作戦は順調。何処にも抜かりはない、と言える程の完璧さは無いが、少人数故の迅速さが相手にしてみれば都合の悪い話だったのだろう。

 事実、今迄辿ってきた自分たちの奇跡は何処にも落度は無い。

 それもその筈、結局の所、彼らの上に立っているのは人間なのだ。神族も確かに居るらしいが、まだその姿を現していない所を考えれば、よほど表舞台に姿を現したくはないのか、面倒なだけなのか。

 どちらにしろ、此方の戦力と相手方の戦力差は歴然。

 幾等人数が多くとも、当たり前にそんな戦場を駆け抜けてきた彼ら、賞金首達の足下にも及ぶ筈など無い。

 と、それが今の感想なのだが、正直な所、こいつらはおかしいと。

 まさかこれが賞金首なのかと疑ってしまう程の実力があった。

 賞金首と言うのは、ハンターに狩られるだけの存在。それが自分の意見だったから。国一つを壊滅させる迄に至った、等と言う、賞金額NO.1の死神のジェイルならいざ知らず、今身近に居る炎斬りとファーラは、其れ程高額の賞金首ではないのだ。

 人間の中で最強と言う者達を挙げるならば、皇都の魔環師と言う五人の者達が直に思い浮かべる事が出来る反面、彼らとて、目の前にいる二人を相手にすれば、簡単には勝てない所か、負けてしまうと言うのが自分の率直な感想。

 賞金首を専業としたハンターも多いが、魔族と言う種族が本気になれば、一昼夜にして人間社会が崩壊してしまってもおかしくはない。

 西方地域の魔族に対する恐怖は、ある種、間違っていない物だと改めて認識する。

 狩るべき存在と言うのが、魔族だと言う認識は人間の奢り以外の何者でもない。

 人間の兵士や、魔導により、身体能力を異常に調整させた狂戦士達。相手としては、やりにくい。何せ意識を戻し話をすれば、間違いなく引いてくれる存在だと思われる者さえ、その中に居たのだから。

 笑って、間違いなく楽しんでそれを殺せる彼ら。

 炎を身体全体に纏い、腰に在りもしない剣をその炎で創り出し、たった一振りで幾人もの敵を焼き払う、炎斬り。

 素手で人の身体を引きちぎる、等と言う怪力。単純にそれだけで恐怖を叩き付ける訳ではなく、名前通りの瞳が、死を予感させる畏怖を生み出す事の出来る碧眼の魔獣。

 そのどちらもが、自分たち人間では決して出来ない事を軽々とやって退ける。

 力は元より、心のあり方その物が違う。

 人と言う存在が、ただの食料だから、笑っているのか。

 殺す事を何よりも快楽と感じられるから、笑っていられるのか。

 覚悟を決めたからこそ、笑っているだけなのか。

 そのどれもが正しく、どれもが間違っているのか。

 訪ねれば答えてくれるだろう。雰囲気で分かる。

 激昂してか、淡々と告げるのかまでは分からないが。彼らは間違いなくそれを、一点の曇りのない眼のままで答える。

 殺すことにかけて、彼らは秀ですぎている。手段や心境、状況や育った環境に至るまで。ただそれだけの為に存在している訳ではないだろうに、なのに殺すと言う事にかけてどんな暗殺者よりも簡単にやって退けてしまう。

 おかしい。

 笑えると言う意味と、疑念に囚れると言う意味。

 どちらもを彼らに抱き、そして、違うと感じる。

 シグマとユーリは自分と違う考えを、それこそ、かつて敵であった者達の考えと同じ事を胸中に描いているのだろうが。

「バイア? どしたん」

 ふと、サリアの声が聞こえ現実に引き戻される。視界から映る世界は、血と青空の原色二つのみで敷き詰められた様な世界で、少々の吐き気は感じている。

「やっぱ気分悪いよねぇ。もちっと穏便にするように言っとく?」

 実働出来はするが、自分は間違いなく足手まとい。その中で、サリアは自分の護衛をやってくれている。近くにあるいくつかの死体は、その証。

「流石にそんな余裕無いでしょ。時間的に見ても、もう少し早く事を済ませた方が良いくらいだし」

「んー、ちょっと辛い様だけど。もうちと無差別に殺しても良いんじゃないかって思うけどね」

「そうね・・・」

 意見は正しい。

 今回のやり方は、近隣の住民からしてみれば、信じられない、と言う一言で片づいてしまう。何せ、まだ何もしていない兵士達を殺して行くのだ。もしかしたら、近隣の村の出身の者も居たのかもしれない。いや、もしかしたらではなく、実際に居た。でもなければ、必死に何故殺すのだと訴えてくる村人も居なかったろう。

 それを説き伏せていたのは一度だけで、後は有無を言わさずに兵士達を屠ってゆくだけ。

 ただ自分だけが最後、村人に声をかけてゆく時間が、勿体無くもあるのだと。

 大事の前の小事と言う言葉が浮かぶ。どうも、サリアが抱いている感情を言葉に表せばそれとは違う気もするが。

「気にしすぎだよバイアは。私らが殺したその辺の奴らだって、知っては居た筈だよ。知らなかったなんて言わせない」

「無知は罪って事?」

「あったりまえじゃない」

 ためらいもなく言う、彼女。

 魔族故の言葉ではないが、自分は賛同しきる事が出来ない意見。

 焦燥っているからこそ、出る言葉だと。分かりもした。

 神族と言うのは魔族が滅ぼした訳ではないと、碧眼の魔獣、ファーラが教えてくれた事だ。

 学生時代、今も学生ではあるが。もう少し若い頃に何の機会だったか。読んだ絵本。お伽話の書かれた、英雄憚の様な物だったと記憶している。

 主人公が女性で、緋色の瞬光と言う二つ名を持った、自分たちハンターに取っては大先輩に当たる様な存在だと自分は思っていたが、所詮、歴史を語る上で必要な。分からない部分、穴を埋める為の絵空事だとばかり思っていた。

 だが、その緋色の瞬光と言う人物こそが、魔族に取っても重要な意味を持つたった一人の人物で、神族を滅ぼしたただ独りに違いないのだと言う。

 形は違えど、その人物の事を伝える事。魔族も人間も共通の意思の元に作られた真実をかみ砕いて作られたお伽話。

 炎斬りやサリアは、ハッキリと知らなかったらしいが、ファーラの種族は真実のみをかみ砕きもせず、淡々と伝承が語られていたから、細部までを彼女は憶えていた。

 しかし結果、神族が滅ぼされた事が分かっているが、魔族が神族に勝てたと言う記録がない事もそれは物語っていたのだ。魔族に取ってはどうしようもない、神族はそれこそ人間に取っての魔族的存在なのだろう。

 そして想像による恐怖よりも、実際にハッキリと分かる恐怖の方が、勝る。

 滅んでから、生れた世代である自分と行動を共にする三人も、世代ごとにうすれている筈の恐怖は確かに残っている。

 親から子、孫へ。

 永遠に途切れる事無く列なった記憶。人間であれば比べる物が無く恐怖する事も出来ないが、魔族は違う。

 比べるべき存在。彼らが忌むべき時代から生き続ける、13魔剣と言う存在と、その上に立っていると言う、人間、特に皇都に住む人間ならばなじみ深い三闘士と言う存在。

 何かしらの形で、魔族はその二つの存在のどちらかと対峙した事があるのだ、と。

 炎斬りは三闘士の一人、誰もその姿を記憶していない一閃の雷光と対峙し、ファーラは13魔剣の天魔剣シュリ・レイナードと言う女性と一戦交えた事があるらしい。そして驚いた事は、サリアが三闘士の三つ色の剣舞と喧嘩した事があるのだと言う。

 よく生きてられたと、自分も、魔族二人も簡単に述べたが、彼女は笑ってただ「強かったよあの人」と言っただけだ。

 経験したからこそ、まだ隠していられる落ち着く者と、想像するのも止めてただあるがままを受け入れようとする者。

 一人、また一人と、死んで行く風景。終わったと思えばまた、死体の山を築くために移動して行く。

「さてとー、次行くか次」

「あまりイイ気分じゃねぇが、神族よかマシだろな」

 魔族二人の感想と、無言で荒い息を整えようとしている人間二人は明確に違う。

 日数と距離を追う事に増えてきている、特殊な敵の数。

 見た目は何処にでも居るような街娘で、その実、よほど訓練された兵士とは別種類の強さを持っている。

 自分たちハンターと似たような戦い方をすると、ファーラが漏らした感想は正しいだろう。統制された兵士を相手にするのは、こと戦争し慣れた四人に取っては楽なのだろうが、同じような戦い方をする者を、それも操られているとハッキリ分かる少女を相手にするのは苦以外の何者でもない。

 実際は、炎斬りとファーラはそうでもない様子だが。どうやれば元に戻るのかが分かっているだけで、簡単にそれを作業としてやって居る。

 その方法と言うのが、彼女たちを操っている魔術媒体。それをえぐり出すと言うのだから、男二人には少々辛い事なのだろう。それが眼球であると言う事と、どちらか選定する方法が己の勘のみと言うのだから、尚タチが悪い。

 これまで失敗が無いのだからと、そう言う訳にも行かないのが心と言う奴か。

 なまじ過去に守りたかった者達の姿そのままに、傷つける事が出来ないと言う負い目があるのだろう二人には、もし間違ってしまえばと言う恐怖心がどうしても拭えない。仮にも激痛に耐えられる様に出来ていない少女なのだ。幾等戦い方がなっていると言ったところで、自分たちの様に痛み慣れした身体では無い。

 タダ単に、女の強さを彼ら二人が知らないのだとしても、だ。例え耐えられると分かっている相手であれ、自分たちと同じ道をかいま見せるという事が、どうしても出来ないのだろう。それが人間の、戦場を渡り歩いた熟練者と新米の違い。

 魔族二人はその点、気楽に殺しと作業を繰り返していられる。まだ、と言う一言がついて回りはしているが、それは作業が苦痛になるのではなく問題点が全く別の事であるが故。

「でさ、次はどっち?」

「南西に進んだ所にあるちっちゃな村ね」

「説得とかさ、私らがやる?」

「どうせ恐喝でしょうが。任せらんない・・・」

「ちぇ〜」

 そんな自分たちが彼らと行動を共にしている理由は、一つ。

 神殺しと言うのは、魔族に出来ぬ事だが、人間はそうでないと言う事。

 深くは知らない。知りたくもない理由がそこにあると、学徒としての勘が告げる。

 ただ一番、神族に遭遇する確率の高い移動経路に自分たちが居る理由は、出立したその日から分かっていた事。黒と純白の二枚のクレストを使いこなせる自分と、それを行使するまでの足止めとしての二人。

 魔族三人は、それ以外でしか役に立てない。

 持ちつ持たれつなどと言う話ではないだろう。

 利用しあっていると言うのが、ここに来て分かった事実。

 確かにあの場所で、自分たち人間は認められた。

 ただし実力云々の話ではなく、生き方を気に入られたと言う方が正しい。向こうが認めただけで、此方は。特にシグマとユーリの二人は隠しているのだろうが、認めきれないと言う思いを抱いているのが何となく分かった。

 溝が深まる前に、何とかしなければいけない。

 どうすれば良いのか等分からないが、何処を見ても気の滅入る事ばかりだと、溜息を吐いてしまう。これも仕事だと

「・・・納得出来たらねぇ」

「どうかした? 溜息なんて年寄り臭いわよ」

「ファーラ? あんたよりは若いんだけど」

「気の持ちようでしょぉ? 千年以上生きた私が言うんだ間違いは無いっ!」

「はいはい・・・そう言う事にしときますよ」




































アナザー・ナイン・ファンタジー■ACT:VIOLET CARD





































 さしたる亀裂ではないが、徐々にそれが深くなって行くのが分かる。だが、埋める方法もタイミングもなく、ただ日数だけが重ねられ、もうすぐ作戦の全てが終わろうとした日だった。

 快晴なのは少人数で動く場合、良いとも悪いとも言えない。大人数で動いているのならば、雨天は最悪な結果を招かざるを得ない事もある。だが見晴らしが良いと言うのは、発見された場合、それだけで状況を悪化させるのだ。

 もうすぐ見えてくる村。日に数度の移動の為に馬を用意しても良かったのだが、転移系の呪文を馬に使った結果は過去から分かり切っている。

 呪式を理解出来ない乗り物は、運べないと言う欠点がある。故に、移動は一日一回の転移と徒歩。と、言っても、実際は歩いている訳ではなく走っているのだが。

 自分以外で息を切らしている者は居ない。足手まといも良い所だと、解読途中の本にあったいくつかの身体能力を高める紋章を使っては居るが、全てが終わった時、多少なりと障害が残るだろうと分かる。故の、荒い息。

「さて、と。次はあそこね」

「軍勢の姿なぞ何処にもないな・・・・。早すぎたと言う事か?」

 頭の中で地図を広げ、相手の動き方と規模、天候や様々な条件を照らし合わせて状況を把握する。

「そんな筈はないわ。むしろあちらさん側に何かあったとしか考えられないわね」

「抜かりがある様な軍じゃ、初めから機能してねぇよ」

「霧のに同意だなぁ。お国柄から考えて新戦力でも投入したんじゃねぇのか? バイアよぉ、あんたの出身国だろ?」

 嫌なことをさらりと言ってくれると愚痴も漏らしたくなる。確かに、これまでと、これからやり合う連中は自分の出身国の兵士達。顔を除く全てを知っていると言っても良い。だから簡単に後ろから刺すような真似が出来るのだが、今の状況は自分の知っている、そして予測出来た進行状況のどれとも違う。

 この近くにある、ただの荒野が皇都陥落の為にどうしても必要な拠点になるには間違いないのだ。これから行く先に見えるであろう村もその一部。

「とにかく、裏をかく作戦て訳にゃいかなくなるかもね。待つ? それとも・・・・」

 時間を遅らせてでも、通常通りの動きをこちらがすれば問題は無いだろう。予定と狂ったのは、村一つが地図上から消えるであろう事。

 それを分かっているから、一人の顔が青かったのだと気付くべきだった。

「わざわざ正面切って戦えるかよ。そこいらで準備する方に一票」

「そうだな。「そこいら」と言うのを抜けば霧のと同じ意見だ。少々小腹が空いた」

「わたしゃどっちでも良いわよ。獲物さえ廻してくれりゃね」

「待ってる少しだけ仮眠して良〜い?」

「大旨皆に賛同だ」

「はいはい。休憩ね。準備だけは惰らないでね」

 さして不安も感じず、相手の出方を待つしかやることは無い。先に動いて、予定とは違う動きをする敵。絶対に何かを用意している所に飛び込む程馬鹿ではないのは当たり前の話。とりたててやることも無く、何をしようかと迷い始めた時。

 勘の良さがそうさせたのなら、自分はよほど悪運が強いのだと思う。何の気は無しに、疲れ肩がこったなと、首を傾げただけだったのだから。

「バイア!!」

 サリアの声を聞き振り返り、ついで地面をえぐる様な音が響く。

 そちらに視線をやり、左肩の辺りが熱さを感じ手で触れてみて、まるで円錐状に切り取られた地面が攻撃された物だと気付くのに数秒。

 首筋に触れた手には、少しだけ血の熱さを感じた。

「ぼけっとしてる暇があるんならしゃきっとしな。ったく、あの初撃をよく避けたもんさ」

 背に感じるファーラの背中。女としては無骨な方だと、下らない事が頭を掠め状況を理解する。

「まさか・・・神族?」

「以外に、んな事出来ないよ。全部幻術だけど、痛み慣れしないあんただと精神が崩壊しちまう」

 ぞっとすると、背筋に薄ら寒い物を感じた。

 彼女が嘘を言う必要など無く、同時にこれが幻だと言うのが信じられない。

 えぐられた地面も、首筋に感じる熱さと言う痛み。にじみ出た血も、現実だとしか思えない。

「これが・・・幻?」

「現実に変えてしまうのが奴らお得意の「キセキ」って奴さ。フレイ、その坊主勝手な行動に走らせるなよ」

 我慢が出来なくなると、こちらまでハッキリ感じる殺意を抱いているのはシグマ。触ることすら出来ないほど、同時にそれを彼自身が必死に押さえる感情がせめぎ合ってるのがありありと分かる。

「でも、相手は何処に居るのさ。気配なんて」

「私らが神族に勝てない理由、教えてなかったね。わたしらは血が色濃いほど、相手の姿が見えないんだよ」

「・・・・・は?」

 振り向くほど、訳が分からないと再び問おうとしたが、音が聞こえ、自分の顔に何かが降りかかる。

 目に映った光景は、攻撃を防いだ故。彼女の手が吹き飛んだと言う物。

「取り乱す位ならアンタは相手の事探してくんないかな。幻に「出来る」回数も、あまり多くないんだ」

「な・・・・え?」

 頭を必死に動かし考えるが、聞こえてくる音。

 ファーラと、炎斬りと、サリアの身体の一部分が吹き飛び、何事も無かったかの様に元に戻る光景は、瞬時に理解するには難しい事だ。少ない情報と緊迫した状況の中で、全てを判断するのが数少ない仕事だった筈。要するに、自分がこの中で頭以外の役割があると思っていなかった。

「ちょっと・・・・え? 私が目になれって事なの?」

「どうせ一昼夜で身に付く技術でもなかろうから、話さなかっただけー」

「前持って心準備くらいさせてくれたって良いじゃない!」

「ぶっつけ本番のみの方が得意だと思ったんだけどね。違う?」

「ち、がわないかもしんないけど・・・」

 話している間も彼女の身体は消え、また現れる。表情は眉一つ動いていないが。いや、それ故に苦痛を隠しているのだと分かる。

 何より、悪い事が続くらしいと言うのが、今になって気付いた自分がこれほど情けなく思えた事は無かったが。

「来てる・・・」

「そゆこと。あんまり時間ないし、黒の符作った時みたいにちゃっちゃとやってよ」

「あの時は・・・」

「贅沢言って悪いけど、こいつら殺すよりあっち貪った方がわたしゃ楽しいのさ」

 実に、明瞭な望みだと妙に納得は出来たが、現状打開などそれで出来る筈もない。こんな所まで来て、彼女たち魔族の我が儘に振り回されるのかと。苛つきが心を冷静にさせたが、彼女たちに知覚出来ない物が自分に見えるはずもない。

 そして自分が躊躇ったからだろう。それぞれの意見が割れた。

「いっそ人間一人誰か残して、任せるとかどうよ」

「漸く本音が出たって事かよ炎斬り・・・」

「酒飲み以外の付き合いまでやると言った覚えはねぇぜ?」

「私ら三人の誰かと、バイア達の誰か残して向こうに回るのは良い案だろーね」

「俺は此処に残る。後は最良と思える策を立ててくれ」

「どうせなら私あっちの方が良いんだけどさ」

 牽制し在っている間も、魔族三人は自分たちを守り身体の何処かを破損させて行く。傷跡も残らない奇妙な傷だけが増え、痛みだけに耐えているのも、仲間意識があるからではないと。何故そう思ったのか分からない。

 似たような意見がそれぞれから出ているが、方向性が違い過ぎる。

 炎斬りは神族とよほど「やり合いたい」のか。それを隠して逆の事を言って楽しもうとしている。

 シグマはその意見に反発しているのだから、ここに残ると言いかねない。ユーリが残ると言った理由は分からないが、二人も人間はいらない。

 そしてサリアを此処に残し、他の連中で村の方に行けば良いだけの話だが、戦力のバランスが悪すぎる。結果ファーラを此処に残して行けば、終わった時に不満を漏らし、それが亀裂となって決定打になる。

 人員の選択ミスか。と、初歩的な事を忘れていたと改めて痛感する。

 自分が居るパーティーに至ってだけ言えば、実力のみを必要なだけ詰め込んだツギハギだらけの隊りなのだ。

 考えてみれば自分は軍師と言う立場よりも上を経験したことはない。良き参謀と言う存在がこの中に居ないのだ。独りで考えるなと周り全員から喧られそうな気もするが、予め決めて置かなかった自分のミス。全員を生き残らせるのと、目的を達成させるのを同時に行うにはどうすれば良いか等。分かり切っている事だったが。

「炎斬りと、ユーリ。後ファーラ、ここに残ってカミサマ殺してから後方からの追撃ヨロシク」

「了解」

「けー、楽そだなそっちはよぉ」

「奢りとは別になんかくれよバイアぁ。わたしゃこいつらがダイキライなんだからさ」

「ちょっ、!?」

 シグマの不満はサリアが頭をこづいて黙らせ、この場所から離れる隙を作る為に、ユーリが神族を見付けようと、目つきを変える。

 ナイフなど出してどうするのかと。怪訝な目をしていた魔族二人の目つきが変わったのだから、それで良いのだろうと。わざわざ、人間の独断で何人かが此方に来たのはこちらに取って好都合。馬を調達出来ると分かったからシグマの行動も早かった。

 場が動き出すのに必要な時間は僅かな物で、また誰かを殺すのかと陰鬱になりかけた心。

 それが変わる事なく、

「行けっ!!」

 ユーリの声と共に神族の姿と、その胸を貫く魔族二人が見える。騎乗していた兵士の首を掻き切りそれに跨がる自分。

 わざわざ行きたい方向から攻めてきたのではなく、神族がそうせざるを得なかった状況を創り出したのだろう。故にユーリが知覚出来て拘えられたのだと、自分がこの中で頭脳としてまだ機能しているのを確認し、聞いた。

「あの村を・・・・!!」

 珍しく感情を出した表情だと。

 すれ違いざまに見たユーリの顔は、何故だか切羽詰まったモノだった。





 馬が手に入ったのは幸運と言うべきだろうが、状況が悪化の一途をたどるだけの今、ユーリの途切れた声と表情を鑑みている暇など無い。

 徐々に見える村の住人に、脅してでも避難を督し、後は真っ正面から兵士団とやり合うだけだ。自分たち三人ではかなり、分の悪い勝負だろう。さすがに主戦力の二人を欠いたままで、どうにか出来る訳が無い事など十分承知している。

 それでも、これが得策だと思ったのは、ファーラと炎斬りの強さを信用しているから。

 この際、性格など二の次で、彼らの強さに賭けるしか無いのだ。何せ神様とやらに決定打を与えられる自信も覚心も、自分には無い。識っているモノに任せた、とは都合の良い言葉で実際は押しつけたとも言う。

 不平不満は後でどうせ増えるのだから、やるべき事を完遂させる道を選んだだけ。

 半分以上、自分に言い聞かせる弁明にも思えるが、見えてきた村の入り口と、そこに立っている誰かを見た時、どうして、こんなに状況はややこしい方向に進みたがるのかと頭を抱えたくなる。

 声が聞こえ、まるで存在感の無かった立っている誰かの隣にいる少女。一瞬、村人かと思ったが、視界の中からかき消えた事と、響き渡った金属音でどうでもよくなった。

「貴様ら、この国でも攻め落としに来たか?」

 立っていた男の前には、馬からいつの間に下りたのかも分からないシグマが相対している。目にも止まらない早さ。自分にはそう見えた攻撃すら通じない。

 所詮、自分の内にある実践の実力などたかが知れているのだが。

 それでも、バケモノだと無力なままで罵りたくなる力が相手にある事だけははっきりと分かった。

 二つ名を知っていたと言うだけで、それを見抜ける筈はなかろう。自分にはそこまでの目も経験も無い。

 漠然と、分かってしまった理由。

 血が騒ぎだして止まらないとでも言うのだろうか。頭の奥で感じているのはここから立ち去れと言う生存本能と、やらなければならないと言う使命感。

 そんな心境などお構いなしで刻が流れる事など、分かっている。

「っ!?」

 相手との至近距離を常に取って置く事が得策でないと一端引いたシグマだったが、まるで見越した様にそれを追う、男。

 うっすらとだけ、シグマの腕に緋い線が走ったのだと見えはしたが、この状況をシグマに任せて可いモノかまだ決めかねている。

「流石。腕の一本くらいは貰える気で居たんだが」

「ほざけ・・・。だが、俺を知っているのなら名前くらい名乗ったらどうだ」

「二つ名なら検討が着いているんじゃないのか?」

「・・・・・・」

 自分たちが彼を知っている様に、その逆もまた然り。手配書の内容、男の詳細について南方中心で活動していたと言うのが本当なら、よほど情報通か、手配書の内容が虚偽であるかのどちらか。

 対魔と呼ばれる男は、南方でジャックナイフと言う暗殺者と名を二分した南方一の賞金首。

 手配書の似顔絵は包帯男と言う一言だけで済むようなモノだったが、この大陸では色違いの目と言うヤツは自分の知りうる限り、目の前のバケモノ以外知らない。

 もし、違うのだと言うのなら、それこそ世界は思った以上に広いとしか言いようがない程、稀少な強さを持った相手。

「どちらにしろ、どちらが獲物かハッキリさせようじゃないか」

「仕掛けてきたのもそっちで選択権もそっちかよ」

「不満か?」

「ああ、大いに不満だね。第一・・・」

「なら」

「?」

「実力でもぎ取ってみろよ腰抜け」

「・・・・・」

 相手の獰猛な笑みとは対照的に、まるで自分の様に表情を失くすシグマ。

 落ち着けと自分に言い聞かせているのだろうが、元来彼はそんな事は出来ないタチの筈だ。加勢に入る準備だけはしようと思い、黒の符をポケットの中から探り当て、頭の中に言葉が思い消えた瞬間、シグマは案の定キれた。

「ああ、やってやろうじゃねぇかよ。この賞金首がっ!!」

 暴走していると分かっていても、止める術も、そして理由も無い。利用出来るモノはこの際何であろうと使って置いた方が得策だと判断し、タイミングだけを図る。

 幾度もの斬撃を受け流し避け、裁いている相手との力量は確かに凄いのだろうが、隙が出来ぬ相手など存在しない。それを証明する様にシグマと対魔との距離が開いた時、彼はまた視界から掻き消える。

 シグマが吼えた様な気がしたが、彼が巻き起こした音、いや、空気を揺るがす程の衝撃波がそれを障り、同時に、自分の判断が遅れたと知らされてしまう。

「詠唱と、俺がコイツのノドを握り潰すのとどちらが早いかくらい分かるよな」

 何故こんな時に、目眩いや吐き気と戦わなければならないのだと苛つき、状況を確認し表情を隠すだけで精一杯。

 どんな速さで動いたのか等、分かる筈もなく、シグマだけがそれが出来ると言う訳ではなかったのだろう。彼は、対魔の手にその首を鷲攫みにされて意識を失っていた。

「・・・やっぱり、南方一の賞金首と言う事ね」

 いつもならシグマを情けないと叱責でもするのだろうが、今だけは違う。

 ファーラや炎斬り、エルやルーフィスに出遇った時も確かに差を感じはしたが、こうまで絶対的に勝てないと悟らせる相手では無かった筈だ。

 雰囲気、こちらに向けた視線とその中にある殺意。それは魔族とは全く異質にしか感じない存在感。何者だと、疑問に思っている暇など無いのに。

 気になるのではなく、知って置かなければならない気がする。

「で、その子を解放して貰えると助かるんだけど、タダでとは行かないみたいね」

「と言われた所で、何か欲しい物がある訳じゃない」

「じゃ、人質の意味なんてあるのかしら?」

「お前の命を奪うには、これで十分だと思うんでね」

 喋っている間も、数少ない情報。色違いの目で、ただ漠然と豪いだけと分かる相手が何者であるか。

 それを判断しようとしたが、シグマの首を鷲攫みにしている手に力が籠り、彼の顔が土色へと変色して行く。苦痛に自分よりかは慣れているのだから、よほど苦しく、同時に意識があったからか。地獄の様な苦しみを味わっているのがありありと分かり、動こうとした時、まるで分かっているかの如く声は届く。

「取敢えず上半身だけでも裸になって貰おうか」

「辱めの趣味なんてあるの?」

「どうとでも言え」

 羞恥心云々で言えば確かに羞ずかしいのだが、男の判断は正しい。

 紋章術は何も詠唱など必要は無いのだ。服の中にあるありったけの紋章をぶつけてやろうと思ったが、それを分かったまま、好きにさせてくれる訳など無い。上半身だけ、と注文をつけてきたのも、下半身には一枚も符は無いと言う事を分かっているからだ。わざわざ脱がさないと言うのは、これだけの状況が揃って紳士などと言う馬鹿はいないだろう。

 何せ、未だ、戮されるしかない状況は変わらないのだから。

「さ、これで良いのかしら?」

 手だけで胸を隠して居ても、含羞はむろんある。顔が紅潮するのも分かるが、安っぽい台詞だが「最後まで諦める気はない」に決まっている。

 後は、相手が自分を無防備にして殺しにくる瞬間、黒の符と竜紋章の符を使うだけ。ファーラの言った言葉ではないが、黒の符なんて代物まで作れたのだから、制御も出来る。

 今はただそれを信じ、

「次は何をすれば良いの?」

「何もしないで良い。俺が殺す」

 シグマの首を持ったまま、弓を引き絞る様な恰好。察するに心臓か頭を一撃で粉砕する為の前動作。

 動きを見せる瞬間を。

 ほんのわずかなぶれすら見逃さない様目を見開き、動かなくなる。

 誘う様に「どうしたの?」と声に出してしまったのは失策だったのかも知れないが、相手の視線と、自分のそれが僅かにずれている事と、その視線の先が自分の胸と首の間付近に注がれている事。そして声と聞くと同時に、失敗したのだと分かった。

「紋章士(クレストラー)・・・いや、次文士(ディメンジョラー)か」

「!?」

 気づかない事なんて当たり前で、そこにあった入墨にすら見える紋様は、竜紋章に描かれている紋様そのもの。大方、黒の符を造った時か。もしくはたった今、浮かび上がったモノだ。

 相手の声をどこか上の空で聞きながら。外見は、そう見えたろう。必死に知識を総動員し、これが何なのか。役立つモノなのか、絶対に死ぬと決まった状況なのかを見極めなければならない。

 もっともそう決めた時点で、自分の思考は恐ろしい程、事態を収拾し始めてしまったが。

「どうやら・・・見くびってたのは私みたいね。もう一人の次文士とは何処で?」

「どうしてそんな事を聞く?」

「私に取って必要かもしれないからよ。仕事中にこんな事考えるなん、不謹慎だけどね」

 自分は笑っているのだと分かった。

 相手が誰であるのか気になったのは、ある人物の事。あくまで予想にしか過ぎない事だが、今は間違いないと言える覚心を得た事実。

 ジャックナイフと言う南方一のハンターと、対魔と言う南方一の賞金首の因縁を思い出したからだ。

「でも、私も贅沢よね。シグマと一緒に、情報までちょうだいなんて」

「・・・・・」

 同時に、言葉だけでは二つだが、思いも協せるなら三つを望んでいる事になる。

 ある感情があふれ出てくると言う感覚を味わったのは初めてで、本来ならばその時感じる筈であった感情。

 未知に対する恐怖と言うモノが、欠如していた。

「それに、私にはアンタを生かしてある場所に連れて行くハンターとしての義務がある。ホント、殺してもダメだなんてまいったよ。
 さて、どーしたもんかね」

 そしてそう思えた瞬間から、多分、シグマはおろか、ユーリやファーラ、炎斬りでさえも、勝てないと分かってしまった相手が、虚く感じる。

 自分が知りうる限りのいかなる方法を須いても、黒と竜の二つの紋章符を発動させるよりも迅い動作など存在しないだろうから。

 ただ、願えば。

 そうしたいと思えば良いだけのタタカイなど有るはずがない。

 一方的な屠殺にすらなると、良心が痛みを愬える筈の心も今は、全てが娯しみへと変換されていた。

「・・・・東だ」

 声が聞こえ、まるで立場が逆転してしまった相手の顔には一瞬だけ、緊張と言うものがあった。ただ一瞬だけと言うのは、後に見せた表情が絶対に相容れない存在だと知らしめている様で。

 ファーラ達に謝らなくてはならないと思えた。

 魔族がどこかイかれていると思った意見など、この男の前では遙かに霞んでみたから。

「東方で、お前じゃない次文士と出会った。情報が欲しかったんだろう?」

「えらくサービース良いわね貴方・・・。何を考えているの?」

「さぁな」

 もうすぐここは戦場になると。分かり切っているのに、楽しめる出来事が起こる期待だけが胸一杯に広がっている。

 守りたいと言う望みなど何処かへ行ってしまった様に、鼓動が早くなり身体中が、熱い。

 早く殺し合いたいと。

 その言葉が頭に浮かんだ時。

 そしてこの場で止める者がもし誰も居なかった時だ。

 どうなっていたかを想像して、止める。

 何も出来ずにただ立ち竦み、対魔の斬撃から救ってくれたのは一番最初に、視界から居なくなった少女だった。





「良いところなんだ。止めないでくれるか?」

「そうもいかないわよ。この子らが居ないと私らが苦労しなきゃなんないんだし、戦争に関るなんてまっぴらごめんでしょう?」

「そうか。稼ぎ時だとは思うが」

「一言多い」

 会話を何処か遠くで聞きながら、自分はその場に座り込んでしまった。

 気が抜け、身体は動かない程に、重い。

「後始末はしなくて良いんだな」

「ま、かく乱しながら蹴散らしてけば良いと思うけど。数が多いし今回は手伝うよ」

「何の話だ・・・・・?」

 少女が首で見ろと督した方向。ユーリとファーラと、炎斬りが奮戦しているのが見える。判断が間違っていなかったと。安堵のため息すら漏れた今、生きている自分が恐ろしく悪運の強い人間だったと分かる。

 予定調和に進めていた出来事など、何一つ無かったのだと。

 当たり前の話だ。認識出来なかった自分の愚鈍さ。ただその一言に尽きる自らの事をどれだけ認識していなかったか。

 今になってようやく気づいた、黒の符がその表層を何も変えずに、自分の心を食らい尽そうとしていた趾に触れる。

 熱く火照っていた体の一部。胸の、銘まれた事すら気づかなかった紋様。

 広がるのではなく、深く、心を締め付けるような痛みをくれるそれは、間違いなく暴走の一端。使いこなせさえすれば、先ほどの様な感情の高ぶりもないまま、自分の総ゆる技能を引き出してくれるのだと、分かった今だが、よほどの事でもない限り使える代物ではない。

 さっきは黒の符を使っていたのではなく、自分が使われていたのだから。

「分かった? この子らが一応、食い止めてたから此処まで来なかったのよ。行きがけの駄賃代わりにあの辺から武器やら食料やら奪って行こっ」

「だが、な。流石にあれはキツイ」

「分かってるって。だから手伝うって言ったじゃん。あーゆー部隊なら新品の包帯くらいあるだろうし、最低限それだけは確保しなく・・・」

「ちょっと待て・・・」

「?」

「あれを・・・やるのか?」

「他にどんな方法があんのよ。まぁ、私一人なら蹴散らすくらいどーって事ないけどさぁ
 じゃ、私らは行くから。何か聞きたい事でもあったらあの魔族の女の子にでも聞いたら良いよ」

 後は、名前も知らない少女が勝手に話は纏まったと、一方的に押しつけて来ただけ。

 瞬間、男の姿が変わった時だ。

 気にもしなかった空の青さが。

 無限に広がる、当たり前に自分の頭上に存在するそれが、怖くなった。

 金属質だが、青く染められた男の全身を包む甲冑の様なそれは、一瞬ファーラを思い出させるケモノじみた雰囲気を受ける。が、違うのだと悟ったのは、動いた後。

 見えては居た。

 動く奇跡全てが、通った後に残る幾多もの死体の赤や断末魔が韻くだけの道と言う意味ではなく、だ。

 その程度なら、この場に居る数人でも出来る事だが決定的に違ったのは、相手の反応。

 動ける訳がない。

 素直に、そう思う。

 対魔と、呼ばれる由縁など何処にも存在しなかったかの様に、まるで別人にすら見えるそれは、深く澄んだ青色の殺意。

 絶対的な恐怖でも畏怖でもなく、ただ「殺される」ではなく「戮される」だろう。

 圧倒的な力の差を見せつける訳ではなく、まるで本能に訴え、いや、刻み込まれた古傷を刳る様。

 誰も動ける筈など無い。

「あ、なた・・・・何者?」

 頭の中で反芻し、ただ、思考の中にあった言葉が泄れだしただけ。

 答えが返ってくる等と思いもしなかったが。

 青く息づかいすら聞こえそうな、青い甲冑の顔の部分から僅かに見えた目は―――

「ツヴァイ・ファルベ。ハンター、貴様らがそう名付けたんだろう?」

 虚空のみが揺れていた。







 その後の光景はもう、一方的に人間であったモノの身体の破片が中空を舞い、空と正反対の色へと染めて行くだけ。

 軍勢の数約1万と言う所で、数える方法などもはやない。細切れにされた死体が視界一面に広がる光景など、世界の何処で前例があったのだろうかと。

「はん・・・・えらく暴れてくれたなアイツ」

 全てが収まり、戦場でなくなった後の空気を深く吸い込みながらファーラの漏らした感想。風向きが逆であるなら、途轍もない血臭で今は風上に居る人間は一人としてまともで居られないであろう。

「正直に羨ましいって言ったらどうだ? ケモノの血が騒いで収まらんような顔しやがって」

「ケモノの血? 単に震えてるだけだよ。アイツの姿見てなかった訳?」

「見てたさ。しっかりとな」

「なら・・・・分かるでしょうが。あんな便利で危ないモノ、複数あるなんて聞いてなかったわよ」

「ま、所詮俺らは下っ端って事だわなー。にしても見事に男しか居ないなこりゃ。食い散らかすにしろ、量も多すぎだしよ」

 炎斬りは暖気なモノで、多分、カミサマと殺し合いをした事で満足したのだろう。もう、危険な笑みや目の輝きは全くない。

 シグマも何処か気が抜けた表情をしているモノの、放っておけば元に戻るとは思う。ユーリは何処か、ばつの悪い顔をしていたが気にしている余裕が自分にはない。

 ふと、視界に入ったサリア。今迄何処に行っていたのだと。そう言いたかった口が開かなかったのは、珍しく、青ざめた顔をしていたから。

 思い出せば名も分からぬ少女の言っていた魔族の女の子とは、多分サリアの事なのだろうと分かる。

「何を聞いたの?」

 問い質すと言う形になったとしても、状況。少なくともカミサマとやらが出てこなければ、多少は改善していたかもしれない状況だったのだ。悪化の一途をたどった理由の一つでも分かるのなら、早めにそれを解決して起きたいのは自分の心境。

 難しい顔をしている。似合わないと、冗談を言える様な雰囲気ではなく、彼女は自分にだけ聞こえる様に言った。

「ちょっと、二人だけで話したいんだけど」

「他に聞かれちゃそんなまずい事なの?」

「私一人じゃ・・・判断仕切れないよ。正直、ここまでおかしな事になってるなんて思わなかった」

「分かった」

 小声で話していたのを一端中断して、ファーラと炎斬りは荒野に広がった死体の処理を。むろんモンクもあるのだろうが、好きにしろと言う言葉に含まれた意味は通じたらしい。最近人間を食べていないと言っていたのだから、こちらの事情も鑑みてくれれば遠くで食事を済ますだろう。

 ユーリとシグマは村人をここから立ち退いてもらう様、説得に行ってもらう。幾等死体処理が出来たとしても、ここに住み続ける事は当分出来ない事など誰もが分かり切った事だ。人の死体と言うのは、それだけで疫病や野生の獣、果ては知能の低い魔族の餌など、何にでも厄災の原因にはなるのだから。

 後は、村の中で一室を貸し切りに出来る場所を提供して貰い、誰も入って来ない様に言うだけ。不満がある様な顔をしていたが、サリアが魔族だと分かっているのだろう。故に、表情のみで不満は駐まっていたらしい。

「気にしない方がいいわよ」

「分かってる」

 きつい表情を向けてきた人物が、自分に対しては最低限の礼節で話をしていたが、サリアに対してはまるで居ない様に扱う様は見ていて歯がゆい。精神的によほど参った事があった上で、さらに追い打ちの様に向けられた嫌悪を含む僅かな視線は、彼女の心をよほど傷つけたに違いない。

 それすらも押し殺した様に話し始めた内容は、状況が悪化している理由がよく分かるものだった。

 それこそ、嫌ほどに。

「あの二人も、一応は手を貸してくれるみたい。残り四つの内二つはどうにかしてくれるってさ。けど、その動き、逐一観察されてるみたいでね」

「断わる・・・事も出来ないか」

「あの女の子・・・・いえ、あのヒトが何者であるか分かっちゃったからさ」

「?」

「それに、私が知ってる「同じモノ」も、神族がしゃしゃり出てきた原因らしいね」

「分かる様に言ってくんない」

「ラグナロク。私が知ってるのは一人だけだったけど、どうも違うらしいわ」

「・・・・・・」

 突拍子もなく出てきた言葉だったが、その単語が出た途端、黒の符がまた震えたのが分かる。大方、感情に近いモノでも宿してしまったか。共鳴する等と言うイキモノじみた部分を持ったのかは分からなかったが、あのとき感じた青。ただ、その青い殺意と言う印象とラグナロクと言う存在はしっくり来すぎるモノがある。

 無論、勘だけでそう結論づけるのは勇みすぎだと思うモノの、サリアは諦めた様に言った。

「真物かどうかは、造られ方を聞いたから間違いはないでしょ。対魔に異色の仮面の二人が、ラグナロクと共に行動しているか。
 ご先祖様達はよほど私らに苦労かけたいらしいね」

「そんな笑い方、後で幾等でもして頂戴。今はこれからどうするか考えるのが先」

「姉さんみたいな事言うんだねバイアもさ。分かったよ・・・・」

 こんな時に限って、子供の様な表情は卑怯だと思うが、こんな時だからこそ、なのかもしれない。

 ただ、それは数日前ならば言えた言葉とまとめられた思考。今は疑念しか。

 どうして彼女だけが自分たちと同じ道を辿っているのに、違う道に居るのだろうと言う。そしてそれが言えない事だと言う事実が疑念にしかならない。

「さすがに敵の親玉も、ラグナロク二本も相手にするんなら、出ざるを得ないでしょうね。なんでそんな事になったかはこの際どうでもいいでしょ」

「知って置いても・・・確かに意味は無いわね。でも、そこまでおとぎ話のラグナロクを驚異と感じるモノなの?」

「アマイ。人間だとそうなるんだろうけどさ、私らに取っちゃ、生活の一部にラグナロクってのが造った傷跡があったのよ?」

「・・・・あー、なる程ね。四魔境か。魔族の集落の近くにゃ必ず四つのどれかがあると。かなり昔からの疑問が今ようやく解けたよ。だから人間は魔族を怖がってるんだ」

「間違えられて光栄だか不名誉だかは知らないけど「たった一人で」出来る筈はないと思ったんでしょうね。それだけは同意したげる」

「で、後その重い顔してた理由は何?」

 そして、続いた言葉の内容を。いや、内容は信じられた筈だ。

 付け加えられた一言が、疑念を隠したままではいられなかった。

「皇都でさ、今回の親玉と系がってる連中が何処の誰か分かったのよ」

「ブラックリストのギルドとか?」

「その逆・・・。ハンターギルドだってさ。知り合いとやり合うのはどうもね。特にジャックナイフは相手にしにくいよ」

「そうね。で、サリア」

「?」

「何故・・・、ギルド本部にジャックナイフが居るなんて事知ってるの?」

「・・・・え?」

 多分、当たり前に状況を見て言った一言に違いはないだろう。

 誰も知らないであろう情報を。

 自分とて、そうではないかと思い始めたのはつい最近だ。シグマやユーリとて、それは知らない事。もしかしたら本部の人間は誰も知らない事なのかもしれない。いや、本人の性格を知っているからこそ、自身一人以外知っているとは考えにくい。

「え、・・・あ、だってさ。ほら、ヤヨイと話してそんな事言ってたじゃん」

「私はヤヨイとは一言も言ってないわよ」

「・・・・・」

 何年付き合っていると思ってるのだろうか。それこそ、家族や姉妹や、恋人のように寝食を共にしてきた仲なのだ。嘘がへたくそな事くらいは分かって、知っている。

 だからこそ、それでも隠していると言う事が彼女らしくないと。彼女の心境を鑑みて言葉を選べなかったのは、自分も精神的に参っているから。

 所詮そんなモノ、都合の良い理由でしかなかったが。

「ねぇ。なんでそんな誰も知らない事を知ってるの? グレースと会いに行った時も、帰ってくるまでいったい何をしていたの?」

「・・・・わ、たしは」

「そもそもさ。サリアは本当に魔族なの? ファーラや炎斬りとか見てて、性格が違うのは当たり前なんだろうけど、漠然と何かが違う様な気がする」

「・・・・・」

「あなた見てると、魔族特有の狂気が感じられないのよ。種族が違うってだけならそれだけなんだろうけどさ。あの二人でさえあなたを避けてる風に私には見える」

 後は何を言おうとも、彼女は口を開こうとしない。

 苛つく感情は確かにあった。

 当たり前だ。見ず知らずだが女の子と言うだけで、家に泊めたり等は絶対にしない。魔族と言うのならば、少なからず怖いと感じるのも当たり前で、その隣で寝倒ける等と言う事は、彼女としか出来ない事だったから。

 自分に取っては、一番近しい存在。皇都へと共に亡命した旧友と同じくらいに。今ではそれ以上の存在だと思っている。

 だからこそ、言えない事なんてのは心の何処かで分かっていた。

 いや、分かっていたつもり、に過ぎなかったのかもしれない。

 疼く胸の紋様に支配されまいと、感情を抑えつけようとすればするほど、彼女を見る自分の視線がキツクなって行くのが分かる。

 切羽詰まっている状況だと分かったからこその、不満。

 嘘をついてましたと戯ければ、彼女らしいと怒りはするだろうがそれだけだ。人間にしか分からない事と同じく、魔族にしか分からない事情があるのならそれで良い。

 何もかも、自分の所為ではないと思いたかったから。まるで自分が一番だと思って居た彼女を、深く傷つける言葉を吐いてしまった。

「本当にあなた。サリアなの?」

「・・・・・」

 そのときのサリアの顔は、色無い渇いた笑みを浮かべているだけだった。

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