でもなぁ・・・。やらなきゃ街の人を全員皆殺しにするなんて言われたらやるしかないだろうが」

「・・・その言い分は信じましょう。信じざるを得ない、と言うのが本音ですけど」

 雇った、と言う事は、間違いなくリスキィの言っていた剣闘師であると言う事。彼が頼んだと言う事は理解出来、同時に極限状態にも似た心境に双方とも落ち入っているからかもしれない。東方魔環師(リーゼ・ガ・ストラスト)に逢った時とは違い、タメ口である事や身分の違いなど認識する暇もなく言葉は漏れるだけだ。

「で、次は君の番ですよ。小さな珍客さん」

「だな。俺は・・・・」

 そして、それが余裕を取り戻させる理由になったのだろう。剣闘師ルドの顔色が戻り、多分、また変わるのだと分かっている自分が恨めしくもある。

「紅(くれない)ってんだ」

「!!」

 そうらみろと言う塩梅に冷静になれる自分は多分おかしい。そんな事を胸中でつぶやいてしまう程この状況は彼らに取って絶望的な筈だ。そんな相手を見て、感じ取り、理解して、くさい物にふたをしろ形式で認識させなくする。それが自分なのだ。

 打って変わり恐怖を通り越し、死すらも表情に乗せた男はそれだけ自分よりも強いと言う事だ。何せ、ありのままに現実を受け入れたのだ。ありもしない幻にすがっているワケではないが、認識できないと言う事は自分の中の基準の範疇を越えたと言う現れ。対して男はやはり剣闘師と言う伝説の存在だけの事はある。

 死を突きつけられても尚、まだチャンスはあると何処かで思っているからこそ、そしてそれが実行出来る実力を持っているからこそ、自分を律したまま驚く事が出来るらしい。

 桁外れだ、並大抵の事ではない、何を喰えばそんな風になるのか。

 確かに、剣闘師と言う存在はハンターと言うには余りにも規模がでかすぎると、改めて認識させられたが。

 それ以上に驚いたのは女の様子がまるで変わった事。

 言葉を思い出し少年が自分の娘の様なモノだと言った人物が誰かはっきりと今分かった。

 自分の記憶に間違いは無く、一閃の雷光のもう一つの名がシーグルと言う筈なのだ。なぜ二つも名前を持っているのか。姓と名前の違いではなく、どちらも名前と言う事から幼名か何かかと思っていたが、その辺りの事情はまだ分からない。

 多分本人ははっきりと認識していない様な状況なのだろうが。こんな状況で何処か安心した表情をしていると言う事に、何かがあるのだろう。

「ちなみに言い直せば、二つ名は夕闇の殺戮者(デュスク・ジェノサイダー)じゃぁない。ちなみにレッドでも無いぜ。ちゃんとクリムゾンって言ってくれなきゃな」

「・・・・・あ、なたが」

「証明とかは出来ないからなぁ。ま、信じる信じないは勝手だ」

「・・・・・・」

 魔族の言葉でルドと言う意味は魔導神と言うらしい。

 何かの魔導を使っている様子で、多分それは少年の言葉の中にあった「証明」を見付けようとしているのだ。情報を探索する、等と言う便利な魔導は聞いた事は無かったが、名の如くの存在、この皇都にある大学の図書館の古魔道書の殆どは彼が書いたと言うのなら、それくらい出来るか、下手をすれば作れてしまうのかもしれない。

 しかし、未だ何処かで信じられない部分があったらしく沈黙も長くは、続かなかった。

「信じ、ますよ・・・。確かめる方法なんて、簡単だった。僕が思い出せば良いだけの事ですからね・・・・・・」

 同時に、彼が魔導を使わなかったと言う事は、己の誇りさえ捨てなければならなかったらしく、ここで自分と同じ心境になったのだろう。顔つきが強ばったモノから徐々に元へと戻り、何処か人の良い青年風の顔になってしまう。

 それだけを見ていれば、確かにリスキィが師と仰いでいるだろう人物と言う事は如実に伝わってくる。このタイプは動くよりも先に頭で考えるタイプなのだ。そしてそんな人物がもっともいやがる事と言えば諦め、自分の敗北を知らされる事。

 悔しいに違いはないのだが、納得の仕方だけは自分より上手いらしい。もしかしたら「思い出せば良かっただけ」と言う言葉に真意があるのかもしれないが。

 そして視線を変え、多分座らせたのは目線を同じ高さにする為なのだろう。女の方に向き直った少年は、また表情と雰囲気、何より存在感そのものを変えてしまう。

「お前は・・・覚えてないらしいな」

「何を、だ」

「緊張すんなって。ほら、別になんにもしねーだろ?」

 諦め、だろう。

 剣闘師である女が、ではなく、事もあろうに少年が、である。

 紛らわす為にガ・レイドの額を子供の巫山戯る仕草のままに叩く辺り、感情を隠したいらしいと言う事さえ分かってしまう。

 どうしてそんな顔をするのかが分からないと一瞬思ってしまったのは少年の強さばかりを見ていた所為で、それだけ弱さに負けない強さを持っていると言う事も見留めさせられる。

 そして、少年がどういう人物か分かった気がした。

「少しはさ、肩の力抜けや。泣けなかった事が悔しかったんだろ?」

「・・・・・・」

 強くなりたいのなら弱さを捨てろと、殆どの者が言うだろう言葉。

 だが、少年はそれを自分自身でうち破った一人なのだ。それはどんな言葉よりも、強さの証になる。

 何があったかは分からない、過去も、素性も、心の内もまるで見えなかった女だったが、少年の多分、何気ない一言がよほど応えたらしい。頬を伝うそれは泪であり、自分と、剣闘師ルドは驚く他に無かったろう。

 漆黒の山脈と言う四魔境の一つに彼女は自分の剣の爪痕を残した。

 鏡の斜面と呼ばれるそこは、陽光も、月光も、全ての景色すらも映し出す程に磨かれた如く耀く文字通りの場所。

 たった一振りで。

 伝説に様々な逸話があり、その殆どはてんでばらばらな経緯や結果を物語っているものの、その「一振り」だけでその山脈に残したもはや景色の一部分となって長いその光景は出来上ったのだ。

 そこまで強くなるにはいったい何をすれば良いのか等、誰にも分かるまい。

 ただ自分たちの様な、少年や、ガ・レイドから見ればヒヨッコにしかならない輩に取ってそれは途方もなく、恐怖も、死も、そして絶望すら含んだ結果なのかもしれない。

 だからこそ。

「少しは泣いとけ。これ以上心配かけんなよ」

 少年の言葉ではない。

 少年が言ったモノに間違いは無いが、その姿からは出る筈のない、それは親友としての言葉に近いもの。

 感情があふれだし、爆発してしまった彼女はもはやその泪を止める術など知らぬ子供のように泣きじゃくり、少年をキツク抱きしめたままだった。

 だが、その光景を見て、少年の言葉を思い出してしまう自分は、正しい答えをあのとき言っていたのだと確信する。

 少年は、彼女の事を自分の子供の様なモノだと言ったのだ。親でなければ見抜けない何かもある。ただ、それが長い間、誰にも言われない一言になってしまうと、そうなるのかもしれない。

 容姿が若く共、剣闘師は長い、とてつもない時間を生きた者達なのだ。

 自分がそうであったなら、気が狂ってしまうかもしれない程の永遠の時。

 考えただけで、彼女が背負ってしまった何かは時と共に重くなってしまったのだろう。

 それ故に、妖刀と印象付けられる程の風貌を持ち、何者も寄せ付けない鋭さを常に持ち、だからこそ少年にその氷塊を溶かせたのだろう。

 しばらく彼女が泣き疲れ寝てしまうまでは、その場を動けなかった。







 廊下を歩く足取りは少しだけ重い。何せ、あんな光景を見せつけられたのなら、少年は本気でこの街の住民全てを殺そう等と思っていない事が分かってしまうからだ。

 悲しみも、哀しみも知っているのなら。それが強さとなったモノは絶対にそれを曲げない。

 だから、少年は最初に交渉だと言い、自分に目の前で絶対起こって欲しくない出来事を幻として見せた。

 趣味が悪い、と言うのは当たり前だが、瞬時に信用を得ようと思えばそうするしかないのかもしれない。

 もう一つは、少年は自分たちの事は自分たちでやれと言った。ともすれば、少年は時間がないと言う理由で焦燥っているのではなく、自分たちにそれを知らせたと言う事。

 従う、と言う言葉を当てはめるにはあまりにもほど遠い、多分それは優しさにも似たお節介なのだろう。

 泣き疲れた彼女を寝かしつける少年の姿は、何時の間にか大人の、そして親のそれになっていた。

 しかし無論、

「少し、反則と違うのか?」

「なんでだ? そっちのルドさまぁ〜んにはこの方が都合良いだろうしさ」

「だからと言って、なぜ身体がそんなに早く成長出来る」

「多分、彼は成長を止めたのではなく、完璧にコントロールしているんでしょうね。呪いや魔導ではなく、細胞一つ一つに意識が通っていると言う所でしょう」

「お、ルドセンセ。さすが博識。ルド・サクルスの名は伊達じゃないね〜」

「それはまた古い名前を」

 突っ込むべき所には突っ込まねばならない。と、言うか多分、場を取り繕う為の彼なりの気遣いだろうそれは、今回は身体を幼少から自分と同じくらいの年にまで引き上げたのだ。

 多分、ガ・レイドを安心させる為にやったのだろう。安らかな寝顔は、澄んだ心を持っている少女の様だった。

 そしてそれが終わると同時にまた姿を縮め、元に戻してしまうのだ。

 行動には理由がある。

 少なくとも、紅と名乗る「ワケの分からない存在」の性質は間違いなくそれだ。

 それもタチが悪いのは先読みをしての行動であり、ムダが無いと言う事。一切の無駄がない、と言うワケではないのは分からなくする為なのだろうが、何のために分からなくしてあるのかと、それすらに意味を感じてしまうから頭が混乱する。

 いっその事考えなければ良い。そう、何度も思っているのだが。

 それにもまして、人の感情を揺れ動かすのが彼は上手い。

 だから、考えざるを得ない。

「で、今度はいったい何だ。いい加減本題に入れよな」

 それ故に、先が見えない、まるであの世まで連れて行かれそうな気にすらなるのだが、意外に言葉が効いたらしい。

「ま、ウチの娘が迷惑掛けて時間喰っちまったな。つきあってくれてありがとよ」

 少し、照れ隠しの様な笑みを見せ、そんな風にも笑えるのだと、感嘆してしまう。

 が、それもそこまでだ。一瞬にして頭の中を切り替えたのが分かる様に、表情も雰囲気も出会った時のまま。

 一閃の雷光の事を自分は妖刀と例えたが、彼女に比べれば少年の例えはまさに「殺戮者」なのかもしれない。「彼女は諸刃の刃なんだ」と続けて少年は言い、その意味も少しだけ理解出来る。

 言葉通りの、道具なのだ。まだ使われる立場でしかない彼女。それと同じく、自分も、隣を歩くガ・ルドも同じなのだろう。

 それに比べ少年は一個ではなく、一人の「者」。

 自らを使う立場にある、と言う事なのかもしれない。もっとも、短絡的な理由だが物騒な名前や二つ名以外思いつかないと言うのもある。「夕闇(デュスク)」だか「紅(くれない)」だかは、例えるモノ全ての感性の問題なのだ。

「でも、これからはそれと別だ。要点だけ言えば、あるヤツの目的を達成させてやって欲しいんだよ。それに至る為の方法を幾つか提示してやるからどれか好きなのを選びな」

「ある奴って、また俺の知らない奴なのか?」

「いんや、武士は知ってる。ルドは知り合いの奴さ。多分この国に住んでて知らない奴なんて居ないんじゃないのか?」

「へぇ。それは知りませんでした。貴方は思いの外、人脈が広い。その条件で私の知り合いともなるとかなり限られて来ますね」

「ま、見てのお楽しみだ」

 だが、昔の二つ名、だろう「夕闇の殺戮者」と、自分で名乗った「紅の殺戮者」の名は多分、それ以外に必要が無かったからと言う理由があっての事だとも思う。

 今し方まで自分たちの方を向いていたのに言葉と共に向き直ったその行動。

 何気ない、ただの仕草であり、前を見て歩くのは当たり前だと言われればそれまでかもしれない。

 だが、自分も。いや、自分にも、だろう。隣に居るルドは勿論の事、自分にすら分かる様に表情を変えたのだ。

 人の良さそうな顔で隠した中にある死に神と言う名を持つ赤竜と、常識の範疇から外れ少女の姿をした最初に出会った剣闘師のルシエド。

 殺しすると言うよりも、その経過である戦いと言う事に重点を置いたカリッサや、多分シャクティも同じであろう。

 戦わずして勝つ方法を身につけるのが極意だと、昔からの教えを守る自分の家にまつわり集まる人々。

 見えなかったモノの、おかしいと言えるだけの表情を間違いなくしていたと断言できる揚禅。

 ひたすらに戦い、ひたむきに生き、そして強さを得て、辛さを背負ったままだった一閃の雷光と言う二つ名の女と、笑みを浮かべている、常時の姿が行き着いた先なのだと分かる剣闘師のガ・ルド。

 強い、と、自分が知っているのはそれだけ挙げられ、それで殆どの者達は十分だと言うだろう。

 自分もそうだと思い、そしてそのどの表情も見て覚え、自分の足しに出来る部分は足しにし、必要ない部分は切り捨てれば良い。割り切ってそう自分は考えられるモノだとばかり思っていた。

 だが、少年の姿のままの紅と言う「何か」は、その出会った弱者、強者、猛者に兵(つわもの)の、どれとも違う。

 ある種、剣闘師の三人や、タングラムの名を持つ二人の女に勝てないと分かった時、直に割り切れたのだ。それは適わないと変わって諦めたのではなく、まだ見える強さだったからかもしれない。

 それが少年の表情を見た時、価値観すら変わってしまう程、心を揺り動かされた。

 勝てないと分かっていても、戦ってみたいと思わせる惹きつけるモノがそこにはある。

 自分がどうかなってしまったのか。いや、出会った時からどうかされてしまったのだ。だからこんなにも、例え命を代償にしたとしても戦ってみたい、そしてそれに勝てれば例え如何なる望みであろうと叶えられる力があり、同時に欲目を出させるだけの表情が、ある。

 見たことも無ければ聞いた事も無い。先ほど実際に見なければ、そんな顔があるのだと分からなかったろう。知らなかったろう。そして感じたのではなく、少年の様々な行動が物語ってきた、例え僅かな時間とは言え、自分はそれだけ身に染みて分かっている。

 意味が、あると言う事を。

 無論、ある人物の目的とやらが自分の嫌いな殺しばかりの内容ならば、楯突いてでも蹴ってしまえば良い。

 あまり自信あり気に思える事ではないのだが、自分の変わりなどいくらでも居るのだ。

 贅沢かもしれないが、遣りたい事をやって、人のためになれば、それだけ多くの命を救い、そして共に生きていける場所を作れるのならと、少し前までは思っていた。そしてそれを呼び起こしたのは、誰でもなく目の前で自分の胸よりも小さい身なりの紅と言う少年。

 陳腐に言えばやる気になった。

 贅沢な言葉などそこには必要ない。

 自分は考えるよりも行動する性質だと思うからこそ、チャンスを逃すつもりはない。

 何故かではなく、そして一方盲目的な考え方なのかも知れないという危機感も確かにある。

 それに負けぬ程の、魅力だ。

 だからそれ故に「殺戮者」なのだと分かった。

 物騒な名前に相違ないが「戮」の一文字だけの意味は知らぬが、それを使った言葉をもう一つ知っている。

 戮力(りくりょく)と言う、聞き慣れぬそれは、自分もなぜ憶えているのか分からない言葉だ。

 くだらない古い言葉の一つに違いないのだが、意味もはっきりと憶えているのは、見た時に笑ってしまったから。

 今の言葉で言う、協力と言う言葉らしいそれは、なぜ戮と言う字が使われているのか。分からなかった。

 だが、如実に伝わる「殺戮」の真意も、それだけでは言葉が足りない筈の少年の二つ名がなぜこうもしっくり来るのかは、隠された合わせると言う意味を含んでいるから。

 もちろん、殺してきただろう目は間違いなく殺人者の目だ。どのくらいの命を奪ったかは分からないが、その総数は恐ろしく多いだろう。戦争で一対三千などと言うバケモノじみた事を、そしてその全員の攻撃を受けて生きていられるのなら、そんな殺した数はふくれあがるだけふくれあがっている筈だ。何より、少年自身、その程度の事だと吐き捨てるだろう。「戦争である限り文句など言うな」等と宣って。

 自分の中に宿る時は殺戮となり、他者に影響を与える時は戮力となる二つ名。

 本来、二つ名と言うのは本名と通り名を合わせた呼び方なのだが、少年のそれも種類は違えど二つ名なのだ。

 たったそれだけの違いだが、紙一重であればある程、厚みになる。

 本音の部分を覆い隠しているのだろうが、利用して見せろと言っている。

 舐めたガキだと、負けると分かっていても思ってしまうのは若気の至りだろう。熱い何かが欠けていた今までがまるで嘘の様に、そして過去になる瞬間を感じられた。

 多分、現状に何時までも満足しないであろう我が儘と認識出来た今の自分は、死ぬまで変わらないのかもしれないが、それに向かい進む時を見逃すのはあまりにも惜しいから。

「お前が楽しみってんなら、楽しいんだろうよ」

「あれ? なんか声色変わったよたっちゃ〜ん」

「くじくな阿呆、人がせっかくいい気分味わってるのによ」

 カリッサの待つ部屋へと続く廊下を歩く時だけは、少年に着いて行く事に決めた。

 それ以外は一切、直接的な関わりを少年ならば避けるだろうから。そこまでを読めたのなら、後は好き勝手にやらせて貰うと言ってやりたいから。これからあるのだろう、何処か密談めいた話の後に、自分の見たことも無いセカイが広がっているから。

 どんなモノかが問題なのではない。何をするのかが、目的なのだ。

 提示される行動が如何なるモノなのかは予測も出来なかったが、高揚した気分を圧さえられそうになかった。ばかげた内容だとしても、それが少年に取ってであって、自分に当てはまらないだろう事だと分かったから。

 そう言う奴なのだと、少なからず少年を漸く垣間見れたからだ。

 もっとも、

「いい気分? こっちはなんか頭に痛い視線感じてヤナ気分なんだけど」

「それをお前が言うか、お前が? さんざん人のこと舐め腐った態度で見やがって」

「だって弱いんだから仕方無いじゃん。ボクと同じように扱われたいんだったら最低四魔境くらい寝言で作ってよ」

「・・・・そんな事が出来るのかお前は」

「・・・・・・・」

「・・・・なぜ黙る」

「冗談だって。ちょっとした」

「なぜ、顔が此方に向かないままなんだ?」

「えっと、さすがにね。一本目のラグナロク伝説上回る逸話なんぞやるワケにもいかないしね〜」

「またワケの分からん事を言いやがって・・・・。俺にも分かる単語で話せ。どたまぶち抜くぞ」

「あはは。ま、今度逢えたらゆっくり話してあげるよ」

 実力の伴わないと見られている自分の状況は、苛つきを憶えるに十分なモノであったが。

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