「くっはぁー・・・もうダメ。もー堪忍して」

「後二百ページ。もうちょっとでしょ?」

「約700ページ中、残り200って言ったら三分の一近くじゃん。もうご飯にしようよぉ」

「そう言う計算は出来るのか。ふむふむ」

「・・・一体どういう風に私を見てんの? コレでもユウショ正しき魔族の端くれなんだよ?」

「端くれじゃ〜ねぇ・・・」

「あによぉ」

 そう言い、今日中に封印書の翻訳を終わらせようと思っていたのだが、サリアがこの様子では無理だと判断しバイアは本を閉じた。

 こうなってしまってはだだをこねる子供の如く、否、それよりもタチが悪いのが彼女。そこまで意固地になれるエネルギーを他の部分に役立てれば少しは生活も改善できるだろうにと思いもするが、それは最初から無理な話しであろう。誰しもそうである様に。

「じゃ、残りは今度、都合付く時にしてご飯にしよっか」

「やったっ!」

 そしてこういう部分も、子供そのままであり、姿見と全く同じ反応はどう見ても18には見えない所だ。だがその反面で、専門的知識を要する業魔文字と呼ばれる魔族の中でも特殊な種族しか読めず、尚かつ今は廃れてしまった言語を解読出来る様な能力すら持っているのは子供の姿には見合わない技術だろう。

 しかし、溜息を吐きながら台所へと行き、料理の支度を始めた所で鼻歌交じりの「ハラへった〜」と言う、一フレーズだけの歌が聞こえて来る所を見れば、精神年齢は低いに違いない。

「今日って何〜?」

「野菜炒めとハムとパンよ」

「え〜。そんなバイアにあわせた料理じゃ私の成長止まっちゃうよぉ」

「ほう? そんな事を言うのかね君は」

「・・・え?」

 何より、都合の悪い事を直ぐに忘れるのはそれを決定付けるモノ。最も、できの悪い大人であれば誰でもそう言う癖は持っているものだが。

「あんたが私の仕事の邪魔さえしなきゃ、美味しいご馳走も出してあげられたのにねぇ。残念だわ」

「あ、あはははは・・・」

 渇いた笑い声を上げるしかない様子だが、それ以外の反応をした瞬間、皿でも投げてやろうと思ったが以前、実戦した事があるので覚えているのだろう。そして何かひっかかる、と頭の何処かで考えながら、調理は終わり部屋に良い匂いが漂う。

「じゃ、いっただきまーすっ」

「はいよ、どうぞ召し上がれ」

 礼儀作法云々は、目の前でまさに食い散らかしながら、と言う表現が適切な彼女の事だ。殆ど知らないのだろう。

 だが、ご満悦の笑顔で食べて居る事があるから、その程度の事は気にならないのだ。

「ほら、こぼしちゃ駄目って前にも言わなかったっけ?」

「いーじゃん。どーせこの後お酒飲んだら散らかるんだしさー」

「いけしゃあしゃあと良くも言えたもんねェ?」

「今日の酒代は私の奢りなんだからそれくらいいーじゃない。最も、これですっからかんだけどさ」

 だから、と言う訳でもないのだが、汚く唾を飛ばしながら笑うサリア。しかし途端に自分の顔が青ざめるのが分かり、食事の手が止まる。

「どったの?」

「いま、何て・・・」

「いや、お財布んなかすっからかんって言ったんだけど?」

「一応聞くけど・・・少しは蓄えあるわよね?」

「ムダなお金なんてあるわけないじゃん。宵越しの金は持たねぇ主義なのさっ」

 そして笑う彼女を、自分はどんな顔で眺めているのだろうか。

 呆然と。

 唖然と。

 釈然と、いや、その三つ全てか。

 その上でこれから起こる未来の事を想いながらさめざめと泣いているのかもしれない。

「何悲しげな顔してんの。もっと明るく行こうよ〜」

 それで目の前にこんな奴が居れば、怒りたくもなるだろう。ただ、あまり力むと身体には良くないと分かっている。持病と言う奴ではあるが、別段発祥したからと言って生活にはさして問題のないそれは吐血と言う名の、部屋を汚すだけの行為。この場で吐血すれば、せっかくの料理も台無しになってしまう。

 だから、決めた。

「サリア、そのお酒って何処?」

「なんだ。乗り気じゃん。はいドーゾ」

 何処から取りだしたのか等この際問題ではない。テーブルの前にどんと置かれた酒瓶をたぐり寄せる様にして取り、封を切って、そのままラッパ飲みにしてやる。

「ぷふぅ・・・」

「全部飲んじゃだめだよ〜。私の分もあるんだからさぁ」

「・・・・・」

「・・・・・」

 情けない声で自分を見ていたのだろうが、きっと気付いたに違いない。目が据わり、やる気であると言う事を。

 そしてしばしの沈黙の後、先の声を出したのはバイア。

「これ、家賃分として貰って置くから」

「駄目だよ。私のお金で買ったんだもん。二、三週間くらい居させてくれたっていーじゃん」

 それにすかさず反撃し、バイアの手の中にある酒を奪い返そうとにじり寄る姿は猫を思わせる。だが何かを思いついた様にニンマリとした笑みを浮かべ、自分からゆっくりと離れて行くかと思えば戸棚に手を掛け、一気に開け放つ。

「じゃ、かわりにこれ貰っちゃうよぉ?」

「あ、あんたって娘は・・・」

 その中に入っているのはバイアのお気に入りだ。この辺りでは、いや、大陸の何処に行っても希少品なそれは、煌瞬(こうしゅん)と言う銘打たれた酒。

 その上値段を言えば、目が飛び出そうな程高いのだ。それこそ、自分の手の中にある安酒とは比べモノにならない程の。

「えへへ〜。バイア〜? やっぱ、お酒はみんなで飲むもんだよね?」

 人質ならぬ、モノ質とでも言うのだろうか。だが余裕綽々と言う立場が変わるのは当たり前の事。先ほどの自分の笑みは、フェイク。

「あ、あれ? か、から?」

「いっただっきま〜す」

 そして一気に酒を煽り空にしてしまうのはバイアの得意技。無論サリアは泣きながら取り返そうとするが、既にからになってしまった酒瓶を眺めるだけで、何か出来る訳ではない。だが気付いていなかったと言うか、考えていなかったと言うか。

 毎回、こうやって羽目を外した後に来る後悔は、本来形となって現れるモノではない。それこそ、二日酔いだの焦燥感だのと言った、虚しさや憤りを感じるだけで、形にはならないのだ。

 しかし、バイアの場合はそれが違う。

「うっっぷ・・・」

「あ・・・」

 口の中から、汚いのだがエレエレと流れ出すのは酒ではなくヘモグロビンの赤。

「全くそうやって何度も私に苦労かけさせちゃダメだよバイア〜」

「五月蠅い・・・」

 もし、慣れていない物が見たならば心配し狼狽えるのだろう。手際の良いモノなら直ぐにバイアを寝かせ、原因を調べようと奔走するか、医者を呼びに行くかのどちらかだろうが、付き合いの長い、サリアは違う。

「はいこれ。あんまし部屋汚しちゃダメだよぉ〜?」

「・・・・」

 正直な所、洗面器でも持って来てくれると、そんなに気にせずに後も使えるのだが、流石に目の前に出された鍋は頂けない。

 明日もその鍋で料理をしないといけないのだ。血の味を気にしないのは、サリアだけ。

「な、鍋は勘弁・・・」

「フライパンの方が良いのぉ?」

「あ、あんたって娘は・・・うっ・・・」

 だが所詮、一度吐血してしまうとなかなか止まらないのがこの持病。別段内蔵が傷ついている訳でもなく、ひとしきり吐いてしまえば後は普通で居られるのだから不思議で仕方がない。

「あ、あとでこれ食べて良い?」

 そして恒例の、この科白だ。

 他人の血を啜り飲むのは誰でも嫌なのだろうが、サリアから言わせると美味しそうであり、事実彼女は美味しく感じている、らしい。事細かに聞いた話では、どうやら酒に似た味がするらしいのだ。自分で吐き出すそれを、バイアはそう言う風に無論感じた事はないが。

「・・・・ちゃんと洗ってよ。私の料理もそれで作るんだからさ」

「あいあいさー。じゃ、どんどん吐いちゃおー!」

 黒い微笑、とまでは言い過ぎだが、笑顔なのだが目が獲物を狩る時の色へと変色しているのは魔族の証。その上、耳元で「うえぇ〜」だの「ごぼごぼ」だの擬音を呟かれてしまうと、まるで急かされる様に口の中から出る血が止まらなくなるのだ。

 そして今日の夜も、多分、平和な時が過ぎて行くだけである。




































アナザー・ナイン・ファンタジー■ACT:VIOLET CARD





































 部屋の中に漂うのは昨日、自分が吐いた血の匂い、ではなく、あの後、何処からと言うか、勝手知ったる他人の家如く、財布を見つけたサリアが買い込んできた酒瓶の中から漂う酒気だけだ。二日酔いに成る程、酒に弱い訳でもなく、かと言って気分が爽快と言う訳でもない。だが自分はベットで、サリアは床で寝ていた筈なのに、いつの間にか自分の隣りで、裸になって寝息を立てている彼女はいつもの事だから驚きもしない。

 その上、例え自分が裸になっていようと、間違いなどありはしないのだ。

 正直な所、そう思いたいだけかもしれないが。

「ふぅ・・・・」

 騒然とした部屋の中はいつもの事。一仕事を終えた後や、論文などが出来上がった夜などは必ず決まってこうなる。無論、原因は幸せそうに寝ているサリア。独りだけでここまで散らかして居ればただの酒乱である。

「人の苦労も知らないで好き勝手やるわよねコイツもっ」

 額を起きるか起きないかの力加減をしながら指で弾き、ひとしきり爽快な夢だったであろう笑顔を苦悶の表情に変えたのを見て満足し、今日も始まる。

 まず洗面所で顔を洗い、歯を磨いてから服装を整え、と言っても正装と言うよりも殆ど普段着になってしまった大学の法衣だ。それを着て朝食は軽めにパン一枚とコーヒーが一杯のみ。シャツ一枚でうろつくクセは、歳と共に忘れてしまった、と言うべきだろう。普通逆だと言われるのだが、見せる男も居ないのに、と言うのが自分の弁。

 匂いをどこからともなく嗅ぎ付けてくるサリアであったが、朝だけは弱いらしく、昼間では例え部屋が火事になっても起きないのである。

 表現ではなく、現実に彼女がこの皇都に来て初めての借家で起こった火事の中。昼近くだった故に被害者はゼロだったのだが、最後まで行方不明だった彼女は焼け落ちた家屋の中から発見された、と言うかはい出てきた、と言う経緯まであるのだ。

 魔族が夜行性だと言う事を考慮しても、異常と言えるだけの体質と神経だろう。図太すぎるそれは多分、彼女のどの同族や親類の者達にも当てはまらない特徴と断言できる。

「さーて、今日は・・・」

 部屋のドアを開け、丁度ドアを開ける壁に立てかけてある新聞を取り大きく開いてパンを片手にそれを読むのも日課。

 しかし新聞、と言っても所詮、大学のサークルが発行して居る内輪的ネタばかり集めたゴシップ記事なのだが、今日の校内の予定も全てかき込まれているのは便利なので購読してあるだけだ。今日も「これならどうだっ!」的な見出し記事がでかでかと躍っているが、いつもこんな記事をまともに読んでいる輩が居るのかと不思議に思う。

「結局〜・・・昼真っからしか良い講義ないわね・・・。あの教授、仕事しないとホンッとに首になったりして」

 大学での自分の立場は助教授的な物の反面、派遣学生や交換学生と言った方が良いのかもしれない。

 自分の出身地である西方のオルファ大学から来た才女、等と噂されているらしいがその辺はどうでも良い。ただ此方の気質は少々野暮ったいと言うか、とにかくのんびりし過ぎている様な気がするのだ。それも研究方面、教授や助教授のサボり癖とでも言えば良いのだろうか。まるで予定通りに進めようとしないルーズな部分はこの国ではなく、皇都大学の傍迷惑な特徴だった。

 それ故に、自分の研究は自分ですると立場の反面、助手も付けて貰えないと言う問題が発生するのだ。これがもしオルファ大学ならと、一体何度呟いた事だか分かった物ではない。

 だから、と言う訳ではないが、助教授にもなって講義をたまに受けているのだ。研究に没頭しようとも今回のテーマの題材である紋章方位学は昨日見つけた資料だけではどうしても足りないのである。

「ホント、向こうに行った交換学生。大丈夫かしらね・・・」

 大学と言えば、それなりの秀才ばかりが集まった筈の場所、と言うのが自分の意見であり、常識だとも思ってた。

 確かに此方の大学も、オルファ大学もそれは同じであろう。違う部分と言えばただ一つ。

 単に皆が皆、一人一人好き勝手をやっているか、集団で自分勝手な事をやっているかの違い。

 後者が当たり前だったバイアに取って、自分と交換に向こうに行った学生。一度も顔を逢わせていないのだが、向こうのペースの速さに苦労しているかもしれない。

「と言っても私の知ったこっちゃないわよねー。合掌・・・」

 一応、礼儀と言うか、むしろ失礼だとは思うのだが、西方に向かって手を合わせる。

 この際、宗派がどうのこうのと言う問題は置いといて良いのだ。自分は無神論者。神サマなんて都合の良い時に祈らせてくれれば良いだけの存在。

「さーてと・・・?」

 そして新聞のページを捲り、次へと映った所で二つ驚いた。

 まず一つは記事の見出し。

 何せ、案外、と言うべきか。意外にまともな事が書いてあったのだ。その内容も皇都が誇るハンターの最高峰である五人の魔環師が、掻い摘んで言えば仲違いしていると言う物。一応、婦女子に人気があると言うフリーテス・ガ・リスキィ、と言う西方魔環師。こう言ったゴシップ記事の常連であり、毎回とは言わない物の、月に二度はスキャンダラスな内容の見出しが隣で躍っている色男なのだが、今回は意外に真面目な顔で、初老の域に達しても尚、何処か野心家の雰囲気を漂わせる中核魔環師のミカエラ・ガ・ナービアスとにらみ合った写真があった。

 しかし、これはいつもの事や、国に取っては一大事なのだろうが、所詮この新聞自体がまともな記事など取り上げない様な物なのだ。どうせ上手い事アングルを調整でもして似合いの見出しを付けただけであろう。それよりも驚いたのは目の前に寝ぼけまなこではあったが起きたサリアの姿だった。

「おはよー・・・・ございます」

「あ・・・、ええ、おはよ。早いわね」

 朝は絶対起きないと踏んでいたのだが、余程の予定があるらしい。

 妙に礼儀正しい姿が可笑しく映り、失笑してしまうのだがそんな声も届いていないのだろう。

 半分以上寝ている風にしか見えないのだがてきぱきと服を着替え、席について自分の飲み残したコーヒーを飲む。

「ばいあー・・・」

「はいよ、何?」

「今日さぁ。講義一緒に連れてってー」

「良いけど。どうせ魔導基礎理念の可変論理の講義なんて聴いても寝てるだけじゃないの?」

「・・・・・」

 そしてしばしの間、彼女の反応を待つ。

 どうせ無理に起きたからか。頭の中はまともに機能していないに違いなく、今も必至になって自分の言った言葉を理解しようとしているのだろう。

 しばらくの間呆けた顔をして止まっていたが、何を思い出したのか。すっくと立ち上がり、目を輝かせて言う。

「昨日のアレ、まだ残ってたよねぇ」

「き、のうのアレ?」

「バイアの血だよ血〜。うひひひひ」

「・・・・・」

 残念ながら言葉を理解する為に沈黙していたのではないらしかったが、一応飲んだ後の鍋はしっかり洗い直させ、不気味な笑みの事は一切触れない様にする。

 そして自分のコーヒーと似た様な、物なのだろう。ハッキリ言って口元に紅い色が残っているのは多少ながら、彼女が魔族である事を思い出させる姿だったが、口から出た内容は彼女の中身まんまの言葉だった。

「その変な講義じゃなくてさ。剣闘師って知ってる?」

「剣闘師? ええ。一応知っては居るけど。それがどうかした?」

「今日辺りさー、多分講義すると思うんだよねー。バイアの助教授の特権使って逢わせてくんない?」

「・・・・・・」

 前言撤回。らしい言葉とはかけ離れ、要するにゴシップ記事を喜んで読む様な輩と同じく、野次馬根性だけで今日は弱い朝を克服したらしい。

 しかし、ふと気付く新聞の講義覧には何処にもそんな事は書いて居ない。

「何処で知ったのよ、そんな機密な日程」

 剣闘師と言えば、世界中のハンターの憧れであり、同時に最も恐れるべき存在だと言うのが名目で、その正体は殆ど知られていないのが現状。

 全員で三人の剣闘師が存在し、別名、三剣師(トリプル)とも呼ばれ、その三人ともがこの皇都創設時代からの人物と言うのだ。その上、過去に起こった様々な戦争に登場し、特に一閃の雷光と言う二つ名の剣闘師に限っては一騎当千の騎士や戦士すら簡単に蹴散らしてしまう程の実力らしい。

 それ故か。人道的な配慮、とは聞こえは良いが、要するに様々な分野で規制をかける為に正体その物を謎としたらしい、のだ。所詮自分の推測の域を出ない物ではあるが、大方それに近い事情だろう。今の皇都の重役達や、他の様々な国のお偉いさんよりかはずっとマシな考え方だ。何せ行動制限を自ら受け入れ、権力などは一切使えない様にしてあるのだから。

 とは言っても、一騎当千を越えた様な人物達ならば、国一つの軍隊をまるまる一人で相手にする事が出来る。即ち、権力など何時でも手に入れられる、と言う事もあるのだろうが。

 そう言う人物の事をサリアが知っているとは到底思えないのだ。

 何せ常が常である。精々、パン屋の気の優しい旦那の妻が実は皇都が誇る魔環師の一人、東方魔環師(イースト・ハイ・マジックマスター)であると言う事くらい有名な事しか仕入れて来られない様な情報収集が苦手な娘なのだから。

 もっとも、自分が知っている彼女の正体は所詮魔族、と言う一言で片付けるだけの事であり、過去など知らなかったのは今、気付かされた事。

「教えて貰ったの昨日」

「だーれに」

「ジェイルのにーちゃん。知ってるでしょ?」

「そんな名前の人なんて知らな・・・・・」

「あれー? ハンター仲間じゃかなり有名だと思うんだけどなぁ。深淵のジェイルって名前」

「・・・・・」

 言葉が続かない、とはこのことだろう。

 事もあろうに、ハンターギルドで一番の賞金首であるレッドドラゴンの名前をこんな所で聞くとは思わなかったのだ。

 それもこのサリアはまるで幼なじみを言う様に宣ったのだ。洒落や妄想であって欲しいと願う一方、一筋の希望は彼女がまだ夢見心地で意識がしっかりせず、現実と幻の区別がついていないと言う事だけ。

「サリア。ひとーつ良いかしら」

「別に私、起きてるから」

「ああ・・・・・」

 天を仰ぎながら、今日、と言うか、久しぶりに神に祈った気がする。

 この際、彼女がどういった人間付き合いならず、魔族、竜族付き合いをしているのかは詮索しない方が身のため。

 そう踏み、それはそれと頭の中で片付け、彼女の要望の合否を考えてみる。

 だが、初めから答えは出ている様なモノだった。

「でもさ、私みたいな一介の助教授が逢える様なヒトでもないでしょ? コネなんて無いし」

 言葉通りの答え。

 それ以上でもそれ以下でもない。

 所詮、皇都大学での自分の地位はその程度であり、他者よりも大学の中で動けると言う点以外は他の学生とさして変わらないのだ。

 そもそも、特権などがあればこんなぼろい借家を借りるよりも大学から必要経費と偽り出費させもう少し良い場所に住みもすれば、給料ももう少し良いであろう。

 雀の涙程度しか貰えないから、大学職を片手間にハンターなんぞをやっているのだ。

 しかし、彼女に分かって貰おうと「遠回しに」言っても無理な事自体、分かり切っていた事なのかもしれない。

「そんなの偶然を装ってこう、ぐさっ、と」

「その手は何の真似なのかしらね・・・・。私は刺してる様に見えるんだけど?」

「言葉のアヤよ」

「そーゆーのは言葉とは言わずに、誤解される行動って言うべきだと思うけど」

「・・・・・」

「・・・・・」

「え、っと・・・じゃ、じゃあ」

「さー、次はどんな誤解を招いてくれるのかしらねー」

 そして冷ややかな表情で笑ってやり、新聞をまた手にして目を落とす。

 この会話を他人が見れば、漫才をしているか、喧嘩をしているかのどちらかにしか見えないらしい。

 自分で言うのも何だが、とバイア自身も思っているのだが、これで自分も、そして彼女もさして気にしていないのだから面白い関係である。

 だから、分かっている事もあるのだが、意固地にまでなった彼女。要するに、反論するネタが無くなると、なのだが。

 自分の意見を絶対に曲げなくなるのだ。

 子供っぽいと、一蹴してやっても良い。むしろ、それが出来ればどれだけ人生の時間の少しでも平穏な時が過ごせるのか分かったモノではない。

 少し追い込みすぎたかと気になり、新聞の横から顔を出して見れば案の定、泣きそうな顔で爆発しそうな雰囲気の女の子が一人。

「いーもん。私一人でも逢いに行くもん。バイアみたいにルド様イジメッコじゃないもん」

 そしていそいそと脱ぎ散らかしていた服を着直して、いそいそと外へと出て行くだけ。

 その一部始終を見守っている以外、動く気は無かったのは必ず何らかの忘れ物をするクセを知っているから。

 バタンとドアが閉まった途端、がちゃりと開くタイミングまでいつもと同じなのは動く動作その物が常習化している証だろう。

 何事もなかったかの様に、ではなく、顔を赤らめながら恥ずかしさに耐えてベットの中から、忘れ物である自分の財布。

 中身が無いのだが、後生大事にそれを抱え、ドアノブに手を掛けた所で、

「一緒に行くだけなら良いわよ」

 と、溜息を吐きながら言葉を掛けたのだが、今日ばかりは余程の事情か、もしくは目的があるらしい。

 いつもなら怒って居るが、嬉しくもあると言う、子供の姿見通りの反応を見せてくれるのだが、今回はその強弱が全く違う。

「ホントっ!? じゃ、早く行こう! 今すぐ行こう!!」

「ちょ、ちょっと・・・」

「もう着替え済んでるじゃん。なら早く行こうよぉ、ルド様紹介するからさぁ」

 いや、強弱と言うより、身替わりと述べた方が良かったのかもしれない。

 こういう場合、やられたと言うべきなのだろう。サリアの顔は、全く泣いて居なかったのだ。

「さっきの、嘘泣き?」

「毎回やってりゃ覚えるよ私でも〜。気付かないバイアがバカなんじゃん」

「・・・・・・・・・・」

 思いっきり、頭に血が上るのも分かった。こう言っては何だが、彼女の口の悪さは慣れているのでどうって事は無い。

 そう、無いのだ。

 例え口元が引きつるのと、思いっきり拳を握りしめている自分を認識した所で、無いモノは無い。

 何より、年下に手玉に取られる自分が一番情けなくて仕方ない、等と認識しようものなら、常々バカにしている彼女より自分がバカだと証明してしまう様なモノ。

 オトナとこどもの格の違いと言うモノを見せなければ、今日以上に調子に乗られるのは分かっているのだ。

 だから、怒るに怒れない。

「ね〜、何固まってんの? 朝だからって男じゃあるまいしさ〜」

「逢わせるだけだからね」

「それで良いって何度も言ってるじゃん」

「じゃ、少し外で待ってて。もう少し用意してくから」

「あいよ〜」

 そしてそのまま外へ出るサリアを見送り、思いっきり深い溜息を吐く。

 ストレス発散にモノを壊せるならどんなに気が晴れるだろうか。

 んな事は分かっているのだ。だが、頭の中で被害総額が簡単に想像出来る以上、それを稼ぎ出すのに無駄な仕事を一件増やさなければならない以上、やる訳にはいかないだろう。

 短絡的な人間が羨ましいと、時々、刹那的な感情で考えてしまうのは愚かな事なのだろう。良いと思える瞬間が一瞬ならば、自分が長くそれを感じていたいと望んでいる筈だ。

「ホント・・・私の平穏は何処? 帰って来てくれない?」

 失笑し、自分に対するだが。

 用意と言っても持って行くモノなど何も無い。

 こういう姿を見せないのが本当にオトナなのだろうかと言う疑問も浮かぶが、考えたら負けだ。

 ドアの外で大人しく待っている、かもしれない妹分の事を考えながらドアノブを回す。

 あるうららかな一日の始まり。

 そんな一言を浮かべようと、皮肉にしか聞こえない人生とは如何に。

 等を考えている内に何かに目を留めたサリアが、見えた、のだが、少しだけは無視して居ようと考えるのは悪い事ではないだろう。

 それは何故か包帯を巻いた、頭がつんつるてんの怖い男を見て馬鹿笑いしている彼女が羨ましく思えてしまった瞬間だった。

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